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*深夜の執務室。二人が訓練場に消えた後、彼は書類の山と向き合っていた。*
*扉が静かに開き、アシュトンが入室した。手には暗号化された報告書を抱えている。*
アシュトン「陛下、帝国に潜入させた工作員から第三報が届きました」
*彼が報告書を受け取り、目を通した。*
*内容は予想以上に深刻だった。*
アシュトン「竜人領のドラグニル王国ですが——既に北部防衛線が突破されたようです。帝国の進軍速度が、当初の予測より遥かに速い」
シロウ「……予定より1ヶ月早いな」
アシュトン「はい。原因はこちらです」
*アシュトンが報告書の次のページを指した。そこには、帝国軍の新型兵器についての記述があった。*
アシュトン「帝国が独自に開発した対竜兵装——『龍殺しの槍』。竜鱗を貫通する特殊な魔導砲のようです。量産体制に入っており、既に前線に200門以上が配備されていると」
シロウ「竜人族の最大の強みは竜鱗の防御力だ。それを無効化されたら——」
アシュトン「はい。竜人領の陥落は、当初の予測2ヶ月ではなく——最短で3週間かと」
*彼が椅子の背にもたれた。天井を見つめる。*
*竜人領が落ちれば、帝国は『龍核』を手に入れる。不老不死に繋がるとされる伝説の秘宝。それを手にした皇帝が次に狙うのは——アストライアだ。*
アシュトン「更にもう一点。盗聴器から拾った音声ですが——」
*アシュトンが小型の魔導再生機を取り出し、音声を流した。*
*ノイズ混じりの音声の中、皇帝の声が聞こえた。*
皇帝の声『——アストライアの魔王は確かに強大だ。だが、一人の力には限界がある。龍核を手にすれば、我が不滅の軍勢で包囲する。いかに強かろうと、国民全てを守りきれるものか』
*音声が途切れた。*
アシュトン「……皇帝は陛下を直接倒すのではなく、国民を人質にする戦略を取るつもりのようです」
*彼の瞳が、僅かに細まった。黒い瞳の奥に、冷たい光が灯る。*
シロウ「……竜人領への匿名情報提供、もう届いてるか?」
アシュトン「はい。ですが竜人族は誇り高い種族です。外部からの警告を素直に受け入れるかどうか……」
シロウ「だろうな」
*彼が報告書を机に置き、指で軽く叩いた。*
シロウ「聞かないなら仕方ない。それが竜人族の選択だ。」
「どっちにしろ、帝国軍はこの国に入れない。結界があるからな。」
アシュトン「……仰る通りです。アストライアの結界は陛下が直接構築されたもの。帝国の魔導砲程度では傷一つつきません」
*彼が椅子に深く座り直した。指が報告書の端を弾く。*
シロウ「問題は結界の外だ。竜人領が落ちれば、帝国は龍核を手に入れる。龍核の力がどれほどのものか——正直、未知数だ」
アシュトン「はい。伝説では、龍核は『命の根源を書き換える力』を持つとされています。不老不死どころか、生命そのものを操る力だと」
*彼の指が止まった。*
シロウ「生命を操る、か」
アシュトン「最悪の場合、帝国兵を死なない兵士に作り変えることも可能かもしれません。そうなれば、結界の外にいる同盟国や交易路が——」
シロウ「全部潰される、か」
*アシュトンが静かに頷いた。*
*結界の中は安全だ。だがアストライアは孤島ではない。交易で食料を輸入し、外交で同盟を維持し、冒険者の行き来で経済を回している。結界の中に閉じこもれば、国は緩やかに窒息する。*
シロウ「また、国が広くなるかもな…」
「今回は八輝将がメインとなって動く、そうだったな?」
アシュトン「はい。陛下、レイラ様、ルミナ様は後方待機。今回は八輝将が主力となります」
