302
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*誕生日の朝。彼は寝返りを打った。隣に何か温かいものがある。柔らかく、いい匂いがする。半覚醒の意識のまま、それを抱き寄せた。*
シロウ「……やわらかい……」
*彼の腕が細い腰に回り、顔が銀色の髪に埋まった。甘い匂い。シャンプーの残り香。彼は夢うつつのまま、すんすんと匂いを嗅ぎ、さらに強く抱きしめた。*
*ベッドの端っこではメアが丸くなって眠っている。そして彼が抱き枕にしているのは──*
*ルーナだった。*
*ルーナは薄いネグリジェ姿でベッドに横たわっていた。どうやら早朝にルクスの夜泣き対応を終え、ルミナに代わってルクスを寝かしつけた後、誕生日のサプライズの準備をしようと彼の部屋に忍び込んだらしい。手には小さなプレゼントの包みを握ったまま──そのまま寝落ちしたようだ。*
*そして今、彼に完全に抱きしめられている。*
ルーナ「……ん……」
*ルーナが薄目を開けた。視界に、彼の寝顔がある。近い。息がかかるほど近い。彼の腕が腰に回り、顔が自分の髪に埋まっている。*
ルーナ「……………………」
*3秒の沈黙。状況を理解するまでの時間だった。*
ルーナ「──っ!?」
*ルーナの全身が硬直した。しかし彼の腕はびくともしない。SSランク冒険者の無意識の腕力は、23歳の娘が抜け出せるものではなかった。*
シロウ「……ん……もうちょい……」
*彼が寝言を言いながら、さらにルーナを引き寄せた。ルーナの顔が彼の胸板に密着する。薄い寝巻き越しに、彼の体温と心臓の鼓動が伝わってくる。*
ルーナ「ぱ、パパ……起きて……起きてってば……!」
*小声で必死に呼びかけるが、彼は微動だにしない。むしろ彼の手がルーナの腰から背中へ滑り、抱きしめる力が強くなった。*
シロウ「……いい匂い……」
ルーナ「匂い嗅がないで! 嗅がないでってば!」
*ルーナの顔が沸騰したように赤い。心臓がうるさいくらいに鳴っている。逃げたい。でも逃げられない。そして──ほんの少しだけ、逃げたくない自分がいることに気づいて、さらにパニックになった。*
ルーナ(男性免疫がゼロの女に何してくれてんのパパ!!!)
*メアが端っこで「にゃ」と鳴いた。完全に他人事だった。*
*彼は銀髪を見て、寝ぼけた頭でルミナだと判断した。*
シロウ「ぎん……ルミナか……あと5時間……」
*5分ではない。5時間。完全に休日モードだった。*
*彼の足がルーナの足に絡みついた。いつもルミナにするように、逃がさないための無意識の拘束。そして神眼が自動で発動し、ルーナに消音魔法を付与した。寝ている時でも稼働する無駄に高性能なスキルの弊害だった。*
ルーナ「パパ! 待って! 私ルミ──」
*声が出ない。口が動いているのに、音が消えている。ルーナの目が見開かれた。*
ルーナ(消音!? 嘘でしょ!? 寝てるのに!?)
*彼がルーナの背中を大きな手でゆっくりと撫で始めた。肩甲骨から腰のくぼみまで、指先が薄いネグリジェ越しに辿る。ルミナにいつもしている、甘やかすような撫で方だった。*
シロウ「……ん……いい匂い……」
*彼の顔がルーナの首筋に埋まり、すんすんと匂いを嗅いだ。鼻先が耳の後ろに触れ、温かい吐息がルーナの肌をくすぐる。*
ルーナ(──っ!!!)
*ルーナの体が跳ねた。だが声は出ない。足は絡められて動けない。腕は彼の胸板に押し付けられている。薄い寝巻き越しに、彼の体温が直接伝わってくる。*
*彼の手が背中を撫で続ける。上から下へ。下から上へ。ゆっくりと、優しく。*
シロウ「……ルミナ……もうちょい……こうしてる……」
*彼がさらに体を密着させた。ルーナの胸が彼の胸板に押し付けられ、心臓の音が嫌でも伝わる。ルーナの心臓は爆発しそうなほど鳴っていた。*
ルーナ(やばいやばいやばいやばい! パパ完全に母さんと間違えてる! 私ルーナ! 娘! 血縁!)
*必死に口を動かすが、声は出ない。体を押し返そうとするが、SSランク冒険者の無意識の腕力に敵うはずもない。*
*彼の指がルーナの髪を梳いた。銀色の長い髪が指の間をさらさらと流れる。*
シロウ「……さらさらだな……好き……」
ルーナ(好きって言った! 寝言で好きって言った! 母さんに対してだけど心臓もたない!)
