306
306
*――翌朝。*
*彼が執務室に向かうと、机の上にオルクスからの報告書が積まれていた。一番上に赤い封蝋の手紙。差出人は東のメッセニア自由都市連合。*
*転移門建設の正式な返答が届いたようだった。*
シロウ「……さて、日常に戻るか」
*約1年の月日が流れた。アストライア魔導皇国は変わらず平和で、大きな戦争も災害もなく、穏やかな日々が続いていた。*
*建国29年目の春。城の中庭に柔らかな陽光が降り注ぐ中、彼は芝生の上に座り、膝の上にルクスを乗せていた。*
ルクス「パパ!」
シロウ「おう、なんだルクス」
ルクス「パパ!」
シロウ「……うん、パパだな」
*ルクスは銀色の髪をふわふわと風に揺らしながら、小さな手で彼の顔をぺちぺちと叩いた。まだ語彙は「パパ」「ママ」「ねーね」の3つだけだが、その分この3語を全力で使い倒している。*
ルクス「ねーね!」
*ルクスが中庭の向こうを指差した。ルーナが書類の束を抱えて廊下を歩いているのが見えた。*
ルーナ「あ、ルクスー! ねーねだよー!」
*ルーナは書類を脇に抱え直し、駆け寄ってきた。しゃがみ込んでルクスの頬をつつく。*
ルーナ「今日も可愛いねぇ。ねぇルクス、『ルーナ』って言ってみて? る・う・な」
ルクス「ねーね!」
ルーナ「……まぁいいか。ねーねで」
*ルーナが隣に腰を下ろした。ユキがどこからともなく飛んできて、ルーナの膝に着地する。*
ユキ「きゅいっ!」
ルーナ「はいはい、ユキもいるよ」
*ルクスがユキに手を伸ばし、小さな翼をむにむにと掴んだ。ユキが「きゅい~」と情けない声を上げる。*
シロウ「ルーナ、その書類は?」
ルーナ「あぁこれ? オルクスさんから。東のメッセニアとの貿易報告書と、あと大迷宮の最新踏破状況。最高到達階層、83のまま更新なしだって」
シロウ「83か……あの辺から急に難易度跳ね上がるからな」
ルーナ「それとね、パパ」
*ルーナが少し改まった顔になった。*
ルーナ「ステラがさっきから執務室の前をうろうろしてたよ。なんか言いたそうにしてた」
シロウ「ステラが?」
ルーナ「もう13歳だしね。何か考えてるのかも」
*ルクスが再び彼の顔をぺちぺちと叩いた。*
ルクス「パパ!」
シロウ「はいはい、パパはここにいるよ」
*こんこん、と控えめなノックが響いた。*
シロウ「空いてるよー」
*扉がゆっくりと開き、ステラが姿を現した。黒髪を丁寧に結い上げ、背筋をぴんと伸ばした佇まい。レイラの面影を色濃く受け継ぎながらも、どこか柔らかさを感じさせる13歳の少女だった。*
ステラ「お父様、少しお時間よろしいでしょうか」
シロウ「もちろん。こっちおいで」
*ルクスが膝の上でステラを見つけ、両手を伸ばした。*
ルクス「ねーね!」
ステラ「ルクス、こんにちは」
*ステラは微笑んでルクスの頭を撫でてから、彼の隣に腰を下ろした。しばらく沈黙が流れた。ステラは膝の上で手を握ったり開いたりしていた。何かを切り出そうとして、言葉を探している。*
ステラ「……お父様」
シロウ「うん」
ステラ「私……中央大陸のアカデメイア総合大学に、行きたいのです」
*彼はステラの横顔を見た。真剣な目だった。覚悟を決めて来たのが分かる。*
ステラ「お母様の帝王学は、とても為になりました。この国を治めるための知識、礼儀作法、政治学……全て大切なことだと理解しています」
*ステラが一度言葉を切り、膝の上の拳をぎゅっと握った。*
ステラ「でも、私はこの国の中しか知りません。お父様やお母様のように、広い世界を見たことがないのです。あの大学には、大陸中から様々な種族の人々が集まると聞きました。人間、エルフ、ドワーフ、獣人、魔族……この国にも多くの種族がおりますが、外の世界を自分の目で見て、自分の足で歩いて、学びたいのです」
*ルーナが隣で静かに聞いていた。口を挟まず、ステラの言葉を見守っている。*
ステラ「……お母様にはまだ、言えておりません。きっと反対されると思います」
