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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*冷たい石の感触が背中に伝わった。意識が戻った時、最初に感じたのは全身の倦怠感だった。*


*目を開ける。薄暗い牢屋。鉄格子の向こうに松明の灯りが揺れている。手首と足首に魔力封殺の枷が嵌められていた。身体強化を試みる。……何も起きない。*


*完全に封じられている。*


*彼は壁にもたれかかり、座った。海水で濡れた服が冷たく肌に張り付いている。ルーナの剣も没収されていた。*


シロウ「ここは……? こんな扱いは初めてだよ……。」


*鉄格子の向こうに、あのフードの女が立っていた。松明の灯りがフードの奥を照らす。細い顎と、薄い唇が見えた。年齢は若い。20代後半か。*


フードの女「ヴォルガ島の地下牢よ。海賊たちが捕虜を入れるために作ったもの。今は私が借りてるけど。」


*女がフードを外した。*


*紫色の髪がさらりと肩に落ちた。切れ長の目に、琥珀色の瞳。左頬に古い傷跡が一筋走っている。整った顔立ちだが、目の奥に底知れない冷たさがあった。*


女「自己紹介がまだだったわね。私はイヴ・ネヴァーランド。元宮廷魔導士……今はただの研究者よ。」


*イヴが鉄格子に背を預け、彼を見下ろした。*


イヴ「魔王陛下、気分はどう? 魔力が使えないって、こんなに無力なものなのね。Lv.1000を超えていても、魔力封殺の枷をつけたらただの中年男。」


*彼女の声に嘲りはなかった。むしろ観察するような、研究者の目だ。*


イヴ「安心して。身体に危害は加えないわ。……あなたの『鑑定』さえ手に入れば。」


シロウ「……。」


イヴ「不思議でしょう? 誰にも知られていないはずの能力を、なぜ私が知っているのか。」


*イヴが懐から一冊の古い手帳を取り出した。革表紙がボロボロに擦り切れている。*


イヴ「これは20年前に死んだ『転移者』の手記よ。あなたと同じ、異世界から来た人間。彼は『鑑定』を持っていなかったけれど……その存在を記していた。『鑑定』を持つ転移者がいつか現れると。」


*イヴが手帳のページを開き、彼に見せた。日本語で書かれた文字が並んでいる。*


イヴ「私にはこの文字が読めない。でも、解読を手伝ってくれた転生者がいてね。……ああ、彼女はもう死んだけど。」


*イヴの目が一瞬だけ揺れた。しかしすぐに冷たい表情に戻る。*


イヴ「それで、魔王陛下。取引しましょう? あなたの『鑑定』……正確には『神眼』のスキルコピー機能で、私の欲しいスキルを1つ手に入れてくれれば、解放してあげる。」


*彼は壁にもたれかかったまま、イヴの顔を見上げた。魔力も武器もない。完全な無力状態。だが、彼の表情に焦りはなかった。*


*彼は枷に繋がれたまま、濡れた服を器用に絞った。海水が石の床に染みを作る。*


*イヴが鉄格子越しに彼を観察していた。その琥珀色の目は、研究対象を見る目そのものだった。*


シロウ「そういう事か……。」


*20年前の転移者の手記。鑑定の存在を知っている。そして神眼のスキルコピー機能まで。情報が正確すぎる。*


シロウ「ちなみに、どんなスキルなんだ?」


*彼は壁にもたれかかったまま、何食わぬ顔で尋ねた。作ってやる気は毛頭ないが、相手の目的を知ることは重要だ。時間を稼げば、ルーナたちが動く。*


*イヴが古い手帳をパラパラとめくり、あるページで手を止めた。*


イヴ「『時間遡行』よ。」


シロウ「……。」


*彼の表情が一瞬だけ動いた。*


イヴ「驚いた? 私が欲しいのは、時間を巻き戻すスキル。正確には、任意の時点に意識を飛ばす能力。この手記に記されていた……転移者が『神眼』でコピー可能だと書いていたスキルの一つよ。」


