328
328
*早朝の公園。朝の日差しがベンチに降り注いでいた。鳥のさえずりが聞こえる中、ベンチの上で熟睡している男が一人。龍の皮で作られた異様な装備を身に纏い、完全に爆睡していた。*
*その周囲には既に数人の野次馬が集まっていた。スマホを構えてパシャパシャと撮影している。*
野次馬A「すごいクオリティ……。あのコスプレ、何のキャラ?」
野次馬B「分かんない。オリジナルじゃない? 革の質感やばくない?」
野次馬C「てか公園で寝てるのウケるんだけど。イベント帰り?」
*そして、その目の前に一人の警察官が立っていた。腕を組み、困惑した顔で寝ている男を見下ろしている。*
警官「あの……すみません。起きてください。」
シロウ「……zzz。」
警官「すみませーん。ここ、公園のベンチなんですけど。」
シロウ「……zzz。」
*警官が肩を軽く叩いた。彼の体がびくりと跳ねた。*
シロウ「……ん?」
*目を開けた。視界に青い制服が映る。帽子。警棒。警察手帳を腰に下げた中年の男。*
警官「おはようございます。お休みのところすみません。ちょっとよろしいですか?」
シロウ「……。」
*彼はゆっくりと体を起こした。周囲を見渡す。公園。ベンチ。野次馬。スマホのカメラ。朝日。日本語の看板。*
シロウ(……ここ日本だ。)
シロウ(なんで?)
シロウ(昨日、城のベッドで寝たよな? ルミナの隣で寝たよな?)
シロウ(無意識転移……? 寝ぼけて転移した……?)
*彼の脳が急速に覚醒していく。自分の格好を見下ろした。龍の皮のブーツ、龍の皮のグローブ、龍の皮の胸当て、龍の皮の外套。完全にギメイの冒険者装備だ。武器だけは異空間収納に入れていたらしい。寝ている間も無意識で危機管理だけはしていた。*
警官「あのー、コスプレのイベントか何かですか?」
シロウ「……ええ、まあ。」
警官「なるほど。それは結構なんですが、公園のベンチで寝泊まりするのはちょっと……。身分証明書、お持ちですか?」
シロウ(身分証……。免許証は異空間収納に……ある。日本で作ったやつ。)
*彼は異空間収納から……ではなく、ポケットに手を突っ込むフリをして免許証を取り出した。*
シロウ「これで。」
*警官が免許証を受け取り、確認した。*
警官「西木……シロウさん。46歳。住所は……東京都港区。」
シロウ「はい。昨日ちょっと飲みすぎまして。」
警官「お酒ですか。それでここで寝てしまったと。」
シロウ「申し訳ない。」
警官「お気持ちは分かりますが、防犯上よろしくないので、お気をつけくださいね。」
シロウ「以後気をつけます。」
*警官が免許証を返し、敬礼して去っていった。野次馬もスマホをしまって散り始める。彼はベンチに座ったまま、深い溜息をついた。*
*昼過ぎ。彼はカプセルホテルの狭いトイレの個室で、龍の皮装備を異空間収納に仕舞い、代わりに黒のTシャツとジーンズ、スニーカーという日本人らしい格好に着替えた。*
シロウ(無意識転移……寝ぼけて転移するとか初めてだぞ。疲れてたのか? いや、そもそも転移先が日本の公園って何だよ。深層意識が日本に帰りたがってたのか?)
*トイレから出ると、フロントで精算を済ませた。3時間パックで1,800円。財布の中には先日質屋で金インゴットを換金した残りがまだ十分にある。*
シロウ(さて……せっかく日本に来たんだ。メールの確認をするか。)
*彼はカプセルホテルを出て、近くのコンビニでコーラを買い、ベンチに座ってスマホを取り出した。異空間収納から出した日本用のスマホだ。電源を入れると、通知が大量に溜まっていた。*
シロウ(佐藤からメールが3件。海外の蒸溜所から返信が……5件来てる。)
*まず佐藤からのメールを開いた。*
───────────────────
差出人:佐藤法務事務所
件名:会社設立進捗のご報告
西木様
お世話になっております。
定款の認証が完了いたしました。
法務局への登記申請は来週月曜日に行います。
問題がなければ、10日後には法人登記が完了する見込みです。
また、法人口座の開設につきまして、
候補の銀行を3行ピックアップいたしました。
ご確認いただけますでしょうか。
佐藤
───────────────────
シロウ(早いな佐藤。仕事が速い。)
*次に蒸溜所からの返信を確認した。12件打診して、5件が返信。うち3件が前向きな回答だった。*
シロウ(スコットランドのグレンモア蒸溜所、アイルランドのダブリンクラフト、アメリカのオークバレル。この3つか。最低発注ロットは……ケース単位。グレンモアが12本入り50ケースから。単価は悪くない。)
シロウ(残り7件はまだ返信なし。まあ時差もあるし、もう少し待つか。)
*彼はコーラを啜りながら、銀行の候補を確認し、佐藤に返信を打った。*
シロウ(銀行はメガバンクで良いだろ。法人口座の審査が厳しいらしいが、佐藤に任せれば何とかなる。)
*返信を送り終え、スマホをポケットに仕舞った。昼下がりの街は穏やかだった。サラリーマンが行き交い、学生がスマホを見ながら歩いている。平和な日本の日常。*
シロウ(……ルミナ、朝起きて俺がいなかったら心配してるだろうな。念話しとくか。)
