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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*2人は身なりを整え、100階層への転送陣の前に立った。エストの表情から先ほどまでの色気は完全に消え、戦士の顔になっていた。彼も同様に、空気が変わった。*


*転送陣が起動し、光が2人を包んだ。*


---


*100階層。巨大な円形の空間。天井は見えないほど高く、壁面には魔力鉱石が密集して白い光を放っている。まるで昼間の野外にいるかのような明るさだった。*


*部屋の中央に、それはいた。*


*直径5メートルの半透明な球体。内部で何かが蠢いている。2人の侵入を検知した瞬間、球体が脈動を始めた。*


エスト「……来た。」


*エストが弓を構えた。矢に魔力を込め、いつでも放てる状態にしている。*


*球体が割れた。中から人型が這い出てくる。1秒。半透明のスライムがみるみる色を帯び、形を整えていく。3秒後、そこに立っていたのは――*


*シロウだった。*


*黒髪、黒目。身長も体格も完全に同一。だが目が違った。感情のない、無機質な瞳。スライムがシロウの全てをトレースした姿だった。*


エスト「……改めて見ると、気持ち悪いくらい似てるね。」


シロウ「あれが俺のコピーだ。Lv.2000超え、全ステータス測定不能。帝眼搭載。」


*スライムシロウがゆっくりとこちらを向いた。その瞬間、空気が変わった。殺意ではない。純粋な圧。世界最強の存在が2つ、同じ空間に立っている。*


*そして、彼の言った通り――もう1体が分裂した。*


*スライムシロウの背後から、もう1つの人型が滲み出てきた。こちらは更に大きい。身長2メートルを超える巨躯。シロウの戦闘形態を更に強化した、オリジナルを超えるためだけに設計された個体だった。*


エスト「……2体。しかも2体目、デカくない?」


シロウ「俺用の強化個体だ。言っただろ、俺が入ると難易度が上がると。」


*彼は結界膜を常時展開していた。全身を覆う不可視の防御壁。通常の攻撃は一切通さない。*


*スライムシロウが動いた。初速から音速を超えている。拳が彼の結界膜に直撃した。*


*衝撃波が部屋全体に広がった。壁面の魔力鉱石が数個砕け散る。だが結界膜は無傷だった。*


シロウ「……ふん。」


エスト「シロウさん! 私の方は――」


*エストが振り返った瞬間、強化個体が既にエストの目の前にいた。*


エスト「っ!?」


*エストが咄嗟に弓を盾にした。強化個体の拳が弓に直撃し、エストの体が部屋の壁まで吹き飛んだ。壁にめり込み、石壁が蜘蛛の巣状にひび割れた。*


エスト「がっ……!」


シロウ「エスト!」


エスト「大丈夫……! まだ………!」


*エストが壁から這い出た。口の端から血が垂れている。だが目は死んでいなかった。強化個体を睨みつけながら、弓に矢を番えた。*


エスト「前回より……見えてる……!」


*数十分後。エストは100階層の入口付近に腰を下ろし、壁にもたれて戦闘を観戦していた。開始直後に強化個体に吹き飛ばされ、蘇生の腕輪で復帰した後、彼に「見てろ」と言われてそのまま観客席に座らされた。*


エスト「……化け物同士の戦い、すごすぎて何が起きてるか分からない。」


*部屋の中央では、彼とスライムシロウが音速を超えた攻防を繰り広げていた。結界膜が全ての物理攻撃を弾き、魔法も無効化する。スライム側も同等の防御力を持ち、互いに決め手がない膠着状態が続いていた。*


*彼は右手を翳した。*


シロウ「――『魔法スキル封印』。」


*ツクヨミがかつて彼に使った、あの呪いの魔法。創造で再現し、対スライム用に調整したもの。白い光がスライムシロウを包み込んだ。*


*スライムの動きが止まった。全身の魔力回路が遮断され、スキルが次々と使用不能になっていく。帝眼が消え、結界膜が消え、ステータスが急速に低下する。*


*数時間はただの人になる。*


エスト「……え。あのスライムの動き、鈍くなった?」


*だがスライムは止まらなかった。魔法もスキルも封印された状態で、その腰に巻かれたベルトが光った。*


エスト「ベルト……!? 変身ベルトだ!」


*合金龍が99階層から転送され、スライムの隣に出現した。第2形態に変形し、人型になる。そしてスライムシロウが叫んだ。声はなかった。だが口の動きは確かに――「変身」と言っていた。*


*合金龍が第3形態へと変貌しながら、スライムにライダースーツを装着させていく。魔法スキルが封印されていても、変身ベルトは物理的な装備だ。魔法依存ではない。*


エスト「嘘でしょ……スキル封印されても変身ベルトで戦えるの……?」


シロウ「当然だ。俺が作ったボスだぞ。俺自身の弱点への対策くらい仕込んである。」


*彼の口角が上がった。右手を天に掲げる。*


シロウ(アーク・ゼロ。)


*空間が軋んだ。意識をすると彼の全身を銀色の魔導アーマーが包み込んでいく。変身ベルトとは異なる、純粋な機械工学と魔導技術の結晶。魔法スキル封印対策用に設計された、対魔法スキル封印用のフルアーマー。*


