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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*彼は書状を2通、交互に見比べた。目が何度も文面を往復する。*


シロウ「………は?」


*1通目。ヴェルナー男爵からの書状。*


───────────────────

シロウ・ニシキ・アストライア殿


先日の件、改めて御礼申し上げます。


冒険者ギルドにランクアップ推薦状を提出いたしました。


対象は「ギメイ」殿。

無詠唱転移魔法の使用実績、及び火山での

単独討伐の功績を根拠とし、

Aランクからの特別昇格を申請いたしました。


結果、ギルド本部の審査委員会にて

SSランクへの昇格が認められたとのことです。


ヴェルナー・フォン・ブランシュタット

───────────────────


*2通目。冒険者ギルド本部からの公式書簡。*


───────────────────

シロウ・ニシキ・アストライア殿


貴殿のSSランク冒険者としての登録名義「ギメイ」が、

ブランシュタット男爵の推薦により

SSランクに昇格いたしました。


これにより、同一人物が同ランクに

2名義で登録されている状態となり、

ギルド規定第47条に基づく再査定を実施いたしました。


再査定の結果、貴殿の本名義

「シロウ・ニシキ・アストライア」は

SSSランクへの昇格が妥当と判断されました。


つきましては、最寄りのギルド支部にて

冒険者証の更新手続きをお願いいたします。


冒険者ギルド本部 審査委員長

ハインリッヒ・グランツ

───────────────────


*彼は書状を机に置き、天井を仰いだ。*


シロウ「……ヴェルナーのやつ、余計なことを……。」


*SSSランク。現在この世界でその称号を持つのは、勇者ただ1人。伝説級の実力者にのみ与えられる、冒険者ランクの頂点だ。*


シロウ(目立ちたくないからギメイを作ったのに……ギメイがSSに上がったせいで、本名義が押し出されてSSSになった……? 何だそのシステムは。)


オルクス「陛下? どうかされましたか。顔色が優れませんが。」


シロウ「……オルクス。俺、SSSランクになったらしい。」


オルクス「……は?」


シロウ「勇者と同格だ。」


*オルクスのペンが机から転がり落ちた。*


オルクス「……SSSランクは、歴史上勇者にしか与えられたことのない称号ですが。」


シロウ「知ってる。」


オルクス「陛下がそれを受けたとなると……各国から注目が集まります。外交上の影響も……。」


シロウ「知ってる。」


オルクス「……胃薬をいただけますか。」


シロウ「さっき飲んだばかりだろ。」


*彼は頭を抱えた。変装用の別名義が本名義を追い越しかけるという、想定外の事態。しかも引き金を引いたのは、善意の塊であるヴェルナー男爵だ。悪意がないだけに怒るに怒れない。*


ーー


*約1週間後。南大陸鉱山までのレールが完成した。*


*ボルグの宣言通り、酒の力は凄まじかった。ドワーフたちは昼夜問わず鉄を打ち、枕木を並べ、レールを敷いた。通常なら2ヶ月はかかる工程を、たったの1週間で仕上げてしまった。*


*彼は完成したレールの上を、試運転の機関車に乗って南大陸の鉱山まで往復した。片道3時間。蒸気を吐きながら荒野を走る鉄の塊は、この世界では異質な存在だ。だが、それが運んでくる鉄鉱石の量は、馬車の比ではなかった。*


*鉱山から帰還した彼は、すぐにオルクスとボルグを集めて次の計画に取り掛かった。*


───────────────────

アストライア城 会議室

───────────────────


シロウ「状況を説明する。南大陸ルートが完成したことで、鉄の供給量は従来の20倍になった。この鉄を使って、次の段階に進む。」


*彼はテーブルの上に、手描きの地図を広げた。アストライアを中心に、結界の内側をぐるりと一周するレールが描かれている。現在は1本の線だけだ。*


シロウ「今のレールは単線だ。つまり、1本の線路を行きも帰りも使ってる。これだと、すれ違いのために待避所で止まらなきゃならない。効率が悪い。」


*彼はペンを取り、既存のレールの横にもう1本、平行する線を描き足した。*


シロウ「これを複線にする。左回りと右回りの同時運用だ。片方が城門から市街地へ向かう間に、もう片方が鍛冶場から迷宮区画へ向かえる。輸送量は単純計算で2倍以上になる。」


