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010 打ち上げ

 アトマでできた世界(ファリタ・デ・アトマ)、西大陸北東部のフォーストン帝国。

 中南部の都市ゲントレーに設置されたゲントレー術法(じゅつほう)学院。

 その学徒寮であるオウカ寮。

 その近所にある居酒屋楽屋(らくや)を目指し、その通りを一人の女が歩いていた。


 後ろで束ねた金の髪が揺れる。ネイビーのパンツスーツに白のワイシャツは通りを歩くヒトビトと似通っているが、その美貌は目を引くに十分なものだ。

 その足取りに迷いはなく、凛とした輝きを感じる。


 夕暮れ時の喧騒を抜け、女――セイルは楽屋の小さな扉を開ける。


「こんばんはー。あ、ティブルいた」


 四人がけの卓に座り、煙草をふかすチンピラが片手を上げる。


「あ! セイルちゃんやほー! 今日もかわいいねっ! お仕事帰り? こっちこっちー」

「え、何あれがセイルちゃん? お前ティブルめっちゃ美人じゃん」

「うっせうっせ」


 チンピラもといティブルの他、マルマットと、初めて見る男も一緒の卓に座っていた。

 マルマットは白いシャツにタブついた茶色のパーカー。顔は髪色と同じくらい赤くなっている。もう出来上がっているようだ。陶器でできたごついグラスを両手で包み、姿勢悪く猫背でふらふらしている。


「お邪魔します」

「うぃーっす。初めまして。カプーでーす」


 男、カプーはニコニコしながら挨拶してくる。

 もじゃもじゃとした淡い緑色の天然パーマに中肉中背に革のジャケット。卓の上には黒褐色の炭酸飲料が入った瓶とコップ、ティブルとは違う銘柄の紙煙草の包みが置いてある。灰皿はティブルとの間にあり、もう幾らか吸い殻ができている。


「うっひょーテンション上がるぅ」

「ねーかわいいよねーうっへっへー」


 マルマットと盛り上がるカプーはひとまず無視して、セイルはティブルを見る。


「何よ、呼んでくれたっていいじゃない」

「怪我人に酒を勧めるバカはいねぇよ。すっ転んだらどうするの」

「もうだいたい治りましたし、そもそも転びませんー」


 負傷した左腕は変わらずパラストに診てもらっている。ここへ来たのもパラストの診療所の帰りである。


「この店は寮生専用だよ。外交官様が来る店じゃねー」

「バカティブル、そんなわけないでしょう」

「寮生しか来ないじゃないっすか」


 厨房兼カウンターからマスターが出てくる。ティブルもカプーもその態度は気安いものだが、それを許すのはマスターの人柄だろうか。あるいは寮近くに店を構えてしまったことによる諦めだろうか。


「いらっしゃーい、また来てくれてありがとー。何にする?」

「葡萄酒の白ありますか?」

「あるよー。怪我は大丈夫? 飲める?」

「はい、大丈夫です」

「なんだ、飲めるの?」

「飲めないなんて一言も言ってませんよ」


 セイルの注文を聞いたマスターは無礼な先客たちにも注文を聞く。


「おう、おまえら、次は」

「ケーヒもう一本」

「火酒のーカラズ大爆発をーお湯割りでー」

「雪どけおかわり」


 まだ杯は乾いていない内から催促する辺り、店側も気安いのだろう。マスターは厨房に戻り、棚からグラスを取り出す。ティブルは手酌で猪口に華酒を注ぐ。


「雪どけ(それ)、前も飲んでたわね。好きなの?」

「こういうのは季節もんだ。雪どけに川の流れの囁きを聞くってね」

「川ね、ふうん」


 マスターがセイルの葡萄酒を出す。受け取ったセイルにマルマットが自分のグラスを突き出す。カプーとティブルもそれに続く。


「ほい、乾杯。そーれ」


 ■


 乾杯したセイルはマルマットに絡まれていた。物理的に。卓に顔を乗せて溶けていたマルマットの目の前に、不用意に置いてしまった右手が捕まったのだ。


「セイルちゃんとお酒が飲めるなんてー幸せーうへへー」

「マルちゃん酒くさいっていうか、芋くさい」

「ふへへえ、セイルちゃーん。ふえええ指きれー」

「酔っぱらいね」


 マルマットが飲んでいるのは南大陸の強い酒だ。酒に強いのか、それとも弱いのか。マルマットだけ既に出来上がっている。ひとまず弄ばれる指は諦め、隣のカプーに顔を向ける。


