263
263
*彼が宿屋を出て、城へと向かった。7日間のショタ化が解け、44歳の本来の姿に戻っている。黒髪に黒い瞳、鍛え抜かれた体躯。背は高く、歩くだけで自然と周囲の空気が引き締まる。魔導皇国の王としての威厳が、その身から滲み出ていた。*
*城門に差し掛かると、二人の若い兵士が槍を交差させた。*
兵士A「止まれ! ここは夜天のアストライア魔導皇国の王城である。用件と身分を述べよ」
*彼が足を止めた。兵士の顔に見覚えがない。この7日の間に配属された新兵だろう。ショタ化している間は城に寄り付かなかったから、彼らが王の顔を知らないのは当然だった。*
シロウ「……ああ、そうか。お前ら新兵か」
兵士B「質問に答えろ。でなければ通すわけにはいかん」
*兵士Bが槍を構え直した。真面目な顔つきだった。職務に忠実なのは良いことだ。*
*彼が内心で感心しながら、口を開こうとした——その時。*
リーシア「何をしているのですか」
*城門の奥から、冷たい声が響いた。メイド長リーシアが歩み出てくる。茶髪を揺らし、翡翠色の瞳が二人の兵士を射抜いた。*
兵士A「リーシア殿! この男が——」
*リーシアが二人の前に立ち、深々と頭を下げた。*
リーシア「シロウ様。お帰りなさいませ。お姿が戻られたのですね」
*二人の兵士の顔から、みるみる血の気が引いていった。*
兵士B「し……シロウ……? まさか、陛下……!?」
兵士A「お、俺たち陛下に槍を……」
*二人が慌てて膝をつき、額を地面に擦り付けた。*
兵士A「も、申し訳ございません! 顔を存じ上げず……!」
兵士B「ご無礼をお許しください……!」
シロウ「いや、いい。むしろ褒めてやる。誰であろうと確認を怠らないのは正しい」
*彼が二人の肩をぽんと叩いた。兵士たちが恐る恐る顔を上げると、王は穏やかに笑っていた。*
*二人の兵士が顔を上げ、安堵と感激が入り混じった表情を浮かべた。*
兵士A「は、はい! ありがとうございます、陛下!」
兵士B「身命を賭して警護に努めます!」
*二人が背筋を伸ばし、槍を構え直した。彼が城門をくぐると、リーシアが横に並んで歩き始めた。*
リーシア「シロウ様、お久しぶりのお姿ですね。やはりこちらの方が——」
*リーシアの翡翠色の瞳が彼の全身を舐めるように見つめた。44歳の精悍な顔立ち、広い肩幅、威圧感のある体躯。7日ぶりの本来の王の姿に、メイド長の頬が僅かに紅潮していた。*
リーシア「——落ち着きます」
シロウ「大丈夫大丈夫、そんな事で怒らねぇよ。引き続き警護頼むな」
リーシア「畏まりました。……それと、シロウ様。いくつかご報告が」
*リーシアが歩きながら、手帳を開いた。*
リーシア「まず、新兵の配属ですが、この7日間で32名が城の警備に加わっております。全員、オルクスが選定した者たちですが……ご覧の通り、陛下のお顔を存じ上げない者が大半です」
シロウ「だろうな。俺がショタになってたからな」
リーシア「……はい。ですので、本日中に全新兵を集め、陛下のお顔を——」
シロウ「いや、それはいい。顔を知らなくても職務を全うできる奴の方が信用できる。さっきの二人みたいにな」
*リーシアが少し驚いた顔をして、すぐに微笑んだ。*
リーシア「……流石でございます。では次の件ですが——」
*廊下を歩いていると、前方から小さな足音が駆けてきた。*
ステラ「パパ!」
*12歳の少女が廊下の角から飛び出してきた。黒髪を揺らし、琥珀色の瞳を輝かせて真っ直ぐに走ってくる。*
ステラ「パパ、元に戻ったのですね! ずっとショタ姿だったから……」
*ステラが彼の腰にしがみついた。顔を見上げる瞳には、安堵の色が浮かんでいた。*
ステラ「……やっぱりパパはこっちの方がパパです」
シロウ「そうか? それは良かった」