ボルグ「ふん。レールをもう1本分か。鉄は南大陸から山ほど来とるから、材料は問題ねぇ。」


*ボルグは腕を組み、地図を睨んだ。彼の顎髭には、昨晩飲んだ茅台酒の匂いがまだ残っている。*


ボルグ「問題は枕木の幅だな。複線にするなら、既存の枕木を全部取り替えるか、横に新しく敷くかの2択だ。」


シロウ「横に並行して敷く。既存のレールは活かしたまま、隣にもう1本通す。幅は2メートル空ける。」


ボルグ「2メートルか。ちと狭くねぇか?」


シロウ「機関車の車幅が1.2メートルだ。2メートルあれば十分すれ違える。」


ボルグ「……まぁ、お前がそう言うなら。」


*オルクスが手帳に何かを書き込みながら口を開いた。*


オルクス「陛下。複線化の工期はどの程度を見込まれていますか。」


シロウ「ボルグ、どうだ?」


ボルグ「酒次第だな。」


オルクス「……やはりそうなりますか。」


ボルグ「良い酒があれば10日。無けりゃ1ヶ月。」


*彼は異空間収納から、琥珀色の液体が入った瓶を3本取り出した。グレンモアのスコッチだ。日本から届いた最初の納品分である。*


シロウ「グレンモアの18年。スコッチウイスキーだ。完成したら追加で10本出す。」


*ボルグの目が、グレンモアの瓶から彼の手元のラミネート冊子に移った。*


シロウ「これ、一応やるよ。」


*彼がテーブルに置いたのは、厚さ2センチほどのラミネート加工された冊子だった。表紙には共通語で「地球産 酒類総合目録」と手書きで記されている。*


*ボルグが無言で手に取り、最初のページをめくった。*


ボルグ「……なんだこりゃ。」


*目次だけで4ページあった。*


───────────────────

【目次】

1. ビール類(ラガー、エール、IPA、スタウト他)

2. ワイン類(赤、白、ロゼ、スパークリング他)

3. ウイスキー類(スコッチ、バーボン、アイリッシュ、ジャパニーズ他)

4. ブランデー類(コニャック、アルマニャック、カルヴァドス他)

5. ジン・ウォッカ・ラム・テキーラ

6. 日本酒(純米大吟醸、大吟醸、純米、本醸造他)

7. 焼酎(芋、麦、米、黒糖、泡盛他)

8. 中国酒(白酒、紹興酒、茅台酒他)

9. 韓国酒(マッコリ、チャミスル他)

10. サワー・チューハイ・カクテル類

11. リキュール類

12. その他(ミード、シードル、果実酒他)

───────────────────


*ボルグがページをめくる手が震えていた。怒りではない。感動だ。*


*ウイスキーのページだけで12ページある。銘柄ごとに度数、産地、味の特徴が共通語で丁寧に記されている。度数順に並んでおり、最低のアイリッシュ・ブレンド40度から、最高のカスクストレングス68度まで。*


ボルグ「……おい。」


シロウ「ん?」


ボルグ「これ全部……お前の世界に実在する酒か?」


シロウ「ああ。全部取り寄せられる。」


*ボルグの隣にいた2人のドワーフ鍛冶師、トルンとガリウスが、横から覗き込んだ。*


トルン「おい、ボルグ。日本酒のページ見せろ。この前飲んだあの透明なやつ、載ってるか?」


ガリウス「俺はビールだ。あの『生ビール』ってやつ、もう一度飲みてぇ。」


*ボルグがビールのページを開いた。ラガー、ピルスナー、ヴァイツェン、IPA、ペールエール、スタウト、ポーター、ランビック。度数3度から12度まで、100銘柄以上が並んでいる。*


ガリウス「……100種類以上あるのか。」


シロウ「ビールだけでな。世界全体だと数千種類はある。」


*3人のドワーフが同時に黙った。まるで神殿で聖典を前にした信者のような顔だった。*


ボルグ「……陛下。」


シロウ「なんだ。」


ボルグ「複線化、7日で終わらせる。」


シロウ「10日って言ってなかったか?」


ボルグ「7日だ。いや、5日にする。」


トルン「俺も夜通しやる。」


ガリウス「俺もだ。」


*オルクスが手帳にペンを走らせながら、小さく溜息をついた。*


オルクス「……酒類カタログ1冊で工期が半分に。もはや国家予算より酒の方が効果的なのでは…」


*ボルグが地図を改めて見つめた。彼の指が南大陸の鉱山から北上し、アストライアを経由して帝国、さらにノルドヘイムまでをなぞった。*


シロウ「南大陸の下の方からアストライア、アストライアから帝国と北方諸国。全部繋げるつもりだ。かなりの距離になる。」


*オルクスが即座に地図上の距離を指で測り、帳面に数字を書き込んだ。*


オルクス「……陛下。南大陸鉱山からノルドヘイムまで、直線距離で約2,400キロメートル。実際のルートは地形を考慮すると3,000キロ近くになります。複線化するなら、レールの総延長は6,000キロ。」


ボルグ「……。」


*ボルグの口が閉じた。さすがのドワーフも、数字を前にすると冷静になる。*


オルクス「帝国までの単線が完成した時点で、枕木と鉄レールの消費量は鉱山の月間産出量の7割を使いました。複線化を全区間で行うとなると……。」


シロウ「だから南大陸ルートを先に完成させた。鉄の供給量が20倍になったんだ。材料は足りる。」


オルクス「材料はそうですが、人手の問題です。現在、レール敷設に従事できるドワーフは87名。6,000キロの複線を5日で……いえ、物理的に不可能です。」


ボルグ「……ぐっ。」


*ボルグが腕を組み直し、悔しそうに唸った。気合いだけでは距離は縮まらない。*


シロウ「無理せずやってくれりゃいいからな。ただでさえ速いんだ。」


ボルグ「……ちっ。認めたくねぇが、じじいの言う通りだ。5日は無理がある。」


オルクス「じじいではありません。」


*彼は地図の上にペンで区間を分けた。*


シロウ「区間ごとに分けて進めよう。優先順位を決める。まず第1区間、アストライア市内の環状線。これは既存の単線を複線化するだけだから短い。次に第2区間、アストライアから帝国まで。第3区間、帝国からノルドヘイム。第4区間、アストライアから南大陸鉱山。最後に南大陸鉱山から南端の港町まで。」


