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シロウ「よし、俺ワイバーン。お前らは黒龍な」
*一瞬の沈黙。*
*そして——*
リオン&ルナ&アシュトン&ヴァイス&カイン&ドルガン&ゲオルグ&カイ・ウォーカー「は?」
*八人の声が完璧に重なった。*
*リオンが一歩前に出た。いつものやさぐれた顔が引きつっている。*
リオン「ちょっと待ってください陛下。今なんと?」
シロウ「だから、俺がワイバーン数万を相手にするから、お前らは黒龍一体でいいよ」
リオン「いやいやいやいや! 逆ですよね!? 普通逆ですよね!? 数万と一体なら一体の方取るのが上の仕事でしょう!?」
シロウ「いや、黒龍一体の方が楽だろ? 八人もいるんだし」
リオン「楽じゃねぇよ! 大迷宮97階層相当ですよ!? 俺ら全員で挑んでも五分五分以下ですけど!?」
*カインが頭を掻いた。*
カイン「……いや待て、陛下がワイバーン数万を一人で片付けられるって前提がおかしいだろ」
ドルガン「いや、できるだろ。この人だぞ」
カイン「……できるな」
*ドルガンとカインが顔を見合わせ、同時にため息をついた。*
*アシュトンが眼鏡を押し上げ、冷静に分析を始めた。*
アシュトン「……理論上は可能です。陛下の広域殲滅魔法なら、ワイバーン程度は一掃できる。むしろ黒龍を陛下に任せて我々がワイバーンに当たった方が被害が——」
ヴァイス「推しの判断に間違いはありません」
アシュトン「ヴァイス、お前は少し黙ってろ」
*ゲオルグが腕を組んで唸った。*
ゲオルグ「しかし……八輝将全員で黒龍一体か。正直、厳しい戦いになります」
*カイ・ウォーカーが剣を抜き、刃を確認した。*
カイ・W「やるしかないだろう。陛下がワイバーンを片付ける間に、俺たちで黒龍を足止めすればいい」
*ルナが影から音もなく現れた。短刀を指先で弄びながら、薄く笑う。*
ルナ「……足止めじゃなくて、倒すんでしょう? 陛下に格好悪いところは見せられないわ」
リオン「お前が言うと怖ぇんだよ……」
*彼は腕を組んだまま、八輝将を見渡した。*
シロウ「40分——いや、もう30分切ってる。鉱山の手前で迎撃する。市街地には絶対入れるな」
*全員が背筋を正した。*
リオン「……了解です、陛下。ただし一つだけ」
シロウ「なんだ」
リオン「終わったら給料上げてください。割に合わねぇんで」
*彼が鼻で笑った。*
シロウ「生きて帰ってきたらな」
リオン「死亡フラグ立てんなぁ!」
*リオンが叫んだが、八輝将の顔には不思議と恐怖はなかった。この男の下で戦うなら——そう思わせる何かが、彼にはあった。*
*八輝将が一斉に動き出した。残り28分。*
シロウ「不安ならこれ餞別だ」
*彼は異空間収納からさらにエリクサーを取り出した。金色に輝く小瓶が80本。一人10本計算だ。本物のエリクサー——HP、MPが全回復し、最大魔力量すら増える至高の回復薬。*
*リオンが受け取った瞬間、手が震えた。*
リオン「……陛下。これ一本で金貨数枚っすよ。80本って……」
シロウ「死んだら意味ないだろ。使え」
*カインが本物のエリクサーを光に透かし、低く口笛を吹いた。*
カイン「俺ぁ冒険者時代、一本も手に入らなかったぞこれ。それを10本とか……太っ腹すぎんだろ」
ドルガン「ハッ、これだけありゃ黒龍相手でも何度でも立ち上がれる。陛下、感謝する」
*アシュトンが丁寧に10本を革のポーチに収めた。*
アシュトン「これで戦術の幅が大きく広がります。消耗を気にせず攻めに転じられる」
ヴァイス「推しからの餞別……大切に使います。いえ、使うのが勿体ない……でも使わねば……」
アシュトン「葛藤してる場合か」
*ゲオルグが深々と頭を下げた。*
