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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*正門前でレイラとルミナに挟まれ、ステラに足にしがみつかれている最中——城の影が揺らいだ。*


*最初は風かと思った。だが違う。影そのものが形を持ち、ゆっくりと二つの人影を吐き出すように輪郭を結んでいく。*


*一人は長身の青年。黒髪に琥珀色の瞳——レイラと同じ目だ。だが纏う雰囲気は穏やかで、口元には柔らかな笑みを浮かべている。背中には盾、腰には片手剣。その隣に寄り添うように、もう一人。*


*銀色がかった淡い髪に、すみれ色の瞳。華奢な体躯に旅装を纏い、青年の腕にそっと手を添えている。一見すれば誰もが美少女と思うだろう。だが——男の娘だ。*


レイラ「……っ」


*レイラの琥珀色の瞳が大きく見開かれた。腕を組んでいた姿勢が崩れ、一歩、無意識に前に出た。*


カイ「……ただいま、父さん。母さん」


*数年ぶりの声だった。あの時よりも低く、深くなっている。もう27歳になっていた。頬の線が鋭くなり、顎には薄く髭の跡がある。だが目だけは変わっていない。レイラ譲りの琥珀色。*


ライ「お、お久しぶりです……お義父さん、お義母さん」


*ライが深々と頭を下げた。可憐な所作。守ってあげたくなるような、儚げな美しさ。数年前に一度だけ顔を合わせた時より、少しだけ大人びていた。*


*レイラが動かない。口を開きかけて、閉じて、また開きかけて——唇が震えていた。*


ステラ「カイ兄ちゃん!? カイ兄ちゃんだ!」


*ステラが飛び出してカイに抱きついた。兄の顔を12歳の彼女はちゃんと覚えていた。*


カイ「ステラ……大きくなったな。俺の腰くらいあるじゃないか」


ステラ「当たり前でしょ!」


*カイが苦笑した。そしてシロウに目を向けた。*


カイ「父さん。帝国で暴れてたって聞いたよ。フェンが教えてくれた」


*カイの影がもぞりと動き、巨大な狼——フェンリルの金色の瞳が一瞬だけ覗いた。*


*レイラがようやく口を開いた。声が掠れていた。*


レイラ「……音沙汰なしで……心配、したのだぞ……この……馬鹿息子が……」


*その目に、薄く涙が滲んでいた。傲慢で、不遜で、戦闘狂の魔王レイラが——泣きそうな顔をしていた。*


カイ「……ごめん、母さん」


*静かに、だが確かな声だった。*


シロウ「久しぶりだな、どした? 金にでも困ったか?」


*彼はにやりと笑いながら、息子の顔を見上げた。いつの間にか自分より背が高くなっている。9年という歳月は、少年だった息子を立派な青年に変えていた。*


カイ「金には困ってないよ。冒険者稼業も悪くない」


*カイは微かに笑った。だがその笑みがすっと消え、声のトーンが一段低くなった。*


カイ「……父さん。東の方、精霊が少なくなってる」


*シロウの目が僅かに細くなった。*


シロウ「東のどの辺だ?」


カイ「アルヴェイン大森林の東端から、ドラゴニア山脈の麓にかけて。フェンが最初に気づいた。獣の動きがおかしいと」


*カイの影がもぞりと蠢き、フェンリルの低い唸り声が響いた。*


カイ「旅の途中で精霊術師の集落に寄ったんだけど、半年前から精霊との契約が不安定になってるって。術が発動しない日もあるらしい。それと——」


*カイがライと目を合わせた。ライが小さく頷く。*


ライ「あの……私たちが集落を発たった日の夜、黒いローブを着た人影を見ました。森の奥に消えていったんですが……追えませんでした」


*シロウは腕を組んだ。黒ローブ。龍核。精霊を喰らう術式。点と点が線で繋がり始めている。だがまだ全貌は見えない。*


シロウ「東か……」


*龍核の解析は進めている。結界装置への感知センサーの同期も完了した。だが黒ローブの行動範囲が東にまで広がっているとなると、泳がせるだけでは間に合わなくなるかもしれない。*