オルクス「優先度が高いのは第1区間と第2区間ですね。市内の物流効率と、帝国との交易量に直結しますから。」


シロウ「ああ。第1区間は7日。第2区間は……ボルグ、どう見る?」


ボルグ「帝国までは既にレールが通ってる。横にもう1本敷くだけなら……30日。ただし酒は毎日出してもらう。」


シロウ「当然だ。カタログから好きなのを選んで注文リストを作ってくれ。届き次第渡す。」


*ボルグがラミネート冊子を大事そうに胸に抱えた。*


ボルグ「……陛下。この冊子、鍛冶場に持って帰っていいか。」


シロウ「やると言っただろ。」


ボルグ「よし。今夜中に全員で選ぶ。」


*ボルグとトルン、ガリウスが冊子を囲んで退室していった。廊下から「焼酎ってのは何だ」「度数25度……軽いな」「いやこっちのウォッカ、96度だぞ」という声が聞こえてくる。*


オルクス「……96度の酒を飲むつもりですか、あの人達は…」


*彼がラミネート冊子に付いた手垢を、小瓶から布に垂らしたエタノールで丁寧に拭き取っていた。透明な液体が布に染み込み、冊子の表面が綺麗になっていく。*


*その瞬間、ドアに向かっていたボルグの足が止まった。鼻がひくひくと動く。*


ボルグ「……おい、陛下。」


シロウ「ん?」


ボルグ「今の……何だ。その液体。」


シロウ「ああ、これか。エタノールだ。消毒用の……。」


*ボルグが振り返った。その目は、先ほどグレンモアの瓶を見た時と同じ輝きを放っている。いや、それ以上だった。*


ボルグ「……酒の匂いがする。」


シロウ「いや、これは酒じゃ……。」


ボルグ「嗅いだ。確かに酒精の匂いだ。しかも純度が異常に高ぇ。」


*ドワーフの嗅覚は人間の3倍と言われている。エタノールのアルコール成分を一瞬で嗅ぎ分けたのだ。*


*トルンとガリウスも戻ってきた。*


トルン「ボルグ、どうした。何か見つけたのか。」


ボルグ「……陛下が持ってるあの液体。純度の高ぇ酒精だ。」


ガリウス「酒精? まさか蒸溜酒の原液か?」


*ボルグがスプレーヘッドを器用にねじって外し、口元に持っていった。*


シロウ「いや、消毒用だから……!」


*彼が止める間もなく、ボルグの太い腕が傾けた。*


シロウ「あー! よせよせ!」


*ボルグがグイッと一口飲んだ。純度99.5パーセントのエタノール。度数換算で約99度。人間なら食道と胃が焼けて救急搬送されるレベルだ。*


シロウ「あ……くたばれ肝臓。」


*彼がボソッと呟いた。*


*ボルグの顔が一瞬、真っ赤になった。そして……満面の笑みが広がった。*


ボルグ「……っかぁぁぁぁ!! 効くぅぅ!!」


シロウ「効くじゃねぇよ! 消毒液だって言ってるだろ!」


ボルグ「いや待て陛下。これは……こいつは……純粋な酒精だ。余計な味も香りもねぇ。ただ純粋にアルコールだけが喉を焼く。こんな体験は生まれて初めてだ。」


トルン「おい、ボルグ。どうだった?」


ボルグ「トルン。お前も飲め。世界が変わる。」


シロウ「飲ませるな!」


*ガリウスが横からすっと取ろうとした。彼が慌ててひったくった。*


シロウ「だから消毒用だっつってんだろ! 飲用じゃない! 人間が飲んだら死ぬ!」


ボルグ「俺はドワーフだが?」


シロウ「ドワーフでも内臓が焦げるわ!」


ボルグ「焦げてねぇ。むしろ胃が温まって調子いい。」


*オルクスが手帳にペンを走らせていた。淡々と。*


オルクス「……記録。本日、ボルグ。消毒用エタノール純度99.5パーセントを経口摂取。健康被害なし。ドワーフの肝臓は人間の常識を超越していることが判明。」


シロウ「記録すんな。」


ボルグ「陛下。あのカタログにこいつは載ってなかったぞ。追加してくれ。」


シロウ「載せるわけないだろ! 酒じゃないんだから!」


ボルグ「酒じゃなくても美味ぇもんは美味ぇ。」


シロウ「味覚を疑え。」


*トルンがぼそりと呟いた。*


トルン「……なぁボルグ。さっきのカタログにウォッカ96度ってのがあったろ。あれよりも上ってことか、その消毒液。」


ボルグ「ああ。96度のウォッカなんぞ水みてぇなもんだ。99度だぞ99度。」


ガリウス「……飲みてぇ。」


シロウ「飲ませない。」


*彼はエタノールを異空間収納にしまい込んだ。二度とドワーフの前では取り出さないと心に誓った。*


*ボルグが名残惜しそうに、彼の手元を見つめていた。*


ボルグ「……陛下。複線化、5日で終わらせる。だからあの液体を……。」


シロウ「駄目だ。」


ボルグ「3日。」


シロウ「駄目だ。グレンモアで我慢しろ。」


ボルグ「……ちっ。」


*ボルグ、トルン、ガリウスの3人が、冊子を囲んだまま口論を始めた。*


ボルグ「だから言ってんだろ。酒ってのは純度が全てだ。余計な味は要らねぇ。あの消毒液……いや、あの純粋酒精こそが究極の一杯だった。」


トルン「馬鹿言え。酒ってのは香りだ。このページに載ってる『山崎18年』ってやつ、説明を見ろ。『樽由来のバニラ香と熟成されたドライフルーツの余韻』だぞ。こういうのを味わってこそ酒飲みだろうが。」


