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*翌朝。西門。*
*朝靄の中、全員が揃っていた。ルーナは完全武装。双剣を腰に、背中にはユキ用の砂避け布を抱えている。カイの隣にはフェンとイグニ。フェンの体には冷却術式の淡い青い光が走っている。八輝将は各自の装備を整え、整然と並んでいた。*
*そして、ハシムら使者3名が、目の前の光景に言葉を失っていた。*
ハシム「……本当に、この人数だけで……。」
シロウ「ああ。一気に転移魔法で行きたいところだが……残念ながら転移魔法は一度行ったことのある場所にしか飛べない。だからこのまま山脈を越えて行くぞ。山脈付近までは転移で行く。」
ハシム「転移魔法……!?」
シロウ「15人だと通常の転移じゃ厳しいんでな。ちょっと大掛かりなやつ使う。」
*彼は久しぶりに詠唱体勢に入った。右手を地面に向け、左手を天に掲げる。足元に巨大な魔法陣が展開された。蒼白い光が全員を包み込む。*
シロウ「『次元を繋ぎ、空間を渡す。我が意志を鍵とし、道を拓け——トランスポータル』」
*一瞬の浮遊感。視界が白く弾けた。*
*次に足裏が地面を踏んだ時、そこは荒涼とした岩場だった。目の前に巨大な山脈が聳え立っている。冷たい風が吹き抜け、遠くに雪を被った峰が連なっていた。*
ルーナ「おお……。ここが西の山脈か。」
ユキ「きゅいっ!」
*ユキが興味深そうに首を伸ばし、山脈を見上げた。始祖竜の巨体が岩場に影を落としている。*
ハシム「……一瞬で……国の西端まで……。」
*ハシムの足が震えていた。使者の残り2人に至っては、腰が抜けて座り込んでいる。*
リオン「あー、初めて体験する人はだいたいそうなるんで。慣れっすよ慣れ。」
ルナ「リオン、助けてあげなさい。」
リオン「へいへい……。」
*リオンが使者2人に手を貸して立たせた。*
カイ「父さん、ここから山脈越えか。ルートは?」
シロウ「ハシム、お前たちはどうやって越えてきた?」
*ハシムがまだ若干青い顔のまま、山脈の南寄りを指差した。*
ハシム「あちらに古い峠道があります。我々はそこを7日かけて越えました。」
シロウ「カイー、ちょーっとアスカロン貸してー。」
カイ「……え、いいけど、壊さないでよ?」
*カイが背中から神剣アスカロン・ゼニスを引き抜き、彼に手渡した。白銀の刀身が朝日を受けて神々しく輝く。*
*彼がアスカロンを片手で構え、山脈を見据えた。*
シロウ「……フンッ!」
*一振り。*
*斬撃波が蒼白い光を纏って山脈に激突した。轟音と共に岩盤が砕け、土砂が左右に吹き飛ぶ。粉塵が晴れた時、そこには直径20メートルほどの広さで山が両断された。山脈の向こう側まで、完全に貫通している。向こう側から砂混じりの熱風が吹き込んできた。*
ルーナ「あはは、相変わらずめちゃくちゃだな父さん。」
ユキ「きゅいっ!」
*ユキが興奮したように尻尾を振った。*
リオン「……山、消えたんすけど。」
ドルガン「ぶはっ! 豪快だな! さすが陛下!」
ヴァイス「記録記録……『神剣アスカロン・ゼニスの一撃にて山脈を貫通。推定岩盤厚300メートル以上を一刀両断』……後世に残さねば。」
*そしてハシムはというと……。*
ハシム「……。」
*声が出ていなかった。使者2人も同様だ。口をぱくぱくさせている。*
ハシム「……山を……一振りで……。」
シロウ「後でここにレールを通すからな。少し広めにしといた。カイ、返すわ。」
カイ「うん。……ていうか通り道を作るために借りたのか。」
シロウ「最高の道具は最高の使い方をしないとな。」
カイ「道具って言わないで。一応神剣だよ。」
*彼がアスカロンを返却し、トンネルの向こうを覗き込んだ。熱い空気と共に、見渡す限りの砂の海が広がっている。陽炎が揺らめき、遠くに砂丘の稜線が続いていた。*
シロウ「……これが砂月王国の砂漠か。」
ルーナ「すっご……。本当に砂しかない。」
レイラ「……暑いな。」
*レイラが早くも不機嫌そうに目を細めた。*