「ええと、セイルといいます」

「どーも、ティブルとマルさんと同回生のカプーっす、よろしく」


 やや丸っこい輪郭にくりっとした目は穏やかな印象を受ける。チンピラ顔のティブルに比べれば、誰もが優しそうに見えるのだけれど。ちなみに同回生とは寮の入寮時期が同じ学徒を意味している。


「セイルちゃんは何、ティブルに会いに来たの?」

「会いに!? ま、まあ、仕事です、仕事」

「何、なんかあった?」

「何って、報告の報告です」


 ティブルがモンスター、隻腕を倒し、診療所に戻ったのは明け方だった。セイルは回収された狂神の創具(そうぐ)を預かり、戦闘の報告を受けた。それを上司に報告し、同僚と情報を整理し、今後の方針が決まり、治療がてらパラストに報告したのだった。

 まるで伝書鳩のような気分だが、下っ端で新人のセイルはこれも仕事と自分を納得させる。

 パラストから、カプーとマルマットも自分の手下だと聞いているので、揃っているこの場で報告伝達を済ませることにした。


「隻腕の撃破を確認、本体は戦闘の際に発現させた火術により大半が焼失。しかし肉体に埋め込まれていたと思われる狂神の創具は回収。創具の方から隻腕となった元の人物を捜査することになりました。高位の火術士で狂神の創具を所有という情報で、またいくらか捜査が進みます。我々は隻腕となった人物や創具の出処、隻腕に埋め込まれたであろう現場を捜索します。隻腕の素性が分かれば、隻腕をモンスターに変えた何者へ繋がる何かが出てくるでしょう」


