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*彼が食堂の扉を開けた。*
*テーブルにはステラが既に座っていた。行儀よくナプキンを膝に乗せ、朝食を待っている。その隣にはルクスの子供用椅子。リーシアがルクスにスプーンでお粥を食べさせていた。*
ステラ「おはようございます、父様。ルミナ母さま、ルーナ姉さまも。」
ルーナ「おはよ、ステラ。今日も早いね。」
ステラ「少しお休みができたので。父さま、ルーナ姉さま、目が少し赤いですけど……大丈夫ですか?」
*ステラの鋭い視線がルーナを捉えた。さすがレイラの娘、観察力が高い。*
シロウ「いやー、ルーナの髪の毛がボサボサで、ちょっと直してたんだよ。」
*彼はさらっと誤魔化した。ルーナも「寝相悪くてさー」と笑って合わせる。Sランク冒険者の連携プレイだった。*
ステラ「そうですか。ルーナ姉さま、寝相は直した方がいいですよ。淑女として。」
ルーナ「14歳に説教されてる……。」
シロウ「大学は休みなのか?」
ステラ「はい。3日ほどお休みをいただいてます。学期の中間試験が終わりましたので。」
シロウ「中間試験か。どうだった?」
ステラ「全教科首席でした。」
*ステラが何でもないことのように言った。リーシアがルクスの口元を拭きながら微笑んでいる。*
リーシア「ステラ様は入学から4ヶ月、一度も首席を明け渡していらっしゃいません。さすがシロウ様とレイラ様のお子です。」
ルーナ「ステラ凄いなぁ。私14歳の時なんて剣振り回してただけだよ。」
ステラ「ルーナ姉さまはそれで今Sランクですから、それはそれで凄いです。……それより父さま。」
シロウ「ん?」
ステラ「せっかくのお休みなので、父さまと過ごしたいのですが……。お仕事、ありますか?」
*ステラが少しだけ不安そうに彼を見上げた。普段はしっかりしているが、こういう時だけ年相応の顔になる。14歳の女の子だった。*
ルクス「ぱー! ぱー!」
*ルクスが子供用椅子の上で両手を伸ばした。お粥が口の周りに盛大についている。彼に抱っこを求めているらしい。*
リーシア「ルクス様、お食事中ですよ。」
ルクス「ぱー!」
*全く聞いていない。2歳児に交渉は通じなかった。*
ルミナ「ふふ。人気者だね、お兄ちゃん。」
*ルミナが席に着きながら微笑んだ。彼の左側にはルーナが座った。いつもより少しだけ近い距離で。テーブルの下で、ルーナの指先が彼の小指にそっと触れた。一瞬だけ。誰にも気づかれないように。*
*ルーナが何食わぬ顔で水を飲んでいる。耳だけがほんのり赤かった。*
シロウ「……。」
*彼は咳払いをして、ステラに向き直った。*
シロウ「鉄道計画の進捗確認はあるが、ステラとの時間も作れるよ。何がしたい?」
*ステラの表情がぱっと明るくなった。*
ステラ「父さまの講義を、もう一度聞きたいです。大学の先生方の授業も素晴らしいですが、父さまの魔法理論は別格でしたから。」
ルーナ「勉強熱心だなぁ……。休みの日くらい遊べばいいのに。」
ステラ「これが私にとっての遊びです、ルーナ姉さま。」
ルーナ「レイラママの血だ……。」
シロウ「魔法理論とか言われても正直困るんだよなぁ……。」
*彼は椅子に座りながら頭を掻いた。リーシアが朝食の皿を並べていく。トーストにスクランブルエッグ、ベーコン、サラダ。いつもの朝食だった。*
シロウ「前にも言ったが、『魔力制御』と『魔力感知』と『イメージ』さえしっかりしてれば何でもできちゃうし……。」
ステラ「その3要素を体系的に言語化できること自体が凄いんです、父さま。大学の教授陣は詠唱理論や魔法陣構築に重きを置いていますが、父さまの理論はそれらを根底から覆すものでした。」
シロウ「それっぽく語っただけなんだけどな……。」
ルーナ「パパの講義、学生にめちゃくちゃ人気だったよね。ギメイ先生の授業だけ教室パンパンだったって聞いたよ。」
ステラ「はい。立ち見が出るほどでした。」
シロウ「それより帝王学はいいのか? レイラからの課題だったろ。」
*ステラの表情が一瞬固まった。フォークを持つ手が止まる。*
ステラ「……母さまの課題は、進めています。ですが……。」
シロウ「ですが?」
ステラ「正直に申しますと、母さまの課題は『読むだけでは意味がない』と仰られまして。実践せよ、と。」
