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004 撃退戦

 

「こいつっ!?」


 ティブルは舌打ちする。

 ティブルに殴り飛ばされた隻腕のモンスターが燃え上がっている。自身を焼く火炎に、しかしモンスターは吠えも苦しむ素振りもない。左肩から広がる金属の侵食が熱によって赤く染まる。

 先の水弾(ウォーターショット)など児戯と言わんばかりの熱量と火炎、創具(そうぐ)を介して発現されているのか、その格の違いをまざまざと示した。


 モンスターが立ち上がる。右腕の離れた地面には火炎が残る。闇の中、たモンスターの身体が赤々と輝く。


(まだ、打てるか?)


 先の水弾(ウォーターショット)は完全にかき消されている。熱塊を熱塊のまま殴る趣味はない。ティブルは水術を発現する。


「水弾一打。聖母の涙、その雫は頬を流れ、我の迷いを打ち払う!ウォーターショット!」


 水球を作り、殴り、当てる。蒸気の音がする。煙がもうもうと上がり、しかし文字通り、焼け石に水のようだ。白い蒸気を切り裂いてモンスターの腕が伸びる。ティブルは避ける。腕を弾き、殴りつける。

 ぐにゃり、と先程とは異なる感触を感じる。


(何だ?)


 ティブルはその感触に不安を覚える。距離を取り、殴りつけた篭手を見る。篭手の手甲には凹みがあった。いや、これは。


「溶けている……」


 血の気が引く。篭手の鉄板を溶かすほどの熱。殴り続ければティブルの腕が溶け落ち、燃えるというのか。

 怯みかけて、ティブルは思いとどまる。篭手は溶けたが、接近してもそれほどの熱は感じなかった。篭手の鉄板にのみ作用したのだろう。

 火剋金。侵食する金のアトマに打ち克つための火のアトマ、意志か。


 モンスターの腕が迫る。もはや灼腕(しゃくわん)と呼べるように赤いそれを、ティブルは篭手で弾き、流す。その度に篭手を通して妙に軟らかい感触が伝わる。


「相性が悪いっ」


 熱を、火のアトマを鎮めなければ篭手を融かされる。ティブルは水術を発現するために距離を取る。水球を生成、殴りつけようと構えた。


 途端、灼腕を弾き続けていた右の篭手が弾き飛ぶ。正確には手甲部分に設置された術法発現機構が、だ。


「これは、カプーが仕込んだ爆砕機構っ!」


 応具(おうぐ)の要であるアトマ結晶体は無色透明なアトマに近い鉱物である。それゆえ意志に容易く染まり、結晶体すべてを消費して術法を発現させる。つまり暴発の危険性がある。

