↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
213/265

318

318


*翌朝。鍛冶場に向かうと、すでにドワーフたちは起きていた。全員が血走った目でこちらを見ている。寝起きの顔ではない。獲物を待つ猛獣の目だ。*


シロウ「おはよう」


ボルグ「酒ァァァァ!」


*ボルグを先頭に、ドワーフ20人が一斉に彼に向かって突進してきた。地響きがする。鍛冶場の床が揺れた。*


シロウ「ルーナ」


ルーナ「え」


*彼はルクスを片腕に抱えたまま、もう片方の手でルーナの背中を押し、前に出した。人間の盾。*


ルーナ「ちょっ……! 父さん!? 娘を盾にするな!」


*ドワーフの群れがルーナの前で急停止した。銀髪の美女が突然目の前に現れたので、さすがに止まった。*


ボルグ「お、お嬢ちゃんか。すまねぇ。……で、魔王さんよ。酒は?」


シロウ「ある。253本の樽を買ってきた」


*鍛冶場が静まり返った。*


ドワーフA「に、253……?」


ドワーフB「た、樽で……?」


シロウ「山崎、マッカラン、グレンフィディック、メーカーズマーク、ウッドフォードリザーブ、ワイルドターキー。全部別の銘柄だ」


*沈黙。ボルグの髭が震えた。隣のドワーフが膝から崩れ落ちた。奥にいた若いドワーフが天を仰いだ。*


ボルグ「……魔王さんよ」


シロウ「なんだ」


ボルグ「あんた……神か?」


シロウ「魔王だ」


*彼が指を鳴らすと、鍛冶場の広場に樽が次々と出現した。ずらりと並ぶ253本の樽。赤い封蝋のメーカーズマーク、重厚なオーク樽のマッカラン、年季の入った山崎。壮観だった。*


*ドワーフたちが樽に駆け寄り、木肌を撫で、匂いを嗅ぎ、涙を流し始めた。*


ドワーフC「こ、この香り……熟成20年以上の……」


ボルグ「おい……この刻印……マッカランってのか……すげぇ木だ……この樽だけで芸術品だぞ……」


*ルーナが腕の中のルクスを揺らしながら、呆れた顔で見ている。*


ルーナ「ドワーフって酒で泣くんだね……」


ルクス「あうー」


*ルクスが小さな手を伸ばし、彼の頬を叩いた。*


シロウ「痛ぇよルクス」


*ボルグが戻ってきた。目が真っ赤だった。*


ボルグ「魔王さん。機関車、見てくれたか」


シロウ「ああ。見事な出来だ。文句のつけようがない」


ボルグ「……そうか」


*親方の顔がくしゃりと崩れた。職人の矜持と、酒への歓喜と、認められた喜びが混ざった顔だった。*


ボルグ「あんたの為なら、もう100本でもレール敷いてやるよ」


シロウ「頼もしいな。……で、試運転はいつできる」


*ボルグの目が一瞬で職人の目に戻った。*


ボルグ「今すぐだ。魔石は充填済み、配管の圧力チェックも昨日全部済ませた。」


シロウ「酒の前に先に試運転と行こうぜ」


*ボルグの目が輝いた。職人としての誇りが酒欲を上回った瞬間だった。*


ボルグ「おう! 乗ってくれ魔王さん! 最高の走りを見せてやる!」


*機関車の前に全員が集まった。漆黒の車体が朝日を浴びて鈍く光っている。彼がルクスを抱いたまま客車のステップに足をかけた。*


ルクス「きしゃ! きしゃ!」


シロウ「……お前、機関車って言葉知ってるのか」


ルクス「きしゃー!」


*ルクスが両手をバタバタさせて大はしゃぎしている。1歳児の語彙に「きしゃ」が追加された瞬間だった。*


ルーナ「ルクス可愛い……! ねぇルクス、お姉ちゃんと一緒に乗ろうね」


ルクス「ねーね! きしゃ!」


*客車の中に入ると、木製のベンチシートが並んでいた。背もたれにはドワーフの紋章が彫り込まれ、窓枠にはミスリルの装飾が施されている。質素だが、細部まで職人の魂が宿っていた。*


