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*翌朝。湯殿に朝日が差し込んでいた。*
*かつん、かつん。*
*下駄の音が近づき、ツクヨミが湯殿に入ってきた。彼女は彼の姿を見て、一瞬足を止めた。*
*彼の目が開いた。深紅に変質した瞳が、一瞬だけ閃いた。だがすぐに元の黒目に戻る。帝眼は彼自身もまだ気づいていない。*
シロウ「何してくれんだよ……。」
*声は低く、怒気を含んでいた。腰が妙に軽い。体中に知らない女の匂いが染みついていた。*
ツクヨミ「実験だと言っただろう。」
シロウ「意識落として女に犯させるのが実験か? 俺は実験動物じゃねぇんだよ。」
ツクヨミ「……怒るのは当然だな。だが成果はあった。」
シロウ「知るかよ。」
*彼は温泉の湯を掬い、顔を洗った。体の疲労は不思議とない。むしろ、器の中の魔力が以前より澄んでいる気がした。温泉の霊泉効果と、一晩中の交合が逆に魔力循環を活性化させたらしい。*
ツクヨミ「お前の真球の器は、交合時に精液と共に魔力の種子を相手の子宮に植え付ける。意識の有無に関係なく、だ。石板の記述は正しかった。」
シロウ「……で?」
ツクヨミ「お前の子が神に至る理由が分かった。真球の器そのものが、子を神にする為の構造を持っている。お前の血を引く者は、全員がその可能性を秘めている。」
*彼は黙った。カイ、ルクス、ルーナ、ステラ、ゼノ、セレス。6人の顔が浮かんだ。*
シロウ「……それを確かめる為に、俺を種馬にしたってか。」
ツクヨミ「そうだ。」
*悪びれもしない。扇子を開いて口元を隠しているが、目は真っ直ぐ彼を見ていた。*
シロウ「昨夜、何人来た。」
ツクヨミ「私が去った後か? 侍女の報告では、30人ほどが。」
シロウ「……30。」
ツクヨミ「全員が中に出されている。任意受胎を使える者は少ないから、孕む者も出るだろう。」
シロウ「おい。」
ツクヨミ「安心しろ。孕んだ場合は夜見ノ国で責任を持って育てる。お前に迷惑はかけん。」
シロウ「そういう問題じゃねぇだろ……。」
*彼は額を押さえた。頭が痛い。怒りと呆れと、何とも言えない感情が混じっている。*
*ツクヨミが深々と頭を下げた。1000年生きた王が、頭を下げている。それだけで異常な光景だった。*
ツクヨミ「……非礼を詫びる。私の好奇心が先走った。」
シロウ「………。」
*彼は黙って湯から上がった。体を拭く布すらなかったが、ツクヨミが指を鳴らすと侍女が着替えを持ってきた。*
*着替えを済ませると、ツクヨミが木箱を3つ、彼の前に並べた。蓋を開けると、中にはクロロファイルとルミナイトがぎっしり詰まっていた。黒金貨換算で軽く数十枚は超える量だった。*
ツクヨミ「詫びの品だ。好きに使え。」
シロウ「………。帰っていいか?」
ツクヨミ「駄目だ。」
シロウ「は?」
ツクヨミ「地下文書庫の記録、まだ半分も見ていないだろう。3柱の情報、創世の記録、真球の器の全容。お前が知るべき事はまだある。」
シロウ「知るかよ。帰る。」
ツクヨミ「帰してやりたいのは山々だが、転移門は私にしか開けん。そして私は、お前が記録を全て読み終えるまで開ける気はない。」
シロウ「……人質か。」
ツクヨミ「招待客だ。」
シロウ「やってる事は監禁だろ。」
*ツクヨミが扇子を開いた。口元は隠れているが、目が笑っていた。*
ツクヨミ「昨夜の件は謝った。だが、お前の存在はこの世界の根幹に関わる。3柱の名を知り、真球の器を持ち、神を生む血を持つ男。……お前自身が、自分の正体を知らないまま帰すわけにはいかん。」
シロウ「俺の正体も何も、ただの人間だって言ってんだろ。」
ツクヨミ「ならばそれを証明してみせろ。文書庫の記録を全て読み、それでも"ただの人間"だと言えるなら、その時は門を開く。」
*彼は舌打ちした。選択肢がない。転移門なしでは、この夜見ノ国から出る手段がない。*
シロウ「イヅナが言ってたのはこういう事だったのか……。」