 応具発明以前にはその特性により、アトマ結晶体は使い捨ての術法発現兵器として使われていた。

 時代が数百年経とうと、アトマ結晶体自体の性質は変わらない。十分な意志阻害・遮断処置が施されていれば問題ないが、そうでなければ爆弾を身に着けているも同然である。

 カプーが仕込んだのは暴発を避けるために自動で発動する安全機構(セイフティ)だった。


「実戦で稼働すると、心臓に悪いな!」


 実験での動作確認時は相当負荷をかけなければ発動しなかったはずだ。あのときはマルマットの火術の連発を殴っていた。落とし切る前に発動して直撃して吹っ飛んだか。


「おい、大丈夫か!?」


 音に驚いたパラストが怒鳴って尋ねてくる。大丈夫ではない。篭手の術法発現支援機構がなければ、並の術士でしかないティブルは創具と拮抗するほどの熱に勝てない。


「大丈夫じゃない! 今日は勝てない!」

「まじか、どないするん!?」


 撃破が無理なら、撃退させねばならない。

 こちらには怪我人がいる。治療せねばならない。

 治療には診療所と医者が必要で、どちらもここにある。

 撤退はない。撤退はない。


「撤退は、ない」

「追い返すんか!? おとなしく帰ってくれるようには見えんぞ?」


 ティブルは考える。モンスターの注意を引かねばならない。幸いそれは簡単だ。モンスターが探し、求めているものを渡してやればいい。

 それを求めてモンスターはここまで辿り着いた。モンスターが傷つけた少女の負傷箇所も、こうして邪魔をしているティブルに対して狙ってくる部位も、ずっとひとつだ。


「腕だ! パラストさん、なんか、腕を!」

「腕だあ? ……ああ、そうか! わかった! ちょっと、もうちょっと粘れ!」

「早く!」


 理解したパラストが少女を抱えて診療所に入っていく。灼腕が迫る。パラストが戻るまで時間を稼がねばならない。ティブルは遅滞行動を開始する。


 モンスターの攻撃手段は右腕のみで、その動きに格闘術などの気配はない。本能のまま腕を振り回し、失くした腕を求めている。

 だが腕は長い。変貌前は知らないが、確実にヒトであった時よりも長くなっているだろう。求めるために伸ばし続けた結果なのか、直立した状態で地面に着きそうな程だ。リーチはヒトのものではない。

 さらに金属化と赤熱化がモンスター具合に拍車をかける。これは腕だけではなく全身に現われており、硬く、重さはおそらくティブルの四倍以上。赤熱化は金属特化で融解の効果を発している。


「当たりどころが悪ければ致命の重さ、だが振り回されるだけなら問題ない」


 ティブルは前に出て、モンスターの攻撃を誘う。長いリーチで振り回される腕が、赤い軌跡を引きながら向かってくる。遠心力で威力は上がるが、軌道がわかりやすい。

 ティブルはその勢いを殺さず、上へ弾き反らす。大振りは空振りしたときの隙が大きい。ダメージ追加のチャンスだが、金属融解効果のため、手は出せない。


 避け、弾き、注意を引きつける。その繰り返しで時間を稼ぐ。ティブルはそう考え、空振りした腕を強引に戻し、振りかぶってきたモンスターの腕の間合いを見切る。

 半歩下がり、回避しようとしたティブルは自身の身体に違和感を感じる。


(なんだ、遅い?)


 余裕で避けられると判断した攻撃がティブルの腕にヒットする。咄嗟の防御姿勢に篭手の下、家地に描かれた術法発現式が防護術法を発現し、ティブルの腕が紺青の光を放つ。

 モンスターの攻撃に変化はない。腕の長さ、速さは変わっていない。痺れる腕に顔をしかめながら、ティブルはモンスターから距離を取る。その動きは先程よりも僅かだが、しかし確実に遅くなっている。


「身体が重いわけじゃない!? 思考も鈍っていない!? 純粋に動作が遅いのか!」


 ティブルは弱まる篭手の光を見ながら、腕を軽く振る。自身の意識に対して、身体の動きが微妙に付いていかない。何らかの状態異常の可能性を確認するために、ティブルは篭手にその意志を通す。


 ■


「術法発現式《じゅつほうはつげんしき》は応具(おうぐ)以来の革命的な発明だよ。応具や創具(そうぐ)を使えば術法の規模とか威力とか爆上がりだけど、発現に最低限必要なアトマ量がそもそもやっぱり多いんだよ。その点、術法発現式は発現する術法側を均一化することで、必要な消費アトマを抑えるって発想から生まれたものなんだ」


 篭手(ザラタン)は縛り紐で家地の起点箇所をティブルの素肌に密着させることで、ティブルのアトマを家地に伝え、それを燃料に術法を発現させる。


「システムっていうのは入力と出力があるもののことを言うんだ。ザラタンはティブルくんのアトマを入力とし、その出力として術法を発現させる。術法発現に必要なアトマの量は一定で、発現される術法も毎回同じ射程、規模、範囲、効果になる。術法発現式で構築されたシステムは毎回同じものを要求し、同じものを返すことができる。腕の立つ術士は遊びがないとかいうけど、ティブルくんみたいなへっぽこ術士でも資質のない系統の術法を均一で安定して発現できるのは有用だと思うよ。アトマ消費量が決まってるっていうのも戦術を組み立てるのが簡単でいいよね」