『ルミナ、起きてるか? 悪い、寝ぼけて日本に転移してた。夕方には戻る。』
*数秒後、念話が返ってきた。*
ルミナ『……は? 寝ぼけて転移? お兄ちゃん何してるの? 朝起きたらいないし、ベッドに変な鱗の跡ついてたし……。』
シロウ(鱗の跡……龍の皮装備のまま寝たからか。)
『ごめん。夕方には帰る。』
*彼は駅前のベンチでコーラを片手にスマホを眺めながら、ブツブツと独り言を呟いていた。*
シロウ「あとは、この前ウィンストンに売った原石の売れ行きしだいだな。オークションに出せば数十億とか言ってたっけ……?」
*隣のベンチに座っていたOL風の女性が、ギョッとした顔で彼を見た。「数十億」という単語が聞こえたらしい。彼女は慌ててベンチから離れ、足早に去っていった。*
*反対側を歩いていたサラリーマンも、チラリと彼を見て目を逸らした。黒髪に白髪が混じった中年男が、ベンチでコーラを飲みながら「数十億」と呟いている。完全に危ない人だ。*
シロウ「……ん?」
*彼はふと周囲の視線に気づいた。通行人が微妙に距離を取って歩いている。近くのバス停で並んでいた老婦人が、心配そうな顔でこちらを見ていた。*
シロウ(……あ。声に出てたか。)
*彼は咳払いをして、スマホに視線を戻した。ウィンストンからのメールはまだ来ていない。宝石の鑑定には時間がかかるとは聞いていたが、あの男の性格上、結果が出ればすぐに連絡してくるはずだ。*
シロウ(確か、あの原石……ルビーとサファイアの大粒が何個かあったな。ウィンストンが『オークションに出せば一つで数十億は堅い』って目を血走らせてたが……。)
*スマホが震えた。メールの通知。差出人は……佐藤だった。*
───────────────────
差出人:佐藤法務事務所
件名:Re:事業内容変更の件
西木様
先日ご連絡いただいた件、改めて整理いたしました。
「販売目的なし、購入専門」とのことで、
酒類販売免許は不要、輸入についても
自社消費目的であれば通関手続きのみで対応可能です。
ただし、法人名義での大口購入の場合、
税関から用途確認が入る可能性がございます。
念のため、購入目的の説明書類を準備しておきます。
なお、定款の認証は予定通り完了しております。
来週月曜の登記申請に変更はございません。
佐藤
───────────────────
シロウ(さすが佐藤。仕事が早い。用途確認か……『海外の知人への贈答用』で通るか? いや、ケース単位で買って贈答はさすがに怪しいか。)
*彼はしばらく考え込んだ後、佐藤に返信を打った。*
シロウ(『社内福利厚生及び取引先への贈答用』……これでいこう。嘘ではない。ドワーフは取引先みたいなものだ。)
*返信を送り、コーラを飲み干した。空き缶をゴミ箱に投げ入れる。*
シロウ(さて……ウィンストンの結果待ちだが、こっちから連絡するのもな。催促してると思われる。夕方まで待って返信なければ明日にするか。)
ーー
*2日後。彼は転移で日本に到着し、普段着に着替えてから最寄り駅へ向かった。佐藤法務事務所との待ち合わせは銀座。登記申請の最終確認と法人口座開設の書類に署名するためだ。*
*電車の中、彼はスマホを開いた。揺れる車内で通知を確認すると、ウィンストンからのメールが届いていた。*
───────────────────
差出人:Harry Winston Ginza
件名:Auction Listing Confirmation
Dear Mr. Nishiki,
鑑定が完了した宝石のうち、
特に評価の高い4点をサザビーズ
香港オークションに出品いたしました。
出品内容と予想落札価格は以下の通りです。
1. ピジョンブラッド・ルビー(18.7ct)
開始価格:8億円
予想落札価格:12億〜15億円
2. ロイヤルブルー・サファイア(22.3ct)
開始価格:6億円
予想落札価格:9億〜11億円
3. コロンビア産エメラルド(15.1ct)
開始価格:4億円
予想落札価格:6億〜8億円
4. ファンシーヴィヴィッドイエロー
ダイヤモンド(31.4ct)
開始価格:15億円
予想落札価格:22億〜28億円
合計予想落札価格:49億〜62億円
残りの11点につきましては、
個別売却またはジュネーブ
オークションへの出品を
ご提案させていただきます。
詳細は改めてご連絡いたします。
Harry Winston Ginza
Senior Gemologist 田中
───────────────────
*彼はスマホを持ったまま固まった。*
シロウ(49億から62億……。4点だけで。残り11点もあるのに。)
シロウ(……火山に原石を取りに行って本当に良かったな。噴火の原因は俺だけど。)
*電車が銀座駅に到着した。彼はスマホをポケットに仕舞い、改札を抜けた。銀座の大通りを歩きながら、頭の中で計算が回っている。*
シロウ(仮に全15点で100億近くいくとして……税金。譲渡所得税が約20パーセント。住民税も入れると……手取りで80億前後か。いや、法人口座で受け取れば法人税になるのか? 佐藤に聞こう。)
*待ち合わせのカフェに着くと、佐藤が既にテーブルに座っていた。書類の束を前に、アイスコーヒーを飲んでいる。40代前半、眼鏡をかけた痩せ型の男。彼を見つけると軽く手を挙げた。*
