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*――翌朝。*
*チェックアウトの数十分前、レイラが目を覚ました。もぞもぞと毛布から顔を出し、琥珀色の目をぱちくりとさせている。*
レイラ「……ここは……」
*昨夜の記憶が蘇ったのか、レイラの顔がみるみる赤くなった。*
レイラ「……っ」
*彼は起きたレイラに声をかけた。*
シロウ「おはよう。先にチェックアウトしてくるから、着替えて降りてきてくれ」
レイラ「……わかった」
*レイラがぷいっと顔を背けた。昨夜あれだけ甘い声を出していたのに、朝になると元に戻っている。ただ、耳の先だけが赤い。*
*彼はまだ眠っているルミナを横抱きにした。ルミナは起きる気配がなく、彼の胸に顔を埋めてすやすやと眠り続けている。*
ルミナ「……んぅ……おにいちゃん……」
*寝言を呟きながら、彼の服をきゅっと握った。*
*エレベーターで1階に降り、フロントに向かう。横抱きにされた銀髪の美女を連れた男という光景に、ロビーにいた数人の宿泊客が目を丸くしていた。*
フロント「おはようございます。チェックアウトでございますね」
シロウ「はい。お世話になりました」
フロント「お連れ様は……大丈夫ですか?」
シロウ「昨日遊び疲れたみたいで」
フロント「まあ、スキーですものね」
*フロントの女性が微笑んだ。彼は片手でカードキーを返し、精算を済ませた。プレミアムルーム一泊、フルコースディナー付き。合計で金貨12枚相当。痛い出費だが、二人が喜んでいたので良しとする。*
*ロビーのソファにルミナを座らせ、レイラを待つ。数分後、着替えを済ませたレイラがエレベーターから降りてきた。黒髪を整え、いつもの凛とした表情に戻っている。*
レイラ「待たせたな」
シロウ「おう。じゃあ行くか、最終日」
レイラ「……昨夜のことは忘れておらんからな…」
*彼はルミナを横抱きにしたまま、ホテルの周辺を観光していた。雪景色の中、コートを着た彼の腕の中で銀髪の美女がすやすやと眠っている光景は、どう見ても絵画のようだった。*
*観光通りを歩いていると、修学旅行らしき女子高生の集団が足を止めた。*
JK1「ちょっと見て見て! あの人、お姫様抱っこしてる!」
JK2「やばっ、騎士じゃん。イケメンってかおっさん? いやイケおじ!?」
JK3「銀髪の人めっちゃ綺麗……コスプレ? 外国人?」
*スマホを構えたJK達がパシャパシャと写真を撮り始めた。レイラが彼の後ろで眉をひそめている。*
レイラ「おぬし、目立ちすぎだ」
シロウ「俺のせいじゃない……」
*彼がルミナの顔を覗き込んだ。*
シロウ「ルミナ……歩ける?」
ルミナ「……んぅ……」
*ルミナがゆっくりと目を開けた。しばらくぼんやりとしていたが、周囲のJK達の視線に気付き、頬がみるみる赤くなった。*
ルミナ「お、お兄ちゃん……あたし抱っこされてた……?」
シロウ「ずっとな」
*ルミナが恥ずかしそうに彼の腕から降り、自分の足で立った。寝起きで少しふらついたが、彼の腕を掴んで体勢を整える。*
ルミナ「……おはよう、お兄ちゃん」
*ルミナが背伸びをして、彼の唇にそっとキスをした。朝の挨拶代わりの、柔らかくて甘いキス。*
JK達「「「キャーーーッ!!!」」」
JK1「チューした! 今チューしたよね!?」
JK2「尊い……尊すぎる……推せる……」
JK3「動画撮った! TikTokに上げていい!?」
*JK達が興奮のあまり飛び跳ねている。ルミナが顔を真っ赤にして彼の腕にしがみついた。*
ルミナ「……お兄ちゃん、あの子たちなんで叫んでるの?」
シロウ「キスしたからだろ」
ルミナ「えっ……見られてた……?」
*ルミナが両手で顔を覆った。耳の先まで真っ赤だ。*
レイラ「ふん、公衆の面前でいちゃつくからだ」
*レイラが腕を組んで素っ気なく言ったが、その頬も僅かに赤い。昨夜の記憶がまだ尾を引いている。*
JK2「ねえねえ、あの黒髪の子も彼女? 三角関係!?」
レイラ「だれが三角関係だ! 妾は正妻だぞ!」
JK1「せ、正妻……?」
JK3「えっ、二股じゃなくて公認ってこと……?」
