008 修理完了再戦準備
篭手の修理が完了した。修理を頼んだ翌日の午後だ。オウカ寮のカプーの部屋に、カプーとティブルとマルマットの三人が集まった。
「金属融解で手が出ないなら、金属を使わなきゃいいってのはまあ単純だな」
目をギラつかせたカプーが煙草を吸いながら説明を始める。
「外殻の鉄板は木と革に換装した。硬木だから硬度は問題ない。作っといてよかったわ。防火剤を塗布しているけど、マジもんの創具級の燃焼には敵わない。まあそこは自力でカバーしてくれ。術法発現支援機構とアトマ制御支援機構はいつものだ。変わりはない。爆砕機構はマニュアルにしてある。やばいと思ったら自分でパージしろ」
ハードの変更点は金属素材を木と革にしたことと爆砕機構のマニュアル化。前々から硬木外殻も用意していたからできた高速対応であるが、機構部分の調整には時間がかかる。作業台の上の灰皿には紙煙草が数十本溜まっている。
「術法発現式は、防護系は打撃耐性に特化させたよ。熱耐性はないから水術で頑張って抑えてね。水の付与系の定着率と持続時間を少し向上させたからアトマ管理が多少マシだと思う。あと水盾の発現式も仕込んだから、篭手だけで防げそうになかったら使ってね」
ソフトの変更点は防護系の取捨選択と水術発現時の消費アトマの効率化だ。灼腕の熱に対して防御は捨て、攻めることでその熱を封じていく方針だ。マルマットの服は昨日と同じな気がする。
ティブルは家地に腕を通し、各所を縛り紐で固定して篭手の動きを確認する。硬木外殻は鉄板に比べて半分以下の軽さだ。打撃力は低下するだろうが、そもそも相手は鉄塊のようなものであり、単なる拳打でどうにかなるものではない。
ティブルにはアトマ自体を殴り飛ばすアトマ体術があるため、極端な話、その拳を相手に届かせるだけの装備があればいいのだ。
「違和感あるか?」
「いーや、いい感じだ。やっぱ木はいいな、鉄板よりアトマの巡りがいい」
「そんなもん、思い込みだ」
「それが大事っしょ」
「まあな」
ティブルの装備は篭手だけではない。脚にはすね当てを装着したブーツを履いている。篭手と連動して稼働する術法媒介であり、名をケルピー。湖面を駆ける魚ヒレの馬を由来とする。
「ケルピーもすね当てやかかと、足先は硬木外殻だ。鉄板よりも音が響くが、聞いている限り音に反応するようでもないし、静音はいらんだろ」
「遅延食らったら水流で流すのもいいけど、加速で相殺するのもいいと思うよ」
「なるほどなあ」
足踏みすれば下駄のように軽い音が響く。足首を曲げ伸ばし、可動域に問題がないことを確認する。
カプーもマルマットも短時間で装備を整え、最適化を図ってくれた。隻腕の特性を考慮して対策し、攻略の手順も練られている。
ティブルの体力も怪我の具合も回復している。再戦に問題はない。
「とりあえず寝るから報告よろ」
「終わったら楽屋で打ち上げだねー」
「おう、行ってくる」
「ああ、頑張れよ」
「頑張ってね」
友に見送られ、ティブルはオウカ寮を出る。
日が沈み、空は赤く染まり、やがて暗く帳を下ろしていく。
■
日が落ちると北西のビャクシン山から夜風が吹き始める。ティブルは石畳に硬木外殻の靴底を響かせながら、ペニン川沿いを歩き、パラスト診療所に向かう。
休診の札を無視して玄関の扉を開け、暗い廊下の先、灯りがこぼれる診察室へ入る。中には椅子に座るパラストと書類を持って立つセイルがいた。パラストはいつもどおりの白衣で、セイルは昨日とは違う、カーキ色のパンツスーツだ。
「ちょうどええ、依頼や」
「ちょっと先生」
「こいつはうちの実働や。ごめんやけどもういっぺん、最初から頼むわ」
診察台に腰掛けるティブルを見てセイルはいくらか考え、観念したように報告を始めた。
「追跡中のモンスター、仮称隻腕はパラスト診療所裏のペニン川に落ちた後、下流のリバナ区に上がりました。以降、緩慢ながら再び移動を開始、現在インシデ区付近を移動中です」
「外見になんや変化はあったか?」
