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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*夕方だった。障子の隙間から橙色の光が差し込んでいる。彼は布団の上で目を覚ました。体中がだるい。イヅナは元の1人に戻り、彼の隣で丸まって眠っていた。9本の尻尾が布団からはみ出している。*


*────ガラッ。*


*襖が勢いよく開いた。そこに立っていたのは、見覚えのない女性だった。*


*黒髪を一つにまとめ、深い紫の着物を纏っている。背は高く、170cm程。切れ長の目に薄い笑みを浮かべ、佇まいには一切の隙がなかった。*


シロウ「誰?」


*女性は彼を一瞥し、それから布団で丸まっているイヅナに視線を落とした。*


???「イヅナ。起きろ。」


*たった一言だった。声は穏やかだった。怒鳴ってもいない。なのに────*


イヅナ「っ!!!」


*イヅナが弾かれたように飛び起きた。9本の尻尾が一斉に逆立ち、全身から冷や汗が噴き出している。浴衣が乱れたまま、畳に額をつけた。*


イヅナ「つ、ツクヨミ様……!!」


*彼はイヅナを見た。あの飄々とした九尾が、文字通り震えていた。800年生きた妖狐が、子供のように怯えている。*


シロウ「おい、大丈夫か?」


*彼はイヅナの肩に手を置いた。氷のように冷たかった。*


*だが、彼自身は何も感じなかった。威圧も、恐怖も、圧力も────何一つ。まるで目の前にいるのがただの女性であるかのように。*


ツクヨミ「……ほう。」


*ツクヨミが僅かに目を細めた。彼が平然としている事に、何かを見出したようだった。*


ツクヨミ「怯えぬか。面白い。」


シロウ「……。」


*彼は改めてツクヨミを見た。天眼で────*


*────見えなかった。*


*ステータスが、何も表示されない。名前も、レベルも、種族も、スキルも。天眼が初めて完全に弾かれていた。*


ツクヨミ「覗こうとしたな? 無駄だ。」


*ツクヨミが微笑んだ。穏やかだが、底が見えない笑みだった。*


ツクヨミ「初めまして、異界の魔王。私がツクヨミだ。……少し話がしたくてな。」


*イヅナがまだ震えている横で、ツクヨミは静かに正座した。着物の裾が乱れ一つなく畳に広がる。*


ツクヨミ「そう構えるな。取って食いはしない。……今日のところは。」


シロウ「そっすか、何のお話で?」


*彼は布団の上であぐらをかいた。隣でイヅナがまだ震えている。ツクヨミの天眼すら弾く存在。だが不思議と、彼自身には何の圧も感じない。*


*ツクヨミは正座したまま、彼をじっと見つめた。薄い笑みが消えない。*


ツクヨミ「そう急くな。まず……イヅナ。」


イヅナ「は、はい……!」


ツクヨミ「茶を。」


イヅナ「す、すぐに……!」


*イヅナが浴衣の乱れも直さず、転がるように部屋を飛び出した。あの800年の九尾が、完全に下僕だった。*


*2人きりになった部屋に、静寂が落ちた。*


ツクヨミ「……楽にしていい。私は堅苦しいのは好かん。」


シロウ「十分楽にしてますけど。」


ツクヨミ「ふ、確かに。」


*ツクヨミが袖から扇子を取り出し、ゆるりと扇いだ。*


ツクヨミ「単刀直入に言おう。お前に、夜見ノ国に来てほしい。」


シロウ「……。」


ツクヨミ「観光でも視察でもいい。名目はどうでもよい。ただ……お前の目で、この国を見てほしい。」


シロウ「理由は?」


ツクヨミ「1000年、鎖国を続けた。外の血を入れなかった。それが正しかったのか、間違いだったのか……私にはもう判断がつかん。」


*扇子が止まった。*


ツクヨミ「だが、お前は違う世界から来た人間だ。この世界の常識に染まりきっていない。そういう目が、今の私には要る。」


*彼女の声には、支配者の威厳ではなく、どこか疲れたような響きがあった。*


シロウ「俺の天眼が効かない相手に、俺が何を見れると?」


