レッスンスタジオ
床とシューズが擦れる音。激しく靡く髪。滴る汗。伸びる四肢。荒い息。
壁一面の硝子に映るのは、アイドルRINKAとしての姿。
素人目――と言っても俺は魔術師で戦闘のプロでもあるが、とにかく素人目から見てもキレのあるダンスだ。
動くところで動いて、止まるところで止まる。
当たり前のことだが、これが思うよりずっと難しいことを俺は仕事柄知っている。
「アイドルフェス?」
「はい。参加しない予定だったのですが、ストーカーの一件が解決したので出場することに。詳細はこちらに」
「どれどれ」
複数のアイドルグループが参加して創り上げるアイドルフェスティバル。
広い敷地に小さな会場が幾つかあって、メインになる大きなステージも用意されている。
計三日間の開催で、人気投票の企画もあるらしい。
「各グループの持ち時間は二十分前後か……ふん。ちなみにどのくらいの客が?」
「前年は三日間で約三万人ほどが」
「三万」
「今年はRINKAが参加するのでもっと」
「もっと」
「大丈夫でしょうか?」
「普通ならやめとけって言うところですけど――」
「それじゃ護衛の意味ない」
一通り踊り終わった燐花がこっちに来る。
「仕事に差し支えがないよう護衛するのが役目でしょ?」
「簡単に言ってくれるな。でもまぁ、たしかにそうだ。それが出来ないなら最初から護衛なんていらない。硝子ケースにでも仕舞っておけばいい。俺の存在意義に関わることだし、なんとかしよう」
「そう来ないと。さて、もう一曲」
レッスンに入った燐花はひたすらにストイックだった。
反復練習に余念がないし、至らない所は重点的に、改善の余地を見付けては試行錯誤を繰り返す。スマホには手も触れない。たゆまぬ努力と研鑽の充実した時間。
久慈の奴にも見習わせたいくらいだ。
けど、そんな燐花も躓くことがあるようで、アイドスフェスの参加が決まってから数日後のこと。
「んー……んんー……」
燐花は何枚かの書類を睨み付けながら唸っていた。
「今日はレッスンしないのか?」
「今日は休養日だからレッスンも休み」
「なのにレッスンスタジオに?」
「学生がよく喫茶店とか図書室で勉強してるでしょ? あれと同じ」
「なるほど」
胡座を掻いて、片肘を突いて、頬が凹むほど寄りかかっている。
眉間には皺が寄っていて、あーでもないこーでもないと唸っている。
「なにを悩んでるんだ?」
「ライブの演出計画」
「それってアイドルの仕事なのか? 演出家は?」
「演出家は演出家でいる。けど、私が決められることは全部私が決めたいの。そうじゃなきゃアイドルになった意味がない」
「ふん、そうか」
燐花も燐花で、自分の存在意義を賭けてるわけだ。
これ以上は話しかけないほうがいいな。
邪魔をせずにそっと見守ることにしよう。
暇だけど。
と、思った矢先のこと。
「あー! もー! お腹空いた! 出前とろ、あんたもなにか食べる?」
「出前か」
「なにがいい? ラーメン? カレー? 寿司、そば、ピザ、中華、からあげ……あー!」
ばったりと仰向けに倒れてしまった。
「最悪。食べたくなってきた」
「食えばいいだろ」
「ライブ前だから今から食事制限してるの。明日、撮影もあるし」
「あぁ、そういう」
「お腹空いたし、演出は決まらないし、んんんん!」
頭を抱えて髪を振り乱している。
そうとうストレスが溜まってそうだ。
「じゃあ、出前は止めて気分転換も兼ねてどこかに食いに行こう」
「え?」
「それがいい。ほら、行くぞ」
「ちょ、ちょっと待って」
レッスンスタジオを出たら適当にぶらついて目に付いた店にぶらりと入ろう。
そう考えながらレッスンスタジオの前で待っていると、すこし遅れて燐花が出てくる。
身バレ防止のための変装としてあのダサバックを持って、ツバの広い帽子を目深に被っている。
だから。
「あ」
帽子を取り上げた。
「なにするの?」
「気分転換だって言ったろ。変装してたら息抜きにならない」
「……いじわるしてる?」
「してない」
「私が素顔で街を歩いたらどうなるか知ってるよね」
すこし怒ってるな。
「大丈夫。俺が誰か忘れたか?」
「……魔術でなんとかするってこと?」
「そうだ。だから、そのダサいバッグはスタジオに置いてこい」
「……わかった」
行って、戻って来たら移動開始だ。
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