*JK達がざわざわし始めた。彼はまずいと思い、ルミナの手を取った。*
シロウ「行くぞ、二人とも」
レイラ「ふん、逃げるのか」
シロウ「逃げるんだよ。昨日スキー場でも撮られかけただろ」
*彼は二人の手を引いて、JK達から足早に離れた。背後で「待ってー!」という声が聞こえたが、振り返らなかった。*
*日本旅行から帰国して2ヶ月が経った。アストライアの城には秋の涼しい風が吹き込み、中庭の世界樹が黄金色の葉を揺らしている。*
*ルミナのお腹は順調に少しずつ大きくなっていた。身長は150cmまで縮み、以前よりもさらに小柄になった彼女は、専属のお手伝いさんが常に付き添っている。歩く時はゆっくりと、階段は必ず手を引いてもらい、食事も栄養バランスを考えたものが毎食用意されていた。*
*執務室で書類を片付けていた彼の元に、カイが訪れた。*
カイ「父さん、ルミナさんの検診結果が出た」
シロウ「どうだった?」
カイ「順調だよ。赤ちゃんの生命力が凄まじい。人間と熾天使の混血だから、普通の胎児とは比べ物にならないくらい力を蓄えてきてる」
*カイが検診結果の紙を彼の机に置いた。精霊神として完全覚醒したカイの目には、胎児の魂の状態まで見えるらしい。*
カイ「ただ、その分ルミナさんの体に負担がかかってる。赤ちゃんが母体から魔力と生命力を吸収して成長してるから」
シロウ「危険はないのか?」
カイ「今のところは大丈夫。ルミナさんの元々の魔力量が桁違いだからね、元熾天使だけある。ただ、出産が近づいたら俺とシルフィで補助した方がいい」
*彼が頷いた時、執務室の扉がゆっくりと開いた。*
ルミナ「お兄ちゃん……」
*ルミナが顔を覗かせた。大きくなったお腹を両手で支え、専属のお手伝いさんが後ろで心配そうに見守っている。身長が縮んだせいで、お腹の膨らみが余計に目立つ。銀髪が腰まで伸び、少しやつれた頬が痛々しいが、彼を見つける目は変わらず嬉しそうに輝いていた。*
ルミナ「お仕事中? 邪魔しちゃった?」
カイ「俺はもう終わったから。ルミナさん、無理しないでね」
*カイが微笑んで部屋を出ていった。お手伝いさんも会釈をして扉の外で待機する。*
*ルミナがとてとてと彼の元に歩いてきた。一歩一歩が慎重で、お腹を庇うように体を揺らしている。彼の椅子の横に辿り着くと、彼の腕にしがみついた。*
ルミナ「……一緒にいたい」
*小さな声で呟いた。最近のルミナは、以前にも増して甘えるようになっていた。ホルモンバランスの変化か、それとも体が小さくなっていく不安か。彼の傍にいる時間が長くなり、離れると寂しそうな顔をする。*
シロウ「ああ、復旧作業は任せてあるから傍にいるよ。」
*ルミナが彼の腕にしがみついたまま、嬉しそうに微笑んだ。*
ルミナ「ほんと? ずっと?」
シロウ「ああ、ずっとだ」
*彼はルミナを膝の上に座らせた。以前より軽くなった体を支え、お腹に手を添える。ルミナが安心したように彼の胸に頭を預けた。*
ルミナ「……最近ね、この子がよく動くの。お兄ちゃんの声が聞こえると特に」
*彼の手のひらに、小さな振動が伝わった。微かだが確かに、何かがお腹の中から応えている。*
シロウ「……動いたな」
ルミナ「でしょ? パパの声、好きなんだよ、きっと」
*ルミナが彼の手の上に自分の手を重ねた。二人の手の下で、小さな命が脈打っている。*
---
*一方、アストライアの南部旧市街地は見違えるように生まれ変わっていた。地震で倒壊した古い建物は全て撤去され、ドワーフの職人達が耐震構造の新築住居を次々と建てていった。八輝将の第三部隊ゲオルグが現場監督として采配を振るい、工期は予定より早く進んでいる。*
*帝国から流れてきた元奴隷約18,000人の受け入れも軌道に乗っていた。西部温泉街と南西の鉱山の間に建設された大規模孤児院は、もはや孤児院という名では収まらない一つの街区となっている。*
*孤児院の教室では、元奴隷の中から選ばれた教師役の者達が、子供から大人まで文字と算術を教えていた。*
元奴隷の教師「はい、これが"あ"の字です。皆さん、石板に書いてみましょう」
