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009 再戦

 ティブルは夜の街道を歩く。

 街灯が左右に並び、等間隔に続いている。昼間は馬車が行き交う物流の要所も、深夜ともなれば人通りは皆無だ。地元ほどではないが、都市部も夜ならば生き物の声が聞こえる。

 夜の店も閉まり、ヒトも獣も眠りにつく。夜は異界で、そこに動くものは風や木々や川などヒトが未だ縛れないものばかり。領域外。ヒトの理解の及ばぬもの。ヒトの知らない、長い時間を歩んだもの達の楽園。

 ヒトの身のまま、ティブルは夜を歩く。時折吹く、北西の山からの寒風を身で裂きながら、ティブルは歩き、そして見つける。


 馬車が四台は並列できる程の幅の街道を、しかしその影は端のほうを静かに静かに動いていた。

 街灯の光が鈍く反射する金属光沢。頭部には遠くからでも見える、揺れる赤と白の眼光。赤の光は静かに一定で、白の光は弛く明滅を繰り返す。

 引きずるような足取りと虚空を彷徨う右腕。反対の腕は肩口から先がない。破れた衣服から見える素肌は、もうそのほとんどが金属化しているようだ。


 ティブルはスカジャンのポケットから、出立時にパラストからもらった茶色の小瓶を取り出す。栓を抜き、中身を飲み干す。

 液体は蜂蜜のように甘く、喉を灼いて胃に落ちていく。アルコールを含んでいるのか、酒のような熱を感じる。数口で飲み終えたそばから血が沸くように身体中が熱くなる。延髄の芯から指の先まで血とアトマの流れが分かるように鋭敏になる。


「ははっ、こいつはやべぇな。パラストさん、何をくれたんだ?」


 帰ったらまた貰おうとティブルは決める。

 スカジャンを脱ぎ、空き瓶とともに街道の隅へ放り投げる。腕には篭手(ザラタン)、脚にはブーツ(ケルピー)。どちらも術法発現式が刻まれた硬木外殻で覆われている。


 相手を待つまでもない。

 身をかがめたティブルは、身体中を駆け巡るアトマの熱を感じながら、隻腕(モンスター)に突撃した。


 ■


 ティブルは街道を駆ける。石畳を叩くブーツの音が連続して甲高く響く。視界の先にはモンスターがいる。

 ティブルは世界を見る。モンスターを構成するアトマを見る。今は白の光、狂神の意志が強く輝いている。初戦時に見たときよりもさらに全身に侵食が進んでいる。赤の光の輝きは緩やかだ。狂神の意志が弱まれば活性化するのだろう。

 ティブルは駆けながら右拳に意志を込める。アトマ光を纏った右腕から紺青の光が粒となって後ろに流れていく。

 ティブルの接近を察知したモンスターが金属腕を振りかぶる。貫くように突き出された鉄腕をティブルは急停止しながらかいくぐる。

 急制動によって逃げ場を失くした運動エネルギーを右腕に導き、空間を歪ませる不可視の光を纏った一撃を打ち込む。


「アトマ体術(アトマ・ミリテマ)、灯火(リット)ぉおおおっ!」


 先手必勝の拳がモンスターを構成するアトマを殴り飛ばす。突進のエネルギーも含めた力がモンスターに突き刺さり、めり込み、押し飛ばす。

 金のアトマを示す白の光を散らしながらモンスターは後ろに倒れ、街道の敷石に転がる。


 ティブルは残心から次の動作へ移行する。


「水流拳纏。聖母の川の流れを掬い、我が拳は加護を纏う。ウォーターフロー・エンチャント・ナックル」


 両腕に紺青の光があふれ、水流が生まれ、拳を纏うように漂う。


 倒れたモンスターの全身を燃やすように炎が生まれ、夜の街道を赤々と照らす。火炎はすぐに収まり、しかし立ち上がるモンスターのその身体は赤熱する。赤の眼光を強め、灼腕と化した腕を掲げながらモンスターが一歩ずつ近寄ってくる。