佐藤「西木さん、お疲れ様です。お待ちしてました。」
シロウ「悪い、少し遅れた。」
佐藤「いえ、時間通りですよ。さて、今日は登記申請の最終確認と、法人口座の開設書類への署名です。あと……税理士の山本先生が15時からお越しになります。」
シロウ「ちょうどいい。税金の件で聞きたいことがある。」
佐藤「税金、ですか?」
シロウ「ああ。宝石の売却益が出る。……結構な額だ。個人で受け取るのと法人で受け取るのと、どっちが得か知りたい。」
佐藤「金額にもよりますが……おいくらくらいですか?」
シロウ「50億から100億の間。」
*佐藤のアイスコーヒーを持つ手が止まった。*
シロウ「……ん? どうした? 大丈夫か?」
*佐藤のアイスコーヒーを持つ手が微かに震えていた。眼鏡の奥の目が見開かれ、数秒間完全に固まっていた。やがて、ゆっくりとカップをテーブルに置き、深呼吸をした。*
佐藤「……西木さん。今、50億から100億と仰いましたか。」
シロウ「ああ。宝石のオークション売却益だ。」
佐藤「ご、ご、宝石……。あの、以前の仮査定では30億から40億とお聞きしていたのですが……。」
シロウ「4点だけ先行でオークションに出した。予想落札価格が49億から62億。残り11点はまだこれからだ。」
*佐藤が眼鏡を外し、ハンカチで額の汗を拭いた。銀座のカフェは冷房が効いているはずだが、彼の額には明らかに汗が浮いている。*
佐藤「……西木さん。これは、率直に申し上げます。」
*佐藤がテーブルに身を乗り出した。声のトーンが完全に変わっていた。法務アドバイザーとしてのスイッチが入ったのだ。*
佐藤「まず、この規模の売却益を個人で受け取ると、譲渡所得税が最大で約55パーセントかかります。所得税45パーセント、住民税10パーセント。仮に60億の売却益なら、約33億が税金で消えます。」
シロウ「33億……。」
佐藤「一方、法人で受け取った場合。法人税の実効税率は約30パーセント。60億なら約18億。差額は15億です。」
シロウ「15億違うのか。」
佐藤「はい。ただし、法人で受け取るには宝石の所有権が法人に帰属している必要があります。つまり、オークション出品前に法人名義に移しておくべきでした。今からでも間に合うかどうか……。」
*佐藤が猛烈な勢いで手帳を開き、ペンを走らせ始めた。*
佐藤「ウィンストンへの出品者名義の変更、サザビーズとの契約書の確認、法人登記の完了時期との兼ね合い……。西木さん、落札はいつ頃ですか?」
シロウ「確か3ヶ月後だったか。香港のオークションだと。」
佐藤「3ヶ月! それなら間に合います。来週月曜に登記が通れば、法人名義への切り替えを即座に行えます。ウィンストンにも出品者名義の変更を依頼しましょう。」
シロウ「頼む。」
佐藤「それと、15時に来る税理士の山本先生にもこの件を共有させてください。この規模になると、資産管理会社の設立も視野に入ります。節税スキームを組まないと、文字通り数十億単位で損をします。」
*佐藤の目が完全に据わっていた。法務のプロとしての本能が全開になっている。彼はペンを走らせながら、次々と確認事項を口にした。*
佐藤「あと、確認なのですが……残りの11点も同規模ですか?」
シロウ「同じかそれ以上だと思う。」
*佐藤のペンが止まった。*
佐藤「……全部合わせると、100億を超える可能性があると。」
シロウ「ああ。」
*彼は佐藤の熱弁を聞きながら、内心では冷静だった。*
シロウ(正直、宝石はまだ600個以上ある。今回の15点が仮に100億になったとして、税金で30億取られても70億残る。それに金のインゴットも銀のインゴットもある。日本は税金大国だが……まあ、仕方ない。)
シロウ(30億くらいで日本株を買って不労所得にするのが一番楽だな。配当利回り3パーセントでも年間9,000万。それだけあれば酒の仕入れ代は余裕で賄える。)
佐藤「西木さん、聞いてますか?」
シロウ「ああ、聞いてる。法人名義への切り替えと、資産管理会社の件だろ。任せる。」
佐藤「任せるって……。西木さん、数十億の話ですよ? もう少し危機感を……。」
シロウ「いや、佐藤さんが優秀だから任せてるんだ。信頼してる。」
*佐藤が一瞬言葉に詰まった。眼鏡を押し上げ、咳払いをした。*
佐藤「……ありがとうございます。では、責任を持ってやらせていただきます。」
*15時。税理士の山本が到着した。60代の白髪交じりの男で、佐藤から事前に概要を聞いていたらしく、開口一番こう言った。*
山本「西木さん。率直に申し上げます。この規模の資産であれば、資産管理会社は必須です。個人で受け取ると半分以上持っていかれます。」
シロウ「佐藤さんからも聞いた。法人で受けるのが得なんだろ?」
山本「はい。ただし、法人で受け取った後に個人に移す際にも課税されます。つまり、法人に留保しておくのが最も効率的です。法人から必要な分だけ役員報酬として受け取り、残りは法人内で運用する。」
シロウ「運用っていうのは?」
山本「株式、債券、不動産……。法人名義で投資すれば、運用益にかかる税率も個人より低く抑えられます。」