ハシム「こ、ここから南西に3日ほど進めば王都サルーナに到着します。遺跡はさらにその先、王都から東に1日の距離に……。」
*彼が異空間収納から、昨日のうちに量産しておいた小瓶を取り出した。淡い水色の液体が入った瓶が、次々と全員の手に配られていく。*
シロウ「ほら。クー○ードリンクだ。飲めば暑さが軽くなる。」
ルーナ「待ってました!」
*彼とルーナが同時に瓶の蓋を開け、ゴクッと一気に飲み干した。そして2人揃って両腕を天に突き上げ、ガッツポーズを取る。*
シロウ「「きゅぴーん!」」
*どこからか、そんな効果音まで鳴った。彼が魔法で生成したのだ。*
カイ「……何それ。」
ルーナ「決まりなの。飲んだらこのポーズなの。」
カイ「意味が分からないよ……。」
*カイが呆れ顔で自分の瓶を口にした。次の瞬間、目を丸くする。*
カイ「……あ。本当に涼しい。体の熱がすっと引いていく。」
リオン「え、マジっすか。……おお、ほんとだ。さっきまで死にそうだったのに。」
ルナ「リオン。私の分も、あとで飲ませてあげる。口移しで。」
リオン「いや自分で飲めるから……。」
*八輝将の面々が次々と飲み干し、感嘆の声を上げた。ドルガンは「うまい!」と豪快に笑い、ヴァイスは効能を細かく書き留めている。*
レイラ「……ふん。」
*レイラは眉間に皺を寄せていたが、飲み終えた後は僅かに表情が緩んだ。*
レイラ「……悪くない。だがこの暑さ自体が気に食わん。」
シロウ「30分くらい効く。切れたらまた配るから言え。」
*ユキにも小瓶を数本まとめて飲ませ、フェンにも。フェンが嬉しそうに尻尾を振った。イグニは元から火の鳥なので、涼しげに首を傾げているだけだ。*
ハシム「……陛下、これは……何なのですか?」
シロウ「秘伝の飲み物。お前らにも配るぞ。飲め。」
*ハシムと使者2人が恐る恐る飲み込み、そして揃って目を見開いた。*
ハシム「……我々は生まれてからずっと砂漠で暮らしてまいりましたが……この様な物は初めてです……。」
*彼とルーナが同時にガッツポーズを決めた直後、全身に涼しさが行き渡る。砂漠の灼熱がまるで嘘のように和らいだ。*
リオン「……いや待ってくれ。おかしくないっすか? なんで飲んだだけで30分も暑さ感じなくなるんすか。それ薬理学的にどうなってんすか。」
シロウ「知らんわ、カ○コンが悪い。」
ルーナ「ぷっ……! あはははっ!」
*ルーナが腹を抱えて笑った。彼だけが分かるネタだ。カイは首を傾げ、レイラは眉を顰めている。*
カイ「……父さんとルーナ、たまに2人だけで通じる言語で会話するよね。」
レイラ「放っておけ。」
ハシム「こ、これは……本当に凄い。生まれてこのかた、砂漠で汗をかかない経験は初めてです。」
*使者の残り2人も信じられないという顔で自分の体を触っている。砂漠の民にとって、この体感は奇跡に近いのだろう。*
リオン「いや、だから。俺の質問に誰も答えてくれないんすけど。なんで効くんすかこれ。」
ルナ「リオン。効くから効くの。深く考えない。」
リオン「それ思考放棄っすよね……。」
シロウ「さ、行くぞ。ここから砂漠を突っ切る。ハシム、案内頼む。」
ハシム「は、はい! まずは南西に進みます。途中にオアシスが2つありますが……1つは砂竜に壊滅させられております。」
*一行はトンネルを抜け、砂漠に足を踏み入れた。砂丘の向こうに、果てしない砂の海が広がっている。空は雲一つなく、太陽が白く輝いていた。*
*ルーナがユキの背に跨り、空から偵察を始めた。ユキの巨体が砂漠の上空を旋回する。*
ルーナ『父さん、前方10キロ地点に砂竜の群れ。ざっと見て……40から50体。オアシスの残骸に群がってる。』
シロウ『……もう遭遇か。早いな。』
ルーナ『どうする? ウォーミングアップにちょうどいいけど。』
*彼はちらりとレイラを見た。レイラは既に拳を握り、口角が上がっていた。*
レイラ「聞こえたぞ。……50体程度、準備運動にもならんが。」
シロウ「八輝将、実戦前のいい機会だ。砂竜の動きを確認しておきたい。全員、戦闘準備。」
