幕間「消えた勇者たち ――加賀見 正志の場合」
ルルディ姫と、彼女の父であるシルワ国の国王。普段からお世話になっている二人との話を終えて部屋を出ると、隣の控室で待っていた岡野がひょっこりと顔を出した。
「お話、終わった……?」
「うん。待ってる間、暇だっただろ。ごめんな」
岡野がふるふると首を振る。左目を隠すように前髪を片方だけ伸ばしている岡野の表情は読みにくいが、少し疲れているようだ。
――それも、当たり前か。
「行こうか。みんなは今、林檎の間だっけ」
こくんと頷き、岡野は俺の少し後ろを歩く。更にその後ろに、扉の前に居た兵士の一人が続いた。
シルワ国の王宮では、俺たち異世界人の勇者はどこでも自由に歩くことができた。もちろん、謁見の間や執務室、王族のプライベート空間に入る時には、ちゃんと伺いを立てなければいけない。
でも、岡野と戸田はそうじゃない。出歩くときは、他の勇者と一緒。場合によっては、それに兵士も加わる。二人が自由に出歩けるのなんて、王宮の自室とその庭くらいだ。
最初はこうじゃなかった。二人とも、他の勇者のように自由に行動し、許可が出ればシルワ国の城下町に降りたり、坂川の転移能力でシルワ以外の別の国を見に行ったりしたこともある。
だけど、二人は人類ではなく魔族側についた。
……あの時は、大変だったなぁ。
二人は人類に滅んでほしかったわけでも、世界が壊れてしまってもよかったわけではないと思う。ただ、精霊と呼ばれる目には見えない存在と意思疎通がとれる精霊能力を持つ戸田。魔族も持つという魔眼の能力を持った、岡野。
二人にとっては、魔族は殺したくない存在だった。敵じゃなかった。
こういうのは、難しい。とても、とても難しい。
佐伯なら、もう少しちゃんと二人の気持ちを分かってやれるんだろうが……。
「……委員長?」
「あ、すまん」
どうやら、考え込んでしまったらしい。岡野が不思議そうな顔をして、俺を見上げていた。
「悪い、話だった?」
「いいや。いい話しかなかったよ。……帰還の儀式が、二週間後に決まったそうだ」
「……」
岡野がそっと俯いた。俺は、ことさら明るく続ける。
「みんなの要望もほとんど受け入れて貰えたよ。……井岡がずっと前に言ってた銅像、あれ全員分建てることになるって」
浜田とか宇都宮は、あからさまに嫌そうな顔をしていた等身大の勇者像。銅像は、オーストラル各地にある神殿に寄付される予定で建てられるらしい。
「……銅像……」
あ、岡野もちょっと嫌そうだ。まあ、恥ずかしいもんな。
「佐伯の孤児院とか、戸田が言ってたハーフに関する偏見の問題とか、そういうのも聞いて貰えた。ま、この辺はあとで詳しく話すな」
もうすぐ林檎の間だ。勇者召喚の儀式を担うシルワ国で、勇者たちの為だけに用意されている貴賓室。俺たちが最初に案内された部屋。警護の兵士に挨拶して、扉をノックする。……今、俺はちゃんと笑えているか? 暗い顔をしていないか? つるつるに磨かれた床を見てみる。さすがに、分からないか。
「おーい、みんな。加賀見だ。話し合い、終わったぞ」
ゆっくりと扉を開く。林檎の間には、九人のクラスメイトたちが、待って……いなかった。
「……みんな?」
三脚用意されている五人掛けのソファを順繰りに眺める。佐伯がよく使っていた赤色のショールが、丁寧に折りたたまれていた。
「隠れてるのか?」
テーブルに用意されたティーカップから、ほんのりと湯気が上がる。浜田がお気に入りのスコーンの切れ端が、皿の上に放っておかれて。
誰も、居ない……?
「……、委員長。私、見ていい?」
岡野の声に、現実に引き戻される。俺は部屋に入ると、扉を閉めた。扉を閉める瞬間、怪訝そうな兵士の顔が、一瞬見える。
「頼む」
こくりと岡野が頷き、目を瞑る。一、二、三。次に岡野が目を開けた時、彼女の右目は黒から金色に変わっていた。
岡野の能力――魔眼は、とにかく種類が多い。魅了の魔眼、石化の魔眼、透視の魔眼……。十三の魔眼を彼女は持っている。
今の魔眼は、たぶん「遠見」だ。浜田の能力・千里眼には及ばないが、この王宮くらいの広さなら、どこでも見ることができる。
「……」
すぅっと瞳の色が変わる。今度は、青だ。「魔力」の流れを辿る魔眼。次は、黄色の魔眼……「過去視」の魔眼。今立っている場所の一時間程前の過去を見ることができるらしい。
「みんなは、まだ……オーストラルに、居る」
「さらわれたのか?」
岡野が首を振る。彼女は瞳の色を黒に戻して、小さく呟いた。
「どうして」
「岡野?」
「みんな、学校を作ったの。時が進まないように、……過去に戻れるように」
――まさか!
振り返り、扉を開ける。ちょうど、ルルディ姫が息を切らして、部屋に飛び込んできた。
「マサシ様! 箱が、箱が……! 箱の反応がないのです!」
血の気の引いた顔で、ルルディ姫が震えながら頭を下げる。銀細工のように繊細な銀髪が、はらはらと彼女の長い耳と緑の瞳を覆い隠した。
「申し訳ありません! 申し訳ありません! 今、捜索隊を編成しています、絶対に……絶対に……必ず、必ず、探し出します!」
「……ルルディが謝ることじゃないよ。箱を持ち出したのは、……俺たちの仲間だ」
ルルディの顔が強張った。岡野が、ぎこちなく小さく頷く。
ルルディの言う箱。両手で包み込めるほど小さくて、豪華な装飾がされていない箱を見た時、俺は秘密箱を思い浮かべた。面を正しい方向にスライドさせ、順番通りに開けないと開かない不思議な箱。
その箱には、俺たちの大事なものが入っている。
「早まるなって、言ったのにな」
三か月の間、異世界オーストラルで一緒に戦ってきた仲間。一年と三か月を同じクラスで過ごしたクラスメイト。
――坂川律の、魂が。