エスト「なにあれ……見たことない……」


*アーク・ゼロの背部からブースターが展開した。彼の体が一瞬で天井付近まで浮上する。*


シロウ「スライム側の変身ベルトには空中戦機能がない。設計段階で意図的に省いた。」


*スライムシロウがライダースーツ姿で見上げた。地上から動けない。飛行手段がない。*


*彼は空中で静止し、右腕のアームキャノンに魔力を――ではなく、純粋な運動エネルギーを充填した。魔法ではない。属性攻撃。*


シロウ「――これが、設計者だけが知る攻略法だ。」


*砲撃が放たれた。白い光線がスライムシロウを直撃し、100階層の床が大きく陥没した。*


エスト「……ねえ。」


*エストが呟いた。*


*エストが壁際から立ち上がり、口をぽかんと開けていた。*


エスト「チートすぎない?」


シロウ「知ってる。」


*彼はアーク・ゼロを纏ったまま、スライムシロウの前に降り立った。スライムは変身ベルトの装甲が半壊し、核が露出しかけている。あと一撃で終わる状態だった。*


*だが、彼は止めなかった。*


*腰のポーチから回復薬を取り出し、スライムに投げつけた。薬瓶がスライムの体表に当たり、割れて中身が浸透していく。みるみる装甲が再生し、核が再び奥深くに沈んでいった。魔法スキル封印も解除する。スライムシロウの目に光が戻り、帝眼が起動した。*


