#10 暗闇の底で
亀裂の向こうは、真っ暗闇。ウン、それはなんとなく分かる。予想ついていた事態だ。
左右を見た。暗い。
下を見た。なんか岩みたいに固い。
上を見た。かすかな光がある。豆粒よりずっと小さな明かりは、天井(地面?)にぽつりぽつりと浮かび、まるで星空のような風景を作り出している。
綺麗だなぁ……。
でも、やっぱり現実の夜空ではないようで、北斗七星や北極星は見当たらない。
「まー結局、どこに進んだらいいのか分からないんですけど~」
てくてく歩いて、ちょっと休む。それを何度か繰り返しているけれど、景色がまったく変わらない。――どーしよ、これ。
「早まったかなぁ……けどぜったい意味がある。加納くんだし」
我が2年2組の切り札こと、加納幸くんの顔を思い浮かべる。みっちゃんの一味っぽかったが、本来加納くんが好む立ち位置は中立だ。争い事とかあると、どっちにも加担することなく、ボーッと見てる方なのだ。それでみんなが困り始めたら、みんなが損をしない案を出してくる。だから、2年2組の最終兵器なのである。
……と考えると、ここに何かあるとしたら、宇都宮くんを手助けするもののはず……。
「みっちゃんが言ってた、なんとかライン絡みかな? それとも、第二、第三のクラ――」
言葉が、宙に止まる。
見知らぬ星空の微かな明かりが、ソレを柔らかく照らし出した。
宙に浮く、淡い髪色の、ボブカットの、左目が隠れた、女の子の……
「な、な、生首ー!?」
『……』
「悪霊退散悪霊退散あいびーしむ!」
『坂川、さん?』
「私の名前知られてるー!? ……あれ?」
ジッと生首を見てみる。
髪色は淡い茶色で、髪型はショートボブ。髪よりちょっと濃い茶色の目は、びっくりしたように見開かれている。顔立ちは幼くて……ヘタすると小学生くらいに見えて……
「岡野、さん?」
『……ホンモノ?』
「やめてここ真っ暗なんだ!じわ怖ホラーは好きだけど今は現実味がすごいから、やめてくださいお願いします!」
岡野さんの生首が、前後に揺れる。どうやら頷いてくれたようだ。
岡野――岡野流雨さん。戸田さんの友人で、これまた2年2組のクラスメイトである。
「あの、岡野さんはどうしてそういうコトに?」
『……? 私は……シルワ王国に……』
「あれ、外国? これって衛星通信?」
よかったぁ。クラスメイトの生首が浮かんでいるわけじゃなくて。ほっと胸を撫で下ろす私とは対照的に、岡野さんはキュッと眉を寄せた。
『あ……えと……さかがわ、さん』
「ん?」
『委員長に、かわるね……』
「は~い」
軽く手を振ると、岡野さんがフッと消える。瞬く間に同じ場所へ、今度は精悍な男子学生の生首が浮かび上がった。2年2組の委員長、加賀見正志くんである。彼は垂れ気味の眉を寄せて、こっちをジッと見た。
『坂川。今、誰と一緒に居る? そこはどこなんだ?』
「私一人だよ。場所は、学校の地下……でいいのかな。二人はシルワ国だっけ?」
『あ、ああ。……一人? 本当に一人なのか?』
聞き返されて、これまでの事情を説明する。繰り返される7月11日の放課後。ループを仕組んだらしいクラスメイトたち。みっちゃんと宇都宮くんの対立……。
ひとしきり話し終えるて口を閉じれば、委員長の眉間にふかーいシワが寄っていた。
『そうか……そうだよな。帰るはず、ないよな……』
こ、これは、委員長も事情を知ってるヤツだ! もしかすると岡野さんも、一切合切承知ずみかもしれない。本当に知らない――もしくは覚えていない――のは、私だけなんだな。
私がループに反対したから記憶を失くしたのかと思ったけど、なんかソレはちょっとおかしい。
そもそもみんなが不思議パワーを使えて、地面を割ったり、自由に記憶を消すことができるなら、反対派は記憶を消した上であの放課後から追放するのが妥当じゃないかな。
でも私はそうされなかった。みっちゃんとか誰か反対してくれた人が居たから?
それも考える。でも、もっと単純に考えてみたらどうだろう。
7月11日の放課後に、危ない目に遭う誰か。帰りたいと思ってはいけないその理由。
それは、もしかして――。
私は、自分で自分を指さしてみる。
「あの、委員長。非常におこがましいのは承知なのですが、こうなっているのは坂川律の所為ですか?」
『……いや。宇都宮やみんなの……』
「やべーやつですか? 賠償額は? そもそもどこ方面に謝ればいい? 委員長、一緒についてってくれませんか!?」
『坂川、落ちつけって。……お前のせいじゃないよ』
優しい声音に、素直には頷けない。委員長ってばこういう時、まず宥めてくるタイプだもんな。それに何となく、頭の隅っこで囁くものがある。嘘だ。委員長は、嘘をついてる。
「落ちつく。落ちついた。だから、話して欲しい、です」
委員長の生首に、頭を下げる。
もう分からないままは嫌だ。みんながどうして、たった一時間を何回も繰り返しているのか。なんでそんなことが可能なのか……。
今度の沈黙は、さっきよりも長かった。
『坂川は、オーストラルのことをどこまで覚えてる?』
「ごめん。オーストラルってなに? 歯磨き粉の新製品?」
『……違う。異世界だ』
一呼吸分の間を置いて、委員長は言葉の続きを口にした。
『宇都宮、宮島、井岡、宮本、武藤、加納、浜田、佐伯、戸田。
そして、俺と岡野……坂川。計十二名。
オーストラルに迫る危機を退ける“勇者”として、召喚されたんだ』
顎を落とす私に、委員長は続ける。
それは8月1日。夏休みの登校日のことだった……。
『オーストラルを救おうとした結果、俺たちの中で命を落としたものが居る。
……それが坂川だ』
もう一回、自分を指さす。
え? ……え?