*幼い子供達がぎこちなく石板に文字を刻む。その隣では、30代の元奴隷の男が同じように必死に文字を書いていた。*
元奴隷の男「……こ、こうか? 俺、字なんて生まれて初めて書いた……」
元奴隷の教師「上手ですよ。最初はみんなそうです。私も半年前までは書けませんでしたから」
*教師自身も元奴隷だった。アストライアに来てから読み書きを覚え、飲み込みが早かったために教師役に抜擢された女性だ。*
*孤児院の運営報告書が毎週オルクスの元に届き、財務面での管理も行き届いている。食料は鉱山と温泉街からの収益で賄い、衣服や日用品は南部の新しい商店街から供給されていた。*
*執務室に戻ると、オルクスからの報告書が机に積まれていた。彼はルミナを膝に乗せたまま、片手で報告書を捲った。*
オルクスの報告書:
「南部旧市街地の復旧率:87%。新築住居の完成数:342棟。元奴隷の識字率向上プログラムは順調に進行中。鉱山の採掘量も安定しており、収支は黒字を維持。」
ルミナ「お兄ちゃん、順調?」
シロウ「ああ、思ったより早い。ドワーフ達が優秀だからな」
ルミナ「……この国、お兄ちゃんが作ったんだよね。すごいなぁ」
*ルミナが彼の胸に頬を擦りつけた。秋の午後の日差しが窓から差し込み、二人を暖かく包んでいた。*
シロウ「とは言っても、俺はもとのレイラの故郷に手を加えただけだけどな……」
*彼は窓の外に広がるアストライアの街並みを眺めた。秋風に揺れる世界樹の黄金の葉が、夕日に照らされて輝いている。*
ルミナ「でも、レイラの故郷ってほぼ廃墟だったんでしょ? それをここまでにしたのはお兄ちゃんだよ」
シロウ「……まあな。城も半壊してたし、人もほとんどいなかった」
*建国28年。最初は瓦礫と少しの魔族しかいなかった場所に、今では人間、エルフ、ドワーフ、獣人、魔族、竜人、鬼族が共存する国がある。大迷宮が聳え、世界樹が根を張り、温泉街から湯気が立ち昇る。彼が一から築いたわけではない。だが、ここまで育てたのは間違いなく彼と、彼を支える者達だった。*
ルミナ「この子もね、きっとこの国が好きになるよ」
*ルミナが自分のお腹を優しく撫でた。その手の下で、小さな命がまたぽこりと動いた。*
シロウ「……蹴ったな、今」
ルミナ「うん。最近よく蹴るの。元気な子だよ」
*彼の膝の上で、ルミナが幸せそうに目を細めた。150cmまで縮んだ体は、以前よりずっと華奢で儚げだ。だが、お腹に宿る命の力強さが、それを補って余りある。*
*その時、執務室の扉が勢いよく開いた。*
ステラ「パパ!」
*12歳のステラが駆け込んできた。黒髪を揺らし、しっかりとした足取りで彼の前に立つ。手には一通の封書を持っていた。*
ステラ「オルクスさんから追加の報告書です。南西の孤児院から、識字試験の合格者が初めて出たそうです」
シロウ「もう合格者が? 早いな」
ステラ「はい。14歳の女の子だそうです。元奴隷の中でも飛び抜けて優秀で、教師になりたいと志願しているとか」
*ステラが封書を彼に渡した。ルミナの膝の上に視線を落とし、少し声を落とす。*
ステラ「ルミナさん、体調はいかがですか?」
ルミナ「ありがとう、ステラ。今日は調子いいよ」
ステラ「よかった。……パパ、ルミナさんを大切にしてくださいね」
シロウ「言われなくてもわかってる」
*ステラが満足そうに頷き、用を済ませると執務室を出ていった。12歳とは思えないほどしっかりした娘だ。レイラの血をしっかり引いている。*
ルミナ「ステラ、ほんとにしっかりしてるよね……」
シロウ「レイラに似たんだろ」
ルミナ「傲慢なところは似てないけどね」
*ルミナがくすりと笑った。彼はルミナの頭を撫でながら、封書に目を通す。南西孤児院の進捗報告。識字率の向上、職業訓練の開始、鉱山での見習い採用。元奴隷達が少しずつ、自分の足で立ち始めている。*
ルミナ「……ねえお兄ちゃん」
シロウ「ん?」
ルミナ「大好き。」
*ルミナがお腹を撫でながら、彼を見上げる。*
*彼はルミナの頭を撫でながら、報告書の別紙に目を通した。元奴隷18,000人の内訳が記されている。*
