002 意志と創具
パラストの診療所を出たティブルはそのまま昼前の暮屋のアルバイトに入る。
暮屋はゲントレー術法学院の近くの中央大陸料理店で、学院に通う学徒だけではなく、働く職員、教鞭を取る教授や研究員などを客にしている。貧乏学徒が日常的に利用するには少し値段の高い店であり、広いホールを持つ暮屋は教授主催のパーティに利用されることも多い。
オウカ寮とゲントレー術法学院の間にあるからという理由でアルバイト募集に応募したティブルは、そのチンピラ風情のためにホールでの接客は無理と判断され、本人の希望通り厨房で働くこととなった。
男前なシェフの指導で中央大陸料理を覚え、窯の前でピザを焼き、たまに発生する酔っ払い同士の喧嘩を仲裁し、あるいは殴り飛ばしながら、ティブルは労働に勤しむ。
夜の当番が終わり、閉店後の片付けを終え、ティブルはオウカ寮へ戻った。
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西大陸北東部にある君主国、フォーストン帝国。
数百年ほど前にクーデターによって生まれたこの国は近年二度の大戦に勝利し、その過程で飛躍的に経済が発展した。
フォーストン帝国中南部の都市ゲントレーは全国でも主要な都市のひとつであり、術法研究院や教育機関も設立されている。
ゲントレー術法学院はゲントレー周辺の地方において最高峰の教育機関であり、上位組織である術法研究院に見合う人材育成を目的としている。
オウカ寮はここに通う学徒向けの宿舎であり、国内外から優秀な若人が集まり、生活している。
ティブルは北大陸の出身であり、一族の元を離れ、気ままな寮生活を送っている。
オウカ寮は複数の棟で構成され、各棟それぞれで毎年数人が卒寮し、数人が入寮する。ティブルとマルマット、そして今から向かう部屋の主カプーは同じ年に同じ棟へ入寮した同回生である。
ティブルはカプーの部屋の扉をノックする。返答として高い声で返事が返った。ティブルはスカジャンのポケットから紙煙草の包みを取り出しながら部屋に入る。
「あ、おかえりー」
「お帰り」
「おう、ただいま」
ティブルの部屋と同様に書斎机とベッドで大半が埋まる狭い部屋だが、書斎机の奥の本棚に設置された応具ランプの柔らかな灯りが異なる印象を与える。
書斎机には部屋の主、淡い緑色の天然パーマで中肉中背の男カプーが座って作業をしている。工具と図面、金属や木製の部品が散らばる様子から、書斎机というより作業机と呼ぶほうがふさわしい。
カプーの他、部屋には赤い髪の少女、マルマットもいた。マルマットはベッドを背にして床に座っている。膝を机にして紙束に術法発現式の線を引っ張っている。傍らの湯呑には火酒が入っているようだ。
「な、ティブルくんの方が危険なんだから」
「まあ、そうだけどさー。不意打ち? とかあるんじゃない?」
ティブルがなんの話かと問えば、警察からこの辺り一帯に警戒令が出ているらしい。
「学院近辺を警察が警戒中らしいよ。なんでも異常者がいるとか。襲われる危険性があるから夜間の外出は控えろって」
「危ない輩の筆頭はここにいるけどな」
「ティブルくんは身内にしか襲いかからないよねー」
二人はティブルの暴力性をからかっている。
ティブルは昔から体術を身に着けており、確かに襲われる側より襲う側であるほうが多い。学院でも鍛錬のため、コウドウ流武道部に入部したが、コウドウ流は基本寸止めの流派である。弛んだ同輩や新入生らを指導のために殴ることはあるが、ティブルにとってそれは必要に迫られて仕方なくの結果だ。
「襲わねーよ、指導だ指導」
「へっ、輩が。こえー」
「こえー」
ケラケラと笑いながらふざける二人に、ティブルはひとまず警戒令の元凶であろう、午前の腕のことを話す。ティブルとて術法学院に籍を置く身ではあるが、術法に関してはマルマットやカプーのほうがより秀でている。
「狂神の意志が弾けて腕が飛ぶねえ。創具が体内に、ってのもどうゆう状況か分からんけど、意志の侵食が進んでモンスター化するんじゃねえの?」
創具は古来よりヒトビトの生活、文明、歴史に欠かせない、非常に有用かつ貴重な存在である。例えば六客人の一人、聖母の杖と呼ばれる創具は水を生み出し続けることができる。尽きることも衰えることもない意志の強さで創られた創具とは、まさに具現化した術法なのである。
しかし、それゆえに扱いは慎重を期す必要がある。
狂神の創具には好奇心を高めたり、繁栄や隆盛の加護を与える力があり、それゆえ冒険者や商人、研究者、政治家など成功を望むものに広く人気がある。願掛けに、お守りにと身に着けた狂神の刃は欲望を高め、目標へと邁進させる。富と名声、地位と権力を手に入れても満足しない飢えた刃は、更に血眼に求め出す。
もはや手放せなくなった頃には、視野は狭まり、言動は周囲から乖離し始め、そして狂ったように暴れだす。
こうなればもう、ヒトとは呼べない別のモノ、モンスターと呼ばれる存在になる。狂神の刃に魅入られたものはすべてすべて、身を滅ぼしたという。