 ザラタンは術法発現式が描かれた家地を基礎として装甲を装着し、篭手として成り立っている。カプーの作った術法発現支援機構に直接アトマを叩き込んで術法を発現することもできるが、それはティブルが扱える術法のみだ。

 ティブルの術士としての才能はあまり高くなく、資質も水術のみである。切断効果の高い金術や燃焼効果のある火術、身体の異常を精査する木術など、水術以外の系統の術法を戦闘レベルで発現するには、マルマットの描いた術法発現式が必要となる。


「防護術法自動発現システム。カプーくんが魔改造して術法発現支援機構とか付けてくれちゃったけど、ザラタンのメインはこっちのシステムなんだからね!」


 マルマットがメイン機能だと主張する防護術法自動発現システムは、ティブルが『攻撃を受ける』と認識し、篭手を使った防御姿勢を取ることで稼働する。ザラタンはティブルの防ぐ(・・)という意志を受け、それを呼び水として必要な量のアトマをティブルの中から吸引し、家地に描かれた防護術法を発現させる。


 自動発現を謳っているが、ティブルの僅かなりにでも防ぐ意志がなければ稼働しない。不意打ちには発動しないところにティブルは苦言を呈したが、マルマットは常在戦場(じょーざいせんじょー)と自身には無縁の言葉で棚上げした。


 ティブルの腕は武器であり、盾でもある。拳さえあれば万物を殴り飛ばせるティブルだが、防御に使えば負傷もする。拳がなければ空を切るばかりだ。製作者であるカプーとマルマットはヒトとして問題があるが、作られた篭手(ザラタン)は間違いなくティブルの生命線である。


 ■


 その生命線たる篭手(ザラタン)が、今も容赦なくティブルからアトマを吸い上げる。状態異常を懸念した意志を汲み上げ、ザラタンに描かれた術法発現式のひとつが稼働する。

 木脈知身《ウッドヴェイン・ステータスチェック》。

 詠唱はない。ティブルが発現する術法ではないからだ。青緑の光がティブルの身体状態を確認し、結果をアトマ光の明滅で示す。

 パターンは遅延(スロウ)の弱体化(デバフ)。

 モンスターの灼腕、その内で燻る静止の意志が接触によって乗り移ってきたということか。


「殴っても防いでも遅延(スロウ)とは厄介な。デクの振り回しでタコ殴りにされるぞ」


 ティブルは既に自分が罠にかかっていることを理解した。創具に拮抗する程に強力な静止の意志が周囲にも影響する。停止(ストップ)とまでいかずとも、遅延の弱体化が発生する。体術も格闘術もない単なる腕の振り回しも、獲物の動きが鈍れば当たり始める。当たれば更に遅延の弱体化が重ねられる。悪循環だ。


「もたもたしていると左の爆砕機構も稼働するな。ええい」


 ティブルは自身の内に残るアトマ量を見積もる。自動発現する防護術法でザラタンに持っていかれるアトマを引くと、使える術法はあと二、三回。水弾(ウォーターショット)を使っても、モンスターの熱は一時的にしか鎮められないだろう。再燃してしまえばそれまで。遅延の弱体化が重なり、袋叩きコースだ。


 既に撃破は諦めている。回避に専念するにしても一度仕切り直すほうが懸命だ。ティブルはそう判断し、水術を発現する。


「水流身漱。聖母の川の清らかな流れが薄汚れた我が身を漱ぐ。ウォーターフロー・リムーブ」


 左篭手に残った術法発現支援機構で応具級に増幅された状態異常解除の術法が発現する。篭手から広がる紺青の光が清流となってティブルの全身を洗う。ティブルは元の身体の軽さを取り戻す。