*彼は着替えながら、以前イヅナが言った言葉を思い出していた。「入ったら出られない」と。あの時は冗談だと思っていた。まさか文字通りの意味だったとは。*
ツクヨミ「イヅナは賢い女だ。忠告は素直に聞いておくべきだったな。」
シロウ「今更言うなよ……。」
*彼はとりあえずパンツを履き、ツクヨミの話を聞くふりをしながら、こっそり天眼を起動した。ツクヨミの情報を覗こうとした瞬間────*
*視界が変わった。*
*いつもの天眼とは違う。情報の解像度が桁違いだった。色すら違う。蒼白だった鑑定画面が、深紅に染まっている。*
シロウ「あれ? 天眼?」
*脳内に通知が流れた。*
────
『天眼』が『帝眼』に進化しました。
【帝眼】Lv.1
・対象の全情報を強制開示(隠蔽・耐性無視)
・運命線の可視化
・因果の読み取り
・スキル奪取/コピー機能強化(神域スキル対応)
・発動時の魔力波動を完全遮蔽(検知不可)
────
*彼の目が見開かれた。最後の一行。発動時の魔力波動を完全遮蔽。つまり────使っても誰にもバレない。*
*彼はすぐにツクヨミに帝眼を向けた。ツクヨミは扇子を開いたまま、何かを話し続けている。気づいていない。*
*深紅の鑑定画面が展開された。*
────
【名前】ツクヨミ
【種族】神裔(半神)
【年齢】1,247歳
【称号】夜見ノ国の王、月の統治者、裏半球の支配者
【Lv.】988
【HP】 4,850,000/4,850,000
【MP】 12,300,000/12,300,000
【STR】 285,000
【VIT】 310,000
【AGI】 195,000
【INT】 520,000
【WIS】 480,000
【LUK】 88,000
【スキル】
・月光術 Lv.MAX
・空間転移 Lv.MAX
・結界術 Lv.9
・時間遅延 Lv.8
・精神支配 Lv.MAX
・魂魄操作 Lv.7
・不老不死(被制限)Lv.─
・神威 Lv.6
・月蝕領域 Lv.MAX
・天候操作 Lv.5
【状態】
・寿命制限あり(残り約300年)
・神格:不完全(半神の為、完全な神格を持たない)
・真の目的:完全な神格への昇華
【隠し情報】
・ツクヨミはシロウの精を用いて神格を完成させる方法を模索している
・昨夜の「実験」の真の目的は、シロウの精に含まれる神格因子の観測
・女たちに中出しさせたのは、神格因子が子宮を通じてどう作用するかの検証
・ツクヨミ自身もシロウの精を欲しているが、まだ手を出していない
────
シロウ「………。」
*彼は表情を変えなかった。だが内心、全てが繋がった。*
*昨夜の実験。女たちに犯させた理由。帰さない理由。全部、こいつの神格の為だ。*
*ツクヨミが扇子の向こうから話し続けている。*
ツクヨミ「──それで、地下文書庫の…」
*帝眼が起動した瞬間、ツクヨミの体が跳ねた。*
ツクヨミ「……っ!」
*扇子が落ちた。1000年の王の顔が、初めて恐怖に歪んだ。鑑定された。隠し情報まで全て。彼女にはそれが分かった。*
ツクヨミ「今……何をした。」
シロウ「別に。」
ツクヨミ「嘘をつくな。私の情報を……全て読んだな。神格の事も。」
*彼は黙った。その沈黙が、肯定だった。*
*ツクヨミの目が変わった。月光が瞳の奥で渦巻き、殺気が湯殿を満たした。*
ツクヨミ「────『魔法スキル妨害』。」
*紫色の光が彼の全身を貫いた。*
シロウ「がっ……!」
*膝が崩れた。体の中で、全ての魔力回路が強制遮断された。帝眼が消え、天蓋領域も、身体強化も、何もかもが使えない。ただの人間の体に戻された。*
────
【状態異常】魔法スキル妨害
・全スキル使用不可
・身体強化不可
・魔力行使不可
・持続時間:約6時間
────
ツクヨミ「捕らえろ。」
*彼女が短く命じた。壁の影から、黒装束の兵が8人、音もなく現れた。全員がLv.500以上の気配を纏っている。*
