#11 救えたものと助けられなかったもの
委員長が話してくれたのは、私たちの物語だった。
異世界に呼ばれて、魔族と戦い、世界の為に魔王を封印する。おとぎ話でファンタジーだ。主役は2年2組のクラスメイトたち。
『……坂川? ずいぶんなしかめっ面だけど、だいじょうぶか?』
「大丈夫。話にはついていけてるよ。ただ、何も思い出せなくて……」
『そういう魔術がかかってるんだ。無理に思い出そうとしないほうがいい』
「うん……」
頷く。頷くけど、もやもやする。こーいう時って、話の途中で思い出せるモノじゃないかなー!? 思い出して、それから、それから……?
『坂川……』
「ご、ごめん。思い出せないんだけど、思い出せないんだけどさ」
両目からポロポロと涙があふれてくる。委員長の気遣わしげな視線も、感じる。もう死んじゃってるとか、何それすごく悔しい。夏祭り行きたかった。大学進学ももちろん考えてた。お母さんに誕生日プレゼントの櫛、あげたばっかりだったのに。お兄ちゃんと出かける約束、なくなっちゃって……。
「きっと、みんなともたくさん約束して。いろんな思い出、つくって……。それなのに全部、なくしちゃうとかさぁ。私、バカだなぁ」
手の甲で涙をぐいぐい拭う。今は泣いている場合じゃない。泣くのは後だ。ぜんぶ終わった、後でいい。
「委員長。私、みんなの気持ちがすごく嬉しい。ずっと一緒に居られたら、夢みたいに幸せなんだろうな」
いくばくかの逡巡のあと、ようやく委員長は口を開いた。
『……俺は、みんなに帰ってきてほしいよ。でも、みんなの気持ちも分かるんだ。俺だって、一緒に居たら……多分……』
――そうしたかもしれない。
恥じ入るように、そう委員長は言った。対する私は何も言えない。頷いてもよかった。でも頷けない。
悔しいよ。悲しいよ。それに、私、すごく――すごく、怒ってるんだよ。
「あのさ、みんなは優しすぎ!もっと私に怒るべきだよ!?」
『……え?』
「十二人で来たのに十一人で帰れとか、確実にみんなのこれからの人生に影を落とすパターン!実際現在も落としてる! 元の世界に帰ったら帰ったで、うちの家族からみんな詰め寄られるし!警察とかマスコミとか絶対出てくるし! それなのに、そーいうこと全部対策せず、勢いだけで行動して、それで……」
勢い任せでまくし立て、荒い息をつく。何がなんだって、自分に腹が立つ。
「それでも、私はきっと何度でもこうしちゃうと思う。だから、みんなは怒っていいんだ! このバカ、お前のことなんて忘れてやるむかつくやつめ!でいいんだって! ……うん、みんなそーういうことしない、坂川律は知ってます!」
委員長は何も言わない。ただ私は、委員長の生首をまっすぐ見つめた。一方委員長はというとパクパクと口を開けて、何かを伝えてくれようとしている。
「……え? 後ろ?」
ぱちんと指を鳴らす音が聞こえた。委員長の生首が消える。そうして天井の微かな明かりの照らす闇の中に、私と彼だけが残された。
「やあ、律。迎えに来たよ」
にこっと笑う儚げな美少年。いや、加納幸くんだ。後ろを振り返る。委員長の生首はない。前を見る。加納くんが見える。
「どーいうつもりですか!?」
「流雨が、そろそろ上を見つけそうだったから」
「私と二人を接触させたかったのでは!?」
「それはもう終わりだよ。行こう、律」
そう言って、加納くんは手を差し出してきた。どこへと聞くと、学校と帰ってくる。これはアカンやつだ!