ルーナ「内装まで作り込んでる……ドワーフの本気って怖い……」


*ボルグが先頭の機関車に乗り込んだ。魔石の動力炉に手をかざし、魔力を流し込む。低い唸りが車体全体に伝わった。*


ボルグ「魔石充填完了! 圧力正常! 配管異常なし!」


*汽笛が鳴った。重厚な、腹の底に響く音だった。アストライアの空に汽笛が轟き、街中の住民が何事かと顔を出した。*


ボルグ「発車するぞォ!」


*がくん、と車体が揺れた。車輪がレールの上を噛み、ゆっくりと動き出す。ガタン、ガタン。レールの継ぎ目を踏む音が規則的に響き始めた。*


ルクス「おぉー!」


*ルクスが窓に張り付いた。彼の腕の中から身を乗り出そうとする。*


シロウ「落ちるぞルクス」


*窓の外を流れる景色が徐々に速度を上げていく。城門を抜け、市街地に入った。通りに面した住民たちが目を丸くして機関車を見上げている。エルフの商人が荷物を落とし、獣人の子供たちが歓声を上げて並走し始めた。*


ルーナ「すごい……ちゃんと走ってる……! 揺れも少ない!」


*彼女は窓から顔を出し、風を受けて笑った。銀髪がなびく。前世で乗ったことのある電車とは違う、蒸気と魔力の匂いがする風だった。*


*迷宮区画を通過した。冒険者たちが足を止め、口をぽかんと開けている。黒い鋼鉄の塊が轟音と共に目の前を通過していく光景は、この世界の住人にとって衝撃だったのだろう。*