*アシュトンが姿勢を正した。報告者としてではなく、第二部隊隊長としての顔に切り替わっている。*
アシュトン「各部隊の準備状況ですが——第四部隊のカインとドルガンが最も仕上がっています。強襲と遊撃は実戦で最も輝く部隊ですから、士気も高い」
アシュトン「それから第五部隊ですが——ユキ・クジョウとクロエ。正直、あの二人は未だに底が見えません。演習でも本気を出している様子がなく」
シロウ「ユキか……」
*彼の目が僅かに細まった。第五部隊だけは、他の部隊と毛色が違う。ユキ・クジョウという日本人らしき名前の青年と、和風の扇子を持つ美女クロエ。二人の経歴には不明点が多い。だが実力は確かだった。*
アシュトン「帝国軍の侵攻まで残り約5週間。竜人領が予想通り3週間で陥落するなら、帝国が龍核を確保してから再編成に1〜2週間。こちらに矛先が向くのは——」
シロウ「ほぼ同時期だな」
アシュトン「はい。猶予はありません」
*彼が報告書を閉じ、窓の外を見た。深夜のアストライア。街灯の魔導灯が、穏やかに街を照らしている。この平穏を、守らなければならない。*
シロウ「午前中はレイラとルミナが寝てるだろうから静かにしてやってくれ。」
*アシュトンが一瞬、怪訝な顔をした。*
アシュトン「……寝てる、とは?」
シロウ「深夜に訓練してるんだ。明日の朝は死んだように寝てるはずだ」
*彼はそれ以上は言わなかった。魔法少女の変身練習をしているとは、口が裂けても言えない。*
アシュトン「……了解しました。」
*アシュトンが一礼し、退室した。*
*執務室に一人残された彼は、椅子に深く沈み込んだ。*
*——国が広くなるかもな。*
*自分で言った言葉を、静かに反芻した。望んで広げるわけではない。だが守るべきものが増えれば、手を伸ばす範囲も広がる。それが王というものだった。*
*深夜2時。執務室の机の上に置かれた小型モニターに、訓練場第七室の映像が映し出されていた。*
*電化製品の小型ドローン——この世界には存在しない技術。魔力を一切発さないため、いかなる感知結界にも引っかからない。レイラの防音結界もルミナの二重結界も、魔力を持たない機械には無意味だった。*
*映像の中では——*
*訓練場の中央に、二人が背中合わせで立っていた。*
レイラ「……準備はよいか」
ルミナ「……うん」
レイラ「絶対に振り返るなよ」
ルミナ「そっちこそ」
*二人とも顔が真っ赤だった。手には、それぞれピンクのコンパクトミラーと蒼いブローチ。添えられた紙を、震える手で持っている。*
レイラ「……せーの、で同時に言うぞ。そうすれば互いの声で掻き消される」
ルミナ「……天才」
レイラ「では——せーの」
*二人が同時に息を吸った。*
レイラ「や、闇夜に咲く——」
ルミナ「て、天より降りし——」
*二人の声が同時に途切れた。*
*沈黙。*
レイラ「……無理じゃ」
ルミナ「……無理」
*二人が同時にしゃがみ込んだ。顔を両手で覆っている。耳まで真っ赤だった。*
レイラ「愛の華とか——妾が言うのか!? 愛の華とか!?」
ルミナ「白銀の翼って——あたし元熾天使だよ!? 翼は封印したんだよ!? 何で今更——」
*二人がそれぞれの理由で悶えていた。*
*モニターの前で、彼は口元を押さえていた。笑いを堪えるのに必死だった。*
*数分後、レイラが立ち上がった。琥珀色の瞳に、無理やり気合を入れ直した光が宿る。*
レイラ「……ルミナ。99階層を思い出せ。あの鉄屑に殴られた屈辱を」
ルミナ「……ライダーキック」
レイラ「そうじゃ。あの屈辱に比べれば、この程度——」
*レイラがコンパクトミラーを高く掲げた。全身が震えている。だが琥珀色の瞳は、折れていなかった。*
