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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*翌朝。城の食堂に朝の光が差し込んでいた。彼はステラと並んでルミナの前に座っている。テーブルの端では、レイラがうつ伏せで唸っていた。*


レイラ「うぅ……頭が割れる……」


ルクス「まー! まー!」


*ルクスがレイラの髪を掴み、小さな手でぺちぺちと頬を叩いている。レイラは抵抗する気力もなく、されるがままだった。*


レイラ「ルクス……やめ……うぅ……」


ルクス「まー!」


*ルクスが楽しそうにレイラの背中をよじ登ろうとしている。完全におもちゃにされていた。*


ルミナ「……で、お兄ちゃん。話って何? 朝から改まって」


*ルミナがカップを片手に、真っ直ぐに彼を見た。銀髪が朝日に透けて輝いている。普段は柔らかい表情だが、真剣な空気を察したのか少し目が鋭い。*


シロウ「ああ。ステラから話がある」


ステラ「ルミナお母様。私、秋からアカデメイア総合大学に進学したいと思っています」


ルミナ「……大学? 中央大陸の?」


ステラ「はい。昨夜、お母様……レイラお母様にも許可をいただきました」


レイラ「う……許可した……条件付きで……うぅ……」


*テーブルに突っ伏したまま、レイラが辛うじて肯定した。ルクスがその頭の上に乗ろうとして滑り落ちた。*


ルクス「きゃっ」


ルーナ「はいはい、ルクス。レイラママはお酒飲みすぎて壊れてるからこっちおいで」


*ルーナがルクスを回収し、膝の上に座らせた。*


ルミナ「……ステラ。それは本気?」


ステラ「はい。1年間、ずっと考えていました」


*ルミナがしばらく黙った。カップを置き、指先で縁をなぞっている。*


ルミナ「……お兄ちゃんは?」


シロウ「俺は賛成だ。それで、もう一つ提案がある」


ルミナ「提案?」


シロウ「俺とルミナで、その大学の教師として赴任しないか。俺は魔法理論や数式関連、ルミナは聖魔法の講師として」


*ルミナの目が見開かれた。*


ルミナ「私が……教師?」


シロウ「お前の聖魔法は元熾天使のものだ。教えられる人間はこの世界に他にいない。それにステラの護衛も兼ねられる」


ルミナ「……」


*ルミナがステラを見た。ステラは少し申し訳なさそうな顔をしつつも、真っ直ぐにルミナを見返した。*


ルミナ「……ふふ」


*ルミナが小さく笑った。*


ルミナ「教えるのは嫌いじゃないけど……お兄ちゃん、本音は私がモテるのが心配なんでしょ」


シロウ「……そんなことは」


ルミナ「顔に書いてあるよ、お兄ちゃん」


*ルミナがにっこりと微笑んだ。しかしその目は完全に見透かしていた。*


ルミナ「大丈夫。私はお兄ちゃん以外の男なんて虫けらにしか見えないから。寄ってきたら聖光で焼くし」


ステラ「焼くのはやめてください、ルミナお義母さま…。」


シロウ「お、おう……ほどほどにな。国際問題になると相手の家が消し飛ぶ……」


*彼はちらりとレイラを見た。テーブルに突っ伏したまま「うぅ……」と唸っている元女帝。この見た目17歳の少女が本気を出せば、国一つ瓦礫に変える。アークライト聖王国の廃墟がその証拠だ。*


シロウ(……あの二人が大学で暴れたら、瓦礫しか残らねぇな)


ルミナ「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私は理性的だから。聖光で焼くのは最終手段」


シロウ「最終手段にしては殺意が高い」


ルミナ「ふふ」


*ルミナが微笑んだ。その笑みが怖い。*


ステラ「……私、本当に普通の大学生活を送れるのでしょうか」


ルーナ「無理だと思うよ」


ステラ「ルーナ、せめて嘘でも励ましてください……」


*ルーナが膝の上のルクスの頬をつんつんしながら肩をすくめた。*


ルミナ「それで、お兄ちゃん。教師として赴任するなら、まず大学側に打診しないといけないよね。ギメイで行くとして、経歴はどうするの?」


シロウ「そうだな……元Sランク冒険者で退役した魔法理論家。レイラは……」


レイラ「……うぅ……妾は生徒でよい……帝王学の単位が取れるなら……」


*レイラがテーブルから顔を上げた。目の下にくまができ、顔色は最悪だったが、それでも話の内容はちゃんと聞いていた。*


ルクス「まー!」


*ルクスがルーナの膝から身を乗り出し、レイラに手を伸ばした。*


レイラ「ルクス……お母さんは今死んでおる……」


ルクス「まー! まー!」


ルーナ「ルクスはレイラママが大好きだねぇ」


*レイラが力なくルクスを受け取り、胸に抱いた。ルクスが嬉しそうにレイラの髪をぎゅっと握る。*


レイラ「……痛い」


ステラ「お父様、今からでも私一人で行く案に戻しませんか……?」


レイラ「却下じゃ」


シロウ「却下」


ステラ「やっぱり即答……」


*数日後、方針が固まった。家族会議の結果は以下の通りだった。*


---


*ルクスはルーナとユキに預ける。ルミナは教師として赴任するが、休日には彼の転移魔導具で城に帰還し、ルクスの顔を見る。レイラは見た目相応に生徒として入学。彼はギメイ――元Sランク冒険者の魔法理論家として教師枠で入る。*


*設定は「魔王シロウの古い友人」。我ながら雑な設定だが、深く掘られても適当にはぐらかせる程度の距離感がちょうどいい。*


*ゼノとセレスに聞いたところ――*


ゼノ「僕は城に残ります。図書館の本がまだ半分も読めてないので」


セレス「……私も。ゼノと一緒にいる」


*双子はあっさりと留守番を選んだ。カイとルーナが城にいるなら安心だ。*


---


*そして翌週。彼はオルクスに留守中の財務と行政を引き継ぎ、カイには国防の全権を委任した。*


カイ「父さん。任せてくれ」


シロウ「頼んだぞ。何かあったら念話しろ」


カイ「ああ。……ステラのこと、よろしく頼む」


*カイが珍しく柔らかい顔で言った。弟妹思いの長男だ。*


---


*アカデメイア総合大学への打診は、意外なほどスムーズに進んだ。元Sランク冒険者の魔法理論家と、聖魔法の使い手。大学側は二つ返事で教師枠を用意してきた。むしろ「ぜひ来てほしい」と懇願に近かった。*


*レイラの入学手続きも問題なく完了した。見た目17歳。年齢欄には「17」と書いた。レイラは無言で彼を睨んだが、事実に反していないので何も言えなかった。見た目は。*