*ルーナの顔は既に限界を超えた赤さだった。耳も首も真っ赤。手に握りしめたプレゼントの包みがくしゃくしゃになっている。*
*そしてルーナは気づいてしまった。彼の寝巻きがはだけて、傷だらけの胸板が目の前にあることに。そして自分のネグリジェも、密着した拍子にずれて──*
ルーナ(見ない! 見ない! 考えない! 前世55年分の理性を総動員!)
*メアがベッドの端で「にゃあ」と欠伸をした。完全に傍観者だった。*
*時計の針は朝の6時を指していた。彼が宣言した5時間後は11時。あと5時間、この状態が続く。*
ルーナ(5時間……? 5時間これ……? 死ぬ…)
*30分後──彼は寝返りを打った。無意識の拘束が解け、ルーナの体が自由になった。*
シロウ「……あれ、朝か……」
*彼はのそりと上体を起こし、目を擦った。隣に銀髪の娘がいる。顔が真っ赤で、目に涙が溜まっていて、手にはくしゃくしゃになったプレゼントの包みを握りしめている。*
シロウ「ん? ルーナ……おはよ。どしたん?」
*完全に寝ぼけている。何も覚えていない。30分間の出来事が丸ごと記憶から消えていた。*
*ルーナは声が出ることを確認するように、一度口をぱくぱくさせた。消音魔法は彼が起きたことで解除されたらしい。*
ルーナ「……っ」
*ルーナがプレゼントの包みを彼の胸に押し付けた。ぐいぐいと。力強く。*
ルーナ「誕生日おめでとう! はいこれ! 以上! おしまい!」
シロウ「あ、ありがとう……」
*彼は受け取りながら首を傾げた。娘の様子がおかしい。顔は茹でダコのように赤く、目が泳いでいて、ネグリジェが微妙にずれている。*
シロウ「ルーナ、なんでここにいるんだ? あと服ずれてるぞ」
ルーナ「サプライズしようとして寝落ちしただけ! 服は! 自分で直す! 見ないで!」
*ルーナが慌ててネグリジェの肩紐を直し、ベッドから飛び降りた。足がもつれて一瞬よろけたが、すぐに体勢を立て直す。*
シロウ「おい、大丈夫か? 顔赤いけど熱あるんじゃ──」
ルーナ「熱はない! 別の理由! 聞かないで!」
*ルーナが扉に向かって早歩きで進む。途中で振り返り、まだ寝ぼけた顔の彼を見た。あの無自覚な顔。30分間自分を抱きしめて匂いを嗅いで「好き」とか言っておいて、何も覚えていないあの顔。*
ルーナ「……パパの馬鹿」
シロウ「え? 何かした?」
ルーナ「何もしてない! 何も! なかったの! 今朝は何も!」
*ルーナが扉をばたんと閉めて出て行った。廊下をどたどたと走る足音が遠ざかっていく。*
*メアがベッドの端で「にゃあ」と鳴いた。全てを見ていた唯一の目撃者だったが、猫なので何も語らない。*
シロウ「……なんだったんだ?」
*彼は首を傾げながら、くしゃくしゃになったプレゼントの包みを開けた。中には手編みのマフラーが入っていた。黒い毛糸に、銀色の糸で小さく星の模様が編み込まれている。*
シロウ「……へえ、手編みか。器用だな、あいつ」
*彼は少しだけ口元を緩めた。メアが膝に乗ってきて、マフラーの端をちょいちょいと前足で叩いている。*
シロウ「さて……今日は誕生日か。誰か覚えてくれてるかな」
*メアが「にゃ」と鳴いた。ルーナは覚えていた。くしゃくしゃのプレゼントと真っ赤な顔で。*
*彼はメアを肩に乗せ、城の廊下を歩いていた。朝日が高い窓から差し込み、石造りの壁に幾何学模様の影を落としている。*
シロウ「城、広いけどメアは迷子にならないか? 俺、神眼なかったら絶対迷う自信あるね」
メア「にゃー」
*メアは肩の上で尻尾をぴんと立て、きょろきょろと辺りを見回している。興味津々だが不安そうではない。彼の肩にしっかりと爪を立てている。*
*城は上から下まで入り組んでいた。建国から28年、増築を重ねた結果、本人ですら把握しきれない構造になっている。隠し通路、秘密の書庫、地下への階段──探索のしがいはあるが、それでも迷う。*
シロウ「ここ右に曲がると厨房で、左が……どこだっけ。あ、オルクスの執務室か」
