↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
174/265

269

269


*彼はアスカロン・ゼニスを世界樹前の台座に戻し、神剣が再び静かに脈動を始めるのを確認してから、城の執務室へ向かった。*


*執務室に入ると、ゲオルグが既に直立不動で待っていた。帝国への使いから戻ったばかりらしく、旅装のままだ。その表情にはいつもの穏やかさがなく、僅かに緊張が滲んでいた。*


シロウ「おう、ゲオルグ。ご苦労さん。座れよ」


ゲオルグ「ありがとうございます、陛下。では失礼して」


*ゲオルグは椅子に腰を下ろし、懐から封書と記録ディスクを取り出してテーブルの上に並べた。*


ゲオルグ「まず、龍核の引き渡し要求の件です。帝国宰相メルツェンドルフは即座に応じました。龍核自体は既に回収済みでしたので、追加の龍核は存在しないかと問い詰めたところ——」


*彼は一拍置いた。*


ゲオルグ「帝国が保有していた龍核は二つだったと。一つは陛下が既にお持ちのもの。そしてもう一つは——四将軍の一人、逃走した『幻影のヴァルナ』が持ち出したと」


シロウ「……ヴァルナが龍核を持って逃げたのか」


ゲオルグ「はい。メルツェンドルフの証言によれば、ヴァルナは開戦前から黒ローブの人物と独自に接触していた形跡があるとのことです。他の三将軍には知らされていなかった」


*シロウは椅子の背に体を預けた。指先でこめかみを軽く叩く。*


シロウ「黒ローブとヴァルナが繋がってた、か。それでヴァルナの現在地は?」


ゲオルグ「不明です。帝国の諜報部も追跡を試みていますが、完全に痕跡が途絶えたと。メルツェンドルフは『恐らく帝国領内にはいない』と見ています」


シロウ「帝国領内にいない、ね」


*彼は先ほどの83階層での発見を思い返した。別の世界への門。龍核と同じ術式。そしてもう一つの龍核を持って消えた四将軍。嫌な繋がり方だ。*


シロウ「ゲオルグ、ヴァルナの戦闘スタイルと特徴を教えてくれ」


ゲオルグ「『幻影のヴァルナ』——本名ヴァルナ・シュヴァルツァー。女性、推定年齢30代前半。幻術と空間系魔法を得意とし、暗殺と潜入を専門とする将軍でした。帝国四将軍の中では最も情報が少なく、顔すら部下にほとんど知られていなかったと」


シロウ「幻術と空間系か……厄介だな」


ゲオルグ「さらにもう一点。メルツェンドルフから口頭で伝えられたのですが——」


*ゲオルグの声が更に低くなった。*


ゲオルグ「ヴァルナは帝国出身ではないと。十年前に突然現れ、当時の皇帝に取り入って四将軍の地位を得たそうです。出自は一切不明。メルツェンドルフ自身も『最初から何者かの手駒だったのではないか』と疑っていると」


シロウ「十年前に突然現れた、出自不明の女……」


*彼は椅子から少し身を乗り出した。*


*彼は椅子に深く腰を掛けたまま、指先でこめかみを叩いていた。龍核の波長データを既に国境結界に組み込んである。そしてアストライア全土を包む防衛結界にも、同じデータを反映させた。悪意を持つ者が龍核を携えて結界に触れれば、即座に全身が痺れて動けなくなる仕組みだ。*


シロウ「国内は問題ない。結界に龍核の波長を組み込んだし、悪意ある者が触れた時点で行動不能になる。国民の安全は確保済みだ」


ゲオルグ「流石です、陛下。では外部の脅威に関してですが……」


シロウ「ああ。ヴァルナと黒ローブ、か」


*彼は天井を見上げた。*


シロウ「幻術と空間系魔法の使い手。顔すら知られていない。十年前に突如現れた出自不明の女。そしてもう一つの龍核を持って消えた……正直、手がかりが少なすぎる」


ゲオルグ「帝国の諜報部も全力で追跡しているとのことですが、メルツェンドルフ自身が期待薄だと認めておりました」


シロウ「帝国の諜報部に期待してもしゃーないな。幻術の専門家に幻術で逃げられてんだから」


*彼は指を三本立てた。*


シロウ「現状、手はある。一つ、国境結界のセンサー。龍核を使えば即座に座標が割れる。二つ、帝国内に設置した盗聴器。ヴァルナが帝国の協力者と接触すれば拾える可能性がある。三つ——」


*彼は三本目の指を折りながら、少し考え込んだ。*


シロウ「……第五部隊」


ゲオルグ「ユキ・クジョウ殿とクロエ殿ですか」


シロウ「ああ。クロエの索敵能力は八輝将の中でも異質だ。空間系の痕跡を辿れる。ヴァルナが空間魔法を使って逃走したなら、残留痕跡がどこかに残ってるはずだ。帝国領内の最終目撃地点を調べさせる」


ゲオルグ「承知しました。第五部隊に指示を出します」


シロウ「あとはユキの方だ。あいつの勘は馬鹿にできん。日本人特有の……なんつーか、嗅覚がある」


*彼は椅子から立ち上がり、窓の外を見た。世界樹の枝が風に揺れている。*


シロウ「まあ、焦っても仕方ない。向こうが動けば必ず尻尾を出す。それまでは国内の守りを固めて、帝国の属国化を着実に進める。ゲオルグ、メルツェンドルフには引き続き情報提供を求めろ。ヴァルナに関する過去十年分の行動記録、交友関係、任務履歴——全部出させろ」


ゲオルグ「はっ。すぐに手配いたします」


*ゲオルグが一礼して退室した後、執務室に一人残された彼は、デスクの上に広げた地図を見下ろした。アストライア、帝国、そしてその周辺国。地図のどこかに、答えがある。*


シロウ「……十年前に突然現れた、か」


*十年前。アストライアの建国が25年前。つまりヴァルナが帝国に現れたのは建国15年目の頃だ。あの頃は何があった?*


シロウ「……情報待ち、か。」


*彼は窓の外を見つめながら、静かに呟いた。*


シロウ「10年前……セレスとゼノが生まれたな……」


*あの年は慌ただしかった。レイラが双子を身籠り、国内は祝福ムードに包まれていた。その裏で帝国に一人の女が現れ、将軍の座に就いていたとは。何か関連があるのか——いや、考えすぎか。*