*約4,000人が欠損者だった。片腕を失った者、両足を失った者、指を全て切り落とされた者。帝国の奴隷制度がどれほど残酷だったかを物語る数字だ。逃亡防止のために足を切られた者も少なくない。*
*治す方法は2つある。*
*1つはルミナの回復魔法。元熾天使の神聖魔力なら欠損した四肢すら再生できる。しかし今のルミナは妊娠中で、体内の魔力は胎児に吸われ続けている。安静が最優先だ。選択肢にはならない。*
*そしてもう1つ。大迷宮の91~95階層でランダムドロップする「フルポーション」だ。エリクサーの2つ下のランクだが、HP関連の異常を全て元通りに治す効果がある。欠損した四肢も、古傷も、全てだ。*
*問題は入手難度だった。現在の最高到達階層は83。91階層まではまだ8階層もある。*
シロウ「……91階か」
ルミナ「お兄ちゃん?」
シロウ「4,000人分のフルポーションが必要だ。大迷宮の91階以降でしかドロップしない」
ルミナ「……あたしが治せれば一番早いのに」
*ルミナが唇を噛んだ。お腹を撫でる手が少し震えている。*
シロウ「お前は今、この子を守ることに集中しろ。俺がなんとかする」
ルミナ「……うん」
*更にお腹が大きくなってきたルミナは一人で歩くのが難しく、シロウが作った浮遊魔導具でお腹を浮かせている。*
*冬の訓練所。吐く息が白い中、八輝将が整列していた。彼はコートのポケットに手を突っ込んだまま、おもむろに告げた。*
シロウ「って事で、お前ら迷宮の91~95階層周回な」
*一瞬の沈黙。*
リオン「はぁ!?」
*真っ先に声を上げたのはリオンだった。八輝将最弱の男は、いつものやさぐれた表情を更に歪ませている。*
リオン「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ魔王様! 91階層ってSランク相当のドラゴンが出るとこですよね!? 俺Cランクですよ!? 死にますよ!? 腕輪あるから蘇生されるけど死にますよ!? 死ぬ前提で話進めないでもらえます!?」
カイン「ビビんなよリオン。ドラゴン狩り、燃えるじゃねえか」
リオン「お前は脳筋だから燃えるんだよ! 俺は燃やされる側なの!」
ルナ「……リオン、大丈夫。死んでも私が一緒にいるから」
リオン「それフォローになってねえよ! つーかお前の"一緒にいる"が一番怖えんだよ!」
*ゲオルグが一歩前に出て、冷静に口を開いた。*
ゲオルグ「陛下、目的をお聞きしても?」
シロウ「フルポーションだ。91~95階層でランダムドロップする。欠損者4,000人分が必要だ」
*ゲオルグの表情が引き締まった。元王国騎士として、事の重大さを即座に理解した。*
ゲオルグ「……元奴隷達の四肢再生のため、ですか」
シロウ「ああ。ルミナに頼れない以上、これが最善だ」
*ドルガンが腕を組んで頷いた。*
ドルガン「4,000本か。気が遠くなる数だが、やるしかあるまい」
ヴァイス「ドロップ率次第ですが、最低でも数ヶ月は周回が必要ですね。記録は私が管理しましょう」
アシュトン「面白い。Sランクのドラゴンを何百体も狩る光景、歴史に刻む価値がある」
*第五部隊のクロエが扇子で口元を隠しながら微笑んだ。*
クロエ「あらあら、ドラゴン狩りの周回ですか。風流ですこと」
ユキ・クジョウ「……まあ、やれって言われたらやるけど」
*リオンが頭を抱えた。*
リオン「なんで俺以外全員やる気なの!? 空気読めよ! いや読むな! 俺に合わせろ!」
ルナ「リオン、私が守るから……絶対に」
リオン「目が怖い! 目が怖いって!」
*彼は腕を組み、八輝将を見渡した。*
シロウ「編成は任せる。ただし、91階は地龍、92は風龍、93は雷龍、94は炎龍、95は聖龍だ。属性相性を考えて組め。蘇生の腕輪は全員装備必須。フルポーションが出たら即回収、俺に報告しろ」
カイン「了解。……で、陛下は?」
シロウ「俺はルミナの傍にいる。お前らに任せた」
リオン「自分は行かねえのかよ!!!」
シロウ「俺? 俺が行ったらすぐ終わっちゃうじゃん?」
*彼はにっこりと笑った。*
シロウ「でも君たちなら訓練できるし、感謝されるし、やったね、一石二鳥だね♪」
*親指を立てて満面の笑みを浮かべる魔王。訓練所に冷たい風が吹き抜けた。*