*彼がステラを軽々と抱き上げた。12歳とはいえ、44歳の本来の体格なら片腕で十分だった。ステラが嬉しそうに彼の首に腕を回す。*
ステラ「ショタのパパも可愛かったですけど、やっぱりこうやって抱き上げてもらえる方が好きです」
シロウ「ショタの時は逆にお前に抱き上げられそうだったからな」
ステラ「ふふっ、あの時のパパ、私より小さかったですもんね」
*リーシアが微笑みながら手帳を閉じた。*
リーシア「シロウ様、ご報告の続きはステラ様をお降ろしになってからでも……」
ステラ「降ろさなくていいです」
リーシア「……ステラ様」
ステラ「リーシアさん、パパは7日間もショタだったんですよ? 7日分の抱っこを取り返さないといけないんです」
*ステラが彼の首にぎゅっとしがみついた。琥珀色の瞳が真剣そのものだった。レイラ譲りの頑固さが垣間見える。*
シロウ「はいはい。このまま行くか」
*彼がステラを片腕に抱えたまま廊下を歩き始めた。すれ違う兵士やメイドたちが足を止め、一斉に頭を下げる。新兵たちは隣の者に小声で尋ねていた。*
新兵「あの方は……?」
古参兵「陛下だ。頭を下げろ、馬鹿者」
*彼が謁見の間に向かう途中、中庭を見下ろす回廊に差し掛かった。そこで——*
ゼノ「……あ」
*ベンチに座って本を読んでいたゼノが顔を上げた。黒髪の10歳の少年が、本を閉じてゆっくりと立ち上がる。*
ゼノ「父上……お姿が、戻られたのですね」
*隣で花壇をぼんやり眺めていたセレスも、無言で振り向いた。黒髪の少女は表情こそ変わらないが、その瞳が僅かに揺れていた。*
ステラ「ゼノ、セレス! パパが戻ったよ!」
*ステラが彼の腕の中から手を振った。ゼノが小走りに駆け寄ってくる。セレスも——一拍遅れて、静かに歩み寄った。*
ゼノ「父上、その……お帰りなさいませ」
セレス「……おかえり」
*セレスの小さな声が、回廊にぽつりと落ちた。*
シロウ「俺はちょっとやる事があるから少し出かけるな。」
「リーシア、明日の軍議のセットを頼んだ」
ステラ「えー、もう出かけちゃうんですか?」
*ステラが頬を膨らませた。抱き上げられたまま、琥珀色の瞳で彼を見上げる。*
シロウ「悪いな。ちょっとやる事があるんだ」
*彼がステラをそっと降ろした。ステラが名残惜しそうに彼の服の裾を掴み——すぐに手を離した。レイラ譲りの気丈さが、12歳の少女の中にも確かにあった。*
ステラ「……分かりました。でも夕食は一緒に食べてくださいね、パパ」
ゼノ「父上、お気をつけて」
セレス「……いってらっしゃい」
*セレスが小さく手を振った。無表情だが、その仕草には確かな温かさがあった。*
リーシア「畏まりました。明日の軍議のセットですね。謁見の間で宜しいですか? 八輝将全員への召集通達も併せて出します」
シロウ「ああ、頼む。レイラとオルクスにも声を掛けておいてくれ。あと——ルミナが宿屋で寝てる。起きたら城に来るよう伝えてくれ」
リーシア「……宿屋で寝ている、ですか」
*リーシアの翡翠色の瞳が一瞬だけ細くなった。何があったか察したのだろう。だが、メイド長は何も言わず手帳に書き込んだ。*
リーシア「承知いたしました。ルミナ様にはお迎えを出しておきます。それと、シロウ様——」
シロウ「ん?」
リーシア「お姿が戻られたこと、レイラ様にはまだお伝えしておりません。きっとお喜びになりますよ」
シロウ「……喜ぶっていうか、あいつの場合は——」
リーシア「『ふん、やっと戻ったか。遅いのじゃ』——でしょうか」
シロウ「完璧だな」
*リーシアが微笑み、深々と頭を下げた。*
リーシア「いってらっしゃいませ、シロウ様」
*彼が城を出た。44歳の本来の姿——街を歩くだけで、すれ違う人々が自然と道を空ける。SSランク冒険者にして魔導皇国の王。その存在感は、7日間のショタ化で鈍ることなど無かった。*