「狂神の意志が侵食してきて、その腕のヒトが止まれーって力込めて、それと拮抗してボン?」
「そんなこと悠長にやってる暇があるなら、さっさと医者に行けよって話だな」
「だよね。体内に、例えば狂神のナイフが刺さっただけでモンスター化するんだったら武器としてあんまり有用性ないよね。そこはさくっと死んどいてほしいよね」
モンスターを生み出したのは狂神であると密やかにささやかれる程に危険な狂神の創具であるが、たとえ刃が刺さったとしても速やかにモンスター化するわけではない。
通常であれば痛覚に起因する痛みや恐怖、焦り、嘆き、怒りなどの強い感情が発せられ、即座に狂神の意志に乗っ取られるようなことはない。創具は意志の具現であるが、ヒトもまた、意志を生み出すことができる存在なのだから。
「そー考えると、変な事件だね。被害者は腕を飛ばすしか選択肢がないほどの時間で狂神の意志に侵食される。仮に加害者がいたとして、そいつは被害者の腕を落とすことが目的ではなく、創具の意志で侵食することが目的だったってこと?」
「ずいぶんと狂った話だな。それはつまり、モンスター化させることを目指していたってことか」
人為的なモンスター化。まるで都市伝説のような話だった。
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火酒が回ったマルマットは寝ると言って自室へ戻る。ティブルもカプーの部屋を後にした。
部屋に戻り、包みから紙煙草を取り出し、火をつけ、縁側に座る。夜も遅く、他の棟の灯りもほとんど消えており、紺青の空に星が増え始める。
先の会話の通り、腕の主のモンスター化が狙いだとするならば、ひとつの推測が生まれる。ティブルは、腕の断面が金属化していたことを思い出す。
万物がアトマで作られたこの世界において、常に意志を発し続ける創具は非常に貴重である。水が湧き出し、火が絶えず燃え、風を生み、豊穣をもたらし、成功を約束する。創具はただ在るだけで価値があり、価値を生み出す。ヒトの文明に切り離せない存在なのだ。
そしてもうひとつ、創具は術法媒介としての側面でも重要とされる。
術法媒介とは術法発現を補助する道具類の総称であり、発現したい術法や術士の資質であるアトマの系統に適した素材で構成される。火術ならば炭や油、土術ならば岩や宝石という具合だ。
雑念を排し、発現する術法を連想させ、焦点として意志を集中させるために使われる術法媒介は、ヒトが術法を見出した古来から、その材質や構成に試行錯誤を重ね、発展してきた。
そして、これもまた古来より、術法媒介の頂点にあり続けるのが創具である。
創具はそれ自体が既に世界を凌駕し、認められた存在であるがため、これを介して発現される術法もまた一瞬とはいえ世界を超えたものとして認識される。その威力、規模、継続時間、効果は単なる術法媒介を介したものと比較し、数十倍、数百倍とされる。
つまり創具とは尽きぬ資源を生み出す富であると同時に、時に国家の存続すらも左右する兵器なのだ。
「だが、創具を介した術法でも、それは術法でしかないはず」
いかに創具を介した強力な術法で、それが例えばヒト一人の焼却を片手間で済ませられるような威力であっても、術法であれば時間経過で意志が揮発し、世界意志によって修正が働き、やがて消え失せる。肉は焼けば焼けたまま戻らないが、腕が金属化したままなど普通の術法では起こりえないのだ。
腕が金属化するなど、世界の常識ではない。世界意志が認めない。そうであるはずならば、あの金属化は既に術法の範疇を超えたもの。
世界を凌駕した、奇跡のその先。在り続ける意志の具現、創具。
「あれは、狂神の意志の侵食を利用した、静止の意志の創具とでもいうのか?」
夜風に紙煙草の煙を吹かせて、ティブルは自問する。
午前、腕から読み取った感情は狂神の探索の意志だけではない。それと拮抗するほどに強い、静止の意志も感じていた。
「ありえるのか?こんなところに?」
創具は貴重だが、希少ではない。
ゲントレー術法学院にも教育資料や研究資料として保管されているし、国や軍、巨大な財閥なども様々な理由と目的のために保有している。ある程度の規模の街や村であれば、聖母の杖を社で囲い、聖母の泉と呼んで水源としている。
また、効果の低いものや破損した欠片などであれば、高価であるが市場に出回ることもある。
創具は貴重なものであるが、ヒトの営みの中で探せば見つけられる程度には多数あるのである。
問題は、その創具のおおよそすべてが創世の六客人により作られたものであるということ。六客人の他に、創具を成し得たヒトなど歴史に数えるほどしかいないのだ。
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煙草を吸い終えたティブルは、棚から篭手を取り出す。手甲から手首、肘まである家地に、革と鉄板が縫い付けられた篭手はティブルの武装であり、術法媒介だ。
この篭手は同回生のカプーとマルマットの合作である。
家地の布地にはマルマットによる術法発現式が描かれている。