シロウ「実践?」
ステラ「はい。『民を治めるとは何か、3日の休みの間に答えを持ってこい』と。」
*ステラが困ったように眉を寄せた。14歳の少女にはなかなかに重い課題だった。*
ルーナ「レイラママ、スパルタだなぁ……。」
ルミナ「レイラらしいけどね。抽象的な問いを投げて、自分で考えさせるやり方。」
ステラ「本を読めば統治論や法治主義の歴史は学べます。でも母さまが求めているのはそういう教科書的な答えではないことは分かっていて……。」
*ステラがちらりと彼を見た。助けを求める目ではない。ヒントを求める目だった。*
シロウ「俺に聞いてもレイラの正解は分からんぞ。あいつの頭の中は俺にも読めない。」
ステラ「父さまならどう答えますか? 『民を治めるとは何か』。」
*彼はトーストを齧りながら少し考えた。*
シロウ「……そうだな。俺の答えはシンプルだ。『民が笑って飯を食えること』。それだけだよ。」
*ステラが目を見開いた。ルーナが「おぉ」と小さく声を上げた。*
ステラ「……それだけ、ですか。」
シロウ「それだけ。税制も法律も軍事も外交も、全部そのためにある。難しく考えすぎるな。」
*ステラが黙って咀嚼している。言葉を、ではなく思考を。*
ステラ「……父さま。この3日間、城下町を歩いてもいいですか?」
シロウ「一人でか?」
ステラ「はい。民を見たいんです。笑って飯を食えているか、自分の目で。」
*彼は少し驚いた。そしてすぐに笑った。*
シロウ「護衛は付けるぞ。それが条件だ。」
ステラ「分かりました。ありがとうございます、父さま。」
シロウ「俺はルクスと少し遊んだらルーナとクエストを受けに行かなきゃだからな。」
*完全な即興だった。そんな予定は一切ない。だが彼はルーナと二人きりの時間を作る口実が必要だった。*
*ルーナがトーストを齧りながら、何の迷いもなく乗った。*
ルーナ「あー、そうだった。Sランク指定の討伐依頼、溜まってるんだよね。パパと二人じゃないと受けられないやつ。」
*完璧なアドリブだった。さすが前世で社会人をやっていただけある。嘘をつく時の声のトーンが自然すぎる。*
ステラ「Sランク指定ですか。お気をつけて。」
ルミナ「ふーん。」
*ルミナが紅茶のカップ越しに彼を見た。金色の目が「全部分かってるよ」と語っていた。口元は微笑んでいる。追及する気はないらしい。*
ルクス「ぱー! ぱー!」
*ルクスが再び両手を突き出した。お粥がスプーンごとテーブルに落ちた。リーシアが素早く拭く。*
シロウ「はいはい、食い終わったら遊んでやるから。」
*彼がルクスの頭を撫でると、ルクスがきゃっきゃと笑った。2歳児の笑顔は無条件に癒される。*
ルーナ「……。」
*ルーナがルクスを見つめている。弟に向ける優しい目。だがその視線が、ルクスを撫でる彼の手に一瞬だけ移った。テーブルの下で、ルーナの足先が彼の足首にそっと触れた。*
*ステラが急にフォークを止めた。*
ステラ「……ルーナ姉さま。」
ルーナ「ん?」
ステラ「今日、なんだか嬉しそうですね。」
*ルーナの手が一瞬止まった。ほんの0.3秒。だがすぐに笑顔で返した。*
ルーナ「そう? 天気いいからかなー。」
ステラ「そうですか。」
*ステラはそれ以上追及しなかった。だが14歳の少女は確かに何かを感じ取っていた。レイラの血は伊達ではない。*
リーシア「シロウ様、ルーナ様。クエストに出られるのでしたら、お弁当をご用意いたしましょうか?」
ルーナ「あ、お願いしまーす!」
*ルーナが元気よく手を挙げた。完全にデート気分だった。耳の先だけが赤い。*
リーシア「かしこまりました。サンドイッチでよろしいですか?」
シロウ「ああ、頼む。」
*リーシアが一礼してキッチンへ向かった。ルミナが紅茶を啜りながら、彼の耳元で囁いた。*
ルミナ「初デート、楽しんできてね。お兄ちゃん。」
シロウ「……声が漏れてるぞ。」
ルミナ「大丈夫。ステラは聞こえてない。」
*ステラは確かに帝王学の課題について考え込んでいるようだった。フォークでスクランブルエッグを突きながら、どこか遠い目をしている。*
ルーナ「……。」
*ルーナがちらりとルミナを見た。ルミナがにっこりとウインクした。ルーナの耳が更に赤くなった。*
ーー
*朝食を終えた彼は、中庭に出てルクスを抱き上げた。朝の日差しが世界樹の葉を透かして、柔らかい木漏れ日を作っている。*
