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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*3人はJR大阪駅に向かって歩き出した。レイがキョロキョロと周りを見回し、ルーナが「不審者みたいだからやめて」と注意し、彼がため息をつく。いつもの光景だった。*


*電車に乗ると、レイが窓に張り付いた。*


レイ「シロー! この箱めっちゃ速い! 機関車よりすごいんじゃない!?」


*電車の中、レイは窓に張り付いて流れる景色に夢中だった。隣の乗客がスマホで動画を撮ろうとしていたが、ルーナがさりげなく間に入って遮った。*


ルーナ「(小声)父さん、レイが注目浴びてる……」


シロウ「レイが日本語を話せなくて良かったよ」


*傍から見れば外国人の美少女がはしゃいでいるだけにしか見えない。実際、車内の何人かが微笑ましそうにレイを見ていた。琥珀色の瞳に黒髪ミディアム、整った顔立ち。ハーフモデルか何かだと思われているのだろう。*


レイ「シロー! あの山みたいな建物なに!? あとあの光る板みんな持ってるけどなに!?」


シロウ「ビルだ。光る板はスマホ。前も教えたろ」


レイ「忘れた♪」


ルーナ「(小声)父さん、周りの人がレイの言葉聞こえてるけど……」


シロウ「日本語じゃねぇから大丈夫だ。異世界の共通語が日本人に理解できるわけが無い。」


*実際、周囲の乗客にはレイの言葉が聞き取れない外国語にしか聞こえていなかった。何語だろう、と首を傾げている程度だ。*


*山崎駅に着いた。小さな駅で、降りた瞬間に木々の匂いが鼻をついた。*


ルーナ「うわ、空気が違う。いいところだね」


シロウ「蒸溜所はここから歩いて10分くらいだ」


*駅を出て住宅街を抜けると、サントリー山崎蒸溜所の看板が見えた。レンガ造りの建物と、敷地内に並ぶ貯蔵庫。ウイスキーの甘い香りが微かに漂っている。*


レイ「……なんかいい匂いする。甘い?」


シロウ「エンジェルズシェアだ。樽から蒸発したウイスキーの匂い。天使の分け前って言うんだよ」


ルーナ「父さん、詳しいね。転移前から飲んでたの?」


シロウ「日本人の嗜みだ」


*受付に向かった。彼はスーツではなく落ち着いた私服だったが、話し方と雰囲気で相手の態度が変わるのはいつものことだった。*


シロウ「すみません、樽買いの商談をしたいんですが。事前予約はしていないんですが、担当の方いらっしゃいますか」


受付「樽買い……ですか? 少々お待ちください」


*受付の女性が奥に連絡を取った。しばらくして、スーツ姿の中年男性が出てきた。営業部の課長だという。*


課長「お待たせしました。樽買いをご希望とのことですが……失礼ですが、法人様でしょうか?」


シロウ「個人です。ただし、まとまった量を買いたい。12年もの以上で、樽ごと30本ほど」


*課長の目が一瞬だけ見開かれた。30本。1本あたり数百万円。総額で数千万を軽く超える。*


課長「……お話、詳しくお聞かせいただけますか。応接室へどうぞ」


*レイとルーナは待合室に残された。*


レイ「シローいなくなっちゃった」


ルーナ「商談だよ。待ってよう。あ、試飲コーナーあるよレイ」


レイ「飲んでいいの!?」


ルーナ「少しだけね。」


*応接室は落ち着いた木目調の内装で、ウイスキーの香りが微かに漂っていた。課長が向かいに座り、名刺を差し出した。営業部課長、田中誠一。*


シロウ「それで、購入はできますか? お金はこちらに」


*彼はテーブルの下で異空間収納からアタッシュケースを取り出し、課長の前に置いた。パチンと金具を開ける。中には整然と束ねられた1万円札が詰まっていた。1億円。*


*田中課長の顔が固まった。名刺を持つ手が微かに震えている。*


田中「……し、失礼ですが、これは……」


シロウ「現金で1億です。いい酒を計30から50本程。お願いします」


*田中課長が唾を飲み込んだ。額に汗が滲んでいる。個人客が現金1億をアタッシュケースで持ち込むなど、この蒸溜所の歴史でも前例が無いだろう。*


田中「しょ、少々お待ちください。上の者に確認を……」


*課長が慌てて部屋を出ていった。5分後、スーツの上着を着直した初老の男が入ってきた。名刺には「取締役 製造本部長 宮本浩二」とあった。*


宮本「お待たせいたしました。宮本と申します。大変ありがたいお話でして……ただ、いくつか確認させていただきたいのですが」


シロウ「どうぞ」


宮本「ご用途をお聞きしてもよろしいでしょうか。転売目的ですと、弊社としてはお断りする場合がございまして」


シロウ「個人消費です。海外の取引先への贈答用と、自分の飲み用。転売はしません」


*嘘ではない。ドワーフへの報酬だ。転売はしない。飲むだけだ。*


宮本「なるほど……。では、年数やシリーズのご希望はございますか?」


シロウ「山崎18年と25年を中心に。あればシェリーカスクも欲しい。樽のまま買えるならそれが一番いい。瓶詰めはそちらでなくて構わない」


*宮本の表情が変わった。素人ではないと悟ったのだろう。背筋が伸びた。*


宮本「お詳しいですね。樽出しでのご提供は通常行っておりませんが……この規模のお取引であれば、特別にご用意できるものがございます。貯蔵庫をご案内しましょうか」


シロウ「お願いします」


*宮本が立ち上がり、彼を貯蔵庫へ案内した。重厚な扉を開けると、薄暗い空間にオーク樽が何百と並んでいた。甘く芳醇な香りが肺を満たした。*


宮本「こちらが18年以上熟成の貯蔵区画です。この列がシェリーカスク、あちらがミズナラカスクになります」


シロウ「ミズナラもあるのか。いいな。じゃあミズナラカスクも10本追加で」


*宮本が一瞬だけ目を見開いたが、すぐにプロの顔に戻った。*


宮本「かしこまりました。では内訳を整理いたしますと……山崎18年シェリーカスク20本、山崎25年10本、ミズナラカスク10本、計40本。概算でございますが……」


*宮本が電卓を叩いた。*


宮本「……8,600万円ほどになります」


シロウ「端数切り上げて9,000万でいい。残りはそちらの裁量で、おすすめの樽を追加してくれ」


シロウ「これだけの量ですので会計を先に。明日取りに来ますね」


*宮本は一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。*


宮本「かしこまりました。では領収書と引渡し書類をご用意いたします。明日のお時間は?」


シロウ「午前10時で」


宮本「承知いたしました。貯蔵庫の搬出口にご用意しておきます。……しかし、40本以上の樽となりますと、トラックを数台手配されるかと思いますが、運送業者のご紹介も……」


