#12 続きの放課後
――キーンコーンカーンコーン……
「りーつ。起きろ、りーつー」
耳元で、みっちゃんの声がする。よーく注意して聞いていると、みっちゃんの声は上ずっていた。私はガバリと起き上がり、おはようと声をあげる。
「おはよー。あ、みっちゃんだと宇都宮くんだ」
「……いい度胸してる」
宇都宮くんのにんまり笑顔に、冷や汗が背中をすべった。ま、まさか、やっぱり、バ……バレ――
「人とのゲーム中に寝るなんてどういうコトなのかな、坂川?」
ば、バレ……バレてない?
あははと明るい笑い声をあげると、宇都宮くんの青い目がジッとこっちを見る。みっちゃんもパチクリと瞬きを繰り返す。それでも、無理矢理、話を机の上のトランプに向けて、どうにかうそつきと正直者の解説をしてもらう。
こうして私のたぶん12回目のループが始まった。
加納くんと立てた作戦はこうである。まず、作戦を立てる前の大前提。
私一人では他の皆には太刀打ちできない。加納くんが味方してくれても無理。おまけに、あれからみっちゃんと宇都宮くんは、放課後ループの継続を決めてしまっていた。
「宇都宮くん、止めてくれそうな感じだったのに!?」
「何か考えはありそうだったけどね。それより問題なのが、あと五分でこの空間を一度白紙に戻すこと」
「はくし」
「白紙になれば、学校も地面も消えるから、律はすぐに見つかる」
「マズイじゃん!」
顔を青くする私に、加納くんはウンウンと頷く。委員長の生首が消え、岡野さんの姿があれから見えないのも、白紙――リセット前の影響らしい。外部からの影響を遮断しているのだとか。
「そうしてまた放課後が始まる。つぎは多分、1079回目かな?」
「1079時間ってことは……」
「百万遍念珠まであと少しだね」
「意味が分からなくて怖いよ加納くん!」
「まだまだ足りないから大丈夫」
よく分からないけど、加納くんが言うなら大丈夫なのだろう。でも、タイムリミットはあると思った方がいい。それが回数なのか、誰かの意思かは、やっぱり分かんないのだけど。
「このループを止めるには、二つ方法がある。
一つ目は、この放課後世界を壊すこと。そうすれば、正志と由愛が僕らを見つけてくれるし、僕も自由に魔術が使える。
壊し方は、……みんながうそつきと正直者に使ってるトランプと箱を僕のところに持ってきてくれればいいよ。
二つ目は、宇都宮有住、宮島鹿乃子、井岡咲人の意思を変えること。
この空間の王様で、律の体を用意した有住。この時間が続くことを永遠に願っている鹿乃子。律に強い罪悪感を抱いている咲人。
……三人が意思を変えれば、他のクラスメイトたちも考えてくれると思う」
「宇都宮くんとみっちゃんはなんとなく分かるけど、……井岡くん?なんで?」
ツンツン頭の少年を頭に描く。そういえば、地面の亀裂に落ちる前に、屋上で加納くんと居る姿を見たっけ。
「咲人は、律にならなくちゃいけなかったんだよ」
「???」
「どっちでもいいし、どっちも選んでいいよ。がんばれ、律」
ぱちんとウィンクが飛んでくる。その直後、加納くんの姿はかき消えた。
加納くんだけじゃない。地面が消えて、壁が消えて、天井が消えて――
「――みつけた」
誰かの安堵するような声を聞いて、私の意識はプツンと途切れたのであった。
……以上!回想終了!