革と各所を固定するための紐は意志伝達を円滑にする素材が選ばれている。
手甲の部分にはカプーによる術法発現支援機構が搭載されている。
この篭手のメインウェポンともいえる機構であり、文字通り、術法の発現を補助するシステムが組まれている。
特筆すべきはアトマ結晶体が組み込まれ、応具級の術法を発現できる点だ。
応具とは無色透明なアトマを高純度で含む鉱石、アトマ結晶体を核とした機構を内蔵する、量産可能な術法媒介の名称である。
数百年前に南大陸で発明されたそれは、凡人にも術法媒介として最上位である創具級の術法発現を可能とする、革命と呼べるものだった。いや、実際に応具を手にとった民衆らにより世界中で革命が起こり、後の歴史では応具戦争と呼ばれる戦争を引き起こした。
武器として使用される創具は貴重であり、王族や貴族、軍の将軍クラスなど限られた権力者しか持つことはできなかった。
応具は核であるアトマ結晶体が消耗品であることと、その取り扱いが難しいというデメリットはあるものの、創具に迫る性能でさらに量産可能であるメリットの前には些事であった。
カプーは脆く砕けやすいアトマ結晶体に特殊加工を施し、耐衝撃素材で保護することで、打撃武装への搭載を実現した。術士としての能力はさほど高くないティブルにとって、術法を戦闘に組み込むためにはこの機構は必須であった。難易度が高いが、打撃時に零距離で術法を発現することも可能である。
両腕に通し、手首と肘を紐で固定し、ティブルは軽く腕を振り、動きを確認する。
島と見間違う程に巨大な亀より拝借し、篭手はザラタンと名付けられた。
診療所にて、遺棄された片腕に触れた感じた大きな意志はふたつ、狂神の探索の意志とそれに劣らぬ断固たる静止の意志。
死を恐れた腕の主の叫びと思っていたが、そうではないとも思い始めている。
「自らの腕を犠牲に、創具へ至ろうとしたという線もありうるが」
剥がれた爪と削れた肉片、そして確かにあった、怒りの意志を思い出す。そう、あの腕には探索と静止、そして怒りの意志があったのだ。
「やはり別の、静止の意志をもったヤツがいたってことか」
ティブルはスカジャンを羽織り、部屋を出る。春はまだ始まったばかりで、夜は冷える。北西のビャクシン山から吹く冷たい風の中を歩き出す。
探索と静止、相反する意志が揮発せず、世界に残り続けている。腕に残っていたのだ。当然、身体のほうにも残っているだろう。
いや、身体のほうにこそ、狂神の創具と、それに拮抗するほどの何かが埋め込まれているはずだ。
世界を凌駕する意志が己が体内でぶつかり合う。体内のアトマは根こそぎ搾り取られ、ふたつの意志が輝くための薪として焚べられる。
ティブルは想像して身震いする。
そんなものにさらされ続ければヒトなど容易く狂い、ヒトとしての原理を踏み外す。
動き、止まり、歩き、止まり、探し、止まり、迷い、止まり。明滅する意志が身体を、心臓を、脳を動かし、止める。ヒトとしての動きが止まろうとも、埋め込まれた何かが絶えず探し、そして止める。繰り返す。
世界が定めたヒトという秩序を外れ、それでも動き、止まる。
すなわちそれはタガが外れたのである。
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TIPS
フォーストン帝国
西大陸北東部にある君主国。近年二度の大戦を勝利し、その過程で飛躍的に経済が発展した。高い金属加工技術と長距離輸送力を持ち、南大陸との貿易が盛んである。ヒトや文化の流入も多く、新時代を迎えんとする激しい波の中にある。
ロルド術法院
フォーストン帝国建国者の一人、術法元帥ロルドによって作られた術法研究所。現在はこれを頂点としてフォーストン帝国各主要都市に高等研究院および教育機関が設置されている。
研究成果は政府や軍、大財閥によって実用化され、国家運営の礎となっている。
ゲントレー術法学院
フォーストン帝国中南部の都市ゲントレーに設置された術法士のための高等教育機関。
当初は上位機関である術法研究院に見合う人材育成を目的としていたが、現在では修了後に民間に所属するものも少なくない。
術法旧派、術法新派、応具派の三派で構成される。
術法学院に入学した時点で社会的にはエリートとみなされる。
術法
アトマを自身の意志で染め上げ、望む現象を発現させる術のこと。
自身を構成するアトマを種火とし、世界を構成するアトマを上書きすることで発現する。
世界を構成するアトマは世界意志によって方向付けられているため、すぐに修正が働き、術法は消える。
術法媒介
術法の発現を補助するための道具の総称。
使用者のアトマや発現させたい術法の系統と相性の良い素材で構成される。移ろいやすい意志を集中させる焦点であり、日常的に術法を扱うファリタ・デ・アトマの世界では広く普及している。
モンスター
狂神が作ったとされる、ヒトでも獣でもないもの。一説には狂神の刃を取り込み、その強烈な意志によって「タガが外れた」と言われる。
化物であり、怪物であり、およそ秩序とは相容れる存在ではない。




