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幕間「異世界の戦争 ――武藤佐代子の場合」

※本日は2話投稿しています。



「ムトー様、この先、ほんとうにお一人で大丈夫ですか?」

「は、はいっ。大丈夫、です!」


 心配そうな兵士さんに笑ってみせて、私は階段を上った。一、二、三……ちょうど、十五段目。     

 小さな踊り場の向こうにある鉄の扉を開けると、そこは外でした。

 夜風が熱っぽい頬に当たり、外套を止めているブローチをぎゅっと握りしめる。


「うっ……ひっ……ぅ」


 鉄の扉を閉めて、その横に蹲る。砦の物見やぐらです。本当なら、戦時中の今に兵士が一人も居ないなんてことはありえません。

 でも、今日だけはとくべつだ。今日だけは……。


「うう……! うう! うぇぇ……!!」


 オーストラルに来てから、三週間。魔王の封印が解かれていたことが分かった。巫女長は泡を食って倒れ、代わりに巫女長の座についたルルディ姫は、キュッと唇を噛みしめて、私たちに言いました。


『魔族との戦争に、なります。……どうか、勇者様方のお力をお貸しください』


 井岡くんは真っ先に頷いて、次に少し考えてから加賀見くんが頷いた。宮本くんも加納くんも、坂川さんも、宮島さんも、みんな、みんな頷いて……私も、頷きました。


「ころ、した……ころした、みんな、ころ……」


 戦争って、聞いて怖かった。魔王なんて知らないって言いたかった。

 でも私は、一方でちょっとホッとしていたんです。だって私の能力は、「魔力付与」……誰かに、自分の魔力をあげる力だ。加納くんや宇都宮くんみたいな凄い術や、井岡くんや宮本くんみたいな前線に立って戦う力じゃなかったから。

 だから、私は、戦わなくていい。私は、魔族を、殺さなくていい……。

 震える手で、兵士さんの剣に触れて、炎の魔力を付与しました。敵が焼けちゃうようにと祈りながら。

 兵士さんの兜や、鎧にも触った。頑丈になりますようにと土の魔力を付与しました。


「私の、私の、魔力で、私の、力で」


 兵士さんは笑っていました。私の魔力のお蔭で、敵を焼き払えたと。

 兵士さんが泣いていました。私の魔力のお蔭で、命が助かったと。

 兵士さんが、ルルディ姫が、砦の指揮官が、私に。私に。私、に。

 ――この砦に進撃してきた三千の魔族は、わずか一時間で壊滅しました。


「魔族さんが、しんだ……」


 寒くないのに身体が震え、熱もないのに頬が熱い。


「ごめん、なさい……ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」


 私、誰に謝っているんだろう。魔族さんは、みんな死んじゃったんですよ。私の魔力で、死んじゃったんですよ。違う?殺したのは私じゃない?

 でも、早く終わりますようにって――思いながら、魔力を込めたじゃないですか!

 固く目を閉じ、両手で耳を塞いで、唇を噛みしめる。このまま、息を止めてしまいたい。そうしたら、もう戦争に力を貸すこともない。誰も、……誰も、傷つけないですむ。

 オーストラルで死んだら、どうなるんだろう?

 もしかしたら、元の世界に帰れたりしないでしょうか。ここで、死んだら……私が、死んだら……。


「おかあさん」


 お母さんの顔が、浮かびました。いつもにこにこ笑っているお母さん。私が居なくなって、きっとすごく心配しているはず。


「おとうさん、おねえちゃん、珠子……」


 ぽろぽろと家族の名前が零れて、私はワンワン泣きました。あいたい。今すぐ会いたい。家に帰って、お母さんにぎゅうって抱き着きたい。そうしたらお母さんは、ちょっと笑って「甘えんぼさん」って頭を撫でてくれる。リビングでテレビを見ている珠子が呆れて、お父さんとお姉ちゃんがそのうち帰ってきて……。

 温かな空想は、夜の冷たい風で現実に帰った。こんこん。鉄の扉が、ノックされる。兵士さんが来てしまったみたいです。


「すみません、もうすこし……」

「あ、違う違う。武藤さん、……今いい?」


 それは、同じ“勇者“の坂川律(さかがわりつ)さんの声でした。扉を開けると、坂川さんがひょっこりと顔を出します。


「……どう、しました? 何かあったんですか?」

「ううん。ごめん、私もちょっと夜風に当たりたくて」


 そう言って、坂川さんが目元を擦る。暗くてよくは分からないけれど、坂川さんの目元は赤いように見えます。


「……どうぞ」

「ありがとう」


 坂川さんも、扉の横に腰を下ろす。私は左、坂川さんは右。

 そのまま二人とも何も言わずに、長い間、夜空を見上げていました。

 オーストラルに来て、私たちは能力を授かりました。でも、井岡くんや宮本くんみたいな戦闘系の能力を背負ったひとは僅か。傷を癒したり、相手の心を聞いたり、食料を生み出したり……そういった能力も多かった。

 坂川さんの能力は、『転移』。自分の周囲百メートルのものを、オーストラルに限りどこにでも連れて行ける能力です。場所が分からない魔王城は、無理ですけど。


「きっついなー」


 ぽつりと、坂川さんが呟く。この砦の物資を運びこんだのは、彼女です。足りない人員を呼んできたのも、彼女の能力でした。

 坂川さんの能力は、『戦争』にとても役立ちます。――私と、同じに。


「そ、うですね……」


 そのまま、また沈黙が降りる。何か話した方がいいのかな、とか。やっぱり黙っておこうかな、とか。私がまごまごしているうちに、坂川さんが言いました。


「ルルディ姫が、辛そうだったわけ、分かったよ」

「え、と」

「姫は、戦争がどういうものか、知ってたから……私たちのこと、心配してくれてたんだなって」

「でも……でも。力を貸してほしいっていったの、姫様ですよ」

「そうそう。だから、さっきルルディ姫に八つ当たりしてきちゃった」

「え」


 ぽっかりと口が開きます。えっと……八つ当たり? ルルディ姫に、坂川さんが八つ当たり?


