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*廊下の左右にはガラスで仕切られた個室が並んでいた。その中には大型の培養カプセルが設置されており、黄色がかった溶媒液で満たされている。*
*そして、その中に浮かんでいたのは……。*
*エルフの上半身。胸腔が開かれ、内臓が丁寧に分離されている。隣のカプセルには獣人の腕だけが浮かび、筋繊維が一本一本剥がされた状態で固定されていた。その隣には竜人の頭部。頭蓋骨が切開され、脳が露出したまま保存されている。*
*さらに奥には、鬼族の脊椎だけが吊り下げられたカプセル。魔族の眼球が整然と並べられた棚。ドワーフの骨格標本。人間の胎児が成長段階ごとに並べられた一列。*
*全てが外科的に正確に、研究資料として「処理」されていた。*
ユキ「きゅいっ!!」
*ユキが悲鳴を上げて彼の腕から飛び降り、ルーナの足元に駆け込んだ。ルーナが反射的にユキを抱き上げ、その目を手で覆った。*
ルーナ「ユキ、見ちゃダメ……!」
*ルーナ自身も顔が青ざめていた。彼女は目を逸らし、壁際に寄った。*
*一方、彼は……ガラスに顔を近づけ、溶媒液の成分や保存状態を冷静に観察していた。防腐処理の技術、切開の精度、臓器の分離方法。全てを黙々と確認している。*
ルーナ「パパ……なんでそんなに平気で見ていられるの……?」
シロウ「グロテスクはゲーマーの必須耐性だからな。」
ルーナ「いやいやいや、ゲームと実物は違うでしょ!?」
シロウ「慣れだよ、慣れ。冒険者30年やってると大体のものは見てきた。それよりルーナ、こっち来て見ろ。これ。」
ルーナ「見たくない……。」
シロウ「グロい方じゃない。こっちの端末。」
*彼が指さしたのは、個室の奥に設置された研究端末だった。モニターがスリープ状態で微かに光っている。彼がIDパスをかざすと、画面が起動した。*
*日本語のデスクトップ画面。フォルダが整然と並んでいる。*
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GENESIS計画 概要書
各種族解剖データ(エルフ)
各種族解剖データ(獣人)
各種族解剖データ(竜人)
各種族解剖データ(鬼族)
各種族解剖データ(魔族)
各種族解剖データ(人間)
魔力回路構造分析
適応型生命体 設計図
桐谷主任 個人ログ
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ルーナ「……個人ログ。」
シロウ「まずはそこからだな。」
*彼が「桐谷主任 個人ログ」をクリックした。テキストファイルが開く。日付は……この世界の暦ではなく、西暦で記されていた。*
*彼は各フォルダの解剖データを次々と開き、要点を読み上げていった。*
シロウ「解剖データエルフ……風や水の魔法適性が高く、美形が多い。まあ知ってる情報だな。」
*次のファイル。*
シロウ「獣人……五感は人間を超え、跳躍や持久力が高い。竜人……肌が鱗でとても頑丈、火属性には強いが氷属性には弱い。鬼……力が竜人より強く長命種、和を思い出させる風格があり人の上位的存在。」
ルーナ「鬼が人の上位……確かにうちの国にいる鬼族もそんな感じだけど、地球の研究者がそう結論付けてるのは興味深いね。」
シロウ「魔族……人間を殺したいという衝動に駆られ、例外を除いて人類の敵となる。魔法適性と物理適性が非常に高い。」
ルーナ「……例外、ってレイラママみたいな?」
シロウ「だろうな。続き。ドワーフ……小さい体には状態異常耐性、特にアルコールに対してが非常に高い。骨は硬く頑丈、力が強く土魔法の相性が良い。酒に強いのは種族特性だったのか。」
*そして最後のファイル。彼の指がマウスの上で止まった。*
シロウ「解剖データ人間……バランス型で、他6種族の解剖データの取り込みに成功。これよりジェネシス計画を進める。」