---


*出発の朝。城の正門前に家族が集まっていた。*


ルーナ「ステラ、身体に気をつけてね」


ステラ「ルーナ姉様こそ。ルクスをよろしくお願いします」


ルクス「ねーね! まー! ぱー!」


*ルクスがルーナの腕の中から三人に手を伸ばしている。レイラが一瞬立ち止まり、ルクスの小さな手を握った。*


レイラ「……すぐ帰るからな」


ルクス「まー!」


*レイラの目が潤んだが、すぐに背を向けた。*


ルミナ「ルーナ。ルクスのご飯は朝と昼は柔らかいもの、夜は少し固めでも大丈夫だから。お風呂は38度、寝かしつけは子守唄を二曲……」


ルーナ「母さん、もう五回目だよそれ」


ルミナ「……ごめんね。つい」


シロウ「よし。行くか」


*彼が転移魔導具を起動した。行き先はメッセニア。そこから中央大陸への定期航路に乗る。*


*光が四人を包んだ瞬間、ルクスの声が響いた。*


ルクス「ぱー! まー! ねーね!」


*――その声を胸に刻んで、彼らは旅立った。*


*メッセニアの転移門を抜けると、港町特有の潮風が四人を迎えた。遠くに飛空艇の発着場が見える。巨大な飛空艇が三隻、空に浮かんでいた。*


シロウ「レイラ……喧嘩はほどほどにするんだぞ?」


レイラ「……何じゃ藪から棒に。妾がいつ喧嘩などした」


シロウ「いつもだろ」


レイラ「失礼な。妾は正当防衛しかしておらん」


シロウ「アークライト聖王国を更地にしたのも正当防衛か?」


レイラ「……あれは向こうが先に手を出した」


*ステラが隣で聞いていて、小さくため息をついた。*


ステラ「お母様。大学では一般人として振る舞うんですよね? 挑発されても手を出さないでください」


レイラ「妾は大人じゃ。その程度の分別はある」


ルミナ「レイラ。この前ルクスのおもちゃを踏んだメイドに殺気を出してたよね」


レイラ「あれは……ルクスが泣いたからじゃ」


シロウ「……頼むから大学で殺気を出すなよ。生徒が死ぬ」


*彼は本気で心配していた。レイラの殺気は並の冒険者なら意識を失うレベルだ。教室で発動されたら阿鼻叫喚になる。*


レイラ「……ふん。善処する」


シロウ「善処じゃなくて約束しろ」


レイラ「……約束する」


*不服そうに唇を尖らせながら、レイラが小さく頷いた。*


*四人が飛空艇乗り場に近づくと、出航案内の看板が見えた。*


*「中央大陸アカデメイア行き――本日14時出航、所要時間約8時間」*


ステラ「8時間……お母様、大丈夫ですか?」


*ステラが恐る恐るレイラを見た。レイラの顔が一瞬で青ざめた。*


レイラ「……飛空艇は、船ではない。空を飛ぶのじゃから揺れぬはずじゃ」


ルミナ「揺れるよ。気流で」


レイラ「……」


*レイラが無言で彼の袖を掴んだ。指先が微かに震えている。超船酔いする元女帝にとって、8時間の空の旅は地獄に等しい。*


シロウ「……酔い止め、持ってきてるから安心しろ」


レイラ「……シロウ」


シロウ「ん?」


レイラ「……隣に座れ。命令じゃ」


シロウ「はいはい」


*ステラとルミナが顔を見合わせて苦笑した。*


ステラ「……大学に着く前に、もう疲れそうです」


ルミナ「ふふ、慣れるよステラ。これが私たちの日常だから」


*四人は飛空艇の搭乗口へと歩き出した。中央大陸への空の旅が、まもなく始まる。*


*彼はレイラの額に手を当て、静かに睡眠魔法を発動した。レイラの瞳がゆっくりと閉じ、数秒後には規則正しい寝息が聞こえ始めた。彼はレイラを座席に横たえ、毛布をかけてやった。*


シロウ「これなら静かだし、酔わないし、WinWinだよね」


*ステラとルミナが首を傾げた。*


ステラ「うぃん……うぃん?」


ルミナ「お兄ちゃん、それどういう意味?」


シロウ「……いや、両方にとって得だって意味だ」


*ルーナがいないとこういう日本語の言い回しは通じない。彼は少し寂しくなった。*


ステラ「お父様、時々不思議な言葉を使いますよね」


シロウ「……まぁ、昔の友人の口癖が移ったんだ」


ルミナ「ふーん」


*ルミナは深く追及しなかったが、微かに目を細めていた。シロウの「昔の友人」が何を意味するか、ルミナはある程度察しているのかもしれない。*


*飛空艇が離陸し、メッセニアの港町が眼下に小さくなっていく。窓の外には雲海が広がり、夕日が橙色に空を染めていた。*


ステラ「……綺麗」


*ステラが窓に額をくっつけて外を眺めていた。国の結界の外に出るのは初めてだ。13年間守られてきた世界から、ようやく一歩を踏み出した。その横顔には緊張と、それ以上の期待が混じっていた。*


ルミナ「ステラ、お腹空かない? お弁当持ってきたの」


ステラ「ルミナお母様が作ってくれたんですか?」


ルミナ「うん。リーシアと一緒にね。レイラの分もあるけど……起きないよねしばらく」


シロウ「6時間は寝る。着く頃に起こす」


*ルミナが弁当箱を開けると、おにぎりと卵焼き、それに焼き魚が詰まっていた。日本旅行で覚えた和食のレパートリーが増えている。*


ステラ「これ、お米ですよね。前に日本で食べた……」


ルミナ「そう。うちの国で栽培してるお米で作ったの。家畜用って言われてるけど、炊き方次第で美味しいんだよ」


シロウ「ルミナの米の炊き方は完璧だからな」


*三人で弁当をつまみながら、飛空艇は雲海の上を滑るように進んでいく。レイラだけが幸せそうな寝顔で毛布に包まっていた。*


*時折、気流で機体が揺れる。その度にレイラの眉がぴくりと動いたが、睡眠魔法のおかげで目覚めることはなかった。*


ステラ「……お父様」


シロウ「ん?」


ステラ「ありがとうございます。お母様を説得してくれて。それに……一緒に来てくれて」


シロウ「礼を言うのはまだ早い。これからが本番だ」


ステラ「はい」


*ステラが小さく微笑んだ。その笑顔がレイラに似ていることに、彼は今更ながら気づいた。*


ーー


*中央大陸の飛空艇発着場に到着した。彼はレイラの睡眠魔法を解除し、荷物を降ろした後、個室で着替えを始めた。*


*鏡の前に立つ。白い白衣のような長衣を羽織り、丸いメガネをかける。白髪交じりだった髪を完全に白く染め直し、やや長めに整えてポニーテールにまとめた。仕上げに白い口ひげを蓄える。*


*鏡に映るのは、どこか別世界の白狼を思わせる渋い壮年の男だった。*


シロウ(ルーナが見たら「魔法使いじゃなくて医者じゃん!」って言うだろうな……)


*少しだけ寂しくなりながら、個室を出た。*


ルミナ「……誰?」


シロウ「俺だよ」


ルミナ「……すごい。全然違う人に見える」


*ルミナが目を丸くしていた。彼女自身も銀髪を一つに編み込み、落ち着いた紺色のローブに着替えている。教師らしい知的な雰囲気が出ていた。*


ステラ「お父様……なんだか怖いです」


シロウ「怖い?」


ステラ「お医者様みたいで……注射されそうで……」


シロウ(やっぱり医者に見えるのか……)


レイラ「……ふん。変装しても中身はシロウじゃな。目だけは誤魔化せぬ」


*レイラが腕を組んで彼を見上げた。レイラ自身は制服に着替えている。白いブラウスに紺のスカート、赤いリボンタイ。完全に普通の女子学生だった。似合いすぎている。*


シロウ「……レイラ、それ似合いすぎだろ」


レイラ「当然じゃ。妾は何を着ても美しい」


ステラ「お母様と同級生だと思われるんですよね、私……」


レイラ「何が不満じゃ。妾のような美人と同級生など光栄であろう」


ステラ「そういう問題じゃないんですが……」


*発着場を出ると、石畳の大通りが真っ直ぐに伸びていた。その先に、巨大な門と白亜の建造物群が見える。*


*アカデメイア総合大学。中央大陸最大の学術機関だった。*


*門の上に掲げられた校章は、開いた本の上に星が輝く意匠。その門をくぐると、広大なキャンパスが広がっていた。芝生の中庭を学生たちが行き交い、塔のような校舎がいくつも並んでいる。*