 ティブルもまた、拳を構えて接近する。

 灼腕が振るわれる。金属に特化した融解作用と接触によって遅延(スロウ)の弱体化(デバフ)を付与してくる灼腕である。

 軌道は水平。バックステップか身をかがめることで回避可能なそれを、ティブルはあえて上へと弾き反らす。

 水流を纏った拳が灼腕に衝突する。灼腕に接触した水流が熱せられ、爆発的に増加する体積は蒸気となり、弾け飛ぶ。


「おおっ!」


 ティブルは顔に感じる蒸気の熱を無視して、がら空きの脇腹に拳を連打する。水が蒸発する音とともモンスターは白煙に包まれる。

 その噴煙の隙間を抜けて、灼腕が正確にティブルを狙ってくる。


「じぇいっ!」


 ティブルは篭手で受けながら下がり、距離を取る。灼腕を弾き、受けた篭手を確認する。鉄板に代わり暗褐色の硬木で覆われた篭手は融解せず、形を保っている。吹き出す火炎には弱いかもしれないが、水流を纏って殴る分には問題なさそうだ。


 篭手の確認を終え、ティブルは自身の状態に意識を向ける。数度の接触で身体は遅延の弱体化にかかっている。まだわずかだが、身体と意志の乖離を感じる。


「水流身漱《ウォーターフロー・リムーブ》」


 遅延の弱体化を洗い流し、ティブルは続けて術法を発現する。


「水流身速。聖母の川は流れすみやかに我が身を運ぶ。ウォーターフロー・アクセル」


 紺青のアトマ光がティブルの身を包む。流水のごとく、身体の動きを加速させる状態効果が発現する。


 ティブルは即座に動く。モンスターが再加熱する前に、冷却のための拳を振るう。軽くなった身体に灼腕は当たらない。受け流しによる接触も避け、ティブルは赤熱化した部位に拳を叩き込んでいく。

 拳打を重ねるごとに蒸気化する音が小さくなっていき、モンスターが水滴を滴らせ始め、水の重さで動きが鈍くなる。間断なく繰り出した打撃が体幹を奪い、モンスターの身体がぐらつき始める。

 その好機をティブルは逃さない。


「アトマ体術(アトマ・ミリテマ)」


 絶え間ない攻勢の中でティブルから余計な意志は弾き出されている。あるのは純粋な思い。殴り飛ばすという確信を拳に込め、ティブルは左胸、心臓の位置を狙う。


「灯火(リット)!!」


 モンスターの胸部を覆う赤と白の光が、ティブルの拳で食い破られる。熱を吹き飛ばし、金属侵食を割り砕き、隻腕の心臓に打撃が伝わる。


「グゥオオオオッ!」


 たたらを踏んだモンスターが叫ぶ(・・)。

 痛みに悶えるように身を屈め、止まっていた(・・・・・・)鼓動が一拍進む。その目は一瞬、これまでと違う色の赤(・・・・・)が輝く。

 ティブルがバックステップで離れると同時、再度モンスターの身体から火炎が吹き上がる。


「効いてるか。攻め方は合ってそうだな!」


 赤熱を冷却し、金属侵食は万物を殴り飛ばすアトマ体術(アトマ・ミリテマ)で突破する。前回に比べ、二発目のアトマ体術(アトマ・ミリテマ)を撃ち込めた。

 カプーが換装、調整した術法発現支援機構とアトマ制御支援機構は問題なく稼働している。

 マルマットの改良の成果か、術法発現の効率が良く、遅延の弱体化を洗い流す余裕も十分にある。

 パラストに貰った怪しい活力剤のおかげで血の巡りもアトマの巡りもいい。


「良し。ではどこを攻めるかだな」


 水月、心臓と狂神の意志が強く光っている箇所を殴り飛ばしてきたが、モンスターに埋め込まれているであろう創具(そうぐ)はまだ見当たらない。次は千切れた左肩の辺りを狙う。