目の前の二十六枚のカードの山を見る。あと黒塗りの箱も。
これを加納くんの席に持っていけば、全てが終わる。終わるはずなんだけど。
「……」
「律ー? 加納の席じーっと見てどうしたん?」
「みっちゃん、このトランプって加納くんのもの? 加納くんってこーいうのもの持って……」
宇都宮くんの腕が、カードの横に投げ出される。胡乱気な青い瞳が、こっちを見下ろした。
「俺の」
知ってるー! 心の中で力いっぱい同意する。いつも埋まっていた窓際の加納くんの席には、誰も居なかったのだ。
――キーンコーンカーンコーン……
がばっと顔をあげる。ループ、13回目だ。
(正確に言うと、ええーと、1080何時間で……)
26枚のトランプカードが、ひょいひょいと目の前で片づけられていく。片づけているのはみっちゃんだ。
「あれ? みっちゃん、片づけちゃうんだ?」
「次は涼香と由愛の番だから、持っていってあげるんだよ~」
「ほ、ほーう、ほうほう……」
ケースとカードに視線が釘付けになる。そういえば、家庭科室で会った時、二人はコレと同じカードとケースを持っていた。同じ物じゃないと言っていたけれど、あの時はごまかされたのかもしれない。
「なになに、何の番? 私も見に行きたいな~!」
「へぇ」
とんっと人差し指が、軽く机を弾く。宇都宮くんはやけに爽やかに笑って、小首を傾げた。
「約束、もう忘れたんだ?」
「約束? なんの――」
「あたし行くね~!ばいば~い!」
ひらひらと手を振って、みっちゃんが行ってしまう。仕方なく椅子に座り直すと、宇都宮くんは目を細めて綺麗に笑う。
「まあ嘘だけど」
「みっちゃーん!!」
急いで教室の扉をくぐる。ちょっとだけ振り返ると、宇都宮くんがヒラヒラとやる気なさげに手を振っていた。
もちろん、廊下にみっちゃんの姿は既にない。
私は腕組みして壁に寄りかかった。ヘイヘイ、二人に怪しまれてない? たぶんまだ、「ちょっと怪しいかな?」レベルだと思うけど、まずいなコレ!
バレたら、たぶんまた記憶が消されて……消されたら……穏やかで平凡な日常が続くのだ。
みっちゃんに起こされて、宇都宮くんとゲームしたり、武藤さんや宮本くん、佐伯さんや戸田さんと――ときどき、浜田くんや加納くん、もしかしたら井岡くんとも関わったりするんだ。
「……」
もうコレ、私に得しかないんだって!私だって本当は死にたくないし!
でも、みんなには損しかない。まず時間。ほんっとまずい、コレ。四か月以上も時間が空いていれば、特に学校生活での記憶なんてあいまいだ。
そもそも現実の私たちってどうなってるのかな? 集団失踪? 誘拐事件?
いずれにしても、早めに戻るに越したことはない。次に関係性。みんなは今、元の世界ともオーストラルとも断絶している。
人間関係的にまずいのもあるけど、もし。もし、みんなに何か予測できない危険が起きても、誰も気づいてくれないかもしれない。
「うぉー!!」
ボスッと壁に頭をぶつける。痛い。たんこぶできた。でも革靴ダッシュの足の豆も消えてたし、これも消える!
(そもそも私って、もう……)
たんこぶを撫でた腕が、風に吹かれた煙のように一瞬だけ消えた。恐る恐る壁に嵌められた窓ガラスを見てみると、私の体は半透明だった。幸いなことに、瞬きの合間に私の姿は元に戻ったけれど。
時間がない。
……本当に、時間がないんだ。
時間がないと分かれば、腹もくくれる。お腹に力が入れば、今やるべきことも見据えられる。
『二つ目は、宇都宮有住、宮島鹿乃子、井岡咲人の意思を変えること』
加納くんの言葉を思い返し、私はクラスメイトの一人――井岡咲人の顔を頭に浮かべた。
宇都宮くんは何を考えているのか分からないし、みっちゃんには絶対反対される。
それなら、まずは井岡くんから……っていうのは、悪くない気がする。
11回目の時、加納くんと一緒に居たってことは、本人も中立よりってコトかもしれないし。けれど、眉間に濃いシワが浮かぶ。今の時間帯、井岡くんがどこに居るか分からないんだよね。加納くんなら知っていたかもしれないけれど、彼は行方不明だ。
『転移』。
私の得た能力、こういう時に使えたらいいのにな。井岡くんのところに、瞬きの間に行ければ――
「……」
「………」
あんぐりと口を開けた私の前で、焦げ茶色の目がまん丸くなった。
シーツの上で、所在なさげに体育座りしていたツンツン頭の少年。ずっと泣いていたらしく、目も鼻も赤くて、頬は涙の跡でカピカピだ。
彼と私が座っているのは、真っ白なシーツが敷かれたパイプベッドの上だ。ベッドの周りには、間仕切りのカーテンがあって、外を拒絶するかのようにピタリと閉じられている。
あまり来たことはないけれど、ここは保健室だ。そして、目の前の彼は……彼は、ぶるりと体を震わせ、私の名前を呼んだ。
「――さ、かがわ?」
「井岡、くん?」
2年2組のお調子者のクラスメイト。井岡咲人くんは私の声を聞いた途端、ブワッと泣き出した。