ボルグ「速度上げるぞ!」


*がたん、がたんがたん。リズムが速くなった。風が強くなる。ルクスがきゃあきゃあと笑い声を上げた。*


ルクス「しゅごー! ねーね!しゅごー!」


*鍛冶場を通過し、結界の外縁部を走る。緑の丘陵地帯が広がり、


*鍛冶場に戻り、彼は異空間収納から樽を数本取り出した。ボルグが目を血走らせて飛びついてくるのを片手で制しながら、地図を広げた。*


シロウ「今後は北の帝国とその北の北方諸国、それから南大陸の鉱山に線路を引きたい」


*樽の栓を抜きながら伝えると、ボルグが杯を受け取りつつ目を丸くした。*


ボルグ「帝国はまだ分かる。だが北方諸国ってのは……聞いたことねぇな」


ルーナ「私も初耳なんだけど。父さん、北方諸国って何?」


*彼はバーボンを一口含み、地図の北端を指で叩いた。*


シロウ「帝国のさらに北。極寒の山岳地帯に小国がいくつか点在してる。かなり昔に一度行った」


ルーナ「いつ?」


シロウ「お前が生まれる前だな。20年以上前だ」


ルーナ「で、何があるの?」


*彼は杯を置いた。少し懐かしそうな顔をした。*


シロウ「日本の居酒屋がある」


ルーナ「……は?」


シロウ「日本の居酒屋が丸ごと転移してきてた。店主ごと。のれんもカウンターも全部そのまんまだ」


*ルーナのグラスを持つ手が止まった。*


ルーナ「……まるで異世界居酒屋○ぶじゃん……」


シロウ「そう、まさにそれだ。店主は日本人のおっさんで、刺身も焼き鳥も出る。味噌汁もある。何より……」


*彼の目が遠くなった。*


シロウ「キンキンに冷えたビールがある」


ルーナ「……!」


*ルーナの前世のOL魂が震えた。異世界に来てから24年。冷えたビールなど飲んだことがない。この世界の酒は基本的に常温かぬるいのだ。*


ルーナ「キンキンに……冷えた……ビール……」


シロウ「生ジョッキで出てくる。泡の比率も完璧だ」


ルーナ「行く。今すぐ行く」


シロウ「落ち着け。線路の話が先だ」


ルーナ「線路引いたら行ける! 線路引こう! 今すぐ引こう!」


ボルグ「嬢ちゃん、酒の為に線路引くのは俺たちの専売特許だぞ」


ルーナ「ドワーフの気持ちが今初めて分かった……!」


*彼は地図に指を走らせた。*


シロウ「アストライアから北の帝国まで。帝国から北方諸国まで。それから南に折り返して南大陸の鉱山まで。全部繋げれば、物流が一変する」


ボルグ「……でけぇ計画だな。レールの量だけで今回の10倍じゃ済まねぇぞ」


シロウ「素材は南大陸の鉱山から直接引っ張る。線路が伸びれば伸びるほど、鉱石の輸送も楽になる。自己増殖型のインフラだ」


ボルグ「自己……なんだって?」


ルーナ「線路を作るための鉄を、線路で運ぶってこと。作れば作るほど効率が上がる仕組みだよ」


ボルグ「おお……頭いいなぁ嬢ちゃん」


*ボルグがバーボンを一気に煽り、樽に杯を叩きつけた。*


*彼はバーボンを一口飲み、頭を掻いた。*


シロウ「昔、同盟を結んだ気がするが……全く覚えてない」


ルーナ「気がするって……国同士の同盟を忘れるの……?」


シロウ「20年以上前だぞ。しかもあの頃は色々立て込んでたんだよ。ついでにもう一度話してくるよ。代替わりしてるかもだしな」


ボルグ「北方諸国ってのは、どういう連中なんだ?」


シロウ「山岳民族の集まりだ。小国が5つか6つ点在してる。鉱石資源が豊富で、特にミスリルの産出量は大陸一だったはずだ」


*ボルグの目が光った。ドワーフにとってミスリルという単語は、酒に匹敵する魔力を持つ。*


ボルグ「ミスリル……だと……?」


シロウ「とりあえず、帝国までは伸ばしてくれて構わんからよ。護衛が必要なら城の訓練所に行って、八輝将に言えば衛兵を何人か回してくれるはずだ」


ボルグ「おう。測量班と護衛合わせて、まずは帝国方面のルート選定からだな。山越えのトンネルが一番の難所になる」


シロウ「トンネル掘削には土魔法の使い手を何人か付ける。エルフの地脈術師も使えるはずだ」


ボルグ「助かる。人力だけじゃ10年かかるところが、魔法使いがいりゃ半年で済む」


*ボルグがバーボンをもう一杯煽り、地図に太い指を這わせた。帝国までの山脈を越えるルートを3本ほど想定し、岩盤の硬さや勾配を呟きながら検討している。さすがは鍛冶の親方、地質にも詳しい。*


ボルグ「……よし。この東回りのルートが一番現実的だ。標高差が少ねぇし、川沿いに進めば橋の数も最小限で済む」


シロウ「任せる。見積もりが出たら城に持ってきてくれ」


ボルグ「了解だ、魔王さん。……で」


*ボルグが樽を撫でた。*


ボルグ「この酒、もう飲んでいいんだよな?」


シロウ「ああ。全部お前らの報酬だ。好きに飲め」


*ドワーフたちが一斉に歓声を上げた。樽の栓が次々と抜かれ、杯が掲げられ、鍛冶場が即席の酒場に変わった。朝からバーボンとスコッチの香りが充満する異様な光景だった。*


ルーナ「朝から飲むの……?」


ボルグ「ドワーフに時間は関係ねぇ!」


*ルーナが彼の袖を引いた。小声で囁く。*


ルーナ「ねぇ父さん。今夜の居酒屋、絶対だからね。忘れたら許さないからね」


シロウ「分かってるよ……」


ルーナ「キンキンに冷えた生ビール……焼き鳥の塩……枝豆……レモンサワー……」


*彼女の目がもう完全に居酒屋モードだった。前世のOLが完全に目覚めている。*


ルクス「ぱぱ、ねーね、こわい」


シロウ「……同感だルクス」


*彼は城の地下、国庫へと足を運んだ。分厚い鉄扉を開け、魔法認証を通過すると、整然と積み上げられた硬貨の山が現れる。普段持ち歩くのは黒金貨か白金貨ばかりだ。北方諸国の小さな街では使い物にならない。*