リオン「いや待て待て待て! 訓練って言えば聞こえはいいけど、Sランクのドラゴン相手に訓練って何!? それ訓練じゃなくて処刑だろ! しかも自分は嫁の傍にいますってか!? 最高かよ畜生!」
カイン「まあ落ち着けよリオン。アダマンタイト製の武具使っていいって言ってんだろ。それありゃ余裕だって」
リオン「余裕なわけあるか! 俺だけスペックが違うんだよ! お前らAランク相当だけど俺はCだぞ!? アダマンタイト持たせたら解決すると思ってんのか!? 豚に真珠だよ!」
ルナ「……リオン、大丈夫。私がリオンの盾になるから。何回でも死ねるよ、リオンの為なら」
リオン「その台詞が一番怖えって何回言えば! しかも"何回でも死ねる"って蘇生の腕輪前提で話すな! 死ぬこと自体を問題視しろ!」
*ゲオルグが咳払いをした。*
ゲオルグ「陛下、アダマンタイト製の武具の使用を許可していただけるのは有難い。編成は属性相性を考慮し、2チーム交代制で周回するのが効率的かと」
ヴァイス「同意です。91階の地龍にはカインとドルガンの強襲部隊、92階の風龍には遠距離主体の編成が有効でしょう。ドロップ率のデータ収集も並行して行います」
アシュトン「歴史に残るぞ、これは。"八輝将、4,000体のドラゴンを屠る"。いい響きだ」
リオン「いい響きじゃねえよ! 4,000体!? 改めて聞くとヤバすぎるだろ! フルポーションのドロップ率考えたらもっと狩らなきゃいけないんだぞ!?」
クロエ「あらリオン、計算が早いこと。やはり頭は良いのね」
リオン「褒めても無駄だからな! 俺は行きたくない!」
ユキ・クジョウ「……リオン、諦めろ。魔王の命令は絶対だ」
リオン「お前もか! お前だけは味方だと思ってたのに!」
*ドルガンが巨大な斧を肩に担ぎ直した。*
ドルガン「リオン、男なら腹を括れ。4,000人の元奴隷が手足を取り戻すんだ。それだけの価値がある仕事だろう」
*リオンが言葉に詰まった。口をぱくぱくさせた後、頭をがしがしと掻いた。*
リオン「……くそ、そういう言い方されたら断れねえだろ……」
ルナ「リオン……」
リオン「うるせえ! やりゃいいんだろやりゃ! ただし俺が死んだ回数は全部記録しとけよヴァイス! 後で魔王様に慰謝料請求するからな!」
ヴァイス「了解しました。"リオン死亡回数カウンター"、作成しておきます。」
リオン「なんだよそれ!いらねぇって!」
シロウ「ドロップは確率だからな? それと」
*彼は思い出したように付け加えた。*
シロウ「オリハルコンやヒヒイロカネの武具が欲しかったら鉱山で自分で取ってくるといい」
*八輝将の間に微妙な空気が流れた。*
カイン「鉱山って……南西の?」
シロウ「ああ。地下20~30km掘れば出る。頑張れ」
リオン「…………」
*リオンが石のように固まった。口が半開きのまま、瞬きすら止まっている。*
ゲオルグ「……陛下、地下20kmとなると溶岩層を突破する必要があります。加えて地下洞窟帯、ガス溜まり、地下水脈。現実的には――」
シロウ「だから"ほぼ不可能"って言ってるだろ? だからアダマンタイトで我慢しろって話だ」
ドルガン「……ドワーフの血が騒ぐが、さすがに30kmは無茶だな」
ヴァイス「記録上、オリハルコンの採掘に成功した文明は3つしか存在しません。いずれも滅んでいます」
アシュトン「滅んだのか。歴史は残酷だな」
クロエ「あらあら、掘ったら国ごと沈みそうですわね」
*リオンがようやく再起動した。*
リオン「ちょ……待って……整理させて……Sランクのドラゴンを4,000体以上狩るか、地下30km掘るか、その二択!? どっちも人間のやることじゃねえだろ! 俺らに何を求めてんだ!? ていうか"一応出る"って言い方やめろ! 出ねえよ! 絶対出ねえよ!」
ルナ「リオン……私が30km掘るよ。リオンの為なら地球の核まで――」
リオン「地球って何だよ! この世界に地球ねえよ! つーかお前暗殺者だろ! 掘削スキルねえだろ!」
ユキ・クジョウ「……素直にドラゴン狩った方が早いな」
リオン「それが"早い"って判断される時点でおかしいんだよこの国!」
