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*彼とルーナが村長の家に戻ると、ドーマンが落ち着かない様子で待っていた。*
シロウ「脅威は去った。怪物はもういない。」
ドーマン「ほ、本当か……!?」
シロウ「ああ。正体はサキュバスの上位種だった。討伐済みだ。倒れてた3人の熱も下がってるはずだから、確認してくれ。」
ドーマン「お、おおお……! ありがたい……! ありがたいぞ……!」
*村長が涙を流しながら何度も頭を下げた。彼が村長の家を出ると、いつの間にか村人たちが集まっていた。窓の奥に隠れていた住民たちが、恐る恐る外に出てきている。*
村人A「本当に倒してくれたのか!?」
村人B「魔王陛下だ……! 魔王陛下が来てくださったんだ!」
村人C「うわぁぁぁん! もう怖くないんだなぁ!」
*歓声が上がった。泣き出す者、手を合わせて拝む者、子供を抱き上げて喜ぶ母親。小さな村が一気に活気を取り戻していく。*
*一方、診療所の方からも声が聞こえた。*
男A「あれ……俺、なんでここに……?」
男B「熱が……下がってる……?」
男C「あの女の人……すっげぇ綺麗だったなぁ……。もう一回会いたかった……。」
*魅了が解けた3人の男が起き上がっていた。2人は安堵の表情だったが、3人目だけは少し残念そうな顔をしている。*
ルーナ「……あの3人目、まだ未練がましいこと言ってるよ。」
シロウ「サキュバスの魅了は精神に刻まれるからな。残滓が消えるまで数日かかる。」
ルーナ「ふーん。パパも昔そうだったの? サキュバスクイーン飼ってた時。」
シロウ「その話はもういいだろ。」
ルーナ「よくない。帰ったらルミナママに全部報告するから。」
シロウ「やめろ。」
*村長が報酬として金貨5枚と村の特産品である干し果物の詰め合わせを持ってきた。辺境の村にしては精一杯の謝礼だった。*
ドーマン「少なくて申し訳ない……。ギルドからの報酬とは別に、せめてこれだけでも……。」
シロウ「十分だ。ありがたく受け取る。」
*彼は金貨と干し果物をインベントリに仕舞った。ルーナが干し果物の袋を見てぱっと目を輝かせている。デートの道中のおやつが増えた。*
ルーナ「ねぇパパ。依頼は終わったし……お弁当、どこで食べる?」
*ルーナが袖を引っ張りながら、期待に満ちた目で見上げてきた。*
シロウ「そうだな……。」
*彼は周囲を見渡した。村の西側に小高い丘がある。草原が広がり、風が心地よく吹いている。見晴らしも良い。*
シロウ「あの丘にするか。」
ルーナ「うん!」
*ルーナが彼の腕に自分の腕を絡めた。村人たちの視線など気にせず、嬉しそうに笑っている。村人の何人かが微笑ましそうにこちらを見ていたが、二人はもう歩き出していた。*
*丘の上に着くと、彼はインベントリからシートを取り出して広げた。風が心地よく吹いている。村の全景と、遠くに広がる砂漠の境界線が一望できた。*
シロウ「そんなにそわそわしてどうした? トイレか?」
ルーナ「デリカシーがない!! 違うし!!」
*ルーナが頬を膨らませて彼の肩をぺしぺし叩いた。*
ルーナ「初デートでお弁当って、ちょっとエモいなって思ってただけなの! 前世の記憶だと、こういうの憧れてたから……!」
シロウ「あー、日本の弁当文化か。」
ルーナ「そう! 前世ではコンビニ弁当しか食べたことなかったの! 彼氏いなかったし!」
シロウ「……知ってる。」
ルーナ「うるさい! OLは忙しいの!」
*ルーナが文句を言いながらも、するりと彼の隣に座った。距離はゼロ。肩が完全に密着している。そのまま自然に腕を絡めてきた。*
ルーナ「……えへへ。」
シロウ「何笑ってんだ。」
ルーナ「だって。パパと二人きりでピクニックだよ? 最高じゃん。」