ドルガン「待ってましたァ!」
カイン「……了解。」
*一行が砂丘を越えた先に、それは見えた。*
*砂色の巨体。2本の太い角。地面を揺らす重い足音。壊滅したオアシスの残骸の中を、砂竜の群れがのしのしと徘徊している。*
ハシム「あれが……砂竜です。」
*砂丘の上に立ち、彼は50体ほどの砂竜の群れを見下ろしていた。地響きが足裏から伝わってくる。重い。1体1体が家屋ほどの大きさだ。*
シロウ「モン○ンをVRでやるとこんな感じなんだな……なんというか……圧倒される……。」
ルーナ『分かる。画面越しと全然違うよね。角の太さとか、地面踏む音とか。』
*ルーナがユキの背から念話を飛ばしてきた。声に興奮が滲んでいる。*
シロウ「普通に考えれば弱点が氷属性、頭部に打撃が効きやすい……んだが……どうなんだろうか……。」
*彼は「鑑定」……いや、「神眼」を発動した。*
*砂竜の情報が視界に浮かび上がる。*
───────────────────
【砂竜】
Lv.78
HP:32,000
種別:竜種(亜種)
弱点:氷属性、水属性、音波
耐性:火属性、土属性
部位弱点:頭部(打撃有効)、腹部(斬撃有効)
特性:地中潜行、突進攻撃、咆哮(周囲スタン)
ドロップ:砂竜の角、砂竜の鱗、砂竜の尾殻
───────────────────
シロウ「……マジでゲーム通りだ。氷と水が弱点、音に弱い、頭に打撃。」
ルーナ『えっ、本当に!? じゃあ音爆弾も効くの!?』
シロウ「効く。神眼で確認した。音波が弱点に入ってる。」
ルーナ『やばっ……完全にあいつらだ……。』
レイラ「……2人とも、楽しそうなところ悪いが。いつまで眺めておるのだ。」
*レイラが腕を組み、退屈そうに砂竜の群れを睨んでいた。*
シロウ「……よし。まずは試してみるか。八輝将、聞け。」
*全員が集まった。*
シロウ「砂竜は氷と水が弱点だ。音に弱い。地中に潜って突進してくるが、その時に大きな音を出せば強制的に地上に出る。頭部に打撃、腹に斬撃が通りやすい。」
ドルガン「なるほど。頭をぶん殴ればいいんだな! 分かりやすい!」
カイン「……腹を斬る。了解した。」
カイ「フェン、氷のブレスは出せるか?」
フェン「わふっ!」
*フェンが力強く吠えた。冷却術式の青い光が一層強くなる。聖獣の氷属性ブレスは、砂竜にはかなり刺さるはずだ。*
シロウ「じゃあ行くか。まずは俺が音爆弾を投げる。動きが止まったところを叩け。」
*彼が異空間収納から、昨夜量産した音爆弾を取り出した。握り拳大の白い球体。地面に叩きつけると爆音を発する。*
*ハシムが後方で、震える手でスケッチブックを握りしめていた。*
ハシム「……本当に、あの化物の群れに突っ込むのですか……。」
リオン「安心してくださいよ。うちの陛下とその家族、頭おかしいんで。」
ルナ「リオン。褒め言葉になってない。」
リオン「褒めてるつもりっすよ。」
シロウ「狩りの基本は4人で1パーティ! それ以上だと死ぬぞー。ソロも可!」
ルーナ『何その説明! でも分かる! 分かりすぎる!』
*彼はパーティ編成を即座に決めた。*
───────────────────
【パーティ編成】
A:シロウ+フェン(氷魔法コンビ)
B:ルーナ+ユキ(空中偵察+広域攻撃)
C:カイ(ソロ/精霊神+イグニ)
D:レイラ(ソロ/魔王妃)
E:第四部隊カイン+ドルガン+第三部隊カイ・W+ゲオルグ
F:第一部隊リオン+ルナ+第二部隊アシュトン+ヴァイス
───────────────────
シロウ「行くぞ!」
*彼が砂丘を駆け下りた。右手に音爆弾、左手に氷魔法の術式を展開。フェンが隣を並走し、口元に冷気が凝縮されていく。*
*最初の砂竜が彼に気づいた。2本の巨大な角を振り上げ、地面を蹴って突進してくる。地響き。砂が舞い上がる。正面から家屋サイズの暴走列車が迫ってくる感覚。画面越しとは桁違いの圧力だった。*
シロウ「……でかっ。」
*だが、怯まない。彼は音爆弾を砂竜の足元に叩きつけた。*
ドォォォンッ!!