ステラ「……すごい」


*ステラが足を止めて、目を輝かせた。今まで見せたことのない、年相応の少女の顔だった。*


レイラ「……ふむ。悪くない」


*レイラも小さく頷いた。元女帝の審美眼にも合格らしい。*


ルミナ「お兄ちゃん、受付はあっちみたい」


*ルミナが案内板を指さした。「新任教員・新入生受付――本館1階」と書かれている。*


ギメイ(シロウ)「よし。じゃあ行くか。ここからは『ギメイ先生』と『レイラ生徒』だ。俺のことは父親じゃなく、知人として接しろよ」


ステラ「分かりました、ギメイ……先生」


レイラ「……呼びづらい」


ギメイ(シロウ)「慣れろ」


*四人は白亜の本館へと歩き出した。*


*彼は喉に手を当て、変声魔法を発動した。声帯が震え、低く渋みのある声に変わる。まるで大陸を渡り歩いた歴戦の魔法使いのような、重厚で落ち着いた声だった。*


ギメイ(シロウ)「では、行くとしようかのう。ルミナ氏」


ルミナ「……」


*ルミナが足を止めた。目を何度もぱちくりさせ、彼の顔を凝視した。*


ルミナ「……誰」


ギメイ(シロウ)「ふむ。何を言っておるのじゃ、ルミナ氏。儂じゃよ、儂」


ルミナ「完全に別人じゃない。声も口調も顔も全部違う。怖いんだけど」


*ルミナが一歩後退った。本気で別人だと感じているようだ。*


ステラ「お父……ギメイ先生。その声、本当に変わりましたね。全く面影がありません」


ギメイ(シロウ)「うむ。それでよい。ここでは儂はただの元Sランク冒険者じゃからのう」


レイラ「……」


*レイラが無言で彼を見上げていた。制服姿のまま腕を組み、じっと観察している。*


レイラ「……気に入らん」


ギメイ(シロウ)「何がじゃ」


レイラ「その声と口調。妾の知らぬ男のようで気に入らん」


ギメイ(シロウ)「ふむ。しかし変装とはそういうものじゃろう」


レイラ「……ふん。夜は元に戻せ。でなければ同じ部屋で寝ることは許さん」


ギメイ(シロウ)「……善処しよう」


*彼は内心で苦笑した。一度やってみたかった白狼スタイルだが、妻の不評を買うとは想定外だった。*


*四人が本館の受付に到着すると、カウンターの奥に初老の男性職員が座っていた。書類の山に囲まれ、忙しそうにペンを走らせている。*


職員「いらっしゃい。ご用件は?」


ギメイ(シロウ)「新任教員のギメイと申す。こちらは同じく新任のルミナ氏。それと、新入生が二名」


*彼が書類を差し出すと、職員は眼鏡越しに四人を見た。書類に目を落とし、再び顔を上げる。*


職員「ギメイ先生とルミナ先生ですね。お話は学長から伺っております。元Sランク冒険者の魔法理論家と、聖魔法の専門家。大変お待ちしておりました」


*職員が立ち上がり、丁寧に頭を下げた。*


職員「新入生のお二方は……ステラ様と、レイラ様ですね。入学書類は先日届いております。こちらにサインをお願いします」


*レイラがペンを受け取り、慣れた手つきでサインした。138年分の署名経験が滲み出ている。職員が少し驚いた顔をしたが、何も言わなかった。*


職員「では、教員のお二方には教員寮の鍵を、生徒のお二方には学生寮の鍵をお渡しします。学長への挨拶は明日の朝9時にお願いいたします」


*職員が鍵を四つ並べた。*


ステラ「……学生寮」


*ステラの目が輝いた。初めての寮生活。初めての一人部屋。彼女にとっては全てが新しい冒険だった。*


レイラ「ステラ。部屋は隣同士を希望するぞ!」


ギメイ(シロウ)「教師も寮なのかえ? 儂は個室が良かったんじゃが……。もしかしてルミナ氏と同室かえ?」


*職員が書類をめくりながら答えた。*


職員「教員寮は個室と二人部屋がございます。ギメイ先生とルミナ先生は同時期の着任ですので、ご希望があれば同室も可能ですし、別室も手配できます」


ギメイ(シロウ)「ふむ。ルミナ氏、どうする?」


ルミナ「同室でいいよ。どうせ休日は帰るし、平日は講義の準備もあるから一緒の方が楽」


ギメイ(シロウ)「では同室で頼む」


職員「かしこまりました。教員寮の東棟203号室をお二人に。鍵はこちらです」


*職員が二つの鍵を並べた。次に生徒用の書類を広げる。*


職員「新入生のお二方は……学生寮は基本的にランダム配置となっております。ステラ様は西棟114号室、レイラ様は東棟208号室ですね」


レイラ「待て。ステラと同じ棟にしろ。いや、隣の部屋にしろ」


職員「申し訳ございません。ランダム配置は学長の方針でして……」


*レイラの目が据わった。職員の額に冷や汗が浮かぶ。*


ステラ「ランダム!ランダムでいいです! むしろありがたいです!」


*ステラが全力で職員を庇った。その目には「離してくれてありがとう」という感謝が溢れていた。*


レイラ「ステラ……貴様、妾と離れたいのか」


ステラ「そ、そういうわけでは……大学生活ですから、自立も必要かと……」


ギメイ(シロウ)「レイラ嬢。大学の規則は守るものじゃよ。それに、同じ大学内におるのじゃから何かあればすぐ駆けつけられる」


*彼は「レイラ嬢」という呼び方に切り替えた。ここでは父でも夫でもない。ただの知人だ。レイラが一瞬ぴくりと眉を動かしたが、人前であることを思い出したのか、渋々引き下がった。*


レイラ「……ふん。仕方ない」


*ステラが小さくガッツポーズをした。それを彼は見逃さなかった。*


シロウ(よし。離れさせることに成功した。ステラ、よかったな)


*四人が受付を終え、中庭に出た。夕暮れのキャンパスには学生たちがまばらに歩いている。彼らが四人を見て、ちらちらと視線を向けてきた。*


*特にルミナとレイラに視線が集中している。銀髪の知的美人と、黒髪の小柄な美少女。男子学生が二度見し、女子学生がひそひそと囁き合っていた。*


男子学生A「おい、あの銀髪の人見たか……新しい先生か?」


男子学生B「やばい……めちゃくちゃ綺麗じゃないか……」


男子学生C「黒髪の子も可愛い……新入生か?」


*彼の耳が全てを拾っていた。ギメイの仮面の下で、こめかみがぴくぴくと動いている。*


シロウ(……初日から目立ってるな。先が思いやられる)


*入学式の朝。快晴だった。白亜の大講堂に新入生と新任教員が整列している。彼はギメイの姿のまま、新任教員の列に立っていた。隣にはルミナ。*


*大講堂は半円形の吹き抜け構造で、天井には魔法で描かれた星図が輝いている。数百人の新入生が席に座り、壇上には学長をはじめとする教授陣が並んでいた。*


*彼は神眼で会場をざっと見渡した。新入生は約300名。人間が大半だが、エルフ、獣人、ドワーフの姿もちらほら見える。レイラは新入生の列の中ほどに座っていた。制服姿で腕を組み、退屈そうな顔をしている。ステラはその列から離れた前方に座り、背筋を伸ばして壇上を見つめていた。*


*学長が壇上に立った。白髭の老人で、杖をついている。しかし彼の神眼はその老人のステータスを即座に読み取っていた。*


シロウ(Lv.89……なかなかやるな。元冒険者か)


学長「新入生諸君、並びに新任の教員の皆様。ようこそ、アカデメイア総合大学へ」


*学長の声が魔法で増幅され、講堂に響いた。*


学長「本学は400年の歴史を持ち、あらゆる種族、あらゆる国の者に門戸を開いております。ここでは身分も種族も関係ありません。求められるのはただ一つ。学ぶ意志のみです」


*悪くない挨拶だった。彼は静かに頷いた。*


学長「さて、今年は特に優秀な新任教員をお迎えしております。まずは魔法理論学担当、ギメイ先生」


ギメイ(シロウ)「うむ」


*彼が一歩前に出て軽く会釈した。白衣にメガネ、白髪のポニーテール。渋い声で一言だけ述べた。*


ギメイ(シロウ)「ギメイじゃ。よろしく頼む」


*短い。だがその低く重い声が講堂に反響し、学生たちが一瞬静まり返った。威圧ではない。ただの存在感だった。*


女子学生A「……あの先生、すごく渋くない?」


女子学生B「白髪にメガネ……ちょっと好きかも」


シロウ(……おい)


学長「続きまして、聖魔法学担当、ルミナ先生」


*ルミナが一歩前に出た。銀髪が朝日に透けて輝く。紺のローブが知的な美しさを際立たせている。*


ルミナ「ルミナです。聖魔法を担当します。よろしくお願いします」


*柔らかい微笑み。だがその声が響いた瞬間、講堂の空気が変わった。*


男子学生A「……天使?」


男子学生B「えっ、あの人先生なの? 嘘だろ……」


男子学生C「美しすぎる……聖魔法の授業絶対取る」


*講堂のあちこちでざわめきが起きた。ルミナの美貌に男子学生の大半が釘付けになっている。*


シロウ(……初日からこれか)