*彼は首を振り、思考を切り替えた。*


───数日後───


*アストライア城・執務室。オルクスが分厚い報告書を抱えてやってきた。*


オルクス「陛下、帝国への労働力派遣の募集結果が出ました」


シロウ「で?」


オルクス「……芳しくありません。移民登録者約12,000名のうち、応募はわずか47名です」


シロウ「まあ、そうだろうな」


*彼は予想していたように頷いた。帝国の圧政から命懸けで逃げてきた人間に「帝国で働きませんか」と言って喜ぶ者がいるはずがない。奴隷制度の段階的撤廃が発表されたとはいえ、まだ法整備すら完了していないのだ。恐怖は簡単には消えない。*


オルクス「応募者の大半は独身の若い男性で、『故郷に残した家族に仕送りしたい』という動機が多いようです。しかし、女性や家族持ちの応募はほぼ皆無でした」


シロウ「当然だ。帝国で女の奴隷がどう扱われてたか、身をもって知ってる連中だからな」


*彼はデスクに肘をつき、顎を手に乗せた。*


シロウ「47名か。まあ初回はこんなもんだろ。無理に増やす必要はない。行きたい奴だけ行かせろ。ただし——」


*指を一本立てた。*


シロウ「派遣先での安全保障は徹底しろ。監査官は予定通り配置。労働者一人一人に緊急転移用の護符を持たせる。何かあったら即座にアストライアに帰還できるようにしておけ」


オルクス「承知しました。護符の製作費用ですが——」


シロウ「うちの国庫から出す。一人当たり金貨2枚もありゃ足りるだろ。47人分で金貨94枚。安い投資だ」


オルクス「はい。では手配いたします。それともう一件——」


*オルクスが報告書の次のページを開いた。*


オルクス「帝国宰相メルツェンドルフから、工程表の最終版が届いております。奴隷制度撤廃の段階的計画です。ルミナ様が既に目を通されておりまして、『概ね問題ないが三箇所修正が必要』とのことでした」


シロウ「ルミナが概ね問題ないって言うなら大丈夫だろ。修正箇所はルミナに任せる」


オルクス「畏まりました」


*オルクスが退室した後、彼は椅子の背にもたれた。天井を見上げる。*


シロウ「47人、か……」


*少ない。だが、ゼロではない。帝国への恐怖を抱えながらも、故郷の家族のために手を挙げた47人。その勇気は軽くない。*


シロウ「……まずはこの47人を無事に送り届けて、ちゃんと稼がせて、無事に帰す。それが実績になれば、次の募集で増える…はず。」


ーー


*更に数日後——アストライア西門前広場。帝国への派遣労働者47名が集合していた。荷物を背負い、不安と覚悟が入り混じった表情で互いに言葉を交わしている。護衛として雇われた冒険者数名が隊列の確認をしていた。*


*そこに——彼が現れた。*


*黒髪黒目、胸元にはSSランクの冒険者カードが光る。冒険者シロウ・ニシキ・アストライア。この国の建国者、魔王にして、大陸に数人しかいないSSランク冒険者。*


*広場が一瞬で静まり返った。*


護衛冒険者A「え……嘘だろ……」


護衛冒険者B「SSランク……?」


*労働者たちが目を丸くする。冒険者ギルドに所属する護衛たちは膝が震えていた。SSランク冒険者が護衛依頼に参加するなど、前代未聞だ。*


シロウ「よう。今日の護衛に参加するシロウだ。よろしくな」


*彼がひらりと片手を上げて挨拶した瞬間、広場がざわめいた。*


労働者の男「え、SS……!? な、なんで護衛に……!?」


労働者の女「嘘……本物? 本物のSSランク……?」


護衛冒険者A「い、いやいやいや! SSランクが護衛ってことは、俺たちの立場は……!?」


シロウ「気にすんな。俺はただの追加メンバーだ。指揮はお前らに任せる。俺は後ろでぶらぶらしてるだけだから」


護衛冒険者B「ぶ、ぶらぶらって……SSランクがぶらぶら……」


*護衛冒険者たちは顔を見合わせた。SSランクが「ぶらぶらしてるだけ」と言い放つ状況に、脳の処理が追いつかない。*


*隊列の先頭に立っていた護衛リーダー——Aランク冒険者のハルトという赤髪の青年が、慌てて駆け寄ってきた。*


ハルト「し、シロウさん! 自分はAランク冒険者のハルトです! 今回の護衛隊のリーダーを務めております!」


シロウ「おう、ハルトか。頼りにしてるぞ。俺は口出さないから、いつも通りやってくれ」


ハルト「は、はいっ! ……いや、しかし本当にいいんですか? SSランクの方に後方を任せるなんて……」


シロウ「いいんだよ。今回は俺個人としての参加だ。帝国に顔を出しておきたいってのもあるしな」


*ハルトは何度も頷いて持ち場に戻った。その背中が明らかに強張っている。緊張しすぎだ。*


*一方、労働者たちの空気が変わっていた。不安に強張っていた顔が、少しだけ和らいでいる。SSランク冒険者——この国の象徴とも言える男が、自分たちの護衛についてくれる。その事実が、帝国へ向かう恐怖を僅かに薄めていた。*


労働者の老人「シロウ様が一緒に来てくださるなら……少しは安心じゃな」


労働者の青年「ああ……正直、帝国に戻るのは怖かったけど。これなら大丈夫な気がする」


*彼はそれを聞いて、内心で頷いた。これが目的だった。47人の不安を少しでも軽くすること。*


シロウ「大丈夫だって。古龍くらいならワンパンしてやるさ!」


*広場に笑いが広がった。「古龍をワンパン」——冗談のはずだ。しかし目の前にいるのはSSランク冒険者。大迷宮の深層を踏破し、ドラゴンスレイヤーとも呼ばれる男。冗談に聞こえないのが恐ろしい。*


護衛冒険者A「……冗談、ですよね?」


シロウ「さあな」


*にやりと笑った彼に、護衛冒険者Aは引きつった笑みを返すしかなかった。*


ハルト「で、では! 全員揃いましたので、出発します! 隊列は事前に伝えた通り、前衛二名、側面各一名、後衛にシロウさん——いや、後方支援としてシロウさんに入っていただきます!」


*47名の労働者と護衛冒険者5名、そしてSSランク1名。総勢53名の隊列がアストライア西門を出発した。*


*街道は整備されており、馬車も二台用意されている。荷物と体力のない者を乗せるためだ。帝国国境までは馬車で三日の行程。途中、宿場町で二泊する予定になっている。*


───初日・街道───


*出発から数時間。隊列は順調に進んでいた。アストライア領内の街道は治安が良く、魔物の出没もほとんどない。護衛冒険者たちは緊張していたが、次第に肩の力が抜けてきた。*