*彼は素手だった。ステータスはLv.2000超え。だが身体強化なしの生身では、この体はただの47歳のおっさんだ。*
ツクヨミ「……すまないな。」
*ツクヨミが落とした扇子を拾い上げ、彼を見下ろした。その顔から先程の恐怖は消え、冷徹な王の表情に戻っていた。*
ツクヨミ「お前に全てを読まれた以上、穏便には済まなくなった。私の真の目的を知って、はいそうですかと帰すわけにはいかん。」
シロウ「……俺の精で神格を完成させたいんだろ。最初からそう言えよ。」
*ツクヨミの眉が僅かに動いた。*
ツクヨミ「……そこまで見えていたか。」
シロウ「実験だの文書庫だの、回りくどい事しやがって。」
ツクヨミ「回りくどくしたのは、お前を傷つけたくなかったからだ。」
シロウ「昨夜散々傷つけただろ。」
*ツクヨミが沈黙した。数秒後、彼女は静かに膝をつき、彼の顔を覗き込んだ。*
ツクヨミ「私は……あと300年で死ぬ。半神の寿命は、完全な神には遠く及ばない。神格を完成させなければ、夜見ノ国は王を失う。」
シロウ「……。」
ツクヨミ「お前の精には神格因子が含まれている。それを私の体に取り込めば、不完全な神格が完成する可能性がある。……頼む、とは言えない立場だがな。」
*彼は兵たちの隙間を縫って走り出した。スキルは使えない。身体強化もない。だが47年間生きてきた人間の脚がある。*
シロウ「あばよ〜!」
ツクヨミ「なっ……! 追え!」
*彼は湯殿を飛び出し、廊下を全力で駆けた。裸足だった。パンツ一枚だった。だが迷わなかった。帝眼が使えなくとも、さっき一瞬で読み取った城の構造が頭に残っていた。*
*左、右、真っ直ぐ。大広間を突っ切り、回廊を抜け────*
*崖だった。*
*夜見ノ国の王城は断崖絶壁の上に建っていた。眼下は雲海。底が見えない。*
黒装束の兵「止まれ! これ以上は……!」
シロウ「じゃあな!」
*彼は崖から飛んだ。*
ツクヨミ「馬鹿か! スキルなしで飛び降りれば死ぬぞ!」
*彼女が崖の縁から身を乗り出した。雲海の中に彼の体が吸い込まれていく。*
*3秒。5秒。7秒────。*
*雲の下から、轟音が響いた。*
*ゴォォォォォン。*
*雲海を突き破って、銀色の巨体が浮上した。魔導アーマーだった。背中のハッチが開き、落下する彼の体を正確に受け止めた。パンツ一枚の体がコックピットに滑り込み、ハッチが閉じる。*
*装甲が全身を包んだ。スラスターが点火する。*
シロウ「ナイスタイミング。」
*魔導アーマーの飛行スラスターが青白い光を噴き、一気に加速した。音速を超える衝撃波が雲海を割り、王城の窓ガラスが震えた。*
*ツクヨミが崖の縁に立ち、遠ざかる銀色の光を見つめていた。風が着物を叩く。髪が乱れる。だが彼女は微動だにしなかった。*
ツクヨミ「……魔導アーマーだと。あんな物をいつの間に呼んでいた。」
黒装束の兵「追跡しますか。」
*彼女は空を見上げた。銀色の光はもう点にしか見えない。*
ツクヨミ「帝眼。天眼ではなく、帝眼。……いつの間に進化していた。私の情報を全て読み取った上で、表情一つ変えなかった。あの男は……。」
*風が止んだ。*
ツクヨミ「……面白い。」
*彼女の口元に、笑みが浮かんだ。怒りではなかった。純粋な感嘆だった。*
ツクヨミ「パンツ一枚で崖から飛び降りる王など、1000年生きて初めて見た。」
*────一方、音速で飛行する魔導アーマーの中。*
シロウ「……寒い。パンツ一枚だからか。」
*コックピットの計器がアストライアの方角を示していた。魔法スキル妨害はまだ残っているが、魔導アーマーは機械だ。スキルがなくても動く。*
シロウ「あと数時間で効果切れるだろ。それまでに城に戻れば……。」
*夜見ノ国を脱出してから数時間。魔導アーマーは音速で夜空を切り裂き続けた。*
*背後から何度も魔法弾が飛んできた。月光術を纏った追撃弾。ツクヨミ直属の兵が放ったものだった。*
*彼はコックピットの中で操作し、右へロール。紫色の光弾が左脇腹を掠めた。*