*レイラの過保護ぶりを考えれば、当然の懸念だった。*
ステラ「ですから、まずお父様に相談したかったのです。……駄目でしょうか」
*ステラがようやく彼の方を向いた。不安と期待が入り混じった表情。13歳の少女が、自分の人生を自分で選ぼうとしている。その目には確かな意志があった。*
*ルクスがステラの袖を掴み、きょとんとした顔で見上げていた。*
ルクス「ねーね?」
シロウ「ふむ……そうか。これまでずっと家にいたんだ、外に出たくなる気持ちも分かる……が」
*彼はルクスを膝の上であやしながら、しばらく考え込んだ。ステラの真剣な目を見れば、これが一時の気まぐれではないことは明白だった。しかし父親として、13歳の娘を遠い中央大陸へ送り出すことへの不安は拭えない。*
シロウ「すっごく心配ではあるが……許可はする。但し母を説得すること」
ステラ「……っ! 本当ですか、お父様!」
*ステラの顔がぱっと明るくなった。しかし次の瞬間、その表情が曇る。*
ステラ「……お母様を、ですか」
シロウ「そう。レイラを」
ステラ「…………」
*ステラの顔が青ざめた。誰よりもレイラの過保護ぶりを知っているのは、他ならぬステラ自身だった。*
ルーナ「あー……それは、ハードル高いね」
*ルーナが苦笑しながらユキの頭を撫でた。*
ルーナ「ステラ、ちなみにお母さんに留学の話したら何て言うと思う?」
ステラ「……『許さん』の一言で終わると思います」
ルーナ「だよねぇ」
*三人の間に沈黙が流れた。ルクスだけがきょとんとした顔で「ねーね?」と首を傾げている。*
ステラ「……でも、やります。自分で決めたことですから」
*ステラが膝の上の拳をぎゅっと握った。レイラ譲りの芯の強さが垣間見えた。*
ステラ「お父様、一つだけお願いがあります」
シロウ「ん?」
ステラ「お母様に話す時……せめて同じ部屋にいてくださいませんか。お母様が暴走した時の保険として」
ルーナ「保険って言い方……でも気持ちは分かる」
*彼は思わず笑った。レイラが聞いたら「妾は何じゃ、災害か」と怒鳴るだろう。*
*……いや、実際に災害みたいなものか、と彼は心の中で思った。*
シロウ「分かった。一緒にいてやるよ」
ステラ「ありがとうございます、お父様!」
*ステラが安堵の笑みを浮かべた。しかしその目にはまだ緊張の色が残っている。*
ルーナ「いつ話すの?」
ステラ「善は急げと言いますし……今日の夕食後に」
ルーナ「夕食後か……お母さんの機嫌が良い時がいいよ。お酒飲んでる時とか」
ステラ「それは酔った勢いで許可を取るということでは……」
ルーナ「戦略って言うんだよ、ステラ」
*ルーナがにやりと笑った。前世の社会人経験がこういう時に顔を出す。*
ルクス「パパ!」
*ルクスが彼の頬をぺちぺちと叩いた。まるで「大丈夫だよ」と言っているかのように、小さな手が温かかった。*
*その日の夜、城の居間。彼はレイラと向かい合って卓を挟み、酒を酌み交わしていた。西部の温泉街から取り寄せた地酒。香りの良い果実酒だった。*
レイラ「ふん……貴様が妾に酒を誘うなど珍しいではないか。何か企んでおるな」
シロウ「別に。たまには二人で飲みたいなと思っただけだよ」
レイラ「嘘をつけ。貴様の『たまには』は大体何か裏がある」
*鋭い。さすが138年生きているだけはある。しかし彼は涼しい顔で杯を傾けた。状態異常無効化のおかげで、どれだけ飲んでも頭はクリアだった。*
シロウ「美味いなこれ」
レイラ「……ふむ、確かに悪くない」
*レイラは3杯目に手を伸ばした。頬がほんのり赤く染まり始めている。酔いが回ってきた証拠だった。*
レイラ「最近、ルクスがはいはいを覚えおったな。あの子は好奇心が強い。昨日は厨房まで一人で辿り着いておった」
シロウ「リーシアが慌てて追いかけてたな」
レイラ「ふふ……可愛い奴じゃ」
*レイラが珍しく柔らかく笑った。酒が入ると素直になる。4杯目を注いだ。*