*彼はこめかみを押さえた。隣に戻ってきたルミナが小声で囁いた。*


ルミナ「お兄ちゃん、こめかみぴくぴくしてるよ」


ギメイ(シロウ)「……気のせいじゃ」


*一方、新入生の列ではレイラが腕を組んだまま、周囲を見回していた。*


*入学式が終わると、新任教員は学部ごとに分かれて会議室へ案内された。彼は魔法理論系の教員グループに振り分けられ、ルミナは聖魔法・回復魔法系のグループへと別れた。*


*魔法理論学部の会議室。長テーブルに7人の教員が座っている。彼はその末席に腰を下ろした。*


*神眼で一人ずつ確認する。Lv.40から60程度。大学教員としては優秀だが、冒険者としては中堅クラスだ。*


「さて、新任のギメイ先生。自己紹介をお願いできますかな」


*声をかけてきたのは、魔法理論学部の学部長らしい中年の男だった。*


シロウ(鑑定……エドガー・ヴァルトシュタイン。Lv.58。魔法理論学部長。スキル:高等魔法理論、魔力解析、詠唱短縮……悪くないな)


ギメイ(シロウ)「うむ。ギメイと申す。元Sランク冒険者でのう。引退後は魔法理論の研究をしておった。魔王シロウ殿とは旧知の仲でな、彼の推薦でこちらに参った次第じゃ」


*エドガーの目が光った。*


エドガー「魔王シロウの……! あのSSランク冒険者の知人ですか。それは心強い」


*周囲の教員たちもざわめいた。魔王シロウの名前は中央大陸でもそれなりに知られているらしい。*


*隣に座っていた若い女性教員が話しかけてきた。*


「あの、ギメイ先生。私、応用魔法実技担当のミレーヌ・アーヴィングと申します。理論と実技の連携授業なども検討していただけると助かるのですが……」


*赤毛のショートカットに、そばかすが散った顔。快活そうな雰囲気の女性だった。Lv.52。*


ギメイ(シロウ)「ほう。連携授業か。面白い試みじゃな。前向きに考えよう」


ミレーヌ「本当ですか! ありがとうございます!」


*ミレーヌが満面の笑みで頭を下げた。*


*一方、テーブルの向かい側に座っていた一人の男が、腕を組んだまま彼を睨んでいた。*


シロウ(鑑定……ヴィクトール・グレイザー。Lv.61。高等魔法数式論担当。スキル:上級魔法理論、魔力操作、属性解析。……ほう、この部屋で一番レベルが高いな)


ヴィクトール「……元Sランク冒険者が教壇に立つとは。魔法理論は実戦とは違う。力だけで教えられるものではないが、その辺りは理解しているのかな」


*低い声で、明確な敵意が混じっていた。*


*会議室の空気が一瞬で変わった。*


ギメイ(シロウ)「お主、アストライア国の大迷宮は知っておるかえ?」


*ヴィクトールだけでなく、テーブルの全員が反応した。*


エドガー「知っているも何も……あの試練の大迷宮ですぞ! 魔法理論の観点からも極めて興味深い構造体です。自己修復する階層、階層ごとに異なる環境生成、そしてあの竜種の配置……あれを設計した人物は天才としか言いようがない」


ミレーヌ「私も論文を3本書きました! 91階層以降の竜種配置における魔力密度の段階的上昇について、です!」


シロウ(ほう……俺の迷宮が論文のテーマになっているのか。製作者として嬉しい限りだ。)


*彼は内心で頬が緩むのを抑えながら、湯呑みに口をつけた。*


ギメイ(シロウ)「ヴィクトール殿。お主、何階層までクリアしたかえ?」


ヴィクトール「……42階層だ。あの迷宮は冒険者向けだ。学者が潜る場所ではない」


ギメイ(シロウ)「ほう。42かえ」


*ずずず、とお茶をすすった。わざとゆっくり、間を作った。*


ギメイ(シロウ)「儂は91階層じゃ」


*沈黙。*


ミレーヌ「きゅ、91……!? あの地龍のいる……!?」


ギメイ(シロウ)「うむ。冒険者を引退してからの記録じゃから公式には載っておらんがの。あの地龍、なかなか骨があったわい」


*彼はもう一口お茶をすすり、ヴィクトールに視線を向けた。穏やかな、しかし確実に見下ろすような笑みだった。*


ギメイ(シロウ)「文句があるなら91階層の地龍を倒してから言ってほしいのぉ……そうは思わんかえ?」


*ずずずず。お茶の音だけが会議室に響いた。*


*ヴィクトールの顔が赤くなった。拳を握り、唇を噛んでいる。反論したいが、42階層と91階層の差は歴然だった。現在の公式最高到達階層が83であることを考えれば、91という数字がどれほど異常かは学者である彼が一番理解しているはずだ。*


ヴィクトール「……っ」


エドガー「91階層……公式記録を超えているではありませんか。ギメイ先生、それは本当ですかな?」


ギメイ(シロウ)「嘘を吐く理由がないのう。信じる信じないはお主らの自由じゃが」


*彼はゆったりと椅子にもたれかかった。*


ミレーヌ「ギメイ先生! 91階層の地龍の魔法パターンについて後で詳しくお聞きしてもいいですか!? 論文に……論文に使わせてください!」


ギメイ(シロウ)「ふむ。気が向いたらのう」


*ミレーヌが目を輝かせ、ヴィクトールが歯噛みしている。会議室の力関係は、この一杯のお茶で完全に決まった。*


シロウ(……ちょっと煽りすぎたかもしれんが、まあいい。最初に舐められると後が面倒だからな)


