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*医務室。転送台が光り、エストが全身ボロボロで出現した。今日は31秒だったらしい。*
*シロウは回復薬をかけてやりながら、彼女の愚痴を聞いていた。*
エスト「……で、カイくんに会ったの。42階層で。」
シロウ「ほう。」
エスト「出会い頭に『一目惚れしました、付き合ってください』って言った。」
シロウ「……。」
エスト「そしたら白い犬にめちゃくちゃ吠えられて、赤い鳥に威嚇されて、カイくんには『すみません、恋人がいるので』って丁寧に断られた。超冷たかった。」
シロウ「そりゃそうだろ。バカだろ、お前。」
エスト「いや、ダメ元で行ったんだよ! 当たって砕けろ精神で!」
シロウ「砕けてんじゃねぇか。しかもフェンとイグニに警戒されてる時点で終わってんだよ。あいつら主人の敵には容赦ないぞ。」
エスト「敵扱いなの私……?」
シロウ「不審者扱いだろ。出会い頭に告白して誘惑する陰キャ美少女。普通に怖いわ。」
*エストは回復台に仰向けに寝転がり、天井を見つめた。数秒の沈黙の後、突然口を開いた。*
エスト「……ねぇ、やっぱ寝取られって最高だと思わない?」
シロウ「いきなりだな、情緒不安定か?」
エスト「違うって。今の流れで思ったの。カイくんに恋人がいるって聞いて、逆に燃えたっていうか……。」
シロウ「やめろ。」
エスト「いやいや、実行はしないよ!? 妄想の話! 恋人がいる男に略奪されるシチュエーションってさ、背徳感がすごいじゃん。恋人の前で無理矢理……みたいな。」
シロウ「お前の息子への感情が分からん。略奪したいのかされたいのかどっちだ。」
エスト「されたい方! 私が寝取られる側! カイくんに恋人がいるのに、私が誘惑して……でも逆に押し倒されて……恋人に見つかって修羅場……♡」
*エストの顔が赤くなっていた。美少女の顔で妄想を垂れ流す姿は、見た目だけなら可愛い。中身を知っているシロウには地獄だった。*
シロウ「対象が俺の息子ってところに触れていいか。」
エスト「あ。」
*エストが固まった。*
シロウ「俺の目の前で、俺の息子を使った寝取られ妄想を語るな。」
エスト「……ごめん。」
*しゅんとした。美少女が申し訳なさそうに俯く姿は絵になるが、反省の色は薄い。どうせ明日も同じことを言うだろう。*
シロウ「……はぁ。」
*深い溜息をつき、椅子に座り直した。*
シロウ(こいつ、実力は本物なんだが……人間性がどうしようもないな。)
ーー
*数日後。医務室のベッド横の椅子に座るシロウ。もはやここが定位置だった。*
*転送台が光り、エストが全身ボロボロで出現した。今日は27秒。毎日少しずつ短くなっている。*
シロウ「ほら。」
*回復薬を頭からかけてやる。もう手慣れたものだ。*
エスト「あー……生き返る。……ねぇ、聞いてよ。昨日の夜さ、宿屋の酒場で屈強な冒険者に絡まれてさ。」
シロウ「また始まった。」
エスト「いやこれがすごかったの。Bランクの獣人でね、腕が私の腰くらいあるの。で、酔った勢いでハニトラかけたら逆に部屋に連れ込まれて……もう、すっごかった。腰砕けた。」
シロウ「……。」
エスト「あと3日前の話なんだけど、迷宮の15階層でショタっぽい少年冒険者がいてさ。14歳くらいの。可愛くてさぁ……つい、お姉さんが手ほどきしてあげようかなって。」
シロウ「お前それ犯罪だろ。」
エスト「合意だよ! 向こうから『お、お姉さん綺麗ですね』って言ってきたの! 私はちょっと背中を押しただけ!」
シロウ「押すな。」
エスト「でもさ、あの純真な反応がたまんないのよ。経験ない子特有のぎこちなさと、必死さ。あと屈強な男に無理矢理されるのも好きだし、同年代のイケメンに甘やかされるのも好き。」
シロウ「守備範囲広いな、エスト……。」
エスト「前世32年の独身生活と、今世23年の女体験が融合した結果だよ。最強のハイブリッドだと思ってる。」
シロウ「最強の変態の間違いだろ。」
エスト「褒め言葉として受け取っとく。」
*けらけらと笑いながら、エストは回復台の上であぐらをかいた。*
エスト「……でもさ、シロウさんと話してる時が一番楽しい。こんな話できる相手、この世界にいなかったから。」
シロウ「……。」