*こんこん。*
*控えめなノックが響いた。*
シロウ「空いてるよー」
*扉が開き、ステラが姿を現した。きちんと身なりを整え、背筋を伸ばしている。しかし彼には分かった。握られた手が微かに震えていた。*
ステラ「お父様、お母様。……お時間よろしいでしょうか」
レイラ「ステラか。構わぬ、入れ」
*ステラが卓の前に座った。一度深呼吸をして、真っ直ぐにレイラを見た。*
ステラ「お母様に、お話があります」
レイラ「何じゃ、改まって」
ステラ「……私、中央大陸のアカデメイア総合大学に進学したいのです」
*一瞬、沈黙が落ちた。*
レイラ「……何じゃと?」
*レイラの声が低くなった。杯を持つ手が止まっている。酔いが一気に醒めたかのような、鋭い目だった。*
ステラ「この国の外を、自分の目で見たいのです。様々な種族の人々と共に学び、もっと広い世界を知りたい。それが将来、この国の為にもなると信じています」
レイラ「……」
*レイラが杯を静かに卓に置いた。*
レイラ「許さん」
ステラ「お母様……」
レイラ「13歳の娘を一人で中央大陸へ送るなど、正気の沙汰ではない。帝王学はまだ途中じゃ。それに……」
*レイラの声が僅かに震えた。*
レイラ「……危険じゃ。外の世界がどれほど危険か、貴様は知らぬ」
*ステラがちらりと彼を見た。「助けて」ではなく、「見ていてください」という目だった。そしてステラは再びレイラに向き直った。*
ステラ「存じております。だからこそ、学びたいのです」
シロウ「へー。大学にね……」
*彼は杯を口に運びながら、まるで初めて聞いたかのように相槌を打った。ステラが一瞬だけ彼を見たが、すぐに理解して視線をレイラへ戻した。*
レイラ「ステラ。貴様はまだ13じゃ。帝王学も半ばで投げ出すつもりか」
ステラ「投げ出すつもりはありません。大学で学ぶことは帝王学の延長でもあります。外交、異文化理解、法学……アカデメイア総合大学にはこの大陸では学べない講義が数多くあると聞いています」
レイラ「……」
*レイラの目が細くなった。感情的に怒鳴るのではなく、冷静にステラの言葉を吟味している。酔いが入っているとはいえ、この辺りはさすが元女帝だった。*
レイラ「仮にじゃ。仮に許可したとして、護衛はどうする。中央大陸は我が国の結界の外じゃ。何かあっても即座に助けに行けぬ」
ステラ「転移門がメッセニアまで繋がっています。そこから中央大陸への定期航路もあると、オルクス様の報告書にありました」
レイラ「報告書まで読み込んでおったのか」
ステラ「はい。この1年、ずっと調べていました」
*レイラが僅かに目を見開いた。1年。この子は1年間、この話を温め続けていたのだ。*
レイラ「……シロウ」
シロウ「ん?」
レイラ「貴様、知っておったな」
シロウ「何がだ?」
レイラ「今日妾に酒を飲ませたのも、ステラが来るのを知っておったからじゃろう。とぼけるな」
*彼は杯を傾けたまま視線を逸らした。138年の人生経験は伊達じゃなかった。*
レイラ「……ふん」
*レイラが深いため息をついた。杯の中の果実酒を見つめ、しばらく黙っていた。居間に沈黙が落ちる。ステラは姿勢を崩さず、じっと母の答えを待っていた。*
レイラ「……ステラ」
ステラ「はい」
レイラ「貴様は、妾の娘じゃ」
ステラ「……はい」
レイラ「妾は……かつて国を滅ぼされ、全てを失った。民も、土地も、誇りも。そしてこの国で、ようやく取り戻したのじゃ。家族という……かけがえのないものを」
*レイラの声が小さくなった。杯を握る指先が白くなっている。*
レイラ「じゃから怖いのじゃ。貴様を外に出すのが。……この手の届かぬ場所で、何かあったら……妾は……」
ステラ「お母様……」
*ステラの目が潤んだ。しかし彼女は涙を堪え、真っ直ぐにレイラを見据えた。*
ステラ「私はお母様の娘です。簡単にはやられません」
レイラ「……生意気な」