*彼は隊列の最後尾をのんびりと歩いていた。すると、一人の少年が馬車から降りて駆け寄ってきた。年は12、3歳だろうか。帝国からの移民だった子供だ。*


少年「あ、あの……シロウさん!」


シロウ「ん? どうした坊主」


少年「お、俺……トーマっていいます! 母ちゃんが帝国に残ってて……仕送りするために、今回応募したんです」


*彼は少し目を見開いた。47名の応募者の中に、こんな子供がいたのか。*


シロウ「お前、いくつだ?」


トーマ「13です! ちゃんと働けます! 帝国じゃ10歳から働いてたし……」


*その言葉に、彼の表情が僅かに曇った。10歳から労働。帝国の奴隷制度の現実が、この少年の言葉一つに凝縮されていた。*


シロウ「……母ちゃんはなんで一緒に来なかったんだ?」


トーマ「足が悪くて……長い旅は無理だって。だから俺だけ先に逃げてきて、アストライアで稼いで、いつか母ちゃんを迎えに行くつもりだったんですけど……今回の派遣で帝国に行けるなら、母ちゃんに会えるかもって」


*少年の目が真っ直ぐに彼を見上げていた。不安と希望が混ざった、子供特有の澄んだ瞳だ。*


シロウ「……そうか」


*彼は少年の頭にぽんと手を置いた。*


シロウ「お前の母ちゃん、どこにいるか分かるか?」


トーマ「は、はい! 帝国の南部、ヴェルムっていう小さな街です!」


シロウ「ヴェルム、か。覚えとく」


*トーマの顔がぱっと明るくなった。*


トーマ「ほ、本当ですか!?」


シロウ「約束はできねえけどな。まあ、できることはやってみるさ」


*少年は何度も頭を下げて馬車に戻っていった。*


*彼は隊列の最後尾から、何でもないように声を上げた。*


シロウ「お〜い。右からオーク来るぞ〜。5体、距離2キロくらい」


*前方の護衛冒険者たちが一斉に振り返った。索敵担当のBランク冒険者——セリナという女性斥候が目を見開く。彼女は耳を澄まし、気配を探るが、まだ何も感じ取れない。*


セリナ「え……? まだ何も感知できませんが——」


*数秒後。右の森の茂みが揺れ、低い唸り声が聞こえてきた。*


セリナ「——っ! 本当だ! 右方、オーク5体接近!」


護衛冒険者A「はっや……2キロの距離で感知って何……」


ハルト「隊列止め! 労働者は馬車の左側に退避! 前衛は俺とドーグ、セリナは弓で援護!」


*護衛冒険者たちがてきぱきと陣形を組む。動きは悪くない。きちんと訓練された冒険者たちだ。*


*森の中からオークが5体、鈍い足音と共に姿を現した。体長2メートルほどの筋肉質の魔物。手には粗末な棍棒を握っている。*


シロウ「……」


*彼は最後尾のまま動かなかった。腕を組み、護衛冒険者たちの動きを観察している。*


ハルト「行くぞ!」


*ハルトが先頭のオークに斬りかかった。剣がオークの棍棒を弾き、返す刀で脇腹を切り裂く。ドーグが盾で二体目のオークの突進を受け止め、セリナの矢が三体目のオークの肩に突き刺さった。*


*残り二体が隊列の側面に回り込もうとする。側面護衛の二人が迎撃に出たが、一体が抜けて労働者たちの方へ突進した。*


労働者の女「きゃああっ!」


トーマ「う、うわっ!」


*馬車の影にいたトーマが腰を抜かした。オークの棍棒が振り上げられる——*


*その瞬間、彼がいた。*


*最後尾にいたはずのシロウが、いつの間にかオークとトーマの間に立っていた。誰も移動を視認できなかった。*


シロウ「よっと」


*片手でオークの棍棒を受け止めた。木製の棍棒がミシミシと軋む。オークが目を見開く。自分の全力の一撃が、片手で止められた。*


シロウ「坊主、大丈夫か?」


トーマ「は、はい……!」


シロウ「ん。じゃあちょっと目ぇ瞑ってろ」


*彼はオークの棍棒を握ったまま、反対の手で軽くオークの腹を押した。ただ押しただけに見えた。しかしオークの巨体が10メートル以上吹き飛び、木に激突して動かなくなった。*


