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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*1週間が経った。*


*アストライアの鍛冶場では、彼が自ら掘ってきたアダマンタイトを使い、八輝将の装備が修理された。カイ・ウォーカーの盾は新品同然に蘇り、ゲオルグの鎧のへこみも完全に直った。*


*レイラは3日目には完全復活し、「もう一度戦りたい」と言い出してルミナに怒られていた。*


*そして出発の朝。*


*岩の道の入口に10名が集まっていた。八輝将8名、シロウ、レイラ。*


*その中で一人だけ、杖をついてよろよろと歩いている男がいた。*


シロウ「大丈夫か? リオンおじいちゃん……」


リオン「おじいちゃん言うな! まだ筋肉痛が……っつ……腰が……」


*リオンが腰を押さえながら杖にしがみついた。合金龍の力を3分間受けた代償は、1週間経っても完全には抜けきっていなかった。*


カイン「リオン、留守番するか?」


リオン「するわけねぇだろ。俺が正門ぶっ壊したんだぞ、最後まで見届ける」


ドルガン「正門ぶっ壊したのはバハムートの残骸だろ」


リオン「俺が蹴り飛ばしたから残骸になったんだよ!」


ルナ「リオン……無理しないで。辛かったら私が背負うから」


リオン「それは絵面的にやめてくれ……」


*ルナの申し出にリオンが顔を引き攣らせた。最弱兵器が病み系暗殺者に背負われて敵国に乗り込む絵面は、歴史に残してはいけない。*


レイラ「ふん。情けない男だ。妾は3日で治ったぞ」


リオン「あんたが化け物なんだよ……」


*レイラが鼻で笑った。だがその目はリオンを認めている目だった。先週の戦いで、リオンは確かにレイラですら倒せなかったバハムートを単独で撃破した。*


*10名が岩の道を歩き始めた。海風が潮の匂いを運んでくる。前回は大軍を率いていたこの道も、今日はたった10人だけだ。*


アシュトン「記録を開始します。南大陸戦役、第二幕。レグナール連邦共和国統一王との会談」


ヴァイス「今日のリオンさんも推せますね。杖ついてるのがまた良い」


リオン「記録すんな。推すな」


*数時間後、南大陸の海岸に到着した。先週の戦場には、まだ焦げた大地とベヒモスの残骸が転がっていた。血の跡は雨で流されていたが、地面に刻まれた爪痕は消えていない。*


*正門の瓦礫は片付けられ、応急的な木の門が立てられていた。その前に、整列した兵士たちが並んでいた。だが武器は持っていない。出迎えだった。*


*兵士の一人が震える声で告げた。*


兵士「ア、アストライアの魔王陛下……統一王がお待ちです。城の謁見の間へご案内いたします」


*レイラが先週15万を屠った平原を通り過ぎる。兵士たちがレイラの顔を見て、目に見えて顔色を失った。*


レイラ「そう怯えるな。今日は殺しに来たわけではない」


*レイラの言葉に、兵士たちの顔色は全く回復しなかった。*


シロウ「焼け石に水だ、レイラ。あの真っ赤に染った草を見てみろ…まだ血の匂いがする…。」


*彼はベルトを懐から取り出し、眺めた。戦闘データを基に改良を加え、装備者の体力が続く限り変身を維持できるようになった代物だ。*


シロウ「最弱に合金龍はやりすぎだったか……」


リオン「やりすぎも何も、1週間経ってまだ杖ついてんだぞ俺は……うっ」


*リオンが血の匂いに顔を青くした。足元の草が赤黒く変色し、地面の奥深くまで血が浸透している。15万の血液は雨でも洗い流せず、この一帯を永遠に染めていた。*


ルナ「リオン、吐きそう? 袋、持ってきたよ」


リオン「用意がいいな……ありがとう……」


*リオンが袋を受け取りながらよろめいた。ルナが無表情のまま彼の腕を支えた。*


カイン「しかし陛下、この血の平原……レイラ様が一人でやったとは信じられませんね」


レイラ「信じろ。事実だ」


*レイラが平然と答えた。自分が作り出した地獄を眺めても、表情一つ変えない。むしろ誇らしげですらあった。*


*案内の兵士たちは無言で前を歩いていた。誰一人として振り返らない。振り返れば、先週この平原を赤く染めた女が、すぐ後ろを歩いているのだ。*


*やがて応急的な木の門をくぐり、レグナール連邦共和国の城下町に入った。*


*町は静まり返っていた。窓から覗く住民たちの目には、恐怖と警戒が滲んでいる。商店は軒並みシャッターを下ろし、通りには人影がない。*


ドルガン「……随分と歓迎されてるな」


アシュトン「敵国の首都に10人で乗り込んでいるのですから、当然でしょう」


ヴァイス「むしろ10人で来るのが一番怖いですよね。それだけで十分だと言っているようなものですし」


*ヴァイスの言葉に、案内の兵士の背中がびくりと震えた。図星だったらしい。*


*城の正門に着いた。先週バハムートの残骸が激突した跡は修復されていたが、壁の亀裂は隠しきれていない。*


*正門の前に、重装備の近衛兵が左右に整列していた。だが彼らの手は微かに震えていた。*


近衛兵長「……アストライア魔導皇国、魔王陛下。謁見の間へお通しいたします」


*重い扉が開いた。長い回廊の先に、謁見の間が見えた。*


*玉座に、一人の若い男が座っていた。茶髪に整った顔。その目は鋭く、10人を真っ直ぐに見据えていた。*


*統一王ヴァーミリオン・ゼ・マグナディアーノ。南大陸を一つにまとめ上げた若き男だった。*


シロウ「俺1人でいいかなって思ったんだが、一応一緒に戦った部下達も連れてきた。ちょっと多くなっちまってわりぃな」


*彼は軽い口調で言った。敬語も礼儀も無い。だが謁見の間に入った瞬間、空気が変わった。*


*統一王ヴァーミリオンは玉座にふんぞり返ったまま、10人を見下ろしていた。負けた国の王とは思えない態度だった。左右には近衛兵が20名ほど並んでいるが、その手は震えていた。王だけが平然としている。いや、平然を装っている。*


