005 診察と治療
深夜の襲撃に駆けつけ、撃退戦を終えたティブルは痛む身体を引きずって診療所へ移動し、パラストの治療を受けていた。診察台には負傷した少女が眠っている。モンスターに握られていた腕は包帯が巻かれ、固定されていた。
万物がアトマで出来たこの世界において、怪我や病気の治療に術法は有効だが、制約も多い。
治療術法は負傷者や患者自身の体内アトマを消費しなければ効果が薄く、他者による一方的な治療は相当の術士でなければあまり効果は得られない。
自己治療も難易度が高い。怪我や病気である状態が本人の現在であるため、これを否定することは自己の否定となる。付け焼き刃の治療術法は自己を失う危険性があるのだ。
よって、医者と患者が互いに認識を合わせ、適切な治療術法による治療を行うことが早期回復の道である。
この世界においての医者とは怪我や病気について見識があり、また他者理解に長けたものである。
患者の通常と異常をよく知り、異常を治すために患者の理解と合意と協力を得られる程に治療術法の効果は高まる。
治療術法を施術に取り入れる医者は総じて高位の術士である。木火土金水、すべての系統の術法を資質がなくとも扱う必要があるためだ。不良医師であるパラストもまた、ゲントレー術法学院に入学して卒業するほどには満遍なく各系統の術法を修得している。
なお、本人曰く医療に重要なのは会話だ、ということらしいが、口八丁でこき使われてきたティブルたちはまったく信用していない。
ティブルの体内アトマも気力も先の戦闘で尽きており、そのままでは治療術法の効果が十分に出ない。パラストは手早く活力剤を調合し、ティブルに飲ませる。
活力剤がアトマを急速回復させるわけではないが、滋養があり、疲労回復の効果はある。体力が多少でも戻れば疲弊した精神も安定し、自己を認識する余裕が出てくる。自己を保つこと、意志を持つことはアトマを制御する上で重要だ。
篭手の下、ティブルの両腕は大部分が発赤し、水ぶくれができていた。深刻な火傷である。防護術法で軽減されていたとはいえ、灼腕で幾度も殴られた結果だった。
パラストは表情を変えず、治療術法を発現する。実働として働いてもらうために、パラストは主治医役として日頃からティブルの身体は検診し、熟知している。ティブルもアトマ制御には長けているため、滞りなく治療は進んだ。
熱と痛み、痺れが薄らいでいく。固くなっていた身体から力が抜けたことに気づき、ティブルは呼吸を楽にする。
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パラストがティブルと負傷した少女の治療を終えた頃には、夜が明け始めていた。少女は痛み止めを注射され、眠っている。疲弊した状態では治療術法は効果的ではないと判断されたのだ。
「病室に移すからちょっと担いだってや」
「は? 何いってんすか、俺も怪我人なんですけど」
「もう痛み引いとるやろ。こっちは三十路過ぎると腰が怖いだよ、ほら、手伝うから」
パラストは診察台で眠る少女の両膝を立て、上体を起こす。ティブルはげんなりした顔で膝下と背中に腕を通し、担ぎ上げる。
腕に巻かれた包帯がアトマ光で淡く輝く。包帯に描かれた術法発現式により防護の術法が発現している。
少女の身体は細いが、高い身長と適度についた筋肉のせいか、適度な重さだ。パンツスーツに包まれた脚は身体の半分もありそうなほどに長い。抱え上げれば柑橘系の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
柔らかさと温かさにもやもやしてくる心情を無視して、ティブルは隣の病室へ少女を運搬した。
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診療録を書き終え、一息ついたパラストは、窓際でダラけているティブルに声を掛ける。
「ちょっと飯食ってくるわ。その子、見ててくれや」
「は? 何いってんすか、俺も怪我人なんですけど」
「ちょっとだよちょっと、若いんだからいけるやろ。こっちは三十路過ぎると徹夜はきっついんだよ」
そう言ってパラストは財布を白衣のポケットに突っ込んで、病室から出ていく。ティブルは驚愕の顔のまま、それを見送る。本当に出ていってしまったパラストを諦め、ティブルは仕方なく紙煙草に火をつける。
二つのベッドでおおよそ埋まってしまう病室。窓側のベッドで眠る少女の顔は穏やかだ。痛み止めが効いているのだろう。
