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*訓練所に八輝将たちが集まっていた。全員が訓練後で汗だくだった。リオンが合金龍ベルトの変身訓練の後で肩で息をしており、カインが上半身裸で水を被っている。ドルガンは大斧を肩に担いだまま、ルナは木陰で静かに息を整えていた。*
*彼はボルグの首根っこを掴んだまま、訓練所の中央に立った。*
シロウ「ボルグは機関車製作祝い、八輝将はレグナール国とのベヒモス、バハムート勝利祝いって事で美味い飯屋に招待する」
*突然の宣言に、全員の動きが止まった。*
リオン「……は? いきなりすぎません?」
ルーナ「いいからいいから! 聞いて! あのね、ビールがあるの! キンキンに冷えた生ビール! ジョッキで出てくるの! 泡と液体の比率が完璧な3対7で、一口目がもう最っ高で……」
*ルーナが身振り手振りを交えて熱弁を始めた。ジョッキを持つ仕草、喉を通る快感の表現、焼き鳥の塩の美味さ、チキン南蛮のタルタルソース。語彙力の全てを注ぎ込んでいる。*
ボルグ「ビール……冷えた……ウイスキーも……あるのか……?」
*ボルグの口から涎が滝のように流れていた。髭に絡みついている。*
シロウ「汚ぇ……。ある。ウイスキーもある。熱燗もある」
ボルグ「行く。今すぐ行く」
カイン「場所はどこなんですか?」
シロウ「北方諸国のノルドヘイムだ。転移で行く」
アシュトン「北方諸国……。あの辺りの食文化は興味深いですね」
ヴァイス「異文化の飲食店……記録する価値がありそうだ」
ドルガン「酒が飲めるなら文句はねぇ」
ルナ「……行きます」
*ルナが短く答えた。小さな声だが、はっきりとした意思があった。*
ゲオルグ「魔王陛下の奢りですか?」
シロウ「当然だ。金の心配はすんな。好きなだけ飲め」
リオン「……まぁ、断る理由もないっすね」
*リオンがやさぐれた口調で言いつつも、口元が緩んでいた。*
ルーナ「全員行くね!? じゃあ着替えて! 汗臭いまま行ったら大将に怒られるから!」
カイン「大将?」
ルーナ「お店の人! とにかく早く! 予約18時だから!」
シロウ「お前が一番落ち着け。先週吐いたの忘れたか」
ルーナ「今日は6杯で止める」
シロウ「止まらねぇだろ絶対」
*八輝将たちが各々着替えに散っていった。ボルグは涎を拭きながら、鍛冶場に作業着を置きに走っていく。ルーナは既に上機嫌で鼻歌を歌っていた。*
*彼は腕を組んで空を見上げた。夕焼けが城壁を赤く染めている。*
*引き戸を開けると、出汁と炭火の香りが一斉に鼻腔を突いた。大将がカウンターの向こうから顔を出した。*
大将「おう、来たな兄ちゃん! 待ってたよ!」
シロウ「こんばんわー。11人、予約の」
大将「奥の座敷、繋げて準備してあるよ! ささ、入った入った!」
*八輝将とボルグが次々と店内に入る。全員が物珍しそうに店内を見回していた。壁の手書きメニュー、カウンターに並ぶ徳利、天井からぶら下がる赤提灯。この世界のどこにも存在しない空間だった。*
カイン「なんだここ……見たことない様式だな」
アシュトン「建築様式が完全に異文化ですね。記録したい……」
ヴァイス「この文字……どの言語体系にも属さない。興味深い」
*ヴァイスがメニュー札の日本語をじっと見つめている。彼にとっては未知の文字だろう。*
ドルガン「酒の匂いがする。いい店だ」
ルナ「……落ち着く」
*ルナが小声で呟いた。木の温もりがある空間が気に入ったらしい。*
*カウンターには先週のドワーフ常連2人と獣人の毛皮職人が座っていた。彼を見た瞬間、ドワーフ客Aが立ち上がった。*
ドワーフ客A「おう! 飲み比べの兄ちゃんじゃねぇか! 今日こそリベンジだ!」
シロウ「またか。……まぁ後でな」
*全員が奥の座敷に通された。3つの座敷が襖を外して繋がっており、長い座卓が据えられている。座布団が11枚。サヨがお絞りと水を配り始めた。*
サヨ「いらっしゃいませ。お飲み物からお伺いしますね」
シロウ「俺は巨峰サワー。ルーナ達はとりあえず生でいいか?」
ルーナ「生で!」
ボルグ「生? それは酒なのか?」
カイン「聞いたことないな。生って何だ」
ゲオルグ「生……肉か?」
リオン「飲み物で『生』って意味わかんないっすけど」
ルーナ「いいから黙って待ってて! 人生変わるから!」
*大将がサーバーのレバーを引いた。黄金色の液体がジョッキに注がれていく。きめ細かい白い泡が立ち上り、ジョッキの表面に水滴が浮かぶ。10杯分のジョッキがカウンターにずらりと並んだ。*