*彼はそれを見抜いていた。玉座の肘掛けを握る指先が白くなっている。虚勢だ。*


ヴァーミリオン「……10人か。舐められたものだな」


シロウ「舐めてるわけじゃねぇよ。お前んとこの兵器も四天王も全部潰したのがこの10人だってだけだ」


*謁見の間に沈黙が落ちた。近衛兵たちの顔が引き攣った。*


ヴァーミリオン「……それで? 勝者が何の用だ。領土か? 賠償か? それとも余の首か?」


*若き統一王は顎を上げたまま言った。声は震えていない。だが玉座の肘掛けを握る力は更に強くなっていた。*


レイラ「ふん。威勢だけは一丁前だな、小僧。先週妾が何人殺したか、聞いているだろう?」


*レイラが一歩前に出た。その瞬間、近衛兵が一斉に半歩下がった。本能だった。*


ヴァーミリオン「……15万と聞いている」


レイラ「正解だ。褒めてやろう」


*ヴァーミリオンの目が僅かに揺れた。だがすぐに視線を彼に戻した。*


ヴァーミリオン「……魔王。条件を聞こう」


*リオンが杖をつきながら小声で呟いた。*


リオン「……あの王様、根性だけはあるな。レイラ様の前で虚勢張れるの、相当だぞ」


カイン「根性があるのか、馬鹿なのか……」


*彼は玉座の前まで歩いた。近衛兵が身構えたが、彼は気にもしなかった。*


*ヴァーミリオンを見上げた。若い。おそらく20代前半。南大陸をまとめ上げた手腕は本物だろう。だがその目の奥に見えるのは、野心だ。負けてなお、折れていない。*


*根の腐った男だ。だが同時に、使い方次第では面白い男でもある。*


シロウ「条件な。まず聞きたいことがある」


*彼は懐から手紙の写しを取り出した。*


シロウ「お前、何であんな無謀な戦争仕掛けてきた? 20万で俺の国に勝てると本気で思ってたのか?」


*ヴァーミリオンの目が初めて鋭くなった。虚勢ではない、本物の感情が滲んだ。*


シロウ「分かる、アストライア以外の北の帝国や、東南のメッセニア、中央のリンドブルムなら余裕だっただろうな……。本当に残念だよ、うちを攻めたばっかりに最悪滅ぶんだからなぁ〜」


*彼の軽い口調が、逆に謁見の間の空気を凍らせた。ヴァーミリオンの目が僅かに細まった。図星だった。南大陸の軍事力は確かに大陸でも上位だ。アストライアさえ選ばなければ、勝てる戦だった。*


シロウ「さて、まずは賠償金を寄越せ、金額は――」


レイラ「黒金貨500枚だ」


*謁見の間が凍った。*


*近衛兵たちが息を呑んだ。ヴァーミリオンの目が見開かれた。*


*黒金貨500枚。日本円にして5億。国家予算の数年分に相当する額だ。*


ヴァーミリオン「……正気か? そんな額、国庫を全て差し出しても足りん」


レイラ「足りんのはこちらの知ったことではない。妾の兵15万の命、ベヒモスの修理費、四天王の治療費、全て合わせれば安いものだろう? ああ、15万はお前の兵だったな。妾が殺したのだから請求するのは筋違いか」