シロウ(やっぱり株か。考えてたのと同じだな。)
山本「それと、もう一つ。海外オークションでの売却ですので、為替差益にも注意が必要です。香港ドルでの入金になりますから……。」
*山本が資料を広げ、節税スキームの図を描き始めた。佐藤もメモを取っている。彼は2人のプロが真剣に数十億の資産設計を組み立てていく様子を眺めながら、コーヒーを啜った。*
シロウ(異世界では金貨を積み上げるだけだったのに、日本だと金を持つだけで頭が痛くなるな。)
*ふと、スマホが震えた。念話ではない。メールの通知だ。差出人はウィンストン。*
───────────────────
差出人:Harry Winston Ginza
件名:追加査定完了のご報告
西木様
残り11点の鑑定が完了いたしました。
うち7点をジュネーブ・クリスティーズへ、
4点を個別売却でご提案いたします。
7点の予想落札価格合計:38億〜52億円
4点の個別売却見込み:12億〜16億円
全15点合計予想額:99億〜130億円
詳細は添付資料をご確認ください。
ご来店いただければ、直接ご説明いたします。
田中
───────────────────
シロウ(……130億。)
*彼はスマホをテーブルに伏せ、目の前の2人を見た。*
*佐藤がスマホの画面を覗き込んだ瞬間、口に含んでいたコーヒーが勢いよく噴射された。*
山本「ぶっ……!?」
*隣に座っていた税理士の山本が、顔面にコーヒーのシャワーを浴びた。白いワイシャツに茶色の染みが広がっていく。*
山本「さ、佐藤先生……!?」
佐藤「す、すみません山本先生……! でも、これ、見てください……!」
*佐藤が震える手でスマホを山本に差し出した。山本がハンカチで顔を拭きながら画面を見た。拭く手が止まった。*
山本「……99億から130億。」
佐藤「15点だけで、ですよ……。」
*2人が同時に彼を見た。カフェの店員がおしぼりを持ってきたが、2人はそれどころではない。*
シロウ「そうだな……法人の方がいいか。相続税とかもかからんのだっけ?」
*山本がコーヒーまみれのまま、職業意識で即座に回答した。*
山本「いい質問です。法人に資産を留保しておけば、西木さん個人の相続財産にはなりません。つまり、西木さんに万が一のことがあっても、法人の株式に対してのみ相続税がかかります。」
シロウ「株式に対して?」
山本「はい。法人の株式を評価して、その評価額に対して課税されます。ただし、ここがポイントなのですが……事業承継税制を活用すれば、後継者への株式移転にかかる相続税・贈与税を実質ゼロにできる制度があります。」
佐藤「つまり、法人に資産を入れておいて、将来お子さんに株式を渡す形にすれば……。」
山本「相続税は大幅に圧縮できます。個人で130億の資産を持ったまま相続が発生すると、相続税率は最大55パーセント。約71億が税金です。」
シロウ(71億……。日本の税金、えげつないな。)
山本「ところで西木さん、お子さんは?」
シロウ「……いる。」
シロウ(6人。ただし全員異世界にいて、日本の戸籍には載ってない。長男は28歳で精霊神。長女は24歳で始祖竜のママ。次女は13歳。双子が11歳。末っ子は1歳で光の神の生まれ変わり。……言えるわけないだろ。)
山本「では、将来的にお子さんを役員に入れて……。」
シロウ「いや、子供はちょっと……海外にいるんで。」
佐藤「海外ですか。それでしたら、国際税務の観点からも整理が必要ですね。居住地によって課税関係が変わりますから。」
シロウ(居住地は異世界です、とは言えんな。)
*彼はコーラを啜りながら、2人のプロが猛烈な勢いで議論を始めるのを眺めていた。佐藤がホワイトボード代わりにナプキンに図を描き、山本がそこに数字を書き込んでいく。*
佐藤「まとめると、来週月曜に法人登記完了。即座にウィンストンへ出品者名義を法人に変更。オークション収益は法人口座に入金。法人内で株式運用。必要な分だけ役員報酬で個人に。」
山本「役員報酬は年間2,000万程度に抑えれば、個人の所得税率も40パーセント以内に収まります。」
シロウ「分かった。それで頼む。」
佐藤「それと、西木さん。」
*佐藤が書類の束から一枚を取り出し、テーブルに置いた。*
佐藤「この規模の資産運用となると、正直……私一人では手が回りません。信頼できる税理士は山本先生がいらっしゃいますが、それに加えて資産運用の専門家……ウェルスマネジメントのアドバイザーを入れることをお勧めします。」
シロウ「ウェルスマネジメント?」
山本「富裕層向けの資産管理サービスです。メガバンクのプライベートバンキング部門や、外資系のプライベートバンクが対応しています。100億規模の資産であれば、専属の担当者が付きますよ。」
佐藤「実は、以前私がお世話になったクライアントで、みずほのプライベートバンキング部門に繋がりがあります。ご紹介しましょうか?」
シロウ「……ああ、頼む。」
シロウ(プライベートバンクか。日本でそんなサービスがあるとは知らなかった。異世界ではオルクスが全部やってくれてたからな……。)
*佐藤がメモを取りながら続けた。*
佐藤「それともう一点。西木さん、大変失礼なのですが……ご住所の件です。」