シロウ「運搬は自分で手配します。ご心配なく」


*異空間収納に放り込むだけだが、そうは言えない。*


*会計を済ませ、9,000万円の領収書を受け取った。宮本と田中が深々と頭を下げる中、彼は応接室を出た。*


*待合室に戻ると、試飲コーナーでルーナとレイが並んで座っていた。*


ルーナ「あ、父さんおかえり。どうだった?」


シロウ「40本確保した。明日受け取る」


ルーナ「40本……ボルグ泣いて喜ぶね」


レイ「シロー! これすっごく美味しかった! 琥珀色のやつ! もう3杯飲んだ♪」


*レイの頬がほんのり赤い。試飲グラスが3つ並んでいた。*


ルーナ「止めたんだけど聞かなくて……」


シロウ「酔ってねぇだろうな」


レイ「酔ってないよ♪ 全然平気♪」


*立ち上がった瞬間、レイが少しだけふらついた。*


シロウ「……酔ってんじゃねぇか」


レイ「酔ってない♪ 地面がちょっと揺れてるだけ♪」


ルーナ「それを酔ってるって言うんだよ……」


*彼はため息をつき、蒸溜所を後にした。3人で山崎駅まで歩く道すがら、レイが彼の腕にしがみついていた。酔っているのか甘えているのか判別がつかない。*


シロウ「次はイギリスだが、先に大阪で飯にするか」


レイ「たこ焼き! たこ焼き!」


ルーナ「私は串カツがいい。前世の思い出補正込みで」


シロウ「両方食えばいいだろ。道頓堀に戻るぞ」


*JRに乗り、大阪駅で乗り換えて難波へ向かった。電車内でレイは彼の肩にもたれかかり、うとうとし始めた。ウイスキーの試飲が効いている。*


ルーナ「(小声)……父さん、レイ可愛いね」


シロウ「(小声)……電車で寝られると降りる時面倒なんだよ」


ルーナ「素直じゃないなぁ」


*難波に着き、道頓堀の商店街に入った。昼時で人通りが増えている。レイは目が覚めた途端に元気を取り戻し、たこ焼き屋の前で立ち止まった。*


レイ「シロー! これ! これがいい!」


シロウ「はいはい。3舟な」


*たこ焼きを受け取ったレイが一口頬張り、目を見開いた。*


レイ「あっつ!! ……でも美味しい♪♪♪」


*翌朝、午前10時。山崎蒸溜所の搬出口。*


*宮本と田中、それに作業員が数名、樽と瓶を整然と並べて待っていた。オーク樽40本以上、さらに追加分の瓶詰めが木箱に収められ、搬出口を埋め尽くしている。*


宮本「おはようございます。昨日お約束の通り、全てご用意いたしました。山崎18年シェリーカスク20本、25年10本、ミズナラカスク10本、追加の特選樽3本。計43本です」


シロウ「ありがとうございます。では」


*彼は軽く指を鳴らした。*


*一瞬だった。搬出口を埋め尽くしていた樽と木箱が、音もなく消えた。コンクリートの床だけが残った。*


*静寂が落ちた。*


*宮本の口が半開きのまま固まった。田中は手に持っていたバインダーを落とした。作業員の一人が「は?」と声を漏らした。*


宮本「……い、今のは……」


シロウ「ただの魔法だよ」


*彼はさらりと言った。受け取り書類にサインし、宮本に返した。*


宮本「ま、魔法……? いや、あの、トラックは……運送業者は……」


シロウ「不要です。確かに受け取りました。ありがとうございました」


*宮本が呆然と書類を受け取った。田中がバインダーを拾いながら、何もない搬出口と彼の顔を交互に見ている。*


田中「……夢、ですかね」


宮本「……9,000万の売上が現実だから、夢じゃないだろう……」


*彼は振り返らずに歩き出した。駐車場でルーナとレイが待っていた。*


ルーナ「終わった?」


シロウ「ああ。ちょっと目立ったが気にしない」


ルーナ「目立ったって……何したの」


シロウ「目の前で樽43本消した」


ルーナ「……父さん、それ目立ったとかいうレベルじゃないでしょ。SNSに上がったらどうすんの」


シロウ「『山崎蒸溜所で樽が消えた』なんて誰が信じる。頭おかしい奴の投稿で終わりだ」


ルーナ「……一理ある」


レイ「ねぇシロー、次はどこ行くの♪」


シロウ「イギリスだ。スコットランドのスペイサイドに行く。マッカランとグレンフィディックの蒸溜所を回る」


レイ「また美味しいの飲める?」


シロウ「飲めるが、昨日みたいに酔うなよ」


レイ「酔ってないってば♪」


ルーナ「ホテルで父さんに抱きついて寝てたくせに」


レイ「それは酔ってたからじゃなくてシローが好きだから♪」


シロウ「……行くぞ。路地裏に入る」


*3人は蒸溜所の裏手の人気のない林道に入った。彼が転移魔法を発動する。行先は成田空港。*


ルーナ「ビジネスクラスで……」


シロウ「いや、ファーストクラスを3枚」


*ルーナの指がカウンターの端末の上で止まった。振り返って父の顔を見る。*


ルーナ「……父さん、ファーストって片道で1人50万くらいするよ? 3人で往復300万……」


シロウ「さっき9,000万使ったばかりだろ。今更300万でビビるな」


ルーナ「金銭感覚バグってるなぁ……」


レイ「ファーストって何? ビジネスより美味しいの出るの?」


ルーナ「出るよ。フルコースとか出るよ」


レイ「ファースト最高♪」


*ルーナが窓口でチケットを手配した。成田からロンドン・ヒースロー経由、エディンバラ行き。ファーストクラス3席。パスポートを提示し、問題なく発券された。偽造の出来が良いのか、窓口の係員は一切疑わなかった。*


