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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*一方その頃、アストライア魔導皇国。*


───


*玉座の間。*


*レイラが玉座の肘掛けを握り潰していた。石造りの肘掛けが粉々に砕け散る。*


レイラ「……あの女狐。妾の夫に何をしておるか。」


*彼女の背後に黒い魔力が渦巻いていた。城内の空気が震え、近くにいた兵士たちが顔を青くして後退する。*


レイラ「全軍に通達。夜見ノ国との国境線に第1から第5師団を展開せよ。攻城兵器も持って行け。」


オルクス「れ、レイラ様……! 宣戦布告なしに軍を動かすのは……!」


レイラ「うるさい。妾の夫が攫われたのだ。これは立派な開戦事由であろうが。」


オルクス「……はい。直ちに。」


*オルクスが冷や汗を流しながら走り去った。*


───


*精霊の間。*


*カイが世界樹の前に立ち、両手を広げていた。精霊神の力が空間を歪め、次元の裂け目が開いていく。*


カイ「父さんの居場所は分かってる。でも夜見ノ国の結界は次元干渉も弾く……。」


ライ「別次元から救援を呼ぶの?」


カイ「ああ。あの結界を破れる者がいるかもしれない。」


*次元の裂け目の向こうに、光が見えた。*


───


*地下図書室。ルミナが山積みの古文書を読み漁っていた。*


ルミナ「天界の序列……神ルクシオン……3柱……。」


*彼女の目が1枚の羊皮紙に釘付けになった。そこには、かつて自分が仕えていた天界の構造が記されていた。*


ルミナ「ツクヨミが神格を取り戻そうとしてる……? お兄ちゃんの因子で……?」


*羊皮紙を握り締め、唇を噛んだ。*


ルミナ「……ふざけないで。お兄ちゃんは渡さない。」


───


*夜見ノ国、ツクヨミの寝室。*


*彼は囚われた部屋の寝台で眠っていた。体中に疲労が染みついている。何度搾り取られたか、もう数えていなかった。*


イヅナ「……お休みください。ツクヨミ様は、明朝また参られます。」


シロウ(……あと2日。体がもつか……。)


*夢幻香の残り香が部屋に漂う中、彼の意識は闇に沈んでいった。*


*夜見ノ国、囚われの寝室。2日目の夜。*


*ツクヨミが着物の襟を直しながら、寝台に横たわる彼を見下ろした。*


ツクヨミ「8割まで溜まったわ。……明日の朝、最後の仕上げをする。今夜は休みなさい。」


*障子が閉まる音。足音が遠ざかり、メイドたちも退室していった。部屋に静寂が戻る。*


シロウ「クソが……体がもたん……。」


*全身が鉛のように重い。何度搾り取られたか分からない。筋肉は痙攣し、夢幻香の残滓が脳を痺れさせている。魔力封印の鎖が手首に食い込み、自前の魔法は一切使えない。*


*しかし、1つだけ残されたものがある。*


*震える手で首元のネックレスを握った。黒い金属の感触。アークゼロ。魔力ではなく、陰陽核で駆動する外装兵器。魔力封印の対象外。*


シロウ「…………。」


*ネックレスが脈動した。白銀の液体金属が首元から這い出し、彼の体を覆い始める。肩から胸へ、腕へ、脚へ。疲弊した肉体を支えるように、外骨格が形成されていく。*


*換装したばかりの陰陽核が低く唸った。従来比47倍の出力が、彼の体に活力を注ぎ込む。筋肉の痙攣が治まり、夢幻香で鈍った思考が少しずつ晴れていった。*


シロウ「……動ける。」


*寝台から体を起こした。液体金属が全身を覆い、黒銀の装甲と化している。ヘルメットはまだ展開していない。素顔のまま、部屋を見回した。*


シロウ(魔力封印の鎖……アークゼロは魔力じゃなく陰陽核駆動だから影響を受けない。ツクヨミはこれを想定してなかったか。)