*レイラが薄く笑った。殺した側が賠償を請求するという、理不尽の極みだった。だが勝者の論理とはそういうものだ。*


ヴァーミリオン「……っ」


*玉座の肘掛けが軋んだ。ヴァーミリオンの指が白くなるほど握り込んでいる。*


カイン「(小声)レイラ様、吹っかけすぎでは……」


ドルガン「(小声)いや、あれが交渉の起点だろ。ここから値切らせて恩を売る」


アシュトン「(小声)記録しています。女王レイラ、黒金貨500枚を要求。統一王の顔色、土色」


*ヴァーミリオンが歯を食いしばった。だが次の瞬間、若き王は深く息を吐き、真っ直ぐに彼を見た。レイラではなく、彼を。*


ヴァーミリオン「……魔王。貴様の条件はそれだけか? 金だけで済むなら、時間はかかるが払おう。だが――本当の要求は別にあるのだろう?」


*リオンが杖に寄りかかりながら小声で呟いた。*


リオン「……あの王様、馬鹿じゃねぇな。レイラ様の吹っかけを囮だと見抜いてやがる」


*彼はヴァーミリオンを見据えた。若い。だが確かに、南大陸をまとめ上げただけの頭はある。*


*ヴァーミリオンの目が彼を射抜いていた。恐怖はある。だがそれ以上に、この場を切り抜ける知恵を必死に回している目だった。*


シロウ「えー…要求…」


*彼が言い淀んだ瞬間、レイラが一歩前に出た。交渉の場では、レイラの方が圧倒的に上手い。彼はそれを知っている。*


レイラ「妾が話す。黙って聞け、小僧」


*ヴァーミリオンの眉が僅かに動いた。だが口は開かなかった。*


レイラ「まず賠償金。黒金貨500枚は撤回してやる」


*近衛兵たちの間に安堵の空気が流れかけた。だがレイラの口元が歪んだ。*


レイラ「黒金貨200枚。これは最低限だ。値切りは認めん。分割払いは認めてやる。10年で払え」


*黒金貨200枚。2億円。分割とはいえ、年間2000万の負担だ。国家規模なら払えなくはない。だが痛い額だ。*


ヴァーミリオン「……続けろ」


レイラ「二つ目。南大陸の鉱山の使用権を寄越せ。どの鉱山を使うかはこちらで選ぶ。期限は無期限だ」


*ヴァーミリオンの目が鋭くなった。鉱山は国の資源の要だ。無期限の使用権を渡すということは、実質的にその鉱山を手放すに等しい。*


ヴァーミリオン「……鉱山の数は?」


レイラ「3つだ。こちらの調査団が入り、価値のある鉱山を選ぶ。お前に拒否権は無い」


*ヴァーミリオンの顎が僅かに引き締まった。だが頷きも拒否もしない。次を待っている。*


レイラ「三つ目」


*レイラがちらりと彼を見た。彼が軽く頷いた。*


レイラ「南大陸内の洞窟の使用許可だ。特定の洞窟に我が国の調査団が自由に出入りする権利を認めろ。これも無期限」


ヴァーミリオン「洞窟……? 鉱山ではなく?」


*統一王の目に疑念が浮かんだ。鉱山ならば資源目的だと理解できる。だが洞窟となると、目的が見えない。*


レイラ「目的を知る必要は無い。許可を出すか出さないか、それだけだ」


*ヴァーミリオンが初めて沈黙した。長い沈黙だった。近衛兵たちが息を詰めている。*


リオン「(小声)……洞窟って何に使うんだ?」


カイン「(小声)知らん。陛下の計画だろ」


ドルガン「(小声)聞かない方がいい。大体ろくでもない」


*ヴァーミリオンが口を開いた。*


ヴァーミリオン「……賠償金200枚の分割。鉱山3つの無期限使用権。洞窟の自由使用許可。それが全てか?」


レイラ「ああ。それと――」


*レイラが薄く笑った。*


レイラ「もう二度と妾の国に手を出すな。次は手紙ではなく、妾が直接来る。その時は交渉の席など用意せん」


*謁見の間の温度が2度下がった気がした。*


シロウ「ちなみに鉱山って何個あんの?」


*彼の何気ない質問に、ヴァーミリオンが僅かに眉を寄せた。*


シロウ「兵器にアダマンタイト使ってたって事はでるんだよね?」


*その一言で、謁見の間の空気が変わった。近衛兵たちが互いに視線を交わし、ヴァーミリオンの指が肘掛けを叩いた。*


ヴァーミリオン「……南大陸には鉱山が12ある。そのうちアダマンタイトが採れるのは2つだ。残りはミスリルや鉄鉱石が主だ」


*12か。アストライアの1つ+廃鉱山1つと比べれば破格の数だった。しかも2つがアダマンタイト産出。*


レイラ「ほう。12もあるのか。ならば3つ程度、痛くもなかろう」


ヴァーミリオン「……アダマンタイトの鉱山を2つとも持っていかれれば、我が国の軍事力は完全に崩壊する。それが狙いか」


*ヴァーミリオンが初めて声を荒げた。鉱山は国力の根幹だ。特にアダマンタイト鉱山を失えば、二度と兵器を作れなくなる。*


リオン「(小声)あのベヒモスの装甲、全部アダマンタイトだったよな……そりゃ出るわけだ」


カイン「(小声)12個か。うちの陛下が聞いたら目の色変わるぞ」


ドルガン「(小声)もう変わってるだろ。見ろ、あの顔」


*彼の表情は変わっていないように見えた。だが八輝将たちは長年仕えてきた。彼が鉱山の数を聞いた瞬間、口元が僅かに緩んだのを見逃していなかった。*


アシュトン「(小声)記録。陛下、鉱山12個と聞いて微笑む。表情の変化は0.3秒」


ヴァイス「(小声)推せますね」


*ヴァーミリオンが彼を睨んだ。*


ヴァーミリオン「3つの鉱山を選ぶと言ったな。条件がある。アダマンタイト鉱山は1つまでだ。2つ取られれば国が死ぬ」


*レイラが彼を見た。この辺りの判断は彼に委ねるつもりだった。鉱山の価値を正確に見極められるのは、自ら掘ってきた彼しかいない。*


シロウ「いや、いい。2つとも取って金を払うのが遅れられても困る。この先鉄が大量に必要になるからな。3つとも鉄鉱山でいいぞ。あ、一番でかいヤツな」


*謁見の間が静まり返った。*


*ヴァーミリオンの目が見開かれた。近衛兵たちも、八輝将も、全員が彼を見た。*


*アダマンタイト鉱山を取らない。*


*誰もがそう思った。最も価値のある資源を放棄し、鉄を選ぶ。常識では考えられない選択だった。*


ヴァーミリオン「……正気か? アダマンタイト鉱山を取らんだと?」


シロウ「うちはアダマンタイトに困ってねぇんだよ。鉄が足りねぇの。建築にも武器にも日用品にも使うからな」


*彼は軽く肩を竦めた。事実だった。アストライアの鉱山ではアダマンタイトもオリハルコンも採れる。ただし採掘できるのは彼だけだ。だが鉄は量が要る。国のインフラ整備、軍備増強、貿易品――全てに鉄が必要だった。*


カイン「(小声)……陛下、本気か? アダマンタイト取らないのか?」


ドルガン「(小声)自分で掘れるからだろ。あの人、鉱山ごと一人で掘り尽くすぞ」


アシュトン「(小声)記録。陛下、アダマンタイト鉱山を放棄し鉄鉱山を選択。理由は自給可能な為」


*ヴァーミリオンは暫く沈黙した。彼の選択の意味を計算していた。*


*アダマンタイト鉱山を残すということは、レグナールの軍事力再建の余地を残すということだ。普通の勝者なら絶対にそうしない。敵の牙は全て抜くのが戦後処理の常道だ。*


*だが彼はそうしなかった。それが意味するのは――*


ヴァーミリオン「……舐めているのか。それとも、我が国が再び牙を剥いても構わんと?」


シロウ「どっちでもねぇよ。単純に要らねぇだけだ。お前んとこがアダマンタイトで何作ろうが、うちには届かねぇからな」


*一切の虚勢もない、純然たる事実だった。ベヒモスもバハムートも、アダマンタイトの塊だった。それが10人に壊された。もう一度作ったところで結果は同じだ。*


*ヴァーミリオンの拳が震えた。屈辱だった。アダマンタイトを「取る価値もない」と言われたのだ。*


レイラ「ふん。妾の夫の言う通りだ。鉄鉱山3つ、一番大きいものを選ばせてもらう。異論は?」


*ヴァーミリオンは長い沈黙の後、低い声で答えた。*


ヴァーミリオン「……無い」


リオン「(小声)……あの王様、今の一言が一番効いたな。武力じゃなくて、格の差を見せつけられた」


ルナ「……うん。あの人、泣きそうだよ」


*ルナの観察通り、ヴァーミリオンの目の奥には悔しさが滲んでいた。だが涙は流さなかった。歯を食いしばり、玉座に座り続けている。*


ヴァーミリオン「……洞窟の件も認めよう。それで、全てか?」


シロウ「ああ。全てだ。署名で残すだろ?」


*ヴァーミリオンが重い溜息をつき、傍に控えていた書記官に目配せした。書記官が震える手で羊皮紙に条件を書き連ねていく。*


*賠償金:黒金貨200枚、10年分割払い。鉄鉱山3つの無期限使用権。洞窟の自由使用許可。不可侵条約。*


*ヴァーミリオンが羽根ペンを手に取り、署名しようとした瞬間――ふと手を止めた。*


ヴァーミリオン「……一つ聞かせろ、魔王」


*その目が、先週の記憶を辿っていた。ベヒモスの内部が崩壊し、安全装置のバハムートが起動した後のことだ。報告では、金属の巨龍が咆哮を上げ、人型に変形し、そしてバハムートを上空へ蹴り飛ばしたという。*