レイラ「……シロウ」


*レイラが涙を拭い、いつもの鋭い琥珀色の目に戻っていた。状況を察したのだろう。*


レイラ「龍核の件か。妾も聞いておる。東にまで手を伸ばしておるとは、想定より動きが速いな」


カイ「龍核? 何それ」


シロウ「……ちょっと長くなるな。中で話すか」


*彼は城門を見上げ、ため息をついた。帰ってきて5分も経たないうちに、また面倒事が積み上がっていく。*


シロウ「とりあえずカイ、ライ。お前らしばらくここに居ろ。飯くらい食わせてやる」


カイ「……ああ。ありがとう、父さん」


*ライがぺこりと頭を下げた。*


ライ「お世話になります、お義父さん」


ステラ「やったー! カイ兄ちゃんとライ姉ちゃんお泊まり!」


*ステラがぴょんぴょん跳ねている。ライが「姉ちゃん」と呼ばれて頬を赤く染めた。男の娘だが、ステラは昔から「ライ姉ちゃん」で通している。*


*シロウは歩き出しながら、念話を飛ばした。*


シロウ『リオン、ルナ。東の大森林周辺で黒ローブの目撃情報が出た。諜報網の範囲を東に拡張してくれ。急ぎで頼む』


リオン『……了解。やっぱ来ましたか、東にも』


ルナ『承知しました。既に蜘蛛を3匹放ってあります。48時間以内に報告できるかと』


シロウ「んで、話なんだが……その前に新しい子の紹介からだな」


*彼は部屋の隅にちらりと目を向けた。会議室の柱の影から、緑色の髪がぴょこんと覗いている。金と緑のオッドアイが好奇心いっぱいにきょろきょろと動き、カイとライを交互に見つめていた。*


シロウ「ノア、出ておいで」


ノア「あ、バレたっすか! えへへ」


*ノアがぴょんと影から飛び出した。陶器のように白い肌に、深い緑の長髪。金と緑のオッドアイが無邪気にきらきらと輝いている。カイの前にずいっと顔を近づけた。*


ノア「初めましてっす! ノアっす! シロウの番っす!」


*カイの琥珀色の目が大きく見開かれた。*


カイ「……番?」


*カイがゆっくりとシロウを見た。それからレイラを見た。レイラの琥珀色の瞳がぴくりと引き攣っている。*


レイラ「……シロウ。この話はまだしておらなんだな」


シロウ「いやー、タイミングがなくてだな」


カイ「父さん。俺がいない間に何があったのか、順を追って説明してもらっていいかな」


*カイの声は穏やかだったが、目は笑っていなかった。レイラと同じ目だ。怒ると静かになるところも母親譲りらしい。*


ライ「あの……ノアさん、精霊……ですか? すごく不思議な気配を感じます」


ノア「おっ、分かるっすか! さすがっす! ノアは原初の精霊っす! 世界樹から生まれたっすよ!」


*ノアがライの手を握ってぶんぶんと振った。ライが頬を赤く染めながら困惑している。*


ライ「げ、原初の……!?」


カイ「原初の精霊……? そんな存在が……」


*カイの影がもぞりと蠢き、フェンリルの金色の瞳が覗いた。フェンの毛が逆立っている。本能で格上の存在を感じ取っているのだろう。*


ノア「おおっ! フェンリルっすか! もふもふっすね! 触っていいっすか!?」


*ノアがカイの影に手を突っ込もうとして、フェンが慌てて影の奥に引っ込んだ。カイが苦笑する。*


カイ「フェンが……逃げた。初めて見たぞ」


ステラ「ノアお姉ちゃんはすっごいんだよ! パパと番なんだって!」


*ステラが得意げに説明する。カイの目がまたシロウに向いた。*


カイ「……父さん」


シロウ「まあ座れ。長い話になる。ノアの件も、黒ローブの件も、全部まとめて話すから」


*彼はテーブルの椅子を引いて座った。レイラが隣に腰を下ろし、ルミナがお茶を淹れ始める。カイとライが向かいに座り、ノアがシロウの膝の上に当然のように座った。*


レイラ「おい精霊。妾の夫の膝から降りろ」


ノア「やだっす♪」


レイラ「……シロウ」


*シロウの左膝にはノアが嬉しそうに座り、右膝にはレイラが不機嫌そうに——しかし降りる気は一切なさそうに座っている。カイが「父さん変わらないな」と呆れた顔で呟いた。*