*広場が静まり返った。*


護衛冒険者A「……押しただけ?」


セリナ「……索敵の仕事、完全に奪われたんですけど」


ハルト「……いや、すみません。もう一体もお願いしていいですか」


シロウ「あー、いやいや。残りはお前らでやれ。今のは労働者に危険が及んだから手を出しただけだ」


*彼は何事もなかったように最後尾に戻った。セリナが複雑な表情で彼の背中を見つめている。*


セリナ「……2キロ先の索敵、片手で棍棒受け止め……ははは」


*彼は何事もなかったように最後尾に戻った。セリナが複雑な表情で彼の背中を見つめている。*


セリナ「……私の存在意義って何なんでしょうね」


ハルト「元気出せセリナ。お前の索敵は普通に優秀だから」


セリナ「普通に、ね……普通に……」


*残りのオーク4体は護衛冒険者たちが手際よく片付けた。ハルトとドーグの連携は見事で、セリナの弓も正確だった。Aランクパーティとして十分な実力だ。*


*戦闘が終わり、隊列が再び動き出す。労働者たちの間に安堵の空気が広がっていた。そしてそれ以上に、先程の光景が噂になっている。*


労働者の老人「片手で棍棒受け止めて、もう片方の手で押しただけで吹っ飛ばしたぞ……」


トーマ「すっげえかっこよかった……! 俺もいつかあんな風に——」


労働者の青年「無理だろ……あれは人間じゃねえ……」


*彼は最後尾でそんな声を聞きながら、小さく欠伸をした。平和な道中だ。*


*セリナの背中をバシバシと叩きながら、彼は豪快に笑った。手加減は完璧だ。SSランクの全力で叩いたら人間は消し飛ぶ。*


シロウ「索敵範囲1.5kmってのはAランクでも上澄みだぞ? 俺が規格外なだけだ。自信持て。魔王印の太鼓判だ」


セリナ「ま、魔王印……!? いやそれ逆に怖いんですけど……!」


*セリナは叩かれた背中をさすりながらも、その頬が少し赤くなっていた。SSランク冒険者に直接褒められるなど、冒険者人生で一度あるかないかだ。*


セリナ「……ありがとうございます。でも魔王って何ですか」


シロウ「気にすんな。ただの二つ名みたいなもんだ」


*彼はさらっと流した。*


ハルト「しかし……シロウさんの索敵範囲はどれくらいなんですか?」


シロウ「んー。本気出せば結構いくぞ」


ハルト「結構って……」


シロウ「企業秘密だ」


*実際のところ、神眼による索敵は常時展開で半径5km以上をカバーしている。本気で集中すれば更に広がる。しかしそれを言えば冒険者たちの心が折れかねない。*


*隊列が再び進み始めた。日が傾き始め、一日目の宿場町が見えてくる頃——*


トーマ「シロウさん! シロウさん!」


*少年がまた駆け寄ってきた。目がきらきらと輝いている。*


トーマ「さっきのオーク、片手で止めてましたよね!? あれってどうやるんですか!? 俺にもできますか!?」


シロウ「お前にゃまだ無理だな。まず飯食って体作れ。話はそっからだ」


トーマ「飯……!」


シロウ「そうだ。戦うにも魔法使うにも、基礎体力がなきゃ話にならん。お前、ちゃんと三食食ってるか?」


トーマ「……二食、です。お金節約して、母ちゃんに送る分を——」


*彼の手が再び少年の頭に乗った。今度は叩くのではなく、静かに撫でた。*


シロウ「今日の飯は俺が奢る。腹いっぱい食え」


トーマ「え……いいんですか!?」


シロウ「ああ。つーか護衛期間中の飯は全員俺持ちだ。経費で落とす」


*後ろでハルトが「え、経費? 誰の?」と呟いたが、彼は聞こえないふりをした。国庫から出すに決まっている。金貨数枚で47人の士気が上がるなら安いものだ。*


*夕暮れの街道を、53人の隊列が宿場町へと歩いていく。最後尾の男の周りには、いつの間にか数人の労働者が集まり、他愛もない話に花を咲かせていた。SSランク冒険者が護衛についた道中は、思いのほか穏やかだった。*


*草原を吹き抜ける風が心地よい。馬車の荷台に腰掛けた彼は、足をぶらぶらさせながら広がる緑の大地を眺めていた。普段は転移門で一瞬で移動してしまうから、こうして景色を楽しむ旅は本当に久しぶりだ。*


シロウ「いやー馬車の旅も久しぶりだなぁ。大体1週間くらいだっけ?」


ハルト「はい。このペースなら6日から7日程度で帝国の受け入れ拠点に到着する予定です。途中、宿場町が三箇所ありますので、そこで休憩を取りながら進みます」


シロウ「6日かー。のんびりだな」


*彼は両手を頭の後ろで組んだ。転移門を使えば一瞬だが、それでは意味がない。この旅の目的は労働者たちの護衛であると同時に、道中で彼らと信頼関係を築くことでもある。*


セリナ「シロウさんって、普段はどうやって移動してるんですか? SSランクともなると専用の飛竜とか……」


シロウ「んー、まあ色々だな。歩いたり、走ったり」


*転移門とは口が裂けても言えない。王直属の国家機密だ。*


セリナ「走って……?」


シロウ「俺の全力疾走はまあまあ速いぞ」


ハルト「まあまあって、どのくらいですか」


シロウ「音より速いくらい?」


ハルト「……」


セリナ「……」


*二人が同時に黙った。もう驚く気力すら残っていないらしい。*


*馬車が揺れる。隣の荷台ではトーマが他の労働者たちと話し込んでいた。少年の表情は出発時より随分明るい。母親に会えるかもしれないという希望が、その小さな背中を支えているのだろう。*


*ふと、彼の神眼が前方の地形情報を拾った。街道の先、約3km地点に小さな集落がある。地図には載っていない集落だ。*


シロウ「……ハルト」


ハルト「はい?」


シロウ「この先3kmくらいに集落があるんだが、地図に載ってないな。知ってるか?」


ハルト「3km先……? この街道沿いには次の宿場町まで集落はないはずですが——」


セリナ「待ってください。私も微かに……煙の匂いがします。焚き火じゃなくて、もっと……焦げた匂い」


*彼の目が細まった。神眼の情報を更に精査する。集落には生体反応がある。しかし、その数に対して動いている反応が少なすぎる。そして——微かだが、血の匂いが風に乗って流れてきていた。*


シロウ「……全員、警戒態勢に入れ。労働者は馬車から降ろすな」


*彼の声のトーンが変わった。のんびりとした旅人の声ではない。SSランク冒険者の声だ。護衛冒険者たちの背筋が一斉に伸びた。*


ハルト「了解! 全護衛、戦闘準備! 労働者は馬車内に退避!」


*草原の風が変わった。穏やかだった空気に、かすかな鉄錆の匂いが混じり始めている。*


*彼の目がワイバーンを捉えた。草原の先、崩れた荷馬車の残骸の周りに盗賊と思しき死体が散乱し、その上でワイバーンが翼を広げて威嚇の咆哮を上げていた。体長約4メートル。若い個体だが、一般の冒険者には十分な脅威だ。*


シロウ「あれは……盗賊……を襲ったワイバーンだな。懐かし〜」


*彼は馬車から軽く飛び降り、のんびりとした声で呟いた。最近は大迷宮で地龍だの雷龍だのドラゴン系ばかり見ていたから、ワイバーンが逆に新鮮に映る。小さくて可愛いまである。*


ハルト「ワ、ワイバーン!? 全員退避ー! あれはAランク案件です!」


*護衛冒険者たちの顔色が変わった。ワイバーンはAランク相当の魔物。護衛任務中に遭遇していい相手ではない。セリナが弓を構え、ドーグが盾を前に出した。労働者たちが馬車の中で震えている。トーマも顔を青くしていた。*


シロウ「あー、落ち着け落ち着け。盗賊食って満腹っぽいし、こっちに来るかどうか——」


*その瞬間、ワイバーンが隊列の方向を向いた。鋭い瞳が53人の集団を捉える。翼を広げ、甲高い鳴き声を上げた。*


セリナ「来ます! こっちに飛んで来ます!」


ハルト「くそっ……! シロウさん、これは——」


シロウ「はいはい」


*彼は片手を上げた。指先に小さな風の球体が生まれる。ビー玉ほどの大きさだ。*


シロウ「久々に見たから殺すのは勿体ないな。おーい、ワイバーン。こっちくんな」


*ぴっ、と指で風の球体を弾いた。それはワイバーンの鼻先を掠め、衝撃波だけが顔面を叩いた。痛みはない。しかし、その一瞬でワイバーンは本能的に理解した。目の前の存在は、自分より遥かに上位の捕食者であると。*