*沈黙が落ちた。*
ルーナ「……取り込みに、成功……?」
*ルーナの声が掠れていた。ユキを抱く腕に力が入っている。*
ルーナ「つまり……エルフ、獣人、竜人、鬼、魔族、ドワーフ。6種族を解剖して得たデータを……人間の体に取り込んだってこと?」
シロウ「ああ。6種族の長所を全部統合した人造生命体。それがジェネシス計画の目的だ。」
*彼は「桐谷主任 個人ログ」を開いた。テキストが表示される。西暦の日付。*
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2043/07/12
転移実験に成功。この世界には魔力という未知のエネルギーが存在する。地球の物理法則とは根本的に異なる。素晴らしい。
2043/09/03
各種族のサンプル採取を開始。倫理委員会はもう存在しない。我々だけがこの世界にいる。
2044/01/15
6種族の解剖データ統合に成功。ベースは人間。適応率98.7%。想定以上の成果。
2044/03/22
第1世代の試作体が覚醒。しかし精神が崩壊。魔族の「殺戮衝動」が制御できていない。処分。
2044/06/
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*ログはそこで途切れていた。*
ルーナ「2044年の6月で……止まってる。」
シロウ「桐谷蓮はここで死んだか、あるいは……。」
*彼の目が廊下の奥を見据えた。まだ先がある。白い廊下の突き当たりに、一際大きな扉が見えていた。扉には赤い文字で「GENESIS CORE」と刻まれている。*
ルーナ「……行く?」
シロウ「ここまで来て引き返す理由がない。」
*彼はIDパスを手に、廊下の奥へと歩き出した。*
*「GENESIS CORE」と刻まれた扉が、IDパスの認証と共に重い音を立てて開いた。*
*その部屋は広大だった。天井は10メートル以上あり、中央には巨大な円筒形の培養カプセルが鎮座していた。直径3メートル、高さ5メートル。淡い緑色の溶媒液が満たされ、無数のケーブルとチューブが接続されている。*
*そして、その中に……。*
*一人の少女が浮かんでいた。*
*銀色の長い髪が溶媒液の中でゆらゆらと揺れている。透き通るような白い肌。小柄な体躯。見た目は14、5歳程度。酸素マスクが口元を覆い、胸が微かに上下している。生きている。数千年間、この溶媒液の中で眠り続けている。*
*彼は神眼を発動した。*
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個体名:ガイア
種族:人造生命体(GENESIS計画 最終試作体)
特性:エルフ、ドワーフ、竜人、鬼、魔族、獣人の6種族データ統合体
備考:高い頭脳と技術力を有する究極の適応型生命体。精神安定率99.2%。魔族の殺戮衝動を抑制済み。覚醒条件……外部からの溶媒液排出。
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ルーナ「6種族全部入り……? しかも精神安定率99.2%。第1世代は精神崩壊で処分されたって書いてあったのに、この子は成功してるってこと?」
*彼はカプセルの周囲を歩き、接続された機器を確認した。バイタルモニターが微弱な信号を拾い続けている。心拍、脳波、魔力循環。全てが正常値を示していた。*
シロウ「数千年間、培養液の中で生命維持されてたのか。B9のフリーエネルギーが生きてたから電力は途切れなかった。つまり……。」
ルーナ「桐谷さんが死んだ後も、この子だけずっと眠り続けてたんだ……。」
*ルーナが培養カプセルに手を触れた。ガラス越しに少女の顔を見つめる。穏やかな寝顔。苦痛の色は見えない。*
ルーナ「起こす……?」
シロウ「……。」