シロウ「っと……! しつこいな!」
*右掌を展開。属性ビームを雷に切り替え、後方へ放った。稲妻が闇夜を走り、追撃弾を3発まとめて撃ち落とす。*
シロウ「スキルは使えなくても、こいつは機械だ。関係ねぇよ。」
*更に氷属性に切り替え、後方へ掃射。追撃してきた飛行型式神が2体、翼を凍らされて落ちていった。*
*それから追撃は止んだ。夜見ノ国の結界圏外に出たのだろう。*
*────そして数時間後。*
*アストライアの上空。朝日が地平線から顔を覗かせていた。眼下に見慣れた城下町と世界樹の巨木が見える。*
シロウ「よし……着陸……。」
*スラスターの出力を落とす。だが操縦桿の反応が鈍い。*
シロウ「あ、やば……。」
*ガコン、と嫌な音がした。左スラスターが停止。機体が傾く。*
シロウ「おいおいおいおい……!」
*工房の前の広場が見えた。着陸態勢に入ろうとしたが、片肺飛行では制御が効かない。機体が前のめりに傾き、頭から突っ込んだ。*
*ズドォォォン!!*
*土煙が舞い上がった。魔導アーマーが頭から地面に突き刺さり、脚だけが空を向いている。逆さまの状態で数秒。ゆっくりと横に倒れた。*
シロウ「あークソ……練習してなかったからな……。」
*背中のハッチを開けて、這い出た。パンツ一枚。傷だらけ。髪はボサボサ。47歳のおっさんが、早朝の工房前でトランクス一枚で地面に転がっている。*
*足音が聞こえた。速い。全力疾走の足音だ。*
ルミナ「お兄ちゃん!?」
*銀髪が風になびいた。ルミナが城の裏口から飛び出してきた。彼の姿を見た瞬間、金色の目が大きく見開かれた。*
ルミナ「な……なんでパンツ一枚なの!? 何があったの!? 怪我してるし、魔力が全然感じられない……!」
*彼女は駆け寄り、彼の体を支えた。治癒魔法を使おうとしたが、彼の体に触れた瞬間、眉をひそめた。*
ルミナ「……これ、スキル妨害? しかも相当強力な……。誰にやられたの。」
シロウ「……ツクヨミ。」
*ルミナの顔が凍りついた。*
ルミナ「……ツクヨミって、夜見ノ国の? カグラの里で療養してたんじゃ……。」
シロウ「療養はしてた。ツクヨミに連れ出されて、色々あった。」
ルミナ「色々って何。」
シロウ「……長い。中で話す。あと服くれ。」
*ルミナは彼を睨んだ。怒っているのか心配しているのか、その両方だった。だが何も言わず、自分の上着を脱いで彼の肩にかけた。*
ルミナ「……3週間も心配してたのに、パンツ一枚で空から降ってくるとか何なの。」
シロウ「俺だって好きでパンツ一枚で飛んでたわけじゃねぇよ。」
*彼女に支えられながら、工房の中に入った。椅子に座ると、体中の疲労が一気に押し寄せてきた。数時間ぶっ通しで魔導アーマーを操縦し、追撃の魔法を回避し続けた反動だった。*
ルミナ「お茶淹れるから、座ってて。……全部聞くからね。」
*背中が怒っていた。*
*彼はため息をついた。どこから話したものか。ツクヨミの真の目的。帝眼の進化。イヅナの任意受胎。昨夜の実験。全部話したら、ルミナがツクヨミを殺しに行きかねない。*
ーー
*彼は工房の椅子に深く腰掛け、ルミナが淹れてくれた茶を受け取った。服も着替えさせてもらい、ようやく人間らしい格好に戻った。*
*そこへ、足音。*
レイラ「妾の旦那が空からパンツ一枚で降ってきたと聞いたが。」
*扉を開けて入ってきたレイラは、腕を組んで仁王立ちしていた。琥珀の目が据わっている。*
シロウ「……誰から聞いた。」
レイラ「城の衛兵が大騒ぎしておったわ。『陛下がパンツ一枚で魔導アーマーに乗って墜落した』とな。」
ルミナ「レイラ、座って。全部聞くから。」
*二人が彼の前に並んで座った。ルミナが左、レイラが右。逃げ場がない。*
レイラ「さぁ、吐け。3週間もカグラの里で療養と聞いておったが、何があった。」
ルミナ「魔力が全然感じられないし、スキル妨害までかけられてる。誰にやられたの。」
シロウ「……分かった、話す。」