ガリウス「俺はどっちでもいい。美味けりゃいい。だがあの生ビールの喉越しは忘れられねぇ……。」


*彼は3人のやり取りを眺めながら、深い溜息をついた。*


シロウ「飲み物じゃないってば!」


*もう届いていなかった。3人は完全に自分達の世界に入っている。*


シロウ「はぁ……アルコールだったら何でもいいのか……?」


*純粋アルコール派のボルグと、香りを楽しむ派のトルンが、互いのページを指差しながら言い争っている。ガリウスは中立を保ちつつ、ビールのページを黙々と読み込んでいた。完全に派閥が分かれた。*


ボルグ「いいか、トルン。香りだの余韻だのは飾りだ。酒の本質はアルコールだ。純度が高ければ高いほど上等。それが道理ってもんだろうが。」


トルン「その理屈だと、最終的に工業用アルコールが最高の酒になるぞ。味覚が死んでんだよお前は。」


ボルグ「死んでねぇ! 研ぎ澄まされてんだ!」


*彼はポケットから別のスプレーボトルを取り出しかけて、やめた。また嗅ぎつけられる。*


シロウ「……スピリタス、買っておくか……。」


*オルクスのペンが止まった。*


オルクス「スピリタス、とは?」


シロウ「ポーランド産のウォッカだ。96度。飲用として売られてる中では世界最高度数。あいつらに消毒液を飲まれるくらいなら、ちゃんとした酒を出した方がまだマシだろ。」


オルクス「……96度のウォッカが『ちゃんとした酒』。この国の常識が日々崩壊していく気がするのですが。」


シロウ「ドワーフの常識に合わせてるだけだ。俺の常識じゃない。」


*ボルグの耳がぴくりと動いた。聞こえていたらしい。*


ボルグ「陛下! 今、96度の飲用酒があると言ったか!?」


シロウ「……聞こえてたか。」


ボルグ「買え。今すぐ買え。複線化、第1区間は5日で仕上げる。」


トルン「おい待て。俺にはあの山崎とかいう樽熟成の奴を……。」


ガリウス「生ビールの樽を1つ丸ごと……。」


*3人が同時に彼に詰め寄った。*


シロウ「分かった分かった! 全部手配するから落ち着け! スピリタスと山崎とビール樽、全部だ! だから俺のエタノールには二度と手を出すな!」


*ボルグが満足そうに頷いた。*


ボルグ「よし。交渉成立だ。」


*彼がポケットから小さなメモ帳を取り出し、ペンを走らせた。*


「ビールサーバー」


*その一行を書き加え、顎に手を当てた。*


シロウ「サーバー……20Lで何日もつやら……。」


*ドワーフ数百名。全員が酒豪。20リットルの樽など、宴会1回で消し飛ぶだろう。いや、ボルグ1人で半分は飲む。*


*彼の頭の中で、別の計算が回り始めた。*


シロウ「……。」


*鉄道が全区間開通すれば、物流は劇的に変わる。南大陸の鉱石だけではない。食材も、酒も、日用品も、全てがレールの上を走る。*


*ならば、次は酒に特化した店だ。*


シロウ「この際だ……クラフトビールの樽をいくつか取り寄せて、ビール専門の店を作るのもアリだな。」


オルクス「ビール屋、ですか。」


シロウ「ああ。日本にはブルワリーっていう小規模な醸造所が山ほどある。それぞれ味が全く違う。苦いの、フルーティなの、小麦の甘いやつ、燻製みたいなやつ……全部揃えたら面白いだろ。」


*オルクスがペンを止め、少し考え込んだ。*


オルクス「……確かに、鉄道開通後は帝国や北方諸国からの来訪者が増えます。宿泊施設と並んで飲食店の拡充は必要でした。ですが陛下、1つ確認させてください。」


シロウ「なんだ。」


オルクス「ビールサーバーとは何ですか。」


シロウ「樽に入ったビールを、炭酸ガスの圧力で押し出して注ぐ機械だ。これがあると泡がきめ細かくなって、注ぎたてが一番美味い状態で出せる。」


*オルクスがメモを取る手が一瞬止まった。*


オルクス「……炭酸ガスの圧力。」


シロウ「仕組みは単純だ。ガスボンベと減圧弁と冷却装置があればいい。電気は……魔石で代用できるな。冷却も氷魔法の魔道具で何とかなる。」


オルクス「つまり、日本から機材を持ち込んで魔道具で改造すると。」


シロウ「そうなるな。サーバー本体は業務用で1台15万くらいだ。金貨15枚。5台くらい入れておけば、タップを10口は確保できる。常時10種類のビールを生で出せる。」