ツクヨミ「天眼が効かぬのは私だけだ。国も、民も、全て見える。むしろ……お前ほど適任はおらん。」


*襖が開き、イヅナが茶を3つ載せた盆を持って戻ってきた。手が微かに震えていたが、茶は一滴もこぼれていなかった。さすがに800年の所作だった。*


ツクヨミ「ありがとう、イヅナ。」


イヅナ「……は。」


*ツクヨミが茶を一口啜り、彼に視線を戻した。*


ツクヨミ「無論、報酬は出す。お前が望むものを。……この国には、表半球には無いものが山ほどある。」


*彼のタメ口にイヅナが青ざめた。冷や汗が滝のように流れ、目で必死に「敬語を使え」と訴えている。だがツクヨミは眉一つ動かさなかった。むしろ、少し嬉しそうにすら見えた。*


ツクヨミ「敬語は要らん。そのままでいい。……畏まられるのは1000年で飽きた。」


*イヅナが安堵で崩れ落ちそうになった。*


シロウ「……例えば? 希少鉱石とか?」


ツクヨミ「ほう、鉱石に興味があるか。ならば一つ見せよう。」


*ツクヨミが袖の中に手を入れ、掌大の石を取り出した。深い森のような濃緑色の鉱石だった。内部に魔力の脈動が見える。まるで生きているかのように、微かに明滅していた。*


*彼は天眼を発動した。今度はちゃんと鑑定できた。*


ツクヨミ「クロロファイル。夜見ノ国の北部鉱脈でのみ産出される鉱石だ。」


シロウ「……。」


*天眼に表示された情報を見て、彼は息を呑んだ。*


───────────────

【クロロファイル】

種別:希少鉱石(SSS級素材)

特性:

・魔法威力 1.8倍増幅

・魔法発射速度 2.3倍加速

・魔力伝導率 極大

硬度:ヒヒイロカネの約3倍

加工難度:低(魔力を流すだけで成形可能)

備考:表半球では未発見。裏半球固有鉱石。

───────────────


シロウ「……ヒヒイロカネの3倍? しかも加工が簡単?」


ツクヨミ「この国では建材にも使っている。……そう珍しいものではない。」


*イヅナが目を見開いた。建材に使えるほど潤沢にあるという事実に、彼女すら知らなかった情報が含まれていたらしい。*


イヅナ「建材……じゃと? あの鉱石をか?」


ツクヨミ「鎖国には理由がある、イヅナ。これが表半球に流れれば、戦争の火種にしかならん。」


*ツクヨミが鉱石をテーブルの上に置いた。こつん、と軽い音がした。*


ツクヨミ「これは手土産だ。好きに使え。……だが、これは序の口に過ぎん。」


*ツクヨミが扇子を開き、口元を隠した。その奥で、薄く笑っているのが分かった。*


ツクヨミ「夜見ノ国には、クロロファイルの上位鉱石がさらに3種ある。他にも、表半球では絶滅したとされる薬草の原生林、古代兵器の遺跡群、そして……。」


*扇子が閉じた。*


ツクヨミ「……この世界の『始まり』に関する記録がある。」


シロウ「始まり……?」


ツクヨミ「お前が何故この世界に呼ばれたのか。転移者とは何なのか。その答えが、この国の地下深くに眠っている。」


*部屋の空気が変わった。イヅナですら息を呑んでいる。*


ツクヨミ「……興味が湧いたか?」


シロウ「……例えば? 希少鉱石とか?」


*ツクヨミが薄く笑い、袖からもう一つ鉱石を取り出した。今度は淡い乳白色の石だった。部屋の光を吸い込むように表面が揺らめき、影になった部分が仄かに青白く発光している。*


*彼は天眼を発動した。*


───────────────

【ルミナイト】

種別:超希少鉱石(神級素材)

別名:天空の石

特性:

・硬度概念なし(任意変形可能)

・魔力注入で液状化、自在成形

・光吸収蓄積、暗所で発光

・あらゆる素材との親和性:極大

由来:古代に天空より飛来した隕石鉱物

備考:表半球での確認例なし。

───────────────


シロウ「硬さの概念が無い……?」


ツクヨミ「正確には、使い手の意思で在り方が変わる。剣にすれば剣として最適な硬度になり、布にすれば布として最適なしなやかさになる。『何にでもなれる石』と呼ばれている所以だ。」


