幕間「俺が勇者になった日 ――井岡 咲人の場合」
闇が深まり 世界を覆わんとする時
常世から 勇ましき者 力を携え この世界に降りたたん
その者、闇を照らす勇者なり――
「やっべー」
俺は、ふかふかしたソファの上で何度も手を握ったり開いたりを繰り返す。この部屋はもうめっちゃすごい。なんか高そうな壺とか、絵とか飾ってあるだけじゃない。テーブルに山と盛られた菓子とか果物が、これまた高そうな皿に盛られているだけじゃない。
ここは、……ここは、王宮だ。しかも、しかも。
「異世界の王宮……!」
ぼそっと呟くと、横に座っていたクラスメイトの加納幸が、顔を上げた。
「……どう、かした?」
いつもの俺なら、ヘラッと笑ってこのクラス一、いや学年一の美少年に「なんでもないっすよ~」と媚び売っていただろう。イケメンは敵に回すべからず。かといって近づくべからず。イケメンの周りをフツメンがうろちょろしてるとね、いろいろあるワケですよ。
「いや、だってやべーじゃん。ここ、異世界で、王宮で」
「うん」
頷いた加納の髪がサラッと揺れる。おいおい、お前男だろ? すげーフルーティーないい香りが漂ってきたんだけど。あと、男の癖になんでそんなにまつ毛パサパサなの? 目がおっきいの? 声も俺みたいなだみ声じゃなくて、男の俺もうっとり聞き惚れるくらい美声なの?
くっっそ、イケメン滅べ!!
……とは、思うまい。何故なら、この異世界で俺は――俺は!
「俺が、勇者で? あ、加納は魔法使いだっけ」
「正確に、言うと」
心地のいい声が、付け足した。
「咲人は、勇者の能力を持った異世界の人間で、僕は、オーストラルに現存する全ての魔術を扱える能力を持った異世界の人間だよ」
「そんなことどーでもいいじゃん! 俺は勇者! 加納は魔法使い!」
ばんばんと加納の肩を叩く。ゆっさゆっさと加納の体が揺れ、周りの視線が俺に集まる。
普段の俺なら、美少年にこんなことはできなかっただろう。クラスメイトの視線は集められるかもしれないが、「なに加納くんに絡んでるんだ」フラグも立てるしな!
「なあなあ、佐伯ってどんな能力持ってると思う? あのドS女王様、魔物を跪かせたりするんじゃね?」
「……」
「宮本は予想通りって感じだよな。あーいうのが、前衛なんだよ!」
「………」
「加納は後衛だろ? ま、ピンチになったら、俺に任せておけよ。なにせ俺が」
バン!
テーブルが叩かれて、びりびりとテーブルの上の皿が震える。
テーブルを叩いたのは、宮島鹿乃子だった。
うわっ、俺こいつ苦手なんだよなあ。クォーターだかなんだか知らんけど、金髪で目の色もちょっと違くて、いっつもキャハハーって甲高い声で笑ってる感じで。
佐伯もキツイけど、宮島も別なキツさがあるっていうか。だけど、可愛いんだよなぁ……。
そんな綺麗系可愛い宮島は、可愛い顔に似合わない鋭さで俺を睨み付けた。
「アンタが勇者だっていうなら、アンタだけで来ればよかったじゃん!」
「は? い、いやいや、俺だって、好きで来たわけじゃ」
立ち上がって宮島が、扉に向かって歩き出す。言うだけ言って無視かよ。やっぱ、宮島は好きになれねーわ。宮島の隣に座っていた、坂川が慌てた様子で立ち上がって追いかけていく。
派手な宮島に対して、こっちは地味。黒髪ボブで、垂れ目にも釣り目にも足りない目。アレだよな。二人並ぶと、姫と御付の侍女って感じ。中学からの付き合いらしいけど、あんまりにも「差」がありすぎて、坂川が可哀相になってくる。
「井岡くん、ごめん。みっちゃん、待ってー!」
坂川が振り返って、俺に会釈する。扉の前の兵士と、宮島が揉めている声が聞こえてきた。
「勇者様、王女が戻られるまでどうかこの部屋で……!」
「もう一時間も経つし! いったいいつまで待てばいいワケ!?」
「みっちゃん、ちょっと落ち着いて。すみません。五分だけでいいので、部屋の外を歩かせてもらえませんか?」
二人の女子生徒が騒ぐ声に、室内は静かになる。
あーあ。二、三人ならともかく、十人以上の異世界トリップになると絶対ああいうヤツ出るんだよな。
「坂川も大変だよなぁ。異世界に来てまで、宮島のフォロー」
俺は隣の加納に話しかけた。チラッと加納がこっちを見る。
「たしかに今日は登校日だったけどさ、まだ夏休みまるまる一か月残ってんだぜ? その間に、異世界を救ってやろうとかいう気にならないのかね?」
「鹿乃子には、下に四人兄弟がいるんだよ」
俺の方を見ないまま、加納が言った。そういえば、こいつって宮島と仲良かったな。あー、こりゃ話す相手、間違えたか。でも加賀見は今、能力判定の時間だし、浜田は論外。宮本は、能力判定から帰ってきて以来、ずっと瞑想してる。
「へー。だからあんなに気が強いのかね」
「今日は、一番下の弟の迎えを頼まれていたんだって」
つまり、宮島が騒いでいるのは弟が心配だからってか。
「でも、宮島が迎えに行かなくても親が迎えに行くだろ? だけど、オーストラルは俺たちにしか救えない」