*彼がメモに書き足した。*


「業務用ビールサーバー×5」

「炭酸ガスボンベ×10」

「冷却用氷魔法の魔道具→シルフィに相談」

「クラフトビール樽リスト→佐藤に発注依頼」


オルクス「場所はどちらに?」


シロウ「温泉街、あそこでいい。内装はドワーフに任せれば……いや、今はレール優先か。後回しだな。」


*廊下の向こうから、まだボルグ達の声が聞こえていた。*


ボルグ「おいトルン、このスピリタスってやつ、96度だぞ。陛下に頼めば……」


トルン「お前はまず味覚を直せ。」


*彼がオルクスに顔を寄せ、声を落とした。*


シロウ「ルーナもビール好きだし、レイラもきっとハマるだろう。この話はまだ内緒だ、そうしないと絶対止まる。」


*オルクスが小さく頷いた。その意味を正確に理解している顔だった。*


オルクス「……仰る通りです。ルーナ様にビール専門店の話が漏れれば、建設計画に口を出し始めるでしょう。『IPAのタップは最低3口必要』とか『フードメニューに枝豆は絶対入れて』とか。」


シロウ「分かってるじゃねぇか。」


オルクス「レイラ様に至っては……。」


シロウ「あいつは試飲で潰れる。二日酔いで3日は動けなくなって、その間に俺の仕事が全部止まる。前回のビールの件で学んだ。」


*オルクスが深く溜息をついた。あの朝、レイラが部屋から一歩も出られなかった日のことは、彼も記憶に新しい。*


オルクス「では、表向きは『温泉街の飲食施設拡充計画』として進めましょう。ビールという単語は一切出さず、佐藤殿への発注書も法人口座経由で処理します。」


シロウ「頼む。機材の搬入は夜間にやる。転移魔法陣で直接倉庫に入れれば誰にも見つからない。」


オルクス「冷却用の魔道具はシルフィ様に依頼するとのことでしたが、シルフィ様は……秘密を守れますか。」


*2人が同時に沈黙した。*


シロウ「……。」


オルクス「……。」


*シルフィの顔が2人の脳裏に浮かんだ。あの脳天気な笑顔。悪気なく全てを喋ってしまうあの性格。*


シロウ「……シルフィには『冷却装置の試作』とだけ伝える。何に使うかは言わない。」


オルクス「賢明です。」


シロウ「あと、ボルグ達にも口止めしとかないとな。あいつらがビール屋の話を鍛冶場で喋ったら、ルーナの耳に3時間で届く。」


オルクス「ボルグ殿への口止めは……スピリタス1本で足りるかと。」


シロウ「……酒で買収か。まぁ、確実だな。」


*彼がメモに1行書き足した。*


「口止め料:スピリタス×1(ボルグ用)」


オルクス「それと陛下。1つ懸念が。」


シロウ「なんだ。」


オルクス「ルーナ様は現在冒険者として活動されていますが、この街に戻られた際、温泉街の工事現場を目にする可能性があります。あの方は……勘が鋭い。」


シロウ「ああ。『飲食施設拡充』なんて看板出したら、逆に何を隠してるか嗅ぎつける。」


オルクス「では何と?」


シロウ「……『倉庫の増設』。これが一番地味で疑われない。」


*オルクスがメモに「表向き:倉庫増設工事」と書き込み、静かに帳面を閉じた。*


オルクス「……国家機密よりも、家族への情報統制の方が遥かに難易度が高いですね。」


シロウ「言うな。」


*1週間が経過した。*


*ボルグ率いるドワーフ達は、約束通り南大陸の鉱山から北大陸のノルドヘイムまで、全区間の複線化を完了させた。総延長6,000キロ。驚異的な速度だった。*


*完成を祝う宴会は3日間続いた。スピリタス、山崎18年、クラフトビールの樽が次々と空になり、ボルグは「消毒液の方が美味かった」と未だに言い張っていた。*


*そして宴会の余韻が冷めやらぬ中、彼はボルグに次の依頼を出した。*


───────────────────


*温泉街の西側。かつて空き地だった場所に、ドワーフの作業班が集まっていた。*


ボルグ「……で、陛下。倉庫っつったな。」


シロウ「ああ。倉庫だ。ただの倉庫。」


ボルグ「ただの倉庫にしちゃ、やけに注文が細かいんだが。」


*彼が渡した設計図には、以下の内容が記されていた。*


・広い広場を中心に、石畳の客席スペースを確保

・一角にL字型のカウンターを設置(高さ110センチ、奥行き60センチ)

・カウンター背面に棚を3段(瓶を並べる幅)

・カウンター下に冷却用の魔道具を埋め込むスペース

・排水溝付きの床(洗浄用)

・屋根は広場全体を覆うパーゴラ式(開放感重視)