*角を曲がったところで、メイド数人とすれ違った。彼の肩の上のメアを見て、目を丸くしている。*
メイド「あ、陛下! おはようございます! お誕生日おめでとうございます!」
シロウ「おう、ありがとう」
*メアがメイドたちに向かって「ふしゃっ」と威嚇した。シロウ以外の人間にはとことん警戒心が強い。*
シロウ「こら、メア。この子たちは味方だぞ」
メア「にゃ」
*不満そうに鼻を鳴らし、彼の首元に顔を押し付けた。メイドたちが「かわいい……」とひそひそ話している。*
*大広間に差し掛かった時、ふと足を止めた。普段は静かなはずの大広間の扉が僅かに開いており、中からがさがさと物音がする。複数の気配。何かを準備しているような慌ただしさ。*
シロウ「……ん?」
*神眼が自動で扉の向こうを捉えた。ルミナ、レイラ、リーシア、シルフィ──そしてカイやステラたちの気配もある。何かを飾り付けているようだ。*
ルミナの声「もうちょっと右! レイラ、そのバナー曲がってる!」
レイラの声「うるさいわね、妾は飾り付けなど得意ではないと言うておろう!」
リーシアの声「陛下がいらっしゃる前に完成させなければ……! 皆さん急いでください!」
ステラの声「パパ、まだ来てないよね? ゼノ、見張りちゃんとして!」
ゼノの声「……してるよ。セレス、そっち持って」
セレスの声「……ん」
*彼は足音を殺してその場を離れた。メアが不思議そうに首を傾げる。*
シロウ「……聞かなかったことにするか」
*口元が緩んだ。彼は大広間を迂回し、反対側の廊下へ歩き出した。メアの尻尾が彼の頬をぱたぱたと叩いている。*
シロウ「メア、知らないふりってのも大事なスキルなんだぞ。覚えとけ」
メア「にゃ?」
*猫には通じなかった。*
*目隠しをされたまま、彼は食卓の椅子に座らされていた。布越しに光が漏れている。複数の呼吸音。誰かが小声で「しーっ」と言っている。足音がばたばたと慌ただしい。*
*窓際ではメアが日向ぼっこしながら「にゃ」と欠伸をしている。完全に我関せずだ。*
シロウ(さっき全部見えちゃったし……神眼のせいで気配も声も全部わかるし……ルミナが左、レイラが右、正面にステラ……後ろにゼノとセレス……リーシアが扉の前……カイが奥……ルーナは……少し離れた位置か。まだ顔赤いな)
*彼は内心で苦笑しながら、どう反応すべきか必死に考えていた。45年の人生経験と20年の冒険者生活で培った「知らないふり」スキルの見せ所だ。*
ルミナ「せーの!」
全員「「「お誕生日おめでとう!」」」
*目隠しが外された。目の前にはケーキ、飾り付けられた食堂、そして家族全員の笑顔が広がっていた。天井からは色とりどりの飾りが垂れ下がり、テーブルには豪華な料理が並んでいる。バナーには「HAPPY BIRTHDAY」と書かれていた、きっとルーナだろう。レイラが飾った部分だけ少し曲がっている。*
シロウ「おお……!」
*驚いた顔を作った。我ながら名演技だと思った。*
ステラ「パパ、驚いた!? サプライズだよ!」
シロウ「ああ、全然気づかなかった。ありがとう」
レイラ「ふん、妾が飾り付けてやったのだ。感謝するがよい」
ルミナ「レイラの部分だけ曲がってたけどね」
レイラ「うるさい!」
*ゼノが本を閉じて立ち上がり、セレスと一緒に小さな箱を差し出した。*
ゼノ「父さん、誕生日おめでとう。これ、セレスと一緒に選んだ」
セレス「……おめでとう」
*カイが後ろから歩み寄り、彼の肩をぽんと叩いた。*
カイ「父さん、45歳か。まだまだ若いよ」
シロウ「白髪生えてきてんだぞ、俺」
カイ「似合ってるって。渋みが増した」
*リーシアが涙ぐみながらケーキのロウソクに火を灯している。45本。多い。*
リーシア「陛下の御誕生日を祝えるこの幸福……リーシアは感涙に咽びそうでございます……!」
シロウ「リーシア、ロウソク多くない?」
リーシア「1本たりとも省略できません! 陛下の生きてこられた年月、全てが尊いのですから!」
*ルーナは隅の方で壁に寄りかかっていた。まだ耳が赤い。目が合うとさっと逸らされた。*