 接触で発生する遅延の弱体化は厄介極まりない。ティブルの打撃では金属侵食されているモンスターにダメージは与えられない。

 万物を殴り飛ばすアトマ体術(アトマ・ミリテマ)のみが有効打であるが、狂神の意志を吹き飛ばすには相応の準備(・・)が必要だ。すなわち、十分にモンスターの体勢を崩し、必殺の拳を叩き込む流れが必要なのである。


 モンスターの火炎が収まるのを待たず、ティブルは駆け出す。


「水流脚纏。聖母の川の流れを分かち、我が脚は加護を纏う。ウォーターフロー・エンチャント・レッグ」


 ブーツ(ケルピー)に紺青のアトマ光が輝く。

 街道の敷石を踏み切り、立ち上がるモンスターの顔面に目掛けて水流を纏った左膝を打ち込む。着地しながら左拳で顔を殴り、半身を回転させて胴を蹴る。後ろに倒れるモンスターの顔面を追撃で蹴り上げると、ティブルは踏み込み、鎖骨を割るような右拳のスイングを打ち下ろす。


「おらぁあっ!」


 振り回される灼腕は前転するように身をかがめて回避する。

 その勢いのまま回転し、後ろ回し蹴りでモンスターの足を払う。よろめく鉄塊の水月を狙い、ティブルは起き上がりながら左のアッパーを繰り出す。

 連撃はモンスターの体勢を崩し、左肩が下がる。ティブルはそこへ溜めた右拳を打ち込む。


「アトマ体術(アトマ・ミリテマ)、灯火(リット)!!」」


 巻き上がった蒸気の白煙を貫いて、ティブルの拳がモンスターの左肩を穿つ。先の二回に比べて一際大量に、金のアトマである白の光がティブルの拳で撒き散らされる。街道の石畳の上を、鉄塊と化したモンスターが滑り飛んでいく。

 紺青の残光を散らしながらティブルは残心を取る。


 ■


 ティブルは自身の内のアトマ残量を確認する。前回と比べて被弾も少なく、術法の発現効率も上がっている。パラストのくれた活力剤も効いている。消費具合としては半分程度か。


 殴り飛ばしたモンスターの左肩の周りは少し小さくなったように見える。いや、見えるではない。明らかに肉付きが減っていることが分かる。

 金属侵食は身体の表面を覆っていたと思っていたが、肩に関しては更に侵食が進んでいたのだろう。肌を超え、肉に達し、左肩を構築していた金のアトマをアトマ体術(アトマ・ミリテマ)が盛大に殴り飛ばしたのだ。


 モンスターが燃え上がる。再加熱が始まる。左の肩口からは溶けた金属粉が飛沫となって吹き出す。目と耳と鼻と口と、モンスターの穴という穴から火炎が吹き、溶けた金属が飛ぶ様は火山の噴火のようだ。

 猛る炎と空気の中、ティブルは削った左肩に金属侵食とは異なる金属塊(・・・)を見つける。


「あれが創具(そうぐ)か!」


 露出して確認できたのは金属塊の一部だが、縁が滑らかな円形をしている。大きさは推測だが手のひら程度のようだ。


「盤面に文字……懐中時計か?」


 モンスターの全身が赤々と灼け、鉄塊灼腕が赤い残像を引きながらティブルに迫る。

 ティブルは水流拳纏《ウォーターフロー・エンチャント・ナックル》で水流を纏った拳で迎撃する。着弾と同時に白い蒸気が爆発するが、互いに構わず、拳をぶつけ合う。熱発に伴い、静止の意志による遅延(スロウ)の弱体化(デバフ)が強まる。


 ティブルは露出した創具を見定める。摘出するのが最善だが、ティブルのアトマ制御では難しい。アトマ体術(アトマ・ミリテマ)を打ち込むには気合と流れが必要であり、未熟なティブルは拳打という形でしかその力を発揮できない。


「摘出が無理なら破壊か? バカな、俺に創具を壊せるわけないだろう」


 あの懐中時計のような創具を砕けば狂神の意志は弱まるだろう。意志は破片にも残るが、きちんとした形があってこそ、創具は強い意志を発露するのだ。

 しかし創具の破壊はティブルのやり方、信条に反する。創具とは世界を凌駕した意志の具現。意志を尊重し、それを阻害するものを厭うティブルにとって、創具を壊すという行いは禁忌なのだ。