「どうして呼んだんだ、なんで自分たちだけでどうにかしないんだって、めちゃくちゃ泣いて怒っちゃった。そしたら、ルルディ姫なんていったと思う?」

「……分から、ないです」


 小さく坂川さんが笑った。低く掠れた笑い声でした。


「ごめんなさい、ごめんなさいって。言い訳一つしないで、ずっと……ずっと謝ってたよ。それで、分かった。ああ、これどうしようもないことなんだなって」


 私は怒る坂川さんと、謝るルルディ姫を頭の中で描いてみました。坂川さんは、泣いて。ルルディ姫は、きっと泣かなくて……でも、辛そうに顔を歪めて、何度も謝って、謝って、謝り続けて。


「それは、とっても、どうしようもなく、どうしようも、ない、ですね……」

「それそれ」


 あははとカラカラに乾いた声で、坂川さんが笑った。私もちょっとだけ、笑えました。でも、すぐにきゅっと唇を結びます。笑っちゃいけない。

 私は、今日……命を奪う手伝いを、したんだから。


「だから、どうにかしたいなって思ったよ」

「どうにか、ですか?」

「うん。……今までのオーストラルって、魔族と人間って不干渉が基本だったわけだ。でも、時々魔族側に「魔王」復活の気配があって、その均衡が崩れる」



 闇が深まり、世界を覆わんとする時。

 常世から勇ましき者、力を携えこの世界に降りたたん。

 その者、闇を照らす勇者なり――。


 オーストラルに伝わる伝説が、自然と唇から洩れました。

 オーストラルの各地で魔族がらみの問題が起きたり、魔法としか思えない不可解な事件が起きたり。そんな時に勇者は現れて、独自の能力を使い、事態を解決してきたそうなのです。


「でも、……魔族さんを、殺したく、ないです」

「うん。それは、私も同じ。だからね、――魔王をまた、封印できないかな? そうしたら、前みたいに……オーストラルは、戦争のない世界に戻らないかな」


 そうだったらいいな。……そうなったら、いいな。そう、できたら。

 ハーフエルフのお姫様の後ろ姿が、ふっと浮かびます。


「……ルルディ姫が、言っていました。魔族と人族は、相容れない存在だ。でもどちらかが欠けては、均衡を失った世界は崩れてしまうって。魔族も、人族も、世界にとっては、同じくらい大事だから……って」


 私は、ルルディ姫について考えました。エルフという魔族と、人間の王族の血を継ぐルルディ姫。姫は、今の状況はどう考えているんだろう……?


「偉そうに言ったけど、ぜんぶ加賀見くんの受け売りなんだ。すごいよね、委員長」

「きっとルルディ姫の影響、だと思います。あの二人もどうなるんでしょうか」

「へ?」

「え?」


 坂川さんと、私は見つめ合います。一秒、三秒、五秒……え、あ、ええぇぇぇっ!?


「す、すみませんルルディ姫が加賀見くんにご懸想なされているのを坂川さんが知らないなんてつゆ知らず!?」

「ええええ!? ルルディ姫、いいんちょ……加賀見くん好きなんだ!? えっ見る目ある!じゃなくてそーなんだ!?」

「そ、そうでございましてこのことは御内密にしていただきたくそうろう!」

「も、もちろんでございますそうろう!」


 ふー。ふー。ふー。

 荒い息をつき、肩を震わせ、私たちは互いの酸欠の顔を見ました。

 小さく、坂川さんが笑い声を上げます。今までの干上がった土のように乾いた笑い声ではありません。いつも、宮島さんや、宇都宮くん――以前は仲の悪かった佐伯さんにも、向けているような明るい笑い声でした。


「あー。びっくりしたぁ……」

「誠心誠意平身低頭です……」

「あはは、怒ってない怒ってない。ねね、武藤さん」


 坂川さんが、夜の闇を見ます。


「なんでございましょうか?」

「佐代子って呼んでいい?」

「うはぅ!?」

「断ってくれても、もちろん大丈夫だから」


 ぱたぱたと軽く手の平が振られます。私は、胸のブローチをぎゅっと押さえました。心臓が痛いです。

 だって、いいのでしょうか?

 坂川さんは、きっと私と友達になりたいという意図で言っていてくれるのです。

 でも、いいのでしょうか?

 私が、……命を奪う手伝いをした私が、新しく友達を作っていいのでしょうか。


「ご、ごめんなさい。今は、ちょっと……」

「そっかぁ。ごめんね、いきなり!」

「でも、いつか。……いつか、名前で呼んでも、いいですか?」


 私と友達になってくれますか? そういう意味を込めて、坂川さんを見ます。すると坂川さんは、明るく笑って。


「うん。私も武藤さんのこと、いつか名前で呼びたいな」


 と、返してくれました。



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