金の髪に白い肌、長い睫毛に細く形のよい眉、整った顔だ。美姫の系統か。
ティブルは煙を吐き出す。空いた窓から入る風は、裏手の川音も運んでくる。川の水は今日も豊富で、勢いのある音が続いている。
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パラストはモンスターが蹴落とされた診療所裏手のペニン川の流れを見ていた。ビャクシン山は積雪でまだ当分白いままだが、増えた水量と流れの速さに春の訪れを感じる。
早朝だがヒトの営みは始まっている。新聞配達員や朝市へ向かう荷馬車の姿が街道に見える。朝餉の支度の白煙がそこいらの家々から細く立ち昇っている。
パラストの手には歪んだ鉄の塊がある。昨晩の戦闘時に吹き飛んだ、ティブルの篭手の機構の一部だ。修理するしろ、新造するにしろ、これは必要だろう。手の中で遊んでいると、一人人影が近づいた。
「昨晩はご迷惑を」
「そっちもお疲れや。予想しとったが、即日的中には驚いたな。まあ、こっちが動けるようになるにはちょっと時間がいるな」
パラストは壊れた機構を見せる。事前情報が乏しい状態での突発的な戦闘だった。ティブルがここまで武装を壊されることも珍しい。ティブルの負傷は今日明日で回復させられるが、武装については門外漢だ。
影は頷き、川を見る。
「奴はこちらで追います。動き出すようなら足止めしますが……あまり期待はしないでください」
「わーってるって、無理すんなや」
「はい……奴はまた診療所に来ますか?」
「来るやろな、腕はまだここにあるし。けど、ティブルの話じゃとりあえず腕なら何でも良さそうだかんな、そこは気ぃつけてな」
あのモンスターは腕であれば何でもとりあえず掴み取ろうとするようだ。少女の腕を掴み、ティブルの腕を執拗に追いかけ、人体模型の腕を追って川へ落ちた。不用意に近づけば掴まれ、引きちぎられるかもしれない。
「……うちのが世話になってます」
「可愛い子は構わんよ、目ぇ覚めたら治療するわ。けど女の子には優しくしたれや。傷もんになったら可愛そうや」
「……あれがそれを聞けばの話ですが」
「ま、そーやな」
「見つかったら連絡します」
「頼むわ」
では、と人影は立ち去る。それを見送り、パラストも川沿いを歩き出す。飯屋の前に、オウカ寮へ寄るつもりだ。
「マルに看病するよう言っておくか」
ティブルと少女、病室で二人きりのところに送り込んだら面白いだろうかとパラストは考えながら、朝日を反射する川の流れを追いかける。
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裏手の川のせせらぎを聞きながら、ティブルが病室の窓辺で微睡んでいると、パタパタと軽い足音が近づいてきた。
「ティブルくん大丈夫? 異常者出たんだって? 殴った? 怪我した?」
ひょっこりと現れたのは痩せた小柄な少女、マルマットだった。パラストに言われて駆けつけたのだろう。息が上がっている。
「おう、マルさん。おはよ」
「寝煙草危ないよ? 昨夜戦ったの? ごめん、全然気づかなかった」
「なんの、まあ、生きてるからいいだろ。それよりザラタン壊れてさ」
「うん、先生に聞いたよ。爆砕で飛んだ機構も預かってる」
「なんだ、パラストさん、探してくれたのか」
ティブルは煙草の灰を窓の外に落とす。少し寝ていた間にだいぶ短くなってしまった。煙が熱く、辛い。窓の桟で押し消し、外へ放り捨てる。
マルマットは診察台で眠る少女を見ていた。
「この子か、怪我したんだね、うわー、きれいな子だね、うひょー、なんかした? してないの? なんかしていいのかな、いいよね。うひい、ひゃっはー」
「怪我人だぞ」
「わかってるって、うわー、こんなきれいな顔こんな近くで見ることないよー、うひょー。あー、先生に看病するよう言われたから引き継ぐよ。ティブルくんは治療は終わってる?」
「……一通りな。アトマ回復したらまた診てもらうけど」
「それじゃゆっくり休むといいよ。ザラタンは……とりあえずハード修理だね。カプーくんに持ってって。私も寮戻ったら調整するよ」
「ああ、それじゃ頼んだよ。すまんね」
身をかがめ、少女の顔を真横で覗き込み、「ほぉ」とか「ふぇ」とか「うひょー」とかヒソヒソ声を上げるマルマットを半目で見ながら、ティブルは立ち上がる。
「ティブルくん」
「ん?」
「お疲れ様」
「おう」