シロウ「白金貨1枚を崩すか」


*彼は白金貨1枚を金貨5枚と銀貨50枚に交換し、異空間収納へ放り込んだ。*


シロウ「なんなら日本円で払ってもって思うんだが……逆に金のアクセサリーの方がいいだろうか……?」


*北方諸国は山岳民族の集まりだ。貴金属の価値は理解しているだろうが、アストライアの硬貨が通用するかは微妙なところだ。まぁいい。足りなければ現地で考えればいい。*


*彼は異空間収納を漁り、1つの布の塊を取り出した。手編みのマフラー。ルーナが15歳の時に編んでくれたものだ。編み目は不揃いで、端がほつれかけている。だが暖かい。北方諸国は極寒の地だ、これがちょうどいい。*


シロウ「……つい最近なのにな…」


*マフラーを首に巻き、厚手のコートを羽織った。時刻は昼過ぎ。北方諸国で同盟相手と話をして、夜には居酒屋に連れていく。ちょうどいいスケジュールだ。*


*彼はルーナの部屋に向かった。扉をノックせずに開けた。*


シロウ「ルーナ、そろそろ行こ……あ、すまん」


*ルーナが上半身裸だった。防寒用のインナーに着替えている最中で、下着姿のまま振り返った。白い肌と銀髪が目に入る。*


ルーナ「っ……! ノックしてって何回言えば分かるの!?」


*彼女が咄嗟にインナーで胸を隠した。顔が真っ赤だった。*


シロウ「悪い悪い」


ルーナ「悪い悪いじゃないでしょ! 出てって! あと5分!」


*バタン、と扉が閉められた。彼の鼻先すれすれだった。*


シロウ「……いつまで経っても親にはこうだよな」


*廊下で5分待った。扉が開き、完全防寒装備のルーナが出てきた。ファーの付いたフード付きコート、厚手のブーツ、手袋。だが顔はまだ赤い。*


ルーナ「……二度とやらないでよ」


シロウ「はいはい」


ルーナ「はいは1回」


*彼女の目がマフラーに止まった。*


ルーナ「……それ」


シロウ「ん?」


ルーナ「それ、私が編んだやつ」


シロウ「ああ。北方諸国は寒いからな。丁度いいと思って」


*ルーナが口元を手袋で隠した。耳まで赤い。怒りではなく、照れだった。*


ルーナ「……まだ持ってたんだ」


シロウ「捨てるわけねぇだろ」


ルーナ「……ふん。行くよ。生ビールが待ってる」


*彼女は早足で先を歩き始めた。照れ隠しが下手な娘だった。*


シロウ「じゃあ転移するぞ。まずは北方諸国の王都……名前なんだったかな」


ルーナ「忘れてるの……?」


シロウ「約20年前だからな……あの頃は若かった……」


ルーナ「いや、今も十分おっさんだけど」


シロウ「おっさんで何が悪い……」


ルーナ「悪くないけど。白髪増えてきたよね最近」


シロウ「うるせぇ」


*二人で城内を歩き、金属同士がぶつかり合う轟音ではなく、異質な機械音が響いていた。*


*訓練所を通りかかると、リオンが中庭で汗だくになっていた。腰に巻かれた合金龍ベルトの赤い宝石が脈動するように光っている。彼の周囲には変身時に発生する余剰エネルギーの焦げ跡が地面に残っていた。*