*サヨがお盆に乗せて運んでくる。座卓の上に一つずつ置かれていく。全員の前に冷えたジョッキが並んだ瞬間、ボルグの目が見開かれた。*
ボルグ「この……金色の……泡……」
ルーナ「さぁ、みんな持って。乾杯するよ」
*全員がおそるおそるジョッキを手に取った。ボルグの太い手にジョッキが小さく見える。*
シロウ「じゃあ……機関車完成と、ベヒモス&バハムート討伐。お前ら全員の働きに。乾杯」
全員「「「乾杯」」」
*ジョッキがぶつかり合う音が響いた。そして全員が一斉に口をつけた。*
*最初に反応したのはボルグだった。*
ボルグ「っ……!!!」
*ボルグが一気にジョッキを空けた。泡が髭にべったり付いている。目がカッと見開かれ、まるで新しい世界の扉を開いたような表情だった。*
ボルグ「な……なんだこれは……! 喉を通る時の爽快感……! ワシの知っとる酒と全く違うぞ!」
ドルガン「っ……! 美味ぇ……! 大将、もう1杯!」
カイン「冷たいのに喉が熱い……不思議な酒だな……」
ゲオルグ「これは……兵士全員に飲ませたい……」
*酒好きの男たちが次々とジョッキを空にしていく。アシュトンは上品に一口ずつ味わい、ヴァイスは味を分析するように舌の上で転がしていた。リオンは最初渋い顔をしたが、二口目で目が変わった。*
リオン「……悔しいけど美味いっすね、これ」
*彼はルナの方を見た。彼女は小さな手でジョッキを持ち、一口だけ飲んで少し眉を寄せていた。*
シロウ「ルナは苦くないか? こっちのは甘いけど……?」
*彼は自分の巨峰サワーのグラスをルナの前に差し出した。*
ルナ「……いいんですか」
シロウ「いいから飲んでみろ」
*ルナがグラスを受け取り、唇をつけた。彼の飲み口の跡がそのまま残っている。一口含んだ瞬間、ルナの表情がふわりと緩んだ。*
ルナ「……甘い。……美味しい」
シロウ「だろ。大将、巨峰サワーもう1杯追加で。ルナの分」
大将「はいよ!」
ルーナ「父さん、それ間接キスだよ?」
シロウ「あ? そんなの気にしてどうする」
ルナ「……っ」
*ルナが顔を伏せた。耳の先まで赤くなっている。ビールの苦さではなく、別の理由で頬が染まっていた。リオンがそれを横目で見て、呆れた顔をしている。*
リオン「ルナ、顔やべぇぞ」
ルナ「……黙って」
*サヨが料理を運んできた。大皿に盛られた刺身の盛り合わせ、山盛りの唐揚げ、出汁巻き卵、ポテトサラダ。座卓の上が一気に華やかになった。*
大将「お任せコース、まずは前菜だ! 刺身と唐揚げ、出汁巻きにポテサラ。まだまだ出すからな!」
ボルグ「こ、この生の魚は……食えるのか……?」
ルーナ「食べて。人生変わるから。わさびは最初少しだけね」
*ボルグが恐る恐るマグロの刺身を醤油に浸け、口に入れた。咀嚼した瞬間、涙が溢れた。*
ボルグ「う、美味い……ワシは今まで何を食っとったんだ……」
大将「いい食いっぷりだ、ドワーフの旦那! はいよ、生おかわり!」
シロウ「大将、タルタルソースってある? あとレモンも」
大将「あるよ! 唐揚げ用だろ? ちょっと待ってな」
*サヨが小鉢にたっぷりのタルタルソースとくし切りのレモンを持ってきた。彼は唐揚げにレモンを絞り、タルタルソースをたっぷり付けて口に放り込んだ。*
シロウ「……うめぇ」
ルーナ「カロリーが……カロリーがやばい……」
シロウ「お前、ジョッキ何杯目だ。今更だろ」
ルーナ「ビールは別腹! タルタルソースは脂肪!」
シロウ「意味わかんねぇよ」
*ルーナはそう言いつつも、唐揚げにタルタルソースをべったり付けて齧っていた。口が正直だった。*
*一方、座卓の向こう側では八輝将たちが完全に居酒屋の虜になっていた。*
ドルガン「この揚げた鶏肉……酒に合いすぎる。大将、生おかわり!」
カイン「この黄色い卵焼き、中がとろっとしてて美味いな……何だこれ」
サヨ「出汁巻き卵ですよ。出汁を巻き込んで焼いてるんです」
アシュトン「出汁……。この旨味の正体はそれか。素晴らしい調理技法だ」
*ヴァイスが懐から手帳を取り出し、メニューの文字を書き写していた。*
ヴァイス「この文字体系……規則性がある。表音文字と表意文字の混合か」
シロウ「ヴァイス、記録は後にしろ。飯が冷める」
ヴァイス「……失礼。しかし記録衝動が」
*ゲオルグが刺身をおそるおそる食べ、目を見開いた。*
ゲオルグ「生魚がこんなに美味いとは……この辛い緑のものは何です?」