シロウ「住所?」
佐藤「はい。法人の代表者住所として免許証の港区のご住所を登録しますが……実際にそちらにお住まいですか? 税務署からの書類や銀行からの通知が届きますので。」
シロウ「……。」
シロウ(住んでない。結構前に誰にも見つからないだろうと思い山奥にある家を買った。維持の魔法を付与してあるから家は問題無いだろうが…草が。。)
シロウ「たまにしか帰らないが、住所自体は有効だ。郵便物は……佐藤さんの事務所に転送できるか?」
佐藤「可能です。郵便局に転送届を出しましょう。法人関連の書類は全て私の事務所に届くようにします。」
シロウ「助かる。」
*山本がコーヒーの染みを拭き終え、改めて資料を広げた。*
山本「では、西木さん。株式運用のご希望とのことでしたが、具体的なイメージはありますか? 配当重視か、値上がり益重視か。」
シロウ「配当重視で。年間の安定収入が欲しい。30億を配当利回り3パーセントで回せば年9,000万だろ。それで十分だ。」
山本「30億を配当株に……。堅実ですね。高配当の大型株に分散投資すれば、安定した配当収入が見込めます。商社株、通信株、銀行株あたりが候補ですね。」
シロウ(残りの70億から100億は法人に留保して、必要な時に使う。酒の仕入れ、日本での生活費。あとは……何かあった時の備えだ。)
*3人の打ち合わせは2時間に及んだ。佐藤と山本が帰り際、深々と頭を下げた。*
佐藤「西木さん。来週月曜、登記完了次第すぐにご連絡します。」
山本「プライベートバンクの件も、私からも知り合いに声をかけておきます。」
シロウ「2人とも、ありがとう。」
*彼は銀座の大通りに出た。夕暮れの空がビルの谷間からオレンジ色に染まっている。*
*7日間。佐藤への住所連絡、山本との追加打ち合わせ、ウィンストンへの名義変更依頼。日本と異世界を行き来しながら、彼は粛々と手続きを進めていた。*
*そして、その日がやってきた。*
*彼は異世界の城の執務室で書類仕事をしていた時、ポケットの日本用スマホが震えた。*
───────────────────
差出人:佐藤法務事務所
件名:法人登記完了のご報告
西木様
お疲れ様です。
本日、法務局より登記完了の通知を受領いたしました。
法人名:株式会社アストライア商会
本店所在地:長野県(西木様ご住所)
代表取締役:西木 士郎
事業内容:飲食料品の輸入及び購買代行業
設立日:本日付
登記簿謄本は本日中に取得し、
明日より法人口座の開設手続きに入ります。
みずほ銀行銀座支店に申請予定です。
口座開設には1~2週間ほどかかる見込みです。
併せて、ウィンストン様への
出品者名義変更書類も準備完了しております。
ご署名いただき次第、即日提出いたします。
取り急ぎ、ご報告まで。
佐藤
───────────────────
シロウ「……やっとか。」
*彼は椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。*
シロウ(株式会社アストライア商会。俺の会社。日本で会社を持つことになるとは、転移前の学生時代には想像もしなかったな。)
*スマホで佐藤に返信を打った。*
───────────────────
佐藤さん
ありがとうございます。
署名の件、明後日そちらに伺います。
口座開設もよろしくお願いします。
西木
───────────────────
*公園のベンチに座りながら返信を送り終え、スマホをしまった。*
シロウ(法人口座ができれば、蒸溜所への発注も正式にできる。グレンモア、ダブリンクラフト、オークバレル。3社との契約を進めて、ドワーフへの酒の安定供給を確立する。それから……オークションの収益が入ったら30億を配当株に回して……。)
*長野県の山奥。標高1,200メートルほどの場所に、ひっそりと建つ一軒家があった。周囲は杉と檜の森に囲まれ、最寄りの集落まで車で40分。舗装された林道が一本だけ通じている。*
*彼は家の前に立ち、まず周囲を見渡した。*
シロウ「……草がすごいな。」
*維持の魔法を付与してあったおかげで、家屋自体は問題なかった。屋根も壁も窓も、建てた時のままだ。しかし庭と敷地周辺は別だった。魔法の範囲外の地面から、腰の高さまで雑草が生い茂っている。*
シロウ「まあ、数年放置してたからな。」
*彼は右手を軽く振った。風の魔法が地面を薙ぎ、敷地内の雑草が根元から刈り取られた。切られた草が風に乗って森の奥へ飛んでいく。ものの数秒で、敷地全体が綺麗に整った。*
シロウ「次は柵か。」
*彼は敷地の境界線に沿って歩きながら、創造で木製の柵を生成していった。高さ1.5メートル。獣除けも兼ねて、柵の表面に軽い結界魔法を付与する。鹿や猪が近づくと不快感を感じて離れる程度の、ごく弱いものだ。*
シロウ(日本で強力な結界なんか張ったら、異変を感知した誰かが来かねないからな。最小限にしておこう。)
*柵が敷地を一周し、入口部分にだけ開閉式のゲートを設けた。ゲートの横に、業務用の大型宅配ボックスを設置する。これも創造で生成したものだが、外見は日本で市販されているものと全く同じにしてある。*
シロウ「さて、ここからが本番だ。」