リオン「起動……っ!」


*赤い宝石を押し込むと、空間が歪み、大迷宮99階層から合金龍が転送された。重厚な金属の塊が轟音と共に着地し、地面が揺れる。合金龍が咆哮を上げ、第2形態へと変形していく。人型に近い姿になった合金龍がリオンの隣に立った。*


リオン「変身!」


*合金龍が第3形態へ移行し、リオンの全身にライダースーツが装着される。漆黒のアーマーに銀色のラインが走り、ヘルメットのバイザーが閃光を放った。*


*だが10秒もしないうちに、リオンの体が震え始めた。アーマーの各部から蒸気が噴き出す。*


リオン「くっ……まだ……もう少し……!」


*3分12秒。アーマーが弾け飛ぶように解除され、リオンが膝をついた。荒い息を吐きながら、タイマーを確認している。*


リオン「3分12秒……前回より12秒伸びた……」


*ルーナが足を止めて、ベルトを凝視していた。そしてゆっくりとシロウの方を見た。*


ルーナ「……作ったの?」


シロウ「ああ」


ルーナ「……仮○ライダーじゃん」


シロウ「違ぇよ。合金龍ベルトだ」


ルーナ「いや、どう見ても○面ライダーだよ。変身って叫んでたよ今。ライダーキックもあるんでしょ」


シロウ「……あるけど」


ルーナ「隠す気ゼロじゃん」


*彼は咳払いをして、ルーナに仕組みを説明し始めた。*


シロウ「あのベルトは大迷宮の99階層にいる合金龍と同期してる。起動すると合金龍が転送されて、装着者に力を貸す仕組みだ。合金龍自体が3段階に変形して、最終形態で装着者にアーマーを纏わせる」


ルーナ「要するに龍がスーツになるってこと?」


シロウ「そうだ。問題は出力が桁違いすぎて、装着者の体力が追いつかねぇことだ。バハムート戦の時、リオンは3分が限界だった。今は改良して体力次第で維持できるようにしたが……あいつの体力だと3分ちょいが精一杯だな」


ルーナ「父さんが着けたら?」


シロウ「俺が着ける必要がない」


ルーナ「それもそうか……」


*リオンがこちらに気づき、立ち上がって駆け寄ってきた。汗が滴り落ちている。*


リオン「あ、陛下とルーナさん。お出かけですか?」


シロウ「ちょっと北方諸国まで行ってくる。留守は頼んだぞ」


リオン「北方……了解です。あ、陛下。ベルト、12秒伸びました」


シロウ「聞こえてた。いい調子だ。5分を目指せ」


リオン「はい!」


*彼は拳を握って気合を入れた。最弱と呼ばれた男の目には、確かな闘志が宿っていた。*


ルーナ「リオン頑張ってね!」


*彼はリオンに手を振り、訓練所を後にした。ルーナと並んで城の廊下を歩きながら、今夜の計画を練る。*


シロウ「次回は八輝将も誘うか。訓練後のビールは絶対ハマるだろうな……」


ルーナ「あ、それいいね。リオンとか絶対泣くよ。『こんな美味い酒があったのか』って」


シロウ「ルナは酒飲むのか?」


ルーナ「知らないけど、あの子お酒の席だと意外と面白そう」


シロウ「……俺はビール飲めんけど」


ルーナ「え」


*ルーナが足を止めた。信じられないものを見る目でこちらを見た。*


ルーナ「居酒屋に連れてってくれるのに、ビール飲めないの?」


シロウ「苦いだろあれ。無理だ」


ルーナ「……父さん、前世何歳まで生きたの」


シロウ「うるせぇ。カクテルかサワーか、あとジンなら飲める」


ルーナ「舌が若いというか……子供舌というか……」


シロウ「放っとけ。あの店はメニュー豊富だから、レモンサワーくらいあるだろ」


ルーナ「居酒屋でレモンサワー頼むおっさん……まぁいいけど」


*彼はルーナの頭を軽く小突いた。*


シロウ「よし、行くぞ。掴まれ」


*ルーナが彼のコートの裾を掴んだ。転移魔法の光が二人を包む。*


*一瞬の浮遊感の後、景色が一変した。*


*白い世界だった。*


*吹き付ける風が頬を刺す。足元は30cm以上の積雪で、視界の先には切り立った灰色の山脈が連なっている。空は鈍色の雲に覆われ、粉雪が舞い続けていた。気温はおそらく氷点下15度以下。*