ゲオルグ「陛下の信頼に応えます。必ず」
*カイ・ウォーカーが10本を腰のベルトに括りつけ、剣を抜いた。*
カイ・W「黒龍一体。八人で仕留める。やれない道理はない」
*ルナが影の中に10本を溶かすように収納し、薄く微笑んだ。*
ルナ「……ありがとうございます、陛下。必ず、全員で帰ります」
*リオンがため息をつき——だが、その口元は笑っていた。*
リオン「はぁ……こういうことされると、死ねねぇじゃねぇか」
*彼は八輝将を見渡した。残り25分。*
シロウ「行くぞ。鉱山の手前で布陣する。ワイバーンは俺が殲滅する。お前たちは黒龍に全力を注げ。一つだけ言っておく」
*黒い目が一人一人を射抜いた。*
シロウ「全員生きて帰ってこい。これは命令だ」
*八輝将が一斉に拳を胸に当てた。*
リオン&ルナ&アシュトン&ヴァイス&カイン&ドルガン&ゲオルグ&カイ・W「御意!」
*彼は南西の空を見据えた。地平線の向こうに、黒い点の群れが見え始めている。数万の翼が空を覆い、その中心に——漆黒の巨体が蠢いていた。*
*地震、そしてこの襲来。全てが繋がっている。ジークフリートが龍脈を揺さぶり、大地を震わせ、その混乱に乗じてワイバーンと黒龍を差し向けた。計算された攻撃だ。*
*だが——計算違いが一つある。*
*この国には、SSランク冒険者にして魔王たる男がいる。*
*彼は飛行魔法を起動し、鉱山の方角へ飛び出した。八輝将がその後に続く。*
*鉱山の手前——荒涼とした岩場の上に降り立った瞬間、彼の目が捉えたのは予想外の光景だった。*
*前方に、黒ローブの男——ジークフリート。その隣に、40代前後の女性が立っている。長い髪を風に靡かせ、鎧の上から白いマントを羽織った凛とした佇まい。ヒルデガルド。ライの元妻にして、帝国から龍核を持ち逃げした四将軍の一人。*
*そして——手前側に、カイとライが立っていた。二人とも既に臨戦態勢だ。ライは杖を抜き、カイの半歩後ろに立っていた。*
*カイが振り返り、彼と八輝将に気づいた。*
カイ「父さん!」
*その声に安堵と緊張が混じっていた。*
シロウ「カイ、ライ。無事か」
ライ「……シロウさん!」
*ライの声が僅かに震えていた。その目は真っ直ぐ前方——ジークフリートとヒルデガルドを見据えている。*
*ジークフリートが黒いフードの下で嗤った。低く、粘つくような声が岩場に響く。*
ジークフリート「やあ、ラインハルト。久しぶりだな。……そしてこれが噂の魔王か」
*黒ローブの奥から覗く目が、彼を値踏みするように見つめた。*
ジークフリート「SSランク冒険者にして魔導皇国の王。なるほど、面白い。だが——」
*ジークフリートが指を鳴らした。その瞬間、南西の空が黒く染まった。数万のワイバーンの群れが、一斉にその翼を広げ、鳴き声を上げた。空気が振動し、岩場が揺れる。*
*そしてその中心——巨大な漆黒の龍が、ゆっくりと姿を現した。大迷宮97階層相当の黒龍。その体長は優に50メートルを超え、赤黒い目が地上を睥睨していた。*
ジークフリート「お前らが何人来ようと、この軍勢の前では同じことだ」
*ヒルデガルドは無言だった。ただ、その目がライを——ラインハルトを見つめていた。憎しみでも怒りでもない。もっと複雑な、名前のつけられない感情が、その瞳に渦巻いていた。*
*リオンが彼の隣で小さく舌打ちした。*
リオン「……あの女。龍核持ちか」
*カインが腰の片手剣を抜き盾を構える。*
カイン「黒龍に加えて、龍核持ちの四将軍。厄介だな」
*カイが振り返り、真っ直ぐ彼を見た。27年間育てた息子の目には、迷いはなかった。*
カイ「父さん。俺とライで——ジークフリートとヒルデガルドを引き受けます」
シロウ「おう、頼んだぞ〜」