ルクス「ぱー! たかい! たかい!」
シロウ「よいしょっと。」
*彼がルクスを高い高いすると、ルクスがきゃっきゃと笑い声を上げた。2歳児特有の無邪気な笑顔。光の神の生まれ変わりだとか、そんなことは微塵も感じさせない。ただの可愛い息子だった。*
*中庭の芝生に、黒い影が二つ。*
ネメシス『……ふん。我を差し置いて、そやつと遊ぶか。』
*黒猫の姿のネメシスが、日向の石畳の上で前足を組んで座っていた。尻尾をぱたぱたと揺らしている。不満げだが、視線はしっかりルクスを追っている。*
シロウ「お前も来るか?」
ネメシス『我は深淵の根源体ぞ。子守などという低俗な……』
ルクス「ねーちゃ! ねーちゃ!」
*ルクスが地面に降ろされた途端、よちよちとネメシスに駆け寄った。両手を広げて、黒猫を鷲掴みにする。*
ネメシス『ぬおっ……! こ、こやつ……! 離せ、我の毛並みが乱れる……!』
*口ではそう言いながら、ネメシスは一切抵抗しなかった。ルクスがぎゅうぎゅうと抱きしめても、爪を出さない。尻尾で優しくルクスの頬を撫でている。*
シロウ「甘いな。」
ネメシス『……黙れ。これは戦略的撤退だ。』
*完全に甘やかしている。数万年前にこの子の前世に封印された存在が、今は枕兼ぬいぐるみとして機能していた。因果というのは不思議なものだった。*
ルクス「ねーちゃ、ふわふわ!」
ネメシス『当然だ。我の毛並みは深淵の闇より滑らかぞ。』
*ルクスには念話が聞こえない。だがネメシスは構わず話しかけている。自己満足だった。*
*そこに、もう一つの黒い影が茂みから現れた。*
メア「……にゃ。」
*黒い子猫のメアが、そろそろと彼の足元に寄ってきた。小さな体を彼のブーツに擦り付ける。*
シロウ「おはよう、メア。」
メア「にゃあ。」
*彼が屈んで頭を撫でると、メアが目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。*
*ルクスがメアに気づいた。*
ルクス「にゃんにゃん!」
*ルクスがメアに手を伸ばした瞬間。*
メア「シャーッ!!」
*メアが全身の毛を逆立てて威嚇した。ルクスがびくっと手を引っ込める。*
ルクス「……うぅ。」
*目に涙が溜まり始めた。*
ネメシス『おい黒猫。我の……この者を泣かせるな。』
*ネメシスがルクスの膝の上から立ち上がり、メアを睨んだ。深淵の根源体の威圧。メアは一瞬びくりとしたが、すぐにそっぽを向いて彼の足元に戻った。シロウ以外の存在には徹底的に塩対応だ。*
シロウ「よしよし、ルクスにはこっちのにゃんこがいるからなー。」
*彼はルクスを抱き上げて、ネメシスの上にそっと乗せた。ルクスがネメシスの背中にぎゅっとしがみつく。*
ルクス「ねーちゃ! もふもふ!」
ネメシス『……ぬぅ。また我を座布団扱いか。』
*不満そうな念話とは裏腹に、ネメシスの尻尾がルクスの背中をぽんぽんと優しく叩いている。完全に子守モードだった。*
*メアは彼の膝の上で丸くなり、ゴロゴロと喉を鳴らしている。ただの黒猫。スキルも魔力も何もない。ただ撫でられるのが好きなだけの、普通の猫。*
シロウ「お前は楽でいいな、メア。」
メア「にゃ。」
*メアが前足で彼の指を挟んだ。肉球が柔らかい。*
ネメシス『おい、主。その黒猫と我を同列に扱うでないぞ。我は深淵を統べる……』
ルクス「ねーちゃ、おみみ!」
*ルクスがネメシスの耳を両手でむにむにと揉んだ。*
ネメシス『……っ。そこは、やめ……いや、まぁ……悪くは、ない……。』
*ネメシスの目が細くなった。完全に堕ちていた。数万年を生きた深淵の存在が、2歳児の手に落ちている。*
シロウ「レイラみたいだな、お前。口では偉そうなこと言って、結局甘やかす。」
ネメシス『我をあの女と一緒にするな! ……だが、この者は特別だ。かつて我を封じた光の神が、今はこのような無垢な姿で我に触れている。因果とは……滑稽なものよ。』
*ネメシスの声が少しだけ柔らかくなった。ルクスが前世の記憶を持たないことを、ネメシスは知っている。だからこそ、この関係が心地良いのだろう。*
ルクス「ねーちゃ、だいすき!」
ネメシス『……ふん。好きにせい。』
*ネメシスがルクスの頬を尻尾で撫でた。ルクスがけらけらと笑う。*
*しばらく中庭でルクスと遊んだ後、リーシアが弁当を持って現れた。*