*ワイバーンは翼を畳み、慌てて方向転換した。全速力で反対方向へ飛び去っていく。その姿はまるで猫に追われた鼠のようだった。*


シロウ「よしよし、賢いな」


*護衛冒険者たちが呆然としていた。*


セリナ「……指一本でワイバーンが逃げた」


ハルト「……もう何が起きても驚かないと思ってたんですけど、まだ驚けますね」


シロウ「いやーワイバーン久々に見ると可愛いな。迷宮じゃドラゴン系ばっかでさ、あの小さい翼がいいよな」


護衛冒険者A「可愛い……? Aランク魔物を可愛いって……」


*トーマが馬車から顔を出した。*


トーマ「シロウさん! 今の見ました! 指パッチンでワイバーンが逃げた!」


シロウ「指パッチンじゃねえよ。デコピンだ」


トーマ「もっとすごい!」


*彼は笑いながら馬車に戻った。ふと、先ほどの盗賊の死体の方を一瞥する。神眼が自動的に情報を拾い上げていた。盗賊は6名。装備からして街道を荒らしていた連中だろう。*


*彼は盗賊の死体が散乱する現場へ悠々と歩いていき、遺品を物色し始めた。護衛冒険者たちが唖然としてその背中を見つめている。*


シロウ「やったね臨時収入だね♪」


*彼は実に楽しそうに盗賊の懐を漁っていく。革袋から金貨がじゃらりと零れ、宝石が数個、そして——棒に括りつけられた生首が一つ。どうやら賞金首の証拠品だったらしい。全て異空間収納にぽいぽいと放り込んでいく。*


ハルト「あの……シロウさん……?」


シロウ「ん?」


ハルト「SSランク冒険者が……盗賊の死体漁りを……」


シロウ「何言ってんだ。冒険者の基本だろ? 落ちてる物は拾う。死んでる奴の持ち物は戦利品。冒険者の鉄則その一だ」


セリナ「そんな鉄則聞いたことないです……」


*彼は手慣れた動作で6体分の所持品を回収し終えた。神眼が自動的に鑑定結果を表示していく。*


シロウ「えーと……金貨32枚、銀貨78枚、ルビー原石3個、サファイア1個、あと生首——こいつは確か帝国の指名手配犯『血牙のモルド』だな。懸賞金……白金貨5枚か。美味しい」


*彼は生首を異空間収納にしまいながら満面の笑みを浮かべた。*


護衛冒険者A「白金貨5枚……金貨50枚分……!?」


セリナ「ワイバーンが勝手に倒してくれて、シロウさんが拾うだけで白金貨5枚……」


シロウ「ワイバーンくん、ありがとな。飯代浮いたわ」


*彼は逃げ去ったワイバーンの方角に向かって手を振った。*


トーマ「シロウさん! 俺も冒険者になったら、こういうの拾っていいんですか!?」


シロウ「おう。ただし自分で倒せる強さになってからな。死体漁りに夢中で魔物に食われたら元も子もねえぞ」


トーマ「はい!」


*少年の目が爛々と輝いている。憧れの方向性が若干歪んでいる気もするが、彼は気にしなかった。*


*盗賊たちの荷馬車の残骸も確認する。中には略奪品と思しき雑貨や食料が散乱していた。使えるものは回収し、次の宿場町で被害者に返還するか、換金するかを後で考えればいい。*