ヴァーミリオン「あの合金の龍は何だ。我が国のどの資料にも載っていない。あれは生物か? 兵器か?」


シロウ「ああ、あれ? 俺が作った」


*ヴァーミリオンの手から羽根ペンが落ちた。カツン、と音が謁見の間に響いた。*


*近衛兵たちも固まった。書記官のペンも止まった。*


ヴァーミリオン「……作った、だと?」


シロウ「俺の最高傑作。うちにある大迷宮の99階層のボスなんだけどな、変形するから。あれ? もしかして変身できんじゃね? って思って作ったのがこれ」


*彼が懐から一つのベルトを取り出した。少し装飾があるだけの、一見普通のベルトだ。中央に赤い宝石が嵌め込まれている以外、特筆すべき点はない。*


*ヴァーミリオンがベルトを凝視した。あの金属の巨龍を呼び出し、人を纏わせた力の源がこんな小さなものだとは。*


ヴァーミリオン「……それを装備した者が、あの姿になったのか」


シロウ「そ。ちなみに装備したの、うちで一番弱いヤツな」


*ヴァーミリオンの顔から完全に血の気が引いた。*


*バハムートは南大陸の技術の粋を集めた最終兵器だった。開発に10年。資金は黒金貨数百枚。研究者は数百人。それを――一番弱い兵士が、ベルト一つで破壊した。*


リオン「おい、わざわざ最弱って言うなよ……」


シロウ「事実だろ」


リオン「事実だけど!」


*リオンが杖をつきながらツッコんだ。その拍子に腰に痛みが走り、顔をしかめた。*


ヴァーミリオン「……大迷宮のボスを、兵器として転送できるベルトを、個人で作った……」


*ヴァーミリオンが呟いた。その声には怒りも悔しさもなかった。ただ純粋な絶望だけがあった。*


*技術力、資源、兵力。全てにおいて次元が違う。鉱山を取らなかった理由も、アダマンタイトを必要としない理由も、全てが繋がった。*


*この男は、一人で国を超えている。*


*ヴァーミリオンは落とした羽根ペンを拾い上げた。その手はもう震えていなかった。諦めではない。理解したのだ。この相手に勝つ手段は、この世には存在しないことを……。*


シロウ「これで完了だな。よし、鉱山を見に行くか」


*彼は署名済みの条約書を丁寧に折り畳み、懐に仕舞った。もう一部はヴァーミリオンの書記官が保管した。*


シロウ「いいだろ?」


ヴァーミリオン「……案内をつける。好きに見ろ」


*ヴァーミリオンが近衛兵の一人に目配せした。案内役として中年の男が前に出た。鉱山管理官だという。*


---


*数十分後、南大陸最大の鉄鉱山、グランヴェル鉱山に到着した。*


*山肌を削り取ったような巨大な露天掘りの跡と、地下へ続く坑道が幾つも口を開けている。規模はアストライアの鉱山の3倍以上だった。*


*だが、彼の目に最初に映ったのは鉱脈ではなかった。*


*坑道の入口から、痩せこけた人間たちがトロッコを押して出てきた。足には鎖。首には奴隷の刻印。肌は土色に汚れ、目は虚ろだった。子供もいた。10歳にも満たないだろう少女が、自分の体より大きな籠を背負っていた。*


*労働者は全員奴隷だった。*


リオン「……おい」


*リオンの声が低くなった。杖を握る手に力が入っている。*


カイン「……北の帝国より酷いな。あそこはまだ飯を食わせていた」


*ドルガンが無言で拳を握った。ゲオルグが目を逸らした。ルナだけが無表情のまま奴隷たちを観察していた。*


*案内の鉱山管理官が平然と説明した。*


鉱山管理官「現在の労働者は約800名。全員が一般奴隷及び借金奴隷です。一日の採掘量は鉄鉱石で約20トン。坑道は現在第八坑道まで掘り進んでおります」


*管理官の口調には一切の罪悪感がなかった。奴隷を使役することが当然の日常なのだ。この国では。*


レイラ「……ふん」


*レイラが腕を組んだ。表情は読めなかった。彼女はアークライト聖王国を廃墟にした女だ。戦場での殺戮には躊躇がない。だが奴隷に対しての感情は、また別のものだった。*


*少女が籠の重さに耐えかね、坑道の入口で転んだ。鉱石が散らばった。すぐに監督官が鞭を振り上げた。*


監督官「立て! サボるな!」


*鞭が振り下ろされる寸前、ルナが監督官の手首を掴んでいた。いつ動いたのか、誰にも見えなかった。*


ルナ「……今、この鉱山の所有権は誰にあると思う?」


*ルナの声は静かだった。だがその手は監督官の手首を万力のように締め上げていた。監督官の顔が苦痛で歪んだ。*


*彼は少女を見下ろした。怯えた目がこちらを見上げていた。*


シロウ「そうか、トロッコは使っているのか?」


*彼は目の前で転んだ少女にも、鞭を振り上げた監督官にも目を向けなかった。鉱山管理官に向き直り、淡々と質問を続けた。*


鉱山管理官「はい、坑道内にはトロッコ用のレールが第八坑道まで敷設されております。ただし老朽化が進んでおり、第三坑道以降は人力で運搬している状況です」


*ルナが監督官の手首を掴んだまま、彼の背中を見つめていた。彼が何も言わないことの意味を、理解しようとしていた。*


*リオンが杖を握りしめた。口を開きかけたが、カインが肩を掴んで止めた。*


カイン「(小声)やめろ。陛下の判断だ」


リオン「(小声)……分かってる。分かってるけどよ……」


*リオンの視線の先で、少女が散らばった鉱石を必死に拾い集めていた。手は傷だらけで、爪が何枚か剥がれていた。*


シロウ「それとこことあと2つの大きい鉄鉱山は俺に使用権が移ったから伝えておくぞ」


鉱山管理官「……は?」


*管理官が間抜けな声を出した。彼が条約書の写しを取り出して見せると、管理官の顔が青くなった。統一王の署名と国印が押されている。偽造の余地はない。*


鉱山管理官「こ、これは……しかし、そうなりますと労働者の管理や採掘方針は……」


シロウ「全部俺が決める。ここのレール、全部張り直すわ。あと換気どうなってんの? 坑道の奥、空気悪いだろ」


鉱山管理官「か、換気は……特に設備は……奴隷が倒れたら入れ替えれば済む話ですので……」


*管理官が当然のように言った。*


*ドルガンの拳が軋んだ。ゲオルグが目を閉じた。レイラだけが腕を組んだまま、彼の横顔を見ていた。*


*レイラには分かっていた。彼が無視しているのではないことを。この国の奴隷制度は法で認められた制度だ。ここで奴隷を解放すれば、それは内政干渉になる。統一王との条約は使用権の移譲であって、この国の法を変える権限ではない。*