*彼がインベントリからリーシアの弁当を取り出した。二段重ねの重箱。蓋を開けると、色鮮やかなおかずが整然と詰められていた。サンドイッチ、ローストチキン、色とりどりのサラダ、フルーツの盛り合わせ。さらに小さな容器にはプリンまで入っている。*
ルーナ「リーシアさんすごい……完璧すぎる……。」
シロウ「あいつは何事にも手を抜かないからな。」
ルーナ「ねぇパパ。はい、あーん。」
*ルーナがサンドイッチを一切れ摘んで、彼の口元に差し出した。周囲に誰もいないのをいいことに、全力で甘えている。*
シロウ「……お前な。」
ルーナ「いいじゃん。誰も見てないし。前世で一回やってみたかったの、あーん。」
シロウ「はいはい。」
ルーナ「『はい』は1回!」
*彼がため息をつきながらも口を開けると、ルーナが嬉しそうにサンドイッチを入れてくれた。リーシア特製のローストビーフサンド。文句なく美味い。*
ルーナ「おいしい?」
シロウ「ああ。」
ルーナ「じゃあ次はパパの番ね。私にもあーんして。」
シロウ「図々しいな。」
ルーナ「デートだもん。図々しくて当然。」
*彼がローストチキンを一切れ摘んでルーナの口元に運ぶと、ルーナが幸せそうに頬張った。咀嚼しながら目を細めている。*
ルーナ「んー……♡ おいしい。パパの手から食べるとなんか3割増しだね。」
シロウ「気のせいだろ。」
ルーナ「気のせいじゃないもん。」
*ルーナが彼の肩に頭を預けた。風が二人の髪を揺らす。銀髪と黒髪が混ざり合い、丘の上で穏やかな時間が流れていく。*
ルーナ「……ねぇパパ。」
シロウ「ん?」
ルーナ「前世でさ、ずっと思ってたことがあるの。」
シロウ「どうしたいきなり……」
*ルーナが彼の肩に頭を預けたまま、遠くの砂漠の境界線を見つめていた。風が銀髪を揺らしている。いつもの明るさが少し引いて、静かな表情になっていた。*
ルーナ「前世の私ってさ、毎日同じ電車に乗って、同じオフィスで働いて、コンビニ弁当食べて、家に帰ったらアニメ見て寝るだけ。休日は一人でゲームして、たまにオタク友達とカラオケ行って。」
シロウ「……。」
ルーナ「彼氏いないのは別に気にしてなかった。……嘘。ちょっとは気にしてた。クリスマスとか、バレンタインとか。同僚がチョコ渡すの見て、私は自分用のゴディバ買って帰ってた。」
*ルーナが小さく笑った。自嘲ではなく、懐かしむような笑みだった。*
ルーナ「でもね。ずっと思ってたの。いつか誰かと、こうやって丘の上でお弁当食べたいなって。くだらない話しながら、風に吹かれて、隣に温かい人がいて。」
シロウ「……。」
ルーナ「それが、よりによってパパだとは思わなかったけど。」
*ルーナが顔を上げた。風で乱れた前髪の隙間から、金色の瞳がまっすぐ彼を見ている。*
ルーナ「叶っちゃった。前世で一回も叶わなかったことが、全部。」
*ルーナの声が少し震えた。泣いてはいない。でも、感情が溢れそうになっているのが分かった。*
ルーナ「転生してよかった。この世界に来てよかった。パパの娘に生まれてよかった。……パパのこと、好きになってよかった。」
*風が吹いた。干し草と砂の匂いが混じった、砂漠大陸の境界の風。ルーナの銀髪が舞い上がり、彼の頬をくすぐった。*
ルーナ「……ありがとう、パパ。」
*ルーナがそっと彼の手を握った。華奢だが、剣を振る者の手だった。小さな傷がいくつもある。それでも温かい。*
ルーナ「あ、やば。なんかすごい恥ずかしいこと言った気がする。忘れて。」
*ルーナが急に顔を真っ赤にして、彼の肩から頭を離した。両手で顔を覆っている。耳まで赤い。*
ルーナ「前世のOL時代の記憶が悪い! あの頃の寂しさが全部出てきた! パパのせいだからね!?」
*彼はわざとらしく顔を背けた。*