*窓に近づいた。外は漆黒の夜空。月が2つ浮かんでいる。宮殿の庭園が眼下に広がり、巡回する兵士が数人見える。*


*夜見ノ国、ツクヨミの寝室。*


*窓の外は漆黒の闇。彼はアークゼロの装甲に包まれたまま、窓に向かって走り出した。*


シロウ「結界は前と同じで突破できるはず……。」


*ガラスと木枠が粉砕され、冷たい夜風が顔を叩く。飛行装置が起動し、彼の体が宮殿の屋根を越えて夜空へ舞い上がった。*


*その瞬間。*


ツクヨミ「……やっぱり。」


*背後から紫色の光条が飛来した。彼は咄嗟に体を捻ったが、腹部を掠めた。アークゼロの装甲が抉れ、液体金属が飛び散る。*


シロウ「ぐっ……!」


*ツクヨミが宮殿の屋根の上に立っていた。着物の袖から紫の炎を纏わせ、静かに微笑んでいる。*


ツクヨミ「その外装、私が素材を提供したものよ。弱点くらい仕込んであるに決まってるでしょう?」


シロウ(分かってた……! あいつが想定してない訳がない……!」


*2発目の光条が飛んでくる。左肩の装甲が弾け飛んだ。だが彼は止まらなかった。スラスターを全力で起動し、加速する。*


ツクヨミ「逃がさないわよ。」


*3発目。今度は彼の背中を狙った紫の鎖。しかし、彼は既に結界の壁に到達していた。*


シロウ「ぶち破れ……!!」


*陰陽核の出力を限界まで引き上げ、体ごと結界に突っ込んだ。装甲が軋み、警告音が鳴り響く。結界が歪み、罅が入り、そして――砕けた。*


*彼の体が結界の外へ射出された。ツクヨミの鎖が結界の破片に阻まれ、届かなかった。*


ツクヨミ「……。」


*屋根の上で、ツクヨミが腕を下ろした。怒りではなく、どこか満足げな表情を浮かべていた。*


ツクヨミ「8割…十分よ。……また会いましょう、シロウ。」


───


*数時間後。明け方。*


*アストライアの上空。彼の体は既に限界だった。アークゼロの装甲は半壊し、飛行装置が火花を散らしている。腹部の傷から血が滲み、夢幻香の後遺症で意識が朦朧としていた。*


シロウ「……見えた……。」


*アストライアの巨大結界が眼前に広がった。彼の生体認証で結界が開き、中に入る。しかしその瞬間、飛行装置が完全に停止した。*


シロウ「あ……。」


*落ちた。*


*中庭の芝生に激突し、土煙が舞い上がった。アークゼロの残骸が散乱し、液体金属が地面に広がっていく。彼は寝返り、仰向けに倒れたまま、薄明るい空を見上げていた。*


*警報が鳴り響いた。*


兵士「侵入者か!?いや……あれは……!!」


兵士「魔王陛下だ!!魔王陛下が帰還された!!」


*駆け寄ってくる足音。複数の声が重なる。しかし、最も早く彼の元に辿り着いたのは。*


レイラ「シロウ!!」


*レイラが中庭に飛び降り、彼の傍に膝をついた。血塗れで、装甲の残骸に埋もれた夫の姿に、彼女の顔が歪んだ。*


レイラ「シロウ……! おい、しっかりせい!」


*彼女の手が彼の頬に触れた。冷たい。体温が下がっている。腹部の傷から血が流れ続けていた。*


シロウ「……レイラ……か。ただいま……。」


レイラ「ただいま、ではないわ馬鹿者……!」


*レイラの声が震えていた。彼女は即座に回復魔法を展開し、腹部の傷を塞ぎにかかる。その目尻に光るものがあった。*


ルミナ「お兄ちゃん!!」


*ルミナが城の窓から飛び出し、翼を広げて中庭に着地した。彼の惨状を見て顔色を失う。*


ルミナ「……何をされたの。」


シロウ「……色々あった。後で話す……。」


*血に塗れた手がレイラの頬に触れた。温もりの無い、冷たい指先。*


シロウ「大丈夫……そんな顔をするな……ちょっと……眠る……だけ……。」


レイラ「眠るだと……? ふざけるな、今治療して……!」


シロウ「ゴホッ……!」


*口から鮮血が溢れた。唇の端を伝い、顎から芝生に落ちる。内臓にまでダメージが及んでいた。ツクヨミの一撃が掠めただけではない。夢幻香の長時間曝露と、神格因子の8割を搾り取られた反動が、彼の体を内側から蝕んでいた。*