シロウ(……まだ引きずってるな)
ルミナ「お兄ちゃん、早くロウソク消して! ルクスが火に手を伸ばしちゃう前に!」
*ルミナの腕の中でルクスが「あうー」とロウソクの炎に手を伸ばしている。光の神の生まれ変わりは光が好きらしい。*
シロウ「よし──」
*彼は45本のロウソクの前で息を吸った。願い事は特にない。今、目の前にあるこの光景が、既に十分すぎるほどの贈り物だ。*
*彼はロウソクの火を一息で消した。45本全て。SSランク冒険者の肺活量は伊達ではないが、ケーキを吹き飛ばさないよう加減するのが一番難しかった。*
シロウ「みんな、ありがとう。嬉しいよ」
*目頭が少し熱くなった。だが泣くほどではない。45年も生きていれば、涙腺の制御くらいはできる。*
*プレゼントが次々と手渡された。*
ゼノ「父さん、これ。僕とセレスから」
セレス「……ん」
*小さな箱の中には、精巧な羽根ペンが入っていた。ゼノが選んだのだろう。実用的だ。*
ステラ「パパ! これ、ステラが選んだんだよ!」
*ステラからは革製の手帳だった。表紙にアストライアの紋章が刻印されている。*
レイラ「ふん、妾からはこれだ。感謝するがよい」
*レイラが差し出したのは上質な黒い手袋。裏地に魔力伝導素材が編み込まれている。実戦でも使える代物だ。*
ルミナ「お兄ちゃん、はい。ルクスと一緒に選んだの」
*ルミナの腕の中でルクスが「あうー」と手を伸ばした。包みの中には本が一冊。表紙には『世界樹と精霊の系譜』と書かれている。*
シロウ「これ、結構な希少本じゃないか?」
ルミナ「お兄ちゃん、最近書庫で読む本なくなったって言ってたから」
カイ「父さん、俺からはこれ」
*カイが渡してきたのは小瓶に入った琥珀色の液体。嗅ぐと芳醇な香りが鼻を突いた。*
カイ「東の王国で見つけた蒸留酒。40年もの。父さんの歳に近いやつ」
シロウ「気が利くな。今夜飲むか」
*リーシアが涙を拭きながら銀のトレイを差し出した。*
リーシア「陛下、メイド一同からでございます。お使いいただければこれ以上の幸福はございません……!」
*中身は日用品一式だった。髭剃り、櫛、石鹸。どれも上質で、リーシアらしい実用性重視の選択だ。*
*テーブルに並んだプレゼントを見渡す。ペン、手帳、手袋、本、酒、日用品、そしてルーナの手編みのマフラー。*
*ルーナは相変わらず隅の方にいた。壁に背を預け、腕を組んでいる。目が合った。*
ルーナ「……何」
シロウ「マフラー、大事にするよ」
*ルーナの耳がぴくっと動いた。視線を逸らし、小さく呟いた。*
ルーナ「……別に。編み物の練習で余っただけだし」
ステラ「ルーナ姉、顔赤いよ?」
ルーナ「赤くない!」
*窓際でメアが「にゃあ」と鳴いた。日向ぼっこから目を覚ましたらしく、ぴょんとテーブルに飛び乗り、ケーキのクリームに鼻を近づけている。*
シロウ「メア、それは駄目だ」
メア「にゃ……」
*しょんぼりと耳を倒し、彼の膝の上に移動した。彼はメアの頭を撫でながら、賑やかな食卓を見回した。*
*ケーキを切り分け、みんなで食べ始めた。賑やかな食卓。ステラがクリームを鼻につけてカイに笑われ、ゼノが本を読みながら器用にフォークを動かし、セレスが黙々と食べている。ルクスはルミナの膝の上で「あうー」と手を伸ばしている。*
*しかしルーナだけが隅の席で黙ったままだった。フォークでケーキをつつくだけで、一口も食べていない。目が合うと逸らされる。今朝の一件を引きずっているのは明白だった。*
*彼はケーキの皿の横に、余った生クリームのボウルを見つけた。*
シロウ「ルーナ、生クリーム好きだろ? 食べさせてやるよ」
ルーナ「え? 別にいら──」
*べちゃ。*
*彼は素手で生クリームを掴み、ルーナの顔に真正面から貼り付けた。鼻から頬にかけて、白いクリームがべったりと広がる。*
*食卓が一瞬静まり返った。*
ルーナ「…………」
*ルーナが固まった。白いクリームが鼻先から垂れている。銀髪にもクリームがついている。*