シロウ「えー、なんかヤダ。」
ルーナ「……は?」
*ルーナの目が開いた。閉じていた唇がへの字に曲がる。*
ルーナ「え、ちょっと、待って。自分からムード作っといてヤダって何? 今の流れでヤダって何?」
シロウ「気分じゃない。」
ルーナ「気分じゃないってなに!? さっき自分からしてきたじゃん! 天使とか言ったじゃん!」
*ルーナの頬がぷくっと膨れた。眉が下がり、唇が尖る。金色の瞳がじわっと潤んで、拗ねた子供そのものの表情になった。*
ルーナ「……もういい。パパなんか知らない。サンドイッチ全部食べる。パパの分も食べる。」
*ルーナが重箱に手を伸ばした瞬間。*
*彼がルーナの頬を両手で包み、拗ねた顔のまま唇を塞いだ。さっきより少しだけ長い。柔らかく、ゆっくりと。*
ルーナ「んっ……!?」
*唇が離れた。ルーナの目が点になっている。頬を包んだ手はまだ離していない。*
ルーナ「ちょ待っいま拗ねてる時にキスした?拗ねてる顔にキスした?不意打ちにも程がある前のと種類違くない?今の方が破壊力やばくない?心臓もう2回止まったんだけど今日だけで?Sランクの耐久力でも限界あるからね?パパ私のHP見えてる?もうレッドゾーンだよ?回復魔法かけて?いや回復魔法じゃ治らないこれ?」
シロウ「これはレイラによくする。拗ねるところ可愛いから。」
*ルーナの早口がぴたりと止まった。*
ルーナ「……っ。」
*ルーナの顔が、今日一番の赤さに染まった。耳も、首も、全部。*
ルーナ「……ルミナママには不意打ちキス。レイラママには拗ね顔キス。完全に使い分けてるじゃん……。」
シロウ「まぁな。」
ルーナ「……じゃあ、私専用のは?」
シロウ「これから決める。」
ルーナ「……っ、ずるい。そういう言い方ずるい。未来形で期待させるのずるい……。」
*ルーナが彼の胸に顔を埋めた。肩が小さく震えている。泣いているのかと思ったが、違った。笑っていた。*
ルーナ「……前世の私に教えてあげたい。ゴディバの自分チョコなんか買わなくていいよって。29年後にとんでもないのが来るからって。」
*彼の胸に顔を押し付けたまま、ルーナが小さく呟いた。*
ルーナ「……パパ専用のキス、早く決めてね。待ってるから。」
シロウ「正直、デートってよくわからないんだよな。」
ルーナ「え、なんで? 嫁が2人もいるのに。」
シロウ「異世界って娯楽少ないからな。映画館もないし、遊園地もない。テーマパークなんて概念すらない。」
ルーナ「あー……確かに。前世の日本が異常だっただけか。」
シロウ「特にレイラの時なんてどれだけ絞られたか……。」
ルーナ「絞られた? お金?」
シロウ「……夜の話だ。」
ルーナ「……。」
*数秒の沈黙。そしてルーナの顔がじわじわと赤くなっていく。*
ルーナ「え、ちょ、それって……。」
シロウ「昔のレイラはすごかったぞ。毎晩、毎晩。建国前の船旅なんて地獄だった。船酔いで動けないくせに、夜になると元気になる。『妾を満たせ』って。断ると拗ねるし、応じたら応じたで朝まで離してくれないし。」
ルーナ「レイラママって……そんな……。」
シロウ「しかも二重人格だったから、レイラが終わった後にレイが『ボクの番♪』って出てくる。実質2人分だ。一晩で体力がゼロになる。Sランクの体力がゼロだぞ。」
ルーナ「怖すぎる……。」
シロウ「だからデートなんて余裕がなかった。外でどこか行こうって提案しても、レイラは『部屋でいい』って言うんだ。部屋でいいの意味が全然違うからな。」
*ルーナが背中に顔を押し付けたまま、くぐもった声で言った。*
ルーナ「パパ……ハードモードだね……。」
シロウ「否定できねぇ。」
ルーナ「じゃあ……私とのデートは、パパにとっても初めてみたいなもん?」
シロウ「まぁ、そうなるな。普通のデートってやつは。」