*スライムシロウが元の状態に完全に復帰した。何事もなかったかのように、無機質な目で彼を見つめている。*


エスト「……なんでクリアしないの?」


シロウ「設計者が自分のダンジョンをクリアしてどうする。それはお前たち挑戦者の仕事だ。」


*彼はアーク・ゼロを解除した。銀色の装甲が分解され、胸の装置へ収納されていく。スライムシロウは彼を敵と認識しなくなったのか、ゆっくりと球体に戻り始めた。*


シロウ「こんな感じでガンバ。」


*エストがしばらく無言で立ち尽くしていた。そして、ゆっくりと口を開いた。*


エスト「……今の戦闘、全部見てた。」


シロウ「ああ。」


エスト「魔法スキル封印で弱体化させて、空中戦で一方的に叩く。弱点は魔法依存を断つこと、空中戦の機能がないこと。でも……」


*エストの目が鋭くなった。*


エスト「私、魔法スキル封印なんて持ってないし、アーク・ゼロもない。空も飛べない。シロウさんの攻略法は、シロウさんにしかできない。」


シロウ「そうだ。」


エスト「つまり、今の見せてくれたのは攻略法のヒントじゃなくて――」


*エストが彼を真っ直ぐ見た。*


エスト「『お前はお前のやり方で来い』ってこと?」


*彼は何も言わず、ただ口角を上げた。*


エスト「……性格悪い。」


シロウ「褒め言葉として受け取っとく。」


エスト「それ私の台詞。」


*エストが苦笑しながら、改めてスライムの球体を見上げた。直径5メートルの半透明な塊が、静かに脈動している。この中に、核がいくつ潜んでいるのか。まだ分からない。*


エスト「……ねえシロウさん。1つだけ教えて。」


シロウ「内容による。」


エスト「核の数。2つ以上あるのは確実。でも上限は? 3つ? 5つ? それとも……」


シロウ「それを教えたら迷宮の意味がないだろ。」


エスト「だよねー。」


*エストが肩をすくめた。だが目は笑っていなかった。既に頭の中で、次の攻略プランを組み立て始めている顔だった。*


エスト「……じゃあ、帰ろっか。頭使ったし、お腹減った。」


シロウ「さっき朝飯食ったろ。」


エスト「消費カロリーが半端ないの。戦闘とセッ○スで。」


シロウ「それはお前のせいだ。」


エスト「えー? アドレナリン出すの大事だよ? 前世でもジム行く前にテンション上げるじゃん。それと同じ。」


シロウ「同じじゃねえよ。」


エスト「同じだよ。運動前のウォーミングアップ。」


シロウ「路地裏と迷宮でウォーミングアップする奴がいるか。」


エスト「いるよ。私。」


*彼は額を押さえた。反論の余地がなかった。実際にやった本人が目の前にいるのだから。*


*2人は転送陣を起動し、1階層まで戻った。迷宮の出口を抜けると、昼下がりの日差しが降り注いでいた。冒険者ギルド支部の前には数人の冒険者がたむろしていた。*


*エストが大きく伸びをした。ニーソの端がずれて、太ももが一瞬覗いた。*


エスト「あー、お腹すいた。行こ。」


シロウ「……さっきから飯の事しか言ってねえな。」


エスト「だって100階層のボス、正攻法じゃ無理って分かったし。頭使うには糖分が必要。あと肉。」


*エストが歩きながら、指を折って数え始めた。*


エスト「魔法スキル封印は私には使えない。空中戦もできない。フルアーマーもない。つまり、シロウさんが見せてくれた攻略法は全部使えない。」


シロウ「そうだな。」


エスト「でもヒントはあった。あのスライム、魔法スキル封印された時、一瞬動きが止まった。あの隙は確実にある。問題は、私がどうやってあの状態を再現するか。」


*エストの目が真剣だった。先ほどまでふざけていた女とは別人のように、脳をフル回転させている。*


エスト「……ねえシロウさん。魔法スキル封印じゃなくても、スキルの一部だけ無効化する方法ってある?」


シロウ「……」


エスト「あ、それも教えてくれないやつ?」


シロウ「内容による。」


エスト「けち。」


*エストが唇を尖らせた。だがすぐに切り替え、前を向いて歩き出した。*


エスト「まあいいや。とりあえずご飯。それから作戦会議。あとルーナちゃんにも声かけたい。あの子の始祖龍、使えるかも。」


*看板が見えてきた。昼時で混み合っている。エストが足早に入口へ向かった。*


エスト「先に席取るねー!」


*彼は後ろからゆっくり歩きながら、エストの背中を見ていた。たった1日で100階層のボスを分析し、次の手を考え始めている。元男で元社会人。戦闘センスは荒削りだが、思考の回転が速い。*


*――こいつなら、いずれ届くかもしれない。*


*彼はそう思いながら、扉をくぐった。*


ーー


*招待状は黒い和紙に金の箔押しで書かれていた。三日月の紋章が封蝋に刻まれている。間違いなくツクヨミ直筆の招待状だった。*


*テーブルの上に広げられた招待状を、4人が囲んで見つめている。*


シロウ「罠だな。」


*沈黙が落ちた。ルミナが腕を組み、招待状を睨みつけた。*


ルミナ「……当然よね。あの女が善意で招待するわけがない。お兄ちゃんの遺伝子を狙ってるのは分かってるんだから。」


レイラ「ふん。妾もそう思う。だが……」


*レイラが招待状の文面を指でなぞった。*


レイラ「"裏半球の諸王と貴族が一堂に会する"……か。断れば、夜天のアストライア魔導皇国が夜見ノ国との関係を拒絶したと受け取られる。」


ルーナ「……パパ。小国への評判は気にしないとしても、問題はそこじゃないよね?」


*ルーナが真っ直ぐ彼を見た。*


ルーナ「裏半球の2/3を統治してる夜見ノ国の招待を蹴ったら、向こうに"敵対の意思あり"って口実を与えることになる。属国にした北の帝国にも動揺が走る。」


*彼は椅子の背もたれに体を預けた。ルーナの分析は的確だった。前世の社会人経験が生きている。*


シロウ「そういうことだ。行かないって選択肢は、実質ない。」


ルミナ「……じゃあ行くの? あの女のテリトリーに?」


シロウ「ああ。ただし、条件付きだ。」


レイラ「条件?」


シロウ「まず、俺1人では行かない。ルミナ、レイラ、お前たちも同伴する。正妻2人を連れたパーティ出席なら、外交的にも自然だ。」


*レイラが鼻を鳴らした。*


レイラ「当然だ。妾を置いて行くなど許さぬ。あの女の前で妾の夫を1人にするなど論外。」


ルミナ「私も行く。絶対に行く。あの女、お兄ちゃんに変なことしたら消し飛ばす。」


*ルーナが少し複雑そうな顔をした。恋人としては一緒に行きたいが、立場上は「娘」でしかない。*


ルーナ「……私は?」


シロウ「ルーナ。お前は――」


*彼は少し考えた。ルーナを連れて行けば戦力的には心強い。始祖龍使いとしての実力は本物だ。だが、ツクヨミの前にルーナを晒すリスクもある。*


シロウ「お前はどうしたい?」


ルーナ「……行きたい。パパの傍にいたい。でも、冷静に考えたら留守番組も必要だよね。ルクスとステラを誰かが見てないといけないし。」


*ルーナが自分で答えを出した。だが、その表情には明らかに不安が滲んでいた。*


レイラ「……ルーナ。お前、本音を言え。」


ルーナ「……ツクヨミが怖い。パパに何かされるんじゃないかって。」


*テーブルの上に、三日月の封蝋が鈍く光っていた。*


*彼は招待状の下部に目を落とした。小さな文字で追加の条件が記されている。*


シロウ「……剣や刃物の持ち込み禁止。魔法の使用禁止。同伴者は護衛1人のみ。」


*テーブルの空気が凍った。*


レイラ「……なんだと?」


*レイラが立ち上がった。椅子が後ろに倒れた。*


レイラ「武器の持ち込み禁止だと? 魔法の使用も禁止? ふざけるな! 妾から武器と魔法を取り上げたら――」


ルミナ「ただの美少女ね。」


レイラ「……っ。否定できんのが腹立たしい。」


*レイラが歯を食いしばった。事実だった。レイラの強さは武器と魔法に依存している。それを封じられたら、戦闘力は一般人と大差ない。ルミナも同様だ。天使の力は魔法に分類される。封じられれば、ただの銀髪の美女でしかない。*