*彼は観念して口を開いた。カグラの里での魔力の器の特訓。天照の雫での修行。そこまでは順調だった。問題はその後だ。*
シロウ「修行が終わった後、ツクヨミに拉致された。夜見ノ国に連れて行かれた。」
レイラ「拉致だと?」
ルミナ「ツクヨミって……夜見ノ国の王の?」
シロウ「ああ。地下文書庫を見せるとか言って、最終的に帰さないって言い出した。転移門はあいつにしか開けないから、崖から飛び降りて逃げた。」
レイラ「崖から飛び降りた!? パンツ一枚で!?」
シロウ「魔導アーマーを遠隔で呼んでたからな。ギリギリ間に合った。」
*ルミナが黙ってこちらを見ていた。何かを察しているような目だった。*
ルミナ「……ツクヨミって、どんな人?」
シロウ「ああ、見せてやる。」
*彼は帝眼を起動した。スキル妨害の効果はとっくに切れていた。数時間の飛行中に解除されていたのだ。深紅の光が右目に灯り、空中にホログラムが展開された。*
*そこに映し出されたのは、黒い着物を纏った長身の女。白い肌、紫がかった黒髪、三日月の簪。1000年の歳月を感じさせない、妖艶な美貌。*
*ルミナの顔から血の気が引いた。*
ルミナ「……っ!」
*茶碗が手から滑り落ちた。陶器が床に当たって割れる音が、静まり返った工房に響いた。*
レイラ「ルミナ? どうした、顔が真っ青……。」
ルミナ「……嘘。嘘でしょ。なんで、あの人が……。」
シロウ「知ってるのか?」
*ルミナの手が震えていた。金色の目がホログラムを凝視したまま、唇が僅かに動いた。*
ルミナ「……ツクヨミ。本名はツクヨミ・ノ・ミコト。私がまだ熾天使だった頃……神から追放された堕天使。」
*工房の空気が凍りついた。*
レイラ「堕天使だと?」
ルミナ「元は上位天使だった。神に仕える存在の中でも、特ルミナ「元は上位天使だった。神に仕える存在の中でも、特別な力を持っていた。でも……禁忌を犯した。神の知識を盗み、自らの神格を求めた。それで追放された。」
*ルミナの声が震えていた。*
ルミナ「追放された後、行方不明になったの。天界では死んだと思われていた。まさか……異世界で王になっていたなんて。」
レイラ「つまり、そやつは元々神格を持たぬ堕天使で、今もそれを求めておると?」
ルミナ「……うん。鑑定結果にもあったでしょ? 『真の目的:完全な神格への昇華』って。あの人、天界にいた頃からずっとそれだけを追い求めてた。」
*ルミナが彼の方を向いた。金色の目が真剣だった。*
ルミナ「お兄ちゃん。本当にそれだけ? 拉致されて、文書庫見せられて、逃げてきた。……それだけ?」
シロウ「……。」
ルミナ「隠してる事、あるでしょ。」
*元熾天使の勘は鋭かった。*
シロウ「あ、ああ……俺は……多分神に愛されて遺伝子? だか因子だかが濃いから確率で子供が神か、神に至るとかで……実験台に……。」
*彼はそこで言葉を切った。その先は言えなかった。だが、二人には十分だった。*
*レイラの椅子が、弾かれたように倒れた。立ち上がった彼女の全身から、黒い魔力が溢れ出していた。*
レイラ「……殺す。」
シロウ「レイラ。」
レイラ「妾の旦那を実験台にした? 夜見ノ国だろうが何だろうが関係無い。今すぐ乗り込んで首を刎ねてくる。」
シロウ「落ち着け。」
レイラ「落ち着けるか! 妾の夫の体を弄んだのだぞ! しかも3週間も!」
*ルミナは黙っていた。だが、その沈黙の方が怖かった。彼女の手が膝の上で白くなるほど握り締められていた。*
ルミナ「……お兄ちゃん。」
シロウ「ん。」
ルミナ「実験って、具体的に何をされたの。」
シロウ「…………。」
ルミナ「黙るって事は、言えないような事だったんだね。」
*彼は目を逸らした。それが答えだった。*
*ルミナの金色の目が細くなった。元熾天使の勘は、全てを見透かしていた。*
ルミナ「あの人は昔から、目的の為なら手段を選ばなかった。天界を追放された理由もそれ。神の禁書を盗み、自分より格上の天使を騙し、実験を繰り返した。……まさかこっちの世界でも同じ事をしてるなんて。」