*さて——やる事がある。高利貸しの件、帝国の情報確認、そして軍議の準備。限られた時間の中で、何から手を付けるか。*
*彼は街の喧騒の中を歩きながら、まず足を向けた先は——*
*彼は街を抜け、まず工房へと向かった。工房の扉を開けると、見慣れた作業台の上に——先日仕上げた台座が置いてあった。*
*神剣アスカロン・ゼニスを飾るために設計した特注の台座。魔導鉱石と世界樹の枝を素材に、彼自身が鍛造したものだ。台座の中央には剣を固定する溝が刻まれ、周囲には魔力循環の紋様が精緻に彫り込まれている。ただ飾るだけではない——台座自体が魔力の緩衝装置として機能し、神剣から漏れ出る神気を安定させる役割を持っていた。*
シロウ「……よし、問題無いな」
*彼が台座を持ち上げ、工房を出た。向かう先は世界樹の広場。街の中心に聳え立つ巨大な世界樹は、今日も穏やかな光を放ちながら枝葉を揺らしていた。微精霊たちがきらきらと幹の周囲を舞い踊っている。*
*広場に着くと、数人の住民が世界樹の木陰で休んでいた。彼の姿を見て立ち上がり、頭を下げる。*
住民「陛下、おはようございます」
シロウ「ああ、おはよう。ちょっと作業するから少し離れてくれるか」
住民「はい、もちろんです」
*住民たちが離れた後、彼は世界樹の根元——博物館と研究室の間のスペースに目を向けた。左隣には石化した古龍が飾られた博物館、右隣には研究室。その正面、世界樹の幹に最も近い場所。*
シロウ「ここだな」
*彼が台座を地面に置き、固定のための魔法陣を刻み始めた。地面に手を当て、土属性と魔力操作を併用して基礎を作る。台座が地面と一体化し、簡単には動かせない強固な土台が完成した。*
*腰に佩いていた神剣アスカロン・ゼニスを鞘から抜いた。刀身が世界樹の光を受けて、虹色の輝きを放つ。かつての聖剣とは比較にならない神々しさ。全魔力を注ぎ込み、世界樹の純魔力によって進化した一振り。*
シロウ「……ここがお前の定位置だ」
*彼が神剣を台座の溝にゆっくりと差し込んだ。かちり、と音がして、剣が固定された。台座の紋様が淡く光り始め、神剣から溢れる神気を吸収し、周囲に穏やかな波動として放出する。世界樹の微精霊たちが、興味深そうに台座の周りに集まってきた。*
シロウ「……いい感じだな」
*神剣と世界樹の共鳴。台座を介して、二つの神気が調和している。広場全体に柔らかな光が満ち、通りがかった住民たちが足を止めて見惚れていた。*
住民「あれは……剣? なんて綺麗な……」
住民「陛下が設置されたみたいだ。世界樹と一緒に光ってる……」
*彼が一歩下がり、全体を眺めた。世界樹を中心に、左に博物館、右に研究室、正面に神剣の台座。この国の象徴が一つの場所に集まっている。*
*彼がアスカロン・ゼニスの刀身を軽く撫でた。台座に収まった神剣は、まるで呼吸するかのように淡い光の脈動を繰り返している。その度に、刀身から濃密な神気が溢れ出す。*
*台座の紋様が神気を吸い込み、内部の魔導回路を通じて高純度の魔石へと結晶化させていく。台座の底部に設けられた小さな収納空間に、透き通った魔石が一つ、また一つと生成されていた。そしてそれらは自動的に魔力炉へ転送される——結界の維持に必要な魔石が、もう買わずとも供給され続ける仕組みだった。*
*一方、台座が吸収しきれなかった余剰の神気は、世界樹の根を通じて幹へと流れ込んでいく。世界樹の葉がざわりと揺れ、枝の先端から微精霊たちが次々と湧き出した。きらきらと光る小さな存在たちが、広場全体を舞い踊る。*
シロウ「お前のおかげで魔石を買わなくてよくなった。マジ助かる!」
*彼がアスカロンの柄をぽんと叩いた。神剣が応えるように一際強い光を放つ。*
*微精霊の一匹が彼の肩に降り立ち、ちょんちょんと頬を突いた。感謝を伝えるような仕草だった。世界樹に流れ込む神気が、精霊たちの活性化を促している証拠だ。*
