魔具
「お、お前はなんなんだ! なんなんだよ! 誰だ!」
「魔術師だよ」
「ま、魔術師!? なんで魔術師がRINKAと!」
「ボディーガードだよ、ボディーガード。お前みたいな脅威から燐花を守るのが仕事」
「脅威? 僕が脅威だって? はっ! まったく。勘違いも甚だしいよ。大方、僕のことをストーカーか何かだと思っているんだ、そうだろ!」
「そうだが?」
「違う! 僕はRINKAを守ってるんだ! 仕事先やレッスンスタジオ、プライベートな外出まで警護しているんだ! 僕のほうが先にボディーガードをやってるんだぞ!」
「へぇ、でもお前の実力じゃ勤まらないと思うぜ」
「な、なに?」
「仕掛けられた魔術の痕跡をみれば術者の力量は大体わかる。お前はへなちょこだ。底難易度の監視魔術も禄に仕掛けられないんじゃあ、攻撃魔法の一つも唱えられないだろ。違うか?」
「だ、黙れ! 攻撃魔術なんて唱えられなくても僕にはこれがあるんだ!」
得意げに、印籠でも取り出したかのように、ストーカーはそれを掲げた。
照明に照らされて鈍く輝くそれは、年季の入った一本の短刀。
刃は曇り、刃毀れし、錆び付いているものの、それは禍々しい魔力を帯びている。
「魔具? なんでお前がそんなものを」
「手に入れるのに苦労したんだ。これがあれば何からだってRINKAを守ってあげられる。そうだ! いっそ僕とここから逃げだそう! ね! それがいい!」
短刀を握り締めるストーカーの目に濁りが見える。
魔具の魔力に当てられたか。
「バラエティの仕事が嫌だったんだろう? いつもつまらなそうにしてたもんね。RINKAはアーティスト気質なのに、合わない仕事ばかりさせられてた。だから辞めたんでしょ? ピンクダーク」
ピンクダーク。
たしか燐花が以前に所属していたアイドルグループの名前だったか。
昨日、夜通しで決行したライブ鑑賞も無駄じゃなかったとはな。
「僕についてくれば嫌なことから全部守ってあげる。代わりに僕だけのアイドルになってよ!」
燐花はただストーカーを見据えていた。
怒るでも、怯えるでも、喜ぶでもなく、ただただ視界の真ん中に映している。
今のを聞いて燐花が何を思うのかは本人にしかわからない。
けど、一つだけたしかなことがある。
こんなふざけた提案に乗る奴はいない。
「おい、ストーカー」
燐花の視線を切るように、ストーカーから燐花を隠すように、一歩進んで前に立つ。
「悪いことは言わないからそいつを捨てろ。こっちも手荒な手段に出ざるを得なくなる」
「なんだ、ビビってるのか? こいつに」
刃先がこっちを向く。
「親切で言ってるんだよ。なんて言ったっけ? あぁ、そうだ。推しだ。推しの前で無様を晒したくないだろ?」
「なん――なんだよっ! お前! 僕を馬鹿にしてるのか! 上から物を言いやがって! こっちには魔具があるんだぞ! ぶっ殺されたいのか!」
「やってみろよ、無理だから。お前みたいなもんは何をやってもしくじるもんだ」
「あああああああああああああああ!」
奇声を発し、目をひん剥き、魔具の担当を高々と掲げて、ストーカーが走った。
距離はあっという間に詰まり、乱暴に振るわれた短刀が袈裟切りに振るわれる。
鈍色に輝くその軌跡を、俺は指の二本で挟んで止めた。
「な、え、は?」
「一ついいことを教えてやる。魔具ってのは攻撃魔法がまだ使えない未熟な魔術師に配られる一時しのぎなんだよ」
指に火を灯して、挟んだ短刀を焼く。
紙みたいに、焼却する。
その火炎に怯んだストーカーは、悲鳴を上げて魔具を手放した。
「どこで手に入れたんだか知らないが、こんなもんが通用するかよ」
「だって、だって魔具があればなんでも思いのままだって!」
「魔法じゃないんだ。魔具一つに背負わせるにしちゃデカすぎる欲望だな」
魔具を取り上げたからストーカーの脅威レベルは急低下。
バックに仕掛けられた魔術も解いたし、このまま放っておいても害はないんだが。
アマチュアとはいえ、魔術師は魔術師だ。
「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! こんなの可笑しい! RINKA! キミからも何か言ってくれ! 僕を助けてくれ!」
崖際に追い詰められたみたいに必死に叫んでいるが、とうの燐花は一言も喋らない。
ただ俺の服の背中を掴んでいる。
「なんで何も言わないんだ! これまで守って来てやったのに!」
燐花はなにも応えない。
語らない。
ただ見据えているだけ。
それが答えだった。
「こ、この――このクソ女! 僕がどれだけの時間を! 金を! 人生を捧げて来たと思ってるんだ! そんな僕を裏切りやがっ――」
「見苦しい」
親指で弾いた小さな炎がストーカーの眉間で弾ける。
間近で爆発を受けたストーカーは意識を刈り取られて崩れ落ちた。
今はぴくりとも動かない。
「惜しくないから金や時間を掛けられるんだろ。あとから後悔するくらいなら最初から捧げるな」
そもそもファンってのは見返りを求めないもんだろ。
偏見か? まぁいいや。
久慈に電話。
「久慈。今すぐ来てくれ。脅威を一つ排除したから回収を頼む」
「早っ! まだ三十分も……俺、いま飯食ってるんですけど」
「急げば燐花に会えるぞ」
「すぐ行きます!」
通話が切れた。
現金な奴め。
「この人、どうなるの? 警察行き?」
沈黙を守っていた燐花の口が開く。
「いや、魔術師は魔術師の法で裁くことになってる。アマチュアとは言えな。やむを得ない状況を除いて、一般人に対する魔術の行使は重罪だ。しばらくは牢屋の中だ、安心しな」
「そう。よかった」
長い長いため息が一つ。
ここ三ヶ月分の、溜まりに溜まったものを全部吐き出すみたいに。
「そうだ。なにかお礼しないと」
「仕事をしたまでだ」
「なにがいい?」
「話を聞いてたか?」
「ねぇ、言ってよ。なに?」
こっちを見つめる燐花の目からは逃げられそうになかった。
「そうだな。それじゃあ――」




