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スノーボール・ファイト

お菓子が大好きな小間使い妖精たちが登場する、現代日本を舞台にしたファンタジーの短編連作。「短編で遊ぶ森」内シリーズ第5弾です。2017年バレンタイン記念にお楽しみください。

第1弾「チョコレイト・ブラウニイ」第2弾「マカロン・フィズ」第3弾「フォーチュン・パンプキン」第4弾「スリー・ジンジャーマン」

 人々が寝静まった、午前二時。


 ある新興住宅地の一軒の家、その二階の、クリーム色のカーテンのかかった暗い部屋に、ぽ・ぽ・ぽっと三つの光の玉が現れました。

 光の玉は、たちまち人の形に姿を変えます。


「さー、今日のお菓子はなーにっかなー」

 ピンクの髪を逆立てた少年が、すちゃっ、とミニテーブルの側に正座しました。

「やったぁ、チョコレイトがあるわ! チョコレイト大好き!」

 はちみつ色の髪の少女も、一度ぴょんと飛び跳ねてから座ります。

「こっちのクッキーには文字が書いてある。日本人はこんなものに文字を書くのか」

 すでに座っていて、動物の形をしたクッキーを不思議そうにつまみ上げたのは、灰緑色の髪を一つに結んだ青年。


 彼ら三人は、別の世界からやってきた小間使い妖精です。だいぶ日本にも慣れて、普通に「正座」とかしています。彼らの仕事は、お菓子をくれた人の家を、夜の間に綺麗に掃除することでした。


 部屋の壁際のベッドでは、高校生の「あんず」がぐっすり眠っています。

 あんずは優しいし、三人に「ベリイ」「ハニイ」「ティイ」という名前をくれましたし、いつも眠る前にお菓子を用意しておいてくれます。三人はあんずが大好きでした。


 さあ、お菓子を平らげたら、今夜も張り切ってお掃除です。

「そーれっ」

 三人の手に、きらっ、と光をまき散らしながら箒やハタキやモップが現れます。まずはあんずの部屋のカーテンや絨毯、棚の裏のホコリまで綺麗にして、それから廊下へ出ました。

 隣のあんずのお兄ちゃんの部屋は、大学入学を期にお兄ちゃんが一人暮らしを始めたので無人です。フィギュアとか薄い本とか色々なものが置いてあってホコリを被りやすいのですが、そこも三人はさささーっと一瞬で綺麗にしました。