シロウ「だ、いじょ……ぶ……なんとか……なる……。」


*指がレイラの頬から滑り落ちた。腕が地面に投げ出され、目が閉じていく。*


レイラ「シロウ! おい! 目を開けろ!!」


*レイラが彼の肩を揺さぶった。反応が無い。完全に意識を失っている。彼女の回復魔法が腹部の傷を塞いでいくが、体内の損傷は容易には癒えなかった。*


ルミナ「……お兄ちゃん!」


*ルミナが彼の横に膝をつき、手を翳した。熾天使の治癒光が彼の全身を包む。しかし、彼女の表情が険しくなった。*


ルミナ「……これ、ただの外傷じゃない。魂の階層まで削られてる。神格因子が……大量に抜かれてる。」


レイラ「なんだと……?」


ルミナ「……ツクヨミ。あの女、お兄ちゃんの因子を8割近く持っていった。このままだと、体の再生機能そのものが停止する。」


*レイラの顔から血の気が引いた。そして、それは怒りに変わった。*


レイラ「……殺す。」


*低く、静かな声だった。しかしその2文字に込められた殺意は、中庭の空気を凍りつかせた。周囲の兵士たちが一斉に後退する。*


ルミナ「レイラ、今はお兄ちゃんの治療が先。私の治癒とガイアの医療技術を合わせれば、命は繋ぎ止められる。」


レイラ「……分かっておる。」


*レイラが彼の体を抱き上げた。血が着物に染みるのも構わず、胸に抱きしめる。彼の体は異様に軽かった。たった2日で、明らかに痩せている。*


レイラ「……妾がもっと早く動いていれば。」


*彼女の声が掠れた。*


ルミナ「ガイアを呼んで。急いで。」


*兵士が走り出す。中庭に朝日が差し込み、倒れた彼の顔を照らした。穏やかな寝顔だった。まるで、ようやく安心して眠れたかのように。*


*レイラが彼を抱えたまま城内へ歩き出す。その背中に、ルミナが静かに続いた。*


ルミナ(お兄ちゃん……絶対に治す。そしてツクヨミには……。)


*彼女の金色の目が、一瞬だけ冷たく光った。*


ーー



*意識が途切れた瞬間、彼は再びあの場所にいた。*


*見渡す限りの白い霧。足元には透き通った川が流れている。三途の川。水面に映る自分の顔は、酷く憔悴していた。白髪が増え、頬はこけ、目の下に深い隈が刻まれている。*


シロウ「……またか。」


*川の少し先、対岸に近い浅瀬に、見覚えのある老人が腰掛けていた。ボロボロの外套を纏い、白い長髪を風に靡かせている。前回と同じ、飄々とした佇まい。*


*ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊。*


*神のようなもの。それ以上のことは、彼自身が語ろうとしない。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「おお、また来おったか。最近よく来るのう、ここに。」


*老人が川面に足を浸したまま、こちらを振り返った。皺だらけの顔に、穏やかな笑みを浮かべている。*


シロウ「……好きで来てるわけじゃないんだがな。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「知っておるよ。火山の時は体がボロボロ、島の時は背中がパックリ、今度は魂が削れておる。お主、死にたがりか?」


シロウ「……死にたがりじゃなくて、死にかけてるだけだ。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「同じことじゃ。」