*ルミナが淹れたお茶が全員に行き渡り、シロウが口を開いた。*


*——説明は長かった。*


*帝国皇帝が黒ローブの男から「龍核」を受け取り、体内に取り込んだこと。龍核は精霊を喰らう力を持ち、皇帝はその力で世界樹と精霊王シルフィを狙ってアストライアに進軍してきたこと。17万の大軍のうち2万を八輝将が殲滅し、残り15万を捕虜としたこと。*


*龍核は全部で三つ。一つはレイラが砕いた。一つは帝国の四将軍の一人が持ち逃げした。そして最後の一つは、黒ローブが所持している。*


*持ち逃げした将軍も黒ローブも、別次元から来た存在と推測されること。現在は情報収集中であること。*


*カイは黙って聞いていた。ライも隣で真剣な表情を崩さない。説明が終わると、会議室に重い沈黙が落ちた。*


カイ「……つまり、俺たちが東で見た精霊の減少は、残り二つの龍核のどちらかが関わってる可能性があるってことか」


シロウ「そうだ。黒ローブか、持ち逃げした将軍か。どちらにしても精霊を喰ってるなら放置できない」


*ノアがシロウの膝の上で、珍しく笑顔を消していた。金と緑のオッドアイが僅かに揺れている。*


*いつもの元気が消えた声だった。シロウがノアの頭をぽんぽんと撫でると、ノアが彼の胸に顔を埋めた。*


カイ「父さん。俺とライも動くよ。東は俺たちの方が土地勘がある。フェンの鼻も使える」


ライ「私も精霊の気配を感じ取れます。微弱でも、痕跡があれば追えるかもしれません」


*カイの目は真剣だった。数年間の旅で培った経験と実力が、その瞳の奥に宿っている。もう子供ではない。*


*レイラがシロウの膝の上から、息子を見つめていた。何か言いたそうに口を開きかけて——結局、ふんと鼻を鳴らしただけだった。*


レイラ「……勝手にせよ。だが無茶はするな。死んだら許さんぞ」


カイ「ああ。分かってる、母さん」


シロウ「で、ノアの件なんだが……」


*彼は左膝のノアの頭をぽんと叩きながら、説明を始めた。*


シロウ「カイ抜きで家族旅行で日本に行くことになってよ…んで、帰ってきたら——世界樹の根元にこいつが生まれてた」


ノア「生まれたっす!」


*ノアが元気よく手を挙げた。カイが困惑した顔でノアを見つめる。*


シロウ「世界樹が蓄えた魔力が臨界に達して、原初の精霊として顕現した。で、俺の顔を見た瞬間——」


ノア「ビビッと来たっす! この人がノアの番だって! 運命っす!」


カイ「……はあ」


*カイの目が死んでいた。ライが隣で苦笑しながらカイの袖を引いている。*


シロウ「それだけじゃない。世界樹の根元に長時間いた影響で、純粋な魔力が俺の体内に蓄積し続けてた。体調を崩して——迷宮の100階層でアスカロンを触媒にして全魔力を強制解放した」