*レイラの口元が僅かに緩んだ。そして残りの酒を一気に煽り、空の杯を卓に叩きつけた。*
レイラ「条件がある」
ステラ「……!」
レイラ「一つ、月に一度は必ず連絡を寄越すこと。二つ、護衛を一人つけること。三つ……」
*レイラがステラを真っ直ぐに見た。*
レイラ「必ず、帰ってくること」
ステラ「……はい…。」
シロウ「その大学は……教師は募集してないのか?」
*三人の間に一瞬の沈黙が流れた。レイラとステラが同時に彼を見た。*
レイラ「……何を言い出す」
シロウ「いや、考えてみろよ。俺は神眼であらゆる計算、数式、魔法理論を理解できる。ルミナは元熾天使で聖魔法はトップクラスだ。大学の教師として行けば、ステラの護衛にもなるし、俺たちの経歴なら断られることはないだろ」
ステラ「お、お父様が……大学に……?」
*ステラの顔が一瞬で青ざめた。せっかく勝ち取った自由が、父親の監視付きになる未来が脳裏を過ぎったのだろう。*
ステラ「あ、あの、お父様。お気持ちは嬉しいのですが……その……」
レイラ「ほう」
*レイラが杯を置き、腕を組んだ。先ほどまでの感傷的な雰囲気が消え、策謀家の顔になっている。*
レイラ「悪くない案じゃな。シロウとルミナが教師として赴任すれば、護衛の条件は満たされる。しかも国の威信を示すこともできる」
ステラ「お母様まで……!」
ルーナ「ぶっ……」
*廊下で聞き耳を立てていたルーナが吹き出した。扉の隙間から顔を覗かせている。*
ルーナ「パパが大学教授? 絵面が強すぎるんだけど」
シロウ「何がおかしい」
ルーナ「いや、SSランク冒険者で魔王が講義してたら生徒全員震えて何も聞けないでしょ」
シロウ「ギメイで行けば問題ない。変装すればただのおっさんだ」
ルーナ「ただのおっさん教授……逆に怪しいよそれ」
ステラ「あ、あの……私は一人で行きたいと……」
レイラ「却下じゃ」
シロウ「却下」
ステラ「即答!?」
*ステラが絶望的な顔で彼を見た。助けを求めるような目だったが、今回ばかりは彼も譲る気はなかった。*
シロウ「ステラ。お前が大学で学ぶのは自由だ。でも俺たちが同じ場所で教えることと、お前の学びは矛盾しない。教室で干渉するつもりはないよ。ただ、同じ大学にいるだけだ」
ステラ「同じ大学にいるだけ……本当ですか?」
シロウ「本当だ」
レイラ「妾も行く」
ステラ「お母様まで!?」
レイラ「何じゃ。妾とて学問に興味がないわけではない。それに……」
*レイラが小さく呟いた。*
レイラ「……ステラを見送るだけなど、耐えられん」
ステラ「……お母様」
*ステラの目が潤んだ。嬉しいのか困っているのか分からない複雑な表情だったが、最終的にステラは深くため息をついて微笑んだ。*
ステラ「……家族旅行みたいになりそうですね」
ルーナ「あ、じゃあ私も行こうかな。ユキも連れて」
ステラ「ルーナ姉様まで!? もう留学の意味が……!」
シロウ「ルーナは冒険者だろう……? それにルクスはどうするんだ? 弟には姉が必要だと……思うんだが?」
*ルーナの表情が一瞬で変わった。廊下から顔を覗かせていた軽い笑みが消え、代わりにハッとした顔になる。*
ルーナ「……ルクス」
*その一言で、ルーナの脳内がルクス一色に塗り替わったのが手に取るように分かった。*
ルーナ「そうだ……ルクスはまだ1歳で……はいはいで城中を冒険してて……私がいないとユキの翼をむにむにする人がいなくなって……ルクスが『ねーね』って呼んでくれるのに私がいなかったら……」
*ルーナがぶつぶつと呟きながら、みるみる顔が青くなっていく。*
ルーナ「……無理。ルクスのいない生活とか考えられない」
ステラ「ルーナ姉様、切り替え早すぎませんか」
ルーナ「ステラ、分かってないね。あの子が『ねーね』って言った時の破壊力を。あれは核兵器だよ」
ステラ「核……?」
シロウ「気にするな。ルーナの前世用語だ」
*レイラが呆れたようにため息をついた。*