シロウ「よし。回収完了。行くか」


*彼は何事もなかったように隊列に戻った。その懐には臨時収入がたっぷりと収まっている。国王の財布が個人的に潤った瞬間だった。*


ハルト「……この護衛任務、一番稼いでるのシロウさんですよね」


シロウ「護衛料は要らないって言っただろ? こういうことだよ」


セリナ「計算済みだったんですか……」


シロウ「まさか。ただの幸運だ」


*にやりと笑う彼を、護衛冒険者たちは半ば呆れ、半ば尊敬の眼差しで見つめていた。*


*彼は金貨と銀貨を護衛冒険者5人に均等に分配した。一人あたり金貨6枚、銀貨10枚、宝石1個。護衛報酬とは別の臨時ボーナスだ。*


シロウ「それに、これは山分けだぞ? 公平的だろ?」


ハルト「い、いいんですか!? 金貨6枚って、Aランク依頼の報酬と同じくらいですよ!?」


シロウ「俺は残りの銀貨と宝石と生首貰うから。十分元は取れてる」


*護衛冒険者たちが震える手で白金貨を受け取る中、一人の冒険者——ドーグが不満そうに口を開いた。*


ドーグ「いやでもよ……生首の懸賞金白金貨5枚だろ? そっちの方がデカくねえか? ズルくね?」


*彼はにやりと笑い、異空間収納から生首を取り出した。血牙のモルドの髪を掴み、ぬるりとした感触の生首をドーグの目の前に突き出す。*


シロウ「ほい。じゃあお前が持ってくか? 帝国まで6日間、ずっとこいつと一緒だぞ」


*血牙のモルドの死に顔が虚ろな目でドーグを見つめていた。首の切断面からはまだ僅かに血が滴り、腐敗臭が鼻を突く。*


ドーグ「…………遠慮しときます」


*ドーグの顔が一瞬で青くなり、後ずさりした。彼は笑いながら生首を異空間収納に戻した。*


セリナ「異空間収納って便利ですね……生首の保存にも使えるんだ……」


シロウ「腐らないからな。冒険者必須アイテムだぞ」


トーマ「シロウさん! 俺も冒険者になったら生首集めていいですか!?」


シロウ「お前の将来の方向性が心配になってきたぞ……」


*労働者の老人が馬車の上で笑っていた。*


労働者の老人「ははは……SSランクの冒険者がこんなに気さくな方とはのう。帝国の将軍どもとは大違いじゃ」


*隊列は再び動き出した。草原の風が相変わらず心地よい。彼は馬車の荷台に戻り、足をぶらつかせながら空を見上げた。*


シロウ「さて、次の宿場町まであとどのくらいだ?」


ハルト「あと2時間ほどです。日暮れ前には着けるかと」


シロウ「よし。着いたら飯だな。腹減った」


トーマ「シロウさんの奢りですよね!?」


シロウ「おう。約束だからな。好きなもん食え」


*少年が拳を突き上げて喜んでいる。その姿を見て、彼は小さく笑った。平和な旅路だ。この調子なら帝国まで無事に辿り着けるだろう。*


*……そう思っていた矢先、神眼が新たな反応を捉えた。前方1.5km。今度は魔物ではない。武装した人間の集団。約20名。街道を塞ぐように展開している。*


シロウ「……おいおい」


ハルト「シロウさん?」


シロウ「今度は生きてる盗賊だ。20人くらい、前方に陣取ってやがる」


*彼は軽く指を鳴らし、淡い光が護衛冒険者5人の体を包んだ。スタミナブーストとリジェネーション——二つの支援魔法が同時に付与される。*


シロウ「Aランクは20人くらい余裕っしょ! サービスでスタミナ強化とリジェネだけ掛けてやるよ!」


*護衛冒険者たちの体に力がみなぎった。疲労が一瞬で消え、体が軽くなる。ハルトが自分の手を握ったり開いたりして、目を見開いた。*


ハルト「なっ……何ですかこれ!? 体が嘘みたいに軽い! 怪我しても治る……!?」


セリナ「リジェネまで……!? これ、神官の最上位支援魔法ですよね……!? 詠唱なしで5人同時に……!?」


シロウ「細かいこと気にすんな。効果は1時間持つから、思いっきり暴れてこい」


ドーグ「お、おおおお! 力が湧いてくるぜ! 20人だろうが30人だろうが来やがれってんだ!」


*先ほどまで生首に青ざめていたドーグが、盾を構えて意気揚々と前に出た。現金な男だ。*


ハルト「よし……! 全員、陣形を組め! 労働者の護衛はセリナ、前衛は俺とドーグ、側面はカルロとジーク! シロウさんは——」


シロウ「後ろで見てる。お前らの実力、見せてみろ」


*彼は馬車の荷台に腰を下ろし、足を組んだ。完全に観客モードだ。*


*前方に盗賊の集団が見えてきた。街道を塞ぐように木の柵とバリケードを並べ、武装した20名が待ち構えている。革鎧に剣、槍、弓。装備は粗末だが、数で押す構えだ。先頭に立つ大柄な男が声を張り上げた。*


盗賊頭「止まれぇ! 通りたきゃ通行料を置いていけ! 一人銀貨5枚だ! 逆らったらどうなるか——」


*盗賊頭の視線が隊列の後方に止まった。馬車の荷台に座り、退屈そうに欠伸をしている黒髪の男。その胸元で光るカードの色が——*


盗賊頭「……おい、あのカード、何色だ」


盗賊の手下「え、えーと………あれは……」


盗賊頭「……SSランク?」


*盗賊集団に動揺が走った。*


シロウ「お〜い盗賊さ〜ん。俺は出ないから安心してくれ〜。前の5人が相手だぞ〜」


*のんびりとした声が草原に響く。しかしその言葉は盗賊たちにとって何の慰めにもならなかった。SSランクが後方にいるというだけで、逃走という選択肢が頭をよぎる。*


ハルト「盗賊ども! 大人しく武器を捨てて投降しろ! さもなければ——」


*ハルトが剣を抜いた。スタミナブーストで強化された体から、普段以上の闘気が溢れ出る。*


盗賊頭「く、くそっ……! 怯むな! たった5人だ! やれぇ!」


*盗賊たちが一斉に突撃してきた。だが——*


*ハルトの初撃が先頭の盗賊二人を同時に吹き飛ばした。*


*護衛冒険者たちの戦いは凄まじかった。スタミナブーストで疲労を知らず、リジェネで傷が瞬時に塞がる。盗賊の剣がハルトの腕を切り裂いたが、数秒後には傷口が消えていた。*


シロウ「ゾンビ戦法……えげつねぇな」


*彼は馬車の荷台に座ったまま、感心したように呟いた。自分でかけた魔法だが、傍から見ると確かにおぞましい。斬られても刺されても立ち上がる冒険者たち。盗賊側からすれば悪夢だろう。*


盗賊「な、なんで死なねえんだよ!? さっき確かに斬ったはずだろ!?」


ドーグ「はっはっは! 効かねえんだよ!」


*ドーグが盾で盗賊を吹き飛ばし、返す手で剣を振り下ろした。腹に受けた切り傷が見る見るうちに塞がっていく。それを見た盗賊たちの顔が恐怖に歪んだ。*


盗賊「ば、化け物だ……!」


セリナ「化け物はそこの馬車に座ってる人です」


*セリナが矢を放ちながら冷静にツッコんだ。的確に盗賊の武器を持つ手や足を射抜いていく。殺さず無力化する狙いだ。*


ハルト「投降しろ! これ以上やっても無駄だ!」


*ハルトが盗賊頭の剣を叩き落とし、喉元に切っ先を突きつけた。既に盗賊20人のうち15人が地面に転がっている。残り5人が震えながら武器を構えていたが——*


盗賊頭「く、くそ……! て、撤退だ! 逃げ——」


シロウ「あ、逃がさないよ」


*彼が馬車の上から片手を軽く振った。逃走しようとした5人の足元に重力魔法が発動し、全員がその場に膝をついた。まるで見えない手に地面に押し付けられたかのように、身動きが取れない。*


盗賊「た、立てねえ……! 体が重い……!」


シロウ「はい、おしまい。ハルト、縛っちまえ」


ハルト「り、了解!」


*護衛冒険者たちが手際よく盗賊20人を縄で拘束していく。死者はゼロ。全員が生け捕りだ。*


*トーマが馬車から身を乗り出して目を輝かせていた。*


トーマ「すっげえ……! 斬られても治るって、ずるくないですか!?」


シロウ「ずるいから強いんだよ。冒険者ってのは勝てばいいんだ」


*彼は馬車から降り、拘束された盗賊頭の前にしゃがみ込んだ。神眼が自動的に情報を読み取っていく。*


シロウ「ほう……お前ら、元帝国兵か」


*盗賊頭の顔が強張った。*


盗賊頭「……なんで、それを……」


シロウ「見りゃ分かるさ。剣の構え方が帝国式だ。戦争が終わって行き場を失った脱走兵ってとこか」


*盗賊頭が唇を噛んだ。図星だった。*


盗賊頭「……帝国が負けて、俺たちは捨てられたんだ。給料も出ねえ、帰る場所もねえ……こうするしかなかったんだよ……」


シロウ「……」


*彼は拘束された盗賊頭の前にしゃがみ込み、顎に手を当てて考え込んだ。*


シロウ「脱走兵か……使い道ないなぁ……」


*脱走兵。つまり仕えていた国から逃げた者達。帝国が苦しい時に武器を捨てて逃げ出した連中だ。忠誠心のない人間をアストライアに受け入れても、同じことを繰り返すだけ。兵士としても、市民としても信用できない。*


盗賊頭「……殺すなら殺せ。もう何もねえんだ、俺たちには」


シロウ「殺さねえよ。殺すほどの価値もない」


*盗賊頭が顔を歪めた。殺されるより残酷な言葉だ。*


シロウ「まあ……労働力が無難かなぁ……」


*彼は立ち上がり、拘束された20人を見渡した。元帝国兵。体力はある。規律も叩き込まれていたはずだ。問題は心根だが——飢えて盗賊に落ちるくらいなら、まだ更生の余地はある。*