 お父さんお母さんの寝室も綺麗にし、階段を綺麗にしながら一階へ。

 くるくると掃除しながら、洗面所やお風呂を回り、リビングから台所へ……


 ……行ったところで、ふとティイは足を止めました(浮いているのですが)。

 キッチンの、シンクの上にある窓を、何か白くて小さなものが横切ったのです。


「何だ?」

「えっ、なに?」

「どしたのどしたの」

 すぐにティイの両脇に、ベリイとハニイが寄ってきました。

「見ろ、何か白いものが」

 ティイが言ったとたん、また、指の先ほどの白いものがスーッ。

「わ、ほんと」

「何だろう? 気になるー」

 けれど、キッチンの窓は小さいですし、リビングの大きな窓はシャッターが閉まっていて外が見えません。

 三人は魔法を使い、お勝手のドアをすり抜けて、外に出ました……


「あんず――――!!」

 ぶわっ、と掛け布団が吹っ飛んで、あんずは仰天して目を覚ましました。思わず枕を抱きしめながら起きあがります。

「えっ、何、何っ!?」

「大変大変!」

「外が大変!」

「誰がこんなこと!」

 部屋の中で、三人は光の玉になったりまた人型になったり、大騒ぎをしています。


「何、外がどうしたの……?」

 叩き起こされてなかなかエンジンのかからない頭で、あんずはベッドから降りると、カーテンを開けました。

 街灯の光を反射して、空からちらちらと白いものが舞い落ちているのが見えます。

「あー、雪、降ってきたね」

 あくびを噛み殺しながらあんずは言いましたが、三人は相変わらず大騒ぎ。

「ゆき!?」

「それ何? それ何?」

「なあに、みんな、雪は初めて?」

 あんずはちょっと面白くなりました。妖精たちに雪を教えてあげようと、窓の鍵をはずして開けます。

「うわ、寒い」

 すーっと冷気が入ってきて、あんずの息が白くなります。あんずは身を乗り出して、窓の下のひさしに積もった雪を少し手に取りました。

「もう積もり始めてる。ほら、さわってごらん」

 ひょい、と雪を三人に差し出したのですが――


「怖い! お砂糖! お砂糖をふりかけられちゃう!」

「みんな甘くなっちゃうよ!」

「誰かがみんなを食べちゃうんだ!」

 三人は、ぽん、と姿を消して光の玉になると、ぴゅーっとクローゼットの中に飛び込んでしまいました。


「ええっ? 大丈夫だよ、そういうんじゃないから! ねえ、みんな、出ておいで?」

 あんずは急いで窓を閉めるとクローゼットを開け、あちこち覗きながら呼びかけましたが、三人は出てきません。

「どうしよう……雪が降るたびにこんなに怯えちゃうんじゃ、可哀想。どうにかして、みんなを安心させてあげないと」

 あんずはひとまずベッドに戻りましたが、しばらく眠らずに、どうすればいいか考えていました。


 翌日は日曜日。朝になっても雪は降り続き、昼近くになってようやく止みました。大して積もらなかったものの、日陰になった場所には少し雪が残っています。

 その日、あんずは妖精たちのために置いておくお菓子を、久しぶりに手作りしました。

 小麦粉とアーモンドプードルを混ぜ、バター、砂糖と合わせて一口サイズのボール状に丸めます。オーブンで焼いて冷ましてから、粉砂糖をまぶしました。

 できあがったお菓子は真っ白で、口に入れるとほろほろ溶けて、まるで雪の玉のよう。

『スノーボール』です。


 夜になり、パジャマに着替えたあんずは部屋のテーブルにスノーボールのお皿を置くと、ベッドに腰かけました。

「みんな、お菓子だよ。ちょっと早いけど、出ておいで。もう雪は降ってないから」


 ほんの少しの間を置いて、光の玉が三つ、現れました。

 テーブルの、窓から離れた側に、三人の妖精がぎゅうぎゅうとまとまって姿を現します。

「ほんと?」

「雪、もうない?」

「誰も食べられなかった?」


 あんずは安心させるように笑います。

「大丈夫だよ。さあ、召し上がれ」

 三人は、お互いの顔とあんずの顔とスノーボールの間で視線をせわしなく動かしていましたが、結局お菓子に手を伸ばしました。

「……わ、これ美味しーい!」

「口の中で、崩れて溶けた!」

「甘ーい!」 

 三人は大喜びで、次々と白い玉を食べています。


 あんずはニコニコとその様子を眺めていましたが、やがて言いました。

「そのお菓子ね、名前は『スノーボール』っていうんだ。雪の玉のこと」


 ぴたっ、と、三人が動きを止めます。

「雪の……玉?」


「そう。雪っていうのはね、すごく寒いときに、空からふわふわの氷が降ってくるっていうものなの。お砂糖じゃないんだよ」

 水蒸気だの結晶だのと言っても、妖精たちには伝わらないだろうと思ったので、あんずは簡単にそう説明しました。

「雨は知ってるでしょ? その仲間みたいなもの。そりゃあ、雪はたくさん積もると道が塞がったり家が潰れたりして大変なことになっちゃうけど、昔から楽しまれても来たんだよ」

「ほんと……?」

 いぶかしげにあんずを見る三人。あんずはうなずきました。

「ほんと。このお菓子が、その証拠。雪がそんなに恐ろしいものだったら、『スノーボール』なんて名前のお菓子、作られないでしょ?」


「そう……かも……」

 三人は横目で、残りのスノーボールを見つめます。

 もう一押し、と、あんずは優しく言いました。

「雪を丸めて、こういう玉にして、ぶつけっこする遊びもあるんだよ。雪合戦、っていうの。雪がたくさん降ると、ついついやっちゃうんだよね」


「ぶつけっこ……」

 三人の目に、興味の光がキラキラと瞬き始めました。

「痛くない?」

「ふんわり丸めれば、痛くないよ」

「冷たくない?」

「冷たいけど、走って避けたり、追いかけてぶつけたりしてるうちに、冷たいのや寒いのなんて忘れちゃうの」

 三人はもう一度顔を見合わせ、そして申し合わせたようにスノーボールを手に取りました。

「スノーボール、美味しいね!」

「雪、怖くないんだね!」

「雪、掃除しなくていいの?」

 あんずは笑って言いました。

「しなくていいよ。まあ、雪かきが必要な時はお願いするかもしれないけど」


「わかった! 雪、怖くない!」

 ようやく、三人は納得して笑顔になります。

 あんずはホッとしました。


 その数日後、夕方頃から、また雪が降り出しました。

 今度の雪は五センチほど積もり、翌朝になってみたら一面の銀世界。いつもと違う景色に、あんずは嬉しくなってしまったのですが――


「あそこの家、真夜中に、生け垣ごしに子どもの笑い声がして飛び交う白い雪玉が見えた」


 そんな怪談めいた噂話が流れてしまい、あんずは頭を抱えたのでした。



【スノーボール・ファイト おしまい】 

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