*老人がけらけらと笑った。しかしその目は笑っていなかった。川面を見つめ、何かを読み取るように目を細める。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……神格因子を8割持っていかれたか。あの小娘、随分と手荒なことをする。」


シロウ「小娘って……ツクヨミのことか。知ってるのか。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「知っておるも何も。あれはかつて天界の末席に座っておった者じゃ。神格を剥がされて1000年、未だに執着しておるとは……業の深い。」


*老人が立ち上がり、彼の方へゆっくりと歩いてきた。川の水が足首を濡らすが、波紋一つ立たない。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「しかしお主、このまま戻ると厄介じゃぞ。神格因子が8割欠損した状態では、体の再生機能が著しく落ちる。寿命も縮む。」


シロウ「……どのくらいだ。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……。」


*老人が黙った。それが答えだった。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「まあ、前にも言うたじゃろう。お主の物語はまだ終わらん。」


*老人が彼の額に指を当てた。温かい光が流れ込んだ。*


*三途の川の浅瀬。老人の指が彼の額に触れたまま、数秒が過ぎた。*


*ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊の表情が、穏やかな笑みから驚愕へと変わった。目が見開かれ、指先が微かに震えている。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……なんじゃこれは。」


シロウ「何だよ、急に黙って。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「黙るわ。お主の体の中、滅茶苦茶じゃぞ。」


*老人が額から手を離し、腕を組んだ。白い眉が寄せられ、何度も首を傾げている。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「まず因子じゃ。8割持っていかれたはずの神格因子が……戻っておる。いや、戻っておるどころか、増えておる。」


シロウ「は?」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「普通はな、神格因子というのは一度奪われたら二度と復元せん。神の血を引く者でも、天使でも、それは同じじゃ。不可逆の喪失。それが常識。」


*老人が彼の顔をまじまじと見つめた。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「じゃが、お主の体は勝手に因子を再生成しておる。それも、元の量を超える勢いで。まるで……搾り取られた事が刺激になって、器そのものが拡張しておるようじゃ。」


シロウ「……天照の雫で器を再構築したのが関係あるのか?」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「それもあるじゃろう。じゃが、それだけでは説明がつかん。もう1つ、とんでもない事が起きておる。」


*老人が一拍置いた。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「ツクヨミと交わった事で、あの女の残滓……神格の欠片がお主の体に逆流しておる。因子を奪ったつもりが、パイプを繋いでしまったんじゃな。お主、今……『神格』を宿しかけておる。」


シロウ「……。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「このまま定着すれば、お主は『亜神』になる。人でも神でもない、その狭間の存在。天界の序列には載らんが、神域の力を行使できるようになる。」


*老人が真剣な顔で彼を見据えた。しかし、彼の返答は。*


シロウ「なにそれ……美味しいの?」


*沈黙。*


*川の水がさらさらと流れる音だけが響いた。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「美味しいのって……お主なぁ!」


*老人がバシンと彼の後頭部を叩いた。見た目に似合わず重い一撃だった。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「真面目に聞け! 亜神になるというのは、人間の枠から外れるという事じゃぞ! 寿命、肉体、魂の構造、全てが変質する! もう元の人間には戻れんかもしれん!」


*三途の川。老人の手が再び彼の額に触れた。*


シロウ「それは困る。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「じゃろうな。嫁も子もおる身で人間やめますとは言えんわな。」


*老人が目を閉じ、彼の体内を更に深く探った。眉間の皺が深くなり、やがて何かを見つけたように目を開いた。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……ほう。」


シロウ「今度は何だよ。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「亜神の前に、段階があった。お主の体は今、神格を完全に取り込む前の過渡期にある。人間の枠を超え、しかし神にはならん。その中間に位置する存在。」


*老人が川面に指で文字を書いた。水の上に光る文字が浮かぶ。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「『上位人種』。」


シロウ「上位人種……?」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「人間のまま、神格因子を体に馴染ませた者が至る領域じゃ。魔力、身体能力、知能、全てが大幅に強化される。じゃが人間の枠からは外れん。寿命は延びるが、不死にはならん。家族と共に歳を取れる。」