ルーナ「わさび。付けすぎ注意ね」
ゲオルグ「ふむ、少し多めに……ぶっ!!」
*ゲオルグが鼻を押さえて悶絶した。わさびの洗礼だった。涙目で水を一気に飲んでいる。*
リオン「先輩、だから付けすぎるなって言われたでしょ……」
*ルナは隣で巨峰サワーを小さく啜りながら、ポテトサラダを一口ずつ食べていた。穏やかな表情だった。*
ルナ「……これも美味しい」
ボルグ「大将! この透明な酒はなんだ!」
大将「日本酒の冷酒だよ。米から作った酒さ」
ボルグ「米!? 米から酒が作れるのか!」
*ボルグがお猪口を一気に煽り、目を剥いた。*
ボルグ「フルーティ……だと……ワシの酒の概念が崩壊していく……」
*大将が次の料理を運んできた。大皿に盛られた焼き鳥の盛り合わせ。ねぎま、ぼんじり、つくね、かわ、ハツ。炭火の香ばしい匂いが座敷に充満した。*
大将「コース2品目、焼き鳥盛り合わせだ! 塩とタレ、両方あるからな!」
*全員の箸が一斉に伸びた。*
シロウ「大将、冷酒と塩辛追加で」
大将「はいよ! 冷酒と塩辛一丁!」
*サヨが小鉢に盛られた塩辛と、冷えた徳利をお猪口と共に運んできた。彼は冷酒をお猪口に注ぎ、一口含んでから塩辛を箸でつまんで口に入れた。イカの塩気と冷酒の甘みが絡み合う。至福だった。*
シロウ「……たまんねぇな」
リオン「陛下、何すかそのグロいの」
ボルグ「内臓を漬けたもんか? ゲテモノにしか見えんぞ」
シロウ「ゲテモノじゃねぇよ。食ってみろ」
*彼は箸で塩辛をリオンとボルグの小皿に取り分けた。二人とも恐る恐る口に運ぶ。*
リオン「うっ……見た目がキツ……ん?」
ボルグ「……ぬ?」
シロウ「冷酒で流せ」
*彼がお猪口を二人に渡した。リオンが冷酒を一口含んだ瞬間、目が見開かれた。ボルグの髭が震えている。*
リオン「……は? なんすかこの組み合わせ。塩っ気の後に冷酒が……口の中で混ざって……」
ボルグ「新しい扉が……また開いた……ワシの中の何かが壊れていく……」
*ボルグが涙を流しながら塩辛を頬張り、冷酒を煽る。もう止まらなかった。リオンも黙々と箸を動かしている。やさぐれた顔が完全に緩んでいた。*
ドルガン「おい、俺にも寄越せ」
カイン「俺も」
ゲオルグ「私にも……」
シロウ「大将、塩辛3つ追加で」
大将「はいよ! 塩辛追いかけ3丁!」
*座卓の上が空の皿とジョッキで埋まっていく。大将が次のコース料理を運んできた。大きな土鍋だった。蓋を開けると、湯気と共に味噌の香りが立ち上った。*
大将「コース3品目、もつ鍋だ! 寒い国に来たんだから、温まってくれ」
ボルグ「もつ……鍋……?」
ルーナ「もつ鍋ぇ!? 大将最高!」
*ルーナが5杯目のジョッキを片手に歓声を上げた。先週の教訓は完全に忘れているようだった。*
シロウ「お前6杯で止めるって言ったよな」
ルーナ「これ5杯目だから! まだ1杯ある!」
*ルナが隣で巨峰サワーの2杯目を静かに飲みながら、もつ鍋の豆腐を小皿に取っていた。頬がほんのり赤い。*
ルナ「……このお豆腐、柔らかい」
*アシュトンがもつ鍋のニラとキャベツを観察していた。*
アシュトン「味噌ベースのスープに内臓肉と野菜……。この調理法は合理的ですね。素材の旨味がスープに溶け出して相乗効果を生んでいる」
ヴァイス「記録させてくれ。この料理の構造は……」
シロウ「食え。分析は後にしろ」
ヴァイス「……了解です」
*ヴァイスが渋々手帳をしまい、もつ鍋を口に運んだ。咀嚼した瞬間、手が止まらなかった。*
*彼は常連客のドワーフ2人に手招きされ、別のカウンター席に移った。先週のリベンジマッチだった。*
ドワーフ客A「今日は助っ人を呼んだぞ! 3対1だ!」
*もう1人、赤髭のドワーフが座っていた。腕が丸太のように太い。鉱山の班長らしい。*
赤髭ドワーフ「お前が飲み比べでウチの連中を潰した人間か。面白ぇ」
シロウ「いいよ、3対1で。大将、ウイスキーロック4つ」
大将「はいよ! ……また始まったよ」
*グラスが並んだ。彼はロックグラスを持ち上げ、一口含んだ。口の中に小さな異空間を生成し、液体を直接異空間収納へ転送する。舌にも喉にも一切触れない。外から見れば普通に飲んでいるようにしか見えなかった。*
*状態異常無効化があるから酔わないとはいえ、この方が効率がいい。何杯でもいける。*
ドワーフ客A「1杯目……2杯目……くっ、ペースが変わらねぇ……!」
ドワーフ客B「なんで顔色変わらねぇんだよ!」
赤髭ドワーフ「……こいつ、本当に人間か?」