ルミナ「……完全に対策されてる。お兄ちゃんの妻を無力化した上で、護衛は1人だけ。つまり、レイラか私のどちらかしか連れて行けない。」


レイラ「妾だ。妾が行く。」


ルミナ「私よ。私が行く。」


*2人が睨み合った。いつもの光景だが、今回は冗談の温度ではなかった。*


ルーナ「……パパ。1つ聞いていい?」


シロウ「なんだ。」


ルーナ「この条件、パパにも適用されるの?」


*彼は招待状をもう一度読み直した。「全ての来賓に適用」と書かれている。*


シロウ「ああ。俺にもだ。」


ルーナ「……つまり、パパも武器と魔法が使えない状態でツクヨミのテリトリーに入るってこと?」


シロウ「そういうことになる。」


*ルーナの顔が青ざめた。ルミナとレイラも表情が硬い。*


*彼の頭の中で、1つの屁理屈が浮かんでいた。アーク・ゼロ。あれは厳密には魔導アーマーであり、飛行装置だ。武器ではない。魔法でもない。機械工学と魔導技術の融合体であり、「刃物」にも「魔法」にも分類されない。持ち込める。*


*――だが、それは言わないでおこう。切り札は隠すものだ。*


シロウ「……護衛1人か。」


レイラ「妾だと言っておる!」


ルミナ「お兄ちゃん、私を連れて行って。レイラは武器がなきゃ戦えないけど、私は最悪、素手でも――」


レイラ「素手で何ができる! 魔法禁止と書いてあるだろうが!」


ルミナ「レイラこそ、剣なしで何するの? 噛みつくの?」


レイラ「噛みつくわ! 妾の牙を舐めるな!」


*2人の口論がエスカレートしていく中、ルーナが静かに彼の袖を引いた。*


ルーナ「……パパ。私じゃダメ?」


シロウ「ルーナ?」


ルーナ「私、始祖龍使いだけど、ユキを召喚するのはスキルであって魔法じゃない。武器も持たない。それに……娘としての同伴なら、外交的にも不自然じゃない。」


*ルーナの目は真剣だった。彼をじっと見つめている。*


シロウ「その手があったか!よし、エスト。護衛に任命する!」


*エストがパンを咥えたまま目を丸くした。*


エスト「……え? 護衛? 何の?」


シロウ「夜見ノ国のパーティに招待された。護衛1人だけ同伴可能。お前、行け。」


エスト「……は?」


*エストが口からパンを落としそうになった。テーブルの上の招待状を覗き込み、内容を読み始める。数秒の沈黙。*


エスト「……剣の持ち込み禁止、魔法の使用禁止、護衛1人のみ。これ、完全にシロウさんの嫁を無力化するための条件じゃん。」


シロウ「そうだ。だからお前が最適だ。」


ルーナ「エストなら武器なしでも体術で戦える。魔法禁止でも勇者の身体能力は固有スキル扱いだから封じられない。それに……」


エスト「それに?」


ルーナ「パパの妻でも娘でもないから、ツクヨミに人質として利用する価値がない。」


エスト「あ、なるほど。つまり私、使い捨ての護衛ってこと?」


シロウ「聞こえは悪いが、そういうことだ。」


エスト「……最高じゃん。」


*エストがニヤリと笑った。目が輝いている。完全にスイッチが入った顔だった。*


エスト「王族パーティに潜入とか、前世のラノベで読んだやつ。めっちゃテンション上がる。」


ルミナ「……お兄ちゃん。この子、本当に大丈夫なの?」


レイラ「妾も不安しかないのだが。」


シロウ「戦闘力はレイラより上だ。」


レイラ「……は?」


*レイラの目が据わった。エストを睨みつける。エストは全く動じず、落としかけたパンを拾い上げてもう一口齧った。*


レイラ「おい、小娘。お前、勇者だと言ったな。妾より強いと?」


エスト「んー、強いかどうかは分かんないですけど、素手なら多分。あ、このパン美味しいですね。どこの?」


レイラ「話を逸らすな!」


ルーナ「レイラママ、本当だよ。エストは100階層のボスに挑んでるくらいだし。」


*レイラが黙った。100階層。あのスライムに挑めるレベルの冒険者が、目の前でパンを咥えてへらへらしている。*


ルミナ「……でもお兄ちゃん。護衛がこの子ってことは、私とレイラは留守番ってこと?」


シロウ「ああ。お前たちは国を守れ。俺がいない間にツクヨミが何か仕掛けてくる可能性もある。」


ルミナ「……嫌。」


シロウ「ルミナ。」


ルミナ「嫌なものは嫌。お兄ちゃんがあの女のところに行くのに、私が傍にいられないなんて……」


*ルミナの声が震えていた。普段のキツい態度が崩れ、素の不安が滲み出ている。*


レイラ「……妾も同意見だ。だが……理屈は分かる。妾たちが行っても、武器と魔法を封じられた状態では足手まといにしかならん。」


*レイラが拳を握りしめた。悔しそうに歯を食いしばっている。*


エスト「あの、ちなみにドレスコードって書いてあります? 私、ドレスとか持ってないんですけど。」


ルーナ「……あ。」


*ルーナが目を輝かせた。*


ルーナ「私がコーディネートする! 任せて!」


*ルーナがエストの腕を掴み、居間から引きずり出していった。エストが「えっ、ちょっ、パン食べかけ……!」と叫びながら連れ去られていく。*


*彼はその背中を見送りながら、脳裏にルーナの趣味を思い浮かべた。前世がオタクのOL。好みのジャンルは……スパイもの、アクション系。きっとスリットの深いドレスにガーターベルト、背中が大きく開いたデザイン。セクシーかつ動きやすい、そういう方向に仕上げるだろう。*