シロウ「……。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「具体的に言えば、魔力総量は現在の3倍から5倍。身体能力は2倍以上。それと、神域のスキルに対する耐性がつく。ツクヨミの夢幻香のような、神格由来の術に対して抵抗力を持てるようになる。」


シロウ「……二度とあんな目に遭わなくて済むってことか。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「少なくとも、一方的にやられることはなくなるじゃろう。」


*老人が指を離し、彼の顔をじっと見た。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「ただし、上位人種への移行は自動では完了せん。お主の体が今、因子の再生成と神格の残滓を同時に処理しようとしておる。だから肉体が悲鳴を上げて、ここに来ておるんじゃ。」


シロウ「つまり、このまま放っておいたら?」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「最悪、因子の暴走で体が崩壊する。最善でも、数ヶ月は寝たきりじゃな。」


シロウ「数ヶ月は長いな……。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「じゃから、儂が少し手を貸してやる。因子の流れを整えて、移行を安定させる。目覚めた時には、上位人種としての体が出来上がっておるはずじゃ。回復には……そうさな、2週間といったところか。」


*老人が両手を彼の胸に当てた。温かい光が体の奥へ浸透していく。ばらばらだった因子の流れが、一本の川のように整列していくのが感じる。*


*三途の川。ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊が彼の胸に手を当て、因子の流れを整えている最中だった。*


シロウ「……声が聞こえる。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「声? 何を言って……」


*遠くから、幼い声が響いてきた。霧の向こう、川の此岸から。*


『パパ……パパ……おきて……』


*ルクスの声だった。小さな手が彼の胸の上に置かれているのが、魂の階層を通じて伝わってくる。3歳の子供が、父親の上に乗って、必死に呼びかけている。*


*その瞬間、彼の体内で異変が起きた。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「なっ……!?」


*老人の手の下で、因子の流れが急激に変わった。ばらばらだった神格因子が、ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊の手を介さずに勝手に整列し始めている。しかもその速度は、老人が施していた調整の何十倍も速い。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「おかしい……! 何故じゃ……! 儂がまだ半分も終わっておらんのに、体が勝手に……!」


*彼の胸の中心から、温かい白金の光が溢れ出した。ルクスの手が触れている場所。ルクシオン……光の神の生まれ変わりである幼子の、無意識の力が父親の体に流れ込んでいた。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「待て待て待て……! この光……ルクシオンの因子か!? あの子供、自分の神格因子を無意識に父親に注いでおるのか!?」


シロウ「ルクス……。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「しかもただ注いでおるのではない……! 壊れた因子の配列を修復しながら、上位人種への移行を加速させておる……! まるで設計図を知っておるかのように……!」


*老人が手を離した。もう彼の手助けは必要なかった。ルクスの光が全てをやってくれている。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「おい……小僧。」


シロウ「ん?」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「お主の息子は何者じゃ。記憶の無いただの3歳児が、神格因子の再構築をやってのけておるぞ。儂が数時間かかる作業を、ものの数分で。」


*三途の川の浅瀬。白い霧の中で、老人が固まった。*


シロウ「ルクスは……元、光の神ルクシオンだ。」


*その名が空気を震わせた。*


*ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊の目が限界まで見開かれた。皺だらけの顔から血の気が引き、唇が震え出す。飄々とした老人の仮面が、一瞬で剥がれ落ちた。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「ル……ルクシオン……様……?」


*その声は、かすれていた。数万年を生きた存在が、初めて取り乱した声だった。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「あの……あの御方が……転生を……3歳の……お主の……息子……」


*老人の膝が震えた。そして。*


*どさり。*


*ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊が仰向けにぶっ倒れた。三途の川の浅瀬に盛大な水飛沫が上がり、白い外套がびしょ濡れになる。目は開いているが、完全に虚空を見つめている。*


シロウ「お、おい! 大丈夫か!?」


*彼が慌てて駆け寄り、老人の肩を揺さぶった。老人の口がぱくぱくと動いているが、声が出ていない。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……。」