*出発まで2時間ほどあった。免税店でルーナが化粧品を物色し、レイが試食コーナーを巡回している間、彼は静かに紅茶を飲んでいた。*


レイ「シロー! このチョコすっごく美味しい! 買って!」


シロウ「自分で持てる分だけな」


レイ「やった♪」


*レイが両手いっぱいにチョコレートの箱を抱えて戻ってきた。明らかに「持てる分」の解釈が広い。*


ルーナ「……レイ、それ全部食べるの?」


レイ「半分はお土産♪ ルミナとステラとゼノとセレスに♪」


シロウ「……意外と気が利くな」


レイ「えへへ♪」


*搭乗時刻になった。ファーストクラスのラウンジを通り、優先搭乗で機内へ入る。*


*レイが座席を見た瞬間、目を見開いた。*


レイ「……ベッドじゃん! これベッドじゃん!」


ルーナ「フルフラットシートだね。寝られるよ」


レイ「すごい! 空飛ぶベッド! この世界の人たちすごい!」


シロウ「声落とせ。周りに人がいる」


*隣の席のビジネスマンがレイを見て微笑んでいた。外国語に聞こえているので、元気な外国人観光客としか思われていない。*


*離陸した。レイが窓に張り付いて雲を見下ろしている。*


レイ「シロー! 雲の上だよ! 飛行魔法なしで雲の上!」


シロウ「ああ。地球人はこれで世界中どこでも行く」


レイ「魔法使えないのにすごいね……」


ルーナ「科学の力だよ。……あ、機内食のメニュー来た。レイ、和食と洋食どっちがいい?」


レイ「両方!」


ルーナ「選んで」


レイ「えー……じゃあ洋食! シローは何にする?」


シロウ「和食だ。お前が残した方食ってやるから好きな方選べ」


レイ「シロー優しい♪」


*フライト時間は約12時間。レイは機内食を完食した後、フルフラットシートを倒して眠りについた。ルーナは映画を観ながらワインを飲んでいる。*


ルーナ「(小声)……父さん、スコットランド着いたらどこ回るの?」


シロウ「スペイサイドのマッカラン蒸溜所とグレンフィディックの蒸溜所を回る。場所が分からんからタクシーかバスだな。適当に食べ歩きを…金がないから換金してからだな。」


*ファーストクラスのシートに深く沈み込み、彼はリクライニングを倒した。革張りのシートが身体を包み込む。転移前の人生では、出張でビジネスクラスが精々だった。*


シロウ「ファーストクラス……いいな。転移前はビジネスしか乗れんかったし……これは快適だ」


ルーナ「……分かる。私も前世、出張で国内線のプレミアムクラスが限界だったよ。ファーストとか雲の上の存在だった……文字通り雲の上だけど」


*ルーナがワイングラスを傾けながら、複雑な顔をしていた。*


ルーナ「金銭感覚バグりそう……昨日9,000万、今日チケットで300万、スコットランドでまた数千万使うんでしょ? 前世の年収何年分だろ……考えたくない……」


シロウ「考えるな。異世界の魔王が日本円の価値を気にしてもしょうがない」


ルーナ「いや気にするよ! 前世の記憶がある限り気にするよ!」


*キャビンアテンダントがドリンクのオーダーを取りに来た。*


シロウ「あ、すいません。コーラは……無いんだったな。りんごジュース下さい」


CA「かしこまりました。りんごジュースですね。お連れ様は?」


*CAがレイの方を見たが、レイはフルフラットシートを完全に倒し、備え付けのブランケットにくるまって既に熟睡していた。口元に機内食のソースが少しついている。*


ルーナ「あ、彼女は……大丈夫です。私はシャルドネをもう一杯お願いします」


CA「かしこまりました」


*CAが去った後、ルーナが声を潜めた。*


ルーナ「(小声)……父さん、スコットランド着いたら言葉どうする? 私は前世の英語がギリギリ使えるけど、レイは完全にアウトだよ」


シロウ「俺が通訳する。」


ルーナ「あ、そっか。」


シロウ「おっさんを舐めるなよ」


*りんごジュースが運ばれてきた。グラスに注がれた透き通った琥珀色の液体を一口飲む。甘い。*


ルーナ「……父さん、コーラ好きだよね。異世界でも再現しないの?」


シロウ「あれは原液のレシピが企業秘密だからな。創造で作れなくもないが、味が微妙に違うんだよ」


ルーナ「こだわり強いなぁ……」


*レイが寝返りを打った。ブランケットからむき出しになった足が彼の膝に乗った。*


レイ「……んん……シロー……たこ焼きもう一個……」


*寝言だった。ルーナが吹き出し、彼はため息をつきながらレイの足にブランケットをかけ直した。*


*フライトの残り時間は約8時間。窓の外は雲海が広がっている。彼はりんごジュースを飲みながら、スコットランドでの買い付けリストを頭の中で整理していた。マッカラン、グレンフィディック、できればラフロイグも。ボルグの顔を思い浮かべると、あのドワーフは煙臭いピート香のウイスキーも好みそうだった。*


シロウ「好きな物だったら尚更な……」


*彼はりんごジュースのグラスを揺らしながら呟いた。コーラの味だけは妥協できない。あの独特の炭酸と甘さの比率、喉を突き抜ける爽快感。創造で作った偽物は、どこか物足りなかった。*