*爆音が砂漠に響き渡った。突進していた砂竜が、ぴたりと動きを止めた。巨体がぐらりと傾き、頭を振って悶えている。両耳が音波に痺れ、完全にスタンしていた。*
シロウ「効いた! フェン、今だ!」
フェン「わふぅっ!!」
*フェンの口から放たれた氷のブレスが、スタンした砂竜の頭部を直撃した。同時に彼が左手から氷槍を5本生成し、砂竜の腹部に突き刺す。*
*砂竜が悲鳴を上げた。氷属性が弱点のモンスターに、聖獣の氷ブレスと彼の氷魔法が同時に突き刺さる。鱗が凍りつき、罅が入り、砂竜が横倒しに崩れ落ちた。*
シロウ「1体目、討伐。」
ルーナ『こっちも行くよ! ユキ、ブレス!』
ユキ「きゅいいいいいっ!!」
*上空からユキの広域氷結ブレスが降り注いだ。直径50メートルの範囲が一瞬で凍りつき、砂竜7体が動きを封じられた。ルーナがユキの背から飛び降り、双剣を抜いて凍った砂竜の腹を次々と斬り裂いていく。*
ルーナ「はっ、やっ、せいっ! ……うわ、本当に腹に斬撃通る! 父さんの情報正確すぎ!」
*一方、ソロ組。*
*レイラが砂竜の群れの真ん中に、歩いて突っ込んでいた。砂竜5体が一斉に咆哮し、レイラに向かって突進する。*
レイラ「遅い。」
*彼女が片手を振った。それだけで衝撃波が放たれ、5匹倒れた。*
*砂漠の各所で、それぞれの戦闘が繰り広げられていた。彼はフェンと共に氷魔法で砂竜を次々と凍結させながら、神眼で全員の様子を確認していた。*
シロウ「カイ、順調だな。」
*カイは神剣アスカロンを片手に、精霊の加護を纏って砂竜を一刀両断していた。フェンから離れたイグニが上空から炎を纏い、砂竜の動きを牽制している。レベルは確認しないが、恐らく400を超えている。精霊神の器として覚醒してから、成長速度が尋常ではない。*
カイ「はぁっ!」
*一振り。砂竜の角が根本から斬り飛ばされ、返す刀で腹を裂いた。無駄のない動き。もう完全に一人前どころか、八輝将を超えつつある。*
シロウ「……息子の成長を見るのは嬉しいもんだな。」
フェン「わふ。」
*彼がふと視線を別の方向に向けた。*
*ドルガンが砂竜と正面から角を掴み合っていた。*
ドルガン「おらぁぁぁっ! 力比べじゃ負けんぞぉ!」
*砂竜の2本の角を両手で鷲掴みにし、そのまま地面に叩きつけた。砂が爆発のように舞い上がる。砂竜がひっくり返り、腹を晒した。そこにカインが無言で剣を突き刺す。*
カイン「……ドルガン。もう少し効率的にやれ。」
ドルガン「うるせぇ! これが俺の戦い方だ!」
シロウ「……相変わらずの脳筋。」
*視線を更に移す。ヴァイスが砂丘の上に座り、スケッチブックに何かを猛烈な速度で書き込んでいた。その隣でアシュトンが砂竜の鱗を採取し、丁寧に瓶に詰めている。*
ヴァイス「素晴らしい……! 砂竜の突進パターンは3種、咆哮の前に必ず0.8秒の予備動作がある。これは記録に値する……!」
アシュトン「この鱗の組成、実に興味深いですね。耐熱性と柔軟性を兼ね備えている。論文が3本は書ける。」
シロウ「……お前ら戦えよ……。」
*そして視界の端で、リオンが砂竜3体に追いかけ回されていた。*
リオン「うわあああああっ! なんで俺だけ狙われるんすかぁぁぁ!」
ルナ「リオン、頑張って。逃げ足だけは一流だから。」
リオン「褒めてねぇぇぇ! 助けてくれよぉぉぉ!」
*ルナは微笑みながら、リオンの背後で砂竜の脚を斬りつけていた。リオンが囮、ルナが仕留める。恐ろしく効率的なコンビだった。本人だけが気づいていない。*
シロウ「……いい筋トレになってて何よりだ。」
*40分後。砂竜50体、全討伐完了。*
*壊滅したオアシスの跡地に、砂竜の素材が山と積み上げられていた。彼が異空間収納に片っ端から放り込んでいく。*
ハシム「……た、たった40分で……50体を……。」
*ハシムは膝から崩れ落ちていた。使者2人も口を開けたまま固まっている。*