*だが――使用権が移れば、この鉱山の運営方針は彼が決められる。*


シロウ「最初にレールを変えろ、トロッコ無しは効率が落ちる。次に、3人一組で8時間交代制にしろ。1人8時間×3で24時間、採掘を続けさせろ」


*鉱山管理官が目を丸くした。*


鉱山管理官「は……? 8時間交代、ですか? 現在は起床から就寝まで16時間労働で――」


シロウ「16時間も働かせて効率が出るわけねぇだろ。疲労で動きが鈍くなる、事故が増える、奴隷が死ぬ、補充にコストがかかる。馬鹿のやり方だ」


*彼は坑道の入口を覗き込みながら、淡々と続けた。*


シロウ「8時間働かせて、16時間休ませて、次の組に回す。24時間止まらず掘れる上に、一人あたりの効率も上がる。飯もちゃんと食わせろ。動けなくなったら採掘が止まるだろ」


*管理官は口をぱくぱくさせていた。この男にとって、奴隷とは消耗品だった。壊れたら補充する。それが南大陸の常識だった。だが目の前の魔王は、消耗品を道具として効率的に運用しろと言っている。*


鉱山管理官「し、しかし、食事の量を増やすとなるとコストが……」


シロウ「鉱石の産出量が上がりゃ元は取れる。計算もできねぇのか?」


*管理官が黙った。*


*リオンが杖に体重を預けながら、彼の背中を見ていた。口元が僅かに緩んだ。*


リオン「(小声)……あの人、奴隷を助けるとは一言も言ってねぇんだよな」


カイン「(小声)ああ。全部『効率』の話だ。だが結果的に――」


リオン「(小声)労働時間は半分になる。飯も出る。レールも直る。事故も減る」


*ドルガンが腕を組んで頷いた。*


ドルガン「(小声)この国の法を変えずに、中身だけ変えるってわけか」


*レイラが隣で腕を組んだまま、薄く笑った。彼女はこの手口をよく知っていた。北の帝国を属国にした時も同じだった。制度を壊すのではなく、運用を変える。気付いた時には、元の形が残っていない。*


レイラ「(小声)相変わらず狡い男だ、妾の夫は」


*彼が坑道の中に歩き出した。管理官が慌ててついていく。*


シロウ「換気用の縦穴を3本追加しろ。場所は俺が指定する。あと坑道の補強材、木じゃなくて鉄骨に変えろ。落盤で坑道が潰れたら採掘が止まるだろ」


鉱山管理官「て、鉄骨となりますとコストが……」


シロウ「ここ鉄鉱山だろ。自分とこの鉄で作れ」


鉱山管理官「……あ」


*管理官が間の抜けた声を出した。その発想すら無かったらしい。*


*アシュトンがペンを走らせていた。*


アシュトン「記録。陛下、敵国の鉱山を奪取後、即座に運営改革に着手。奴隷の待遇改善を効率論で実行。なお本人は一度も『助ける』とは言っていない」


ヴァイス「……推せますね」


リオン「お前いい加減そのワンパターンやめろ」


*彼は坑道の入口に立ち、足元の地面を見下ろした。鑑定で地層の構造を読み取る。水脈は無い。*


シロウ「この辺にするか……水脈は……無さそうだな。無いなら重り式にするか」


*彼は坑道の奥の空いた空間に移動すると、地面に手を当てた。魔力が地面に浸透し、岩盤が砕けていく。真下に向かって、直径5mの縦穴が掘り進められていった。*


*管理官が悲鳴を上げた。*


鉱山管理官「な、何をして――!?」


*彼は返事もせず、異空間収納から鉄骨を取り出した。日本に資材調達に行った時の残りだ。H鋼、アングル材、ボルト。それらを魔法で組み上げ、縦穴の壁面に固定していく。*