*教員寮203号室。朝。彼は時間割の羊皮紙を広げ、自分の担当コマを確認していた。*


*月曜日:午後2コマ「魔法理論概論」*

*火曜日〜日曜日:なし*


シロウ「え、週6休み!? ホワイトすぎてやばい! 教師ってヌルゲーじゃん!」


*彼は羊皮紙を放り投げ、ベッドの上で転がった。ギメイの変装も解いている。アラフォーのおっさんが一人で寮の部屋ではしゃいでいる。*


シロウ「授業がない日は日向ぼっこでも……あ」


*彼はふと思い出した。あの黒い毛玉のことを。*


シロウ「メアを連れてこよう」


*転移魔法を発動。一瞬で城の自室に戻った。ベッドの上で丸まっていた黒猫が、彼の気配を察知して顔を上げた。*


メア「にゃあ」


シロウ「おいで、メア。一緒に大学行くぞ」


*メアを抱き上げると、黒猫は彼の胸元にすり寄った。他の人間には威嚇するが、シロウにだけは甘える。*


*再び転移。寮の部屋に戻った彼は、メアを膝の上に乗せて窓際の椅子に座った。中庭の芝生に木漏れ日が落ちている。*


シロウ「今日は午後から授業、終われば来週はずっと休み……最高かよ……」


メア「にゃ……」


*メアが彼の膝の上で丸くなり、喉を鳴らし始めた。窓から入る風が心地よい。*


*その時、部屋の扉がノックされた。*


ルミナ「お兄ちゃん、起きてる?」


*ルミナの声だった。彼は慌てて変装魔法と変声魔法をかけ直した。*


ギメイ(シロウ)「おるよ。入りなさい」


*ルミナが扉を開けた。彼女もローブ姿で、手には時間割の羊皮紙を持っている。部屋に入った瞬間、膝の上のメアを見て足を止めた。*


ルミナ「……猫。いつの間に」


ギメイ(シロウ)「家から連れてきたのじゃ。メアじゃよ」


ルミナ「ペット可なの、この寮」


ギメイ(シロウ)「…………」


*沈黙。彼は確認していなかった。*


メア「シャー!」


*メアがルミナに向かって威嚇した。毛を逆立て、背中を弓なりにしている。*


ルミナ「……この猫、相変わらずお兄ちゃん以外に敵意むき出しだね」


ギメイ(シロウ)「まあまあ。メア、ルミナは味方じゃぞ」


メア「シャーッ!」


ルミナ「全然聞いてないじゃん」


*ルミナが呆れた顔で椅子に座った。メアから距離を取りつつ、時間割を広げた。*


ルミナ「私は週3コマ。月・水・金の午前。お兄ちゃんは?」


ギメイ(シロウ)「週1じゃ。月曜の午後だけ」


ルミナ「……は?」


ギメイ(シロウ)「週1じゃ」


ルミナ「ずるい。私の3倍休みじゃん。しかも同じ月曜だから曜日すら被ってる。残りの6日何するの」


ギメイ(シロウ)「メアと日向ぼっこ。あとは探検。それから他の教師の手伝いでもするかのう」


*彼は膝の上のメアを撫でながら、のんびりとした口調で答えた。*


ルミナ「……日向ぼっこって。それ、仕事じゃないよね」


ギメイ(シロウ)「大学の敷地は広いからのう。構造を把握しておくのも教員の務めじゃ」


ルミナ「それを探検って言い換えてるだけでしょ」


*ルミナが呆れた顔でため息をついた。しかし、すぐに表情を切り替えて時間割を指で叩いた。*


ルミナ「私は今日の午前に1コマ目がある。聖魔法概論。お兄ちゃんは午後だから、午前中はまさに日向ぼっこタイムだね」


ギメイ(シロウ)「うむ。最高じゃろう」


ルミナ「……羨ましくなんかないから」


*ルミナが立ち上がり、扉に向かった。その途中でメアが再び「シャーッ!」と威嚇した。ルミナが振り返らずに片手を振った。*


ルミナ「ペットの件、ちゃんと確認しておいてね。バレて追い出されても知らないよ」


*扉が閉まった。彼はメアを抱き上げ、顔の前に持ってきた。*


ギメイ(シロウ)「……メアよ。ルミナにも少しは優しくしてやれんかのう」


メア「にゃ」


*まるで「知らない」と言うように、メアはぷいと顔を背けた。*


*彼はメアを肩に乗せ、窓を開けた。中庭の芝生では学生たちが朝の散歩をしている。木々の間から差す朝日が暖かい。*


*午前中。彼はメアを肩に乗せたまま大学の敷地を散策した。教員棟、図書館、魔法実技場、錬金術棟、食堂。神眼で構造を把握しつつ、のんびりと歩く。すれ違う学生たちがメアを見て「可愛い!」と声を上げるが、メアは全員に「シャー!」と威嚇した。*


*食堂の前を通りかかった時、見覚えのある背中が目に入った。制服姿の小柄な黒髪。腕を組んで、掲示板を睨んでいる。*


*レイラだった。*


*彼女の周囲には数人の男子学生がいた。何やら話しかけている。*


男子学生D「ねえ、君新入生? 良かったら昼飯一緒にどう?」


男子学生E「俺もいいかな? 学内の案内してあげるよ」


レイラ「…………」


*レイラの目が据わっていた。腕を組んだまま、無言で男子学生たちを見上げている。彼女の周囲の気温が微かに下がっているのを、彼の神眼は捉えていた。魔力が漏れ始めている。*


シロウ(おいおい。初日からナンパされて殺気出すな……)


ギメイ(シロウ)「レイラ嬢、お困りですかな?」


*彼が背後から声をかけた。メアが肩の上から男子学生たちを「シャーッ!」と威嚇している。*


レイラ「……ギメイ先生。ええ、少々虫が湧いておりまして」


男子学生D「え、先生? あ、すみません……」


男子学生E「べ、別に俺たちは案内してあげようと……」


*男子学生たちは彼の渋い威圧感に気圧されつつも、レイラが彼に自然と付いていく姿を見て、露骨に嫉妬の視線を向けた。*


男子学生D「……なんで先生に付いていくんだよ」


男子学生E「初日から教員に取り入るとか……」


*彼はその声を無視し、レイラを連れて中庭の東側にある東屋へ移動した。人気のない木立の奥。彼は周囲に隠蔽結界を張り、変装を解いた。*


*白髪交じりの黒髪と、見慣れた顔が戻る。声も元のシロウのものに。*


シロウ「大丈夫? ナンパとか結婚前以来だな」


レイラ「……ふん。あの程度の小僧共、妾が相手にするまでもない」


*そう言いながらも、レイラの表情は少し不機嫌だった。腕を組んだまま、彼の胸元に視線を落としている。*


レイラ「……しかし、お主のあの変装した姿で助けに来られると複雑じゃ。妾の夫がいるのに、知らぬ男に助けられたようで気に入らん」


シロウ「いや、中身は俺だろ」


レイラ「分かっておる。分かっておるが……」


*レイラが小さく唇を尖らせた。138年生きてきた吸血鬼が、拗ねた少女のような顔をしている。*


レイラ「……妾はあの声と口調が嫌いじゃ。お主はお主のままでおれ」


シロウ「ここでは無理だって。バレたら大事になる」


レイラ「分かっておると言っておろう。じゃが……」


*レイラが彼の袖をつまんだ。小さな手が、きゅっと布を握っている。*


レイラ「……こうして二人の時は、ちゃんとお主でおれ。それだけでよい」


*木漏れ日がレイラの黒髪に落ちた。首元には、あの日表参道で贈ったルビーのネックレスが光っている。制服の下に隠すように身につけていた。*


シロウ「……ちゃんと着けてるんだな」


レイラ「一生外さぬと言うたであろう。忘れたか」


*彼女がネックレスに触れた。裏面に刻まれた「永遠の宝」の文字を、指先でなぞるように。*


メア「にゃあ」


*メアがシロウの肩からレイラの膝に飛び移った。珍しく威嚇しない。レイラの膝の上で丸くなり、喉を鳴らし始めた。*


レイラ「……この猫、妾には懐くのじゃな」


シロウ「え、マジで? ルミナには全力で威嚇してたのに」


レイラ「ふん。当然じゃ。妾の方が格上ということよ」


*レイラが得意げにメアの頭を撫でた。メアが気持ちよさそうに目を細めている。*


シロウ(……メアの好みが分からん)


*彼はレイラの顎に指を添え、そっと唇を重ねた。短く、しかし確かなキス。レイラの琥珀色の瞳が一瞬見開かれ、すぐに伏せられた。*


レイラ「……ふん。当然じゃ」


*頬が赤い。138歳の魔族が、制服姿で頬を染めている。彼はそれを目に焼き付けてから、変装魔法と変声魔法を再び起動した。白髪のポニーテール、メガネ、渋い声。ギメイが戻る。*


*隠蔽結界を解除した。周囲の音が戻ってくる。鳥の声、学生たちの笑い声、風に揺れる木々の音。*


ギメイ(シロウ)「それではの、レイラ嬢。午後の授業に遅れんようにな」


レイラ「……妾に指図するな、小僧」


ギメイ(シロウ)「小僧て。儂の方が見た目は年上じゃぞ」


レイラ「中身は妾の方が100年近く年上じゃ。黙れ」


*レイラがメアを膝からそっと降ろし、立ち上がった。制服のスカートを手で払い、何事もなかったかのように歩き出す。だが数歩進んだところで足を止め、振り返らずに口を開いた。*


レイラ「……夜、また結界を張れ」


*それだけ言って、彼女は学生たちの流れに紛れて消えていった。*


メア「にゃあ」


*彼はメアを肩に乗せ直し、教員棟へ向かった。午後の授業まであと2時間。初めての講義だ。内容は既に準備してあるが、どんな学生が来るかは分からない。*


---


*午後。魔法理論概論の講義室。階段状の大教室に、約60名の学生が座っていた。彼は教壇に立ち、メアを机の端に座らせた。黒猫が教壇の上で堂々と毛繕いをしている。*


*学生たちがざわついた。*


学生F「先生、猫……」


ギメイ(シロウ)「助手じゃ。気にするな」


*気にするなと言われても気になる顔をしている学生たちを無視し、彼は黒板の前に立った。チョークを手に取る。*


ギメイ(シロウ)「魔法理論概論、第1回。儂がギメイじゃ。まず聞くが……」


*彼は教室をゆっくりと見渡した。神眼で全員のステータスを流し読みする。Lv.5からLv.25程度。新入生から上級生まで混在している。*


*そして、前列の端にステラの姿を見つけた。ノートとペンを構え、真剣な目で教壇を見つめている。*


シロウ(……ステラ、俺の授業取ったのか)