*彼は宅配ボックスの内部に手を入れ、奥の壁にベルトコンベアを組み込んだ。荷物が投入されると、重量センサーが反応してコンベアが起動する。荷物はゆっくりと奥へ運ばれ、突き当たりに設置された小型の転移魔法陣の上に乗る。*
*転移魔法陣は、アストライアの城内にある工房に設置した対の魔法陣と繋がっている。荷物が魔法陣の上に乗ると、3秒後に自動で転送される仕組みだ。*
シロウ「テストするか。」
*彼は異空間収納から適当な木箱を取り出し、宅配ボックスに入れた。蓋を閉める。内部からコンベアの低い駆動音が聞こえた。3秒後、微かな魔力の揺らぎ。*
*彼は念話でアストライアの工房にいるリーシアに繋いだ。*
『リーシア、工房の魔法陣に木箱が届いてるか確認してくれ。』
*数秒の沈黙の後、返事が来た。*
リーシア『はい、シロウ様。木箱が1つ、魔法陣の上に出現いたしました。中身は空のようですが……。』
『テスト成功だ。ありがとう。今後、そこに日本からの荷物が届くことがある。届いたら工房の棚に保管しておいてくれ。』
リーシア『承知いたしました。』
シロウ「よし。」
*彼は宅配ボックスの外側を確認した。見た目は完全に普通の宅配ボックス。配達員が来ても違和感はないだろう。*
シロウ「よし……これで金が尽きない限りは永久的に酒を仕入れ続けられる。」
*彼は宅配ボックスの蓋を閉め、完成した仕組みを満足げに眺めた。*
シロウ(株価が暴落……はする事ないだろう。30銘柄に分散すれば、全部同時に潰れるなんてあり得ない。会社が倒産……も無いな。売上ゼロでも資金は腐るほどある。維持費なんて佐藤と山本への顧問料と法人住民税くらいだ。年間で数百万。誤差だ。)
*彼は家の中に入った。埃一つない。維持の魔法が正常に機能している証拠だ。小さなリビング、キッチン、寝室が一つ。山奥の隠れ家として買った家だから、広くはない。窓の外には深い森が広がっている。*
シロウ(あとは法人口座が開設されれば、蒸溜所への正式発注ができる。グレンモアのスコッチ、ダブリンクラフトのアイリッシュ、オークバレルのバーボン。ドワーフどもが喜ぶ顔が目に浮かぶ。)
*彼はキッチンの蛇口を捻った。山の湧き水が配管を通じて流れてくる。水道が通っていない代わりに、敷地内の井戸から汲み上げる仕組みだ。顔を洗い、タオルで拭いた。*
シロウ(さて、日本側の仕組みはほぼ完成した。あとは待つだけだ。法人口座の開設に1から2週間、オークションが3ヶ月後。その間に蒸溜所との契約を詰めて、初回発注をかける。)
*スマホを確認すると、もう一通メールが来ていた。蒸溜所からだ。*
───────────────────
差出人:Glenmore Distillery
件名:Re: Bulk Purchase Inquiry
Dear Mr. Nishiki,
Thank you for your inquiry.
We are pleased to confirm that
we can accommodate your order
of 50 cases (12 bottles each)
on a recurring quarterly basis.
Unit price for bulk orders:
£38 per bottle (standard retail £62)
Please provide your company
registration details and we will
prepare the contract.
Best regards,
Douglas McTavish
Sales Director, Glenmore Distillery
───────────────────
シロウ(来た。グレンモアから正式回答。1本38ポンド、600本で22,800ポンド。日本円で……約430万か。3ヶ月に1回。年間1,720万円分のスコッチ。ドワーフなら2週間で飲み干すだろうが。)
*彼は返信を打った。法人登記が完了した旨と、登記簿謄本の英訳を来週送る旨を伝えた。*
シロウ「……ふぅ。」
*彼は家の戸締まりを確認し、柵のゲートを閉めた。結界が薄く光り、敷地全体を覆う。*
シロウ(帰るか。城に戻ってオルクスに進捗を報告しないと、あいつの胃がまた死ぬ。)
*彼は転移魔法を発動し、長野の山奥から消えた。*
*――アストライアの城、執務室。*
*彼が転移で現れると、オルクスが既に机の前に座っていた。書類の山に埋もれながら、こちらを見上げた。*
オルクス「魔王陛下。お戻りですか。」
シロウ「ああ。日本側の仕組みがほぼ完成した。報告がある。」
オルクス「……また胃が痛くなるような報告ですか。」
シロウ「いや、今回はいい話だ。」
シロウ「今後、一生。俺が死んだ後も酒の心配をすることはない。永久機関を作ってきたからな!」
*彼が誇らしげに胸を張ると、オルクスはペンを置き、眉間を揉んだ。*
オルクス「……永久機関、ですか。」
シロウ「ああ。日本側に法人を設立した。そこに資産を置いて運用する。その運用益で酒を買い続ける仕組みだ。俺が死んだ後も、法人が存続する限り酒は届き続ける。」
オルクス「……。」