 ティブルは腕を餌にモンスターを引きつけ、蛇のようにうねる灼腕を回避する。バックステップで間合いを逃れ、身を低くして頭上を空振りさせ、時に飛び込み、翻弄する。

 距離を取りすぎるとモンスターはティブルへのターゲットを外し、診療所の方へ向かい始める。モンスターの索敵範囲と攻撃範囲はほぼ等しく、注意を引き続けるためには必然、モンスターの猛攻に身を晒さねばならなくなった。


 ■


 赤光の軌跡が暗闇に幾重も輪を描く。それを逃れるように紺青の光が踊る。

 ティブルの荒い息が響く。赤熱するモンスターが暴れるためか、空気が熱せられ、乾いている。さほど時間は経っていないはずだが、ティブルの肌にも汗が吹き出し始めている。モンスターは飽きもせず、学習もせず、灼腕でティブルを求める。それまで通り回避しようとし、ティブルは自身の身体に違和感を覚える。


(なんだ? 遅い?)


 一瞬回避が遅れ、迫る灼腕を咄嗟に打ち払ってしまう。二色の光が火花のように散る。篭手の家地に刻まれた術法発現式が輝き、腕へのダメージを軽減する。


「ちっ、なんだ!? なぜ遅い?」


 ティブルは戸惑う。たった今一発打ち払ってしまったが、それまですべて回避していた。だというのに身体の動きが遅かった。違和感を感じる程度には、遅延(スロウ)の弱体化(デバフ)が発生していた。


 ティブルはモンスターから一旦距離を取り、周囲のアトマを見る。赤と白の光がうごめき輝くモンスターの周りは、その一帯が赤く染まっていた。


「未熟。ちっ、気づかなかった」


 創具に匹敵するほどの強い意志は周囲へ影響する。ヒトや獣、植物、大地、大気にその意志を乗せる。乗せてしまう。

 灼腕の振り回しによって熱とともに、静止の意志もばらまかれたのだろう。無駄に振り回されたことで空気が乾くほどに熱が高まり、それに合わせて静止の意志も強まった。

 その中で走り回っていたのがティブルだ。影響を受けないはずがない。


「やるじゃないか」


 ティブルは再度水流(ウォーターフロー)を発現する。弱体化を洗い流すが、周囲の熱は上がる一方だ。先よりも更に早く遅延の影響を受けるだろう。もう、アトマ残量も少ない。


「おおおおっ!」


 ティブルは気合を入れ直す。一帯が不可避の弱体化の影響下ならば、それを前提に動く。紺青の残光で尾を引きながら、ティブルはモンスターへと肉薄する。


 ■


 篭手の下、家地に描かれた防護の術法発現式は光りっぱなしだ。

 周囲の空気が焼けている。火のアトマが、意志が、熱を発して空間を燃やす。

 モンスターの左肩から光が漏れている。刺すような白の光とそれを焼き尽くすような赤の光。

 闇の中、白と赤の軌跡が、弱々しい紺青の光を追いかける。


 遅延の弱体化が身体だけではなく、ティブルの意識にも影響してきている。遅延を考慮しての回避運動を行う中で、一瞬意識を失うようになってきた。刹那の時間であっても、前後の連続性が失われる。

 意識が戻ったときには灼腕が唸りを上げて迫っている。回避は間に合わず、防御らしい構えも取れず、防護術法自動発現システムに頼って弾かれ、なんとか相対を保っている。

 左篭手の術法発現支援機構も既に爆砕機構が発動して久しい。

 熱空間の中、動き続けたティブルは犬のように口を開け、乾いた呼吸を繰り返す。


「ティブル! これでどうや!」


 診療所から戻ったパラストが何かを掲げ、こちらに投げた。朦朧としていた思考が引き戻され、ティブルは我に返る。

 モンスターから距離を取り、投げられたそれ(・・)を掴み取る。


「ははは、こいつはいい」


 拾い上げたそれは腕。隻腕のモンスターが求めたもの。だが、遺棄されていた本物ではない。診察室にあった人体模型(・・・・)の腕だ。

 遅滞行動は終わりである。ここからは防御は不要だ。ティブルは防護術法自動発現システムをマニュアルで停止する。

 そして残った最後のアトマで術法を発現する。


「水流身漱。聖母の川の清らかな流れが薄汚れた我が身を漱ぐ。ウォーターフロー・リムーブ」


 術法発現支援機構は爆砕機構の稼働によって左右どちらも既にどこかへ吹き飛んだ。資質のある水術でも応具がなければ大した効力は期待できないが、水流は紺青の光を伴ってティブルの身を清める。