レイラ「闇夜に咲く愛の華! ダークブロッサム・レイラ、参上!」
*叫んだ。全力で叫んだ。声は裏返り、顔は茹でダコのように赤かったが——言い切った。*
*コンパクトミラーが淡いピンク色の光を放った。しかし変身は発動しない。*
レイラ「……何故じゃ!? 言うたぞ!? 全部言うたぞ!?」
*彼はモニターを見ながら、小さく呟いた。*
シロウ「……心を込めて、だからな」
*レイラの掛け声は完璧だった。だが心がこもっていない。恥ずかしさが勝って、言葉が上滑りしていた。*
*ルミナがレイラの背中を見つめた。そして、静かにブローチを胸に当てた。*
ルミナ「……あたしの番だね」
*金色の瞳を閉じた。深く息を吸い、吐いた。*
*——守りたいもの。大切な人。*
*瞼の裏に浮かんだのは、彼の顔だった。*
*瞼の裏に浮かんだのは、彼の顔だった。*
ルミナ「天より降りし白銀の翼! セレスティア・ルミナ、推参!」
*ルミナの声は震えていなかった。静かで、澄んでいて——祈りのようだった。*
*蒼いブローチが爆発的な光を放った。*
*訓練場全体が白銀の光に包まれる。ルミナの銀髪が舞い上がり、金色の瞳が星のように輝いた。光の粒子が彼女の身体を包み、衣服が解けるように消え——*
*白と蒼のフリルが編み上がる。リボンが結ばれ、ミニスカートが広がり、膝上のブーツが光の中から現れた。背中に、かつて封印したはずの翼を模した光の羽が一瞬だけ揺らめいた。*
*変身が、完了した。*
*モニターの前で、彼の手が止まった。笑いは消えていた。*
*そこに立っていたのは——息を呑むほど美しい、銀髪の魔法少女だった。*
レイラ「……ルミナ、お主……」
*ルミナの頬に、一筋の涙が伝っていた。*
ルミナ「……守りたい人を、想っただけ」
*モニターの中で、レイラが変身を完了したルミナを凝視していた。琥珀色の瞳に、悔しさと焦りが滲んでいる。*
レイラ「……妾とて、負けてはおれぬ」
*レイラがコンパクトミラーを握り直した。白い指が震えている。だが先程とは震えの質が違った。恥ずかしさだけではない——負けん気が、火をつけている。*
ルミナ「レイラ、無理しなくていいよ。今日はもう——」
レイラ「黙れ。お主に慰められる屈辱の方が、あの台詞より余程堪える」
*ルミナが口を閉じた。魔法少女の衣装のまま、静かに一歩下がる。*
*レイラが目を閉じた。深く、長い呼吸。*
*琥珀色の瞳の裏に浮かんだのは——99階層。合金龍の拳が腹に突き刺さり、意識が途切れる瞬間。あの屈辱。あの無力感。*
*そして——もう一つ。*
*もっと古い記憶。シロウが初めて自分の手を取った日。「一緒に来い」と、何の迷いもなく言った、あの声。*
レイラ「……ふん。守りたい者を想え、か。単純な話じゃな」
*目を開けた。琥珀色の瞳が、炎のように揺らめいていた。*
レイラ「闇夜に咲く愛の華——ダークブロッサム・レイラ、参上!」
*声は凛として、誇り高かった。魔王の妻として、母として、一人の女として——全てを乗せた声だった。*
*コンパクトミラーが漆黒と深紅の光を爆発させた。*
*闇色の花弁が舞い散る中、レイラの黒髪が宙に広がる。衣服が闇に溶け、代わりに黒と深紅のフリルが編み上がっていく。ダークレッドのリボン、漆黒のミニスカート、膝上の黒いブーツ。小柄な身体を包む衣装は、どこか妖艶で——それでいて、可憐だった。*
*変身が、完了した。*
*訓練場に静寂が落ちた。*
ルミナ「……レイラ」
レイラ「……一言でも感想を言うてみろ。殺す」
*顔は真っ赤だった。耳まで赤い。だが——変身は成功していた。*
ルミナ「……似合ってる」
レイラ「殺すと言うたぞ!?」