シロウ(……まあ、エストなら着こなすか。)


*残されたのは彼とルミナとレイラの3人だった。*


シロウ「それでは俺とエストが行くってことで。」


ルミナ「嫌。」


レイラ「却下だ。」


*即答だった。2人の声が綺麗に重なった。*


ルミナ「お兄ちゃん、あの女のところに知らない女と2人で行くの? 私を置いて?」


レイラ「妾の夫が他の女を護衛に連れて夜のパーティに行くだと? 冗談ではない。」


シロウ「お前たちを危険な場所に連れて行きたくない。」


ルミナ「……っ。」


*ルミナが唇を噛んだ。彼の言葉が本気だと分かっているから、反論しづらい。*


レイラ「……シロウ。妾たちが足手まといだと言いたいのか。」


シロウ「そうは言ってない。武器と魔法を封じられた状態でツクヨミの領域に入れば、お前たちは人質にされる。俺の弱点はお前たちだ。」


*レイラが黙った。彼の言葉は正しかった。ツクヨミが狙っているのは彼の遺伝子。そのための交渉材料として、妻を人質に取られれば詰みだ。*


ルミナ「……じゃあ、エストなら人質にならないの?」


シロウ「ならない。あいつは俺の友人であって家族じゃない。ツクヨミがエストを人質にしても、俺が折れる理由がない。あいつもそれを理解してる。」


*冷酷な言い方だった。だが事実だった。*


レイラ「……ふん。あの小娘、使い捨てにされると分かった上で笑っておったな。」


シロウ「ああ。あいつはそういう奴だ。」


ルミナ「……分かった。でも、条件がある。」


シロウ「なんだ。」


ルミナ「念話の回線を常時開いておくこと。何かあったら、私とレイラがすぐに飛べるように転送陣を準備しておくこと。」


レイラ「それと、あの小娘に手を出すなよ。」


シロウ「出さねえよ。」


レイラ「信用ならん。お前はそう言って妾以外の女と結婚しただろうが。」


シロウ「それはもう30年前の話だろ。」


*レイラが鼻を鳴らした。だが目の奥の不安は消えていなかった。彼はテーブル越しにレイラの手を取った。小さな手が震えている。*


シロウ「必ず帰ってくる。約束する。」


レイラ「……当然だ。帰って来なかったら、妾が夜見ノ国ごと滅ぼしに行く。」


ルミナ「私も。」


*2人の目は本気だった。*


*隠し部屋の扉が開き、ルーナが得意げな顔でエストを押し出した。*


ルーナ「じゃじゃーん! エスト・スパイエディション!」


*エストが照れくさそうに立っていた。深紅のチャイナドレス。背中がパックリと開き、白い肌が肩甲骨まで露出している。左足のスリットが太ももの付け根近くまで切れ込み、歩くたびに脚線美が覗く仕様だった。*


シロウ「いや、チャイナドレスかよ……」


ルーナ「似合うでしょ! エストのスタイルならチャイナが映えるの!」


エスト「……ルーナちゃん、これ動ける?」


ルーナ「当然! そこがポイント!」


*ルーナがしゃがみ込み、エストの隠れた右足を指差した。太ももに革のベルトが巻かれている。小型のナイフや道具を仕込めるホルスターが3つ付いていた。ドレスのスリットの反対側、つまり布で隠れる方の脚だ。*


ルーナ「刃物持ち込み禁止だから、ナイフは入れないよ。でも小型の魔道具とか、煙幕玉とか、通信用の魔石とか……武器じゃないものなら仕込める。」


エスト「……ルーナちゃん、前世で何のアニメ見てたの?」


ルーナ「ルパン○世と攻○機動隊。」


エスト「納得しかない。」


*彼はエストの全体像を改めて見た。深紅のチャイナドレスに黒のヒール。髪はルーナがまとめたのか、普段の下ろしっぱなしではなく、うなじが見えるアップスタイルになっている。耳元に小さな赤い石のイヤリング。*