シロウ「それにしてもルーナ、英語話せたんだな……」


ルーナ「前世の遺産だよ。商社のOLだったから、TOEIC800くらいはあったの。ビジネス英語なら何とか。日常会話は怪しいけど」


シロウ「なら蒸溜所の商談は任せられるな」


ルーナ「え、私が交渉するの? ……まぁいいけど。父さんは大丈夫なの? 英語」


シロウ「言語理解のスキルがあるから問題無い」


*ルーナが一瞬固まった。ワイングラスを持つ手が止まる。*


ルーナ「……は?」


シロウ「言語理解。全言語を自動翻訳して理解できる。会話も可能だ」


ルーナ「……チートじゃん」


シロウ「酷い言い草だな……」


ルーナ「いや酷いのはそっちだよ! 私が必死に前世の英語力引っ張り出そうとしてるのに、スキルで全部解決って! じゃあ最初から言ってよ! 私の出番ないじゃん!」


シロウ「いや、お前の英語力は普通にすごいだろ。前世の努力の結晶だ」


ルーナ「フォローが下手!」


*レイが寝返りを打ちながら薄目を開けた。*


レイ「……んー……二人ともうるさい……何の話……」


ルーナ「父さんがチートだって話」


レイ「知ってた……」


*レイはそれだけ言って再び眠りに落ちた。ブランケットの中に丸まって猫のようだった。*


ルーナ「……まぁいいよ。じゃあスコットランドでは私は買い食い担当で」


シロウ「お前もかよ」


ルーナ「レイだけズルいもん。フィッシュアンドチップスとスコッチエッグ食べたい。前世で行けなかったんだよイギリス」


*彼はため息をつきながらも、口元が僅かに緩んでいた。娘と旅行するなど、転移前の人生では想像もしなかった光景だ。*


*機内アナウンスが流れた。ヒースロー空港まであと6時間。窓の外にはシベリアの大地が広がっていた。*


シロウ「ルーナ、ヒースローからエディンバラまでの国内線は予約してあるか?」


ルーナ「あ、してない。ヒースローで取る? それとも電車?」


シロウ「電車にするか。景色がいいらしい」


ルーナ「レイ喜ぶだろうね。……って、ポンドに換金しないと。空港の両替所で円からポンドに替えればいいか」


シロウ「ああ。500万くらい替えておけば足りるだろ」


ルーナ「500万って約2万5千ポンドだよ……現金でそんな持ち歩くの怖くない?」


シロウ「強盗が来たら周りが気づく前に片付ける」


ルーナ「そういう問題じゃないんだけど……」


*彼はシートを倒し、目を閉じた。残り6時間。少し眠っておこう。*


ーー


*ロンドン・ヒースロー空港。現地時間、早朝6時。*


*12時間のフライトを終え、3人はファーストクラスの優先レーンから降機した。レイが大きく伸びをする。*


レイ「んーーっ! よく寝た♪」


シロウ「着いたか……」


*税関を通過する。パスポートを提示し、入国審査官が偽造パスポートをスキャンした。一瞬の緊張が走ったが、何事もなく通過。レイが審査官に満面の笑みを向けたので、審査官が少し赤くなっていた。*


*空港の外に出ると、冷たい空気が頬を叩いた。曇天。典型的なイギリスの朝だ。*


ルーナ「さっむ……日本より寒いかも」


レイ「空気が違う! なんか湿っぽい♪」


シロウ「イギリスだからな。まず換金するぞ」


*空港内の換金所で日本円500万をポンドに両替した。約25,000ポンド。札束を受け取った換金所のスタッフが目を丸くしていたが、彼は気にせずポケットに仕舞った。*


シロウ「朝飯、好きなところに入っていいよ」


レイ「好きなところ!? 本当!?」


*レイの目が輝いた。空港を出て、キングスクロス駅方面に向かうタクシーに乗り込む。駅の周辺に着くと、朝から営業しているカフェやパブが並んでいた。*


レイ「シロー! あれ何!? あの看板の!」


*レイが指差した先は、「FULL ENGLISH BREAKFAST」と書かれた看板を掲げたパブだった。店先のメニュー写真に、ベーコン、ソーセージ、目玉焼き、ベイクドビーンズ、トースト、焼きトマトがどっさり盛られた皿が写っている。*


ルーナ「イングリッシュ・ブレックファスト。イギリスの朝飯だよ。量すごいけどレイなら余裕でしょ」


レイ「ここがいい! 入ろう!」


*3人はパブに入った。朝の時間帯だが、地元の労働者らしき男たちが既にビールを飲んでいる。さすがイギリスだ。*


*カウンターで注文する。彼が言語理解スキルで流暢に英語を話すと、店主の太った中年男が親しげに笑った。*


店主「Three Full English? Good choice, mate!」


シロウ「And a pot of tea, please.」


店主「Right away!」


ルーナ「……父さんの発音、完璧だね。スキルってほんとズルい」


*10分後、テーブルに3皿のフルイングリッシュブレックファストが並んだ。皿からはみ出しそうなほどのベーコン、ぱりぱりのソーセージ、とろける目玉焼き。ベイクドビーンズの甘い香りが立ち上る。ポットの紅茶が湯気を上げていた。*


レイ「うわぁ……すごい量♪ いただきます!」


*レイがフォークでソーセージを刺し、一口で頬張った。*


レイ「んー! 美味しい♪ パリパリ♪ 中からジュワって肉汁出てくる♪」


ルーナ「ベイクドビーンズ……甘いんだ。意外と美味しい」


シロウ「イギリス飯は不味いってよく言われるが、朝飯だけは世界一だ」


*彼はベーコンをかじりながら紅茶を一口。*


シロウ「キングスクロス駅ってあれだな」


*彼はパブの窓から駅の方角を見た。あの有名な駅。9と3/4番線。*


シロウ「ハリー○ッターの聖地だ。一度来たかったんだよな。酒買ったら観光しよう。絶対に」


*ルーナのフォークが止まった。目が輝いている。*


ルーナ「父さん……ハリポタ好きだったの?」


シロウ「転移前に全巻読んでる。映画も全部観た」


ルーナ「私も前世で全巻読んだ! 9と3/4番線のフォトスポット行こうよ! グッズショップも!」


シロウ「当然だ。杖も買う」


ルーナ「杖!? 本物の魔法使いが杖買うの!?」


シロウ「記念品だ。ルクスへの土産にする」


ルーナ「1歳児に杖……まぁルクスは…うん。似合うかも……」


レイ「ハリポタって何?」


ルーナ「この世界でいうと、魔法学校に通う男の子の冒険譚だよ。めちゃくちゃ有名」


レイ「ふーん。面白いの?」


シロウ「面白い。帰ったら読ませてやる」


レイ「日本語読めないよ♪」


シロウ「……俺が読み聞かせてやるよ」


レイ「やった♪ シローの読み聞かせ♪」


*レイがベーコンの最後の一切れを口に放り込み、皿を空にした。ルーナもベイクドビーンズを綺麗に食べ終え、紅茶を飲み干す。*


ルーナ「じゃあ予定どうする? 先にスコットランドで買い付け済ませて、帰りにキングスクロスで観光?」


シロウ「そうだな。仕事が先だ。エディンバラまで電車で4時間半くらいか」


ルーナ「ユーストン駅からアヴァンティ・ウエストコーストだね。ファーストクラスある?」


シロウ「あるだろ。取れ」


ルーナ「了解。……また金銭感覚がバグる」


*会計を済ませ、パブを出た。朝のロンドンは曇り空で、空気が冷たく湿っていた。レイが両手を広げて深呼吸する。*


レイ「ロンドンの空気、異世界とは全然違う♪ なんか煙っぽい?」


シロウ「排気ガスだ。深呼吸するな」


レイ「もう吸っちゃった♪」


*タクシーでユーストン駅に向かった。駅の窓口でルーナがファーストクラスの切符を3枚手配する。エディンバラ行き、午前9時発。*


ルーナ「取れた。1人120ポンドだから3人で360ポンド……日本円で約7万か。飛行機よりは安い」


シロウ「キングスクロスの近くだったな、ユーストン。帰りに寄れる」


ルーナ「うん、歩いて5分くらい。完璧な動線だね」


*ホームに降り、列車に乗り込んだ。ファーストクラスの座席は広く、テーブルにはメニューカードが置かれていた。*


レイ「また乗り物♪ でも飛行機より窓が大きい♪」


*列車が動き出した。ロンドンの街並みが流れ、やがて緑の丘陵地帯が広がり始めた。*


*スコットランド、スペイサイド。マッカラン蒸溜所。*


*商談は驚くほどスムーズだった。彼は最初から「魔法使いだ」と名乗った。当然、蒸溜所のスタッフは笑った。ジョークだと思ったのだ。*


*しかし購入が決まり、樽50本の引き渡しの段になって、彼が指を鳴らした瞬間、倉庫の樽が全て消えた。*


*スタッフ全員が固まった。そして、マッカランの蒸溜所長が満面の笑みで彼の手を握った。*


蒸溜所長「Wonderful! You really are a wizard! Come back anytime, my friend!」


*なぜか気に入られた。帰り際にマッカラン30年の非売品ボトルを1本プレゼントされた。*


ルーナ「……父さん、イギリス人って意外と魔法に寛容なの?」


シロウ「ハリ○ッターの国だからな。魔法使いへの理解が深いんだろ」


ルーナ「そういう問題じゃないと思うけど……」


*グレンフィディックでも同様に樽30本を購入。こちらでも指パッチンで消したところ、職人たちが拍手喝采だった。「次はうちの蒸溜所でショーをやってくれ」と頼まれたが丁重に断った。*