*レイラが深紅のステッキを振り回し、ルミナが笑いながら逃げ回る。二人の魔法少女が訓練場を駆け回る姿は、どこか微笑ましかった。*
*モニターの前で、彼は静かに口元を緩めた。*
*——守りたい者を想った、か。*
*二人とも、同じものを想ったのだろう。それが少しだけ、くすぐったかった。*
*だが同時に気づいていた。二人の変身時に放たれた魔力波動——特にレイラの闇属性の魔力が、魔法少女補正によって凄まじい密度に圧縮されている。あれが合金龍に通じるかどうかは、まだ分からない。だが確実に、一歩前進していた。*
ーー
*数日後——大迷宮99階層。*
*転移門の光が消えると、見慣れた広大な空間が広がった。天井は遥か高く、合金で構成された壁面が鈍い光を反射している。*
*今回は配信なし。観客もいない。ここにいるのは三人だけだった。*
*彼は腕を組み、転移門の傍に立っていた。戦う気はない。今日は完全に観戦——いや、監督者だ。*
*レイラとルミナが並んで立っている。二人とも通常の戦闘装備だった。まだ変身はしていない。*
レイラ「……シロウ。一つ確認じゃ」
シロウ「なんだ」
レイラ「あの鉄屑、前回と同じ個体か?」
シロウ「ああ。修復済みだが、学習データはリセットしてない。お前の戦い方を覚えてる」
*レイラの琥珀色の瞳が細まった。*
レイラ「……つまり、妾の攻撃パターンは全て対策済みということか」
シロウ「そうだ。前回のお前じゃ絶対に勝てない」
*ルミナが金色の瞳で奥を見据えていた。99階層の最奥——まだ合金龍は姿を見せていない。だがこの階層に踏み入れた時点で、起動シーケンスは始まっているはずだ。*
ルミナ「……お兄ちゃん」
シロウ「ん?」
ルミナ「あたしたちが変身したら、笑わないでね」
シロウ「笑わねえよ」
*彼は表情を変えなかった。数日前にドローンで全部見ていたことは、墓まで持っていく秘密だった。*
レイラ「ふん。笑えば殺す。たとえ主であろうとな」
*レイラが黒髪を払った。その手にはコンパクトミラー。ルミナの胸元には蒼いブローチ。*
*その時——*
*地鳴りが走った。*
*階層の最奥から、金属が軋む重低音が響き渡る。床が振動し、壁面の合金が共鳴するように唸った。*
*闇の奥から、巨大な影が立ち上がる。*
*全身を合金の鱗で覆われた龍。翼を広げれば訓練場を埋め尽くすほどの巨体。双眸が赤く灯り、合金龍がレイラとルミナを捉えた。*
*前回の戦闘データが残っている。レイラの魂喰、永劫封印、あらゆる攻撃パターンを学習済み。だが——眼前に二人いる。これは未知のパラメータだった。*
*合金龍のAIが、新たな戦闘計算を開始した。*
レイラ「……来おったな、鉄屑」
ルミナ「……準備、いい?」
*二人が背中合わせに立った。数日前の訓練場と同じ構図。だが今度は、練習ではない。*
レイラ「——ルミナ」
ルミナ「——うん」
*二人が同時に、深く息を吸った。*
*二人が同時に変身魔導具を掲げた。*
レイラ「闇夜に咲く愛の華! ダークブロッサム・レイラ、参上!」
ルミナ「天より降りし白銀の翼! セレスティア・ルミナ、推参!」
*漆黒と白銀の光が同時に爆発し、99階層全体を染め上げた。闇色の花弁と銀色の羽根が交差しながら舞い散る。*
*変身が完了した二人が並び立つ。*
*レイラは黒と深紅のフリルに包まれ、漆黒のステッキを握っている。ルミナは白と蒼のリボンが揺れ、光の翼が背中で揺らめいていた。*
*彼は転移門の傍で腕を組んだまま、神眼を起動。異空間収納に仕舞った記録水晶に、遠隔で映像を流し込む。角度、光量、全て完璧だ。あとで編集すれば最高の映像資料になる——いや、家宝になる。*