*正直に言えば、似合っていた。元が整った顔立ちをしているから、化粧と衣装で別人のように仕上がっている。*


エスト「……シロウさん、感想は?」


シロウ「悪くない。」


エスト「悪くない、じゃなくてさ。もうちょっとこう……」


シロウ「パーティの護衛としては申し分ない。」


エスト「ビジネスライクー。」


ルーナ「パパ、正直に言っていいよ。綺麗だって。」


シロウ「……綺麗だよ。」


エスト「っ……。」


*エストが一瞬だけ顔を赤くして、すぐに咳払いした。*


エスト「あ、ありがと。まあ、ルーナちゃんのセンスがいいだけだけど。」


ルーナ「えへへ。」


*ルーナが満足げに笑った。そして表情を引き締め、彼を見た。*


ルーナ「パパ。太もものベルト、右側の一番上のホルスターだけ空けてある。」


シロウ「なぜだ。」


ルーナ「パパが何か仕込みたいものがあるかなって。例えば……飛行装置、とか?」


*ルーナがにやりと笑った。彼の考えを読んでいた。*


シロウ「……お前、いつから気づいてた。」


ルーナ「招待状読んだ時から。アーク・ゼロは武器じゃないし魔法でもない。パパなら絶対持ち込むって思った。」


エスト「え、何の話?」


ルーナ「内緒。当日のお楽しみ。」


*エストが首を傾げた。チャイナドレスの襟元が揺れ、鎖骨が覗いた。*


シロウ「丁度、装置をブラックパ○サーみたいにネックレス風に改良しようと思ってたところだよ……」


*彼が呆れた顔で言うと、ルーナの目がキラキラと輝いた。*


ルーナ「えっ、それ欲しい! パパ、私にも作って!」


シロウ「お前は留守番だろ。」


ルーナ「留守番でも欲しい! だってネックレス型の変身アーマーだよ? ワカ○ダだよ!?」


エスト「あ、私も分かる。あの映画良かったよね。」


ルーナ「分かるー! あのスーツ展開のシーンが……!」


*2人がオタクトークに突入しかけた。彼は咳払いで止めた。*


シロウ「話を戻すぞ。エスト、ネックレスの改良には2日かかる。パーティは5日後だ。それまでに護衛としての立ち振る舞いを叩き込む。」


エスト「立ち振る舞い?」


シロウ「貴族のパーティだ。フォークの持ち方、挨拶の作法、王族への敬語。全部覚えろ。」


エスト「……前世の会社の忘年会より面倒じゃん。」


ルーナ「あと、ツクヨミへの対処法。あの人、見た目はめちゃくちゃ良い人だから。騙されないで。」


エスト「了解。裏ボスほど笑顔ってやつね。」


*エストがチャイナドレスの裾を直しながら、鏡に映る自分を見た。深紅のドレスに包まれた姿は、迷宮でニーソを履いてピーしていた女とは別人だった。*


エスト「……ねえシロウさん。1つ確認。」


シロウ「なんだ。」


エスト「このパーティ、最悪のケースは?」


*彼は少し間を置いた。*


シロウ「ツクヨミが俺を拘束し、遺伝子を採取しようとする。あるいは、パーティに出席した各国の王を人質に取り、俺に降伏を迫る。」


エスト「……それ、最悪どころか詰みじゃない?」


シロウ「だから護衛が必要なんだ。俺が動けなくなった時、お前が俺を連れて逃げろ。」


*エストが彼を見た。冗談を言う顔ではなかった。*


エスト「……魔王を守って逃げる勇者。面白い構図だね。」


シロウ「笑えないだろ。」


エスト「ううん。燃える。」


*エストが拳を握った。チャイナドレスの袖口が揺れた。*


エスト「任せて。絶対守るから。」


*ルーナがその言葉を聞いて、少しだけ安心した顔をした。そして彼の袖をそっと引いた。*


ルーナ「……パパ。ネックレス、エストの分だけじゃなくて……パパの分も作ってね。」


シロウ「俺の分?」


ルーナ「パパが無事に帰ってくるための保険。お願い。」


*彼はルーナの頭にそっと手を置いた。*


シロウ「分かった。」


*ルーナが小さく頷いた。エストがそれを横目で見て、何も言わなかった。ただ、太もものベルトの感触を確かめるように、ドレスの上から右脚に触れた。*


エスト「……5日後か。それまでにフォークの持ち方、覚えられるかな。」


シロウ「最悪は無くても何とかなる、だって勇者だからな。"勇者=コレ"っていう風にすれば問題ないだろう。蛮族的な……?」


*エストが首を傾げた。ルーナも一瞬考え込んだ後、ぱっと顔を明るくした。*


ルーナ「あー! なるほど! "勇者は蛮族だからフォークの使い方知りません"って設定にするってこと?」


シロウ「そうだ。勇者なんてのは元々荒野を駆け回って魔物を狩る存在だ。貴族の作法を知らなくて当然。むしろ知ってる方が不自然だろ。」


エスト「……つまり、マナー覚えなくていいの?」


シロウ「覚えなくていい。むしろ覚えるな。素のままでいけ。」


エスト「やったー! 前世の会社の研修で名刺交換すら怪しかった私に作法なんて無理だったから助かる!」


ルーナ「いや、名刺交換は流石に覚えようよ……」


エスト「前世の話だからもういいの。で、蛮族スタイルってことは……チャイナドレスで肉を手づかみで食べていいの?」


シロウ「やめろ。蛮族にも限度がある。」


エスト「えー。」


*ルーナがくすくす笑いながら、メモ帳を取り出した。*


ルーナ「じゃあ整理するね。エストの設定は"勇者で護衛、礼儀作法には疎いが腕は確か"。これなら多少粗相しても勇者だからで押し通せる。」


エスト「最強の免罪符じゃん、勇者。」


シロウ「ああ。それに、蛮族っぽい護衛がいた方がツクヨミへの牽制にもなる。"こいつは話が通じない"と思わせれば、交渉の席でエストを無視する。無視された護衛が一番動きやすい。」