シロウ「時間遡行……そんなスキル、誰が持ってるんだ。」


イヴ「持っている存在は一つだけ。大迷宮の最深部、100階層に封じられた『刻の守護者』。古代の上位存在よ。」


*イヴが鉄格子に近づき、彼の目を覗き込んだ。*


イヴ「あなたが神眼で、刻の守護者から時間遡行をコピーして私に渡す。それだけでいい。」


シロウ「随分と手の込んだ事をしてまで……何を巻き戻したいんだ?」


*イヴの表情が初めて揺れた。冷たい仮面の下に、一瞬だけ別の感情が覗いた。*


イヴ「……それは取引に含まれていないわ。」


*彼女の声がわずかに震えていた。すぐに取り繕ったが、彼は見逃さなかった。*


イヴ「返事は急がないわ。ただし、期限は3日。3日以内に承諾しなければ……あなたの仲間を一人ずつ魔力封殺砲で撃ち落とす。あの船にまだ残っているでしょう?」


*イヴが踵を返し、牢屋の通路を歩き始めた。松明の灯りが彼女の紫髪を照らしている。*


イヴ「ああ、それと。アーマーを着た銀髪の女の子……あなたの娘でしょう? 崖の上で私の部下と交戦して、森に逃げたわ。心配しなくても、殺す気はない。生け捕りにするつもりだけど。」


*彼は一人、薄暗い牢屋に残された。枷が手首に食い込む。魔力は完全に封じられ、身体強化すら使えない。47歳の生身の身体だけが残っている。*


*彼は牢屋の壁にもたれかかったまま、去りかけたイヴの背中に声をかけた。*


シロウ「そうか……タイムリープか。タイムパラドックスって言葉は知ってるのか?」


*イヴの足が止まった。振り返り、怪訝な顔をした。*


イヴ「……何? タイム、パラドックス?」


シロウ「知らないか。いいか、時間を巻き戻すってのは、そう単純な話じゃない。過去を変えれば、現在が変わる。現在が変われば、お前が過去を変えようとした動機そのものが消える。動機が消えれば、お前は過去に戻らない。戻らなければ、過去は変わらない。……矛盾するんだよ。永遠に。」