・照明用の魔石ランタンを等間隔で配置


ボルグ「これ、どう見ても酒場だろ。」


シロウ「倉庫だ。」


ボルグ「カウンターのある倉庫なんざ聞いたことねぇ。」


シロウ「物資の受け渡しに使う。」


ボルグ「排水溝は?」


シロウ「清掃用だ。」


ボルグ「棚は?」


シロウ「在庫の陳列。」


*ボルグがじっと彼の顔を見つめた。彼は表情を変えなかった。*


ボルグ「……まぁいい。倉庫だな。了解した。」


シロウ「分かってるとは思うが、この件は他言無用だ。特にルーナとレイラの耳には絶対に入れるな。」


ボルグ「……やっぱ酒場じゃねぇか。」


シロウ「倉庫だ。」


*ボルグが呆れた顔で頭を掻いた。*


ボルグ「口止め料は?」


シロウ「スピリタス2本。」


ボルグ「3本。」


シロウ「……2本半。500mlを1本追加する。」


ボルグ「交渉成立。」


*握手が交わされた。国家事業の裏で、消毒液レベルの酒が通貨として機能していた。*


*オルクスが隣で淡々とメモを取っていた。*


オルクス「記録。口止め料としてスピリタス2.5本が支出されました。勘定科目は……何にすればよろしいですか。」


シロウ「雑費。」


オルクス「……雑費。」


*ペンが帳面の上で一瞬止まり、やがて諦めたように書き込まれた。*


*ボルグが作業班に振り返り、大声を張り上げた。*


ボルグ「おい、お前ら! 陛下から『倉庫』の建設依頼だ! 設計図通りに仕上げろ! 工期は……」


シロウ「4日だ。街灯の設置も頼んだ。」


*彼は次元転移で日本に戻り、長野県の事務所に降り立った。時刻は午前9時。日本は平日の朝だった。*


*スーツ…は嫌いだから着ない。「西木士郎」の名刺を胸ポケットに入れた。髪をオールバックに撫でつけると、どこからどう見てもおっさんにしか見えない。白髪が数本混じっているのが、むしろ貫禄を出していた。*


*まず最初に向かったのは、業務用厨房機器の専門商社だった。東京・合羽橋。*


───────────────────


*合羽橋道具街。飲食店向けの業務用機材が所狭しと並ぶ通りを、彼は慣れた足取りで歩いた。*


*目当ての店はすぐに見つかった。「丸善フードマシナリー」。業務用ビールサーバーの取扱量では国内有数の専門店だ。*


*店内に入ると、白髪交じりの店主が迎えた。*


店主「いらっしゃいませ。何をお探しで?」


シロウ「業務用のビールサーバーを5台。あと炭酸ガスボンベを10本。配送先は長野の事務所です。」


*店主の目が一瞬見開いた。個人客の規模ではない。*


店主「5台……。失礼ですが、どういった業態で?」


シロウ「リゾート施設の飲食エリアです。屋外のビアガーデン形式で、常時10タップを稼働させたい。」


店主「なるほど。屋外となると、冷却能力が重要になりますね。瞬冷式と空冷式、どちらがご希望で?」


シロウ「瞬冷式で。冷却部分は独自の設備を使うので、サーバー本体とタップ、レギュレーター、ホース一式があれば十分です。」


店主「承知しました。ニットク製の瞬冷式2口タイプでしたら、1台18万。5台で90万。ボンベは5kgタイプで1本8,000円、10本で8万。合計98万になりますが。」