*ルーナの腕に力が入った。ぎゅっと彼の腰を抱きしめている。*
ルーナ「……嬉しい。パパの『初めて』もらっちゃった。」
シロウ「大袈裟だな。」
ルーナ「大袈裟じゃないよ。前世の私が聞いたら泣くよ。28年間彼氏なしのOLが、異世界転生したら好きな人の初デートの相手になれたって。それもうアニメだよ。タイトルは……『転生したらパパの初デート相手だった件』。」
シロウ「長ぇよ。ラノベかよ。」
ルーナ「ラノベだよ! 私たちの人生!」
*絨毯が高度を下げ、アストライアの城下町が見えてきた。夕暮れが近い。世界樹が夕日に照らされて金色に輝いている。*
ルーナ「……ねぇパパ。次のデート、いつ?」
シロウ「気が早いな。」
ルーナ「だって。パパが普通のデート初めてなら、色々教えてあげたいことあるの。前世の知識総動員で、最高のデートプラン組むから。」
シロウ「前世の知識って……彼氏いなかったんだろ。」
ルーナ「妄想で1000回はシミュレーションしてるから! 実践が無かっただけ!」
シロウ「それ一番ヤバいやつだろ。」
シロウ「分かったよ、なら…3日後に日本にデートしに行こう。」
*ルーナの腕にぎゅっと力が入った。背中越しに心臓の鼓動が伝わってくるほどだった。*
ルーナ「……え? 日本? 日本って……あの日本?」
シロウ「みんなには買い出しって言っておけば問題ないだろう。」
ルーナ「待って待って待って。本気で言ってる?」
シロウ「本気だ。お前、前世日本人だろ。懐かしい場所もあるだろうし、デートプランも組みやすいんじゃないか。最初から最後まで全部任せる。」
*ルーナが彼の背中からぱっと顔を離した。信じられないという顔をしている。そして、じわじわと目が輝き始めた。*
ルーナ「全部……任せてくれるの?」
シロウ「ああ。お前が1000回シミュレーションしたっていう妄想デートプラン、実践する時だろ。」
ルーナ「妄想って言わないで! 綿密な計画だから!」
*ルーナが彼の背中にぎゅうっと抱きついた。体ごと震えている。興奮が止まらないらしい。*
ルーナ「やばいやばいやばい。前世で行きたかった場所全部回れるじゃん。お台場、原宿、表参道、スカイツリー、あと……あと……」
シロウ「落ち着け。3日あるんだからゆっくり考えろ。」
ルーナ「無理! 今すぐプラン組む! 帰ったら部屋にこもって全行程のタイムテーブル作る! 分刻みで!」
シロウ「分刻みは逆に疲れるからやめろ。」
ルーナ「じゃあ15分刻みで!」
シロウ「それも十分おかしいぞ。」
*絨毯が城下町の上空に差し掛かった。世界樹の金色の葉が夕日を反射して輝いている。ルーナは興奮冷めやらぬ様子で、彼の背中に顔を押し付けたり離したりを繰り返していた。*
ルーナ「あ、でも問題がある。前世の私、東京住みだったけど25年前の記憶だよ? お店とか変わってるかも。」
シロウ「前回家族で行った時からそんなに経ってないだろ。大丈夫だ。」
ルーナ「あ、そっか。……ねぇパパ、服装は? 前回みたいな感じ?」
シロウ「俺はいつも通りでいい。お前は好きにしろ。」
ルーナ「じゃあおしゃれする。死ぬほどおしゃれする。パパの隣歩いて恥ずかしくないようにする。」
シロウ「お前はそのままで十分だろ。」
ルーナ「……っ。また不意打ち。パパのそれ、無自覚なのが一番たち悪い。」
*絨毯が城の中庭に着陸した。夕焼けに染まる石畳の上、リーシアが既に出迎えの姿勢で立っていた。彼が絨毯をインベントリに仕舞うと、ルーナが地面に降りた瞬間、くるりと振り返った。*
ルーナ「パパ!」
シロウ「ん?」
ルーナ「今日、ありがとう。最高の初デートだった。」
*ルーナが満面の笑みで言った。夕日を背に、銀髪が風になびいている。*
ルーナ「3日後、絶対後悔させないから。覚悟しててね。」