*オルクスは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。*
オルクス「つまり陛下は、国家運営の合間に異世界で会社を設立し、資産を運用し、酒の自動配送システムを構築してきた、と。」
シロウ「そうだ。宅配ボックスに届いた荷物は自動で転移魔法陣を経由して、工房に届く。完全自動だ。」
オルクス「……陛下。1つだけ確認させてください。」
シロウ「ん?」
オルクス「その永久機関は……ドワーフに酒を供給し続けるためだけに作ったのですか?」
シロウ「……。」
*数秒の沈黙。*
シロウ「……まあ、それがメインだが、他にも色々使えるだろ。日本の物資を安定して仕入れられるし、将来的には調味料とか食材とか……。」
オルクス「メインは酒。」
シロウ「メインは酒だな。」
*オルクスは机に額を付けた。*
オルクス「……陛下。この国には、もっと優先すべき案件が山のようにあるのですが。」
シロウ「いや待て、ドワーフの機嫌を取るのは国策だろ。あいつらが酒で機嫌よく鍛冶場回してくれなきゃ、武器も防具も供給が止まるぞ。」
オルクス「……それは……確かにそうですが……。」
*オルクスは反論しかけて、言葉を飲み込んだ。実際、ドワーフたちの生産効率は酒の供給量と明確に比例している。先月、酒の在庫が切れかけた時は鍛冶場の稼働率が3割落ちた。*
オルクス「……わかりました。酒の安定供給は国防に直結する、と。そういう解釈でよろしいですね。」
シロウ「そうだ。国防だ。」
オルクス「……では、その『永久機関』の維持費と収支の概要を書面でいただけますか。財務記録に残す必要がありますので。」
シロウ「ああ、後でまとめる。あと、もう1つ。オークションで宝石が売れたら、100億円……金貨に換算すると1,000万枚分の資金が法人に入る。」
*オルクスのペンが止まった。*
オルクス「……1,000万枚。」
シロウ「日本円での話だから、直接こっちの経済には影響しない。安心しろ。」
オルクス「いえ……安心はしていません。陛下が2つの世界で同時に経済活動をしているという事実そのものが、私の胃を蝕んでいます。」
シロウ「胃薬、創造で作ろうか?」
オルクス「……お願いします。」
*彼は創造で胃薬を生成し、オルクスの机に置いた。オルクスは無言でそれを飲み干した。*
*彼は化学式をぶつぶつと呟きながら、創造で白い粉末を精製していく。炭酸水素ナトリウム、炭酸マグネシウム、沈降炭酸カルシウム。日本の市販胃薬と同じ成分配合だ。*
シロウ「ほら。水で飲め。」
*オルクスは差し出された粉薬を受け取り、水で流し込んだ。数秒後、彼の表情がわずかに和らいだ。*
オルクス「……効きますね、これ。」
シロウ「胃薬や医療品も日本から購入できるし、あの転移システムで届けられる。今後は薬品類の仕入れも視野に入れてる。」
オルクス「それは……確かにありがたいですが。」
シロウ「それにな、ドワーフに酒渡したら通常より3から5倍作業が早くなるんだぞ?」
*オルクスのペンが止まった。*
オルクス「……3から5倍、ですか。」
シロウ「ああ。先月の機関車部品の製造、覚えてるだろ。ボルグに酒を出した日と出さなかった日で、生産数を比べてみろ。」
*オルクスは棚から生産記録の帳簿を引っ張り出し、ページをめくった。指が数字の列を追う。そして、止まった。*
オルクス「……酒を支給した日の鍛冶場稼働率、通常比347パーセント。酒が切れた翌日、68パーセント。」
シロウ「だろ?」
オルクス「……半分以下に落ちている。」
シロウ「つまり、酒の安定供給は国防どころか国家経済の根幹だ。機関車の製造、武器防具の量産、城壁の補修。全部ドワーフの機嫌次第。そしてドワーフの機嫌は酒次第。」
*オルクスは帳簿を閉じ、しばらく天井を見上げていた。そして、深い溜息をついた。*
オルクス「……負けました。数字で示されては反論できません。」
シロウ「わかってくれたか。」
オルクス「ですが陛下。1つだけお願いがあります。」
シロウ「なんだ?」
オルクス「その……日本側の法人運営と資産管理について、私にも概要を共有していただけませんか。2つの世界で同時に経済を回しているのに、こちら側の財務担当が全容を把握していないのは……正直、怖いのです。」
*彼の目は真剣だった。忠臣としての責任感が滲んでいる。*
シロウ「……そうだな。悪かった。明日、時間を取って説明する。日本の通貨体系から法人の仕組みまで、全部だ。」
オルクス「ありがとうございます。それから……その胃薬、もう10回分ほどいただけますか。」
シロウ「10回分?」
オルクス「明日の説明を聞いた後に必要になる気がしますので。」
*彼は苦笑しながら、創造で胃薬を追加で精製した。小さな木箱に詰めてオルクスの机に置く。*
シロウ「ほら。これで当分持つだろ。」
オルクス「……重ね重ね、感謝いたします。」
*オルクスが胃薬の箱を大事そうに引き出しにしまうのを見て、彼は少しだけ申し訳ない気持ちになった。*
シロウ(……今度、オルクスにも何か労いの品を持ってくるか。日本の万年筆とか、高級な茶葉とか。あいつは酒より茶派だったな。)