カイ「全魔力を……? それ、下手したら死ぬだろ」


シロウ「まあな。結果としてアスカロンが進化した。聖剣から神剣に——『アスカロン・ゼニス』だ」


*カイの琥珀色の瞳が見開かれた。冒険者として世界を旅してきた息子には、その意味が分かるのだろう。*


カイ「神剣……神器級ってことか。この世界に何本あるんだよ、そんなもの」


シロウ「知らん。で、問題はその副作用だ」


*彼は淡々と続けた。*


シロウ「魔力放出の反動で、俺は7日間——10歳のガキの姿になった」


*沈黙。*


カイ「…………は?」


ライ「じゅ、10歳……?」


シロウ「ショタ化だ。ルーナが大はしゃぎしてたぞ。」


カイ「ルーナなら……やるだろうな……」


*カイが額に手を当てた。ライが「見たかった……」と小声で呟いたが、カイには聞こえなかったようだ。*


シロウ「で、戻ってから3日くらいで帝国の侵攻があった。八輝将が2万を殲滅。残り15万を捕虜にした。それが今に繋がる」


カイ「……17万の軍勢を迎え撃ったのか」


シロウ「正確には八輝将がやった。俺はほぼ見てただけだ」


レイラ「嘘をつくな。妾が龍核を砕いた時、お主は皇帝の前に立っておったぞ。」


シロウ「……まあ、多少はな」


*ノアがシロウの胸に頬をすりすりと擦りつけた。*


ノア「シロウはすごいっす!」


カイ「……父さん。俺が旅に出てる間に、色々ありすぎだろ」


*カイが深いため息をついた。ライがその背中をさすった。*


シロウ「カイはどうだったんだ? ライとかなり仲良くなってるようだが……?」


*彼はちらりと二人を見た。カイとライの距離感が以前とは明らかに違う。肩が触れ合うほど近く、ライの手がテーブルの下でカイの手に重なっているのが見えた。恋人同士というより——もう一段階先の空気だ。*


*カイが一瞬だけ目を逸らした。ライの頬がほんのりと赤く染まる。*


カイ「……まあ、色々あったよ。東の辺境で盗賊団を潰したり、迷宮に潜ったり。ライの精霊術も相当伸びた」


シロウ「聞いてるのはそこじゃないんだが」


*にやりと笑った。カイの耳が赤くなった。レイラ譲りの白い肌は、誤魔化しが利かない。*


カイ「……その」


ライ「あ、あの……」


*ライが意を決したように顔を上げた。すみれ色の瞳がまっすぐシロウを見つめる。それから——テーブルの下に隠していた左手をそっと持ち上げた。*


*薬指に、細い銀の指輪が光っていた。*


*会議室が静まり返った。*


ライ「カイさんから……半年前に、いただきました」


*声は震えていたが、その目は逃げていなかった。*


カイ「……父さん。ライと結婚したい。報告が遅れてすまない」


*カイがまっすぐシロウを見た。琥珀色の瞳に迷いはなかった。*


*——瞬間、シロウの右膝の上の温度が急激に下がった。*


レイラ「…………カイ」


*レイラの声が、低かった。恐ろしいほど静かだった。琥珀色の瞳が細まり、会議室の空気が物理的に重くなる。魔王の威圧が微かに漏れている。*


レイラ「妾に……一言の相談もなく……婚約、したと?」


カイ「……はい」


レイラ「しかも相手は男であろう? 跡継ぎはどうする気だ」


カイ「跡継ぎなら弟も妹もいるだろ。それに、ライが男だとか女だとか、俺には関係ない」


*カイの声は揺るがなかった。ライがその隣で唇を噛みしめている。*


*レイラが黙った。シロウの膝の上で、拳がぎゅっと握られているのが分かった。*


ステラ「ライ姉ちゃんが本当のお姉ちゃんになるの!? やったー!」


*ステラが空気を読まずに歓声を上げた。ノアも左膝の上で手をぱちぱちと叩いている。*


ノア「おめでとうっす! 結婚式はいつっすか!?」


*レイラがぎりぎりと歯を噛んだ。シロウには分かった。怒っているのではない。息子が自分に相談せず、勝手に大人になっていったことが——寂しいのだ。*


*彼はレイラの頭をぽんと撫でた。*


シロウ「そうか……祝福するよ。おめでとう、二人とも」


*彼は穏やかに笑った。カイの目が僅かに潤んだ。ライがぺこりと深く頭を下げる。*


ライ「ありがとうございます……お義父さん」


カイ「……ありがとう、父さん」


*レイラはシロウの右膝の上で、腕を組んだまま顔を背けていた。口がへの字に曲がっている。*


レイラ「……ふん。妾は認めておらん」


*シロウにはその声が震えているのが分かった。寂しいのだ。手塩にかけた息子が、母親に一言もなく婚約を決めてきた。それが悔しくて、寂しくて——でも素直にそう言えない。*