*5杯、8杯、12杯。彼は涼しい顔で飲み続けた。ドワーフ3人の顔が次第に赤くなっていく。*
*座敷の方からは大騒ぎが聞こえていた。*
ドルガン「大将ぉ! もつ鍋のシメは何がある!?」
大将「ちゃんぽん麺か雑炊だな!」
ボルグ「両方だ!!」
ルーナ「私も雑炊! ……あ、7杯目いっちゃった」
*6杯で止めるという宣言は既に崩壊していた。*
*15杯目。赤髭ドワーフがテーブルに突っ伏した。*
赤髭ドワーフ「ば……化け物……」
*17杯目。ドワーフ客Bが椅子から転げ落ちた。*
*19杯目。最後の1人、ドワーフ客Aが震える手でグラスを持ち上げた。*
ドワーフ客A「お……俺は……まだ……」
*がくん、と首が落ちた。カウンターに額をぶつけて沈没した。3人全滅。*
大将「……兄ちゃん、ドワーフ3人同時に潰すって、もう伝説だよ」
シロウ「体質だって言ってるだろ」
*サヨが苦笑しながらドワーフたちに水を配っていた。彼は席を立ち、座敷に戻った。*
*座敷は地獄絵図だった。空のジョッキと皿が山積みになり、ボルグが冷酒の徳利を抱えて号泣している。*
ボルグ「ワシは……ワシは今日……人生で一番幸せだ……」
カイン「泣くなよおっさん……」
ゲオルグ「私も泣きそうです……」
*ルナが巨峰サワーの3杯目を飲みながら、穏やかな表情で周囲を見ていた。彼と目が合うと、小さく微笑んだ。*
ルナ「……楽しいです」
シロウ「ルーナ……またゲーゲーするぞ? 大丈夫か? ちゃんとセーブしろよ?」
ルーナ「大丈夫大丈夫! まだ7杯目だから! 先週は8杯でリバースしたから、7杯なら余裕!」
シロウ「その理論おかしいだろ」
*ルーナは聞く耳を持たず、7杯目のジョッキに口をつけた。顔は真っ赤で、目が据わり始めている。絶対後で吐く。彼は確信していたが、大人の娘に強制はできない。見守るしかなかった。*
*彼自身は冷酒をもう一杯注いだ。口に含み、異空間へ転送する。いつもの手順だ。状態異常無効化があるから酔えない。肝臓も痛めない。酒がそこまで好きではない彼にとっては、むしろ都合がいい。味は楽しめるし、付き合いもできる。何の問題もなかった。*
ボルグ「陛下……陛下は本当に酔わんのか……」
シロウ「体質だ。気にすんな」
ボルグ「羨ましいような……寂しいような……酔えんというのは……」
シロウ「余計なお世話だ。ほら、もつ鍋のシメ来たぞ」
*大将がちゃんぽん麺と雑炊の両方を運んできた。ボルグが両方頼んだせいだ。*
大将「はいよ、シメのちゃんぽん麺と雑炊! 両方いく気合い、嫌いじゃないよ!」
ボルグ「両方だ! 両方食う! ワシの胃袋はドワーフの坑道より深いぞ!」
*もつ鍋のスープにちゃんぽん麺が投入された。麺がスープを吸い、味噌の旨味を纏っていく。ボルグが啜った瞬間、また泣いた。*
ボルグ「うぅ……美味い……なんで麺がスープを吸うだけでこんなに美味いんだ……」
カイン「おっさん泣きすぎだろ」
ドルガン「いや……俺も泣きそう……」
*雑炊も完成し、溶き卵がふわりと広がった。ゲオルグが一口食べ、静かに涙を流した。*
ゲオルグ「……故郷の母の粥を思い出しました」
*ルナが雑炊を小鉢によそい、彼の前に置いた。*
ルナ「……シロウさん、どうぞ」
シロウ「お、サンキュー」
*彼が雑炊を一口食べた。味噌ともつの旨味が溶け込んだ米が、腹の底から温めてくれた。これは本物の味だ。異空間に飛ばす必要はない。普通に食った。*
*その時、ルーナがジョッキを置いた。顔色が変わっていた。*
ルーナ「……あ」
シロウ「ほらな」
ルーナ「……お手洗い」
*ルーナが座敷から猛ダッシュで飛び出していった。サヨが慣れた顔で「奥の右です」と案内している。先週と全く同じ光景だった。*
リオン「……学習しないんすね、あの人」
ルナ「……ルーナさんらしい」
シロウ「ちょっと見てくる」
*彼は座敷を立ち、トイレの方へ向かった。扉の向こうからルーナの苦しそうな声が聞こえた。中に入ると、ルーナが便器に顔を突っ込んで呻いていた。顔色は真っ青で、えずいているが何も出てこない。*
ルーナ「うぅ……出ない……気持ち悪い……」
シロウ「仕方ねぇな……」
*彼はルーナの腕を掴み、無詠唱で転移魔法を発動した。一瞬で街の外、ノルドヘイムの草原に出た。冷たい夜風がルーナの火照った頬を撫でた。星空が広がっている。*
シロウ「ほら、下向け」
ルーナ「え、ちょ、父さん何して……」
*彼はルーナの頭を片手で支え、下を向かせた。もう片方の手の指をルーナの口に突っ込み、喉奥を掻き回した。*