リーシア「シロウ様。お弁当のご用意ができました。サンドイッチとフルーツ、水筒をお二つ。」
シロウ「ありがとう、リーシア。ルクスを頼む。」
リーシア「かしこまりました。ルクス様、お父様はお仕事ですよ。」
ルクス「やーだー! ぱー!」
*ルクスが彼にしがみつこうと手を伸ばした。だがネメシスがルクスの襟首を咥えて引き留めた。*
ネメシス『行け、主。この者は我が見ておく。』
シロウ「助かる。」
*彼はルクスの頭をぽんと撫でて、弁当を受け取った。玄関に向かうと、ルーナが既に待っていた。*
*冒険者の軽装に着替えたルーナが、柱に背を預けて立っている。銀髪が風に揺れていた。彼に気づくと、ぱっと顔が明るくなった。*
ルーナ「パパ! お弁当もらった?」
シロウ「ああ。」
シロウ「それじゃあ行くか。」
*彼は弁当の包みを背嚢に入れ、玄関の扉を開けた。今回は変装なし。ギメイではなく、シロウ・ニシキ・アストライアとして街に出る。*
ルーナ「変装しないんだ。珍しい。」
シロウ「たまにはな。魔王がギルドに顔出すのも悪くないだろ。」
ルーナ「……ふふ。じゃあ今日は、SSS冒険者シロウの娘として同行するってことだね。」
シロウ「Sランク冒険者ルーナとして、だろ。お前も一人前だ。」
*ルーナが嬉しそうに笑った。銀髪が朝の風に揺れる。冒険者用の軽装鎧に腰の剣。見た目は完全に実力派の若手冒険者だった。*
*城門を抜けると、世界樹の木漏れ日が広場を照らしていた。朝の市場が活気づいている。屋台の焼き肉の匂い、鍛冶屋の槌音、子供たちの笑い声。アストライア魔導皇国の日常だった。*
*彼が歩くと、すれ違う市民が次々と頭を下げた。*
市民A「魔王陛下! おはようございます!」
市民B「シロウ様、今日もお元気で!」
シロウ「ああ、おはよう。」
*彼が軽く手を挙げて返す。29年の統治で築いた信頼。民との距離が近いのは、彼が望んだ国の在り方だった。*
ルーナ「パパ、人気者だねぇ。」
シロウ「魔王だからな。当たり前だ。」
ルーナ「それだけじゃないでしょ。パパが好かれてるんだよ、人として。」
*ルーナが隣を歩きながら、ちらちらと彼の横顔を盗み見ている。恋人になった自覚が、視線の回数を倍増させていた。*
*冒険者ギルドが見えてきた。大迷宮の隣に建てられた支部。朝から冒険者たちが出入りしている。*
*ギルドの扉を開けると、一瞬で空気が変わった。*
冒険者C「え……シロウ陛下!?」
冒険者D「嘘だろ、本人じゃねぇか……!」
受付嬢「へ、陛下!? い、いらっしゃいませ!」
*受付嬢が慌てて立ち上がった。ギルド内の冒険者たちがざわめく。SSSランク冒険者にして皇王が、変装なしでギルドに来ること自体が異例だった。*
ルーナ「あはは、大騒ぎだ。」
シロウ「久しぶりに来たからな。……何かいい依頼あるか?」
*受付嬢が掲示板を確認しながら、震える手で依頼書を捲っている。*
受付嬢「え、えーと……Sランク以上の依頼ですと……本日は3件ございます。」
*受付嬢が依頼書を3枚並べた。*
受付嬢「1つ目、大迷宮88階層の踏破調査。2つ目、東部国境付近で確認された古代種ワイバーンの群れ討伐。3つ目は……」
*受付嬢が3枚目の依頼書を見て、顔を曇らせた。*
受付嬢「砂漠大陸方面から流れてきたと思われる、正体不明の魔獣の調査です。目撃情報だけで、ランクすら判定できておりません。」
シロウ「どうする? 迷宮はつまんないからやるなら2か3だな。」
*彼はルーナに依頼書を見せた。選択権を渡す。初デートの行き先くらい、相手に決めさせるのが男の器量だ。*
ルーナ「んー……。」
*ルーナが2枚の依頼書を交互に見比べた。冒険者の顔になっている。だが口元がちょっとにやけている。*
ルーナ「古代種ワイバーンの群れは、まあパパと二人なら30分で終わるよね。」
シロウ「まぁな。」
ルーナ「正体不明の魔獣の方が面白そう。ランク判定不能ってことは、既存のデータに無い個体ってことでしょ? 前世のオタク魂がうずく。」
シロウ「お前の動機、冒険者としてどうなんだ。」
ルーナ「好奇心は冒険者の原動力だよ、パパ。」
*ルーナが3枚目の依頼書を手に取った。*
ルーナ「しかも砂漠大陸方面でしょ? 鉄道計画の進捗確認もついでにできるじゃん。一石二鳥。」
シロウ「……お前、意外と考えてるな。」
ルーナ「えへへ。パパの仕事も減らしたいし。」