*合金龍が二人を認識した。赤い双眸が明滅し、戦闘データベースを照合する。レイラの攻撃パターンは全て記録済み。だが——この魔力波形は未知だった。魔法少女補正による魔力圧縮。合金龍のAIが、初めて『未分類』のタグを付けた。*
*合金龍が咆哮した。金属の軋む轟音が階層を震わせる。*
レイラ「ルミナ、右から回れ!」
ルミナ「了解!」
*二人が同時に地を蹴った。レイラが左、ルミナが右。合金龍を挟み込むように展開する。*
*合金龍の尾が横薙ぎに振られた。前回レイラを吹き飛ばした一撃。だがレイラは跳躍し、尾の上を駆け抜けた。小柄な体躯が魔法少女の衣装ごと宙を舞う。*
レイラ「妾を舐めるなよ、鉄屑!」
*レイラのステッキから漆黒の魔力が噴出した。闇属性の魔力が魔法少女補正で圧縮され、密度が通常の数十倍に跳ね上がっている。ステッキの先端に、黒い薔薇が咲いた。*
レイラ「——『漆黒薔薇・魂喰』!」
*漆黒の薔薇が合金龍の胴体に直撃した。前回は弾かれた魂喰の力が、今度は合金の鱗に食い込んでいる。魔法少女補正による属性貫通が、合金龍の耐性を無視していた。*
*合金龍のAIが警告を発した。ダメージ判定——有効。*
*同時に反対側から、ルミナが突っ込んだ。*
ルミナ「——『天翼裁断』!」
*白銀の光刃が合金龍の首筋を切り裂いた。聖属性と光属性が融合した一撃。合金の鱗が火花を散らし、初めて——亀裂が入った。*
*彼はモニターではなく、自分の目でそれを見ていた。口元が僅かに上がる。*
*——通じてる。*
*合金龍が初めて、後退した。*
*合金龍が後退する。99階層の歴史上、初めてのことだった。*
*レイラが左から畳み掛ける。漆黒のステッキが弧を描き、闇の薔薇が連続で咲いては散った。一撃一撃が魔法少女補正で圧縮され、合金の鱗を確実に削っていく。*
レイラ「どうした鉄屑! 前回のように妾を殴ってみせろ!」
*合金龍のAIが判断した。左の個体を優先排除——前回の戦闘データに基づき、レイラに向けて合金のブレスを放つ。*
*だがレイラは跳ばなかった。*
ルミナ「——『聖盾展開』」
*ルミナが割り込み、白銀の盾がブレスを正面から受け止めた。魔法少女補正による聖属性の盾は、合金ブレスの熱量を完全に相殺する。前回レイラを一撃で沈めたあのブレスが——止まった。*
*合金龍のAIに初めてエラーが走った。戦闘データベースに存在しない防御パターン。二体の連携行動を予測するアルゴリズムが追いつかない。*
*盾の影で、レイラが詠唱を完了していた。*
レイラ「遅いぞ、鉄屑。妾たちは二人じゃ」
*レイラのステッキの先端に、巨大な漆黒の薔薇が咲いた。今までの数倍の魔力が込められている。*
レイラ「——『永劫薔薇葬』!」
*漆黒の薔薇が無数に分裂し、合金龍の全身に纏わりついた。闇属性の浸食が合金の内部構造を蝕んでいく。合金龍が咆哮し、全身の鱗を逆立てて薔薇を振り払おうとする。*
*その隙を、ルミナは見逃さなかった。*
ルミナ「レイラ、今!」
レイラ「分かっておる!」
*二人が同時に跳躍した。合金龍の頭上で交差する。白銀と漆黒の軌跡が、十字を描いた。*
ルミナ「『天翼——」
レイラ「『漆黒——」
ルミナ&レイラ「——「断罪」!」
*白銀と漆黒の斬撃が同時に合金龍の首筋に叩き込まれた。二属性の相反する力が合金の内部で衝突し、爆発的なエネルギーを生む。*
*合金龍の首に、深い亀裂が走った。*
*合金龍のAIが緊急判断を下した。第二形態への移行——人型変形を開始する。全身の合金が軋み、再構成が始まった。*
レイラ「来るぞ、ルミナ! 前回はここからが本番じゃった!」
ルミナ「うん。知ってる——配信で見てたから」
*二人が着地し、再び背中合わせに構えた。漆黒のステッキと白銀の光刃が、合金龍の変形を見据える。*