シロウ「それじゃ、剥ぎ取りタイムだな。クエスト終わりの60秒っていう制限がないから剥ぎ取り放題だな。」
ルーナ「やったぁぁぁっ! 剥ぎ取り放題! これがリアルの醍醐味!」
*ルーナがユキの背から飛び降り、目を輝かせながら最寄りの砂竜の死骸に駆け寄った。慣れた手つきでナイフを取り出し、鱗を剥がし、角を折り、尾殻を切り離す。*
*ザクッ、ザクッ、ザクッ。*
*3回。きっかり3回剥ぎ取ると、ルーナはその死骸から離れ、次の砂竜へ走っていった。*
シロウ「……。」
*また3回。ザクッ、ザクッ、ザクッ。そして次へ。*
シロウ「……ルーナ。」
ルーナ「ん?」
シロウ「なんで3回だけなんだ。まだ素材残ってるぞ。」
ルーナ「え? だって3回じゃん。剥ぎ取りは3回でしょ。」
シロウ「……いや、ここリアルだぞ。制限ないぞ。」
ルーナ「……。」
*ルーナが固まった。数秒間、砂漠の風だけが吹いていた。*
ルーナ「……あっ。」
シロウ「気づいた?」
ルーナ「……体が勝手に。」
シロウ「完全にゲーム脳だろお前。」
ルーナ「だ、だって! 染みついた習慣はそう簡単に抜けないの! 前世の記憶が強すぎるの!」
*彼は呆れながらも、少し笑っていた。この子は本当に元日本人OLだ。*
カイ「……ルーナ、何やってるの?」
ルーナ「う、うるさい! カイは黙ってて!」
*ルーナは顔を赤くしながら、改めて先ほどスルーした死骸に戻り、残りの素材を回収し始めた。今度は丁寧に、隅々まで。*
ルーナ「……あ、レア素材。砂竜の心核。」
シロウ「おっ。」
ルーナ「これ……3回の剥ぎ取りじゃ絶対出ないやつだ……。リアル剥ぎ取りすごい……。」
シロウ「だから言っただろ。」
*彼もフェンと一緒に素材回収を始めた。砂竜の角、鱗、尾殻、心核、牙、爪、内臓の魔石。全て異空間収納に放り込んでいく。50体分の素材は膨大な量だった。*
ドルガン「おい! この角、俺の武器に加工できねぇか!?」
カイン「……素材は全て陛下に渡せ。後で分配がある。」
ドルガン「ちぇっ。」
*ヴァイスが砂竜の解剖図を描き、アシュトンが臓器のサンプルを瓶に詰めている。この2人は最後まで研究者だった。*
*リオンがへたり込んで水を飲んでいた。*
リオン「……俺、戦闘よりこっちの方が向いてるかもしれないっす。剥ぎ取り専門で。」
ルナ「リオン。囮としての才能は本物だよ。」
リオン「だから褒めてねぇって……。」
*30分後、全ての素材を回収し終えた。*
*一行は砂漠を進んでいた。ひたすら、ただひたすらに。*
*砂。砂。砂。枯れ草。砂。砂。また砂。*
*太陽が真上から照りつけ、地平線まで何も見えない。サハラ砂漠をそのまま異世界に持ってきたような、圧倒的な虚無が広がっていた。クーラードリンクのおかげで暑さは感じないが、景色の単調さだけは如何ともしがたい。*
レイラ「……つまらん。」
*レイラが呟いた。3回目だった。*
レイラ「つまらんぞ。いつまで歩くのだ。砂しかない。敵も来ん。」
シロウ「さっき倒したばっかりだろ。」
レイラ「あんなもの準備運動にもならん。妾は強い敵が欲しいのだ。この砂の海を歩くだけなど、拷問と変わらん。」
*彼女の声に苛立ちが滲んでいた。足で砂を蹴り上げ、ため息をつく。*
レイラ「なぜ転移魔法で飛ばんのだ。お前なら一瞬だろう。」
シロウ「行ったことない場所には飛べない。座標が分からん。」
レイラ「ならばあの使者に聞け。」
ハシム「あ、あの……転移魔法というのは、座標を知っていれば……?」
シロウ「正確な魔力座標が必要なんだ。地図上の位置じゃ精度が足りない。」
ハシム「……なるほど。申し訳ございません、我が国にはそのような技術が……。」
レイラ「ちっ。」
*舌打ち。レイラの我慢の限界が近い。*
ルーナ「父さん、レイラママ怒ってるよ。何かしてあげないとそのうち砂漠ごと吹き飛ばすよ。」
シロウ「分かってる……。」