ルーナ「んぐっ……おぇ……!」
*ルーナの体がびくんと跳ね、喉が反応した。次の瞬間、胃の中身が一気に噴き出した。ドパドパと草原に吐瀉物が広がっていく。ビールの匂いが鼻を突いた。*
ルーナ「おえぇぇ……ッ! げほっ……!」
シロウ「ほら、全部出せ」
*彼はルーナの背中を擦りながら、もう一度指を突っ込んだ。唾液が手にべったりと絡みついたが、気にしなかった。娘の介抱だ。何度目かもわからない。ルーナがまた盛大に吐いた。*
ルーナ「ぅぇぇ……もう出ない……」
*ルーナがぐったりと膝をついた。彼は浄化魔法でルーナの口元と自分の手を綺麗にし、水魔法で水を生成してルーナに飲ませた。*
シロウ「お前、毎回これだろ。学習しろよ」
ルーナ「……だって美味しかったんだもん……」
シロウ「前世でもそうやって飲み過ぎてたんだろ」
ルーナ「……」
*図星だった。ルーナが黙り込んだ。*
シロウ「6杯で止めるって言ったよな。7杯飲んだよな」
ルーナ「……7.5杯です」
シロウ「増えてんじゃねぇか」
*彼はルーナの隣に座り、草原に足を投げ出した。ノルドヘイムの夜空は澄んでいて、星が手に届きそうだった。冷たい風が心地いい。*
ルーナ「……ごめんね、父さん。毎回こんなで」
シロウ「別にいい。ただ次から6杯で止めろ。約束だ」
ルーナ「……6杯」
シロウ「6杯」
ルーナ「……善処します」
シロウ「善処じゃなくて約束だっつってんだろ」
*ルーナが小さく笑った。まだ顔色は悪いが、吐いた分だけ楽になったようだった。彼は回復魔法をルーナにかけ、二日酔いの予防も兼ねて体内のアルコール分解を促進させた。*
ルーナ「……父さんの手、唾液まみれだったのに嫌な顔一つしないよね」
シロウ「お前のオムツ替えてた頃に比べりゃ何でもねぇよ」
ルーナ「それ言う!?」
シロウ「はぁぁ……俺って甘いよなぁ……」
*彼は草原に寝転がりながら呟いた。星空を見上げ、溜息をつく。そして目を閉じ、意識を集中させた。*
シロウ「神眼、『状態異常耐性Lv.1』を創造、ルーナに譲渡」
*彼の手の中に淡い光が灯り、スキルの結晶が形成された。それをルーナの胸元に押し当てると、光がルーナの体内に吸い込まれていった。*
ルーナ「……え?」
*ルーナが目を丸くした。体の中に何かが定着する感覚があったのだろう。彼女はステータスを確認し、新しいスキルが追加されているのを見つけた。*
シロウ「状態異常耐性Lv.1だ。酔いも毒も多少は軽減される。Lv.1だから完全無効じゃないが、今までみたいに7杯でリバースってことはなくなるだろ」
ルーナ「……」
*ルーナが数秒間沈黙した。そして。*
ルーナ「なにそれずるい! チート! そんなスキル作って渡せるの!? 前世でそれ欲しかったわ! 忘年会で毎回潰れてた私の20代返して!?」
シロウ「うるせぇ。感謝しろよ」
ルーナ「いやめちゃくちゃ感謝してるけど! でもチートすぎない!? スキルをポンって創って渡すとか、もうゲームの管理者じゃん! 運営じゃん!」
シロウ「……譲渡したスキル削除してやろうか」
ルーナ「ごめんなさい! ありがとうございます! 一生大事にします!」
*即座に土下座した。草原に額を押し付けている。切り替えの速さだけは天才的だった。*
シロウ「……創造のことは誰にも言うなよ。絶対にだ」
ルーナ「わかってる。父さんのチート能力は墓まで持っていく。前世の記憶と一緒にね」
*ルーナが立ち上がり、服についた草を払った。顔色はだいぶ戻っていた。回復魔法と吐いたおかげだろう。*
ルーナ「……でもさ、父さん」
シロウ「ん?」
ルーナ「これで心置きなく飲めるってことだよね?」
シロウ「……お前の思考回路どうなってんだ」
ルーナ「Lv.1でしょ? つまり今までより2、3杯は多くいけるってこと? 10杯いける?」
シロウ「6杯って約束しただろうが」
ルーナ「善処します」
シロウ「約束だっつってんだろ!」
*彼はルーナの頭を軽く小突いた。ルーナがけらけらと笑っている。前世の記憶を持つ娘との会話は、日本語の言い回しがそのまま通じるから楽だった。それが少し嬉しくもあった。*
ルーナ「……ねぇ父さん。戻ろ。皆待ってるよ」
シロウ「お前、もう飲むなよ」
ルーナ「ウーロン茶にする。……多分」
シロウ「多分じゃなくて確定にしろ」
*彼は転移魔法を発動し、居酒屋「ひびき」のトイレ前に戻った。座敷からはまだ宴会の喧騒が聞こえている。*