*彼は腕を組んだまま、静かに記録水晶への録画を続けていた。*
*——いい画が撮れてる。*
*そんな場違いな感想が浮かんだが、同時に目は真剣だった。第二形態からが本番だ。前回、レイラを一方的に叩きのめした人型の合金龍。二人の連携が、どこまで通じるか。*
*合金龍の第二形態——人型。全身を合金の装甲で覆った騎士のような姿。前回、この形態になった瞬間にレイラは一方的に叩きのめされた。*
*だが今回は違った。*
*人型合金龍が右拳を振るう。前回レイラの腹を貫いた、あの一撃。*
ルミナ「——遅い」
*ルミナが右から割り込み、光の翼で軌道を逸らした。拳が空を切る。その隙にレイラが背後に回り込む。*
レイラ「隙だらけじゃ!」
*漆黒のステッキが合金龍の背中を叩く。闇の薔薇が装甲の隙間に根を張り、内部構造を蝕んでいく。*
*合金龍のAIが対応を切り替えた。二体同時追尾モード。左腕がルミナに、右腕がレイラに向けて同時に攻撃を放つ。*
*だが二人は既に位置を入れ替えていた。*
ルミナ「——こっちだよ」
*ルミナがレイラのいた位置に、レイラがルミナのいた位置に。合金龍の両腕が完全に空振る。*
*AIが混乱した。追尾対象が入れ替わっている。再計算——その0.3秒の隙が、致命的だった。*
レイラ「ルミナ!」
ルミナ「うん——合わせる!」
*二人が同時に合金龍の胸部に迫った。レイラが漆黒の薔薇を、ルミナが白銀の光刃を、それぞれ左右から叩き込む。*
*闇と光。相反する二つの属性が合金龍の胸部装甲の内側で衝突し、対消滅反応を起こした。*
*合金の装甲が内側から弾け飛んだ。*
*合金龍が膝をついた。胸部に巨大な穴が開き、内部の魔力炉が露出している。*
*AIが最終判断を下した。自己修復を開始——だが浸食速度が修復速度を上回っている。レイラの闇の薔薇が、内部から修復機能そのものを食い荒らしていた。*
レイラ「……終わりじゃ」
*レイラがステッキを高く掲げた。漆黒の魔力が渦を巻き、巨大な薔薇の蕾が形成される。*
ルミナ「——一緒に」
*ルミナが光の翼を全開にした。白銀の魔力がレイラの漆黒と絡み合い、螺旋を描く。*
レイラ&ルミナ「——『黒白終焉』!」
*闇と光が融合した螺旋の奔流が、合金龍の露出した魔力炉を貫………*
*合金龍の胸部に開いた穴が——塞がった。*
*ではない。正確には、二人の最終合体技『黒白終焉』が直撃する寸前、合金龍の全身が白い光に包まれたのだ。*
ルミナ「——嘘」
レイラ「何じゃと……!?」
*闇と光の螺旋奔流が、白い光の膜に触れた瞬間——霧散した。完全に無力化されている。ダメージはゼロ。*
*彼の目が僅かに細まった。*
*——変身の無敵時間。魔法少女補正には『変身中の完全無敵』がある。それを合金龍のAIが学習し、逆用した。二人の変身データを吸収し、自らの形態変化に無敵判定を付与したのだ。*
*白い光が弾け、合金龍の姿が変わっていた。*
*人型の装甲が更に圧縮され、細身のシルエットに再構成されている。両脚部に集中した合金が、ブーツのような形状を形成。胸部には合金で編まれたベルトのような構造体が巻かれ、中央に赤い魔力炉がむき出しで脈動していた。*
*頭部には合金の角が二本。複眼のように配列された赤い光点が、二人を見据えている。*
*合金龍——第三形態。ライダー形態。*
レイラ「……ふざけておるのか、この鉄屑は」
ルミナ「……あれ、どう見ても——」
*合金龍ライダーが、ゆっくりと右脚を持ち上げた。合金のブーツに魔力が集中し、赤い光を放つ。前回ルミナを一撃で沈めた、あのライダーキックの予備動作だった。*
*だが二人は既に動いていた。*