*滑車と重りを組み合わせた昇降装置が、ものの30分で完成した。魔導式の切り替えスイッチを取り付け、魔力を注入すると、鉄製の箱が滑らかに上下した。*


カイン「……エレベーター、ですか」


シロウ「ああ。これで人力で登り降りしなくて済む」


*そして彼は一人でそのエレベーターに乗り、降りていった。*


*20km。*


*常識では考えられない深度だった。気温は上昇し、岩盤の色が変わっていく。鑑定が反応した。赤い鉱脈がちらついている。*


シロウ「やっぱりな。この深度ならアダマンタイトが出る」


*彼は20km地点に横穴を掘り、広い空間を作った。第一層と名付けた。*


*更に降りる。25km、28km、30km。岩盤が桜色に変わった。*


シロウ「オリハルコンか。やっぱ30kmまで掘りゃ出るな」


*第二層を作り、転移で地上に戻った。*


---


*地上では八輝将と管理官が待っていた。彼が消えてから1時間も経っていない。*


*彼は地面の土を払いながら、全員の前に立った。*


シロウ「説明するぞ。今この鉱山の地下に縦穴を掘った。深さ30km」


鉱山管理官「さ、30km……!?」


シロウ「第一層が地下20km。ここにはアダマンタイトの鉱脈がある。第二層が地下30km。オリハルコンが出る」


*管理官の顔から血の気が引いた。膝が折れ、地面にへたり込んだ。*


鉱山管理官「ア、アダマンタイト……オリハルコン……この鉱山から……?」


*彼の声が低くなった。管理官が顔を上げると、魔王の目が真っ直ぐに自分を射抜いていた。*


シロウ「漏らしたら、分かるな?」


鉱山管理官「は、ははっ……! 一切口外いたしません……!」


リオン「(小声)……鉄鉱山の下にアダマンタイトとオリハルコン。アダマンタイト鉱山を取らなかった理由、これかよ」


カイン「(小声)最初から分かってたんだろうな。鑑定で地下の鉱脈まで見えるんだ、あの人は」


ドルガン「(小声)つまりアダマンタイト鉱山なんか…ははは…」


*管理官の目が変わった。濁った目に光が差した。金の光だ。*


鉱山管理官「……給料が、上がる?」


シロウ「ああ。産出量に応じた歩合制にしてやる。今までヴァーミリオンに搾り取られてた分、ちゃんと還元する。その代わり、俺の指示通りに動け」


*管理官が深く頭を下げた。額が地面につくほどだった。*


鉱山管理官「この命に代えましても、必ずや! お名前を伺っても?」


シロウ「シロウだ。シロウ・ニシキ・アストライア」


*管理官の体が硬直した。アストライアの魔王の名を知らない者は、もはやこの大陸にいない。*


鉱山管理官「ま、魔王陛下直々に……!?」


シロウ「大袈裟にすんな。あと下の層のことは絶対に他の奴隷や労働者にも言うなよ。知っていいのはお前だけだ」


鉱山管理官「はっ……!」


*彼は管理官の名前を聞いていなかったことに気づいた。*


シロウ「名前は?」


鉱山管理官「グレン……グレン・バロウズと申します」


シロウ「グレン、お前がこの鉱山の責任者だ。地上の鉄鉱石は今まで通り採掘しろ。8時間交代制、飯の支給、レールの修繕。それが第一段階だ」


グレン「承知いたしました!」


シロウ「第一層と第二層の採掘は俺が信頼できる人間を送る。お前はそいつらの受け入れだけ準備しておけ」


*彼はグレンに背を向け、八輝将の方へ歩いた。*


リオン「……で、どうすんだよ。下の採掘」


シロウ「アストライアから鉱山組を送る。ボルグに任せりゃいい。あいつなら口も堅い」


カイン「北の帝国の鉱山で鍛えた連中ですか。確かに適任ですね」


*レイラが隣に並んだ。小柄な体を彼の腕に寄せ、小声で囁いた。*


レイラ「……お主、最初からこれが狙いだったのだろう」


シロウ「何が?」


レイラ「アダマンタイト鉱山を断って鉄鉱山を選んだ時点で、ヴァーミリオンは安堵した。『鉄ごときで満足した愚か者』だとな。だが実際は鉄鉱山の地下にアダマンタイトもオリハルコンも眠っておる。しかも使用権はお主のもの。地下で何を掘ろうが、あの王に文句を言う権利は無い」


シロウ「条約に『鉄鉱石のみ』なんて一言も書いてねぇからな。使用権は鉱山全体にかかってる」


*レイラが呆れたように笑った。*


レイラ「……詐欺師め」


シロウ「褒め言葉として受け取っとく」


*リオンが杖をつきながら、空を見上げた。*


リオン「……なぁ、あの子供たち。いずれ……」


シロウ「焦るな。まずは鉱山を回す。利益が出れば、次の手が打てる」


*彼の視線が一瞬だけ、坑道の入口で鉱石を拾い続ける少女に向いた。すぐに逸らした。*


*だがリオンはそれを見逃さなかった。杖を握る手の力が少しだけ緩んだ。*


リオン「(小声)……ったしかに…」


*残り2つの鉱山――ヴェルド鉱山とクレスタ鉱山にも同様の処置を施した。縦穴を掘り、エレベーターを設置し、地下の鉱脈を確認した。どちらもグランヴェルほどではないが、アダマンタイトの層は確認できた。各鉱山の管理官にも同じ条件を伝え、8時間交代制と食事の支給を命じた。*