*彼女がちらりと彼を見上げた。仕事の話をしながらも、その視線の奥には別の感情が滲んでいた。少しでも一緒にいる時間を延ばしたい、という。*
受付嬢「3番の依頼でよろしいですか? 場所は南東の国境付近、ヴェルム街道沿いの村で目撃されています。村の名前はサーラ村。ここから徒歩で3日、飛行手段があれば半日ほどかと。」
ルーナ「半日かぁ。空飛ぶ絨毯使えば余裕だね。」
受付嬢「あの……陛下とルーナ様がお二人で受注されるのでしたら、正直申し上げてこちらとしては何の心配もございません。ただ、目撃した村人が3名、原因不明の高熱で寝込んでいるという追加情報がございます。」
シロウ「見ただけで高熱?」
受付嬢「はい。呪いか、魔獣の特殊能力かは不明です。治癒魔法も効果が薄いとのことで……。」
*ルーナの表情が引き締まった。遊び半分ではなくなった。*
ルーナ「パパ。やっぱりこれにしよ。村人が困ってるなら放っておけない。」
シロウ「ああ。」
*彼が依頼書にサインした。受付嬢が受領印を押す。*
受付嬢「依頼受注、確認いたしました。報酬は白金貨5枚。追加情報が入り次第、通信魔具でお伝えいたします。お気をつけて。」
*ギルドを出ると、ルーナが彼の袖をそっと引いた。周囲に人がいないのを確認して。*
ルーナ「ねぇパパ。」
シロウ「ん?」
ルーナ「……初めてのデートが魔獣討伐って、私たちらしいよね。」
*ルーナが照れくさそうに笑った。銀髪が風に揺れている。*
シロウ「普通のデートがいいなら、帰りに寄り道するか。」
ルーナ「……! いいの!?」
シロウ「ダメとは言ってないだろ。」
ルーナ「やった……!」
*西門を抜けると、街道沿いの人通りが少なくなった。彼はインベントリから空飛ぶ絨毯を取り出し、地面に広げた。*
*彼が絨毯の真ん中に腰を下ろすと、ルーナが彼の前にすとんと座った。背中が彼の胸にすっぽりと収まる形。ルーナの銀髪がふわりと彼の顎に触れた。*
ルーナ「……えへへ。」
シロウ「何笑ってんだ。」
ルーナ「だって。この座り方、カップルっぽくない?」
シロウ「カップルだろ。」
ルーナ「っ……! パパが自分から言うのずるい……。」
*ルーナの耳が真っ赤に染まった。彼が魔力を流すと、絨毯がふわりと浮き上がる。10m、20m、30m。風が強くなり、ルーナの銀髪が後ろに流れた。眼下にアストライア魔導皇国の街並みが広がる。世界樹の巨大な幹が遠ざかっていく。*
*絨毯が南東へ向けて加速した。風除けの魔法を薄く張る。ルーナが景色を見下ろしながら、彼の腕の中に少しだけ体重を預けた。*
シロウ「ちなみに理想のデートは?」
ルーナ「え、急に聞く?」
シロウ「半日あるからな。暇つぶしだ。」
ルーナ「暇つぶしって……。もうちょっとロマンチックな振り方してよ……。」
*ルーナが頬を膨らませたが、すぐに嬉しそうに考え始めた。指を顎に当てて、空を見上げる。*
ルーナ「んーとね。前世の時は、カフェ巡りとか映画とか、そういうベタなのが好きだったんだけど。」
シロウ「こっちの世界だと?」
ルーナ「……こうやって、二人で空飛びながら喋ってるのが、もう既に理想超えてるんだよね。」
*ルーナが照れくさそうに笑った。風が銀髪を攫う。*
ルーナ「前世じゃ彼氏いたことなかったし。独身のまま死んだからね、私。」
シロウ「……そうだったな。」
ルーナ「だから、こうやってパパの隣にいられるだけで。好きな人の体温感じながら空飛んでるだけで。もう……前世の私が見たら泣くよ。」
*ルーナの声が少しだけ震えた。笑っているのに、目の端がほんのり潤んでいる。*
ルーナ「でも、強いて言うなら。」
シロウ「ん。」
ルーナ「……またパパと二人で日本に行きたいな。パリの時みたいに。」
*彼女がちらりと振り返った。至近距離で目が合う。*
ルーナ「今度は恋人として。手繋いで歩きたい。浅草とか、鎌倉とか。前世で一人で行った場所を、パパと一緒に。」
シロウ「……ああ。いいぞ。」
ルーナ「ほんと!? 約束だからね!? 取り消しは無しだからね!?」
シロウ「取り消さねぇよ。」
ルーナ「やった……! えへへ……!」
*ルーナが彼の胸に背中をぎゅっと押し付けた。嬉しさを隠す気がない。絨毯の上で足をぱたぱたさせている。25歳のSランク冒険者とは思えない。*