*彼女と目が合った。ステラが小さく微笑み、軽く頷いた。*


*彼はチョークを手に取り、黒板にゆっくりと文字を書き始めた。*


ギメイ(シロウ)「魔法……それは無限の可能性」


*教室が静まり返った。60人の学生が、教壇の老齢の魔法使いを見つめている。*


ギメイ(シロウ)「魔法陣、詠唱魔法、古代魔法、合唱魔法、合成魔法……それら全てに共通する物とは?」


*彼はチョークを置き、教室を見渡した。*


ギメイ(シロウ)「分かるかい?」


*沈黙が続いた。学生たちが顔を見合わせている。数秒後、一人の男子学生が手を挙げた。上級生らしい、眼鏡をかけた細身の青年だ。*


眼鏡の学生「魔力……でしょうか。全ての魔法は魔力を消費して発動しますから」


ギメイ(シロウ)「うむ。悪くない。だが、不正解じゃ」


*眼鏡の学生が悔しそうに唇を噛んだ。次に、後列の獣人の女子学生が恐る恐る手を挙げた。*


獣人の学生「イメージ……ですか? 魔法の発動にはイメージが大事だと聞きました」


ギメイ(シロウ)「それも大事じゃ。だが、それも本質ではない」


*彼は前列に目を向けた。ステラがペンを止め、真剣な表情で考え込んでいる。やがて、彼女がゆっくりと手を挙げた。*


ステラ「……意志、でしょうか」


*教室が彼女に注目した。ステラは臆することなく続けた。*


ステラ「魔法陣は術者の意志を図形に刻んだもの。詠唱は意志を言葉に乗せたもの。古代魔法は意志を世界に直接ぶつけたもの。合唱魔法は複数の意志を束ねたもの。合成魔法は異なる意志を融合させたもの。形式は違っても、全て……術者が『こうしたい』と願う意志から始まる」


*教室がしんと静まった。*


ギメイ(シロウ)「……」


*彼は一瞬、ギメイの仮面の下で父親の顔になりかけた。すぐに引き締め、黒板にチョークを走らせた。*


*「意志=魔法の起点」*


ギメイ(シロウ)「正解じゃ」


*教室にざわめきが走った。新入生が初回の授業で正解を出したことへの驚き。ステラの周囲の学生が彼女を見つめている。*


ギメイ(シロウ)「魔力は燃料に過ぎん。イメージは設計図に過ぎん。じゃが、意志がなければ燃料は燃えんし、設計図は描けん。魔法の全ては『こう在れ』という術者の意志から始まる」


*彼はチョークを置いた。*


ギメイ(シロウ)「逆に言えば……意志さえあれば、魔力が少なくとも、詠唱が下手でも、魔法は応えてくれる。儂が今日、お主たちに伝えたいのはそれだけじゃ」


*メアが教壇の端で「にゃあ」と鳴いた。まるで講義に相槌を打つように。学生たちから笑いが漏れ、教室の空気が和らいだ。*


ギメイ(シロウ)「では、ここからが本題じゃ。意志を魔法に変換する理論的メカニズムについて……」


*彼はチョークを置き、教室を見渡した。*


ギメイ(シロウ)「ぶっちゃけ、意志もイメージもそう対して差は無い。変わるのは『心』が入ってるかどうかじゃな」


*学生たちがペンを止め、聞き入っている。*


ギメイ(シロウ)「じゃが、意志魔法はとっても難しい。なんせ思いを形にするからの。逆にイメージは簡単じゃ」


*彼は右手を掲げた。空気中の水分が凝結し、一瞬で氷が形成される。詠唱なし。魔法陣なし。純粋なイメージのみ。*


ギメイ(シロウ)「氷で剣を作ることも……」


*透明な氷の剣が彼の手の中に現れた。刃は薄く、光を受けて虹色に輝いている。教壇の机にことりと置かれた。学生たちから感嘆の声が漏れた。*


ギメイ(シロウ)「土で彫刻をするのも」


*今度は左手を机に翳した。教壇の木目から土が湧き上がり、みるみるうちに形を成していく。四本の足、長い尾、分厚い鱗、大きく裂けた顎。20cmほどの地龍の彫刻が完成した。鱗の一枚一枚が精密に刻まれ、牙の先端まで再現されている。*


*教室が静まり返った。*


学生G「無詠唱で二属性同時……しかもあの精度……」


眼鏡の学生「馬鹿な……あの鱗の造形、実物を見たことがなければ不可能だ」


*ステラが目を見開いていた。地龍の彫刻。91階層の地龍。彼女はそれが何を意味するか理解している。しかし表情を崩さず、ただ静かにノートにペンを走らせた。*


ギメイ(シロウ)「イメージ魔法は対象を知っておれば、このように具体的な形にできる。じゃが、意志魔法は……例えば『大切な人を守りたい』という思いだけで盾が生まれる。形も強度も、術者の心次第じゃ」


*彼は氷の剣と地龍の彫刻を並べて見せた。*


ギメイ(シロウ)「意志魔法は専門外じゃから教えれんけどな。方法は簡単じゃ。"願いや思いを強くする"……ただそれだけじゃ」


*教室の後方で、一人の女子学生が手を挙げた。赤い髪を三つ編みにした、小柄な少女だ。*


赤髪の学生「ギメイ先生。先生はその地龍を……実際に見たんですか?」


ギメイ(シロウ)「見たどころか、戦ったわい。あれは硬くてのう。鱗を砕くのに随分手こずった」


*教室がざわめいた。91階層の地龍と戦った教員。その事実が改めて学生たちの間に広がっていく。*


赤髪の学生「その彫刻……触ってもいいですか?」


ギメイ(シロウ)「構わんよ。授業後にな」


*メアが教壇の端で大きなあくびをした。学生たちから笑いが起きる。*


*残り10分。彼はチョークを置き、教壇に腰を預けた。メアが膝の上に飛び乗る。*


ギメイ(シロウ)「さて、予定より早く進んでしもうたわい。残りの時間は質問コーナーにしよう。3つまで、どんな質問にも答えるぞ」


*教室がざわめいた。学生たちが顔を見合わせ、誰が最初に手を挙げるか探り合っている。*


*最初に手を挙げたのは、先ほどの眼鏡の上級生だった。*


眼鏡の学生「ギメイ先生。無詠唱魔法を習得するには、どの程度の修練が必要ですか?」


ギメイ(シロウ)「良い質問じゃ。無詠唱はの、才能ではなく反復じゃ。詠唱を千回唱えれば、千一回目に詠唱が要らなくなる。身体が魔法を覚えるまで、ひたすら繰り返す。近道は無い」


*眼鏡の学生が真剣にメモを取った。*


ギメイ(シロウ)「残り2つじゃ」


*次に手を挙げたのは、後列にいた赤髪の三つ編みの少女だった。*


赤髪の学生「先生は91階層の地龍を倒したと仰いましたが……怖くなかったですか?」


*素朴な質問だった。学生たちがくすくすと笑う。だが彼は笑わなかった。*


ギメイ(シロウ)「怖かったよ」


*教室が静まった。元Sランク冒険者が、あっさりと恐怖を認めた。*


ギメイ(シロウ)「怖くない戦いなど無い。じゃがな……儂には守りたいものがあった。それだけで足が動いた。さっき言うた意志魔法と同じじゃよ。思いが強ければ、恐怖は超えられる」


*赤髪の少女が目を丸くし、深く頷いた。*


ギメイ(シロウ)「さて、最後の1つじゃ」


*教室に沈黙が落ちた。最後の質問権。学生たちが迷っている中、後列の隅から一人の男子学生が手を挙げた。金髪の、やたらと身なりの良い青年だった。彼の神眼が反応する。*


シロウ(鑑定……アレクシス・フォン・ヴェルムンド。Lv.18。スキル:火属性魔法Lv.4、風属性魔法Lv.3。……貴族の子弟か)