ルーナ「さっむ!!」


*ルーナが即座にフードを被り、コートの前を掻き合わせた。吐く息が白い。*


シロウ「……ああ、思い出した。こんな感じだったな」


ルーナ「こんな感じって……ここどこ? 街は?」


*彼は目を細めて前方を見た。雪の中に、微かに灯りが見える。石造りの建物が山肌に張り付くように並んでいた。煙突から白い煙が上がっている。*


シロウ「あれだ。北方諸国の中で一番大きい国……」


*彼は額に手を当てた。*


シロウ「……名前が出てこねぇ」


ルーナ「本当に忘れてるじゃん! 同盟相手の国名忘れるとか外交問題だよ!」


シロウ「20年前だぞ。許せ」


*二人は雪を踏みしめながら、灯りに向かって歩き始めた。近づくにつれて、石壁に囲まれた街の輪郭がはっきりしてきた。城門の上に旗が翻っている。青地に白い山脈の紋章。その下に国名が刻まれていた。*


ルーナ「……ノルドヘイム王国?」


シロウ「多分?そんな感じだったか…?」


ルーナ「今思い出したんでしょ」


*城門の前に毛皮の外套を纏った衛兵が2人立っていた。槍を構え、近づいてくる二人を警戒している。*


衛兵A「止まれ。何者だ。」


*彼がコートの内ポケットからSSランクの冒険者カードを取り出し、衛兵の前に掲げた。黒いカードに刻まれた「SS」の文字。大陸に数人といないランクの証だ。*


シロウ「落ち着け、冒険者だ」


*衛兵二人が目を見開いた。カードの真贋を確認するまでもなく、SSランクの魔力紋章が本物であることは一目で分かる。二人は即座に槍を引き、深く頭を下げた。*


衛兵A「し、失礼いたしました! SSランクの方とは……! どうぞお通りください!」


衛兵B「城への道は中央通りをまっすぐです! ご案内いたしましょうか!?」


シロウ「いや、大丈夫だ。ありがとな」


*二人は城門をくぐった。彼がルーナの肩に手を置き、保温魔法を付与する。淡い光がルーナの全身を包み、体の震えが止まった。*


シロウ「こういう時に便利なんだよな、冒険者カード」


ルーナ「国境も税関もフリーパスだもんね。……あったかい。ありがと父さん」


*城門をくぐると、石畳の街並みが広がっていた。建物は全て灰色の石造りで、屋根には厚い雪が積もっている。煙突から立ち昇る白煙が幾筋も空に溶けていく。通りを歩く住民たちは厚い毛皮のコートを纏い、息を白くしながら行き交っていた。*