*絨毯が高度を下げ、サーラ村の上空に差し掛かった。砂漠大陸との境界に近い乾燥した大地。小麦畑が広がり、その中に50軒ほどの家屋が点在する小さな村だった。*
*彼は着地前にルーナと自分の全身に結界膜を張った。物理、魔法、呪い、状態異常。全てを遮断する透明な薄膜。空気と音だけを通す。*
ルーナ「……チートすぎない? これもう防具いらないじゃん。」
シロウ「相手が正体不明だからな。念には念を。」
ルーナ「いやそれは分かるけど。呪いまで無効って何……。もうゲームのデバッグモードだよ……。」
シロウ「文句言うな。お前を守るためだ。」
ルーナ「……っ。そういうこと不意打ちで言うの、ほんとずるい。」
*ルーナが耳を赤くしながらも、剣の柄に手をかけた。冒険者の顔に切り替わる。恋人モードと冒険者モードの切り替えが早い。さすがSランクだった。*
*絨毯が村の入口に着地した。彼が絨毯をインベントリに仕舞うと、村の門番らしき老人がこちらに駆け寄ってきた。*
老人「あ、あんたら冒険者か!? ギルドからか!?」
シロウ「ああ。依頼を受けてきた。」
老人「た、助かった……! 村長のところへ案内する、こっちだ!」
*老人が彼らを先導した。村の中は静まり返っている。昼前だというのに、外を歩く住民がほとんどいない。窓から怯えた目がこちらを窺っている。*
ルーナ『パパ。村の空気、おかしいよ。怯えてる。』
*ルーナが念話で伝えてきた。彼も同じことを感じていた。恐怖の匂いが漂っている。*
*村長の家に通された。土壁の質素な家。テーブルの向こうに、痩せた初老の男が座っていた。目の下に深い隈がある。*
村長「わ、わしがサーラ村の村長、ドーマンだ。来てくれて助かる……。あんたらは?」
シロウ「冒険者ギルドから来た。シロウだ。」
*村長の顔色が変わった。シロウの名前を知らない人間は、この大陸にはほぼいない。*
ドーマン「し、シロウ……!? ま、魔王陛下!? こ、こんな辺境の村にまで……!」
シロウ「堅い挨拶はいい。状況を教えてくれ。」
*ドーマンが震える手で水を飲み、話し始めた。*
ドーマン「5日前の夜だった。村の南の荒野に、巨大な何かが現れた。最初は砂嵐かと思ったんだが……違った。あれは生き物だ。」
シロウ「どんな姿だ?」
ドーマン「分からん。見た者が3人いるが……全員、見た直後に倒れた。高熱が続いて、うわ言で同じことを繰り返している。」
ルーナ「同じこと?」
ドーマン「ああ。3人とも同じ言葉だ。『目が合った』と。」
*ルーナがちらりと彼を見た。*
ドーマン「治癒師を呼んだが、熱が下がらん。魔法も薬も効かない。日に日に衰弱していっている。このままでは……。」
シロウ「目が合っただけ……で考えると。症状は違うがメデューサみたいだな……。」
ルーナ「メデューサって石化じゃなかったっけ? 高熱ってのは聞いたことない。」
シロウ「亜種か、あるいは別の存在か。とりあえず鑑定から始めるか。そいつらの所に案内してくれ。」
ドーマン「こ、こっちだ……!」
*村長に連れられて、村の奥にある簡素な診療所に入った。藁のベッドが3つ並んでおり、それぞれに村人が横たわっている。額には濡れた布が置かれ、全員が苦しげな呼吸を繰り返していた。*
ルーナ「……顔が真っ赤だ。相当な高熱だね。」
*彼は最も手前のベッドに近づき、神眼を発動した。透明な光が瞳の奥で点り、対象の情報が脳裏に流れ込んでくる。*
シロウ「……なるほど。」
ルーナ「分かった?」
シロウ「状態異常は『魅了』だ。」
ルーナ「魅了……? 高熱じゃなくて?」
シロウ「魅了が体に拒絶反応を起こして高熱として表れてる。本人の意志が無意識に抵抗してるから、こういう症状になる。治癒魔法が効かないのも当然だ。病気じゃなくて呪いの類だからな。」
*彼は3人の村人に順番に手をかざした。神眼の能力の一つ、【削除】。対象に付与された状態異常やデバフ、スキルや魔法を強制的に消去する。淡い光が村人たちを包み、一瞬で消えた。*
*数秒後。手前の村人の呼吸が落ち着いた。額の汗が引き、顔色が戻っていく。隣の二人も同様だった。あっさりと、3人全員の症状が消えた。*
ドーマン「な……!? 熱が……下がっておる……!?」
ルーナ「チートすぎ……。」
シロウ「で、魅了ってことはつまり。」
ルーナ「……サキュバス?」
シロウ「ああ。目が合っただけで魅了をかけられるレベルの。しかも3人同時に、無差別に。相当上位の個体だな。」