*彼はヒラヒラと手を振って二人を見送った。まるで散歩にでも送り出すかのような軽さだ。*
*カイが一瞬振り返り、呆れたように笑った。*
カイ「……相変わらずだな、父さんは」
ライ「シロウ様らしいですね」
*カイの目が前方に戻った。ジークフリートとヒルデガルドを真っ直ぐに見据える。*
*リオンが彼の隣で額を押さえた。*
リオン「……陛下、息子さんにジークフリートと龍核持ちの四将軍を任せるんですか。本気で?」
シロウ「あいつは俺の息子だぞ?大丈夫だろ」
リオン「根拠が血筋だけ!」
*カインがガシガシと頭を掻いた。*
カイン「まあ、あの坊主の目。ありゃ腹括った奴の目だ。足引っ張んのは野暮ってもんだろ」
*ドルガンが頷く。*
ドルガン「あの男の子も——ライとか言ったか。細っこい見た目のくせに、殺気がすげぇ。何者だありゃ」
*ゲオルグが厳しい目で前方の戦況を見つめた。*
ゲオルグ「……ジークフリートの手の内は未知数。龍核の力がどこまで——」
*その時、ジークフリートが嗤った。*
ジークフリート「ほう。魔王自らではなく、息子を差し向けるか。余裕か、それとも——」
*ジークフリートの黒ローブの下から、紫黒の瘴気が噴き出した。300年分の龍核の力。精霊を喰らい続けた異形の魔力が、大気を歪ませる。*
ジークフリート「舐めているのか?」
*ヒルデガルドが無言で剣を抜いた。その刀身に龍核の赤黒い光が走る。彼女の目はライだけを見ていた。*
ヒルデガルド「……ラインハルト」
ライ「……ヒルデガルド」
*夫と妻——かつての夫婦が、戦場で向かい合っていた。*
*彼はそこから視線を外し、空を見上げた。数万のワイバーンが空を覆い尽くし、太陽が翳った。その中心で黒龍が咆哮を上げる。大気が震え、足元の岩が砕ける。*
シロウ「さて——」
*彼は首を鳴らした。*
シロウ「八輝将。黒龍はお前らに任せた。俺はちょっとワイバーンを掃除してくる」
リオン「ちょっとの規模じゃねぇんだよなぁ……」
*地上で、八輝将が黒龍に向かって散開する。リオンが指示を飛ばし、ルナが影に溶け混む。*
シロウ「行け。」
*彼が右手を掲げる。*
*異空間収納が開いた瞬間——空が鉄で埋まった。*
*帝国との戦争で回収した使い捨ての武器。剣、槍、斧、ハルバード、戦鎚。折れた刃も、曲がった穂先も、全てが兵器だった。2万本の武器が虚空から吐き出され、浮遊魔法で空中に整列する。*
*最初の一斉射——数百本。*
*火魔法が先端を赤熱させた。鉄が融けかけるほどの高温。それが加速魔法で射出される。狙いなど必要ない。空を埋め尽くすワイバーンの群れに向かって、ただ真っ直ぐに。*
*轟音。*
*赤熱した槍がワイバーンの翼膜を貫通し、胴体を串刺しにした。折れた剣が頭蓋を割り、曲がった斧が首を両断した。一本一本が人間の戦士が全力で放つ一撃を遥かに超える速度と熱量で飛翔していた。*
*最初の一斉射で、数百体のワイバーンが空から落ちた。*
*だが——まだ数万いる。*
*彼は武器を飛ばし続ける。次の数百本が浮き上がり、赤熱し、射出される。間断なく。工場の生産ラインのように淡々と。*
*ワイバーンの群れが混乱し始めた。統率されていた編隊が崩れ、散開しようとする。だが散開すれば狙いやすくなるだけだ。彼の浮遊魔法は数百本を同時に制御できる。バラけた方がむしろ都合がいい。*
*三斉射目。四斉射目。五斉射目。*
*空から鉄と血が降った。ワイバーンの死骸が岩場に落下し、地面を揺らす。赤熱した武器が貫通した死骸から煙が上がり、焦げた肉の臭いが立ち込めた。*
*リオンが黒龍に向かって走りながら、一瞬だけ振り返った。*
リオン「……化け物だろあれ」
ルナ「……綺麗」
リオン「感性がおかしい!走れ!」