*エストの目が光った。前世の社会人としての理解力が働いたらしい。*


エスト「……なるほど。バカのフリして情報収集。ツクヨミの注意が全部シロウさんに向いてる間に、私は会場の構造や退路を把握する。」


シロウ「飲み込みが早いな。」


エスト「だって前世で散々やったもん。上司の接待中に、隣で酔ったフリして取引先の本音聞き出すやつ。」


ルーナ「前世のスキル活きすぎでしょ……」


*エストがチャイナドレスの裾を翻して、くるりと回った。深紅の布が舞い、太もものベルトが一瞬だけ覗いた。*


エスト「蛮族勇者のスパイ護衛。役どころとしては最高だね。」


*ルーナが少し寂しそうな顔をした。本当は自分が行きたい。その気持ちを押し殺して、エストの太もものベルトの位置を微調整している。*


ルーナ「……エスト。パパのこと、お願いね。」


エスト「うん。約束する。」


*エストの声に、先ほどまでのふざけた調子はなかった。ルーナと目が合い、2人の間で何かが通じ合った。オタク仲間であり、盟友であり、そして同じ男を大切に思う者同士の、言葉にならない信頼だった。*


シロウ「じゃあ明日からネックレスの改良に入る。エストは体術の調整と会場の下調べ。」


*隠し部屋の薄暗い照明の下、3人が集まっていた。彼はテーブルの上に3つの小箱を並べた。*


シロウ「完成した。」


*最初の箱を開ける。銀色の細いチェーンに、黒い宝石のようなペンダントトップが付いたネックレスだった。一見すると高級アクセサリーにしか見えない。*


シロウ「俺用のアーク・ゼロ。起動ワードで全身展開する。充填時間0.3秒。」


*2つ目の箱。こちらは深紅の宝石が付いたネックレス。エストのチャイナドレスに合わせた色だった。*


シロウ「エスト用。お前の身体能力に合わせて軽量化してある。飛行機能と衝撃吸収に特化した設計だ。火力は俺のより劣るが、機動力は同等。」


*エストがネックレスを手に取り、首にかけた。深紅の宝石が鎖骨の間に収まる。チャイナドレスとの相性が完璧だった。*


エスト「……軽い。これがアーマーになるの? 信じられない。」


シロウ「起動ワードは"リリース"。覚えろ。」


エスト「りょ。」


*3つ目の箱を開けた。小さな黒い粒。イヤピースだった。*


シロウ「ルーナ用。通信専用イヤピース。俺とエストの会話を常時受信できる。こちらからの送信も可能だ。魔法通信じゃない、魔導機械式だからツクヨミの探知に引っかからない。」