 ティブルは隻腕の本体の意志、怒りを救いたい。だが一方で、意志の具現たる創具は壊せない。


「あちらを立てればこちらが立たず。面倒な話だ……いや、意志はもうひとつある」


 灼腕と打ち合う毎にティブルの身に遅延の弱体化が重ねられる。それは静止(・・)の意志によるものだ。ティブルはモンスターの左肩を見る。

 モンスターを構成するアトマ、その光が見えてくる。左肩がアトマ体術(アトマ・ミリテマ)で吹き飛び、露出した創具の周りがよく見えるようになっている。

 創具の発する強い白光の中、その奥にティブルは赤光を見つける。


「あれか!」


 金のアトマはそれを避けるように、いや、それに妨げられるように枝葉たる金属侵食を伸ばしている。明滅を繰り返す狂神のアトマ光と違い、静かで揺るがない(・・・・・・・・)赤い光があった。


 狙いを定め、そこを打ち抜くまでの流れを構築する。モンスターの振るう灼腕を、ティブルは弾かず迎撃していく。赤熱する鉄塊を、腕を、肩を、胸を、腹を水流を纏った拳で殴る。全身に広がる赤の光を一点も逃さないかのように、そして左肩、狂神の創具の間近で光る元凶へと追い込むように、ティブルは拳打する。


 雨のように打ち付けられる拳がモンスターの身体を濡らしていく。赤く燃えるのは左肩だけ。ティブルは蓄積した遅延の弱体化を術法で洗い流す。


「水流身漱《ウォーターフロー・リムーブ》」


 ティブルは両足に力とアトマを込め、街道の敷石を踏みしめる。蒸気を割って振り下ろされる灼腕を弾き、灼腕の重さを利用して身を倒す。右足が跳ね上がり、頭部を狙った回し蹴りが叩き込まれる。


 蹴った右脚を強く踏み落とし、左腕を強く引く。自然と上がり始める左脚で水月を二連、蹴り上げる。上半身を揺らすモンスターに踏み込み、左拳で水月を突き上げる。モンスターがくの字に折れ曲がる。溜めた右拳で赤く光る一点、静止の意志を撃ち抜く。


「アトマ体術(アトマ・ミリテマ)、灯火(リット)!!」」


 ティブルの拳が赤点を穿つ。モンスターが後ろによろめく。モンスターの身体は冷え固まり、灯っていた右目の赤い光が消えていた。


 ■


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァッ!!!」


 隻腕が叫ぶ。止まっていた身体が動きだす。隻腕の両目が強く輝く。隻腕本体の本来の意志が、怒りが、妨げていた部外者(静止)の意志を超え、焼き尽くす。


「オオオオオオッ!!!」


 隻腕の中で止まっていた怒りが燃え上がる。身を焼く業火は金属侵食を融解させる。左肩の断面が溶鉱炉のように、溶けた金属を吹き出し、垂れ流す。


「ガアアアアアアッ! アアアアアッ!!」


 隻腕の叫びが止まらない。左肩から放射される火炎が形を変える。いや、形作る(・・・)。


「あれは、剣(・)か?」


 肩口に埋まったままの狂神の創具(そうぐ)。それを介して発現するのは創具級の火術。怒りの火炎が剣(・)と成る。

 その剣は、術と呼ぶにはあまりに形がはっきりとしていた。両刃の剣身は左右同じ位置で波打ち、樋(フラー)が装飾のように刻まれている。まるで何かを手本にしたかのように、リカッソや鍔まで再現されている。