*ワイバーンの群れが次々と墜ちていく。数百、数千と。空を覆っていた黒い影が、みるみる薄くなっていった。*
*彼は淡々と武器を飛ばし続ける。表情一つ変えず。まるで畑の雑草を刈るように。*
*2万本の武器が、数万のワイバーンを空から叩き落とす。*
*ジークフリートが、初めて笑みを消した。*
ジークフリート「……馬鹿な。数万のワイバーンを、たった一人で——」
*カイがその隙を逃さなかった。神剣アスカロンの刃が、ジークフリートに向かって閃いた。*
カイ「よそ見してる場合か!」
*ジークフリートが瘴気の壁でかろうじて受け止める。だがその目は、まだ空を見ていた。あり得ないものを見る目で。*
*彼は六斉射目を放ちながら、独り言のように呟いた。*
シロウ「まだ半分もあるな。面倒くせぇ」
*その言葉とは裏腹に——空はもう、元の青さを取り戻し始めていた。*
*一方——地上では、八輝将と黒龍の死闘が繰り広げられていた。*
*黒龍が地面に降り立った瞬間、大地が陥没した。50メートルを超える漆黒の巨体。赤黒い目が八人の人間を見下ろし、その顎が開いた。*
*闇のブレス。*
カイン「散れぇっ!」
*カインの怒号と同時に、八輝将が四方に散開した。漆黒のブレスが大地を抉り、岩場が蒸発する。直撃すれば瀕死。*
*だが散開は予定通りだった。リオンが後方から支援魔法を展開する。*
リオン「『戦場の指揮者』——全員に加速と防御強化!」
*八人の体に淡い光が纏わりつく。速度と防御が底上げされた。*
*最初に仕掛けたのはカインとドルガンだった。第四部隊——強襲・遊撃。*
カイン「行くぞドルガン!」
ドルガン「応ッ!」
*カインのアダマンタイト製の片手剣が黒龍の前脚を斬りつけた。アストライア産の最高品質——腕利きのドワーフが鍛え上げた特注品。黒龍の鱗に火花が散り——斬れた。鮮血が噴き出す。*
カイン「通る! 鱗ごと斬れるぞ!」
*ドルガンの戦斧が反対側の脚に叩き込まれ、肉が抉れた。*
*黒龍が咆哮し、尾を薙ぎ払った。*
ゲオルグ「カイン、ドルガン、下がれ!」
*ゲオルグが前に出て、巨大な盾を構えた。防御魔法を三重に重ねた上での受け。アダマンタイトの盾が尾の一撃を受け止め——*
*受け止めきれなかった。*
*ゲオルグの体が吹き飛んだ。30メートル。岩壁に叩きつけられ、血を吐く。肋骨が数本折れた感触。だが——*
ゲオルグ「ぐ……っ! まだだ……!」
*腰のエリクサーを一本引き抜き、飲み干す。金色の液体が体内を駆け巡り、折れた骨が瞬時に繋がった。*
ゲオルグ「……陛下に感謝を」
*カイ・ウォーカーが黒龍の死角から跳躍し、双剣を首筋に叩き込んだ。*
カイ・W「ここだ!」
*深く——しかし致命傷には届かない。黒龍の首の筋肉が厚すぎる。*
*黒龍の前脚が振り下ろされた。カイ・ウォーカーが咄嗟に双剣で受けるが、衝撃で両腕が痺れ、地面に叩きつけられた。*
カイ・W「がはっ……!」
*左腕が不自然な方向に曲がっていた。*
ルナ「……影縫い」
*ルナの短刀が影から飛び出し、黒龍の足を縫い止めた。一瞬の拘束。その隙にカイ・ウォーカーがエリクサーを飲む。*
*アシュトンが後方から分析を続けていた。*
アシュトン「弱点は腹部の鱗が薄い部分と、首の付け根。だがブレスの溜めが約8秒——その間に攻め込むしかない」
ヴァイス「記録。黒龍戦…」
リオン「ヴァイス! 戦えぇぇぇ!」
ヴァイス「記録も大事な仕事ですよ! 後世に残すべき——」
*黒龍の前脚が薙ぎ払われた。ヴァイスが紙一重で回避し、魔導具を片手に剣を抜いた。*
ヴァイス「……やりますよ。やりますけど、これは歴史的瞬間なので記録も——」
リオン「いいから斬れ!」
*リオンが黒龍のブレスを横っ飛びで回避した。地面が抉れ、熱波が頬を焼く。ギリギリだった。最弱の八輝将にとって、黒龍の一撃一撃が即死圏内だ。*