シロウ「お前ら、聞け。今ちょうど帝国で労働力を募集してる。鉱山は一日銀貨3枚、農業は銀貨2枚、雑用は銀貨1枚だ」


*盗賊たちがざわめいた。*


盗賊の一人「銀貨3枚……? 帝国兵だった頃の日当が銅貨8枚だったぞ……」


盗賊の別の一人「嘘だろ……鉱山とはいえ、そんなに貰えんのか……」


シロウ「嘘じゃねえ。アストライア監査官付きの正規雇用だ。衣食住も保証される。どうする? 来るか?」


*盗賊頭が信じられないという顔で彼を見上げた。*


盗賊頭「……俺たちは盗賊だぞ。お前さんたちを襲おうとした連中だ。なんで仕事なんか紹介してくれるんだ」


シロウ「別にお前らを許した訳じゃねえよ。ただ、飢えた人間が犯罪に走るのは当然だ。環境が悪けりゃ人は腐る。だったら環境を変えてやりゃいい」


*盗賊頭の目が揺れた。*


シロウ「ただし条件がある。盗賊行為の罪は消えない。帝国に着いたら自首して、労働刑として働いてもらう。逃げたら次はない。分かるな?」


*盗賊たちが互いに顔を見合わせた。沈黙が流れる。やがて、盗賊頭が深く頭を下げた。*


盗賊頭「……頼む。働かせてくれ」


*一人が頭を下げると、残りの19人も次々と頭を下げた。*


シロウ「よし。じゃあお前ら、この隊列の後ろについてこい。縄は帝国に着くまで解かないけどな」


ハルト「え……この20人も連れていくんですか?」


シロウ「労働者47人が67人に増えただけだ。護衛の手間は変わらん」


セリナ「いや変わりますよ……囚人20人追加って……」


シロウ「大丈夫だろ。俺いるし」


セリナ「……まあ、それはそうなんですけど」


*トーマが馬車から降りてきて、拘束された盗賊たちを不安そうに見つめていた。*


トーマ「シロウさん、この人たち……大丈夫なんですか?」


*彼はトーマの頭をぽんと叩き、拘束された盗賊たちに背を向けた。*


シロウ「悪人にだってチャンスは必要だからな」


*トーマが不思議そうに首を傾げた。*


トーマ「でも……盗賊ですよ? 悪い人たちじゃないですか」


シロウ「知ってるか? 正義は見方によって悪になる。その逆も然り」


*トーマが目を丸くした。彼は空を見上げ、少し遠い目をした。*


シロウ「帝国兵として戦ってた頃、こいつらは『正義の兵士』だった。国が負けて捨てられたら『脱走兵』になって、飯が食えなくなったら『盗賊』になった。やってることは同じ——生きるために戦ってるだけだ」


*拘束された盗賊頭が、その言葉を聞いて顔を伏せた。肩が微かに震えている。*


シロウ「まあ、だからって盗賊やっていい理由にはならんけどな。次やったらぶっ飛ばすぞ」


盗賊頭「……ああ。分かってる」


*彼は手を叩いて隊列に声を上げた。*


シロウ「よし! 出発するぞ! 盗賊組は後ろに並べ。逃げたら重力魔法で地面にめり込ませるからな」


*盗賊20人が青い顔で頷いた。*


*隊列は再編成された。先頭にハルトとドーグ、中央に労働者47名の馬車列、その後ろに縄で繋がれた元盗賊20名、最後尾にセリナとカルロ。総勢73名の大所帯だ。*


ハルト「……最初47人だったのに、もう67人ですよ。シロウさん、この調子だと帝国に着く頃には100人超えてませんか」


シロウ「ありえるな」


ハルト「笑い事じゃないですよ……!」


*老人が馬車の上で穏やかに笑っていた。*


労働者の老人「ほっほっほ……盗賊まで拾ってくるとは。お人好しにも程があるのう」


シロウ「人好しじゃなくて、労働力の確保だよ。タダで手に入ったんだから儲けもんだ」


*そう言いながら、彼は神眼で前方の街道を再度スキャンした。次の宿場町まであと1時間半。今度こそ何もないことを祈る。*


*……反応なし。ようやく平穏な道のりだ。*


シロウ「ふぁ……腹減ったなぁ。宿場町着いたら何食おうか」


トーマ「肉! でっかい肉!」


シロウ「お前はいつも肉だな……まあいいけど。67人分の飯代、結構かかるな……」


*彼はちらりと後方の盗賊たちを見た。全員が空腹で顔色が悪い。何日も碌に食べていないのだろう。*


シロウ「……盗賊組にも飯は出す。倒れられたら困るからな」


*盗賊の一人が、縄に繋がれたまま小さく「ありがとうございます」と呟いた。*


*数日間の旅路は、思いの外穏やかだった。盗賊襲撃以降は魔物も賊も現れず、隊列は順調に帝国領へと進んでいた。元盗賊の20人も大人しく従い、宿場町では彼が出した飯を無言で貪り食っていた。*


*そして——出発から6日目の朝。地平線の向こうに、巨大な影が見えた。*


シロウ「……でかいな」


*帝国の城壁だ。アストライアの城壁とは明らかに異なる。赤茶けたレンガを何層にも積み上げ、所々に補強の鉄骨が走っている。高さは20メートルはあるだろうか。城壁の上には等間隔に見張り塔が建ち、帝国旗が風に揺れていた。*


*彼は思わず自国の城壁を思い出した。25年前、建国直後に魔法で精製したアストライアの城壁。あれは魔力で編み上げた特殊合金だ。見た目は美しいが、実用性を重視した設計だった。対してこの帝国の城壁は、人の手で一つ一つレンガを積み上げた、まさに人間の執念の産物だ。*


シロウ「歴史の重みが違うな……うちのは俺が一晩で作っちまったからな」


ハルト「え、アストライアの城壁って一晩で……?」


シロウ「聞かなかったことにしろ」


*馬車の上で労働者たちがざわめいていた。帝国出身者もいるのか、城壁を見て複雑な表情を浮かべる者もいる。*


労働者の老人「……帰ってきたんじゃな。まさか労働者として戻ることになるとは思わなんだが」


*隊列が城門に近づくと、門番の兵士たちが槍を構えて立ち塞がった。重装備の帝国兵が4名。城門の上にも弓兵が配置されている。*


帝国兵「止まれ! 所属と目的を述べよ!」


*ハルトが先頭に出て、アストライアの公式書簡を掲げた。*


ハルト「夜天のアストライア魔導皇国より、帝国への労働派遣団です! 宰相メルツェンドルフ殿との取り決めに基づく正規入国です!」


*帝国兵が書簡を受け取り、目を通した。その視線が隊列の後方——縄で繋がれた20人の男たちに止まった。*


帝国兵「……後方の拘束された者たちは何だ」


シロウ「道中で拾った元帝国脱走兵。盗賊やってたのを捕まえた。労働刑として引き渡す」


*彼が馬車から降り、冒険者カードを見せた。SSランクの輝きに、帝国兵たちの顔色が変わった。*


帝国兵「SSランク……! し、失礼しました! 確認を取りますので、少々お待ちを……!」


*兵士が慌てて城門の奥へ走っていった。彼は城壁を見上げ、腕を組んだ。*


シロウ「さて……帝国か。盗聴器はまだ生きてるかな」


*彼は小声で呟き、神眼を発動した。城壁の内側、帝国の街並みが透けて見える。人の流れ、建物の配置、そして——皇帝の城の方角。天井裏に仕掛けた盗聴器の魔力反応は、まだ健在だった。*