*計80本以上の樽を異空間収納に収め、3人はエディンバラ行きの列車に乗り、ロンドンへ戻った。*


---


*ロンドン、キングスクロス駅。夕方。*


*駅構内に入った瞬間、彼の足が止まった。あの場所が見えた。9と3/4番線のフォトスポット。壁に半分めり込んだカートと、「PLATFORM 9 3/4」のプレート。観光客が列を作って写真を撮っている。*


シロウ「……着いた」


*彼の声が、今日一番静かだった。*


ルーナ「父さん……目、輝いてる」


シロウ「輝いてない」


ルーナ「輝いてるよ。蒸溜所で億単位の買い物してた時より明らかにテンション高いよ」


レイ「シローが嬉しそうだとボクも嬉しい♪ あの壁に突っ込むの?」


シロウ「突っ込まない。写真を撮るんだ」


*列に並んだ。前に並んでいた家族連れが写真を撮り終え、彼の番が来た。スタッフがマフラーを渡してくれる。グリフィンドールの赤と金。*


スタッフ「Which house?」


シロウ「Gryffindor.」


*彼はマフラーを巻き、カートの取っ手を掴んだ。ルーナがスマホで写真を撮る。*


ルーナ「はい、撮れた。……父さん、めっちゃいい笑顔してる」


シロウ「……見せろ」


*スマホの画面を覗き込んだ。グリフィンドールのマフラーを巻いた46歳のおっさんが、少年のような笑顔でカートを押している写真が映っていた。白髪混じりの黒髪が少しだけ跳ねている。*


シロウ「……悪くない」


ルーナ「悪くないどころか最高だよ。ルクスに見せたら喜ぶよ」


レイ「ボクも撮りたい!」


*レイがスリザリンのマフラーを選んで飛び出していった。カートの前でポーズを取るレイを、彼が撮った。*


レイ「どう? 似合う?」


シロウ「ああ」


*レイのスリザリンのマフラー姿は意外と似合っていた。ボーイッシュな雰囲気に緑と銀の組み合わせが映える。*


レイ「えへへ♪ じゃあ杖も買おう!」


*3人は隣接するハリー○ッターショップに入った。店内は魔法の世界を再現した内装で、天井まで杖の箱が積み上げられている。観光客で賑わっていたが、レイは構わずショーケースに張り付いた。*


ルーナ「父さん、量産型のプラスチック製と、木製のレプリカがあるけど……」


シロウ「当然木製だ」


*彼はショーケースの中を覗き込んだ。一本一本丁寧に作られた木製の杖が並んでいる。約30ポンド、日本円で約3万円。*


シロウ「俺は……フォイの杖とシリウ○のにするか」


ルーナ「○フォイとシ○ウス? 渋い組み合わせだね」


シロウ「フォイの杖はルクスの土産だ。シリ○スのは俺用」


*彼は2本を手に取り、レジに向かった。木の手触りが心地いい。○リウスの杖は細身で、28cm紋様が多い。握ると手に馴染んだ。*


レイ「ボクはこれ!」


*レイが選んだのはベラト○ックスの杖だった。黒くて歪な曲線を描く、禍々しいデザイン。*


ルーナ「レイ……なんでよりによってベラトリック○……」


レイ「だってカッコいいじゃん♪ 曲がってるのがいい♪」


ルーナ「私はハー○イオニーにしよ……常識人枠で……」


*4本の杖を購入した。計約12万円。彼は杖を袋から取り出し、シリウスの杖を軽く振ってみた。*


シロウ「……エクス○クト・パトローナム」


*当然何も起きない。だが隣にいたイギリス人の少年が目を輝かせて拍手した。彼は少し照れくさそうに杖を仕舞った。*


ルーナ「……本物の魔法使いが呪文唱えて何も起きないの、逆にシュールだね」


シロウ「この杖に魔力は通らんからな」


レイ「じゃあ魔力通したらどうなるの?」


シロウ「木が爆発する」


レイ「やめとく♪」


*ショップを出ると、夕暮れのキングスクロス駅が薄いオレンジ色に染まっていた。レイがベラトリックスの杖を振り回しながら歩き、ルーナが「危ないからやめて」と注意している。彼はシリウスの杖を胸ポケットに差し、土産袋を異空間収納に仕舞った。*


シロウ「さて、次はケンタッキー州だが……今日はロンドンで泊まるか。明日朝に転移すれば時差で昼前に着く」


ルーナ「賛成。さすがに疲れた……」


レイ「ボクはまだ元気だよ♪ でもシローと一緒のベッドなら寝る♪」


シロウ「ホテルはツインだ」


レイ「えー」


*彼はホテルの部屋で世界樹の枝を取り出した。異空間収納から引き抜いた枝は、淡い緑色の光を帯びている。手のひらの上で創造を発動し、枝の形状を変えていく。*


*ハ○ーの杖。映画で見たあの形状を、記憶を頼りに忠実に再現した。ただし素材は世界樹の枝だ。本物の魔力が通る。*


*完成した杖を軽く振ると、部屋の空気が一瞬揺らいだ。世界樹の魔力が微かに放出された。*


シロウ「ルーナ、これ護身用な」


*彼は杖をルーナに投げた。ルーナが反射的にキャッチし、手の中の杖を見て固まった。*


ルーナ「……え、これ」


*杖が手の中で淡く光った。世界樹の魔力がルーナの魔力に反応している。*


ルーナ「……ハリ○の杖じゃん。……しかもこれ世界樹の枝で出来てる……!?」


シロウ「世界樹の枝だから頑丈だし、魔力の伝導率も最高クラスだ。いざという時はそれで身を守れ」


ルーナ「護身用って……これ下手したら国宝級の素材だよ……!?」


シロウ「娘の命より高い国宝は無い」


*ルーナの手が震えた。杖を握りしめ、唇を噛んだ。前世の記憶を持つ彼女には、この杖がどれほどの意味を持つか分かっている。ハリーの杖の形をした、父親からの護身具。オタクの琴線と娘の感情が同時に揺さぶられている。*