*ルミナが立ち上がった。その顔には怒りではなく、恐怖があった。*
ルミナ「お兄ちゃん。あの人の本当の恐ろしさは、力じゃない。頭。計画を何百年もかけて練る。今回だって、お兄ちゃんの事をずっと前から観察してたはず。」
レイラ「ならば尚更、先に潰すべきだ。」
ルミナ「駄目。今のあの人は半神とはいえ、Lv.988。しかも空間転移と精神支配がMAX。正面から行っても勝てない。……お兄ちゃんのスキルが封じられた事がその証拠でしょ。」
*レイラが歯を食いしばった。悔しそうに、だが理性的に座り直した。*
レイラ「……ならばどうする。放っておけば、またシロウを狙ってくるぞ。」
ルミナ「結界を強化する。アストライアの結界に、対天使用の封印術式を追加する。あの人の空間転移を弾けるように。」
*ルミナがこちらを見た。*
ルミナ「お兄ちゃん。もう一つ聞いていい?」
シロウ「……何だ。」
ルミナ「イヅナさん。カグラの里の長老。あの人はツクヨミ側?」
*彼は少し考えた。イヅナは任意受胎した。ツクヨミの命令で。だが、イヅナ自身がどちら側かと問われると……。*
シロウ「……分からない。ツクヨミの命令で動いてたのは確かだ。でも、俺を逃がす事を止めなかった。」
ルミナ「……そう。」
*ルミナが窓の外を見た。世界樹の枝が朝日に照らされている。*
シロウ「うん、まずは結界の強化から……あとは。俺も強くならなきゃ……。」
*ルミナとレイラが同時に彼を見た。「これ以上?」という顔だった。*
レイラ「お主、Lv.2000を超えておるのだぞ。これ以上何を求める。」
シロウ「スキルや魔法を封じられても戦う術がないと……変身ベルトは常に付けてる訳じゃないし……。」
*彼は腰を見た。当然、ベルトはない。異空間収納の中だ。スキルを封じられた後では取り出す事もできない。昨夜のツクヨミ戦が、まさにその最悪のケースだった。*
ルミナ「……確かに、それは盲点だったかも。お兄ちゃんは戦闘スタイルがスキルと魔法に依存しすぎてる。」
レイラ「妾もそう思っておった。お主は素の体術が弱い。身体強化なしでは一般兵にすら劣る。」
シロウ「はっきり言うなよ……。」
レイラ「事実だ。妾は身体強化なしでもLv.300程度の動きはできる。元々鍛えておったからな。お主は転移者ゆえ、ステータスに頼りすぎた。」
*痛い所を突かれた。彼は黙った。*
ルミナ「対策は3つあると思う。」
*ルミナが指を立てた。*
ルミナ「1つ目。変身ベルトを常時装着する。異空間収納に頼らない。」
シロウ「服の下に隠すか……。まぁ、できなくはない。」
ルミナ「2つ目。素の体術を鍛える。身体強化なしでも最低限戦えるように。」
レイラ「それは妾が教えてやる。覚悟しておけ。」
シロウ「……お手柔らかに。」
ルミナ「3つ目。」
*ルミナが少し間を置いた。*
ルミナ「帝眼。あれは魔力波動を完全遮蔽するって言ったよね? つまりスキル妨害をかけられる前に、相手のスキルを奪えるなら……先手を取れる。」
シロウ「……なるほど。」
ルミナ「でも問題は、スキル妨害をかけられた後。帝眼も使えなくなるんでしょ?」
シロウ「ああ。昨夜はそれでやられた。」
*ルミナが考え込んだ。金色の目が宙を見つめている。*
ルミナ「……お兄ちゃん。天蓋領域は結界でしょ? あれを常時薄く体に纏う事はできない? 概念防御でスキル妨害自体を弾く、みたいな。」
*彼の目が見開かれた。天蓋領域の概念防御。因果干渉や時間操作すら遮断できるあの結界を、常時身に纏う。スキル妨害は魔力回路への干渉だ。概念防御で弾ける可能性は……ある。*
シロウ「……やった事はないけど、理論上はいけるかもしれない。」
レイラ「ならば試せ。まずはそこからだ。」
*ルミナが立ち上がった。*
ルミナ「結界の強化は私がやる。対天使用の封印術式、昔の記憶を辿れば組めるはず。」