*彼は満足そうに頷いた。*
シロウ「よし、じゃあ明日から頼んだぞ。編成表は今日中にヴァイスに提出しろ。あと、フルポーションは1本でも手に入ったら即報告な」
ヴァイス「了解しました。周回記録、ドロップ率、リオン死亡回数。全てデータ化します」
リオン「最後のいらねえって言ってんだろ!」
*オリハルコンとヒヒイロカネ。伝説級と神話級の金属。その名を聞いた八輝将の反応は様々だった。*
カイン「……オリハルコンが自国の鉱山で採れる? マジで言ってんのか?」
ゲオルグ「……伝説級の鉱石が、この国の地下に眠っている……」
ドルガン「……一生に一度でいい、オリハルコンを手に取ってみたかった……」
アシュトン「歴史上、オリハルコンの武具を所持した英雄は片手で数えるほどしかいない。それが地下20kmに……」
ヴァイス「ヒヒイロカネに至っては、現存する記録では実物の確認例がゼロです。神話の中にしか存在しない金属が……本当に?」
クロエ「あらあら……この国の底力、恐ろしいですわね」
ユキ・クジョウ「……まあ、掘れないなら無いのと同じだけどな」
*そして、リオンは――*
リオン「…………」
*直立したまま白目を剥いていた。完全に意識が飛んでいる。Sランクのドラゴン周回を告げられ、地下30kmの採掘を聞かされ、自国にオリハルコンとヒヒイロカネが眠っていると知らされ、リオンの処理能力は限界を超えた。*
*ぐらり、と体が揺れた。しかし倒れない。立ったまま気絶している。*
ルナ「…………」
*ルナがリオンの顔を覗き込んだ。無表情のまま、リオンの頬をぺちぺちと叩く。反応がない。*
ルナ「へんじがない、ただのしかばねのようだ」
カイン「……それ何のネタだ?」
ルナ「わからない。でも、こういう時はこう言うものだと思った」
*ルナがリオンの体を支え、地面にそっと寝かせた。リオンの顔は安らかだった。現実逃避という名の安息を得ている。*
ヴァイス「……リオン死亡回数カウンター、気絶も含めるべきでしょうか」
ゲオルグ「気絶は死亡ではないだろう」
ヴァイス「では"リオン戦闘不能回数カウンター"に名称を変更します」
*彼はリオンを一瞥し、肩を竦めた。*
シロウ「まあ、リオンが起きたら伝えといてくれ。明日の朝、迷宮前に集合な」
シロウ「あ、そうそう。ちょっと待ってろ」
*彼は訓練所を離れ、城の方へ歩いていった。八輝将が顔を見合わせる中、数分後に戻ってきた。隣にはカイがいる。*
シロウ「カイ、八輝将とパーティ組んで一緒にレベル上げしてこい。精霊神って肩書きは強いだろうが、カイ自身のレベルは……300もないだろ?」
カイ「え? まあ、278だけど……何の話?」
*カイが首を傾げた。状況が飲み込めていない。彼の隣でリオンが地面に寝かされたまま白目を剥いている光景にも困惑している。*
カイ「……リオンさん、何で倒れてるの?」
ルナ「死んだ」
カイ「死んでないよね?」
*ルナがカイに向き直り、無表情のまま今日の出来事を簡潔に説明した。*
ルナ「大迷宮91~95階層を周回する。Sランクのドラゴンが出る。フルポーションを4,000本集める。カイも一緒に来る。以上」
*カイの顔から血の気が引いた。*
カイ「……Sランクのドラゴン?」
ルナ「地龍、風龍、雷龍、炎龍、聖龍。5種」
カイ「……周回?」
ルナ「4,000本以上のドロップが必要。確率次第では数千体を狩る」
カイ「…………」
*カイがゆっくりと彼の方を振り返った。精霊神として覚醒し、フェンリルと不死鳥を従え、神剣アスカロン・ゼニスの資格者。だが、本人のレベルは278。Aランク相当だ。Sランク級のドラゴンと正面から殴り合った経験は皆無だった。*
カイ「父さん……俺、ドラゴンと戦ったことないんだけど」
シロウ「だから行くんだよ。精霊神の力に頼るんじゃなく、自分の体で覚えろ。ドラゴンの咆哮、ブレスの熱さ、尻尾の一撃。全部自分の肌で知っておけ」
カイ「…………」
シロウ「お前はいずれ世界を救う。その時にレベル278じゃ話にならん」
*カイが唇を引き結んだ。父の言葉は正しい。精霊神の権能があっても、自分自身の戦闘経験が圧倒的に足りない。*