俺は、ワクワクしながら言った。
夏休みの登校日、教師のつまんない話を右から左に流してたら、クラスメイトと一緒に異世界オーストラルに召喚されちまった。
そこで、魔族のエルフと人間のハーフだっていう正統派美人のお姫さまから、「どうかこの国を、世界を救ってほしい」って頼まれる。
……こんなの、燃えるしかない。
しかも、召喚された俺たち一人一つずつ持つという「能力」で、俺は勇者能力を引き当てた。
『あなたが勇者にふさわしいと思う行いを可能にする力です。そうですね。例えば、王都の神殿で眠る伝説の聖剣を抜くことや、かつてこの地に降り立ったという賢者の魔法もあなたが「勇者らしい」と思えば、扱えるでしょう』
ハーフエルフのルルディ姫は、そう俺に言った。しかも、過去に常世――俺たちの世界から召喚された「勇者」は、ほとんど俺と同じ能力を持っていたんだとか。
「でも、宮島の疑問もわかるぜ。昔の勇者って、俺みたいな勇者能力もってるやつしか来なかったんだろ?」
封じられた暗黒が蘇るのでは、まさか王が……とよろめいていた巫女長だっていうバァさんの言葉を思い出す。いつもは、一人。多くても二人だった勇者が、十二人。全員、なんの因果か俺たちのクラスから選ばれた。
「いやほんと驚きだよな。全員うちのクラスで十二人。なんでこんなに呼ばれたのやら……まずそこから考えるべきじゃね?」
すっと宮本の目が開く。ちょうど正面に座っていた武藤が、ビクゥッと肩を揺らすのが分かった。
「井岡」
と、宮本が俺を呼ぶ。うぉっ、宮本に話しかけられたのって……いつ以来? 百八十センチの巨漢、柔道部エースの次の言葉を、俺は待った。
「人の気持ちは、そう簡単に動かせん」
「うわ」
思わず、声に出してしまう。思わず口を覆ってしまうが、宮本が俺をじっと見る。
「宮本、そういうの白けるじゃん?」
「……白けるとは?」
「宮島も宮本も深く考えすぎだって言ってんだよ。これ、異世界転移、俺ら主役よ? 家に帰れなくて大変ダー、これからやべーことが起きるーとか言う前にさ。楽しもうぜ」
「……そうか」
そう言って、宮本が加納の方を見た。残念、美少年は 沈黙 している!
てか、そうかって……そうかって。ま、仕方ないよな、宮本は無口だし。会話はなんとなくそれで終わり、俺は手持無沙汰に室内を見回した。
武藤がサッと視線を逸らす。大丈夫だって、お前と話す気はない。浜田は……奥のソファで寝てるし。こいつ絶対、この中で一番図々しいだろ。
あーあ。俺は天を仰いだ。
せっかく異世界で勇者だろ? それなのに俺が今やってることは、いつ終わるかも分からない待機だ。いやいや、たかが一時間や二時間でキレてどうすんの? 宮島じゃあるまいし。
だが、真っ先に能力判定した俺は、2番目に能力判定した宮島より30分以上長く待っている。
「勇者いつまで待たせんのかねー」
小声でぽつりと呟く。誰の反応もありませーん。早く、加賀見が戻ってこねぇかな。それか、戸田さんか岡野さん。
俺の願いが通じたのか、さっき宮島と坂川が出て行った扉が開く。
「宇都宮有住くん!」
「はいはい」
「この世には、たとえ異世界だろうと、なんだろうと!しても!いいことと悪いことが!あると思います!!」
「はーいはい」
「ちょっ、ちょっと律! そんなに怒らなくていいってば! あたし、大丈夫だしっ」
目を吊り上げた坂川が、宇都宮に向かって食って掛かる。それを宇都宮が、うるさそうに聞き流す。宇都宮有住。女みたいな名前の通り、加納と共に、二年二組が誇る美少年だ。加納が薄幸系ミステリアス美少年なら、宇都宮は気だるげな小悪魔みたいな美少年……とかなんとか女子が言っていたことを思い出す。女子の言うことは、男の俺にはよく分からない。
しかし、これは分かる。宇都宮は、加納と共にクラス内カーストのトップに立つ男である……!
坂川はクラスで立ち位置を決めるとしたら、中の下か下の上。ふつうだ。
おいおいおい。そんな奴が、宇都宮相手に怒鳴るって無謀だろ。意外と坂川も異世界でテンションあがってんのか?
「あ」
「……」
ぱちりと。どーどーと坂川を宥めていた宮島と目が合う。うわ、また睨んでくるか? と思ったら、宮島はツカツカと俺の方に来るとボソッと言った。
「……さっきはゴメン。ここに来たの、井岡の所為じゃないのに」
「え、あ……うん」
「それだけ。じゃあ」
宮島が踵を返す。俺はなんといったらいいか分からず、ボウッと宮島の背を見つめた。
多分、宮島は異世界に浮かれている俺が許せなかったんだろう。弟が心配だったんだろう。だからって、俺に当たられちゃ迷惑だ。
でも、たぶん……俺も、悪いところあったんだよな。
「宮島って、なんか……イメージ、違うな。いい意味で」
加納に向けて、ポツリと呟く。美少年は、相変わらず沈黙していたが、ちらっとこちらを見た目が優しかったような気がした。ってちょっと待て! 男に優しいとかなんだよ、俺!?