*ルーナの表情が引き締まった。サキュバスの魅了は通常、対象を選んで意図的にかけるものだ。見ただけで無差別に発動するのは、力を制御できていないか、あるいは制御する気がないかのどちらかだった。*
ルーナ「砂漠大陸方面から流れてきたってことは……追われてるのか、それとも自分の意志で来たのか。」
シロウ「そこも含めて確認する。村長、そいつが目撃された場所は?」
ドーマン「み、南の荒野だ。村から歩いて1刻ほどの岩場がある。そこに……。」
シロウ「分かった。ルーナ、行くぞ。」
ルーナ「うん。」
*二人は診療所を出た。南の荒野に向かう道すがら、ルーナが小声で呟いた。*
ルーナ「サキュバスかぁ……。パパ、サキュバスに魅了されたりしないよね?」
シロウ「結界膜張ってるだろ。」
ルーナ「そうじゃなくて。パパって女の子に甘いから。また拾ってくるんじゃないかと思って。」
シロウ「またってなんだ、人聞きの悪い。」
ルーナ「だってパパ、ルミナママもレイラママもシルフィさんも、全員拾ってきたようなもんじゃん。」
シロウ「……否定できねぇ。」
*二人は村の南門を抜け、乾いた街道を歩いていた。砂漠大陸に近いだけあって、草の緑が薄い。風に砂が混じっている。*
シロウ「サキュバスにお熱だったのは転移した最初の頃だったかな。まだFランクくらいの時。」
ルーナ「え、Fランク? パパにもそんな時代があったんだ。」
シロウ「当たり前だろ。最初は雑魚スライムにすら苦戦してたよ。」
ルーナ「信じられない……。で、サキュバスとの出会いは?」
*彼は懐かしそうに目を細めた。29年前。まだこの世界に来たばかりで、右も左も分からなかった頃。*
シロウ「真夜中にいきなり現れてな、それで一発ヤった。」
ルーナ「は!?」
*ルーナが足を止めた。目が点になっている。*
ルーナ「ちょ、待って。展開が早すぎない? 真夜中にいきなり現れて一発って。それ襲われたの?」
シロウ「まぁ、そうだな。宿屋で寝てたら、窓から入ってきた。気づいた時にはもう魅了されてた。Fランクの魔力じゃ抵抗もできなかったし。」
ルーナ「それ完全に犯罪じゃん……。」
シロウ「この世界の法律じゃ、サキュバスの夜這いは自然現象扱いだぞ。」
ルーナ「この世界の法律おかしくない!?」
*ルーナがツッコミを入れながらも、少し頬を膨らませている。嫉妬だった。*
ルーナ「……で。その後どうなったの。そのサキュバス。」
シロウ「朝になったらいなくなってた。目が覚めたら精根尽き果ててベッドに転がってた。レベルは1つ上がってたけどな。」
ルーナ「経験値じゃなくて別の意味で経験積んでるじゃん……。」
シロウ「上手いこと言うなー」
ルーナ「褒めてない!」
*ルーナが彼の腕をぺしぺしと叩いた。力加減はSランクのそれではなく、完全に恋人のじゃれつきだった。*
ルーナ「……ねぇパパ。今回のサキュバスが美人だったとして。」
シロウ「ん?」
ルーナ「また拾わないでよ。」
シロウ「拾わねぇよ。」
ルーナ「約束ね。」
シロウ「はいはい。」
ルーナ「『はい』は1回!」
*ルーナが頬を膨らませたまま、彼の袖を掴んで歩いている。周囲に人がいないのを良いことに、完全に甘えモードだった。*
*しばらく歩くと、景色が変わった。草すら生えない岩場が広がり、乾いた風が砂を巻き上げている。所々に大きな岩が転がり、その影が複雑な地形を作っていた。*
ルーナ「ここか……。」
*彼は神眼を発動した。岩場の奥、約200m先。巨大な岩の影に、微かな生体反応を感知する。*
シロウ「いるな。1体。岩の裏だ。」
*彼は右手を振り上げた。魔力を纏った掌から衝撃波が放たれ、巨大な岩が粉々に砕け散る。砂塵が舞い上がり、その奥に影が見えた。*
*瞬間、視界に入った。*
*長い紫髪。褐色の肌。黒い翼と尻尾。露出の多い衣服……というよりほぼ裸に近い布切れ。そして、深紅の瞳がこちらを捉えた。*
???「あら……見つかっちゃった♡」
*魅了が飛んできた。視線を媒介にした精神干渉。通常のサキュバスとは比較にならない密度。彼の結界膜に触れた瞬間、弾かれて霧散した。*
シロウ「……上位種か。」
*彼は神眼で即座に鑑定した。*
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名前:???