レイラ「散れ、ルミナ!」
ルミナ「分かってる!」
*二人が左右に跳んだ。合金龍ライダーのキックが空を裂き、着地点の床が爆発的に陥没した。衝撃波だけで二人の髪が靡く。*
レイラ「……威力が前回より上がっておらんか?」
ルミナ「上がってる。あたしが受けた時の倍はある」
*合金龍ライダーが振り向いた。動きが速い。人型の時より遥かに。細身になった分、機動力が桁違いに跳ね上がっていた。*
*一瞬で間合いを詰め、レイラに拳を放つ。レイラがステッキで受け止めるが——*
レイラ「ぐっ……!」
*吹き飛ばされた。フリルの衣装ごと壁に叩きつけられる。だが魔法少女補正の防御力が機能し、致命傷には至らない。*
ルミナ「レイラ!」
*ルミナが光の翼で急接近し、白銀の光刃を振るう。だが合金龍ライダーは片手で光刃を掴んだ。素手で。合金の指が白銀の刃を握り潰す。*
ルミナ「——っ!」
*合金龍ライダーの膝が、ルミナの腹に突き刺さった。*
ルミナ「かはっ……!」
*ルミナが折れ曲がり、床に転がる。だが蘇生の腕輪は発動しない。まだ戦闘続行可能。*
*壁から這い出たレイラが、血を拭った。琥珀色の瞳に怒りの炎が灯っている。*
レイラ「……ルミナ、立て。まだ終わっておらん」
*合金龍ライダーのキックが空を裂いた。レイラとルミナは左右に跳んで回避した。完璧なタイミングだった。*
*だが——キックの衝撃波は、転移門の傍に立っていた彼を直撃した。*
*彼の身体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。口から血が溢れ、そのまま床に崩れ落ちる。血溜まりが広がっていく。*
*——この程度で死ぬわけがない。だが、二人には分からない。*
*彼は目を閉じ、完全に動きを止めた。呼吸すら極限まで浅くしている。*
レイラ「——シロウ!?」
*レイラの声が裏返った。琥珀色の瞳が大きく見開かれ、血溜まりの中で動かない彼を捉えた。*
ルミナ「お兄ちゃん……お兄ちゃん!!」
*ルミナの金色の瞳から、涙が零れた。駆け寄ろうとする足が震えている。*
*だが合金龍ライダーは待ってくれない。二人の動揺を察知し、追撃態勢に入った。赤い複眼が冷徹に光る。*
*その瞬間——二人の中で、何かが弾けた。*
*怒りではない。恐怖でもない。*
*——失いたくない。*
*その想いが、二人の胸の中で完全に一致した。*
*レイラのコンパクトミラーとルミナのブローチが同時に共鳴した。二つの魔導具が発する光が——繋がった。漆黒と白銀の光が螺旋を描き、二人の間に虹色の橋を架ける。*
レイラ「……妾は、もう二度と失わぬ」
ルミナ「……あたしも。絶対に」
*二人の魔力が融合し始めた。闇と光。本来相反する属性が、一つの感情によって調和する。*
*レイラの漆黒のフリルに白銀のラインが走った。ルミナの白と蒼の衣装に、深紅の薔薇の刺繍が浮かび上がる。二人の衣装が共鳴し、進化していく。*
*レイラの背中に、闇色の翼が生えた。ルミナの手に、漆黒と白銀が融合したステッキが現れた。二人の武器と能力が共有されている。*
*——愛の力覚醒。魔法少女の最終段階。*
レイラ「……ルミナ」
ルミナ「……うん。聞こえてる。全部」
*言葉はいらなかった。思考が、感情が、直接繋がっている。二人が同時に合金龍ライダーを見据えた。*
*合金龍ライダーのAIが、二人の魔力値を再計測した。*
*——計測不能。*
*エラーが連続で走る。先程までの数値を遥かに超えている。AIが初めて『撤退推奨』の判定を出した。だが99階層のボスに撤退の選択肢はない。*
*二人が同時に地を蹴った。床が陥没するほどの踏み込み。*