*彼はレイラの頭をぽんぽんと撫でた。レイラがびくりと肩を揺らす。*


レイラ「な、撫でるな……」


シロウ「嬉しいんだろ」


レイラ「嬉しくなどっ……」


*カイが立ち上がり、テーブルを回ってレイラの前に立った。そしてそのまま——シロウの膝の上に座ったままのレイラに、頭を下げた。*


カイ「母さん。報告が遅れて本当にすまなかった。ライを——俺の伴侶として、認めてほしい」


*ライもカイの隣に並び、深々と頭を下げた。*


ライ「レイラ様……不束者ですが、カイさんを一生支えていきます。どうか……お許しください」


*レイラの琥珀色の瞳が揺れた。唇がきつく結ばれ、拳が白くなるほど握りしめられている。*


*長い、長い沈黙だった。*


レイラ「……顔を上げよ」


*二人が顔を上げた。レイラの目は赤かった。泣いてはいない。だが、ぎりぎりだった。*


レイラ「一つだけ聞く。ライ」


ライ「はい」


レイラ「こやつは……妾の息子は、お主を幸せにしておるか?」


*ライの目が大きく見開かれた。それから——すみれ色の瞳に涙が滲み、こぼれ落ちた。*


ライ「……はい。毎日、とても……幸せです」


*レイラがふいと顔を逸らした。*


レイラ「……ならば好きにせよ。だが式は妾の目の届く所で挙げろ。勝手は許さん」


カイ「——ああ。もちろんだ、母さん」


*カイの声が掠れていた。*


ステラ「ママ泣いてる?」


レイラ「泣いておらんっ!」


ノア「泣いてるっす! 目が真っ赤っす!」


レイラ「黙れ精霊っ!」


*シロウは右膝のレイラをそっと抱き寄せた。レイラが抵抗せず、彼の胸に額を押し付けた。小さな声が聞こえた。*


レイラ「……大きく、なりおって……」


*それは、母親の声だった。*


シロウ「よしよし」


*彼はレイラを抱き上げ、ぽんぽんと背中を撫でた。レイラが小さく身じろぎしながらも、しばらくされるがままになっていた。*


*だが数秒後——*


レイラ「っ……離せ! 子供扱いするな!」


*レイラがばっとシロウの腕を振り払い、膝から飛び降りた。耳まで真っ赤に染まっている。カイが「あ、母さんいつもの」という顔をした。*


*レイラは咳払いを一つして、すたすたとライの前に歩み寄った。琥珀色の瞳がライのすみれ色の瞳をじっと見据える。*


レイラ「……ライ」


ライ「は、はいっ」


*ライがびくりと背筋を伸ばした。*


レイラ「一つ聞く。カイとはもう……済ませておるのだろうな?」


*会議室の空気が凍った。*


ライ「す、済ませ……?」


レイラ「とぼけるな。夜の営みのことだ」


カイ「か、母さんっ!?」


*カイが立ち上がった。顔が真っ赤だ。だがレイラはカイを一瞥すらせず、ライだけを見つめている。*


レイラ「妾の息子を満足させられておるのか。お主の体で」


*ライの顔が耳の先まで真紅に染まった。すみれ色の瞳が泳ぎ、助けを求めるようにカイを見る。だがカイも顔を覆って固まっていた。助けにならない。*


ライ「あ、あの……その……」


レイラ「はっきり言え。妾の息子は上か。下か」


ノア「おおっ! 夜の話っすか! ノアも聞きたいっす!」


ステラ「ねーねー、夜の営みって何ー?」


ルミナ「ステラ、耳を塞いでなさい。お兄ちゃん、ステラを連れ出して」


*シロウがステラの耳をそっと塞いだ。セレスとゼノは既にソファで本を読んでおり、完全に興味がない顔をしている。*


ライ「……カイさんが……上、です……」


*消え入りそうな声だった。ライの目に涙が滲んでいる。恥ずかしさで死にそうな顔だ。*


