安心して眠れる夜
「はぁ……RINKAちゃんのサイン色紙!」
「いつまで眺めてんだ。もう路肩に車停めてから数時間は経つぞ」
「いつまでだって眺めていられますよ。俺の一生の宝物……」
「ダメだこりゃ」
惚けている久慈から、燐花の自宅へ視線を移す。
助手席の窓越しに見る窓にはまだ明かりが付いている。
久々の我が家だ。
存分に、一人と安全を味わっていることだろう。
「……どんな気分だったんだろうな」
「え? なにがです?」
「ストーカーに付きまとわれて、引っ越しても引っ越しても解決しない。それが三ヶ月だぞ、三ヶ月。どれだけ精神を病んで心に負担を掛けてきたかってこと」
「さぁ……俺たちみたいなもんには想像もつかないですね」
「あいつ、気丈だったよ。ストーカー退治に付いていったり、目の前にしても一歩も引かなかったり、平気じゃなかったろうに」
「流石はトップアイドル。肝が据わってますね」
「肝が据わってる、ねぇ」
本当にそれだけか? 普通の人ならストーカーが無力化された段階で、これまでの恨み辛みを吐き出して発狂しても可笑しくなかった。
なのに、燐花はそんな素振りを少しも見せることなく、ただただ見据えていた。
睨むでもなく。
「……なぁ、久慈」
「はい?」
「今回の一件。問題を起こしたストーカーをどう見る?」
「ファンの風見にも置けない奴です」
「それは久慈の意見か? それともドルオタ全体の意見か?」
「後者って言いたいところですけど、過激なのがいるのも事実ですね。一枚岩ってわけでもないですし。なぜ?」
「いや、この先、燐花に恋人がいるってなった時に」
「いるんですか!?」
「例え話だ、わかるだろ。とにかく、そういう事態になった時、またこう言うことが起こるんだろうなって思ったんだよ」
「あぁー……たしかに起こるでしょうね。魔術の習得経緯と魔具の流出経路を洗っちゃいますが、正直イタチごっこですし。RINKAちゃんは特にファンが多いから、分母が多いとそれだけ異常な奴も湧くし」
「仮に何年後かに最悪の事態に陥ったとして、その頃にはもう俺たちはいない」
「あ……その頃には別働隊が敵勢力を……」
敵が駆逐されれば、護衛は必要ない。
「俺たちが護衛でいる間は守ってやれるが、次の任務が始まったらそうもいかない。たとえ燐花が上手くやって何事もなく円満にアイドルを引退できたとして、それまでの過程でまた今回のストーカーみたいなのが出て来ないとも限らない」
「そんな、ほとんど詰んでるじゃないですか。なんとかならないんですか!?」
「んー……まぁ、方法がないって訳でもないが」
「どんな!? どんな方法を!?」
「自分の身は自分で守れるようにする」
「それって……もしかして」
「あぁ、燐花に魔術を教える」
§
丸い火。ビー玉みたいな炎。触っても熱くない。
とても綺麗な――魔術。
彼に渡されたもの。握り潰しちゃえば、すぐに彼が来てくれる。
ちょっと勿体ないけど、だから安心してベッドに入れる。横になれる。
暗い部屋が怖くないのは何時ぶりだろ?
外を気にしなくていいのは?
盗撮されてるんじゃないかってびくびくしなくて済むのは――彼のお陰。
お礼にサインが欲しいなんて可愛いと思ったけど、後輩の人にあげるためだった。
私には無関心? ただの護衛対象? 一応アイドルなんだけど。
ふーん。ま、いいけどね。
どーせ短い付き合いなんだし、すぐにいなくなっちゃうんだし。
「でも」
でも、本当に綺麗。
この炎を見てると落ち着く。
壊したくないな。
壊さなくて済むといいな。
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