*人間が多いが、ドワーフの姿もちらほら見える。山岳地帯の国だけあって、鉱夫風の男たちが目立つ。*


ルーナ「思ったより活気あるね。もっと寂れた田舎を想像してたけど」


シロウ「ミスリル鉱山があるからな。鉱業で食ってる国だ。金回りは悪くないはずだ」


*中央通りを進むと、丘の上に城が見えた。アストライアの城と比べると小さいが、堅牢な石壁と4本の見張り塔が威容を誇っている。城壁に青と白の旗が翻っていた。*


ルーナ「あれがノルドヘイム城?」


シロウ「多分な。……あの頃は確か、爺さんが治めてたはずだ。もう死んでるかもな」


ルーナ「20年前にお爺さんなら、まぁ……」


*城門の前に到着した。ここにも衛兵が立っている。先ほどの城門衛兵よりも装備が上等で、ミスリルの胸当てを着けていた。*


衛兵「止まれ。城への用件は」


シロウ「夜天のアストライア魔導皇国から来た。20年ほど前に同盟を結んだはずだが、国王に取り次いでもらえるか」


*衛兵の表情が変わった。アストライアの名は、この大陸では知らぬ者がいない。*


衛兵「ア、アストライア……!? し、少々お待ちください!」


*衛兵が城内に駆け込んでいった。もう一人の衛兵が緊張した面持ちで二人を見ている。*


ルーナ「アストライアの名前、効くねぇ」


シロウ「29年もやってりゃ、まぁな」


*しばらくして、衛兵が戻ってきた。その後ろに、毛皮のマントを纏った長身の男が立っていた。金髪を後ろに撫でつけ、鋭い青い目をしている。*


*長身の金髪の男が二人を城の謁見の間に案内した。名をエリク・ノルドヘイム。現国王だった。先代の孫にあたるらしい。歳は30代半ばといったところか。*


エリク「祖父から盟約の話は聞いております。アストライアの魔王が訪ねてきた時は、全力で応えよと」


シロウ「先代は」


エリク「5年前に亡くなりました。最期まで『あの魔王はまた来る』と申しておりました」


シロウ「……そうか。いい爺さんだった」


*エリクは穏やかに頷いた。帝国や南大陸の貴族のような駆け引きや腹の探り合いがない。山岳民族の気質なのだろう、話が早い。*


エリク「それで、本日のご用件は」


シロウ「この北方諸国の南側に線路を引いてもいいですか? アストライアまで片道約2時間半で到着します。1日10トンまでなら運搬可能です」


*エリクが眉を上げた。*


エリク「線路……とは?」


シロウ「鉄のレールの上を走る乗り物です。馬車の何倍も速く、大量の荷物と人を運べる」


*彼は異空間収納から小さな機関車の模型を取り出した。アストライアを出る前に、ボルグが記念に作っていたものだ。テーブルの上に置くと、エリクが身を乗り出して食い入るように見た。*


エリク「これが……走るのですか」


ルーナ「実際に今朝、アストライアで試運転しました。30分で城の端から端まで走れます」


*エリクの目が光った。彼はすぐにこの提案の意味を理解したようだった。*


エリク「2時間半でアストライアまで……今は馬車で片道12日かかります。それが2時間半に」


シロウ「ええ。ミスリル鉱石の輸送にも使えます。10トンという制限はありますが、夜間に1往復で鉱石を運び、日中は人や物資を乗せる予定です」


*エリクが椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。数秒の沈黙の後、彼はまっすぐにシロウを見た。*


エリク「条件は?」


シロウ「線路の敷設と維持管理はアストライア側で行います。ノルドヘイム側には、敷設ルートの土地の使用許可と、駅の建設用地を頂きたい。輸送料は鉱石1トンあたり銀貨5枚。人の乗車は銅貨3枚」


*エリクが即答した。*


エリク「安い。破格だ。今の馬車輸送だと鉱石1トンで金貨2枚かかっている。即決で構いません」


ルーナ「早い……」


エリク「祖父が信頼した相手です。疑う理由がない」


*エリクが立ち上がり、手を差し出した。彼はその手を握った。山岳民族らしい、硬く力強い握手だった。*


エリク「盟約を改めて結びましょう。ノルドヘイムはアストライアと共にある」


シロウ「ありがとうございます。測量班を来週にも送ります」


エリク「歓迎します。……ところで」


*エリクがルーナをちらりと見た。*


エリク「そちらの美しいお嬢さんは?」


ルーナ「あ、娘のルーナです。よろしくお願いします」


エリク「娘……! これは失礼を。魔王殿のお嬢様でしたか」


*盟約の書類に互いの署名と魔力紋章を刻み、正式に同盟が更新された。エリクは城門まで見送りに来てくれた。山岳民族の王らしい、簡潔で誠実な対応だった。*


エリク「測量班をお待ちしております。宿舎はこちらで用意しますので」


シロウ「助かります。では」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。