*彼は腕を組んで考え込んだ。覚醒条件は溶媒液の排出。技術的には簡単だ。だが、数千年間眠り続けた人造生命体を起こすリスクは計り知れない。*
シロウ「魔族のデータも入ってる。殺戮衝動は抑制済みとあるが、実際に覚醒させてみないと分からん。」
ルーナ「でも……このまま放っておくの? この子、ずっと一人でここにいたんだよ。」
ユキ「きゅい……。」
*ユキがルーナの腕の中からカプセルを見上げ、小さく鳴いた。何かを感じ取ったのか、怯えた様子はなかった。*
ルーナ「えー、でも今起こしちゃえば……」
シロウ「ルーナ。」
*彼の声が少し低くなった。ルーナがぴくりと肩を跳ねさせる。*
シロウ「考えてみろ。ここは砂月王国の領土内にある遺跡だ。俺たちは攻略の許可を貰って入ってる立場で、しかも今こっそり戻ってきてる。ここで人造生命体を勝手に起こして、もし暴走でもしたら……」
ルーナ「……あ。」
シロウ「いや、これはハシム達もいた方がいいだろう。なんかあってみろ、国際問題になるぞ?」
*ルーナが口をつぐんだ。前世の社会人経験が理性を引き戻したらしい。「確かに……コンプライアンス的にアウトだわ」と小声で呟いている。*
シロウ「それに、レイラも昔は人間を殺す殺す言ってたし、躾次第って事なのか……ここに放置するよりは手元に置いておいた方がいいって事か。どっちにしろ、まずは情報を持ち帰る。」
*彼は端末に向き直り、GENESIS計画の概要書と全ての解剖データ、設計図を異空間収納に保存用の羊皮紙へ書き写す魔法で複製し始めた。創造で作った高速転写魔法。数分で全データのコピーが完了する。*
ルーナ「……父さん、それずるくない?」
シロウ「異世界だからセーフ。」
ルーナ「2回目のそれ。」
*データの複製を終えた彼は、カプセルの少女をもう一度見上げた。銀色の髪が溶媒液の中でゆらゆらと揺れている。穏やかな寝顔。数千年間、誰にも見つけられず、たった一人でここに眠り続けていた。*
シロウ「……明後日、砂月王国の王との会談がある。その場でこの遺跡の全容を報告して、ガイアの処遇も含めて交渉する。勝手に持ち出すのは流石にまずい。」
ルーナ「うん……分かった。でもパパ、この子の生命維持装置、B9のエネルギーが止まったら……」
シロウ「……。」
*彼はB9からフリーエネルギー装置を大量に回収していた。つまり、電力供給が減っている可能性がある。*
シロウ「確認する。」
*彼がカプセルのモニターを操作した。電力残量が表示される。*
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動力供給:アークリアクター×3基(稼働中)
残存電力:87.2%
推定稼働可能時間:約14年
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シロウ「3基残ってたか。14年は持つ。問題ない。」
ルーナ「よかった……。じゃあ、明後日まではこのまま眠ってもらうってことだね。」
ユキ「きゅい。」
*ユキがカプセルの中の少女をじっと見つめていた。尻尾がゆっくり揺れている。怯えではなく、何か気になるという様子だった。*
シロウ「よし、戻るぞ。レイラが風呂から上がる前に宿に戻らないと面倒な事になる。」
ルーナ「それが一番怖いかも。」
*彼は転移魔法を展開し、3人は宿の近くの路地裏に転移した。砂漠の夕日がもう沈みかけている。*
ルーナ「父さん。」
シロウ「ん?」
ルーナ「あの子……起こしたら、どうなるかな?」
シロウ「起きてるぞ、あいつ。俺たちがB10のフロアに入ってきてからな。」
ルーナ「……え?」
*ルーナが足を止めた。路地裏の薄暗がりの中、彼女の顔が驚愕に染まる。*
ルーナ「嘘……だって、寝顔で……バイタルも安定してて……」
シロウ「平然を保ってたがな。」
*彼は腕を組み、壁に背を預けた。*