じりじりと後じさりする私と、手を差し出してニコニコ笑う加納くん。相当シュールな状況だけども、ここは一気に、距離を――そういえば、委員長は私の能力を「転移」って言ってなかったっけ? 転移って要するに、超能力でよくある「一瞬にして別の場所に移動する力」――ワープだ。掌を前に突き出し、私は天に向かって叫んだ。
「ワ、ワープ! ハウス! えっと……あれ?」
微苦笑した加納くんが、手を引っ込めた。
「能力は使わない方がいいよ。すぐに有住に察知される」
「そ、そうなんだ」
「前はそういう発動の仕方じゃなかったけどね」
「そうなんだ……!!」
小さな笑い声が、闇の中に響く。加納くんはくるりと踵を返すと、振り返って私を手招いた。
「何にもしないから、少し歩こう」
少しだけ迷ってから、加納くんの隣に並ぶ。彼は嬉しそうに笑った。
言葉通り、加納くんはほんとに何もしなかった。すこし距離を開けて、一緒に暗闇を歩くだけ。ただポツリポツリと、これまでの話をするから、とりあえず相槌を打つ。
「律に記憶がないのは、有住が消しているからだよ。正確に言うと「坂川律の居る時間は、7月11日。だから、それ以降の記憶はない」……って嘘をついている感じかな。これは、律が今日は7月11日じゃないと思えば、半分は解けると思う。ちなみに転移禁止の魔術をかけるように言われたけど、そっちはかかってないから」
「そうなんだ!?」
転移。転移かぁ。想像はつくけど、いまいち分からない。だから、ソレが使えれば、実感できる気がする。私はたしかに、異世界オーストラルにクラスメイトたちと来て――死んだんだって。
足を止めて、空を仰ぐ。すると加納くんが横で立ち止まり、あの星のようなものは空間の裂け目なのだと教えてくれた。私はあの裂け目の一つから、ここに落ちて来たらしい。学校の真下という解釈は、あながち間違っていないようだ。
「地面の下は、なにが埋まっているかは掘ってみない限り分からない。だから、誰もこの場所のことは分からない。……有住への魔力供給ラインが断たれていなければ、現れなかっただろうけどね」
「……加納くんはさ、誰の味方? しいていえば、でいいからさ」
加納くんは小首を傾げた。あ、きっと言い方が悪かったんだ。
加納幸は平等主義。誰の味方もするし、誰の味方もしないんだよね。
でも2年2組の最終兵器は、すこしも考えずに言った。
「しいていえば、律かな」
「私?」
「一番、不利だからね。それとありがとう、律」
ニコッと爽やかな笑顔に、ひくっと顔が引きつる。
「待って。覚えてない。記憶にございません」
「律が封印をしていなかったら、僕が封印をしていたから。だから、……助けてくれて、ありがとう」
加納くんは真面目だった。真摯かつ真剣に私にお礼を言っている。
あんぐりと口を開けるこっちに、加納くんは瞬いた。どうして私が驚いているのか分からない、そんな顔だった。
――おどろく。驚くってば。だって、加納くんがそんなこと考えてたなんて、きっと誰も知らない。
「僕たちの世界と、オーストラル。互いに干渉ができる世界だ。オーストラルが滅べば、次は僕たちの世界が滅ぶかもしれない。どちらも守るには、魔王を封印するしかなかったんだよ」
これは僕個人の考えだけどね、と付け加える加納くんに背筋が震える。
現実世界は、私たちにとっては帰る場所で、オーストラルの人々にとっては、勇者の世界。……きっと、誰もそこまで考えてはいなかった。考えても、「だから自分が死んで封印しよう」なんて簡単にはできない。加納くんは、平等だ。自分の世界も、異世界も、同じ天秤に乗せる。自分と他人の命も、同じ、天秤に乗せている……。
「少なくとも、私は一人の命を助けたってことかぁ……」
「うん。実感でてきたかな?」
「出てきた。出てきた。それで敢えて言うけど、別の方法はなかったのかな? 魔王を倒すとか」
「魔王は倒してはいけないモノだし、別の方法を探す間に、何百、何千の人が死んでいただろうね」
「そうなるのか。現実って世知辛いや」
「僕らの小さな命で変えられるんだから、オーストラルはやさしい世界だよ」
それは……そうかも。納得しかけて、あいまいに首を振る。そこで納得したから、放課後ループが始まってしまった。
だから。だから私は、7月11日の放課後に決着をつけなくちゃいけない。
「私は、このループを止めたい。加納くん、協力してくれないかな?」
断られたって、うんと言うまで何度も聞き続ける。腕にしがみついて離さないぞ。そんな私の決意を、加納くんは、あっさりと受け入れた。
「律はそう言うと思ってたよ」