ルーナ「……ありがとう、父さん」


シロウ「ああ」


レイ「ボクのは?」


シロウ「お前は素手で大抵の敵を倒せるだろ」


レイ「それはそうだけど! ボクも欲しい!」


シロウ「……帰ったら考えてやる」


レイ「約束、ね?」


*ルーナは杖を大事そうに胸に抱えた。一度振ってみると、指先から銀色の火花が散った。世界樹の魔力が完全に馴染んでいる。*


ルーナ「……すごい。杖を通すだけで魔力の精度が全然違う。これ本気で振ったらどうなるんだろ」


シロウ「ホテルで試すなよ。壁が吹き飛ぶ」


ルーナ「しないよ!」


*彼女は杖を丁寧にケースに仕舞い、鞄にしまった。目が少し赤い。泣きそうなのを堪えているのだろう。*


*レイがベッドにダイブした。*


レイ「明日はケンタッキーだね♪ チキン食べられる?」


シロウ「……ケンタッキー州であってケンタッキーフライドチキンじゃねぇぞ」


レイ「え、違うの?」


ルーナ「本店があるから食べられなくはないけど……」


シロウ「……寄るか」


レイ「やった♪」


ーー


*ケンタッキー州、ルイビル。朝8時(現地時間)。彼が転移魔法で3人をホテルの裏路地に着地させた。アメリカの空気が肺に入る。ロンドンの湿った曇り空とは打って変わって、抜けるような青空だった。*


レイ「アメリカ! アメリカだよシロー♪」


ルーナ「空が広い……さすが大陸」


シロウ「朝飯はケンタッキーだな」


レイ「ケンタッキーでケンタッキー♪」


*通りに出て歩き始めた。途中のコンビニで彼は瓶コーラを買った。栓を親指で弾いて開け、一口飲む。*


シロウ「はぁ……やっぱコーラは最高だな」


ルーナ「父さん、朝からコーラ飲む46歳……」


シロウ「うるせぇ。コーラに時間帯は関係ない」


*KFCの看板が見えた。本場のケンタッキー・フライドチキン。赤と白のストライプの店構えは日本と似ているが、規模が違う。駐車場だけで日本の店舗3つ分はある。*


*店内に入り、カウンターで注文した。レイが目を輝かせてメニューを眺めている。*


レイ「全部大きい♪ これとこれとこれ!」


ルーナ「レイ、8ピースバケットは1人で食べる量じゃ……いや、レイなら食べるか」


*彼はポテトのLサイズとペプシコーラを注文した。トレーが来た瞬間、目を見開いた。*


シロウ「さすが海外……サイズがデカイ……」


*ペプシのカップがキングサイズだった。日本のLサイズの倍はある。両手で持たないと安定しない巨大な紙カップ。ポテトも山盛りで、容器から溢れそうだった。*


ルーナ「これがアメリカのスタンダード……太るわけだ……」


レイ「大きい方がお得だよ♪」


*レイは8ピースバケットを抱え、席に座った。チキンにかぶりつく。油が指を伝い、レイは指まで舐めた。*


レイ「んー! おいしい♪ 日本のと味が違う♪ こっちの方がスパイシー♪」


シロウ「本場だからな。カーネルおじさんの秘伝の11スパイスだ」


*彼はポテトを摘みながらペプシを飲んだ。キングサイズのカップに口をつけると、炭酸が喉を焼く。朝から背徳的な組み合わせだが、旅先では許される。*


ルーナ「……私もチキン2ピースにしたけど、1ピースが日本の1.5倍ある気がする」


レイ「ルーナ食べないなら貰うよ♪」


ルーナ「食べるよ!」


*レイが8ピースを15分で完食した。骨だけが綺麗にトレーに積み上がっている。彼のポテトにも手を伸ばしてきた。*


レイ「シロー、ポテト1本ちょうだい♪」


シロウ「1本な」


*レイが5本掴んだ。*


シロウ「……それは5本だ」


レイ「束で1本♪」


ルーナ「新しい数え方を発明しないで」


*ケンタッキー州の大通りを、両手でキングサイズのペプシを抱えた男が歩いている。その後ろを銀髪の美少女と黒髪のボーイッシュな少女が続く。完全に浮いているが、アメリカは懐が広い。誰も気にしない。*


シロウ「はぁ……最高……コーラも大量に買ってくか」


*ズズズ、とストローを啜る。炭酸が喉を突き抜ける快感に目を細めた。*


シロウ「いや、何時でも転移で買いに来ればいいのか……」


ルーナ「ズルい」


シロウ「あ?」


ルーナ「ズルいって言ったの。父さん転移魔法でいつでもどこでも行けるんだから、タピオカもクレープもパンケーキも食べ放題じゃん。原宿のクレープとか、表参道のパンケーキとか、台湾のタピオカとか……」


シロウ「別に好きな時に連れてってやるぞ」


ルーナ「それがズルいの! 私がアストライアで冒険者やってる間に父さんだけ東京でラーメン食べてたりしたら許さないからね!?」


シロウ「……してない」


ルーナ「目が泳いだ」


シロウ「してない」


レイ「シローこの前1人でどこか行ってたよ♪ 帰ってきたらニンニクの匂いしてた♪」


シロウ「…………」


ルーナ「二郎系!? 1人で二郎系行ったの!?」


シロウ「……野菜マシマシが食いたくなる時があるんだ」


ルーナ「次は絶対呼んで。絶対。私も前世で二郎系好きだったんだから」


シロウ「分かった分かった」


*バーボンの蒸溜所が集まるバーボン・トレイルの入口が見えてきた。ケンタッキー州はバーボンウイスキーの聖地だ。メーカーズマーク、ウッドフォードリザーブ、ワイルドターキー。名だたる蒸溜所がこの一帯に集中している。*


ルーナ「さて、仕事モードだね。どこから回る?」


シロウ「メーカーズマークからだ。あそこは赤い封蝋が特徴的でな。ボルグの連中に見せたら喜ぶだろ」


ルーナ「ドワーフって見た目にもこだわるもんね。あの赤い蝋は映えるわ」


レイ「ボクはバーボン飲める?」


シロウ「お前昨日の山崎で酔い潰れただろ」


レイ「あれはあれ♪ これはこれ♪」


シロウ「試飲だけな。1杯だけ」


レイ「2杯」


シロウ「1杯」


レイ「1杯半♪」


シロウ「……1杯半な」


*彼はペプシの最後の一口を飲み干し、空のカップをゴミ箱に放り込んだ。アメリカの太陽が3人の影を短く落としている。蒸溜所の煙突から立ち上る蒸気が、青空に白い筋を描いていた。*