「撃退直前まで見られていたという赤熱化は収まっていました。恐らく川の水で冷やされたのでしょう。身体への金属侵食は、上半身は顔右側と鳩尾辺り以外すべてです。鳩尾の周りはくり抜かれたように侵食が消えていましたが、これはティブルによるものですね。ペニン川へ落下時に掴んでいたであろう、人体模型の腕は確認されていません」
「まあ、あれは作り物やしなあ」
自身のものではないと気づいて捨てたのだろう。壁際の人体模型の腕はなくなったままだ。
「先の戦闘を分析した結果、現状我々の方に、隻腕に対応できる戦力はなしと判断しました」
隻腕はその身体の大部分を金属侵食されている。これを撃破するにはより硬いものか、強い力か、あるいは融解させる熱が必要だろう。いずれであっても創具級の力が必要だが、創具もそれを扱える術士もセイルの組織にはいないようだ。
セイルは苦虫を噛み潰したように、悔しそうに端正な顔をしかめ、続ける。
「……よって外部協力者の助力をもってこれを排除する方針です」
「はい、承りましたわ。セイルちゃん報告ご苦労さん」
「いえ……新参ながら不甲斐なく思います」
セイルは詫びるが、パラストは気にしていない。創具などなくとも、問答無用で万物を殴り飛ばせる男がいるからだ。
パラストは診察台に座るチンピラ風の男を見る。篭手はスカジャンで大部分が隠れているが、硬木外殻へ換装し、修理されている。すね当てとブーツも装備しており、この男は完全武装の状態である。
顔色はよく、疲れもない。目に力がある。
「どや、ティブル、いけるか?」
「うす」
「依頼人はモンスターの排除をお望みだが、お前のやり方に角は立たないか?」
「やり方?」
セイルは小首をかしげ、ティブルは頷く。
「奴には三つの意志がある。狂神の探索、それを静止する熱、そして本体の怒りの意志だ」
「本体……」
「狂神か静止の意志を殴り飛ばせば、埒外の力は消える。そうすればあいつが何に怒っているのか分かるだろう」
ティブルは自分を省みる。これは己の心情に反しないか。あのモンスターを殴ることに抵抗はないか。
ティブルの心に曇りはない。珍しいことだ。パラストの元で様々なモンスターを殴ってきたが、心置きなく殴り飛ばせる機会というのは以外に少ない。
あのモンスターは、隻腕は怒っている。陵辱された身の奥底で、今なお消えぬ憤怒の炎を持っている。燃やし尽くさねば気が済まぬ残念を感じる。
それを解き放ち、世界に還すのが聖母の役目ならば、
「聖母の手を煩わせる邪魔モノ共は殴り飛ばしてやらねばなりません」
ティブルは迷いなく答え、パラストは面白そうに頷き、セイルの顔は引きつっている。
「おし、聖母様の合意も取れたな」
「別に俺は聖母様の巫女様ではないんですけど」
「聖母様に黙示を受けてるんだ。似たようなもんやろ」
「聖母教徒に殴られますよ」
ティブルは立ち上がり、出入り口へ向かう。その背中に向けて、パラストは机の上に置いてあった茶色の小瓶を投げる。
「餞別や。景気づけに飲むとえぇ」
「なんすかこれ?」
「活力剤や。元気出るよ」
「ふーむ……あざっす」
ティブルは小瓶をスカジャンのポケットにしまい、部屋を出ていく。そのあっさりとした出陣に、セイルは思わず声をかける。
「ティブル!」
「ん、なに?」
ティブルは足を止め、振り返る。その顔に再度死地に赴くというような悲壮感はない。どこか超然としている。伸びた背筋に背負った大亀の刺繍は、あの夜と変わらない勇者の背中だ。
こめかみの傷に鋭い眼光。ティブルは無意識なのだろうが、自然と上目で睨む仕草はどう見てもチンピラがメンチを切っているようにしか見えない。
気圧されるが、セイルはまっすぐに見つめ返す。迷いのない視線にティブルの強い意志を感じる。
それは役目なのだろうか。使命なのだろうか。強力なモンスターに立ち向かう姿。躊躇せずに再び戦場へ進める足。
それは勇者か異常者か。
セイルはもう知っている。
ティブルは聖母への憧れを胸に、迷えるアトマを世界へ還すために、それを阻む余計な邪魔モノを殴り飛ばしてやるという意志をもって、モンスターを殴りに行くのだ。