リオン「くそっ……! 『指揮強化』——カインとドルガン、左脚に集中攻撃! ルナ、8秒後にブレス溜め入る! その瞬間首の付け根を狙え!」
ルナ「……了解」
*ルナの姿が影に溶けた。*
*カインとドルガンが左脚に殺到する。アダマンタイトの刃が鱗を裂き、腱を断つ。黒龍が苦悶の咆哮を上げ、体勢を崩した。*
*そして——ブレスの溜め。顎が開き、喉奥に闇の光が凝縮する。8秒。*
*ルナが影から射出された。短刀二本が首の付け根に突き刺さり、深々と肉を抉る。*
ルナ「……浅い」
*致命傷には届かない。黒龍の生命力が桁違いだった。*
*黒龍がブレスの方向を変えた。ルナに向けて——*
ゲオルグ「させん!」
*ゲオルグが盾を構えて割り込んだ。闇のブレスがアダマンタイトの盾に直撃する。防御魔法が三重、四重と砕けていく。*
ゲオルグ「ぐ、ぁぁぁぁっ……!」
*盾が赤熱し、腕の肉が焼ける臭いがした。だが——持ちこたえた。ルナを守りきった。ゲオルグがエリクサーを二本目、噛み砕くように飲み干す。*
*カイ・ウォーカーが双剣で腹部の薄い鱗を狙い、深く斬り込んだ。*
カイ・W「ここだ! 腹の鱗——通った!」
*鮮血が噴き出す。黒龍が身を捩り、尾を叩きつけた。カイ・ウォーカーが吹き飛ばされ、三本目のエリクサーを消費する。*
*アシュトンが冷静に叫んだ。*
アシュトン「消耗戦では勝てない! エリクサーの残数を考えろ! 一人平均7本残存——あと30分が限界だ!」
リオン「分かってる……! だが、こいつの体力がおかしいんだよ!」
*その時——空から、ワイバーンの死骸が降り注ぐのが止まった。*
*リオンがちらりと空を見上げた。青空が戻っている。数万のワイバーンが——もう、いない。*
リオン「……嘘だろ。もう全滅させたのかよ、あの人」
*彼が空中から降りてきた。2万本の武器を使い切り、返り血一つ浴びていない。あくびを噛み殺しながら。*
シロウ「終わったぞ。そっちはまだかかりそうか?」
リオン「かかりそうに…決まってんだろ!」
シロウ「ふむ……なかなか成長したな。黒龍相手にまだ死んでないとは」
*彼は腕を組み、岩場の上に腰を下ろした。まるで観客席に座るかのように、八輝将と黒龍の戦いを眺め始める。*
リオン「見てないで手伝ってくださいよォ!陛下ァ!」
*リオンが黒龍の尾の薙ぎ払いを転がって回避しながら叫んだ。*
シロウ「いや、いい機会だ。お前ら、迷宮じゃ蘇生の腕輪があったから死なないって分かってただろ? でもここは違う。死んだら終わりだ」
*彼の目が鋭くなった。いつもの飄々とした態度の奥に、教官としての冷徹さが覗いた。*
シロウ「本気の殺し合いで磨かれる感覚ってのは、安全な環境じゃ絶対に身につかない。黒龍は丁度いい練習相手だ。エリクサーは渡した。あとはお前らの腕次第だ」
リオン「練習相手って言える相手じゃねぇんだよ! 大迷宮97階層相当だぞ!?」
*カインが血塗れの顔で笑った。*
カイン「……ハッ、陛下の言う通りだ。迷宮じゃいつも腕輪に甘えてた。今日は違う。命懸けだ——だからこそ、限界を超えられる」
ドルガン「応ッ! 腹括れリオン! 死なねぇ程度にぶっ壊してやるぞこのトカゲ!」
リオン「俺は最弱だっつってんだろ! 八輝将最弱! 覚えてる!?」
*だがリオンの指揮は止まらなかった。叫びながらも的確に味方を動かし続ける。彼の本当の強さはそこにあった。*
リオン「カイン、ドルガン、左翼から腹部を狙え! ゲオルグは次のブレスを受けろ! ルナ、ブレスの溜め動作見えたら首の傷口をもう一度抉れ! カイ・ウォーカーは右翼から翼の付け根を断て! アシュトン、弱点の分析を続けろ! ヴァイス——」