カイン「おう、カイ! 一緒に来いよ。ドラゴンの鱗、拳でぶち抜く感覚教えてやるからよ」
ゲオルグ「精霊神殿下がご一緒されるなら心強い。支援に回っていただければ生存率も上がります」
ドルガン「若いうちに修羅場を踏むのは良いことだ」
*その時、地面に寝ていたリオンがむくりと起き上がった。*
リオン「……あれ、俺なんで寝て……」
*カイの姿を見て、全てを思い出したリオンの目が見開かれた。*
リオン「待て、カイまで来んの!? 精霊神が来るなら俺いらなくね!? 俺の枠カイに譲るわ! はい交代! お疲れ様でした!」
ルナ「リオン、逃がさない」
リオン「掴むな! 腕掴むな! 握力おかしいだろお前!」
*彼は満足そうに腕を組んだ。*
シロウ「カイならラスボスまで行けそうだしな、クリアは多分無理だと思うけど」
*その言葉に、八輝将全員の視線がカイに集まった。*
カイ「……ラスボス?」
シロウ「100階層にいる。魔王に擬態したスライムだ。加減を知らない。最初からクライマックスで全力出してくる」
*彼は腕を組んだまま、淡々と説明した。*
シロウ「基本は魔法攻撃。魔法封印結界を張っても物理に切り替えてくるし、時間が経てば解呪される。要するに、隙が無い」
*訓練所が静まり返った。冬の風だけが吹き抜ける。*
ゲオルグ「……陛下、それはつまり、100階層のラスボスは陛下を模した存在ということですか」
シロウ「そうだ。俺の戦い方をコピーしてる。ただし俺より弱い」
カイン「陛下より弱いって言われても、基準がおかしいんだよな……」
ドルガン「魔王の劣化版でも、我々にとっては絶望的な相手だろう」
ヴァイス「記録しておきます。"100階層ラスボス:魔王擬態スライム、Lv.999、魔法主体、物理対応可、封印解除能力あり"……控えめに言って、攻略不可能では?」
アシュトン「歴史に刻むべき存在だな。しかし、刻む者が生きて帰れるかどうか」
クロエ「あらあら、99階層の合金龍も相当ですのに、その先がこれとは」
*カイが拳を握り締めた。精霊神として覚醒した自分でも、父の全力には遠く及ばない。それは誰よりも本人が理解していた。*
カイ「……父さん、正直に聞く。今の俺じゃ何階層まで行ける?」
シロウ「95くらいじゃないか? 聖龍までなら精霊神の権能でゴリ押しできる。96の骸龍からはレベルと経験がモノを言う」
カイ「……わかった。まずは91から叩き上げる」
*カイの目に覚悟が宿った。リオンが横で震えている。*
リオン「い、今さらっと99階層の合金龍とか100階層のラスボスとか聞こえたけど……俺らの目標91~95だよな? な? それ以上は行かないよな?」
ルナ「リオン、大丈夫。100階層まで一緒に行こう」
リオン「行かねえよ! 95で十分だろ! つーか俺95でも死ぬわ! ていうか"魔王に擬態したスライム"ってなんだよ! スライムって最弱モンスターの代名詞だろ! それがLv.999って詐欺だろ! 消費者庁に通報するぞ!」
ユキ・クジョウ「……消費者庁は無いぞ、この世界には」
リオン「じゃあ作れ! 今すぐ作れ!」
*彼はくつくつと笑い、踵を返した。*
シロウ「じゃ、頼んだぞ。俺はルミナのところに戻る」
*背を向けて歩き出す魔王の背中に、リオンの叫びが響いた。*
リオン「陛下だけ幸せそうだな畜生おおおおお!」
シロウ「精霊神特有の"次元魔法"も感知できるから絶対攻略は無理だよ」
*彼はさらりと付け加えた。その一言で、カイの表情が凍りついた。*
カイ「……次元魔法を感知? それって、俺の最大の切り札が――」
シロウ「通じない。次元跳躍で背後に回っても、次元断裂で空間ごと切っても、全部読まれる。俺がそう設定した」
*カイが拳を握り締めた。精霊神として覚醒してから、次元魔法は彼の最強の武器だった。空間を跳び、次元を裂き、異界から攻撃を放つ。それが全て無効化されるということは、素の実力だけで戦わなければならないということだ。*
カイ「……父さん、それクリアさせる気ないだろ」
シロウ「当たり前だ。俺が作った迷宮を俺以外にクリアされてたまるか」