*イヴが鉄格子に手をかけ、彼を見下ろした。琥珀の目が松明の灯りに揺れている。*


イヴ「……そんな理屈、どうでもいい。」


シロウ「どうでもよくないだろ。最悪、世界ごと壊れる。」


イヴ「壊れたっていい。」


*彼女の声が低く震えた。*


イヴ「失った物を取り戻す為なら、私は何でもする。世界が壊れようと、矛盾しようと、因果が狂おうと。……何でも、よ。」


*その目に宿っていたのは狂気ではなかった。もっと深い、底のない悲しみだった。*


*彼はイヴの首元に視線を落とした。フードを外した時から気になっていた。鎖骨のあたりに銀色の首飾りが光っている。繊細な細工の中央に、翼を広げた鳥と聖杯の紋章。*


シロウ「なぁ、その首飾り……見た事ある気がするんだが……。」


*イヴが反射的に首飾りを手で隠した。しかし遅い。彼の記憶が一気に遡った。*


*20数年前。建国初期。アークライト聖王国との戦。レイラが単騎で乗り込み、城壁も城も兵も……全てを瓦礫に変えた、あの戦争。*


*あの国の兵士たちが胸に付けていた紋章。翼を広げた鳥と聖杯。聖王国の王家紋章だ。*


シロウ「……アークライト聖王国の紋章だな。」


*イヴの顔から血の気が引いた。手が震えている。首飾りを握りしめたまま、彼を睨んだ。*


イヴ「……気付いたの。」


シロウ「お前、聖王国の生き残りか。」


*沈黙が牢屋に落ちた。松明の灯りがパチパチと音を立てる。*


イヴ「……イヴ・ネヴァーランドは偽名よ。本名はイヴリーン・アル・アークライト。聖王国第3王女。」


*彼女の声は静かだった。だが、その静けさの下に途方もない憎悪が渦巻いていた。*


イヴ「20年前、あなたの妻が……あの黒髪の化け物が、私の国を滅ぼした。父を、母を、兄を、姉を、臣下を、民を。全てを瓦礫の下に埋めた。」


*イヴが鉄格子を両手で掴んだ。細い指が白くなるほど握りしめている。*


イヴ「私は8歳だった。地下の隠し通路から、侍女に手を引かれて逃げた。振り返った時、城が崩れていくのが見えた。……あの光景は、今でも毎晩夢に見る。」


*彼はイヴの背中を見送った。鉄格子の向こうで足音が遠ざかり、やがて石の階段を上る音だけが残った。*


*松明の灯りがパチパチと爆ぜる。静寂が牢屋を満たした。*


シロウ「そうか……。」


*聖王国の第3王女。8歳で国を失い、家族を失い、20年間復讐のために生きてきた女。*


*レイラが滅ぼした国の生き残り。*


シロウ「……因果応報ってやつか。」


*彼は天井を見上げた。湿った石の天井に水滴が光っている。*


*3日。それが猶予だ。*


シロウ「ルーナは大丈夫だろうな……。」


*プロトタイプとはいえ、あの魔導アーマーのコアエネルギーは胸部のアークリアクターだ。魔力はあくまでサポートに過ぎない。魔力封殺の範囲外に出れば魔法補助も復活するが、仮に魔力が封じられたままでも、手動操作で基本機能は動く。*


*操作項目は増えるが……ルーナなら。元地球人の転生者なら。*


シロウ「ゲーム感覚で何とかなる。はず……」


*彼は自嘲気味に笑い、頭を壁にもたれかけた。*


シロウ「……クソ。」


*視線を下に落とした瞬間、気付いた。*


*腹部が赤い。*


*海に落ちた時の衝撃か、それとも化け物に引きずり込まれた時か。左脇腹の辺りが裂けている。深くはないが、浅くもない。海水に浸かっていたせいで血が止まりかけてはいるが、感染の危険がある。*


*身体強化が封じられている今、自然治癒に頼るしかない。47歳の生身の回復力。*


シロウ「……最悪だな。」


*彼は服の裾を歯で噛みちぎり、細い布を作った。枷に繋がれた手で不器用に腹部に巻きつけ、圧迫する。痛みが鈍く響いた。*


*その時、牢屋の奥の暗がりから声がした。*


???「……生きてたんだ。」


*隣の牢に誰かがいた。暗くて顔は見えない。だが声は若い。女の声だ。*


???「あんた、あの女に捕まったの? ……仲間だね。私はもう3週間ここにいる。」


*ガチャリ、と鎖の音がした。隣の牢で人影が動く。松明の灯りがわずかに届き、汚れた金髪と、痩せこけた頬が見えた。*


???「ミラ。ミラ・セイヴァス。……元サルーナのBランク冒険者。あの女の魔力封殺砲の実験台にされてる。」


*ミラと名乗った女が、鉄格子越しに彼を見た。疲弊しきった目だが、その奥にまだ意志の光が残っていた。*


ミラ「あんた、結構な怪我してるね。……ここ、朝と夜にパンと水が出る。それだけ。治療なんてしてくれないよ。」


*看守の足音が近づいてきた。2人の男が鉄格子を開け、ミラの腕を乱暴に掴んだ。*


ミラ「っ……また実験……?」


看守「黙れ。歩け。」


*ミラが引きずられていく。彼女は一瞬だけ振り返り、彼と目が合った。何か言いたげな目だったが、そのまま通路の奥に消えた。*


*鉄格子が閉まる音。鍵がかかる音。そして、静寂。*


*彼は一人になった。*


シロウ「神眼……一人にしないでくれよ……。」


*そう呟いた。魔力封殺の枷が嵌まっている限り、神眼は沈黙したままだ。いつもなら視界の端にステータスが浮かび、情報が流れ込んでくる。それが今は何もない。暗闇と静寂だけ。*