 火炎の切っ先は街道の敷石まで伸び、舐めるように広がる。激しい火花を散らして敷石を溶かし始める。


「単なる火剣(ファイアソード)じゃない! すべてのアトマを焚べて燃やすか!」


 隻腕が一歩踏み出す。

 火剣の先端が引きずられ、敷石の上を滑り、地面に赤い軌跡を描く。火剣が大上段へ持ち上げられる。モンスターの顔面を侵食していた金属もその熱で沸騰し、融けていく。

 半分融けた隻腕の顔は激情で歪み、その目には先程までの赤(静止)ではない、隻腕自身の赤光(怒り)で輝いている。


 ティブルの両腕に紺青のアトマ光が輝く。猶予は一切ない。渾身のアトマを込めて術法を発現する。


「それがお前の怒りならば! 意志ならば!」


 ――受け止めるのがティブルの使命。


「水盾玄揺。すべてを受け入れる聖母の海、すべてが還る聖母の湖」


 篭手(ザラタン)の下、家地に描かれた術法発現式が唸りを上げる。ティブルの内に残るアトマのすべてが吸い上げられる。意識喪失(ブラックアウト)しかけるほどの自己の喪失感を耐え、ティブルはアトマを絞り出す。


「その水底は闇より玄く、その湖面は悲しみに揺れる」


 術法発現支援機構が稼働し、ティブルの眼前に黒い水膜が生まれる。それは深海の性質を持ち、硬く、冷たく、黒く、重い。水膜を囲うように、紺青のアトマ光が六角の格子を形成していく。


「思う存分ぶちまけてみろ! ウォーターシールドッ!!」


 憤怒の火剣が闇を切り裂く。ティブルはそれに合わせて水膜に右拳を打ち込む。紺青の光が波紋のように伝播し、亀甲の水盾を発現する。


 衝突する。水盾の表面を炎が舐め、泡立ち、沸騰する。白煙が爆発し、蒸発音が鳴り止まない。火剣は熱風を生み、熱波がティブルを襲う。熱と光と音の圧力に、ティブルは拳で抗う。


「ガアアアアアアッ!!!」


 モンスターは燃えている。火剣を後押しする右の隻腕が燃え、侵食していた金属も、その下の肌も肉も骨も燃える。その身を薪とした大火炎が海の如き水盾を断ち割らんと押し込まれる。


「おおおおおおおっ!!!」


 火剣の圧力に抑えつけられながらも、ティブルは姿勢を作る。火剣から伝わる憤怒の激情と対峙したまま、右拳から受ける力を、後ろに引いた左腕へと導いていく。


「お前の怒り、お前の感情、すべて! すべて燃やし尽くしていけ!」


 ■


 この世界(ファリタ・デ・アトマ)のすべて、万物はアトマでできている。


 無色透明なアトマに意味を持たせるのは意志。夜の闇も、冷たい風も、燃える炎も、鎮める水も、その始まりはすべて意志である。

 創世の六客人(ろっかくじん)はアトマを操る術法(すべ)を生み出した。木火土金水に分けられる術(・)がアトマを意志で染め上げ、奇跡を起こす術(てだて)であるならば、法(・)はアトマそのものを意志で操作する制御法、法(やりかた)である。


 アトマ制御法とはアトマを染め上げずに制御する意志の在り方や持ち方。あるいはアトマを染めた意志へ干渉する方法。それはアトマを観測し、接触し、誘導し、分割する。


 世界を作った六客人の意志だろうと、怒りに身を焼く炎だろうと、拳の届くすべてを殴り飛ばす秘奥。それこそがティブルが聖母より直伝された黙示(アポカリプス)。


 万物へ干渉するアトマ制御法、それを格闘術へ組み込んだアトマ体術(アトマ・ミリテマ)である。


 ■


 隻腕の火剣から伝わる熱、光、音、ティブルが受けるあらゆる力、それを運ぶアトマから、宿る怒りの意志をひとつずつ剥がしていく。ティブルはその身の内に取り込んだアトマを左腕に伝える。