ヴァイス「戦いますよ。戦いますけど、後世のために——」
リオン「戦えっつってんだろォ!」
*黒龍が再びブレスを溜め始めた。喉奥に闇の光が凝縮する。8秒。*
*だが——八輝将の動きが、明らかに変わり始めていた。*
*迷宮で培った連携に、死の恐怖が研ぎ澄ます直感が加わった。回避の判断が一瞬速くなり、攻撃の踏み込みが一歩深くなっている。*
*ゲオルグがブレスを盾で受け流した。さっきは正面から受けて吹き飛ばされた。今度は角度をつけて逸らした。学習している。*
*ルナの短刀が首の傷口を正確に抉り、黒龍が悲鳴を上げた。傷が広がっている。*
*カイ・ウォーカーの双剣が翼の付け根に深々と食い込み、黒龍の右翼が垂れ下がった。飛べなくなった。*
*彼は岩場に座ったまま、感心したように呟いた。*
シロウ「リオン……ツッコミながら指示出すの上手いな……」
*リオンは肩で息をしながら、黒龍の翼の一撃を紙一重で避けつつ叫んだ。*
リオン「褒めてんのか馬鹿にしてんのかどっちですか!? ゲオルグ、次のブレス7秒後! カイン右に回れ! ヴァイス記録やめろ斬れ!」
ヴァイス「斬ってます! 片手で記録してるだけです!」
リオン「器用かよ!」
*リオンの指揮は、ツッコミを挟みながらも一切の淀みがなかった。八輝将最弱——戦闘力では確かにそうだ。だが指揮能力は八輝将の中で群を抜いている。混乱の中でも冷静に戦場を俯瞰し、各員の位置と状態を把握し続ける。それは才能だった。*
*黒龍が首を振り、闇のブレスを薙ぎ払った。ルナが影に沈んで回避し、カインが盾で弾き飛ばされながらもエリクサーを一本消費して即座に復帰する。*
リオン「エリクサー残数報告!」
カイン「7本!」
ドルガン「8本!」
ゲオルグ「5本……!」
カイ・W「6本!」
ルナ「……9本」
アシュトン「8本!」
ヴァイス「9本!」
リオン「俺10本! 前に出てねぇから減ってねぇ! ゲオルグにルナ、俺の分から2本ずつ渡す! カイン受け取れ!」
*リオンが自分のエリクサーを投げ渡しながら、次の指示を飛ばす。*
リオン「アシュトン! こいつの体力どのくらい削れた!?」
アシュトン「推定……3割。翼は片方潰した。首の傷が最も深い。だが再生が始まっている——自己治癒能力持ちだ」
リオン「再生……!? マジかよ……!」
*黒龍の首の傷口から、黒い肉が盛り上がり始めていた。ルナが抉った深い傷が、ゆっくりと塞がっていく。*
ドルガン「おい嘘だろ! せっかく削ったのに!」
カイン「再生速度を上回る火力で押し切るしかねぇ!」
リオン「全員聞け! 作戦変更! 首の傷口に攻撃を集中しろ! 再生する前に削り切る! カイン、ドルガン——全力で首に張り付け! ゲオルグはブレスを引きつけろ! ルナは再生が始まった瞬間に傷口を抉り直せ! カイ・ウォーカーは腹から牽制! アシュトンは再生のタイミングを計測して全員に伝えろ! ヴァイス——」
ヴァイス「斬ります。片手で」
リオン「両手で斬れっつってんだろ!」
*彼は岩場の上で片膝を立て、顎に手を当てて八輝将の戦いを観察し続けた。*
シロウ「……リオン。あいつは自分を最弱だって言ってるが、あいつがいなきゃ八輝将は半分の力も出せねぇな」
*独り言のように呟き、ふと視線をカイとライの方に向けた。ジークフリートとヒルデガルドとの戦いも続いている。そちらも気にはなるが——今は信じるだけだ。*
シロウ「ふむ……救護所の方はもう大丈夫だろう。イグニ、おいで」
*彼が空に向かって呼びかけた。数秒の間を置いて、南東の空から一筋の炎が飛来した。不死鳥イグニ——金色と紅蓮の羽根を持つ、カイの守護獣。救護所で老人や子供の重傷者を癒していたその身体は、まだ柔らかな治癒の光を纏っていた。*