*翌日。彼は約束通り、オルクスの執務室に足を運んだ。机の上には既に茶が2つ用意されている。オルクスの几帳面さが窺えた。*
*彼は異空間収納から分厚い書類の束を取り出し、机の上にどさりと置いた。*
シロウ「全部持ってきた。0から100まで、全てだ。」
*オルクスが表紙をめくる。最初のページは、日本円とアストライア通貨の換算表だった。*
オルクス「……紙幣、ですか。硬貨ではなく。」
シロウ「ああ。日本では高額取引に硬貨は使わない。紙に価値を持たせてる。1万円札1枚が金貨1枚と同等だ。」
オルクス「紙に……。なるほど、信用貨幣ですか。この世界にも概念としては存在しますが、実用化されている国は聞いたことがありません。」
*彼はページをめくり続けた。法人設立届出書のコピー、定款、登記簿謄本の写し。全て日本語だが、彼が横に手書きで共通語の翻訳を添えてある。*
オルクス「……丁寧に翻訳まで。助かります。」
シロウ「読めないもの渡しても意味ないからな。」
*オルクスの目が、ある数字で止まった。宝石のオークション予想落札額。99億から130億円。*
オルクス「……金貨換算で99万枚から130万枚。」
シロウ「ああ。」
オルクス「……これは、我が国の年間歳入の何倍ですか。」
シロウ「比べるな。頭が痛くなるだけだ。」
*オルクスは無言で引き出しから胃薬の箱を取り出し、1包飲んだ。*
*次のページ。法人税、所得税、住民税、消費税。日本の税制一覧と、佐藤が作成した節税スキームの概要。*
オルクス「……税率が……30パーセント超え?」
シロウ「法人税だけでな。そこに住民税と事業税が乗る。実効税率は約34パーセントだ。」
オルクス「34パーセント!? 我が国の商業税は12パーセントですよ!?」
シロウ「日本は税金が高い国だ。だから佐藤と山本に節税対策を任せてる。」
*オルクスは書類をめくる手が震えていた。税金の項目だけで8ページある。所得税の累進課税表を見て、彼の顔色が青くなった。*
オルクス「最高税率45パーセント……さらに住民税10パーセントで合計55パーセント……。稼いだ額の半分以上を国に取られる……?」
シロウ「個人の場合はな。だから法人を作った。法人名義で受け取れば、税率を下げられる。」
オルクス「……日本という国は、まるで合法的な略奪ですね。」
シロウ「否定はしない。」
*オルクスは2包目の胃薬を飲んだ。まだ半分も読み終わっていない。*
*2時間後。全ての書類に目を通し終えたオルクスは、椅子の背もたれに深く沈み込んでいた。目が虚ろだ。*
オルクス「……理解しました。陛下が日本側で構築された仕組みは、極めて合理的です。法人を介した資産防衛、配当による不労所得、転移魔法陣を利用した物流。……正直、感服いたしました。」
シロウ「……大丈夫か? 顔色が悪いぞ。」
オルクス「3包目をいただいても?」
シロウ「飲みすぎに注意だからな?」
*彼は異空間収納から正露丸と百草丸の大瓶を2本取り出し、オルクスの机の端にどんと置いた。茶色いガラス瓶に、日本語のラベルが貼ってある。*
オルクス「……これは?」
シロウ「日本の胃腸薬だ。正露丸は腹を下した時、百草丸は胃もたれの時に使え。ただし用量は守れよ。1回3粒だ。間違っても瓶ごと飲むなよ。」
*オルクスは瓶を手に取り、ラベルの文字をじっと見つめた。読めるはずがない。日本語だ。*
オルクス「……陛下。この文字は。」
シロウ「ああ、読めないか。待て。」
*彼は羊皮紙を1枚取り出し、さらさらと共通語で用法用量を書き記した。正露丸の独特な匂いについても注意書きを添えておく。*
シロウ「蓋を開けた瞬間の匂いで倒れるなよ。効果は確かだから。」
オルクス「……匂いで倒れる薬とは一体。」
*オルクスが恐る恐る正露丸の蓋を開けた。途端に、執務室に独特の刺激臭が広がった。*
オルクス「っ……! 何ですかこの匂いは……!」
シロウ「だから言っただろ。」
*オルクスは顔をしかめながらも、すぐに蓋を閉めた。しかし瓶を引き出しにしまう手つきは丁寧だった。薬の価値は理解しているのだろう。*
オルクス「……ありがとうございます、陛下。大切に使わせていただきます。」
シロウ「ああ。無くなったらまた補充するから言ってくれ。」
*彼が椅子に座り直すと、オルクスが改めて姿勢を正した。胃薬3包と正露丸の洗礼を経て、どうにか正気を取り戻したようだ。*
オルクス「では陛下。日本側の件は理解いたしました。改めて、こちら側の案件をいくつかご報告させてください。」
シロウ「ん? 何かあったか?」
オルクス「はい。2件ほど。まず1つ目。大迷宮の最高到達階層が更新されました。第87階層です。到達したのは第四部隊のカインとドルガン。」
シロウ「87か。83から4つ進んだな。あの2人なら納得だ。」
オルクス「助かります。そして2つ目。」
*オルクスが少し間を置いた。*
オルクス「ヴェルナー・フォン・ブランシュタット男爵から、陛下宛に書状が届いております。」
シロウ「……ヴェルナー?」
*オルクスが封蝋の施された書状を差し出した。ブランシュタット家の紋章が押されている。*
オルクス「内容は確認しておりません。陛下の私信と判断いたしましたので。」
*彼は書状を受け取り、封を切った。*