けれどセイルはまだ解らない。
ティブルが何を胸に秘め、何を決意し、どんな意志をもって、モンスターを殴りに行くのか。
憧れと現実がずれており、知識と理解が結びつかない。納得がいかないのは何故だろう。実感がないのは何故だろう。
ティブルに勇者としてあってほしいからか。
ティブルの未練に嫉妬しているからか。
気持ちの整理がつかないまま、ティブルを呼び止めたまま、セイルは続く言葉が決まらない。ティブルは視線を外さずに、こちらを見つめている。
そこで気づく。ティブルはセイルの言葉を待っているが、セイルの想いを待っているわけではない。セイルは知っている。思い出す。聖母への未練を嘲笑ったティブルの顔を。少し赤くなった顔を。
セイルは理解する。実感する。
ティブルにとって、自身がまだ、なんでもない存在であるということを。そうであるならばティブルのことなど気にしなくても良い。セイルは自身の想いを、素直に伝えることにした。
「帰ったらまた、お酒をご馳走するわ。そこでまた、聖母様の話を聞かせて」
ティブルはまるで、眩しいものを見るかのように目を細めた。
「ああ、わかった」
ティブルは片手を挙げて応え、診察室を出ていった。
■
患者用の簡素な椅子に座るイルに、パラストは茶を出す。あまり美味しくない茶だ。そんな味、そんな香りがするだけの茶だった。
三十路過ぎの男ひとりではこんなものだろうか。セイルは古びた大きな椅子に深々と座ったパラストを見ながら思った。
「物語の英雄は弱き民のために立ち上がり、伝説の竜騎士は巫女の窮地に駆けつける。正体不明のモンスターに立ち向かう勇者ってのは劇的なもんや。君にとってのティブルもまあ、現状そんなものやな」
「勇者……」
「時代遅れの害獣駆除処理業者よりは浪漫があるやろ」
モンスターを害獣扱いするパラストに眉をひそめるが、セイルも今までその認識であったため、咎めることはできない。応具の普及によりヒトの力で、特別ではない者にでも対処できるようになったモンスターは、ヒトの作り出した仕組みによって処理される時代になった。
「現実を見据えることは大事や、正しく把握することもな。生きてるんやから。こんな、何もかもが明日にはごろっと変わってしまうような早い時代には、それができるやつが強くなる」
モンスターはヒトの手で駆除できる。その認識を変える必要はないとパラストは言う。
「隻腕もティブルも、時代遅れやからな。それ個人が強くても、それは続かない強さや。明日のない、未来のない、物語の中の強さやろうな」
続いてきたからこそ、今この時代にヒトとヒトの社会の強さがモンスターを上回った。そしてその歩みは止まらない。セイルはその流れの中にいる。降りるつもりもない。
思い詰めるセイルの表情に、パラストはその葛藤を理解する。
セイルにはセイルの目的があり、モンスターを追うのはそれを達成するための手段のひとつだ。そこに迷いはなく、故にセイルの意志は強く、輝いている。ティブルと出会ってもそれは変わらない。
ティブルに興味を抱いているようだが、それはセイルとは真逆の存在であり、しかしティブルにもまた揺らがない部分があるためだろう。いずれつけるだろう折り合いが、今はまだついていないがための表情だ。
「君ん中に、あいつに憧れるような思いがあるなら、それはそれで大事にしてあげたらええ。理解はできんかもしれんし、する必要もないやろ。でも、ティブルはティブルで、一人じゃどうにもならんしな。寄り添ってくれるやつはいたほうがええわ。今はそれでええと思うよ」
激動の時代、おとぎ話の終わりの始まり。
正体不明のモンスターに立ち向かう勇者。
在り方が違う、孤独な存在。
それは個であるはずなのに、システム、あるいは概念として機能する存在。
時の流れとは無関係なところで、違う何かを見続ける。
(あなたは何を見ているの?)
セイルはただ、勇者の帰還を待ち続ける。