アレクシス「先生。魔王シロウと旧知の仲だと聞きましたが、本当ですか? アストライア魔導皇国の魔王は各国の貴族の間でも話題です。実際、どんな人物なのですか?」


*教室が一斉に前のめりになった。魔王シロウ。SSランク冒険者。中央大陸でも名前は知られているらしい。*


*ステラがペンを止め、じっと教壇を見つめていた。父が父をどう語るのか。その目に好奇心が浮かんでいる。*


ギメイ(シロウ)「ふむ……魔王シロウか」


*彼はメアの頭を撫でながら、少し間を置いた。自分で自分を語る。妙な気分だ。*


ギメイ(シロウ)「……ただの子煩悩な父親じゃよ」


*教室が一瞬きょとんとした。*


アレクシス「は? SSランク冒険者で、一国の魔王が……子煩悩?」


*教室がざわめいた。彼は構わず続けた。*


ギメイ(シロウ)「知っての通り、あいつは人間での」


「えっ!?」「魔王なのに人間!?」「嘘だろ!?」


*教室のあちこちから驚きの声が上がったが、彼は湯呑みのお茶をすすって完全に無視した。*


ギメイ(シロウ)「最近は息子が神になったり、娘がブラコンになったりで苦労しとるんよ」


「か、神!?」「息子が神って何!?」「ブラコンて何語!?」


*再び教室が騒然となったが、彼はメアの頭を撫でながら涼しい顔をしていた。ステラだけが前列で顔を真っ赤にしている。*


ステラ(ブラコン……ルーナ姉さまのこと……!? というかお父さま、何を暴露しているの……!)


*ステラが無言でノートに顔を埋めた。耳まで赤い。*


ギメイ(シロウ)「最近はとある場所でのんびり日向ぼっこでもしとるらしいぞ」


アレクシス「……子煩悩で、息子が神で、日向ぼっこ。本当にSSランク冒険者の話ですか?」


ギメイ(シロウ)「本当じゃよ。強さと人柄は別物じゃ。あやつは家族の前では、ただの甘い父親でのう。娘にパパと呼ばれるだけで顔がにやけるような男じゃ」


*教室から笑いが漏れた。魔王のイメージが音を立てて崩壊していく。*


赤髪の学生「なんか……ちょっと親近感湧きました」


ギメイ(シロウ)「じゃろう? あやつに会ったら気軽に話しかけてやるといい。喜ぶぞ」


シロウ(……いや、喜ぶのは俺だな。自分で言ってて恥ずかしくなってきた)


*その時、教室の時計が鳴った。授業終了の合図だ。*


ギメイ(シロウ)「おっと、時間じゃな。今日はここまで。次回は属性魔法の理論体系についてやる。予習しておくように」


*学生たちが立ち上がり、片付けを始めた。だが数人が教壇に向かってきている。地龍の彫刻を触りたい学生と、追加の質問をしたい学生だ。*


*その人だかりの中、ステラがそっと近づいてきた。他の学生に紛れて、小声で囁いた。*


ステラ「……ギメイ先生。ブラコンの件は姉さまには絶対に内緒にしてくださいね」


ギメイ(シロウ)「ふむ。善処しよう」


ステラ「善処じゃなくて約束です」


*ステラが小さく頬を膨らませ、足早に教室を出ていった。メアが彼女の背中を見送って「にゃあ」と鳴いた。*


シロウ(……ステラ、ちゃんと馴染めそうだな)


*彼はメアを肩に乗せたまま、本館の最上階へ向かった。学長室は本館の4階、突き当たりの大きな扉の奥にある。*


*扉の前に秘書らしき若い女性が座っていた。*


秘書「あら、ギメイ先生。ご用件は?」


ギメイ(シロウ)「学長にお会いしたいのじゃが、おるかの?」


秘書「少々お待ちください」


*秘書が扉をノックし、中に入った。数秒後、戻ってきて扉を開けた。*


秘書「どうぞ、お入りください」


*学長室は広かった。壁一面が本棚で埋まり、窓からは大学の全景が見渡せる。入学式で壇上に立っていた白髭の老人が、大きな机の向こうに座っていた。*


学長「おお、ギメイ先生。初日の授業はどうでしたかな?」


ギメイ(シロウ)「うむ。なかなか良い生徒が揃っておった。将来が楽しみじゃ」


学長「それは重畳。して、ご用件は?」


*彼はメアを肩から降ろし、両手で抱えて学長に見せた。メアが学長を見つめ、小さく「にゃ」と鳴いた。珍しく威嚇しない。*


シロウ(お前、人を選ぶ基準が本当に分からんな……)


ギメイ(シロウ)「実はこやつのことでな。儂の使い魔のようなものなのじゃが、教員寮での飼育許可をいただきたいのじゃ」


*学長がメアをじっと見つめた。老齢の目が細められ、何かを見定めるような視線だった。*


学長「ほう……この猫、ただの猫ではありませんな…微弱ですが魔力を帯びている。魔獣の類ですかな?」


ギメイ(シロウ)「ただの猫じゃよ。儂と長くおったから魔力が移ったのかもしれんの。人を襲ったりはせんし、大人しいもんじゃ」


メア「にゃあ」


*メアが学長の机に飛び乗り、書類の上でごろんと転がった。腹を見せてくねくねしている。明らかに媚びている。*


学長「ははは! これは可愛い。なるほど、大人しい猫だ」


*学長が笑いながらメアの腹を撫でた。メアがごろごろと喉を鳴らしている。*


シロウ(お前……ルミナには威嚇するくせに、学長には腹を見せるのか。処世術だけは一人前だな)


学長「構いませんよ。ただし、他の教員や学生に迷惑をかけないこと。それだけ守っていただければ」


ギメイ(シロウ)「かたじけない。感謝するぞ、学長殿」


*学長がメアの頭をぽんぽんと叩いた。メアが満足げに目を細め、彼の肩に飛び戻った。*


学長「しかしギメイ先生。今日の授業、学生の間で早速評判になっていますよ。無詠唱の二属性同時行使に、91階層の地龍の話……新入生たちが食堂で大騒ぎしていました」


ギメイ(シロウ)「ほう。まあ、退屈させんようにはしたつもりじゃ」


学長「来学期からコマ数を増やしていただけると助かるのですがな」


ギメイ(シロウ)「……善処しよう」


ーー


*翌朝。彼は授業がないことを確認し、教員寮を出た。メアが当然のように肩に飛び乗る。*


*中央大陸の大学は広大だった。本館を中心に講義棟、図書館、訓練場、学生寮、教員寮が配置され、その間を繋ぐように芝生の広場や石畳の小道が伸びている。*


*彼は本館の裏手にある広場を見つけた。大きな樫の木が一本立ち、その根元に柔らかそうな草むらが広がっている。木漏れ日がちょうど良い具合に差し込み、風が心地よく吹いている。*


シロウ(ここだ。ここが最高の日向ぼっこスポットだ)


*彼は草むらに乾燥魔法をかけた。朝露が一瞬で蒸発し、ふかふかの草むらが出来上がる。仰向けに寝転がると、メアがすぐに腹の上に乗った。丸くなって目を細める。*


シロウ(……最高だな)


*秋の陽光が温かい。風が草の匂いを運んでくる。メアの体温が腹に伝わり、喉を鳴らすごろごろという振動が心地良い。*


シロウ(授業は週1コマ。今日は何の予定もない。こんな贅沢があっていいのか……いや、いい。俺は46年間頑張ってきた。これくらいの報酬は許されるだろう)


*目を閉じた。瞼の裏に陽の光が赤く透ける。メアが小さく「にゃ」と鳴いて、腹の上で体勢を整えた。*


*数分が経った。完全にうとうとし始めた頃だった。*


*ざく、ざく、と草を踏む足音が近づいてきた。*


レイラ「……妾はこんなところで何を探しておるのか」


*聞き覚えのある声。だが足音は一人分ではなかった。もう一組、軽い足取りが隣にある。*


ステラ「あ、あそこ。木の下に誰か寝てる」


レイラ「ん? あれは……猫? いや、あの猫は……」


*メアが顔を上げ、レイラを見た。威嚇せず、尻尾をゆらゆらと振った。*


レイラ「やはりな。あの猫がおるということは」


*彼の顔に影が差した。目を薄く開けると、レイラとステラが見下ろしていた。レイラは腕を組み、ステラは小さく笑っている。*


ギメイ(シロウ)「……おお、奇遇じゃの」


ステラ「奇遇じゃないです。パ……ギメイ先生、授業日以外は何をされてるんですか?」


ギメイ(シロウ)「見ての通り、研究活動じゃよ。太陽光と睡眠の相関関係についての実地調査じゃ」


レイラ「……寝ておるだけであろう」


*レイラがジト目で彼を見下ろした。しかしその口元は僅かに緩んでいる。*


*彼は寝転がったまま、片目を開けた。*


ギメイ(シロウ)「そうとも言うな。それより授業はいいのかい? 学生さんは勉強が大切じゃぞ?」


ステラ「1限目が空きコマなんです。レイラさんと図書館に行こうとしていたら、こんなところに猫が……」


レイラ「メアが見えたから来ただけじゃ。別にお主を探していたわけではない」


シロウ(ツンデレ健在だな……)