ーー


*帝国の城門を通過した隊列は、レンガ造りの街並みの中を進んでいった。戦後の帝国は以前より活気が薄れているが、それでも人の往来はそれなりにある。通行人たちが73名の大所帯を物珍しそうに眺めていた。*


シロウ「さて、まずは鉱山と農業からか……」


*彼は隊列を止め、労働者と元盗賊たちの前に立った。*


シロウ「聞け。これから振り分けを行う。鉱山希望の者は右、農業希望の者は左に並べ。雑用はその場に残れ」


*労働者たちがざわざわと動き始めた。鉱山は日当銀貨3枚と高いが、体力的にきつい。農業は銀貨2枚だが比較的安全だ。数分後、振り分けが完了した。*


*鉱山希望:28名(うち元盗賊14名)*

*農業希望:31名(うち元盗賊6名)*

*雑用希望:8名*


シロウ「元兵士は鉱山が多いな。体力に自信があるのか」


盗賊頭「……力仕事しかできねえからな、俺たちは」


シロウ「まあいい。先に農業組から現場に連れていく。鉱山組とその他はハルトたちと一緒にここで待ってろ」


ハルト「了解です」


*彼は農業希望の31名を引き連れ、帝国の外縁部へと向かった。事前にメルツェンドルフ宰相から受け取っていた地図を頼りに、帝国直轄の農地へ歩く。*


*30分ほど歩くと、広大な農地が見えてきた。しかし——*


シロウ「……荒れてるな」


*戦争の爪痕が残っていた。畑の半分以上が放棄され、雑草が伸び放題だ。残った農地でも作物の育ちは悪く、痩せた土壌が露出している。わずかに働いている農民たちも、疲弊した顔をしていた。*


*農地の管理小屋から、日焼けした中年の男が駆け寄ってきた。帝国の農務官らしい。*


農務官「あ、あんたがアストライアから来た派遣の責任者か!? 待ってたんだ! 人手が全然足りなくて……!」


シロウ「農業希望31名、連れてきた。状況を教えてくれ」


農務官「戦争で農民の半数が徴兵されて、帰ってきたのは3割もいねえ。残った連中だけじゃとても回しきれん。今年の収穫は去年の4割以下になる見込みだ」


シロウ「4割以下……」


*彼は神眼で土壌を分析した。窒素、リン、カリウム——全て不足している。長年の連作障害に加え、戦時中の手入れ不足が重なっている。しかし、土壌そのものが死んでいるわけではない。適切な施肥と輪作を行えば回復は可能だ。*


シロウ「……なあ、この辺で大豆を作ってる農家はあるか?」


農務官「大豆? 家畜の餌だろ? そんなもん作ってる余裕は——」


シロウ「大豆は窒素固定する。痩せた土壌の回復に使えるんだよ」


農務官「……は?」


*農務官が首を傾げた。彼は軽くため息をついた。この世界では大豆の農学的価値がまるで理解されていない。*


シロウ「大豆は畑の肉だぞ? 分かってねぇなぁ……。それに枝豆なんてキンキンに冷えたエールによく合うのに。勿体ねぇなぁ〜」


*農務官が困惑した顔で彼を見つめた。*


農務官「枝豆……? 大豆を未熟なまま食うってことか? あんな家畜の餌を人間が食うのか?」


シロウ「あのな、塩茹でにしてみろ。酒のつまみに最高なんだよ。……まあいい、話を戻す」


*彼はしゃがみ込み、荒れた土壌を一掴み手に取った。神眼で分析した結果を頭の中で整理する。*


シロウ「この土壌、まだ死んでない。大豆を一作挟めば窒素が戻る。根粒菌ってのが土の中で窒素を固定してくれるんだ。小麦と大豆の二毛作にすれば、3年で収穫量は戦前に戻せる」


農務官「こんきん……? にもうさく……?」


*農務官が完全に置いてけぼりの顔をしている。彼は頭を掻いた。前世の農学知識をこの世界の人間に説明するのは毎回骨が折れる。*


シロウ「簡単に言うとだな。大豆を植えると土が元気になる。元気になった土に小麦を植えると、いっぱい採れる。交互に繰り返せ。以上」


農務官「……そ、そんな簡単な話なのか?」


シロウ「簡単だよ。やるかやらないかだ」


*彼は異空間収納から大量の大豆の種を取り出した。小国から買い付けた在庫の一部だ。ずっしりとした麻袋が5つ、地面に並ぶ。*


農務官「な……!? どこからそんな量の大豆を……!」


シロウ「俺のルートで仕入れた。これを使え。代金は帝国の宰相に請求するから気にするな」


*農業希望の31名が、彼と農務官のやり取りを興味深そうに聞いていた。老人が一歩前に出た。*


労働者の老人「わしは元々農家じゃった。大豆なら育てたことがある。……家畜用じゃがな」


シロウ「じゃあ話が早い。爺さん、農業組のまとめ役を任せていいか?」


労働者の老人「ほう……このじじいに任せてくれるのか」


シロウ「経験者が一番頼りになる。日当は銀貨2枚に加えて、まとめ役手当で追加銀貨1枚だ」


*老人の目が光った。皺だらけの顔に力強い笑みが浮かぶ。*


労働者の老人「任せておけ。わしの目が黒いうちは、この畑を必ず蘇らせてみせるわい」


シロウ「頼んだぞ。……あと、大豆が実ったら枝豆用に未熟なまま一部収穫しておいてくれ」


労働者の老人「……やっぱりそこかい」


シロウ「大事なことだからな」


*農務官に農業組31名を引き渡し、作付け計画を簡単に紙に書いて渡した。二毛作の手順、施肥のタイミング、灌漑の注意点。前世の知識をこの世界向けに噛み砕いた内容だ。*


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。