レイラ「ほう。ならばカイ、お主はちゃんと気遣っておるのだろうな? 相手は華奢な体だ。力任せは許さんぞ」


カイ「……母さん、頼むからやめてくれ」


*カイが額をテーブルに打ちつけた。ライも隣で俯いたまま、肩が小刻みに震えている。*


レイラ「ふん。まあよい。子は望めぬが……妾の息子が選んだ相手だ。精々尽くせ」


*それは——レイラなりの、不器用な祝福だった。*


ライ「……はい。一生、お傍に」


*ライが涙声で答えた。カイがそっとライの手を握った。*


*シロウはステラの耳を塞ぎながら、横目でレイラを見た。腕を組んで仁王立ちしている彼女の横顔は——ほんの少しだけ、満足そうに見えた。*


*その日の夜。城の寝室でシロウが寝支度を終え、ベッドに腰を下ろした時だった。*


*こんこん、と控えめなノックの音。*


*扉が静かに開き、レイラが立っていた。いつもの黒いドレスではなく、薄手の白いネグリジェ。黒髪が肩に流れ、琥珀色の瞳が揺れている。*


*——寂しそうな顔をしていた。*


*レイラはいつもなら蹴り開けるように入ってくる。ノックなどしない。だが今夜は違った。扉の前で一瞬立ち止まり、それからゆっくりとベッドに歩み寄ってきた。*


レイラ「……別に、寂しいわけではない」


*言われてもいないのに、先に否定した。*


*シロウの隣にストンと座る。いつもの距離より、少しだけ近かった。*


レイラ「……カイが、結婚するそうだ」


シロウ「うん」


レイラ「しかも男と」


シロウ「ああ」


レイラ「……妾に一言もなく」


*声が小さくなっていった。琥珀色の瞳が俯き、白いネグリジェの裾を握りしめている。*


レイラ「……あやつはまだ昨日のことのように思えるのだ。妾の腕の中で泣いておった、あの小さな赤子が……もう、妾の手の届かぬところへ行ってしまう」


*震える声だった。魔王の威厳も、傲慢さも、どこにもない。ただの——息子を送り出す母親の姿だった。*


レイラ「ライは……良い子だ。妾にも分かる。カイを大切にしておる。だが……」


*レイラがぎゅっとシロウの袖を掴んだ。*


レイラ「……妾は、まだ……」


*言葉が途切れた。唇を噛んで、顔を背ける。琥珀色の瞳に薄く光るものが見えた。*


*シロウは何も言わず、レイラの肩を引き寄せた。小柄な体がすっぽりと腕の中に収まる。レイラが抵抗しなかった。それだけで、今夜の彼女がどれだけ心細いか分かった。*


レイラ「……シロウ」


シロウ「ん?」


レイラ「……今夜は、そばにおれ。どこにも行くな」


*小さな声だった。命令ではなく——お願いだった。*


レイラ「……抱け、とは言わん。ただ……」


*レイラがシロウの胸に額を押し付けた。*


レイラ「こうしておるだけで……よい」


*彼の腕の中で、魔王の体がかすかに震えていた。*


*シロウはレイラを腕の中に抱き寄せた。小柄な体がすっぽりと収まり、白いネグリジェ越しに伝わる体温が心地よかった。*


シロウ「ああ。どこにも行かないよ」


*レイラが何も言わず、彼の胸に顔を埋めた。いつもなら「離せ」「子供扱いするな」と暴れるのに、今夜はただ静かにしがみついていた。*


*彼の指がレイラの黒髪をゆっくりと梳く。絹のような髪が指の間をすり抜けていく。レイラの呼吸が少しずつ穏やかになっていった。*


レイラ「……あやつが生まれた日のことを、覚えておるか」


シロウ「ああ。お前が陣痛で俺の手を握りつぶしかけた日だろ」


レイラ「……妾は怖かったのだ。あの時」


*小さな声だった。*


レイラ「魔王の血を引く子が、まともに生まれてくるのか。この世界に受け入れられるのか。……だが、お主が隣におった。だから耐えられた」