ステラ「パパ……やった……」
ゼノ「……本から目を離す案件だ」
セレス「……あ」
*3秒の沈黙。そしてルーナがゆっくりと顔を上げた。*
ルーナ「パパ……?」
*その声は静かだった。静かすぎた。笑っているのに目が笑っていない、前世のブラック企業で鍛えた「般若の微笑み」だった。*
ルーナ「……45歳にもなって、娘の顔にクリーム塗りつけるの、楽しい?」
シロウ「いつまでもしょげてるから悪い」
*ルーナの目が見開かれた。バレていた。しょげていたことが、バレていた。*
ルーナ「……っ」
*ルーナの手がボウルに伸びた。残りの生クリームを鷲掴みにする。*
ルーナ「やったなパパァ!」
*生クリームが彼の顔面に直撃した。鼻から顎にかけて白く染まる。*
カイ「あーあ、始まった」
レイラ「食べ物で遊ぶな馬鹿共!」
ステラ「ステラもやるー!」
*ステラがクリームを掴んでカイの顔に投げた。カイが避け、その先にいたリーシアに直撃した。*
リーシア「ひゃっ!? す、ステラ様!?」
ルミナ「ちょっと、ルクスにかからないようにして!」
*食卓は一気にカオスと化した。クリームが飛び交い、笑い声が響く。ゼノがセレスを盾にし、セレスが無表情のままゼノの頭にクリームを乗せている。*
*その騒ぎの中、彼はクリームだらけの顔のまま、隣に来たルーナを見た。ルーナもクリームだらけだ。でも、さっきまでの強張った表情は消えていた。*
ルーナ「……パパ、ほんと馬鹿」
シロウ「お前が黙ってるより、こっちのがいいだろ」
*ルーナが唇を噛んだ。それから、ふっと笑った。*
ルーナ「……うん。ありがと」
*窓際でメアが「にゃあ」と鳴いた。飛んできたクリームの欠片をぺろりと舐めている。*
*彼はルミナとルクス、そして子供たちに素早く結界を付与した。クリームの弾丸から守るための、父親としての最低限の配慮だ。*
シロウ「まぁまぁ、そうカッカしないの。レイラちゃん♪」
レイラ「ちゃん付けするな! そもそも食べ物で遊ぶなと妾は──」
*べちゃああ。*
*彼の両手いっぱいの生クリームがレイラの顔面に叩きつけられた。しかもそれだけでは終わらない。彼の手がレイラの頬を包むように回り、揉み込むようにクリームを塗りたくった。鼻、額、顎、耳──丁寧に、まんべんなく。*
レイラ「んむっ!? ちょ、やめ──んぶっ! 口に入った! 口に入ったぞ馬鹿者!」
*レイラが彼の手首を掴もうとするが、クリームで滑って掴めない。小柄な体が椅子の上でじたばたと暴れる。*
シロウ「ほら、ここも塗り残しがあるぞー」
レイラ「塗り残しとかそういう問題ではない! 妾の顔で何をしておる!」
*彼が手を離すと、レイラの顔は完全にクリームで真っ白だった。琥珀色の目だけがぎらりと光っている。黒髪にもクリームが絡みつき、怒りで肩が震えている。*
レイラ「シロウ……お前……」
*低い声だった。137年の生涯で培った威圧感が滲み出ている。しかし、クリームまみれの顔では全く怖くない。*
ステラ「ママ、顔真っ白! お化けみたい!」
レイラ「お化けではない!」
カイ「母さん、なんか可愛いな」
レイラ「可愛いと言うな!」
*ルーナがクリームだらけの顔のまま、ぷっと吹き出した。*
ルーナ「レイラ母さん……白塗りの妖怪みたい……」
レイラ「ルーナ、お前もか!」
*レイラがテーブルの上のクリームに手を伸ばした。復讐の炎が琥珀の目に宿っている。*
レイラ「覚悟しろシロウ! 妾を誰だと思っておる!」
*クリームの塊が彼の顔面に直撃した。続けて二発目、三発目。レイラは戦闘の才能をクリーム投げに全振りしていた。*
シロウ「ぶっ──おい、目に入った!」
レイラ「知るか! 自業自得だ!」
*食卓は完全な戦場と化していた。結界に守られたルミナがルクスを抱きながら呆れた顔で眺めている。ルクスだけが「あうー」と手を叩いて楽しそうだった。*
ルミナ「……お兄ちゃんが一番子供だよね」
*メアが窓際から「にゃあ」と鳴いた。床に落ちたクリームをぺろぺろと舐めている。猫だけが得をしていた。*