 セイルは各々の反応を確認する。

 ティブルは興味薄そうに煙草をふかしている。

 カプーは何やらニヤニヤとこちらを見て、うんうんと頷いている。

 マルマットはこちらの手をずっと握って、あれこれ撫ぜている。顔はニコニコと、いや、ニヤニヤとしている。


「うん、すごいねセイルちゃん。怪我してもモンスターを倒してもまだまだ頑張るんだね!」


 それは無邪気な称賛だった。


「いい娘じゃん。ティブルにはもったいねえな、俺と付き合わない?」


 いやと断ると、うんうんと期待通りの反応をもらったというようにカプーは頷いた。


「ええと、隻腕とか創具とか、そういうのに、何かこう、何かないのかしら?」

「んー、あんまり? ティブルくんがちゃんと倒したしね。私達は下請け業者みたいなものだしさ。それよりセイルちゃんの方が気になるかな!」


 マルマットの言葉にカプーも大きく頷いている。ティブルは複雑そうな顔をしているが、マルマットは気にせずセイルに話し始める。


「セイルちゃんは外交官になりたいんだって? 私は南大陸の出身で、カプーは東大陸なんだよ! ティブルは北大陸なんだ!」

「え、そうなの? みんな違うの?」

「ああ、学院の学徒は帝国の各地方からってヒトが大体だけどね、オウカ寮は国外とか大陸も別って奴が多いんだよ」

「セイルちゃんはフォーストンの生まれなの?」

「ええ、生まれも育ちもここゲントレーよ」


 セイルは奇妙な縁を感じる。先生に言われて始めたこの仕事はフォーストン帝国の内実を実地体験、理解するものだと捉えていた。

 実際、そこらの小娘には一生縁のなかったであろう問題や事件、実情を見て、聞いて、知ることになり、それはそれは大変為になっている。

 けれど、外とのつながりをこういう形で得られるとは、セイルは予想していなかった。


「いろいろ教えてもらってもいい?」


 セイルはつい、そう口にしてしまった。カプーとマルマットがにこやかに笑い、ティブルがやっちまったなという顔をした。


「ああ、いいよ。東大陸を縦断するリューグラット山脈って知ってる? 寒冷な気候とあの山に降る雪のおかげで東大陸は降雪量が多いんだよ。だからまずは雪国での暖の取り方を教えようか。密着しつつも体力は消耗させない、互いの熱をいかに保ち続けるが重要だ。強い酒を口に含んで、しびれる舌を確かめ合う。眠ったら寒さで凍えて死ぬからね、見つめ合い、吐息を確認し合う。呼吸と鼓動以外には何も聞こえない世界で、指の先まで温め合うんだ。飴玉を使うのもいい。分け合うんじゃない、押し付け合うんだ。口腔を行き交わせ、味を確かめる。これほどお互いを理解する方法はないね。ちょうど俺の部屋に寝袋がある。今夜は冷えそうだ。異文化交流、してみない?」

「ふふふ、南大陸に行ったらどこでだって酒の席に招かれると思うよ。だからやっぱりまずは火酒だねー。芋から作るお酒で癖は強いけど後に残らないし、度数の割にリーズナブルなのが最高だね。元が芋だからかな、果汁で割ると美味しいし、寮の女の子にもファンは多いんだよ。さーさ、まずは体験してみることだよ。外国ってのはその葡萄酒みたいに上品なとこばかりじゃないだろう? 南は粗野と言われてまあ私も否定はできないけど、力強さは保証するよ。ほらこれ飲んでみてよ、遠慮せずに! 私はその葡萄酒をもらうよ! ねえいいよね間接ちゅーしてもいいよねひゃっはー!」


 左右同時(ステレオ音声)で戯言を聞かされる。セイルの目が死んでいく。


(なんだろう、このヒト達は。バカなんだろうか)


 しかし、仮にもこの二人も術法学院の学徒であり、世間一般ではエリートに分類される。


(つまりこの二人は頭のいいバカなのか)


 セイルは助けを求めるようにティブルを見る。


「くっくっく」


 ティブルは楽しそうに歯を見せて笑い、華酒をちびりと飲む。


(笑うんだ)


 セイルはその表情を新鮮に思う。ティブルのことは、身なりはチンピラだがどこか達観したヒトだと思っていた。静かに煙草を吸い、酒を飲み、戦いに赴き、帰ってくる。風流な武人という印象だ。

 だが今、友人らと卓を囲み、酒と煙草を飲みながら、戯言を返し合う姿は


(普通のヒトっぽいわね)


 セイルは勇者(ヒーロー)の日常を垣間見て、少し豊かな心持ちになった。


 ■


「楽屋さんはねー、寮に近いのがいいんだー。私はお酒飲んだらすぐ眠くなるからねー、すーぐおうちに帰れるのがいいんだー」


 楽屋からの短い帰り道を一行は歩く。マルマットはふらついているが、さほど飲んでいない。南大陸のヒトは酒に強いという話を聞いたこともあるが、彼女は違うのだろう。

 腕にまとわりつくマルマットの体温は高い。背が低く小柄な彼女は小動物か小鳥のようだ。セイルはマルマットの髪を撫ぜる。


(……ごわごわしている)


 酔った目を凝らせば枝毛も結構飛び出ている。ふへへとマルマットは笑うが、セイルの中でマルマットの印象が少し陰る。


 ティブルとカプーはまた紙煙草に火を点けている。彼らは彼らで吸い過ぎではないだろうか。ふたりは卓の上の灰皿を吸い殻で満杯にしていた。


「セイルちゃん、うちどこなの? 帰れるの?」

「いいわよ、今日は外泊で。マルマットの部屋にでも泊まるわ」

「「「え゛」」」


 三人が固まる。セイルは何かまずいことを言ったかと不安になる。


「な、なに、寮生以外は泊めちゃだめとか?」

「いや、そんなことはねーが」

「無理だな」


 ティブルの曖昧な言葉を、カプーがばっさり切り捨てる。マルマットはこちらを見上げる。なぜか半笑いになっている。


「ややややめとこーよセイルちゃん! ほら、ティブルくんの部屋に泊まりなよ。ティブルくんの部屋ガラガラだしさ、ティブルくん性欲ないし、不能だし。あ、カプーくんの部屋はだめだよ、襲われるからね、カプーくんは性欲魔神なんだよ。まったく女の子を何人泣かせてきたんだか。そして私の部屋もやめといた方がいいなぁ……」