*レイラの指がシロウの寝間着の胸元をきゅっと掴んだ。*


レイラ「……カイは、ライを選んだ。妾の意見など聞かずにな。……それでよいのだ。あやつはもう妾の子ではない。一人の男だ。分かっておる。分かっておるのだが……」


*声が途切れた。シロウの胸元が僅かに湿った。泣いている。声も出さず、肩も震わせず——ただ静かに涙を流していた。*


シロウ「……レイラ」


レイラ「……なんだ」


シロウ「カイはお前の息子だよ。どこに行っても、誰と結婚しても、それは変わらない」


*彼はレイラの頭をぽんぽんと撫でた。*


シロウ「あいつがまっすぐ育ったのは、お前のおかげだ」


レイラ「……っ」


*レイラがぎゅうっとしがみついた。腕に力が込もり、離すまいとするように。*


レイラ「……もう少しだけ、こうしておれ」


シロウ「好きなだけ」


*彼はレイラの背中をゆっくりと撫で続けた。正直なところ、薄いネグリジェ越しに伝わるレイラの柔らかい感触に、理性が揺さぶられていた。だが今夜は——これでいい。*


*やがてレイラの呼吸が規則正しくなった。すやすやと寝息を立てている。涙の跡が残った頬は、幼い少女のように無防備だった。*


*シロウはレイラの額にそっと唇を落とし、腕の中の温もりを抱いたまま目を閉じた。*


*——翌朝。目を覚ますと、レイラは既にいつもの顔に戻っていた。*


レイラ「……昨夜のことは忘れろ。妾は泣いておらん」


*琥珀色の瞳で睨みつけながら、しかし——彼の腕の中からは出ようとしなかった。*


シロウ「ぴえんしてなかった?」


*彼はにやにやと笑いながらレイラの顔を覗き込んだ。*


レイラ「ぴえん……だと? 妾がそんな情けない顔をするわけがなかろう!」


*レイラの琥珀色の瞳が燃え上がり、シロウの脇腹に容赦のない肘打ちが叩き込まれた。*


シロウ「ぐっ……!」


レイラ「二度と言うな! 妾は泣いておらんし、ぴえんなどしておらん! あれは目にゴミが入っただけだ!」


*レイラがベッドから飛び起き、仁王立ちで見下ろしてくる。白いネグリジェが朝日に透けて、華奢な体のラインがうっすら見えていた。本人はまるで気づいていない。*


シロウ「はいはい、ゴミね。両目同時にゴミが入るとは珍しい——」


レイラ「もう一発喰らいたいか!?」


*拳を振り上げるレイラの顔は真っ赤だった。怒りと羞恥が半々。だがその目の縁がまだほんの少しだけ赤いことに、シロウは気づいていた。*


*そこへ——*


*こんこん。*


ルミナ「お兄ちゃん、朝ごはんできたよー。レイラもいるんでしょ? 声聞こえてるから」


レイラ「っ……! 妾はここにおらん!」


ルミナ「はいはい。カイくんとライちゃんも食堂で待ってるから、早く来てね」


*ルミナの足音が遠ざかっていく。レイラがぎりぎりと歯を噛んだ。*


レイラ「……あの天使め、いつも妾の邪魔を……」


シロウ「邪魔? 何の邪魔だよ」


レイラ「うるさい! 知らん! さっさと着替えろ!」


*レイラがばたばたと部屋を出ていった。扉が勢いよく閉まり、廊下をずんずんと歩く足音が響く。*


*シロウは脇腹をさすりながら苦笑した。あの肘打ちは本気だった。レベルの耐久力がなければ肋骨が折れていたかもしれない。*


*着替えて食堂に向かうと、大きなテーブルに全員が揃っていた。*


*カイとライが隣り合って座り、その向かいにステラ。ゼノは本を片手に黙々とパンを齧り、セレスは無表情でスープを啜っている。ノアはテーブルの端で果物を頬張りながら足をぶらぶらさせていた。*