シロウ「それでお願いします。あと、替えのタップノズルとパッキンの予備を各20セット。」


店主「畏まりました。配送は最短で3日後になりますが。」


シロウ「問題ありません。」


*彼がアストライア商会の法人カードを差し出した。店主が受け取り、端末に通す。決済完了。*


───────────────────


*次に向かったのは、クラフトビールの卸業者だった。*


*東京・清澄白河にある「ブリュワーズ・ダイレクト」。全国のクラフトビール醸造所から直接樽を仕入れ、飲食店に卸す専門業者だ。*


*オフィスに通され、営業担当の女性と向き合った。名札には「藤堂 環」とあった。30代前半、きっちりとしたスーツ姿の女性だ。*


藤堂「西木様、本日はありがとうございます。事前にお電話いただいた件ですね。定期購入のご相談と伺っておりますが。」


シロウ「ええ。20リットルの生樽を、毎月定期で複数種類。最初は10種類、各2樽ずつ。合計20樽でスタートしたい。」


*藤堂が一瞬ペンを止めた。月20樽。小規模なビアバーの月間消費量に匹敵する。*


藤堂「……かなりの量ですね。銘柄のご希望はございますか?」


シロウ「リストを作ってきた。」


*彼がメモを差し出した。*


*彼は椅子に深く腰掛け、両手を頭の後ろに組んで天井を仰いだ。*


シロウ「いやー金が有り余ってるってサイコー!」


*長野の事務所に声が響いた。誰もいない。だからこそ叫べる。異世界の魔王が、日本の山奥で一人ガッツポーズをしている光景は、誰にも見せられない。*


*彼はすぐに机に向き直り、メモとレシートを広げた。*


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【本日の支出一覧】


《業務用ビールサーバー関連》

・ニットク製瞬冷式2口タイプ×5台……900,000円

・炭酸ガスボンベ(5kg)×10本……80,000円

・替えタップノズル×20セット……48,000円

・パッキン予備×20セット……12,000円

小計:1,040,000円


《クラフトビール定期購入(初月分)》

・生樽20L×24樽(12銘柄×2樽)……798,000円

・冷蔵車配送料……30,000円

小計:828,000円


《その他》

・口止め料:スピリタス×3本……12,600円

・グレンモア定期購入(今月分)……既決済


本日合計:1,880,600円

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シロウ「金貨換算で……188枚か。安いもんだ。」


*彼がオルクス宛の報告書を書き始めた。法人口座からの支出であり、国庫には一切触れていない。だが、あの男は「管理しないと胃が痛い」と言っていた。*


*報告書にはなるべく丁寧に、品目と金額と用途を記載した。「用途」の欄には全て「倉庫関連設備」と書いた。嘘ではない。倉庫だ。倉庫と言ったら倉庫だ。*


シロウ「……さて。」


*彼がペンを止め、壁に掛けたカレンダーを見た。*


シロウ「サーバーの到着が3日後。ビール樽の初回納品が5日後。ボルグの建設が4日。ギリギリ間に合うな。」


*彼は報告書を封筒に入れ、転移魔法陣の横に設置した宅配ボックスの「異世界行き」のスロットに差し込んだ。30秒後、ボックスの中身が消える。アストライアの城に届く仕組みだ。*


シロウ「帰ったらまずボルグの進捗確認、サーバーが届いたら設置と動作テスト……。」


*指折り数えながら、彼は小さく笑った。*


シロウ「国家運営より、嫁に隠れてビール屋を作る方が緊張するってどういうことだよ……。」


*彼は報告書の送信を確認すると、椅子から立ち上がった。もう少し日本で調達したいものがある。つまみだ。ビールにはつまみが要る。*


シロウ「枝豆は……冷凍のやつを業務用で。あとはチーズ。ナッツ。ソーセージ。ドワーフは塩辛いものが好きだから、柿の種も入れとくか。」


*数日後。全ての機材と樽が長野の事務所に届いた。彼は荷物を異空間収納に詰め込み、次元転移でアストライアの城に戻った。*


*執務室に降り立つと、オルクスが既に待っていた。机の上には、彼が送った報告書が広げられている。*


オルクス「お帰りなさいませ、陛下。報告書、拝読いたしました。」


シロウ「ああ。問題あったか?」


オルクス「……勘定科目『雑費:口止め料(スピリタス2.5本)』。これは流石に経費として認められるのか、私の中で3日間議論が続きました。」


シロウ「自分の中で3日も議論したのか。」


オルクス「結果、『福利厚生費:現場作業員への慰労品』として処理しました。私の胃のためです。」


*彼はオルクスの机の端に、正露丸の新しい瓶をそっと置いた。*


オルクス「……ありがとうございます。」


シロウ「で、ボルグの進捗は?」


オルクス「本日が3日目です。先程確認しましたが、予定通り明日には完成するとのことでした。カウンターの石材加工が終わり、現在は街灯の設置に入っています。」


シロウ「よし。じゃあ明日、機材を搬入する。夜間に。」


オルクス「夜間搬入……まるで密輸ですね。」


シロウ「密輸じゃない。サプライズだ。」


オルクス「誰へのサプライズですか。」


シロウ「全員への。嫁達には特に。」


*オルクスが溜息をついた。もう何度目か分からない。*


オルクス「それと陛下。孤児院への人員要請の件ですが、南側の院長に話を通しておきました。15歳以上の希望者が6名おります。」


シロウ「6名か。十分だな。交代制で3名ずつ回せばいい。給金は……月金貨3枚でどうだ。住み込みなら食事付きで。」


オルクス「孤児院出身者にとっては破格です。院長も喜んでおりました。」


シロウ「明後日、俺が直接会って面談する。サーバーの使い方と樽の交換方法は実地で教える。難しくはないが、衛生管理だけは徹底させたい。」


*彼がポケットからメモを取り出した。日本で書いた「やることリスト」だ。*


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【残タスク】

☑ サーバー5台(納品済)

☑ 炭酸ガスボンベ10本(納品済)

☑ クラフトビール樽24樽(納品済)

☑ スピリタス口止め料(支給済)

☐ 建設完了確認(明日)

☐ 機材搬入(明日夜間)

☐ 冷却用魔道具(シルフィに依頼)

☐ スタッフ面談(明後日)

☐ 帝国から枝豆の仕入れルート確保

☐ 温泉卵の試作

☐ 南大陸の胡瓜塩漬け試作

☐ 機関車2号機の製造(ボルグに依頼済)

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シロウ「シルフィへの依頼がまだだったな。冷却用の魔道具……氷属性の魔石を組み込んだ小型の冷却装置が5台分必要だ。」