「いいじゃない。女同士、別に」


 流石に男の部屋に泊まる度胸はない。カプーは楽屋での言動が軽かったので論外だ。ティブルは穏やかで割と信頼しているが、先日のチンピラ仕事を思い出すと若干不安もある。

 幸いマルマットという女子がいるのだ。何を迷うことがあるだろうか。そうして一行はあっという間に、オウカ寮へ到着するのだった。


 ■


「やめてくれ! 後生だから! 女の子の部屋に押し入るなんて最低だぞ! 見損なったぞ! ティブルくんもカプーくんも見てないで止めなようぎゃあああー」


 夜のオウカ寮にマルマットの悲鳴が響き渡る。部屋の扉を開けたセイルは、その惨状に言葉を失った。


「何よこれ、足の踏み場がないじゃないの……」

「まあ、これはこれで居心地はいいんだがな」

「秘密基地っていうか作業部屋っていうか、な」

「実家のような安心感? ガキの頃の友達んち?」


 後ろからティブルとカプーがあまりに残念なフォローをする。マルマットはへたり込んで泣いている。


 マルマットの部屋の床には術法発現式の資料と紙束がとにかく積まれるだけ積まれていた。

 ベッドの半分は畳まれていない衣服や毛布が山を作り、机の上は発現式を描くための画材と火酒の瓶とごつい陶器のグラスが散乱している。

 机の下には火酒の空き瓶が無数に並べられている。これが割とかなりやばいとセイルは思った。


「マルマットが貴方達とつるんでいる理由がわかったわ。マルマット、あなた女の子じゃなかったのね……」

「ちくしょう! 本気で女の子やってるやつはこれだから! きれいな指だからって! うらやましいぞ! そんな目で見るなー! もー怒ったぞ! 絶対泊めないからな! 紹介もしないからな! 綺麗で可愛いお嬢様は若い雄どものきったねえ欲望まみれになっちまうがいいさはーっはっはっはっはっっはうえぇええええん!」


 マルマットはありったけの呪詛を吐いて鳥の巣のような部屋の扉を閉め、施錠する。

 目の前の光景につい性別否定をしてしまったセイルだが、我に返ると自分の窮地に気づく。


「……困ったわ、どうしよう」

「くっくっく、詰んだな」

「んじゃ俺も寝るわ。おやすみー」

「おう、お疲れ」


 ティブルとカプーが片手を上げて別れの挨拶を交わし、それぞれの部屋へ戻っていく。


「え? ちょっと、ええ、と。ああ、もう!」


 セイルは数瞬迷ったが、堅く閉ざされた魔窟への再侵入を諦め、亀の刺繍の入ったスカジャンの裾を掴む。ティブルは微妙な顔で振り返る。


「と、泊めて」


 泣きそうな顔のセイルに、ティブルはため息をつく。


 ■


「木のカーテン? ステキね。北大陸の意匠ね」

「今からでも謝れば、マルさんも入れてくれると思うぞ」

「あれのどこで寝るっていうのよ……ここを見たら、とてもそんな気は起きないわ」


 ティブルの部屋は物が少ない。同じ間取りだというが、マルマットの部屋を見た後では落差が激しい。ヒトが住む環境だからだろう。安心できる。部屋には煙草の匂いが染み付いている。