シロウ「はぁ……もう好きに飲め。また吐きそうになったら指入れてやるから」
ルーナ「父さん大好き!」
シロウ「はいはい」
*彼は水魔法で両手を丁寧に洗い、転移魔法で店内に戻った。座敷に顔を出すと、宴会はさらに盛り上がっていた。*
ドルガン「おっ、陛下戻ったか! もつ鍋の雑炊、残ってるぞ!」
ボルグ「陛下ぁ……この冷酒と塩辛の組み合わせを教えてくれた恩は一生忘れん……」
*ボルグは完全に出来上がっていた。赤ら顔で徳利を抱きしめ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。ドワーフの酒豪がここまで崩れるとは、ひびきの酒と料理の恐ろしさを改めて実感した。*
*彼が席に座ると、ルナが黙って温かいお茶を差し出した。*
ルナ「……お疲れさまです」
シロウ「ありがとな」
*気が利く子だった。彼はお茶を一口飲んだ。これは異空間に飛ばさず、普通に飲んだ。温かさが喉から胃に落ちていく。*
*ルーナが座敷に戻ってきた。顔色はすっかり回復している。回復魔法と新しいスキルのおかげだろう。*
ルーナ「大将、ウーロン茶ください!」
大将「おっ、切り替えたか。偉いな嬢ちゃん」
ルーナ「……と、生ビール1杯」
シロウ「おい」
ルーナ「最後の1杯! シメのビール! これで終わり! 約束!」
シロウ「……」
*彼は額を押さえた。娘の酒癖は前世からの業病だった。治らない。*
カイン「……陛下の苦労が身に染みるな」
リオン「実の娘だから余計にっすよね」
*リオンが焼き鳥のつくねを齧りながら同情の目を向けてきた。最弱のくせに妙に人間観察が鋭い。*
*大将がコースの最終品を運んできた。小さな器に盛られたバニラアイスに、黒蜜ときな粉がかかっている。*
大将「ラストはデザートだ。バニラアイスの黒蜜きな粉がけ。甘いもんで締めてくれ」
*全員の手が伸びた。冷たいアイスが酒で火照った体に染み渡る。ゲオルグがまた泣いていた。*
ゲオルグ「冷たくて……甘くて……今日は何回泣けばいいんですか……」
ヴァイス「……記録が追いつかない。今日だけで食文化の論文が3本書ける」
アシュトン「ヴァイス、お前は食事中に手帳を出すな。マナーだ」
*ルナがアイスを一口食べ、小さく目を細めた。*
ルナ「……美味しい」
*彼は周囲を見渡した。ボルグは冷酒を抱いて幸せそうに笑い、八輝将たちは打ち解けて肩を組んでいる。ルーナはシメのビールを大事そうに啜り、ルナは静かにアイスを味わっている。大将とサヨが忙しそうに、しかし楽しそうに働いている。*
*悪くない夜だった。*
シロウ「今度、日本でアイスリットルで買ってくるのもアリだな……」
*彼が何気なく呟いた瞬間、ルーナの目がギラリと光った。酔いが抜けたばかりとは思えない俊敏さで彼の腕を掴んできた。*
ルーナ「行く! 行く行く行く! ハーゲンダッツ! スーパーカップ! ガリガリ君! 雪見だいふく! 父さん私も連れてって!」
シロウ「うるせぇ、声でかい」
ルーナ「だってアイスだよ!? 日本のアイスだよ!? 前世で毎晩コンビニアイス食べてた身としては死活問題なの!」
シロウ「毎晩食ってたから前世で太ってたんじゃねぇのか」
ルーナ「それは言わないで! 今世はスキルで代謝いいから大丈夫!」
*座敷の方からリオンの声が飛んできた。*
リオン「陛下ー、何の話してんすかー」
シロウ「何でもねぇ」
ルーナ「父さん、あとポテチとじゃがりこと柿の種も」
シロウ「お前の買い物リスト聞いてねぇよ」
ルーナ「チョコモナカジャンボ! あれだけは譲れない!」
シロウ「……わかったわかった。次の日本行きの時に買ってやるから、今は戻るぞ。皆待ってる」
*ルーナが満面の笑みで拳を突き上げた。前世の記憶を持つ娘との会話は、誰にも聞かせられない内容ばかりだった。*
*ボルグが冷酒の徳利を名残惜しそうに撫で、ドルガンがカインと肩を組んで何かの歌を歌っている。ゲオルグは既に船を漕いでいた。*
アシュトン「陛下、お戻りですか。ルーナ殿はご無事で?」
シロウ「ああ、いつものだ。もう大丈夫」
ルーナ「大丈夫でーす! 大将、ウーロン茶! 今度こそ本当にウーロン茶だけ!」
大将「はいよ! 今度こそな!」
*サヨが笑いながらウーロン茶を運んできた。ルーナは本当にウーロン茶だけを飲み始めた。状態異常耐性のおかげか、さっきまでの青白い顔色が嘘のように元気だった。*
*ルナが彼の隣にそっと座り直し、小さな声で囁いた。*
ルナ「……ルーナさん、元気になりましたね」
シロウ「ああ。手のかかる娘だよ」