*彼は異空間収納から、あるものを取り出した。冷たい氷菓子。日本でいうアイスキャンディーだ。レイラの好きなベリー味。*
シロウ「ほら。」
*無言でレイラの前に差し出した。*
レイラ「……。」
*レイラは一瞬、彼を睨んだ。だが、すぐに目を逸らし、ひったくるようにアイスを受け取った。*
レイラ「……ふん。こんなもので機嫌が直ると思うな。」
*そう言いながら、小さな口でアイスを舐め始めた。表情が僅かに緩む。ほんの僅かだが。*
カイ「……母さん、単純だな。」
レイラ「聞こえておるぞカイ。」
カイ「聞こえるように言った。」
*砂漠の行軍は続く。ハシムが前方を指差した。*
ハシム「あの砂丘を越えれば、壊滅したオアシスの跡地です。そこから更に半日ほどで、王都サルーナの外壁が見えるはずです。」
シロウ「半日か……。」
ルーナ『父さん。上から見える。砂丘の向こう側、オアシスの跡地に……何かいる。砂竜じゃない。もっとでかい。』
*彼の目が鋭くなった。*
シロウ『サイズは?』
ルーナ『……砂竜の5倍はある。砂の中に半分埋まってて、全体は見えないけど……尻尾だけで30メートルくらい。』
*彼の言葉が途中で止まった。脳裏に浮かぶのは、あの巨大な砂漠の主。角が1本。砂の中に潜む超巨大モンスター。*
シロウ「ダ……」
ルーナ『○レン・モーランだぁぁぁぁっ!!!!』
*念話越しに、ルーナの絶叫が脳内に響き渡った。興奮で声が裏返っている。上空のユキの背で、ルーナが両拳を突き上げてぴょんぴょん跳ねているのが見えた。*
ルーナ『父さん! 父さん! 本物だよ! 1本角! 砂の中に半分埋まってる! 尻尾30メートル! 完全にダレ○・モーランだよ! うわぁぁぁ生で見れるとか最高すぎる!!』
シロウ『落ち着け。ユキから落ちるぞ。』
ルーナ『無理! 落ち着けない! だってあれ村クエ最終じゃん! 撃龍槍ないけど! 大銅鑼もないけど! でも本物!!』
*彼も正直、心臓が跳ねていた。画面越しに何百回と狩ったモンスターが、リアルで目の前にいる。しかも、スケールが段違いだ。*
*神眼を発動した。*
───────────────────
【砂漠の厄災】
Lv.500
HP:145,890,000
種別:古龍種
弱点:氷属性、龍属性
耐性:火属性、土属性、風属性、次元斬撃無効
部位弱点:1本角(打撃)、背中(斬撃)、腹部(属性攻撃)
特性:地中潜行、大突進、砂津波、咆哮(広域スタン)、体当たり(地形破壊)
ドロップ:砂嶽龍の巨角、砂嶽龍の堅殻、砂嶽龍の宝玉、砂嶽龍の尾甲、古龍の血
───────────────────
シロウ「……Lv.500。HP約1億4千万。古龍種。」
ルーナ『ステータスは!?』
シロウ「氷と龍属性が弱点。角に打撃、背中に斬撃、腹に属性攻撃。砂津波持ち。」
ルーナ『完全に一致! あぁぁぁもうテンション上がりすぎて手が震える! 狩っていい!? 狩らせて!?』
*レイラが砂丘の向こうを見据えた。地面が微かに揺れている。あの巨体が砂の中で蠢いているのだ。*
レイラ「……ようやく、まともな獲物か。」
*口角が上がった。レイラの目に戦意が灯る。*
カイ「……あれ、さっきの砂竜とは次元が違うね。」
ドルガン「お、おい……あのでかさ……本気か……。」
ハシム「あ、あれは……! 『砂漠の災厄』……! 我が国で100年に一度現れると言い伝えられる、砂嶽の古龍……! あれが現れた時、オアシスが3つ消えました……!」
*使者たちの顔が蒼白に変わった。*
シロウ「……撃龍槍も大銅鑼もないが。」
ルーナ『いらない! 父さんの拳が撃龍槍で、私の声が大銅鑼!』
*彼は神眼の情報を改めて確認し、顔を引き締めた。HP約1億5千万。そして厄介な耐性。*
シロウ「次元斬撃無効……カイのアスカロンが効かない。」
カイ「……え。」