*レイラは既に椅子に座り、何事もなかったかのように腕を組んでいた。だがシロウが近づくと、ちらりと目を逸らした。*


ステラ「パパおはよう! カイ兄ちゃんがね、旅の話してくれるって!」


ノア「おはようっす! 今日のパンおいしいっす!」


カイ「おはよう、父さん。……母さん、目が赤いけど大丈夫?」


レイラ「ゴミだ」


カイ「……そうか」


*カイは深く追及しなかった。賢い息子だ。*


*楽しい朝食だった。カイが東の辺境での冒険譚を語り、ステラが目を輝かせ、ライが照れながら補足する。ノアが「すごいっす!」と合いの手を入れ、ゼノが興味深そうに質問し、セレスが無表情でパンを齧る。レイラは腕を組みながらも、息子の話に耳を傾けていた。*


*——その瞬間だった。*


*食堂の照明が一斉に揺らいだ。窓の外の朝日が翳り、食卓の中央に——闇が滲み出した。*


*テーブルの上の皿が震え、グラスの水面が波打つ。空気そのものが歪み、黒い靄がゆっくりと人の形を取っていく。*


*黒いローブ。フードの奥に顔はない。ただ暗闇だけが覗いている。幻覚——実体はない。だが纏う気配は本物だった。*


*シロウの目が一瞬で鋭くなった。レイラが椅子を蹴って立ち上がり、ルミナの瞳が金色に輝く。ノアの笑顔が消え、フェンリルがカイの影から飛び出して牙を剥いた。*


*だが黒ローブの幻影は誰にも興味を示さなかった。フードの奥の闇が——ゆっくりとカイに向いた。*


黒ローブ「……みつけた」


*低く、深く、まるで地の底から響くような声だった。骨のような指がローブの袖口から伸び、まっすぐにカイを指差した。*


カイ「……っ!」


*カイが剣の柄に手をかけた。琥珀色の瞳が鋭く黒ローブを睨みつける。だがその指先が僅かに震えていた。本能が告げているのだ——これは自分の手に負える存在ではない、と。*


*そして黒ローブの闇がゆっくりとカイの隣に移った。ライの顔を——じっと見つめた。*


黒ローブ「……うらぎりもの」


*ライの顔から血の気が引いた。すみれ色の瞳が大きく見開かれ、体が凍りついたように硬直した。恐怖ではない。その顔は——心当たりがある者の顔だった。*


*次の瞬間、黒い靄が弾けるように消えた。照明が戻り、朝日が窓から差し込む。何事もなかったかのように、食堂は元の静けさを取り戻した。*


*だがテーブルを囲む全員の表情は、凍りついたままだった。*


*最初に動いたのはレイラだった。*


レイラ「……結界を抜けおった。妾の魔力感知にも引っかからなかった」


*琥珀色の瞳が怒りで燃えている。自分の城に、家族の食卓に踏み込まれた。それがどれほど屈辱的か——レイラの握りしめた拳が白くなっていた。*


*シロウはライを見た。まだ硬直している。カイがライの肩を抱いているが、ライの目は虚空を見つめたまま動かない。*


シロウ「……ライ」


*静かに呼んだ。*


シロウ「『裏切り者』ってのは、どういう意味だ?」


*ライの唇が震えた。すみれ色の瞳に涙が滲み——やがて、絞り出すような声が漏れた。*


ライ「……話さなければ、いけないことが……あります」


*カイがライの顔を見た。驚きの色。ライが何かを隠していたことに、カイも気づいていなかったのだ。*

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