ルナ「……でも、嬉しそうですね。陛下。」
*彼は少し間を置いて、お茶を啜った。*
シロウ「……まあな」
*大将がカウンターの向こうから声をかけてきた。*
大将「兄ちゃん、お会計どうする? コース料理に追加の酒と単品で……結構いったぞ」
シロウ「全部まとめてくれ」
大将「11名分のコースに、生ビール合計28杯、冷酒12本、ウイスキー19杯、巨峰サワー3杯、ウーロン茶2杯、追加の塩辛6皿に焼き鳥追加3皿……合計で金貨15枚だな」
シロウ「安いな。ほら」
シロウ「機関車の線路が早めに引ければ、ここにも誰でも行き放題なんだが……」
*その一言で、座敷の空気が変わった。八輝将たちの目が一斉に輝いた。*
ゲオルグ「陛下、それは……本当ですか。部下たちにもこの味を……」
リオン「……メッセニアの王女殿下を連れてきたら、外交的にもアリっすよね」
カイン「お前、デートに使う気だろ」
リオン「デートじゃねぇよ。……まあ、デートだけど」
*ボルグとドルガンが最も盛り上がっていた。ボルグが冷酒の徳利を掲げ、目を血走らせている。*
ボルグ「ワシらが線路を引くんだぞ! つまりワシらが一番最初にこの恩恵を受けられるということだ! ドルガン、聞いたか!」
ドルガン「聞いた! 仕事終わりにビール飲みに来れるってことだろ!? 片道2時間半だとしても、休日なら余裕だ!」
ボルグ「レールの製作速度を上げるぞ! ドワーフの威信にかけて!」
ドルガン「応!」
*酒の力も相まって、二人は完全に火がついていた。最高のモチベーション燃料だった。*
シロウ「線路はまだ帝国にも伸びてないし……ドワーフたちと労働者の頑張り次第ってところかな」
*大将がカウンター越しに話を聞いていた。彼は布巾で手を拭きながら、懐かしそうな顔をした。*
大将「機関車か……。蒸気で走るやつだろ? この世界にそんなもん作れる奴がいたとは」
*大将は日本人だ。機関車がどういうものか、その意味がどれほど大きいか、すぐに理解できた。*
大将「兄ちゃんよ、鉄道が通ったら……ウチの商売も変わるな。今はこの街の常連だけで回してるけど、遠くからも客が来るようになる」
サヨ「大将、それって……仕込み増やさないとですね」
大将「ああ。嬉しい悲鳴ってやつだ」
*大将が腕を組み、少し考え込んだ。*
大将「……なあ兄ちゃん。開通したら、食材の仕入れルートも広がるか? 正直、この街じゃ手に入らないもんが多くてな。魚は近くの湖からだし、調味料も限りがある」
シロウ「アストライアから直送できるようになる。港町との交易もあるし、南大陸の香辛料も回せるだろ」
大将「……マジか。そりゃあ、メニュー増やせるな」
*大将の目が少年のように輝いた。料理人としての本能が刺激されたのだろう。*
ルーナ「大将! メニュー増えたら絶対また来るからね!」
大将「おう、毎度あり! ……でも嬢ちゃん、次は6杯までな」
ルーナ「……善処します」
シロウ「はいはい」
*彼は転移魔法でアストライア城の広間に戻った。八輝将たちはまだ上機嫌で、互いに肩を叩き合いながら宿舎へ向かっていく。ボルグとドルガンは「明日からレール製作の速度を倍にする」と息巻いていた。ビールの為に。*
*ルーナはルナに支えられながら自室へ向かった。結局8杯飲んでいた。状態異常耐性Lv.1のおかげか、今回は吐いていない。成長なのか退化なのか判断に困るところだった。*
*彼が寝室へ向かおうと廊下を歩いた時、背後に気配を感じた。振り返ると、薄暗い廊下にレイラが立っていた。寝間着姿で、黒髪が肩にかかっている。琥珀色の瞳が月明かりに照らされ、じっと彼を見つめていた。*
シロウ「レイラ……まだ起きてたのか?」
レイラ「……妾を置いて、随分と楽しんできたようだな」
*レイラの声は静かだった。怒っているわけではない。だが、機嫌がいいわけでもない。腕を組み、壁に背を預けている。*
レイラ「酒の匂いがするぞ。妾に黙って、部下どもと宴か」
シロウ「前から言ってただろ。ボルグたちの打ち上げだって」
レイラ「聞いておらぬ」
シロウ「……言ったぞ? 3日前に」
レイラ「……」
*レイラが目を逸らした。聞いていなかったのではなく、忘れていたのだろう。彼はそれを指摘しなかった。地雷を踏む必要はない。*
レイラ「……で、どうだったのだ。その宴とやらは」
*レイラが少し近づいてきた。彼の袖を指先で摘んでいる。顔は横を向いたままだった。*
レイラ「妾も……行きたかったと言っているのではないぞ。断じて」