オルクス「シルフィ様には何とお伝えしますか。」


シロウ「『倉庫の温度管理用に冷却装置を試作してほしい』。それだけでいい。」


*翌朝。彼は城の寝室で目を覚ました。*


*いや、正確には目を覚まされた。*


レイラ「……おい。起きろ。」


*琥珀色の瞳が、至近距離でこちらを覗き込んでいた。*


シロウ「……ん……あと5分……。」


レイラ「5分ではない。もう昼だ。」


*彼が跳ね起きた。窓から差し込む光は、確かに真昼のものだった。*


シロウ「昼!?」


レイラ「昨晩、泥のように帰ってきて倒れるように寝たと聞いたが。何をしていた。」


*レイラが腕を組み、ベッドの縁に腰掛けている。小柄な体からは想像もつかない威圧感が漂っていた。*


シロウ「あー……ちょっと買い出しをな。帝国と南大陸を回ってた。」


レイラ「買い出し? 何を。」


シロウ「……食材。」


レイラ「食材を買うだけで泥のように疲れるか?」


*鋭い。さすがに鋭い。彼は寝起きの頭をフル回転させた。*


シロウ「量が多かったんだ。温泉街の飲食施設を拡充するから、その仕入れ先の開拓で。」


レイラ「飲食施設? 聞いておらぬが。」


シロウ「オルクスと進めてた。倉庫の増設もあるし、まだ計画段階だから報告は後でと思ってた。」


*レイラの目が細まった。疑っている。間違いなく疑っている。だが、証拠がない。*


レイラ「……ふん。まぁよい。だが次は事前に言え。妾は……別に心配などしておらぬが、ルクスが父がいないと泣いたのだ。」


シロウ「悪かった。ルクスは?」


レイラ「ルミナが抱いておる。」


*彼がベッドから出て着替えようとすると、レイラがじっとこちらを見ていた。*


シロウ「……なんだ?」


レイラ「白髪が増えたな。」


シロウ「うるさい。」


レイラ「別に悪いとは言っておらぬ。……似合っておる。」


*ぼそりと呟いて、レイラはさっと部屋を出ていった。耳の先だけが赤かった。*


*彼は一人になった寝室で、頬を掻いた。*


シロウ「……さて。」


*残タスクを頭の中で確認する。今日はボルグの建設完了確認と、シルフィへの冷却装置の依頼。そして夜間に機材搬入。*


*まずはボルグの現場だ。彼は着替えを済ませ、温泉街へ向かった。*


───────────────────


*温泉街の西側。昨日まで空き地だった場所が、完全に変貌していた。*


*広い石畳の広場。中央に客席スペースが広がり、周囲には魔石ランタンの街灯が等間隔に並んでいる。広場の一角には、美しく加工されたL字型の石造カウンターが鎮座していた。背面には3段の棚。カウンター下には冷却装置を埋め込むための空洞が、寸法通りに掘られている。*


*屋根はパーゴラ式の木組みで、開放感がありながらも日差しと雨を防ぐ。ドワーフの仕事は、やはり完璧だった。*


ボルグ「予定通り4日で仕上げた。どうだ。」


シロウ「……完璧だ。」


ボルグ「当然だ。」


*彼は認識阻害の結界の中で、黙々と作業を続けた。*


*まず異空間収納からサーバー5台を取り出し、カウンターの上に等間隔で設置した。ニットク製の銀色のボディが、魔石ランタンの光を反射して鈍く光る。タップノズルを取り付け、レギュレーターをボンベに接続。ホースの長さを調整し、カウンター下の冷却スペースに魔道具を埋め込む……はずだったが、シルフィの冷却装置がまだ届いていない。*


シロウ「……冷却は後回しか。先に地下をやるか。」


*彼はカウンターの裏側に回り、地面に手をかざした。土魔法で地下に3メートル四方、深さ2メートルの空間を掘り出す。壁面を石材で補強し、サーバーの真下に樽を差し込める開口部を設けた。簡易的な階段も付ける。*


*地下室が完成すると、異空間収納から24樽の生樽を取り出した。1樽20リットル。合計480キロ。*


*12銘柄を2樽ずつ、銘柄ごとに整理して地下に並べていく。ラベルが見えるように、共通語で手書きの札を付けた。*


「伊勢角屋 ペールエール」

「箕面 W-IPA」

「銀河高原 小麦」

「東京ブラック スタウト」

「富士桜高原 シュヴァルツヴァイツェン」


*全ての樽を収め終え、地上に戻った。次はつまみ用の魔導冷蔵庫だ。異空間収納から業務用サイズの冷蔵庫を2台取り出し、カウンターの裏手に設置。中に塩茹で済みの枝豆、時空魔法で完成させた胡瓜の塩漬け、ナッツ、チーズ、ソーセージ、柿の種を詰め込んだ。*


シロウ「天才的だ……。」


*広場の中央に立ち、全体を見渡した。*


*石畳の広場。パーゴラの屋根。魔石ランタンの街灯が温かい光を灯し、L字カウンターにはサーバーのタップが10口並んでいる。カウンター裏には冷蔵庫と地下への階段。広場には木製のテーブルと椅子が適度に配置され……。*


シロウ「……いや、椅子とテーブルはドワーフサイズも用意しないとな。」


*彼は土魔法で石製のベンチをいくつか追加した。ドワーフの体格に合わせた、低くて頑丈なやつだ。人間用の木製テーブルと、ドワーフ用の石製ベンチ。獣人用に少し高めのスタンディングテーブルも数台。*


*最後に、カウンターの上に看板を掛けた。共通語で一言だけ。*


「酒の泉 - 溺れるなかれ -」


*温泉街の一角にあるビアガーデンが完成した。*


シロウ「あとはシルフィの冷却装置が来れば完成だ。スタッフの研修は明日。開店は……。」


*彼は結界を解除し、汗を拭った。全身が土と汗にまみれている。魔王の姿とは思えない。*

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