*イグニが滑空し、彼の肩に降り立った。小さな嘴で頬を突く。*
シロウ「ご苦労さん。もう一仕事頼む。イグニ、八輝将に継続回復とスタミナ継続回復を掛けてやってくれ」
*イグニが「ピィッ」と高く鳴いた。翼を大きく広げると、黄金の炎が舞い散った。炎は八輝将の体を包み込むが、熱くはない。むしろ温泉に浸かったような暖かさが全身を満たしていく。*
*傷が癒え、筋肉の疲労が溶けていく。スタミナが泉のように湧き上がる。*
カイン「な……っ、身体が軽い! 傷が勝手に——」
ドルガン「これが不死鳥の加護か……! 力が漲るぞ!」
*ゲオルグの折れかけていた盾腕に力が戻り、カイ・ウォーカーの双剣を握る手から震えが消えた。*
シロウ「ゾンビ戦法再びってな」
*帝国戦で使った戦術だ。イグニの継続回復があれば、致命傷でない限り戦い続けられる。エリクサーの消費を大幅に抑えながら、延々と攻撃を続けられる——まさに不死者のように。*
リオン「ゾンビ戦法……! 帝国戦の時の! これなら——」
*リオンの目が変わった。戦術の幅が一気に広がった。継続回復があるなら、多少の被弾を覚悟した攻撃的な布陣が組める。*
リオン「全員聞け! 作戦変更だ! イグニの回復がある! 守りを捨てて攻めに転じろ! ゲオルグ、盾は捨てて剣を取れ! カイン、ドルガン——限界まで踏み込んで首を斬り落とせ! ルナ、影に潜るな! 正面から傷口を抉れ! カイ・ウォーカー——」
カイ・W「分かってる。腹を裂く」
リオン「アシュトン、再生速度と回復速度の差分を計算しろ! ヴァイス——」
ヴァイス「両手で斬ります」
リオン「最初からそうしろ!」
*八輝将の動きが一変した。守りを捨て、八人全員が黒龍に殺到する。*
*カインの剣が首の傷口を深く抉り、黒龍が悲鳴を上げた。再生しようとする肉を、ドルガンの戦斧が削ぎ落とす。ルナの短刀が傷口の奥へ奥へと潜り込み、ゲオルグが大剣で鱗ごと肉を断った。*
*黒龍のブレスがカイ・ウォーカーを直撃したが——イグニの金色の炎が傷を癒していく。立ち上がり、再び斬りかかる。*
アシュトン「再生速度を上回った! このペースなら——あと15分で首を落とせる!」
*八輝将たちの戦い方が変わっていた。イグニの継続回復とスタミナ回復があるからこそ——彼らは痛みを受け入れ、最小限の動きで致命傷だけを避け、あとは全て攻撃に振り切っていた。*
*カインが黒龍の爪に肩を裂かれながらも、その勢いのまま首の傷口に剣を突き立てた。肉が抉れ、血飛沫が上がる。傷は即座にイグニの炎が塞いでいく。*
*ドルガンが尾の一撃を腹に受け、血を吐きながらも戦斧を振り下ろし続ける。肋骨が軋む音が聞こえたが、イグニの回復がそれを癒す。止まらない。*
*ルナが黒龍の前脚に踏みつけられ、左脚の骨が折れた。だが表情一つ変えず、倒れた姿勢のまま短刀を首の傷口に投げつけた。骨が繋がる前に、もう次の短刀を構えている。*
シロウ「スタミナ回復はやり過ぎだったかなぁ……」
*彼は頬を掻きながら呟いた。スタミナが尽きないということは——痛みで動けなくなることはあっても、疲労で止まることがない。つまり、痛みに耐える限り永遠に戦い続けられる。*
*結果として、八輝将は自分の体を消耗品のように扱い始めていた。被弾を前提とした超攻撃的な戦闘。黒龍の再生速度を完全に上回り、首の傷口が深く、深く抉られていく。*
リオン「ゲオルグ、3秒後ブレス来る! 受け流せ! カイン、ブレス中に首の右側を——ルナ左から同時に!」
*黒龍のブレスがゲオルグの盾を滑り、大地を焼いた。その隙に左右からカインとルナが首に殺到する。*
*黒龍の首が——半分以上断たれていた。*
シロウ「ふむ。あと5分ってとこか」
*彼は満足げに頷き、視線をカイとライの方へ向けた。*