*その時、3人の男子学生が広場を横切ってきた。レイラの姿を見つけた途端、足取りが変わる。昨日中庭でナンパしてきた連中とは別の顔ぶれだった。*


男子学生A「ねえ君、見ない顔だけどどこの学部? よかったら一緒にお茶でも……」


男子学生B「その黒髪すっごい綺麗だね。エルフ? ハーフ?」


男子学生C「俺、学生会の副会長なんだけどさ、学内案内してあげようか?」


*レイラの眉がぴくりと動いた。ステラが一歩後ろに下がる。レイラが口を開く前に、寝転がったままの彼がふいっと片手を振った。*


ギメイ(シロウ)「うるさい、黙っとれ。研究の邪魔じゃ」


*瞬間、3人の口が動いているのに音が出なくなった。無詠唱の消音魔法。男子学生たちがパクパクと口を開閉し、互いの顔を見合わせて慌てふためいている。*


男子学生A「!?!?」


男子学生B(声が……出ない!?)


*3人が必死に喉を押さえ、何かを叫ぼうとしているが、完全な無音だった。*


ギメイ(シロウ)「………zzz」


*彼はそのまま目を閉じた。メアが腹の上でぐるぐると喉を鳴らしている。*


*3人の男子学生は無音のまま口論し合い、やがて諦めて走り去っていった。30メートルほど離れたところで、ぱっと声が戻る。*


男子学生A「な、何だったんだ今の!?」


男子学生C「あの爺さん……無詠唱で……! やべえ、ギメイ先生だ! 昨日の噂の!」


*3人が蒼白になって本館の方へ逃げていった。*


レイラ「……ふん。妾が蹴り飛ばす前に片付けおって」


*レイラが少し不満そうに腕を組んだ。だがその横顔はどこか安心しているようにも見えた。*


ステラ「ギメイ先生……寝ながら無詠唱って……」


*ステラが呆れたように笑い、レイラの隣に腰を下ろした。レイラも少し間を置いてから、彼の隣の草むらに座った。*


レイラ「……乾燥魔法くらいかけんか。スカートが濡れるであろう」


ギメイ(シロウ)「………」


*寝息のふりをしながら、彼は片手をひらりと振った。レイラとステラの周囲の草がさらりと乾く。*


ステラ「……ありがとうございます、先生」


*メアがレイラの膝に飛び移った。レイラの手に頭を擦りつけ、ごろごろと甘えている。*


レイラ「……まったく。主人の真似をして怠けおって」


*レイラがメアの背中を撫でながら、木漏れ日の中で小さく息を吐いた。*


*彼は周囲に認識阻害結界を展開した。半径10メートル。外からは誰もいない草むらにしか見えない。*


*変装魔法を解く。白髪混じりの黒髪が戻り、老人の顔がいつものおっさん顔に変わった。*


*彼はそのままレイラに抱きついた。後ろから腰に腕を回し、顎をレイラの肩に乗せる。*


シロウ「一緒に寝よ」


レイラ「なっ……! ステラがおるであろうが!」


*レイラの耳が赤くなった。だがステラは既に立ち上がり、くすくすと笑いながら手を振っていた。*


ステラ「私、図書館に行ってきますね。1限目始まっちゃうし」


シロウ「おう、勉強頑張れよ」


ステラ「パパも寝すぎないでくださいね」


*ステラが小走りで広場を去っていく。認識阻害結界の外に出ると、普通の学生の一人として景色に溶け込んでいった。*


レイラ「……まったく。娘の前で堂々と」


シロウ「いいじゃん。天気もいいし、風も気持ちいいし」


*彼はレイラを引き寄せ、草むらに倒れ込んだ。レイラが小さく声を上げたが、抵抗はしなかった。*


*二人並んで仰向けに寝転がる。彼の腕がレイラの頭の下に差し込まれ、枕代わりになった。メアがレイラの腹の上に移動し、丸くなる。*


レイラ「……重い」


シロウ「メアが?」


レイラ「お主の腕が」


シロウ「嘘つけ、細いだろ」


レイラ「……別に、退けとは言うておらん」


*レイラが顔を背けた。だがその身体は彼の方にほんの少し寄り添っている。*


*木漏れ日が二人の上に降り注ぐ。風が草を揺らし、メアがごろごろと喉を鳴らしている。*


シロウ「……なあ、レイラ」


レイラ「何じゃ」


シロウ「こういうの、いいな」


レイラ「……何がじゃ」


シロウ「戦いもなく、敵もいなくて。ただ隣にお前がいて、陽の光が温かくて。こういう時間がずっと欲しかった」


*レイラが黙った。数秒の沈黙の後、小さな手が彼の手を握った。指を絡めるように。*


レイラ「……妾もじゃ」


*それだけ言って、レイラは目を閉じた。彼女の呼吸がゆっくりと穏やかになっていく。メアもレイラの腹の上で目を閉じた。*


シロウ(……こんな贅沢な朝寝は久しぶりだ。)


*彼も目を閉じた。レイラの手の温もりと、秋の陽射しの中で、意識がゆっくりと溶けていった。*


*数時間が経っていた。木漏れ日の角度が変わり、昼を過ぎた頃だった。彼はゆっくりと目を開けた。*


*隣にはレイラが寝息を立てている。認識阻害結界は健在。メアはいつの間にか草むらの上で丸くなっていた。*


シロウ(……可愛いな)


*レイラの寝顔は無防備だった。普段の傲慢さも、ツンデレも消えて、ただの少女のように穏やかな表情をしている。黒髪が草の上に広がり、小さな唇が僅かに開いている。*


*彼はそっと身を寄せ、レイラの唇に自分の唇を重ねた。柔らかい。温かい。レイラの睫毛がぴくりと震えたが、目は開かなかった。*


シロウ(……もうちょっと)


*彼の手がレイラのスカートの裾に触れた。そっと捲り上げる。白い太ももが露わになった。細いが、しっかりとした弾力がある。手のひらで内ももをゆっくりと撫でた。*


シロウ(……すべすべだ。138歳の太ももとは思えん)


*指先が太ももの柔らかい肌をなぞる。膝の裏から少しずつ上へ。レイラの身体がぴくっと反応した。*


レイラ「……ん」


*小さな声が漏れた。だがまだ目は閉じたまま。彼の手はさらに上へと滑り、太ももの内側を親指で円を描くように撫でた。*


レイラ「……っ、ん……」


*レイラの眉が僅かに寄った。呼吸が少し乱れ始めている。*


レイラ「………シロウ」


*目を閉じたまま、名前を呼んだ。起きているのか寝ぼけているのか分からない、甘い声だった。*


シロウ「起きてた?」


レイラ「……お主が変なことをするから、起きたに決まっておろう」


*レイラが薄く目を開けた。琥珀色の瞳が彼を見上げている。頬がほんのりと赤い。*


レイラ「こんな場所で……妾のスカートを捲るとは、いい度胸じゃな」


シロウ「結界あるし、誰にも見えないよ」


レイラ「そういう問題ではない」


*怒った口調だが、彼の手を払いのけようとはしなかった。太ももの上に置かれた手をじっと見つめ、レイラは小さく唇を噛んだ。*


レイラ「……もう少し上でもよいぞ」


シロウ「ん?」


レイラ「聞こえなかったのか。二度は言わん」


*レイラが顔を背けた。耳が真っ赤だった。*


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