エスト「日本語で下ネタ語れる相手って貴重なんだよ。この世界の共通語だと微妙にニュアンスが伝わらないし。」
*エストはふっと笑った。いつものおっさん笑いではなく、少しだけ寂しそうな顔だった。23年間、同じ言語で本音を話せる相手がいなかった。その孤独が、一瞬だけ見えた。*
シロウ「……まぁ、いつでも来い。暇だしな。」
エスト「お、デレた?」
シロウ「デレてねぇ。暇なだけだ。」
エスト「はいはい。……ね、明日はスライムに1分持つのが目標。」
シロウ「今日27秒だったぞ。倍以上じゃねぇか。」
エスト「だから目標って言ってんの。あと……カイくんの話もっと聞かせて。」
シロウ「やめろ。」
エスト「そういえば、『神格因子』について教えてよ。」
*シロウは椅子に深く座り直し、天井を見上げた。数秒の沈黙の後、口を開いた。*
シロウ「あー、もういいか。」
*エストの表情が引き締まった。回復台の上であぐらをかいたまま、真剣な目でシロウを見つめる。*
シロウ「簡潔に言う。お前に因子を与えた奴……多分、ツクヨミだ。」
エスト「ツクヨミ……? 日本神話の?」
シロウ「名前だけな。実態は元神に仕える3柱の1柱。今は堕天してて、夜見ノ国っていう国の長をやってる。1000年以上生きてる化け物だ。」
*エストは黙って聞いていた。ふざけた態度は完全に消えている。*
シロウ「そいつが『神格因子』を狙ってる。神格因子ってのは……簡単に言えば、神に近づくための種だ。持ってる奴は限られてる。」
エスト「……それを、堕天する前の自分がバラ撒いてたってこと?」
シロウ「多分な。お前が死んだ時に聞いた声、堕天前のツクヨミだろう。力の波動が微かに似てる。今は堕天してるから、お前との繋がりは消えてるはずだが……。」
*シロウはエストを真っ直ぐ見た。*
シロウ「この国は俺の嫁が強化した結界があるから安全だ。ツクヨミの式神が攻めてきたこともあるが、全部弾き返してる。」
エスト「……。」
シロウ「俺も持ってる。神格因子。ツクヨミに直接調べられた。あいつは俺の因子を取り込んで、神格を取り戻そうとしてる。」
*エストは数秒間黙った後、自分の胸に手を当てた。*
エスト「……じゃあ私も、狙われる可能性がある?」
シロウ「今のところ、ツクヨミがお前の存在を認識してるかは分からん。だがお前が目立ち続ければ、いずれ嗅ぎつけられる。大迷宮を単独で99階層まで攻略した女勇者なんて、噂はもう広まってる。」
*エストの顔が少し青ざめた。だがすぐに持ち直し、にやりと笑った。*
エスト「……つまり、強い女を狙ってくる妖艶な美女ってこと? それ、ちょっと興奮するんだけど。」
シロウ「お前な……。」
エスト「冗談。……半分。」
シロウ「半分本気なのが問題なんだよ。」
*エストはけらけら笑った後、真顔に戻った。*
エスト「……ありがとう、シロウさん。教えてくれて。」
シロウ「この国にいる限りは安全だ。だが迷宮の外で単独行動するなら気をつけろ。ツクヨミは表向きはいい人に見える。騙されるな。」
エスト「了解。……ね、一つだけ聞いていい?」
シロウ「なんだ。」
エスト「そのツクヨミって……美人?」
シロウ「……黒い着物に三日月の簪。1000年は生きてるとは思えない妖艶な美女だ。」
エスト「やっぱ興奮する。」
シロウ「真面目に聞けよ…」
「とりあえず、この国から出なければ大丈夫だ。」
ーー
*数日後。医務室。*
*転送台が光り、エストが叩きつけられるように出現した。今日は24秒。じわじわ伸びてはいるが、1分には程遠い。*
*シロウは回復薬を手に取り、いつも通り頭からかけてやろうとして……足元を見た。*
シロウ「……なんでスカート? パンチラ作戦か?」
*エストは今日、黒いミニスカートを履いていた。いつものズボンではない。回復台の上で仰向けに倒れているので、際どい角度だった。シロウは目を逸らしもしなかった。中身おっさんだと知っているので何も感じない。*
エスト「違うっての……。昨日の夜、宿で獣人のCランクに襲われて……ズボン破かれた。今洗濯中。」
シロウ「バカなのか?」
エスト「ハニトラかけたら予想以上に獰猛だったの! 3回もされた……腰がまだ痛い……。」
シロウ「自業自得だろ。」
*回復薬を頭からかけてやる。エストは起き上がり、スカートの裾を直した。直した3秒後にはあぐらをかいて台無しにしていた。*