 篭手(ザラタン)のアトマ制御支援機構が稼働する。

 隻腕の意志もティブルの意志も、アトマを染めずに宙へ散っていく。無色透明のアトマが収束され、空間を歪めるように左拳で胎動する。


「ガアアアッ! ガアアアアアアアッ!」


 モンスターが狂い叫ぶ。砕けない水盾に怒り、抗うティブルに怒り、その身を焼く炎に怒る。火剣を後押ししていた右の隻腕が焼け落ちる。

 もはや腕は、この狂おしいほどに憎い火剣(怒り)しかなくなった。


「アアアッ! アアアアアアアッ! アアアアアッ!」


 隻腕(モンスター)は隻腕(怒り)を振り回す。流す血も涙もすべてが燃える。すべてを焼き尽くすように、怒りを焼き付けるように、火剣を振り上げる。


「お前の無念! 残念! 俺が! 導いてやる!」


 ティブルは右拳の水盾に激しい水流を作り出す。亀甲の盾は内側から崩れ、激流は空気を取り込み、無数の泡が生まれあふれる。隻腕に触れることも出来ずに弾け消えるが、構わず泡は生まれ、弾け、漂い、溢れる。


 それは創世からの悠久の時、アトマの流れを見続ける聖母にとってあまりに一瞬の存在。ティブルという存在はこの水沫(みなわ)のように儚い。


 けれどティブルは、そのひとつひとつに意志を込める。聖母への想いを。優しく、悲しく、美しいと感じた想いを込めて、聖母に教えられた秘奥をもって、辿り着く場所を拳で示す。


「混成発現」


 右手で導かれた水沫の渦が左拳を包む。幾重にも幾層にも重なる水沫に、左拳から吐き出された意志が溶ける。溶けた意志が紺青のアトマ光を放ち、水影のように石畳の街道を照らす。


「聖母より賜りし黙示、その一端」


 隻腕が怒りを振り下ろす。すべてが燃え尽き、灰へ変わるように。

 ティブルは意志を突き上げる。すべてを包み、世界へと還すように。


「水沫の夢の果てを知れぇええっ!!!」


 火剣と拳が激突する。


「アトマ体術(アトマ・ミリテマ)――聖母直伝、水沫黙示(バブル・アポカリプス)!!!」


 触れた端から炎が消える。

 水沫のひとつひとつが、火炎を染める怒りの意志を殴り飛ばしていく。

 触れて弾け、破裂し、吹き飛ばす。

 爆発が連鎖し、赤光が乱れ、飛び、消え、火剣は半ばから砕かれる。

 折れた切っ先は水沫に沈み、白い蒸気と化して溶け落ちる。

 残った柄は水沫に飲まれて弾け、霧に変わり風に散った。


 アトマの大半が注ぎ込まれた火剣は砕かれた。隻腕(モンスター)はついに無手となる。もはやその身体のほとんどが炭化している。


 隻腕だったものは膝をつくように沈み、しかし身体を支えられず、折れる。敷石の硬さに耐えられず、隻腕だったものの身体は砕け、侵食していた狂神の創具(そうぐ)も街道に転がり落ちる。


 ■


 業火に焼かれた空気が夜風に飛ばされる。急激な温度変化にティブルは立ちくらみを覚える。


「おおっと」


 ティブルは踏みこらえ、息を整える。隻腕だったものはその身を薪にして最期の火を燃やしている。


 街道の隅に投げ捨てたスカジャンを拾い、そのポケットから紙煙草の包みを取り出す。ティブルは一本咥え、隻腕の残り火で火を点ける。吸い、夜の空に紫煙を吐き出す。


 ティブルは街道に転がった狂神の創具(そうぐ)を拾い上げる。煤で汚れた盤面を拭うと、それは羅針盤であった。


「羅針盤だから探す(・・)の意志、か」


 ティブルは隻腕の火を見つめながら、疲れた頭で、思いつくままに考える。


 隻腕は失った腕を求めていたが、失う前は何を求め、探していたのか。それは見つかったのか。見つかったから、隻腕になったのか。

 隻腕だったものを止めた何か、あるいは誰か。探しものを止めさせたのか。見つけたから隻腕を止めたのか。あるいは別の何かを止めたのか。

 隻腕は何に怒っていたのか。探しものか。止めた奴か。身を捧げて発現したあの火術、火剣は何だったのか。


「お前の怒りを、あの火剣を、覚えておくよ」


 ティブルは火が消えるまで、隻腕が世界に還るまで、煙草を燻らせた。


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