*メーカーズマーク蒸溜所。赤い外壁と白い柵に囲まれた、絵本のような佇まいの蒸溜所だった。敷地内には熟成庫が並び、甘いバーボンの香りが風に乗って漂っている。*


*彼はフロントで管理人を呼び出した。出てきたのは恰幅のいい中年男性。赤いポロシャツにメーカーズマークのロゴ。名札にはBrad Hendersonとあった。*


シロウ「Nice to meet you, Mr. Henderson. I'd like to discuss a bulk purchase of your barrels.」


ブラッド「Barrels? Not bottles?」


シロウ「Barrels. As many as you can spare.」


*ブラッドの眉が上がった。彼はオフィスに案内された。ルーナとレイは試飲コーナーに残した。*


*オフィスで彼は単刀直入に切り出した。メーカーズマークの熟成樽を60本。ウッドフォードリザーブで40本。ワイルドターキーで30本。合計130本。*


ブラッド「That's... a significant order. Are you a distributor?」


シロウ「Private buyer. I pay cash upfront. No shipping needed.」


ブラッド「No shipping? How do you plan to transport 130 barrels?」


シロウ「Like this.」


*彼はテーブルの上に置かれていたサンプルボトルに手をかざした。ボトルが光に包まれ、消えた。*


ブラッド「......」


シロウ「Magic.」


ブラッド「......」


*5秒ほどの沈黙。ブラッドが椅子から立ち上がり、窓を開け、深呼吸し、戻ってきた。*


ブラッド「Okay. I've seen stranger things in Kentucky. How much are we talking?」


*彼は異空間収納から札束を取り出した。創造で生成した米ドル紙幣。100ドル札の束がテーブルに積み上がっていく。ブラッドの目が見開かれた。*


シロウ「This should cover 60 barrels at market price. Count it.」


*商談は30分で終わった。ブラッドは最終的に握手しながら「You're the most interesting customer I've ever had」と笑った。熟成庫に案内され、彼が指を鳴らすたびに樽が消えていく。倉庫の作業員たちが十字を切っていた。*


---


*試飲コーナー。彼が戻ると、レイが頬を赤くして座っていた。*


レイ「シロー、おかえり♪ バーボンおいしい♪ 甘い♪」


シロウ「1杯半って言ったよな」


ルーナ「……3杯飲んだ」


シロウ「レイ」


レイ「えへへ♪」


*彼は溜息をついた。レイを肩に担ぎ、蒸溜所を後にした。次はウッドフォードリザーブだ。*


ルーナ「父さん、お金って創造で……」


シロウ「言うな」


ルーナ「……うん。知らなかったことにする」


*彼女は遠い目をした。自分の父親が異世界で通貨偽造しているという事実を、前世のOL脳が必死に処理しようとしていた。*


ルーナ「ただ一つだけ聞いていい?」


シロウ「なんだ」


ルーナ「日本円も?」


シロウ「…………」


ルーナ「沈黙は肯定と受け取ります」


シロウ「帰国後は普通に換金してる」


ルーナ「してるのは認めるんだ……」


*彼は肩に担いだレイを揺らしながら、ぐすんと鼻を鳴らした。本気で泣いているわけではないが、声には実感がこもっていた。*


シロウ「拳大のダイヤ原石持ってったら店員が気絶するし、鑑定に2時間かかるし、結局3億5,000万だぞ? あのサイズなら本来10億は超えるんだよ」


ルーナ「……いや、そもそも拳大のダイヤ原石を持ち込む一般人がおかしいんだよ」


シロウ「金のインゴットも足元見られて1,400万だったしな……」


ルーナ「十分高いよ!? 普通の人間は金のインゴットなんて持ってないの!」


シロウ「アストライアじゃ鍛冶素材として普通に流通してるのに……」


ルーナ「ここは日本! 異世界の経済感覚を持ち込まないで!」


*レイが彼の肩の上でもぞもぞと動いた。酔いが回って半分寝ている。*


レイ「シロー……ぐすんって……かわいい……♪」


シロウ「かわいくねぇよ」


ルーナ「だから結局、創造で現地通貨を……」


シロウ「しょうがないだろ。宝石の換金に毎回2時間も3時間もかけてられるか。蒸溜所の商談は30分で終わるのに、換金に半日とか効率が悪すぎる」


ルーナ「効率の問題じゃなくて倫理の問題なんだけど……」


*彼女は額を押さえた。前世のOL時代に培われたコンプライアンス意識が悲鳴を上げている。だが、目の前の父親は異世界の魔王であり、この世界の法律が適用されるのかどうかすら怪しい存在だった。*


ルーナ「……まあ、いいや。異世界人に日本の法律を適用するのは無理がある」


シロウ「分かってくれたか」


ルーナ「分かってない。諦めただけ」


*ウッドフォードリザーブの蒸溜所が見えてきた。石造りの重厚な建物が木々の間に佇んでいる。*


ルーナ「ところで父さん、今回の買い付け全部でどのくらいになったの?」


シロウ「山崎で43本、マッカランで50本、グレンフィディックで30本、メーカーズマークで60本。これからウッドフォードで40本、ワイルドターキーで30本。合計253本になる予定だ」