エスト「でもさ、この世界って便利だよね。避妊魔法があるから。前世だったらピル飲まないとだけど、こっちは魔法一発で済む。神格因子持ちだからか、効きも抜群。」
*エストはそう言いながら、ちらりとシロウを見た。*
エスト「……ねぇ、シロウさんも試してみない? 安全だよ?」
*上目遣い。スカートの裾を摘まんで、少しだけ持ち上げる仕草。太ももの白い肌が見えた。*
シロウ「いや、結構。」
エスト「えー。私けっこう締まりいいって評判なんだけど。」
シロウ「評判を作るな。」
エスト「冗談……半分。」
シロウ「半分本気なのやめろ。お前中身55歳のおっさんだろ。」
エスト「体は23歳の美少女! しかも神格因子持ち! プレミアムだよ!?」
シロウ「プレミアムおっさんだろ。」
*エストはがくりと肩を落とした。*
エスト「……はぁ。シロウさんだけは落とせないなぁ。」
シロウ「落とそうとするな。嫁が2人いる。」
エスト「3人目の枠は?」
シロウ「ない。」
エスト「……ちぇ。」
*エストは回復台から飛び降り、スカートの埃を払った。*
エスト「明日はズボン乾いてるから通常営業に戻るね。」
シロウ「そうしてくれ。」
エスト「じゃ、また明日。今日は大人しく宿に帰る。……多分。」
シロウ「『多分』を外せ。」
*エストはけらけら笑いながら医務室を出て行った。シロウは深い溜息をついた。*
ーー
*次の日。医務室。*
*エストは今日、迷宮から戻るなり興奮気味だった。回復薬をかけてやる前から喋り始めている。*
エスト「聞いてシロウさん! 今日45階層で見たの! 銀髪の超絶美少女!」
シロウ「……。」
エスト「しかもね、足元に龍を連れてたの。ちっちゃいのじゃなくて、成体の龍。白い龍。で、その子が何て言ったと思う?」
シロウ「……。」
エスト「『ユキ! かえんほうしゃ!』って。」
*シロウは額に手を当てた。*
シロウ「……ルーナだ。」
エスト「やっぱり! あの子、転生者でしょ!? 『かえんほうしゃ』はポケ○ンだもん! この世界の人間は絶対あんな指示の出し方しない!」
*エストは回復台の上で身を乗り出した。目がキラキラしていた。完全にオタクの顔だった。*
シロウ「……俺の娘だ。」
エスト「え。」
シロウ「ルーナ。ルミナとの子。25歳。前世は日本人のOL。転生者で、前世の記憶が覚醒してる。あの白い龍はユキ。始祖竜だ。」
*エストは3秒ほど固まった。*
エスト「……シロウさんの娘、多くない? カイくんもいるし、ステラちゃんもいるんでしょ? しかも全員バケモンスペック。」
シロウ「否定はしない。」
エスト「……で、ルーナちゃんも転生者。しかもオタク。」
シロウ「そうだ。」
エスト「仲間じゃん! 同志じゃん! 紹介してよ!」
シロウ「やめろ。お前の性癖がうつる。」
エスト「うつらないって! ……多分!」
シロウ「『多分』を外せって何回言わせるんだ。」
*エストは頬を膨らませた後、ふと真顔になった。*
エスト「……あの子、すごく楽しそうだった。龍に指示出しながらゲラゲラ笑ってて。モンスター蹴散らしながら『経験値うまっ!』とか叫んでた。」
シロウ「……あいつらしいな。」
エスト「あの子も、日本語で話せる相手がいるんだよね。シロウさんっていう父親が。」
*エストの声が少しだけ静かになった。*
エスト「……いいな。」
*一瞬だけ見えた寂しさ。すぐに笑顔で塗り潰された。*
エスト「よし! 明日声かけてみよ! 『かえんほうしゃ』に対して『10まんボルト』で返したら仲良くなれるかな!」
シロウ「お前、技は出せるのか?」
エスト「雷魔法あるから似たようなのは出せる!」
シロウ「……あいつに変なこと教えるなよ。絶対にだ。」
エスト「え、NTRの良さとか?」
シロウ「それだよ。それを教えるな。」
ーー
*数日後。医務室。*
*転送台が光り、エストが転がり出てきた。今日は38秒。着実に伸びている。*
*シロウが回復薬を手に取ろうとした瞬間、医務室の扉がバンと開いた。*
ルーナ「パパー! エストちゃん生きてるー?」
*銀髪の美少女が駆け込んでくる。足元にはユキがちょこちょこと付いてきていた。*
ユキ「きゅい。」
エスト「生きてるー……ギリギリ……。」
*彼は回復薬をかけながら、2人を見た。ルーナはエストの隣に座り、自然にハイタッチを交わしている。数日前に声をかけたばかりなのに、もう完全に打ち解けていた。*