 遅延の効果が幾らか収まり、鈍った頭もはっきりしてくる。彼我の位置を確認し、ティブルの準備が完了する。


「おらっ、望みのもんだ!」


 ティブルは人体模型の腕を振って注意を引く。

 モンスターの腕が伸ばされ、掴まれる瞬間に引っ込める。挑発するような動きに釣られて鈍重なモンスターは腕を追いかける。殴って蹴って吹き飛ばすのは一苦労だが、自ら動き出させるのであれば労力は少ない。


 腕を求めるがままに歩き出し、突っ込んできたモンスターをティブルは躱し、渾身の力を込めて、がら空きの背中に回し蹴りを入れる。

 頑強な身体にダメージは入らないが、ティブルの蹴りのエネルギーも加わり、モンスターは止まることなく歩き続ける。

 その先は川。診療所の裏手を流れる、ビャクシン山からの雪どけ水が春を運ぶペニン川だ。水量も速度も普段より上がっている。


 モンスターの背後から、ティブルは人体模型の腕を追い越すように投げる。ゆっくりと放られた腕をモンスターは追いかける。誘蛾のように灼腕を伸ばし、ふらふらと進む。

 ティブルは身を低く構え、そしてモンスター目掛けて走り出す。

 モンスターが宙から落ちてくる人体模型の腕を掴む。

 その瞬間、ティブルがモンスターの背後に飛び蹴りを放つ。


「おおおおおぉぉぉあっ!!」


 支えるものも遮るものもなく、前方に倒れたモンスターはそのまま岸を転がり、川に落ちる。何かを叩きつけるような音と水が沸騰して蒸発する音が響く。飛沫が飛び、蒸気が立ち上がる。

 モンスターは暗い川の中、赤の光を浮き沈みさせながら流されていった。


 明滅が遠くなっていく。やがて見えなくなるそれを見届け、ティブルは脱力して座り込む。

 両腕の篭手の機構は吹き飛び、鉄板も融けて歪み、欠けてしまった。吹き出した汗で上衣はずぶ濡れだ。ところどころ焦げて、火傷もできている。きっと家地の下もひどいだろう。

 パラストが駆け寄ってくる。朦朧とした頭でそれを待つ。暗い川の流れの向こう、もう見えなくなった明滅を思う。


 モンスターを動かしていたのは狂神の意志、腕を探し求めるもの。

 それを妨げていたのは静止の意志。

 強烈に拮抗する二つの意志は混在し、赤と白の光を撒き散らしていた。


「だが、違う」


 それらは本来の意志ではない。後付で埋め込まれた、他人の意志だ。

 本来の、モンスター化する前の、ヒトであった頃の奴の意志は、奥底にあったのは怒り(・・)だ。

 アトマ体術(アトマ・ミリテマ)で殴り飛ばした時、極彩色のアトマの群体の奥に、一瞬垣間見えたのは怒りだった。

 診療所で遺留品の腕を見たときにも感じた怒りが、あのモンスターの中にはまだ残っている。


「尊重すべき意志は怒り、か」


 蹂躙され、正気を失った肉体の奥底で今なお燻る怒りの意志。

 奴は一体、何に憤っているのか。


 震え始めた腕で紙煙草を探す。脱ぎ捨てたスカジャンの中だと思い出し、ティブルは落胆の息を吐いた。

 モンスターの残した戦いの熱が、夜風に吹かれ、消えていった。


 ■


 TIPS

 意志

 移ろいやすく、消えやすい思い。どこかへ向かおうとした力、方向の起点となるもの。

 ヒトは意志を生み出すことができる。


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