*ルーナがイヤピースを右耳に装着した。髪で完全に隠れる大きさだった。*


ルーナ「……聞こえる?」


*彼が自分の耳元に手を当てた。微かにルーナの声が響いた。*


シロウ「クリアだ。問題ない。」


ルーナ「よかった……これで、パパの声がずっと聞ける。」


*ルーナの声が少しだけ震えていた。彼はルーナの頭をそっと撫でた。*


エスト「ねえ、ルーナちゃん。私からも1つ約束していい?」


ルーナ「……なに?」


エスト「ヤバくなったら、イヤピースで教えて。"逃げろ"って。私、判断力はシロウさんより低いから。ルーナちゃんの冷静な目が必要。」


*ルーナが目を見開いた。そして、しっかりと頷いた。*


ルーナ「うん。任せて。私がパパとエストの目になる。」


*エストがネックレスの宝石に触れた。深紅の光が一瞬だけ灯り、すぐに消えた。*


エスト「……4日後か。」


シロウ「ああ。」


エスト「シロウさん。1つだけ聞いていい?」


シロウ「なんだ。」


エスト「ツクヨミって……綺麗な人?」


*彼は少し間を置いた。*


シロウ「……化け物みたいに綺麗だ。」


エスト「……そっか。じゃあ私、負けないように頑張らないと。見た目だけは。」


ルーナ「エスト、十分綺麗だよ。」


エスト「ルーナちゃん優しい……」


*3人の間に、束の間の穏やかな空気が流れた。4日後には、それが消えるかもしれない。だが今この瞬間だけは、隠し部屋の薄明かりの中で、信頼だけが確かにあった。*


*エストがルーナの隣に座り、部屋を見回していた。大きなベッドに、壁際の棚に並ぶ怪しい玩具の数々。防音結界が常時展開されている密室。*


エスト「……ねえルーナちゃん。この部屋、何?」


ルーナ「ん? ここはパパと隠れて○○○する部屋だよ。」


*あっけらかんと言った。エストが目を丸くした。*


エスト「いや、サラッと言うね!?」


ルーナ「だって聞かれたから。建国当初にパパが興味本位で作ったらしいんだけど、今は私の部屋からもドアが繋がってるの。」


エスト「……完全にラブホじゃん。」


ルーナ「ラブホだよ。地下3階のラブホ。」


*エストがチャイナドレスの裾を直しながら、足を組み替えた。深いスリットから太ももが露わになる。*


エスト「へー……。で、ここでいつもパパとしてるんだ。」


ルーナ「うん。認識阻害結界と魔紋認証があるから、パパと私以外入れない。……本来は。」


エスト「本来は?」


ルーナ「今日はパパが許可したから入れてるだけ。」


*エストが彼をちらりと見た。彼はテーブルでネックレスの最終調整をしていた。*


エスト「シロウさん。」


シロウ「……なんだ。」


エスト「この部屋の玩具、鑑定していい?」


シロウ「やめろ。」


エスト「えー。あの棚の上の方にあるやつ、前世で見たことあるんだけど。」


ルーナ「あれはね、パパが創造で作った特注品。振動が7段階あって……」


シロウ「ルーナ。」


ルーナ「はーい。」


*ルーナが口を閉じたが、にやにやは止まらなかった。エストも同じ顔をしていた。*


*エストが足を崩し、チャイナドレスのスリットから生足を投げ出した。ヒールを脱いだ素足が柔らかいカーペットに触れる。*


エスト「で、ルーナちゃん。」


ルーナ「ん?」


エスト「……4日後さ。私、ちゃんとパパ守るから。だから今日くらい、ルーナちゃんがパパと一緒にいなよ。」


*ルーナが少し驚いた顔をした。*


ルーナ「……いいの?」


エスト「うん。私は自分の部屋で体術の復習する。ここ、2人の場所でしょ。」


*エストがヒールを履き直し、立ち上がった。チャイナドレスの裾が揺れ、太ももの白い肌が一瞬覗いて消えた。*


エスト「シロウさん、ネックレスありがとう。大事にする。」


*彼が顔を上げた。エストは笑っていた。いつものポジティブな、メンタル化け物の笑顔だった。けれど、その奥に一瞬だけ何かが滲んだ。*


エスト「じゃあね、ルーナちゃん。おやすみ。」


ルーナ「……おやすみ、エスト。」


*エストが部屋を出た。エレベーターの音が遠ざかる。隠し部屋に2人だけが残った。*


シロウ「とりあえず風呂いく?」


ルーナ「うん! パパと一緒に入りたい!」


*2人は隠し部屋を出て、城の大浴場へ向かった。広い脱衣所で服を脱ぎ、タオルを持って浴場の扉を開ける。*


*湯気の向こうに、見慣れた小柄な体が浸かっていた。黒髪が湯面に広がり、岩風呂の縁に頭を預けている。頬が赤く、目がトロンとしていた。その横に空になったワインの瓶が2本転がっている。*


シロウ「あ、レイラじゃん。酔ってるのか?」


レイラ「……ん? ……おお、シロウか。」


*レイラが重そうな瞼を持ち上げて、彼を見た。明らかに酔っている。いつもの傲慢さが酒で溶けて、代わりに甘ったるい空気を纏っていた。*


レイラ「酔ってなどおらぬ。……少し、嗜んだだけだ。」


ルーナ「レイラママ、瓶2本空いてるけど…」


レイラ「……嗜んだと言っておろう。」


*彼が湯船に足を入れた。ルーナもタオルで前を隠しながら、反対側から入る。レイラは湯船の真ん中を陣取っていた。*


レイラ「……シロウ。」


シロウ「なんだ。」


レイラ「妾は……留守番であろう?」


シロウ「ああ。」


レイラ「……ツクヨミのパーティに、妾の代わりにあの勇者を連れていくのだろう?」


*レイラの声に、いつもの刺がなかった。酔いのせいか、それとも別の理由か。*


シロウ「条件が魔法と武器の使用禁止だ。レイラの戦闘スタイルじゃ動けない。」


レイラ「分かっておる。分かっておるが……」


*レイラが湯船の中でずるずると沈み、鼻の下まで湯に浸かった。ぶくぶくと泡が立つ。*


レイラ「……妾だって、お主の隣にいたいのだ。」


*小さな声だった。普段の傲慢さからは想像できない、素直な本音。ルーナが彼をちらりと見た。「フォローして」という目だった。*


レイラ「あの勇者は……お主と迷宮に潜り、お主と戦い、お主と……」


*レイラがそこで言葉を切った。湯気の向こうで、トロンとした目が彼を見つめていた。*


レイラ「……妾の知らぬシロウを、あやつばかりが見ておる。」


*ルーナが湯船の中でそっと膝を抱えた。ルーナもまた、同じ気持ちを抱えているのかもしれなかった。*


レイラ「……ふん。酔っておるから変なことを言った。忘れよ。」


*レイラが顔を背けた。耳まで真っ赤だった。酒のせいだけではない。*


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