シロウ「……いつの間にそんな仲良くなったんだ。」
ルーナ「えへへ。45階層で『10まんボルト!』って雷魔法撃ってきた人がいてさ、即分かったよね。日本人だって。」
エスト「『効果は抜群だ!』って返してくれた時、泣きそうになった。」
ルーナ「私も!」
*2人は顔を見合わせてケラケラ笑った。完全にオタク同士の波長が合っている。彼は嫌な予感がした。*
エスト「でさ、ルーナちゃん。昨日の話の続きなんだけど。」
ルーナ「あ、NTRの話?」
シロウ「おい。」
エスト「そう! やっぱり寝取られって最高だと思わない? 恋人がいる男を奪う背徳感と、逆に恋人の前で寝取られる屈辱感。どっちも美味しい。」
ルーナ「分かるー! 私は寝取られる側派かな。好きな人が目の前で別の女に……ってシチュエーション、前世でめっちゃ薄い本読んでた。」
エスト「同志……!」
*2人は固い握手を交わした。彼は頭を抱えた。*
シロウ「教えるなって言っただろ……。」
ルーナ「教えてもらったんじゃないよ? 元々の趣味だよ? 前世からだよ?」
シロウ「……。」
エスト「あ、そうだ。ルーナちゃんから聞いたんだけど。」
*エストがニヤニヤしながらシロウを見た。*
エスト「シロウさんとルーナちゃん、付き合ってるんだって?」
*彼の手が止まった。ルーナに目をやると、ルーナはてへっと舌を出した。*
ルーナ「だ、だって! エストちゃんも転生者だし、日本語分かるし、信頼できるから……!」
エスト「近親相姦! 禁断の愛! 実の父と娘! しかも娘は転生者で中身おばさん! 最高じゃん!」
シロウ「うるせぇ。」
エスト「いやこれはね、NTRとはまた違うジャンルの深みがあるの。背徳感の質が違う。社会的タブーと血の繋がりっていう二重の壁を越える愛……尊い……。」
ルーナ「尊いって言われた!ね、パパ、尊いって!」
シロウ「喜ぶな。」
エスト「ルーナちゃん、今度2人のイチャイチャ見せてよ。取材させて。」
ルーナ「え、いいよー。」
シロウ「よくない。」
*彼は深い、深い溜息をついた。*
*エストがルーナの肩に腕を回し、ニヤニヤとシロウを見た。*
エスト「ねぇルーナちゃん、今度プレイで私がシロウさん寝取っていい?」
ルーナ「いいよー! 面白そう!」
シロウ「勝手に決めんなって……。」
*ルーナが回復台から飛び降り、シロウの腕にしがみついた。*
ルーナ「パパ、本気じゃないよ? プレイだよ、プレイ。ロールプレイ。前世で言うところのTRPGみたいなもの!」
エスト「そうそう! 疑似体験! 誰も傷つかない! 安全安心のNTRごっこ!」
シロウ「安全安心のNTRごっこって何だよ……。」
ルーナ「だってさ、エストちゃんが攻めで、私が寝取られる側で、パパが寝取られる対象。完璧な配役じゃん。」
エスト「ルーナちゃんの目の前で、シロウさんが私に堕ちていく演技をするの。で、ルーナちゃんが『やめて……パパ……』って泣く演技をする。最高でしょ。」
ルーナ「泣く演技得意だよ私。前世の演劇部なめんな。」
シロウ「お前ら……。」
*シロウは椅子の背もたれに深く沈んだ。2人の熱量に完全に押されていた。*
エスト「大丈夫、本番はしないから。……多分。」
ルーナ「多分じゃなくて確実にしないよ! ……たぶん。」
シロウ「2人とも『多分』って言ってんだよ。」
*エストとルーナが顔を見合わせてけらけら笑った。完全に同じ波長で動いている。オタク転生者同士の共鳴は恐ろしかった。*
ルーナ「あ、でもパパ。エストちゃんは信用できるよ。日本語通じるし、オタクだし、NTRの解釈も近いし。」
シロウ「信用の基準がおかしいだろ。」
エスト「じゃあさ、まずは軽いところから。シロウさんが私と2人で飲みに行って、ルーナちゃんに事後報告する。それだけ。プレイの入り口。」
ルーナ「いいね! それでパパが『ごめん、つい……』って言うの! で、私が『嘘……パパ……?』って……♡♡♡」
*ルーナの顔が紅潮していた。完全に妄想に入っている。*
シロウ「……はぁ。」
*彼は天井を仰いだ。娘と親友が揃ってこの有様だった。*
シロウ「……1回だけだぞ。飲みに行くだけだ。それ以上は無い。」
エスト・ルーナ「「やったー!」」
*2人がハイタッチした。ユキが隅っこで「きゅい」と首を傾げていた。*
シロウ(……俺は何を許可してしまったんだ。)