シロウ「おい、爺さん! しっかりしろ!」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……ルクシオン様が……儂の……唯一の……」


*老人の目から、一筋の涙が流れた。三途の川の水に混じり、消えていく。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……数万年じゃぞ。数万年、あの御方の帰りを待った。天界が腐り、玉座が空き、秩序が崩れても、いつかあの御方が戻ると信じて……」


*老人がゆっくりと上半身を起こした。水が外套から滴り落ちる。その目は赤く充血し、しかし奥に燃えるような光を宿していた。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……お主の息子として生まれ変わっておったのか。記憶も無く、力も封じられた状態で。それでもなお、父を救おうと無意識に力を行使しておる……」


*老人が彼の顔を見た。涙の跡が残る顔に、かつての飄々とした笑みが少しだけ戻った。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……小僧。お主、とんでもない息子を持ったな。」


シロウ「……自覚はある。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「ルクシオン様の因子がお主の体を修復しておる。もはや儂の出る幕ではない。回復期間も2週間どころか……数日で目覚めるじゃろう。」


*老人が立ち上がり、そして彼の目を真っ直ぐに見据えた。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「頼みがある。」


*老人が川の水で顔を拭い、ようやく落ち着きを取り戻した。しかし目の奥にはまだ感情の揺らぎが残っている。*


シロウ「どした、いきなり……。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……頼みがある。会わせてくれんか。あの御方に。」


*老人が頭を下げた。数万年を生きた存在が、深々と。三途の川の水面に額がつきそうなほどに。*


シロウ「別に構わんけど……俺が目を覚ましてからね?」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……感謝する。心の底から。」


*老人が頭を上げた。皺だらけの顔に、初めて見る穏やかな笑みが浮かんでいた。先ほどまでの飄々とした態度でも、驚愕でもない。純粋な喜びだった。*


シロウ「なぁ、そういえば。ルクシオンに仕える3柱、ツクヨミと……あと1人って誰なんだ?」


*老人の表情が少し引き締まった。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「3柱か。1柱目はお主が知っておるツクヨミ。月と夜を司る神。神格を剥奪され、夜見ノ国で1000年燻っておる。」


シロウ「2柱目は?」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「2柱目は……太陽を司る神、『アゼノール』。」


*その名を口にした時、老人の声にほんの僅かな緊張が混じった。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「ツクヨミが月夜ならば、アゼノールは太陽と炎。3柱の中で最も強大な戦闘力を持つ神じゃった。ルクシオン様の右腕にして、天界の秩序を武力で維持する役割を担っておった。」


シロウ「……じゃった、って過去形か。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「ルクシオン様が消えた後、アゼノールは天界を去った。ツクヨミのように神格を剥奪されたのではない。自ら去ったのじゃ。主のいない天界に用は無いとな。」


シロウ「今はどこに?」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「……分からん。数万年、行方知れずじゃ。じゃが1つ言えるのは、ツクヨミと違い、アゼノールは神格を保持したまま消えたという事じゃ。完全な神が、どこかに潜んでおる。」


*老人が川面を見つめた。水に映る空は白い霧に覆われ、何も見えない。*


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「ツクヨミがお主から因子を搾り取って神格を取り戻そうとしておる今、アゼノールが動く可能性もある。あの2柱は……仲が悪かった。」


シロウ「仲が悪い神が2柱、か。面倒だな。」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「面倒で済めばよいがな。」


*彼の体が薄く光り始めた。ルクスの因子修復が完了に近づいている。三途の川の景色が霞み始じめている。*


*三途の川の景色が薄れていく。*


シロウ「そろそろ時間か……3日後くらいに関所待ち合わせでもいいか?」


ア̈ル̤ケ̊ー・テ̤ロ̈ス̊「構わん。」


*短い一言。しかしその声には、万感の想いが込められていた。老人の姿が霧に溶けていく。最後に見えたのは、穏やかな笑みだった。*


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