シロウ「神眼で見た時、脳波パターンが睡眠中のものと微妙にズレてた。深い眠りなら脳波はデルタ波が主体になるが、あいつのはアルファ波とベータ波が混在してた。つまり意識がある状態で、意図的に眠ったフリをしてた。」
ルーナ「……じゃあ、私たちの会話も全部聞かれてたってこと?」
シロウ「酸素マスク越しだから声は出せないが、溶媒液の振動で外部の音は拾える。俺たちが喋ってたのも、全部聞こえてたはずだ。」
ルーナ「……っ。じゃあ私が『起こしてあげたい』って言ったのも……」
シロウ「聞いてたな。」
*ルーナが両手で顔を覆った。耳まで赤い。*
ルーナ「恥ずかし……。」
シロウ「むしろ好都合だ。俺たちが敵意を持ってないことは伝わった。あいつが寝たフリを続けたのは、こっちの出方を観察してたんだろう。数千年も一人で閉じ込められてたら、誰だって警戒する。」
ルーナ「……それもそっか。いきなり知らない人間が入ってきたら怖いよね。」
シロウ「それに、あいつは人造生命体だが頭脳は高い。言葉を理解できるってことは、研究者達から教育を受けてた可能性がある。」
ルーナ「じゃあ……明後日、王との会談の後に起こすとして。あの子が暴れたら?」
シロウ「その時は俺が抑える。Lv.1000超えを舐めるな。」
ルーナ「……パパが言うと説得力しかないのがずるい。」
ユキ「きゅい。」
*ユキが彼の腕の中で小さく鳴いた。カプセルの中の少女を見つめていた時と同じ、気にかけるような鳴き声だった。*
シロウ「ユキも気になるか。」
ユキ「きゅいきゅい。」
ルーナ「ユキは怖がってなかったもんね。あの子のこと。」
シロウ「始祖竜の感覚は鋭い。悪意がないことを本能で察したんだろう。……よし、宿に戻るぞ。これ以上遅いとレイラに怪しまれる。」
ルーナ「うん。……ねえ、パパ。」
シロウ「ん?」
ルーナ「あの子、ずっと一人で起きてたのかな。誰も来ない部屋で、ずっと。」
*彼は少し黙った。*
シロウ「……かもな。」
ルーナ「早く迎えに行ってあげたいね。」
シロウ「ああ。」
*宿の灯りが見えた。2人は何食わぬ顔で玄関をくぐる。ちょうどレイラが湯上がりの髪をタオルで拭きながら階段を降りてきたところだった。*
レイラ「……遅かったな。どこをほっつき歩いておった!」
シロウ「なんでもないよ。」
レイラ「嘘をつくな! お主とルーナが二人きりで出かけて、なんでもないなど絶対に無いであろう!」
*レイラが湯上がりの髪をバサッと振り、仁王立ちで廊下を塞いだ。タオルを肩にかけた姿は小柄ながらも威圧感が凄まじい。*
シロウ「大丈夫だって。」
レイラ「大丈夫ではない! 二人でイチャつきおって……! 妾を置いて……!」
シロウ「いや、親子だから。」
レイラ「親子であろうと関係ないわ! ルーナの気持ちを考えた事があるのか!? あやつはお主に懐いておるのだぞ! 妾だけ仲間外れにして……!」
*レイラの声がだんだん拗ねた子供のようになってきた。要するに嫉妬である。湯上がりで頬が赤いのか、怒りで赤いのか判別がつかない。*
シロウ「……。」
*彼は一瞬で距離を詰めた。レイラが「ひゃっ」と声を上げる間もなく、両腕でレイラの小柄な体を抱き上げた。お姫様抱っこ。*
レイラ「な、なっ……! 下ろせ! 妾はまだ話が……!」
シロウ「はいはい。」
*彼はレイラを抱えたまま階段を駆け上がり、部屋へ向かった。レイラが暴れるが、Lv.1000超えの腕力の前では子猫同然だった。*
レイラ「こ、こら! 聞いておるのか!? 妾は怒って……んむっ!」
*部屋に入った瞬間、彼はレイラの唇を塞いだ。レイラの抵抗が一瞬で止まる。*
*廊下に残されたルーナとユキ。*
ルーナ「……はい、いつもの。」
ユキ「きゅい。」
ルーナ「行こ、ユキ。今夜は私の部屋で寝よっか。」
ユキ「きゅいきゅい。」
*ルーナはユキを抱えて自分の部屋へ歩いていった。背後から微かに聞こえる「ばかものっ……んっ……」という声には、もう慣れたものだった。*