レイラ「……話を戻すぞ。シロウ、貴様とルミナが教師として赴任するのは構わぬ。じゃが妾も行く。これは譲らん」
シロウ「お前が行くとなると、国の運営はどうする」
レイラ「オルクスがおる。それにカイもおるじゃろう。あやつはもう28じゃ。留守を任せるに十分な歳じゃ」
シロウ「……まぁ、確かにカイなら問題ないか」
*ステラが複雑な表情で三人を見ていた。一人で自由に学びたかったはずが、いつの間にか家族ぐるみの大移動になっている。しかしその目には、困惑の奥に小さな安堵が浮かんでいた。*
ステラ「……あの、ルクスとゼノとセレスはどうするのですか」
レイラ「ルクスは連れていく。ゼノとセレスは……」
シロウ「あいつらに聞いてみるか。11歳だし、カイと城に残りたいかもしれないし、一緒に行きたいかもしれない」
レイラ「ふむ……そうじゃな。明日聞くとしよう」
*レイラが新しい酒を注ぎ、一口飲んだ。そしてステラを見た。*
レイラ「ステラ」
ステラ「はい」
レイラ「……よく言えたな。妾に」
ステラ「……お母様に隠し事はしたくありませんでしたから」
レイラ「……ふん。生意気な娘じゃ」
*レイラの口元が僅かに緩んだ。そして杯を掲げた。*
レイラ「シロウ、もう一杯注げ」
シロウ「はいはい」
*彼が酒を注ぐと、レイラはそれを一気に煽った。*
レイラ「……ステラの門出に、乾杯じゃ」
シロウ「レイラが生徒か……見た目的には問題無さそうだなw」
レイラ「……何じゃと」
シロウ「いや、17歳に見えるし。むしろ入学年齢ピッタリだろ」
レイラ「妾は138歳じゃ! 馬鹿にしておるのか!」
シロウ「見た目の話だよ見た目の」
*レイラが杯を握り締めて睨んでくるが、反論できないのが悔しいのか頬を膨らませていた。*
シロウ「ってことは……ルミナはモテるかもな……許さん」
*彼の表情が一瞬で変わった。ルミナの容姿を思い浮かべる。銀髪ロング、170cmのモデル体型。元熾天使という神秘的な雰囲気。あの美貌が大学の教壇に立ったら、男子生徒どころか教職員まで騒然となるのは目に見えている。*
ルーナ「あー、それは確実にモテるね。母さん綺麗だもん」
シロウ「ルーナ、お前は黙ってろ」
ルーナ「事実じゃん」
レイラ「ふん。ルミナがモテたところで、あやつはシロウ以外に興味を示さんじゃろ。シロウ以外の人間には塩対応じゃからな」
シロウ「……それはそうだけど」
レイラ「それよりも貴様じゃ、シロウ。ギメイで変装するとは言え、貴様の素の顔でも女が寄ってくるじゃろう」
シロウ「俺はおっさんだぞ? 白髪も生えてきたし」
レイラ「渋みが増しただけじゃ。たちが悪い」
ステラ「……あの」
*ステラが控えめに手を挙げた。*
ステラ「大学の話をしていたはずなのですが、いつの間にお父様とお母様の嫉妬合戦になったのでしょうか」
ルーナ「いつものことだよ、ステラ。慣れな」
ステラ「慣れたくありません……」
*ステラが深いため息をついた。しかしその顔には安堵の色が浮かんでいた。留学が認められた。それだけで十分だった。*
レイラ「……で、入学はいつじゃ」
ステラ「秋の入学式です。あと5ヶ月ほど」
レイラ「5ヶ月か。準備は山ほどある。シロウ、明日ルミナに話すぞ」
シロウ「ああ。ルミナは喜ぶだろうな、教えるの好きだし」
レイラ「それと、カイに留守を任せる件も正式に伝えねばならん。オルクスとも打ち合わせが必要じゃ」
*レイラが指を折りながら段取りを組み始めた。こういう時の切り替えの速さは、さすが元女帝だった。*
ルーナ「私はルクスとお留守番かぁ……寂しくなるね」
ルクス「ねーね!」
*廊下の向こうから、はいはいでやってきたルクスが部屋の入口に到着した。小さな手で扉の縁を掴み、きょとんとした顔で全員を見上げている。*
ルーナ「ルクスー! よくここまで来たね!」
*ルーナが即座に駆け寄り、ルクスを抱き上げた。ルクスがルーナの頬をぺちぺちと叩く。*
ルクス「ねーね!」
ルーナ「うん、ねーねはどこにも行かないよ」