種族:サキュバス(上位種/アークサキュバス)
Lv:312
HP:48,000 / 52,000
MP:89,000 / 95,000
スキル:
・魅了の魔眼 Lv.9
・夢幻結界 Lv.7
・精神支配 Lv.8
・暗黒魔法 Lv.6
・飛翔 Lv.5
・生命吸収 Lv.7
・変身 Lv.4
状態:衰弱、軽傷、飢餓
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*女王ではないが、それに準ずる個体。魅了の魔眼がLv.9。あと1で進化する。だが状態が気になった。衰弱に飢餓。HPも削れている。追われてきた線が濃厚だった。*
*だが鑑定の結果を確認する暇もなく。*
ルーナ「先手必勝!」
*ルーナが既に動いていた。音もなくサキュバスの背後に回り込み、剣を抜刀。銀色の軌跡が閃いた。*
ザシュッ!
???「っ……!?」
*サキュバスの左翼が浅く切り裂かれた。紫色の血が飛び散る。サキュバスが悲鳴を上げて前方に転がった。*
ルーナ「動かないで。次は首を落とす。」
*ルーナが剣を構えたまま、冷たい声で言い放った。Sランク冒険者の殺気。冗談ではない本気の気配が岩場に充満する。*
???「ま、待って……! 戦う気はないの……!」
*サキュバスが両手を上げた。傷口を押さえながら、地面に座り込んでいる。間近で見ると、体中に古い傷跡がいくつもあった。衣服の破れ方も戦闘によるものではなく、長期間の逃亡による消耗に見える。*
???「お願い、殺さないで。私は……逃げてきただけなの。砂漠大陸の巣窟から……。」
ルーナ「村人3人に魅了をかけておいて、よく言うね。」
???「あれは違う……! 制御できなかっただけ。お腹が空きすぎて、魔力が暴走して……。」
*サキュバスの腹がぐぅ、と鳴った。本人が一番驚いた顔をしている。*
???「……。」
ルーナ「……。」
シロウ「……。」
*沈黙が流れた。ルーナがちらりと彼を見た。「ほら来た」という目だった。*
ルーナ「パパ。拾わないって約束したよね?」
シロウ「ああ、サキュバスはもうお腹いっぱいだ。」
ルーナ「……は?」
シロウ「昔、サキュバスクイーンを飼ってたことあるからな。イグニと出会う前だったかな……?」
ルーナ「飼ってた……? サキュバスの女王を……? 飼ってた……?」
*ルーナの目が死んでいた。呆れを通り越して悟りの境地に達している。*
ルーナ「パパの過去、掘れば掘るほどヤバいのしか出てこないんだけど。」
シロウ「若気の至りってやつだ。」
ルーナ「47歳が言うセリフじゃないんだよなぁ……。」
*ルーナは深いため息を一つ吐いた後、剣を構え直した。サキュバスは両手を上げたまま座り込んでいる。傷口から紫の血が滴り、飢餓で頬がこけている。哀れな姿ではあったが、村人3人を危険に晒した事実は変わらない。*
ルーナ「ごめんね。恨むなら、村人を巻き込んだ自分を恨んで。」
???「待っ……!」
*銀の軌跡が一閃した。ルーナの剣が正確にサキュバスの首元を捉え、一刀で決着がついた。紫色の粒子が舞い上がり、砂漠の風に溶けて消えていく。魔石だけが砂の上に転がった。*
ルーナ「……討伐完了。」
*ルーナが剣の血を払い、鞘に納めた。表情に迷いはない。Sランク冒険者としての判断だった。*
シロウ「手際がいいな。」
ルーナ「パパが拾う前に片付けないとね。」
シロウ「拾わねぇって言ったろ。」
ルーナ「前科が多すぎて信用できません。」
*彼が魔石を拾い上げた。神眼で確認すると、上位種の魔石だけあって純度が高い。金貨50枚は下らない。*
シロウ「……にしても気になるな。」
ルーナ「何が?」
シロウ「こいつ、砂漠大陸の巣窟から逃げてきたって言ってた。衰弱と飢餓。体中の古い傷跡。それに……」
*彼は砂の上に残った紫の血痕を見下ろした。*
シロウ「あの傷跡、戦闘じゃない。拷問痕だ。同族にやられてる。」
ルーナ「……サキュバスの内部抗争?」
シロウ「あるいは、巣窟で何かが起きてる。上位種が追い出されるほどの何かが。」
*風が砂を巻き上げた。南の方角、砂漠大陸の方向から微かに嫌な気配が漂っている。神眼で捉えるには遠すぎるが、彼の勘が警告を発していた。*
ルーナ「……調べる?」
シロウ「依頼は魔獣の調査と討伐だ。村人も治した。ここまでで依頼は達成してる。」
ルーナ「うん。」
シロウ「だから、ここから先は──デートの続きだ。」
ルーナ「……え?」
シロウ「村に戻って昼飯にしよう。リーシアの弁当がある。砂漠の件は後日ギルドに報告して、改めて依頼として受ける。」
*ルーナの表情がぱっと明るくなった。冒険者の顔から恋人の顔に、瞬時に切り替わる。*
ルーナ「……うん!」