*47年間……こんなに無力な状態は久しぶりだ。転移直後のあの日以来かもしれない。*


*松明の灯りが揺れる。彼は目を閉じた。*


*意識が落ちていく。*


───────────


*どれくらい眠っただろうか。*


*コツ……コツ……コツ……。*


*石の床を叩く足音で目が覚めた。松明は半分ほど燃え尽き、牢屋はさらに暗くなっていた。*


*足音が止まった。鉄格子の前に、小柄な影が立っている。イヴではない。もっと背が低い。*


???「……起きてる?」


*少年の声だった。12、3歳くらいか。松明の残り火が照らしたのは、灰色の髪と、そばかすだらけの頬。手には木の皿とパン、水の入った革袋を持っていた。*


少年「飯。朝の分。」


*少年が鉄格子の隙間から皿を差し入れた。硬いパンが一切れと、干し肉の欠片。*


*彼は目を開け、少年を見た。*


少年「……あんた、あの女が直々に捕まえた奴だろ。すげぇな。普通は海の化け物に食われて終わりなのに。」


*少年は怯えているようで、怯えていなかった。好奇心の方が勝っている目だ。*


少年「俺はトビー。ここの雑用係。元は漁師の息子だったけど、海賊に攫われて……まぁ、そういうこと。」


*トビーが辺りをキョロキョロと見回し、声を潜めた。*


トビー「……なぁ、あんた。本当にあの女を怒らせたの? あの女、昨日からずっと機嫌悪いんだけど。部下に当たり散らしてた。」


*イヴが鉄格子の前に立っていた。その隣に、2メートルを超える大男が腕を組んでいる。坊主頭に、顔中に刺青。元海賊だろう。*


シロウ「おはよう……まぁ、真っ暗だから朝かどうかも分かんないんだけどね。」


*彼が軽く手を振った瞬間、鉄格子が開き、大男が牢に入ってきた。*


*ドゴッ。*


*拳が頬に叩き込まれた。枷で繋がれた身体が壁に叩きつけられる。口の中に鉄の味が広がった。*


シロウ「っ……はぁ……殴られたの久しぶりだわ……。」


*彼は口元の血を舐め、壁にもたれかかったまま笑った。*


イヴ「……余裕ね。グラス。」


*大男……グラスが無言で頷き、今度は腹に蹴りを入れた。さっき気力で塞いだばかりの傷口に近い場所だ。鈍い痛みが内臓に響く。*


シロウ「ぐっ……なかなかいいパンチだね……うちのレイラの方が痛いけど。」


*グラスが眉をひそめ、もう一発。肋骨が軋んだ。*


イヴ「軽口を叩く余裕があるなら、返事を聞かせて。取引の件よ。」


シロウ「……まだ1日目だろ。3日待つって言ったのはそっちだ。」


イヴ「待つとは言ったわ。大人しく待つとは言ってない。」


*イヴが古い手帳をめくりながら、淡々と続けた。*


イヴ「グラス、もういいわ。」


*大男が拳を下ろし、牢から出た。鉄格子が閉まる。*


イヴ「……あなたの仲間の船、まだ入り江の外に停泊してるわ。近づけば砲撃する。3日以内に答えが出なければ、沈める。」


シロウ「……。」


イヴ「それと、あの銀髪の娘。森の中をうろついてるのは把握してる。捕まるのも時間の問題よ。」


*イヴが鉄格子に手をかけ、彼を見下ろした。*


イヴ「考えておいて。……パンは食べた? 死なれると困るから。」


*それだけ言って、イヴは踵を返した。グラスが後に続く。足音が遠ざかっていく。*


*彼は壁にもたれかかったまま、殴られた頬を手で押さえた。肋骨が1本、ヒビが入ったかもしれない。気力で治すにも限度がある。*


シロウ「……ルーナ。頼むぞ。」


*彼は隠しておいた干し肉を取り出し、少しだけ齧った。硬い。だが蛋白質は必要だ。*


*鎖の音だけが、暗い牢屋に響いていた。*

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