*カイが足を止めた。手にした神剣アスカロンを見下ろす。次元を斬り裂く一撃を無効化されるとなれば、主力火力が丸ごと封じられたに等しい。*
カイ「……古龍種には次元干渉が通らないってこと?」
シロウ「そういうことだ。あいつは古龍。世界の理そのものに近い存在だから、次元系の攻撃を受け付けない。物理と属性で殴るしかない。」
ルーナ「あー、確かに。ゲームでも古龍は特殊な耐性多かったもんね。」
カイ「……じゃあ俺は。」
シロウ「お前は氷属性の精霊術に切り替えろ。精霊神の力なら属性攻撃の威力は十分だ。ただし、前衛は無理だ。あのサイズの体当たりを食らったら……。」
*地面が揺れた。砂丘の向こうから、低い振動が伝わってくる。あの巨体が動いている。*
レイラ「ふん。HP1億5千万だろうが何だろうが、殴れば減る。妾が前衛を務める。」
*レイラが拳を握った。魔力が凝縮し、空気が軋む。魔王妃の全力。砂漠の砂が彼女の足元から円状に吹き飛んだ。*
シロウ「……よし。メンバーは俺、レイラ、カイ、ルーナの4人。八輝将とフェン、イグニは後方待機。」
ドルガン「お、おい! 俺らも戦わせてくれ!」
シロウ「駄目だ。あのサイズの咆哮を食らったら、お前らは即死する。Lv.500の古龍種だぞ。」
カイン「……了解した。撤退路の確保に回る。」
*カインが冷静に頷き、ドルガンの肩を掴んで引き下がらせた。*
リオン「いや、正直助かるっす……。あれ見てください。尻尾だけで俺の人生3回分くらいのでかさっすよ……。」
ルナ「リオン。いつか、あれくらい倒せるようになろうね。」
リオン「なれるわけねぇだろ……。」
シロウ「作戦はこうだ。」
*砂の上に指で図を描き始めた。*
シロウ「俺が音爆弾で砂中から引きずり出す。レイラが正面から角を狙って打撃。ルーナとユキが空中から背中に斬撃と氷ブレス。カイは中距離から氷属性の精霊術を腹部に集中。俺はフェンと合わせて氷魔法で全体火力を補う。」
ルーナ「了解! ユキ、行けるね!?」
ユキ「きゅいっ!」
レイラ「回りくどい。妾が角を折る。それで終わりだ。」
シロウ「……頼もしいが、油断するなよ。砂津波持ちだ。広域攻撃が来たら全員回避優先。」
*砂丘の向こうで、巨大な影がゆっくりと砂から浮上し始めた。1本の巨角が砂漠の太陽を遮る。その全長は優に100メートルを超えていた。*
ハシム「あ……あぁ……。」
*ハシムが腰を抜かした。*
*4人が同時に砂丘を越えた。その瞬間、全長100メートルを超える巨体が砂の中から姿を現した。1本の巨角が天を衝き、分厚い甲殻が砂漠の太陽を反射して鈍く光る。地面が常に揺れていた。*
シロウ「行くぞ!」
*彼が音爆弾を全力で投げつけた。爆音が砂漠に轟き、苦悶の声を上げながら砂中から完全に浮上する。想像以上にでかい。100メートルどころではない。尻尾まで含めれば120メートルはある。*
レイラ「邪魔だ、退け!」
*レイラが地面を蹴った。魔力を纏った拳が、巨角に直撃する。轟音。砂が津波のように吹き飛んだ。角に亀裂が走る。*
*だが、折れない。HP1億5千万は伊達ではなかった。*
レイラ「……硬い。面白い。」
ルーナ『ユキ、背中に降りて! 斬るよ!』
ユキ「きゅいいいっ!」
*ユキが急降下し、背中すれすれを飛ぶ。ルーナが飛び降り、双剣で背中の甲殻を斬りつけた。火花が散る。硬い。だが確かに傷が入った。*
ルーナ「背中、斬撃通る! でも硬っ!」
カイ「氷の精霊よ、凍てつく槍となれ!」
*カイが中距離から巨大な氷の槍を生成し、砂嶽龍の腹部に叩き込んだ。着弾と同時に氷が広がり、腹の甲殻が凍りつく。悲鳴を上げた。属性攻撃が確かに効いている。*
*そして彼は。*
シロウ「よし、今だ。」
*背中に飛び乗っていた。右手にピッケル型の魔法武器を生成し、甲殻の隙間に突き立てる。*
ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ!