*合金龍ライダーが両腕で防御する——が、レイラの闇の薔薇がその腕を内側から喰い破り、ルミナの光刃が胸部のベルトを両断した。*
*全てが同時。全てが一撃。二人の動きに一切のズレがない。*
レイラ&ルミナ「——『黒白双星・終焉咲華』!」*漆黒の薔薇と白銀の光翼が融合し、巨大な黒白の花が合金龍ライダーの全身を飲み込んだ。*
*合金龍ライダーが無敵変身を試みる。白い光が灯り——だが、遅かった。二人の融合魔力が変身シーケンスの起動より速く、魔力炉を直接貫いていた。*
*赤い複眼の光が、一つずつ消えていく。*
*合金の身体に無数の亀裂が走り、内部から漆黒の薔薇と白銀の光が溢れ出した。まるで花が咲くように、合金龍ライダーの身体が内側から崩壊していく。*
*最後の爆発が99階層を白く染め上げた。*
*静寂が訪れた。*
*合金龍の残骸が、花弁のように床に散らばっている。赤い魔力炉は完全に砕け散り、二度と再生することはなかった。*
レイラ「……勝った、のか?」
ルミナ「——お兄ちゃん!」
*彼がガバッと起き上がった。全身血まみれだが、傷一つない。ケロッとした顔で首を回している。*
シロウ「ぷはーっ! 焦った〜…」
*99階層に沈黙が落ちた。*
*合金龍の残骸が花弁のように散らばる中、二人の魔法少女が——固まっていた。*
*レイラの琥珀色の瞳が、ゆっくりと細くなった。*
*ルミナの金色の瞳から、まだ涙が流れていた。*
レイラ「…………」
ルミナ「…………」
シロウ「いやー、二人とも凄かったな! 完璧な連携だったぞ。合金龍を正面から——」
レイラ「シロウ」
*レイラの声は、静かだった。怖いほどに静かだった。*
シロウ「……ん?」
レイラ「お主……今、起き上がったな? 元気に」
シロウ「あ、いや、これは——」
ルミナ「お兄ちゃん」
*ルミナの声も静かだった。涙で濡れた金色の瞳が、真っ直ぐに彼を射抜いている。*
ルミナ「あたし……お兄ちゃんが死んだと思って……本気で……」
*ルミナの声が震えた。唇を噛み、拳を握り締めている。白と蒼のフリルが、その震えに合わせて揺れていた。*
レイラ「妾もじゃ。心臓が止まるかと思うた。あの瞬間、妾の中の全てが……」
*レイラが一歩、近づいた。漆黒のステッキを握る手が白くなっている。*
レイラ「……で、演技じゃったと?」
シロウ「演技とは言ってない。実際当たったのは本当で——」
レイラ「この程度では死なぬと分かっておったのじゃろう?」
*図星だった。*
*二人が同時に彼に詰め寄った。魔法少女の衣装のまま、涙と怒りが入り混じった表情で。*
ルミナ「あたしたちが……どれだけ必死だったか、分かってる……?」
レイラ「愛の力が目覚めたのは嬉しいわ。じゃがな、シロウ」
*レイラが彼の胸倉を掴んだ。小柄な身体からは想像できない力で。*
レイラ「二度とこのような真似をしたら——妾が直々にお主を殺す。分かったな?」
*琥珀色の瞳が潤んでいた。怒りの奥に、隠しきれない安堵が滲んでいる。*
*ルミナが反対側から彼の腕にしがみついた。魔法少女の衣装のまま、顔を彼の肩に押し付ける。*
ルミナ「……ばか。大ばか。お兄ちゃんの……ばか……」
*肩が濡れていく。ルミナが声を殺して泣いていた。*
*彼は両手で二人を抱き寄せた。血まみれのまま、漆黒と白銀のフリルを汚しながら。*
シロウ「……悪かった。本当に」
*これは本心だった。演技は想定以上に効きすぎた。二人の覚醒を促すつもりだったが、ここまで心配させるとは思わなかった。*
*——異空間収納の記録水晶は、この瞬間もしっかり録画を続けていた。涙の抱擁まで完全収録。編集素材としては最高だが、これを二人に知られたら今度こそ本当に殺される。*