マルマットから術法発現支援機構の残骸を受け取り、破損した篭手ごと袋に入れ、診療所を後にした。
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少女の看病をマルマットに引き継いだティブルは、オウカ寮に戻ったその足でカプーの部屋を訪ねた。破損した篭手を渡し、昨夜の戦闘を説明する。顛末を聞き、寝癖かどうか判別に難しい髪をガシガシ掻きながら、カプーは険しい表情を作る。
「は、爆砕機構が稼働した? マジで」
「まじまじ、まーじびびったんだから」
「実戦で稼働するとは思わなかった」
「ヒトの篭手にそんなもの仕込むなよ」
「悪い悪い」
カプーは融けて歪んだ鉄板をつまむ。灼腕の殴打に潰され、削り取られた痕跡は激戦を思わせた。
「金属融解、か。厄介だな。腕の方は大丈夫なのか?」
「パラストさんに治してもらった」
ベッドに座るティブルはスカジャンをめくり、包帯を解き、両腕の火傷を見せる。既に痛みも熱も治まっているが、腕全体が赤く焼けており、広範囲に火傷したことが分かる。
アトマが回復すればパラストの治療術法で肌の変色も元通りか、それに近い状態まで治すことは可能だ。午後にでも診療所へ赴いてそうするつもりであり、カプーもまたそれは分かっている。
それでも痛々しい戦傷を目の当たりにし、カプーは厳しい表情を作らざるを得ないほどにはショックだった。
「初戦は生存重視だけど、こうもやられるのは久しぶりだ」
「文字通り、手酷くやられたというわけか。金属に特化した融解と静止の作用。攻め方を間違えたんだな、熱が上がるほどに金属融解も静止も効果が高まった。水術で都度都度熱を抑えながら殴るべきだったね」
カプーはティブルが陥った状況から攻略の手順を間違えたことを見抜く。ティブルは肩をすくめてそれを認める。
「ああ、気づいた時には手遅れだったよ。燃え上がった最初に水弾を打ち込んだけど、蒸気に変えられてさ。こりゃ効かねえんじゃねえかって回避に専念したのがダメだったな」
「接近して回避ミスって防御して金属融解でオートセイフティで爆砕機構か」
弾け飛んだ術法発現支援機構の残骸を手に取りながら、カプーはため息をついた。
「ちゃんと稼働したなら、まぁ、いいんだけどね」
「応具がなけりゃ俺の水術なんて素人に毛が生えた程度だしね。余分に持ってても動き辛くなるだけだ。あるもので戦うし、なくなれば負けるだけさ」
「ティブルくんは気質も武装も決戦型だからね、浪漫だよ」
ティブルの術士としての才能はさほど高くない。術法を戦術の一手として組み込めているのは、篭手に仕込まれた術法発現支援機構、すなわち応具の存在が大きい。
それを早々に潰された昨夜の戦闘は、相性と運が悪かったとしか言いようがない。
「まあ、相手が分かればそれに合わせてカスタムするだけさ。次は絶対勝たせてやんよ」
カプーは作業用照明の応具ランプの灯りをつける。引き出しから工具を取り出し、破損した篭手の分解を始める。
鉄板が融解して癒着した縛り紐は容赦なく破断していく。手甲にも腕を守る三枚の座盤にも大きな凹みがある。打ち直せるか確認しながら、家地に繋ぎ留めている革紐を解いていく。
「で、どうだったよ、その隻腕は?」
「ああ、嫌な感じだったよ」
「嫌?」
「狂神とか他の奴の意志がぐちゃぐちゃに光っててさ、殴ってようやく隻腕の意志が見えた」
カプーは左右の篭手をそれぞれ家地、革、鉄板と分け、作業台に並べる。継続して使えるもの、修復が必要なもの、新造するものをチェックしていく。金属素材ばかりが再利用不可となっていることからも、今回は心底相性が悪かったことを理解した。
「ティブルくんの流儀に反するわけか」
「あんなもの、死霊の湖には送れない」
カプーは篭手の破損状況を確認しながら、ティブルの表情も確認する。
ティブルはやや俯いた角度から目だけをカプーに向けている。どう見てもメンチを切っているようにしか見えないが、平常であり、再戦の意志があることも理解した。
「わーった、やるんだな、対策考えて篭手直しておくよ」
「すまんね、もう、疲れた頭じゃなんにも思い浮かばんのよ。とりあえず寝るから、何か思いついたらマルさんと一緒に、ザラタンに入れといてよ」
「おう」
ティブルはベッドから立ち上がり、部屋を出ていく。
「お疲れさん、お休み」
「おう」
カプーに篭手を預けたティブルは自室に戻り、昼過ぎまで眠りにつくのだった。