 セイルはジャケットを脱ぎ、書斎机の椅子に掛け、ベッドに横たわる。


「疲れちゃったし、マルマットには明日謝るわ。掃除しながらね」


 不用心だが、自ら踏み込んだ以上、最低限の覚悟は決めておく。セイルにとってはティブルは恩人である。そう言い聞かせ、セイルは目を閉じる。


 ベッドを通り過ぎる気配がする。ゆっくり目を開けるとティブルは縁側に座り、煙草を咥えていた。


「……寝ないの?」

「一服したらな」


 月が出ている。ティブルの吐く煙草の煙が風に乗って夜空に消えていく。

 ティブルは落ち着いているように見える。

 セイルは落ち着かない心で聞いてみる。


「……性欲ないの?」

「あ? ああ、マルさんの毒舌か。ひどいよな。いや、まあ薄いっちゃあ薄いが……俺、聖母様が好きなんだ」

「知っているわ」

「セイルちゃん美姫の系統だしな。好みとはちょっと違うかな」

「失礼ね」

「くっくっく」


 自分の容姿にそれなりの自信があるセイルは、軽く笑い飛ばされ、少しむくれる。自称聖母狂(・)信者というのは本当なのだろうか。上位存在と比較するのはどうかと思う。

 かといって自分から誘うかというと、それもまだ、ちょっと、なんだかと、もごもごしてしまう。

 ティブルは意識してか、話題を変える。


「お仕事大変だな」


 仕事という言葉にセイルはまた別の、もやつく感情を覚える。ティブルはこちらの素性をあまり気にしない。気にしてくれない。

 セイルとて、おいそれと話せるわけではなく、以前楽屋(らくや)で話したときも幾らか濁したが、やはり気にされないというのは少し気に食わない。

 ティブルはセイルに興味がないのだろうか。そう思うと少し悲しくなる。


「……聞かないの? 私がどこの誰かって」

「どこの誰かなんて些細なことだ、ちょっと時間が経てばすぐにそんなのは変化する」


 ティブルの言葉には時代の無常さを感じる。大陸を縦横断する鉄道が生まれ、別大陸との交流も盛んになった時代だ。自分が生きる国も文化も、明日には変わっている時代だ。

 ティブルが大事にすることは所属とか立場とかではない。


「セイルちゃんは外交官になるんだろ、それがわかれば十分さ」

「十分って」

「セイルちゃんには意志がある。しっかりとした、な」


 ティブルにとって重要なことは、そんな時代をまっすぐ進める意志だ。

 ティブルの意志はだいぶ歪んでしまっているが、セイルはまっとうだ。まっとうに輝いて見える。

 ティブルにとってはそれで十分だ。


「よりヒトらしい夢ってやつだ。俺の見ている夢はもう終わっていて、それを再現することにばかりこだわっている」


 初恋は叶わなかった。理解しても納得しても、忘れることはできない。ティブルの戦いは、振るう拳は、あの湖で舞う聖母の姿を追い求め続けている。


「ティブルの見た、夢」


 セイルは知らない。その夢が幸せなものなのか、悲しいものなのか。それに囚われ、時代の波に乗れない、乗る気分にならない分には悪い夢かもしれない。ティブルを縛り付けている呪いのような想いを、セイルは快く思えない。あるいは悔しく思ってしまう。

 けれど、とセイルは思い返す。ティブルは、孤高の勇者(ヒーロー)と思っていた男は、ちゃんと仲間たちとの中で笑っていた。おかしそうに、楽しそうに。

 パラストの言葉を思い出す。あの笑う顔を見て、自分も寄り添っていけるだろうとセイルは思う。


「あなたもちゃんと、ヒトっぽいわよ」


 まぶたが重くなり、ティブルがどんな顔をしているか分からない。

 だからせめて、声を聴こう。途中で眠ってしまうかもしれないけれど、それなら夢で、続きは見られるかもしれない。


「ねえ、聞かせてよ。あなたが出会った聖母様のお話」

「なんだ、子守唄代わりか?」

「ええ、眠くなったら眠ってしまうから」


 占拠したベッドから香るものと同じ、煙草の煙が紺青の空に消える。

 あの夜、セイルと隻腕との間に割って入った背中。

 纏っていた紺青の光。水のアトマ光。

 あの輝きはもっと力強く、戦いの意志を発していた。

 夜空にそんなものはない。けれど深く、穏やかな色は

 ティブルという男に似合う色だった。


(本人は、赤とか派手な色が好みのようだけれど)


 赤いスカジャンを思い出してセイルは小さく笑った。


以上、第一章終わりです。

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