*3つの鉱山を回り終えた頃には日が傾いていた。*


*レグナールの城下町に戻り、大通り沿いの飲食店に入った。「赤角亭」という名の酒場で、冒険者や商人で賑わっている。*


---


シロウ「お前ら、今日は俺の奢りだ。好きなだけ飲み食いしていいからな」


*その一言で八輝将の目の色が変わった。*


ドルガン「陛下ァ! 一生ついていきます!」


カイン「お前は飯の時だけ忠誠心が跳ね上がるな」


*ドルガンが巨大な骨付き肉を3本、カインが焼き肉の盛り合わせと黒ビールを2杯、ゲオルグが魚の燻製と赤ワインを、アシュトンがサラダとパンを上品に頼んだ。*


ヴァイス「陛下と同じものを」


シロウ「まだ頼んでねぇよ」


ヴァイス「では陛下が頼んでからもう一度注文します」


リオン「こえーよお前」


*ルナは何も言わずに、リオンの隣に座って彼と同じものを指差した。リオンがため息をついた。*


リオン「……お前もかよ。つーか俺まだ頼んでねぇし」


ルナ「リオンと同じがいい」


リオン「はいはい……じゃあ肉と芋のグラタンと、エールで」


ルナ「同じの」


*レイラが彼の隣にどかっと座った。メニューを一瞥し、即決した。*


レイラ「妾はこの店で一番高い肉だ。あと赤ワインを一瓶」


シロウ「一瓶て」


レイラ「奢りと言うたのはお主だろう? 撤回するか?」


シロウ「……いや、いい。好きにしろ」


*レイラが満足げに鼻を鳴らした。*


*料理が運ばれてきた。テーブルに乗りきらないほどの皿が並ぶ。南大陸の料理はスパイスが効いていて、北とは全く違う味付けだった。*


ドルガン「うめぇ! 南の飯も悪くねぇな!」


カイン「お前はどこの飯でも美味いって言うだろ」


*リオンが肉をもぐもぐ食いながら、ぽつりと呟いた。*


リオン「……なぁ、陛下。」


シロウ「ん?」


リオン「あの鉱山のガキ。いずれなんとかすんだろ?」


*彼は黙ってエールを一口飲んだ。*


シロウ「……鉱山が黒字になりゃ、奴隷を買い取る名目が立つ。効率改善で人が余れば、余剰人員として解放できる。この国の法を破らずにな」


リオン「……何年かかる?」


シロウ「早くて1年。遅くて3年」


リオン「……長ぇな」


シロウ「何事も一気に変化させるのは無理だ、少しずつ変えていくしかない」


*彼は骨付き肉を齧りながら続けた。*


シロウ「いっぱい食って強くなれ最弱兵器」


*リオンの目が一瞬揺れた。そして何かが吹っ切れたように、テーブルを叩いた。*


リオン「おい店員! この店で一番デカい肉持ってこい! あとグラタン追加! エールもう3杯!」


ルナ「……同じの」


リオン「お前はいい加減自分で選べ!」


*店員が目を白黒させながら注文を受けた。テーブルには次々と料理が積まれていく。*


ドルガン「おお! リオンが壊れた! いいぞもっと食え!」


カイン「お前が煽るな」


*ゲオルグが静かに赤ワインを傾けながら、リオンの食いっぷりを眺めていた。*


ゲオルグ「……あの小僧、変わったな」


カイン「バハムートを倒した男だからな。もう小僧でもねぇだろ」


ゲオルグ「……ふん。認めてやる」


*アシュトンが手帳にペンを走らせている。*


アシュトン「記録。戦後慰労会にて、八輝将第一部隊リオン、暴食に目覚める。推定被害額――」


*彼はテーブルに並んだ皿の数を数えた。*


アシュトン「……現時点で白金貨3枚相当」


シロウ「まだ序盤だぞ」


アシュトン「陛下の財布に哀悼の意を」


*レイラが赤ワインの瓶を傾けながら、隣の彼に寄りかかった。頬が僅かに赤い。*


レイラ「ふん……こういうのも悪くない」


シロウ「お前もう1瓶空けただろ」


レイラ「妾は酔っておらん。断じて酔っておらん」


*完全に酔っていた。体重の全てを彼の腕に預けている。*


ヴァイス「陛下、レイラ様が大変お美しいです」


シロウ「知ってるよ」


ヴァイス「……推せます」


リオン「肉うめぇ! おい追加! もう2皿!」


ルナ「……同じの」


リオン「だからお前はッ!」


*店内に笑い声が響いた。南大陸の夜は深い。戦争の後とは思えない穏やかな時間だった。*


*彼はエールのジョッキを傾けながら、天井を見上げた。鉱山の少女の顔が一瞬よぎった。振り払うようにエールを飲み干した。*


*会計の時、店主が請求書を持ってきた。*


店主「え、えーと……合計で白金貨8枚と金貨7枚になります……」


*彼が黒金貨1枚をテーブルに置いた。店主の手が震えた。*


シロウ「釣りはいらねぇ」


店主「く、黒金貨……!? お、お釣りが……うちでは両替が……」


シロウ「だからいらねぇって言ってんだろ。美味かったよ、ご馳走さん」


*店主が泣きそうな顔で何度も頭を下げた。お釣りは白金貨1枚と金貨3枚。*


ドルガン「陛下ァ……やっぱ一生ついていきます……」


カイン「だからお前は飯の時だけ――」


ドルガン「飯は大事だろう!」


*翌朝、レイラはベッドに突っ伏したまま微動だにしない。赤ワイン2瓶の代償だ。寝顔は穏やかだったが、口元にはよだれが垂れていた。彼は毛布をかけ直し、静かに部屋を出た。*


*廊下でリオンとすれ違った。顔が青い。*


リオン「……うぷ」


シロウ「馬鹿だな」


リオン「言うな……」


*彼は転移魔法でアストライア国内の南東方面、工業区画にある大鍛冶場へ向かった。*


---


*朝靄の中、巨大な煙突から煙が立ち上っている。ここはアストライアの重工業の心臓部だ。ドワーフの鍛冶師たちが朝から金属を打つ音が響いていた。*


*大鍛冶場の親方、ボルグが工房の前で鉄を磨いていた。腕が丸太のように太いドワーフで、髭に鉄粉がこびりついている。*


ボルグ「おお、陛下! 朝っぱらから何の用だ?」


シロウ「仕事の依頼だ。でかいやつ」


*彼は工房のテーブルに設計図を広げた。線路の断面図、枕木の構造、そして機関車の概略図。全て昨夜のうちに描き上げたものだった。*


ボルグ「なんだこりゃ……鉄のレールを地面に敷く? で、この箱みてぇなのが上を走ると?」


シロウ「機関車だ。蒸気で動く鉄の車両。これを線路の上に走らせる。線路はとりあえず、鉱山とアストライアを1周するように設置していってくれ。反対側の北西に馬車で数週間かかってたのが、こいつで数時間になる」