ルーナ「253本の樽……ボルグの人たちが泣いて喜ぶね」


シロウ「機関車とレールの対価だ。安いもんだろ」


ルーナ「安い……?」


*彼女は計算を始め、すぐにやめた。億単位の数字を暗算する気力がなかった。*


*彼は歩きながら指を折って計算を始めた。レイが肩の上でうとうとしている。*


シロウ「山崎18年・25年・ミズナラカスク、43本で9,000万円……」


シロウ「マッカラン、50本。あっちはポンド払いだったが……日本円換算で約1億2,000万」


シロウ「グレンフィディック、30本で約6,000万」


シロウ「メーカーズマーク、60本。ドルで払って……日本円で約8,000万」


シロウ「残りのウッドフォード40本とワイルドターキー30本で……合わせて約9,000万ってとこか」


*彼は空を見上げた。*


シロウ「総額……約4億4,000万円」


ルーナ「…………」


シロウ「樽253本で4億4,000万。1本あたり約174万円か。悪くない」


ルーナ「悪くないって……4億だよ? 前世の私の年収何年分だと思ってるの……」


シロウ「お前の前世の年収いくらだったんだ」


ルーナ「……350万」


シロウ「125年分か」


ルーナ「やめて。泣きそう」


*彼は鼻で笑った。*


シロウ「まあ全部創造だから実質タダだがな」


ルーナ「その一言で全部台無しだよ! 4億4,000万が実質タダ! 経済って何!?」


シロウ「ボルグたちが喜べばそれでいい。機関車とレールが手に入るなら安いもんだ」


ルーナ「……確かに、インフラ整備の対価としては破格だけどさ……」


*ウッドフォードリザーブの石造りの門をくぐった。彼はレイを肩から降ろし、ベンチに座らせた。レイはまだ半分寝ている。*


レイ「んん……着いた……? バーボン……」


シロウ「お前はここで寝てろ。もう飲むな」


レイ「1杯だけ……」


シロウ「ゼロ杯だ」


ルーナ「父さん、私ここで見てるから商談行ってきて」


シロウ「ああ。30分で終わらせる」


*彼はジャケットの襟を正し、蒸溜所のオフィスに向かった。*


*ウッドフォードリザーブとワイルドターキーの商談も無事に終えた。だが予想以上に時間がかかった。ウッドフォードの管理人が魔法に腰を抜かし、救急車を呼ばれそうになったのだ。ワイルドターキーでは逆に「もう1回やってくれ」と動画を撮られそうになり、丁重に断るのに時間を取られた。*


*計3時間。戻ってきた時、レイはベンチで完全に酔い潰れて寝ていた。ルーナが困り顔で隣に座っている。*


ルーナ「おかえり。レイ、目を離した隙に試飲コーナーのお姉さんに『Can I have one more?』って片言で言って、3杯追加で飲んでた」


シロウ「……合計6杯半か」


ルーナ「もう起きないよこれ」


*彼は溜息をつき、レイの額に手を当てた。転移魔法を発動。レイの体が光に包まれ、一瞬で消えた。アストライアの自室のベッドへ直接送った。*


シロウ「これでよし」


ルーナ「……飛ばしたね」


シロウ「寝かせとけば夕方には起きるだろ。レイラに念話入れとく」


*彼は念話を飛ばした。*


シロウ『レイラ、レイを自室に転移させた。酔い潰れてるから様子見といてくれ』


*数秒の沈黙の後、レイラの声が返ってきた。*


レイラ『……妾の分身がまた酒で醜態を晒したのか。情けない。分かった、面倒は見てやる』


レイラ『して、そっちは順調か?』


シロウ『ああ。樽253本、全部確保した。あとは帰るだけだ』


レイラ『ふん。さっさと帰ってこい。ルクスが貴様を探して泣いておったぞ』


*念話が切れた。彼は空を見上げた。ケンタッキーの午後の日差しが眩しい。*


ルーナ「で、父さん。もう買い付けは全部終わったよね?」


シロウ「ああ。山崎43本、マッカラン50本、グレンフィディック30本、メーカーズマーク60本、ウッドフォード40本、ワイルドターキー30本。計253本」


ルーナ「総額4億4,000万円相当、実質タダ」


シロウ「言い方」


ルーナ「事実でしょ。……で、このまま帰る? それともまだどこか寄る?」


*彼はポケットからシリウスの杖を取り出し、指で弄んだ。キングスクロス駅で買ったあの木製の杖。*


シロウ「……キングスクロスにはもう行ったしな。お前、どこか行きたいとこあるか?」


ルーナ「私?」


シロウ「せっかくこっちに来てるんだ。娘と2人きりなんて滅多にないだろ」


*ルーナが少し驚いた顔をして、それからふっと笑った。*


ルーナ「じゃあ……パリ、行ってみたい。エッフェル塔とか。前世で行けなかったから」


シロウ「パリか。転移で3秒だな」


ルーナ「この台詞が出るのがもうおかしいんだよ」


*アストライアに帰還した。転移先は城門の前。3日ぶりの我が国の空気が肺を満たす。世界樹が夕陽を受けて金色に輝いていた。*


*だが、目の前の光景に彼は足を止めた。*


シロウ「……は?」


*結界の内側を、銀色に光るレールが走っていた。城門から始まり、市街地を抜け、迷宮区画を通り、鍛冶場を経由して、ぐるりとアストライア全体を一周している。枕木も丁寧に敷かれ、レールの継ぎ目まで美しく仕上がっていた。*


ルーナ「え……もう敷き終わってるの!?」


シロウ「3日だぞ……たった3日で……」


*鍛冶場に向かった。扉を開けると、中はドワーフたちの寝息で満ちていた。金床の上に突っ伏している者、炉の横で丸くなっている者、ハンマーを抱きしめて眠っている者。全員が泥のように眠っていた。作業着は煤と汗で黒く変色し、手には火傷の跡が残っている。3日間ほぼ不眠不休で作業していたのだろう。*


シロウ「ほぼ3日だぞ……酒の力恐るべし……」


*鍛冶場の奥に進むと、ボルグ親方が壁にもたれて爆睡していた。手に握られた設計図には「完成」と大きく丸が付けられている。*


*そして、鍛冶場の裏手に出た瞬間、ルーナが息を呑んだ。*


ルーナ「……うそ」


*そこには、漆黒の鋼鉄で組み上げられた機関車が鎮座していた。全長約15メートル。前面にはアストライアの紋章が浮き彫りにされ、煙突はドワーフ独特の意匠で飾られている。車輪は6つ、動力部にはミスリルの配管が組み込まれていた。蒸気式ではなく、魔石を動力源とした魔導式機関車だ。客車も3両、貨物車が2両。座席まで作り込まれている。*


ルーナ「すごい……すごいよ父さん。これ、本物の機関車だ……」


シロウ「……ドワーフを舐めてた」


*彼は機関車の車体に手を触れた。冷たい鋼鉄の感触。しかし、表面の仕上げは鏡のように滑らかで、一切の歪みがない。ドワーフの職人技が遺憾なく発揮されていた。*


ルーナ「設計図渡してから3日でこれって……人間の技術者なら半年はかかるよ……」


シロウ「酒253本の威力だな」


*彼は眠っているボルグの傍にしゃがみ込んだ。毛布を創造して、親方にそっとかけた。*


シロウ「……いい仕事だ、ボルグ」


*ボルグが寝言で呟いた。*


ボルグ「ぐぅ……酒……まだか……ぐぅ……」


シロウ「起きたら飲ませてやる。約束だ」


*彼は立ち上がり、機関車を見上げた。夕陽に照らされた黒い車体が赤く染まっている。*


ルーナ「……試運転、いつやるの?」


シロウ「ドワーフが起きてからだ。こいつらに一番最初に乗せてやりたい」


*ルーナが微笑んだ。*


ルーナ「父さん、たまにすごくいい事言うよね」


シロウ「たまにって何だよ…」

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