ルーナ『ちょっ……父さん! 採掘してる!? 戦闘中に!?』
シロウ『背中乗ったら採掘するのが基本だろ。』
ルーナ『それはそうだけど! 今!?』
*甲殻の欠片が剥がれ落ち、異空間収納に吸い込まれていく。堅殻。レア素材だ。*
*体を大きく振った。振り落とそうとしている。彼は片手でしがみつきながら、もう片手で採掘を続けた。*
シロウ『あと2回……よし、取れた! 堅殻3個!』
ルーナ『3回で止めるな! さっき私に言ったこと忘れた!?』
シロウ『……あ。』
*一瞬の沈黙。*
ルーナ『ゲーム脳はどっちだよ!!』
*戦闘は壮絶だった。*
*砂嶽龍が砂津波を放ち、砂漠の地形が丸ごと変わった。ルーナがユキと共に空中から背中を斬りつけ、カイが氷の精霊術を腹部に叩き込み続ける。彼は音爆弾で動きを制御しつつ、氷魔法の援護を絶やさなかった。*
*そして、レイラ。*
レイラ「砕けろ。」
*魔力を限界まで凝縮した拳が、砂嶽龍の1本角に直撃した。撃龍槍など比較にならない。彼女の拳そのものが、この世界における最大の兵器だ。*
*角に亀裂が走る。だが、まだ折れない。*
レイラ「ふん……しぶとい。」
*2撃目。地面が陥没した。3撃目。空気が裂けた。4撃目。音が遅れて届いた。*
*5撃目。*
*轟音と共に、巨角が根本から折れた。砂嶽龍が絶叫を上げ、大きくよろめく。*
ルーナ「角折れた! 今だ! ユキ、全力ブレス!」
ユキ「きゅいいいいいいいいいっ!!!」
*始祖竜の全力氷結ブレスが、砂嶽龍の全身を包み込んだ。同時にカイの精霊術が腹部を凍りつかせ、彼の氷魔法が追い打ちをかける。*
*レイラが跳躍した。凍りついた砂嶽龍の頭上へ。*
レイラ「妾の前で、倒れる事を許す。」
*最後の一撃。全魔力を込めた踵落としが、砂嶽龍の頭蓋を粉砕した。*
*地面が割れた。衝撃波が砂漠を駆け抜け、半径500メートルの砂が吹き飛んだ。後方で待機していた八輝将が慌てて盾を構えた。*
*砂嶽龍が、ゆっくりと倒れていく。120メートルの巨体が砂漠に横たわり、最後の息を吐いた。地響きが収まっていく。*
*静寂。*
ルーナ「……討伐完了。」
*ルーナがユキの背から飛び降り、膝に手をついた。息が荒い。だが、顔は満面の笑みだった。*
ルーナ「やったぁぁぁっ! ○レン・モーラン討伐! リアルで!」
カイ「はぁ……はぁ……。精霊術、全部使い切った……。」
*カイが砂の上に座り込んだ。フェンとイグニが駆け寄り、心配そうに鼻を押し付ける。*
レイラ「……ふん。まあまあだな。」
*レイラだけが息一つ乱していなかった。拳についた砂を払い、振り返る。*
ハシム「……あ……あぁ……。」
*ハシムは完全に腰を抜かしていた。使者2人も口を開けたまま動かない。100年に一度の災厄が、ものの30分で沈んだのだ。*
ハシム「100年に一度の災厄を……30分で……。」
シロウ「さて。」
*彼は異空間収納からピッケルを取り出し、にやりと笑った。*
シロウ「本番の剥ぎ取りタイムだ。120メートル分の素材、全部いただく。」
ルーナ「今度は3回で止めないよ!」
シロウ「俺もな。」