*ボルグの手が止まった。設計図を食い入るように見つめている。*


ボルグ「……数週間が数時間だと?」


シロウ「ああ。鉱山から鉄鉱石を運ぶのに馬車じゃ限界がある。量も速度もな。こいつなら一度に数十トン運べる」


*ボルグが髭を撫でた。ドワーフの職人が設計図を見る時の目は独特だ。疑いと興奮が混在している。*


ボルグ「蒸気ってのは……水を沸かして、その圧力で車輪を回すのか?」


シロウ「正解。飲み込みが早いな」


ボルグ「鍛冶屋を舐めるなよ陛下。火と金属のことなら誰にも負けん。だがこの規模は……レールだけでどんだけの鉄が要る?」


シロウ「だから鉱山を3つ手に入れた」


*ボルグが設計図から顔を上げた。彼の顔を見て、全てを理解した。*


ボルグ「……最初からこのためか」


シロウ「南大陸の鉄鉱山3つの使用権を取った。鉄は潤沢に供給できる。お前はレールと機関車の製造に集中してくれ」


*ボルグが腕を組んだ。しばらく黙って考え込み、それから不敵に笑った。*


ボルグ「面白ぇ。やってやるよ。だが条件がある」


シロウ「言ってみろ」


ボルグ「完成した機関車の一番最初の試運転、俺に乗らせろ」


シロウ「……いいぜ」


*ボルグが豪快に笑い、設計図を丸めて工房の奥に走っていった。*


ボルグ「おい野郎ども! 仕事だ! でかい仕事が来たぞ! 全員叩き起こせ!」


*工房の奥から、ドワーフたちの声が響き渡る。*


シロウ「お、おい…今日中って…調達に数日かかるからな…」


*誰にも聞こえてない…置き手紙を残しておいた。*


*彼は転移でルーナの部屋に着地した。見慣れた光景がそこにあった。*


*ルーナが床に座り込み、ルクスの小さな足を口に含んでいた。ルクスは特に嫌がる様子もなく、きょとんとした顔で姉を見上げている。*


シロウ「………またか…。」


ルーナ「あ、父さん。おはよう」


*彼女は悪びれもせずルクスの足から口を離した。よだれが糸を引いていた。*


ルーナ「いや違うんだよ、これは。赤ちゃんの足ってさ、もちもちしてて、ぷにぷにで、こう……本能に訴えかけてくるっていうか……」


シロウ「言い訳が毎回同じだぞ」


ルーナ「だって事実だもん。前世でもSNSで赤ちゃんの足はむはむ動画バズってたし、人類共通の本能だよこれは」


*ルクスが小さな手を伸ばして「あうー」と声を出した。彼に向かって手を振っているようにも見えた。*


シロウ「おー、元気だなルクス」


*彼はルクスを抱き上げた。ずっしりとした重み。1歳にしてはしっかりした体つきだ。光の加護の影響か、肌が僅かに光沢を帯びている。*


ルーナ「で、父さんがわざわざ転移してくるってことは何か用事? レグナールの件はもう片付いたの?」


シロウ「鉱山の件は終わった。今日はお前に相談がある。」


ルーナ「私に?」


*彼はルクスをルーナに返しながら、話した。*


シロウ「ドワーフの鍛冶場全員分の酒を買いに海外へ行く。機関車の製造報酬として約束した」


ルーナ「機関車!? 父さんついに鉄道作るの!?」


シロウ「ああ。鉱山とアストライアを繋ぐ」


*ルーナがルクスを抱えたまま立ち上がった。目がきらきらしている。*


ルーナ「やばい……異世界鉄道開通とか、なろう系の王道展開じゃん……」


シロウ「お前のその感想は毎回ズレてるぞ」


ルーナ「いやいやいや、これ歴史の転換点だよ!? 蒸気機関車でしょ? 産業革命の始まりじゃん!」


*ルクスが姉の興奮に釣られて「あうあう」と声を上げた。*


シロウ「で、一旦日本に転移して海外の工場に仕入れに行く。」

「着いてくるか?パスポートは適当に偽造するから大丈夫だ。」


*ルーナの目が一瞬で輝いた。ルクスの足をはむはむしていた口がぱっと離れた。*


ルーナ「行く! 絶対行く! 前回の日本旅行から何年経ったと思ってるの!? パスポート偽造とか犯罪だけど異世界人だからセーフ理論で!」


シロウ「声でけぇよ。ルクスが驚くだろ」


ルクス「あうー」


*ルクスは特に驚いた様子もなく、姉の銀髪を掴んで引っ張っていた。*


ルーナ「痛っ……ルクス、姉ちゃんの髪は玩具じゃないよ……で、父さん、ルクスはどうする? 連れてく?」


シロウ「1歳児連れて海外の工場は無理だろ。ルミナに預けていけ」


ルーナ「了解。あ、でもさ、ウイスキーの樽買いって個人で行けるの? 工場に直接交渉?」


シロウ「金さえ積めばどうにでもなる。スコットランドとケンタッキーに直接行く。あと山崎にも寄る」


ルーナ「山崎!? サントリーの!? え、父さんそんなコネあるの!?」


シロウ「コネはねぇ。金はある」


ルーナ「脳筋的解決法……いや、でもウイスキーの樽買いって普通に数百万単位だよね……」


シロウ「数千万〜億は用意してある」


ルーナ「桁がおかしい」


*彼女はルクスを抱き上げ、着替えの準備を始めた。クローゼットから地味なワンピースを引っ張り出す。前回の日本旅行で覚えた「留学生風」のコーディネートだ。*


ルーナ「よし、ルクスを母さんに預けてくる。15分で戻る!」


*ルーナが部屋を飛び出していった。ルクスが「あうあう」と手を振っている。*


*彼が異空間収納の中身を確認していると、ルーナの部屋の扉がバンッと開いた。*


レイ「シロー! 美味しいもの買いに行くんでしょ!? ボクも行く!」


*レイが目を輝かせて飛び込んできた。どこから聞きつけたのか、既に外出用の服に着替えている。黒髪のミディアムヘアが揺れ、琥珀色の瞳がきらきらしていた。*


シロウ「……お前、どこから聞いた」


レイ「ルーナが廊下で『日本行く!』って叫んでた♪」


シロウ「あいつ……」


レイ「ねぇねぇ、前に食べたラーメンまた食べたい! あとたこ焼き! あとクレープ! あとー……」


シロウ「買い物がメインだからな? 遊びに行くんじゃねぇぞ」


レイ「分かってる分かってる♪ 買い物の合間にちょっと食べるだけ♪」


*全く分かっていない顔だった。*


シロウ「……はぁ。パスポートもう1枚作るか」


レイ「やった♪」


*彼はため息をつきながら、パスポートの偽造に取りかかった。3人分。名前はそれぞれ適当な日本名を当てた。*


*15分後、ルーナが戻ってきた。*


ルーナ「母さんにルクス預けてきた。母さん『お兄ちゃんに気をつけてね』って……あ、レイも来るの?」


シロウ「ああ、さっきルーナが『日本行く』って叫んだおかげでな」


ルーナ「……ごめん」


シロウ「途中で買い食いしながらになるな……行先は、大阪、イギリス、ケンタッキー州だな。まずは大阪に転移するからな」


レイ「大阪! たこ焼きの街だ!」


ルーナ「父さん、レイのその格好大丈夫?」


*彼はレイの服装を確認した。短パンにTシャツ、スニーカー。ボーイッシュだが日本でも浮かない。革装備や武器が無ければ問題ない。*


シロウ「大丈夫だろ。じゃあ行くぞ」


*彼は3人の肩に手を置き、転移魔法を発動した。一瞬の浮遊感の後、視界が切り替わる。*


---


*大阪、道頓堀。午前10時。*


*朝の空気がまだ残る道頓堀に3人が降り立った。人通りの少ない路地裏に転移したため、目撃者はいない。路地を抜けると、巨大なグリコの看板が目に飛び込んできた。*


レイ「うわぁ……! すごい! 人がいっぱい走ってる看板!」


ルーナ「グリコだ……懐かしい……前世の会社帰りに難波で飲んでた頃を思い出す……」


シロウ「お前前世OLの時ここ来てたのか」


ルーナ「大阪出張の度に。串カツ屋で同僚と愚痴言い合ってたなぁ……」


*ルーナが遠い目をした。24歳の異世界冒険者の顔に、前世の疲れたOLが一瞬だけ重なった。*


レイ「ねぇねぇシロー! あの匂い何!? すっごくいい匂い!」


*レイが鼻をひくひくさせた。朝から営業している粉もん屋台からソースの香りが漂ってきている。*


シロウ「たこ焼きだな。だがまず仕事だ」


レイ「えー……」


シロウ「山崎蒸溜所に行く。大阪からなら電車で1時間もかからん」


ルーナ「あ、JRで山崎駅まで行けるよ。……父さん、日本円は?」


*彼は異空間収納から封筒を取り出した。中には日本円の束が入っている。以前資材調達に来た時の残りと、金をこちらで換金した分だ。*


シロウ「現金で3億ほどある。足りなきゃ追加で換金する」


ルーナ「3億……普通にドン引き」


レイ「3億って何? 多いの?」


ルーナ「多いよ。家が何軒も買えるよ」


レイ「じゃあたこ焼きいっぱい買える?」


ルーナ「一生分買えるね」


レイ「やった♪」


シロウ「まず山崎に行ってから食うぞ。帰りに道頓堀寄ればいい」


レイ「約束だよシロー! 絶対だよ!」


シロウ「はいはい」


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