*清々しいまでの独占欲。ダンジョンマスターとしての矜持が垣間見えた。*
ゲオルグ「……陛下、失礼ですが、それは迷宮として成立しているのでしょうか」
シロウ「してるよ。クリア条件は"魔王より強くなること"。簡単だろ?」
リオン「どこがだよ! それ詰みだろ! クリア不可能なゲームとか開発者の怠慢だろ! パッチ当てろ!」
ヴァイス「……つまり100階層は飾りということですね。実質的な最終階層は99の合金龍」
シロウ「そういうこと。合金龍を倒せたら十分誇っていい。あれも相当ヤバいから」
アシュトン「第三形態が仮面……なんとかだったか。変身中は無敵と聞いた」
クロエ「あらあら、99も100も絶望ですわね」
ドルガン「だが、95まで周回できれば目的は果たせる。まずはそこだ」
*カイが深く息を吐いた。覚悟を決めたように顔を上げる。*
カイ「……わかった。100は無理でも、99までは必ず辿り着く」
シロウ「いい目標だ。合金龍の第三形態を見たら泣くなよ」
カイ「泣かないよ……多分」
*リオンが地面に座り込んだまま、虚ろな目で空を見上げていた。*
リオン「俺だけ場違いすぎる……精霊神がいて、Aランクが7人いて、なんで俺Cランクなの……なんで八輝将に選ばれたの……人事ミスだろ……」
ルナ「リオンが選ばれたのは、リオンだからだよ」
リオン「意味わかんねえよ! 具体的に言え!」
ルナ「リオンがいないと、みんな笑わない」
*リオンが言葉に詰まった。ルナの無表情な顔が、ほんの僅かに微笑んでいるように見えた。*
リオン「……お前、たまにズルいこと言うよな」
シロウ「リオンを選んだのは俺だ。お前は応募者の中で1番『心』が強かったからな」
*リオンが顔を上げた。虚ろだった目に、驚きの色が宿る。*
シロウ「意思が強いやつは、いつの時代でも体の限界を超えるんだよ」
*彼は真っ直ぐにリオンを見つめていた。冗談でも気休めでもない。魔王として、何千人もの人間を見てきた男の、本心からの言葉だった。*
リオン「……っ」
*リオンの耳が赤くなった。口を開きかけて、閉じて、視線を逸らした。地面を見つめたまま、唇を噛んでいる。*
カイン「おーおー、照れてやがる」
ドルガン「珍しいものを見た」
リオン「う、うるせえ……別に照れてねえし……」
*明らかに照れていた。声が裏返っている。*
シロウ「今はやさぐれツッコミ担当になってるけどなw」
*八輝将から笑いが起きた。リオンが「うっ」と呻く。*
リオン「……ツッコミ担当は、俺がなりたくてなったんじゃねえよ……周りがボケすぎなんだよ……」
ルナ「リオン、顔が赤い」
リオン「お前が1番ボケてんだよ! 指摘すんな!」
*リオンは頭を掻きながら立ち上がった。さっきまでの虚ろな目はもう無い。恥ずかしさを誤魔化すように、わざと声を張り上げた。*
リオン「……わかったよ。やりゃいいんだろ、ドラゴン周回。死んでも死んでも立ち上がってやるよ。死亡回数? 好きなだけ数えろ! 100回死んでも101回目に立ってやるからな!」
ヴァイス「記録しました。"リオン、101回目の復活を宣言"」
リオン「今の記録すんな! フラグになるだろ!」
*カイが小さく笑った。*
カイ「……リオンさん、かっこいいよ」
リオン「精霊神に言われると逆にムカつくな! お前レベル278のくせに!」
カイ「あはは……それは返す言葉もない」
*ゲオルグが静かに剣の柄に手を添え、頭を下げた。*
ゲオルグ「陛下。我々八輝将、明朝より大迷宮91階層の周回に入ります。4,000本のフルポーション、必ず揃えてみせます」
アシュトン「歴史に刻むべき作戦だ。成功の暁には、後世に語り継がれるだろう」
クロエ「ふふ、帰ったら温泉に入りたいですわね」
ユキ・クジョウ「……まあ、死ななきゃいいだろ」
*彼は全員の顔を見回し、満足そうに頷いた。*
シロウ「じゃ、頼んだ。俺はルミナのところに戻る。あいつ最近1人にすると拗ねるからな」
*彼が背を向けた。冬の風が訓練所を吹き抜ける中、八輝将とカイが敬礼で見送った。*
*――ただ1人、リオンだけが小さく呟いた。*
リオン「……心が強い、か」
*その口元は、ほんの少しだけ笑っていた。*