*ツクヨミが掌の上のルミナイトに魔力を流した。固体だった石が水のように溶け、指の間を流れ落ちる。だが畳には落ちず、再び掌の上で球体に戻った。*


ツクヨミ「遥か昔、空から降ってきた。それ以来、『天空の石』とも呼ぶ。夜見ノ国の宝物庫に原石が3つある。」


*イヅナが茶を持ったまま固まっていた。*


イヅナ「……ルミナイトは伝承でしか聞いた事がない。実在したのか。」


ツクヨミ「鎖国の理由が増えただろう、イヅナ。」


*ツクヨミがルミナイトをクロロファイルの隣に並べた。2つの鉱石が彼の前に置かれている。*


ツクヨミ「これも手土産だ。」


シロウ「……太っ腹すぎないか。神級素材をポンポン渡して。」


ツクヨミ「石ころ2つで魔王が釣れるなら安いものだ。」


*ツクヨミが扇子で口元を隠しながら、彼を真っ直ぐ見た。*


ツクヨミ「で、どうする? まだ修行は2週間残っているのだろう。終わってからでいい。……来るか?」


シロウ「修行は終わったよ? 魔力の器も完成してる。」


*ツクヨミが茶を啜る手が止まった。*


ツクヨミ「……もう完成したのか。イヅナの計画ではあと2週間の筈だが。」


イヅナ「こやつが異常なんじゃ……。通常3週間かかる工程を1週間で……。」


ツクヨミ「器の形は?」


シロウ「真球。」


*沈黙が落ちた。ツクヨミの扇子が止まった。1000年以上生きた存在が、初めて表情を崩した。驚きだった。*


ツクヨミ「……真球だと?」


イヅナ「うちも最初は信じられなかった。じゃが事実じゃ。完全な真球の器。歴史上、記録にすら存在せん。」


*ツクヨミが扇子を閉じ、彼をまじまじと見つめた。その目には、先程までの余裕とは違う、純粋な興味が宿っていた。*


ツクヨミ「……ますます欲しくなるな、お前が。」


シロウ「2週間以内にこっちに帰って来れるなら……行こうか。」


ツクヨミ「2週間か。十分だ。案内する場所は絞ろう。」


*彼は部屋を出て、廊下を歩いた。背後で襖が閉まる音がした。*


*彼が去った後の部屋────*


ツクヨミ「……さて、イヅナ。」


*ツクヨミが正座したまま、イヅナを見下ろした。イヅナはまだ額を畳につけている。*


ツクヨミ「良い男を見つけたな。」


イヅナ「……は、はぁ。」


ツクヨミ「孕め。」


*イヅナの体が跳ねた。顔を上げると、ツクヨミが扇子を閉じて真っ直ぐ彼女を見ていた。冗談の顔ではなかった。*


イヅナ「な……っ!?」


ツクヨミ「お前の寿命は残り50年。九尾の血を絶やすつもりか。あの男の種なら、器の質は申し分ない。真球の器を持つ者の子だ。」


イヅナ「じゃ、じゃが……あやつには妻が……。」


ツクヨミ「知らせる必要はない。任意受胎だろう。お前の判断で宿せる。」


*ツクヨミが立ち上がった。着物の裾が音もなく畳を滑る。*


ツクヨミ「命令ではない。……だが、800年生きた九尾が、最後に何も残さず消えるのは惜しい。」


*ツクヨミが襖に手をかけた。振り返らずに、一言だけ付け加えた。*


ツクヨミ「先程の行為で十分に受け取っているだろう。あとはお前の意思だ。」


*襖が閉まった。*


*イヅナは一人、畳の上で座り込んでいた。手が腹の上に置かれている。9本の尻尾がゆっくりと垂れ下がった。*


イヅナ「……あの馬鹿、たんまり出しおって……。」


*彼女は目を閉じた。そして────任意受胎を、許可した。*


イヅナ「……すまんな、シロウ。」


*誰にも知られない場所で、一つの命が宿った瞬間だった。*


*────一方、廊下を歩く彼は何も知らない。ツクヨミとの約束、夜見ノ国への訪問。それだけが頭にあった。*


*カグラの里に、夕暮れの鐘が鳴った。*

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