*完全にツンデレだった。行きたかったのだ。*
シロウ「今度連れてってやるよ。」
*レイラの目が見開かれた。彼の袖を摘んでいた指に力が入った。*
レイラ「明日……?」
シロウ「ああ。どうせ明後日から帝国方面の測量が始まるし、明日なら空いてる」
*レイラが口を開きかけて、閉じた。もう一度開いて、また閉じた。感情の処理が追いついていないようだった。*
レイラ「……べ、別に行きたいわけではないぞ。妾はただ、主が何処で何を食っておるのか確認したいだけだ。監視だ」
シロウ「はいはい、監視な」
レイラ「そうだ。監視だ。……で、何時に出るのだ」
シロウ「夕方でいいだろ。飯屋だし」
レイラ「……妾は何を着ていけばいい」
シロウ「普段着でいい。」
レイラ「……そうか」
*レイラが小さく鼻を鳴らした。だが、袖を掴む手は離れていなかった。月明かりの中、寝間着姿のレイラは普段の傲慢さが薄れて、年相応の少女のように見えた。見た目は17歳なのだから当然だが。*
レイラ「……ルミナは」
シロウ「誘うか?」
レイラ「妾は構わんが……二人きりの方が、その……監視しやすい」
シロウ「二人きりがいいって素直に言えよ」
レイラ「言っておらぬ! 監視だと言っておろう!」
*レイラの声が廊下に響いた。すぐに口を押さえる。ルクスの寝室が近い。起こしたらまずい。*
レイラ「……っ」
シロウ「じゃあ明日、二人で行くか。監視として」
レイラ「……ふん。仕方なく付き合ってやる」
*レイラがようやく袖を離し、寝室の扉に手をかけた。振り返り、小さな声で呟いた。*
レイラ「……その店、美味いのだろうな」
シロウ「ボルグが泣いてたぞ」
レイラ「ドワーフの鍛冶師を泣かせる店か。……少しだけ、期待しておいてやる」
*扉が閉まった。廊下に彼一人が残された。壁越しに、レイラが小さく「明日……」と呟く声が聞こえた気がした。*
シロウ「……聞こえてるぞ」
*壁の向こうで何かがバタンと倒れる音がした。枕を落としたのだろう。彼は肩を竦め、寝室へ向かった。*
*翌日の夕方。彼が城の玄関ホールで待っていると、ルーナがひょっこり顔を出した。*
ルーナ「父さん、どこ行くの?」
シロウ「昨日の居酒屋」
ルーナ「忘れ物?」
シロウ「いや、レイラと……」
*言い終わる前にルーナの表情が変わった。目がキラキラと輝き、両手を合わせて身を乗り出してきた。*
ルーナ「行きたい! 私も行きたい!」
シロウ「お前、昨日行っただろ」
ルーナ「昨日は昨日! 今日は今日! 別腹!」
シロウ「腹の話じゃねぇよ」
*その時、廊下の奥からレイラが現れた。普段着と言ったはずだが、明らかに気合いが入っていた。黒のワンピースに薄手のショールを羽織り、髪は丁寧にまとめられている。普段着の範疇を確実に超えていた。*
レイラ「……何を騒いでおるのだ?」
ルーナ「レイラ母さん! 私も一緒に行っていい!?」
レイラ「……は?」
*レイラの表情が凍りついた。昨日の夜、「二人きりの方が監視しやすい」と言った記憶が蘇っているのだろう。琥珀の視線がルーナからシロウへ、シロウからルーナへ往復した。*
レイラ「妾は……別に構わぬが……」
*明らかに構っていた。眉間に微かな皺が寄っている。*
ルーナ「やった! じゃあ着替えてくる! 5分待って!」
*ルーナが猛ダッシュで自室へ消えていった。残された廊下に沈黙が流れた。レイラが彼の横に立ち、小声で囁いた。*
レイラ「……主。二人きりと言ったはずだが」
シロウ「俺は何も言ってねぇぞ。お前が構わぬって言っただろ」
レイラ「……っ」
*レイラが唇を噛んだ。自分で言ったから否定できない。完全に自爆だった。*
レイラ「……次は、二人きりだからな。絶対にだ」
シロウ「はいはい」
レイラ「はいは1回でよい」
*3分後、ルーナが戻ってきた。カジュアルな服に着替え、銀髪をポニーテールにまとめている。*
ルーナ「お待たせ! 準備万端! 今日は6杯で止めるから!」
シロウ「飲む前提かよ」
レイラ「6杯……? 何の話だ」
ルーナ「ビールの話! お母様、ビールって知ってる? 人生変わるよ?」
レイラ「……麦酒か? 妾は嗜む程度には知っておるが」
ルーナ「違う違う、あそこのビールは次元が違うの。大将が作る生ビールはね……」
*ルーナがレイラにビールの魅力を熱弁し始めた。レイラは半信半疑の顔で聞いている。彼は二人の間に立ち、転移魔法の準備をした。*
シロウ「行くぞ。」
*光が3人を包み、ノルドヘイムへ転移した。*