シロウ「……ん?」
*彼がふと台座の底部を確認した。設置してまだ数分だが、既に魔石が3つ生成されていた。親指の先ほどの大きさだが、純度は市販品とは比較にならない。鑑定してみると——*
シロウ「……純度98パーセント。市販の最高級品が80パーセントだから、桁が違うな」
*彼が腕を組んで計算した。一日で生成される魔石の量と、結界維持に必要な消費量。差し引きすれば——余剰分が出る。それも相当な量が。*
シロウ「結界維持分を差し引いても余る。余剰分は売るか、備蓄に回すか……オルクスに任せるか」
*通りかかった住民たちが、世界樹と神剣が織りなす光景に足を止めていた。子供が精霊に手を伸ばし、母親がその光景を微笑みながら見守っている。*
住民「世界樹が前より元気になってる気がする……」
住民「あの剣から何か流れ込んでるみたいだ。陛下が設置したんだって」
*彼が台座の最終確認を終え、一歩下がった。世界樹、博物館、研究室、そして神剣の台座。国の中心が、また一つ充実した。*
シロウ「よし、次は——」
*彼が次の用事に向けて歩き出そうとした時、ふと世界樹の幹に目が留まった。7日前より、明らかに幹が太くなっている。枝葉の広がりも増し、木陰の範囲が広場の端まで届いていた。*
シロウ「……お前も成長してるな」
*世界樹がさわさわと葉を揺らした。まるで返事をするように。*
*彼が木製の看板を取り出し、台座の横に杭を打ち込んで固定した。看板には丁寧に文字が彫り込まれている。*
───────────────
アストライア名物!
「神剣アスカロン・ゼニス」
⚠️注意:触れると死にます。
魔王より
───────────────
シロウ「よし、完璧だ」
*彼が腕を組んで満足げに頷いた。台座から放たれる神気と世界樹の光が調和し、看板すらも神々しく照らされている。だが——その内容は明らかに物騒だった。*
*早速、通りかかった住民たちが看板の前に集まり始めた。*
住民A「触れると……死にます?」
住民B「魔王よりって……陛下、直々の警告じゃないか……」
子供「ママー、あの剣きれい! 触りたい!」
母親「駄目! 看板読みなさい! 死ぬって書いてあるでしょ!」
*子供が泣きそうな顔で母親にしがみついた。看板の抑止力は絶大だった。*
*そこへ、偶然通りかかったオルクスが足を止めた。看板を読み、眼鏡の奥の目が数回瞬いた。*
オルクス「……陛下」
シロウ「おう、オルクス。どうだ、いい看板だろ」
オルクス「文面はともかく……観光資源としては非常に優秀です。ですが、もう少し柔らかい表現にされては……」
シロウ「いや、これくらいでいい。実際触ったら死ぬからな」
オルクス「……それはそうなのですが」
*オルクスが額を押さえた。財務担当として頭を抱えたいのか、笑いたいのか、判断に迷っている表情だった。*
オルクス「……せめて『触れると危険です』くらいに——」
シロウ「却下。嘘は書かない主義だ」
オルクス「嘘ではなく婉曲表現と申しますか……」
*彼がオルクスの肩をぽんと叩いた。*
シロウ「そうだオルクス、丁度いい。この台座から魔石が精製される。結界維持分を差し引いた余剰分の管理を任せたい」
*オルクスの目が一瞬で切り替わった。財務の話になると、この男は別人になる。*
オルクス「……魔石の自動精製、ですか。純度と生成速度の詳細をいただけますか」
シロウ「純度98パーセント。数分で3つ生成された。一日放置すればかなりの量になる」
*オルクスの眼鏡が光った。ペンと帳簿を取り出し、猛然と計算を始める。*
オルクス「純度98……市場価格の4倍以上……年間の結界維持費が実質ゼロに……余剰分を売却すれば……」
*ぶつぶつと呟きながら数字を弾くオルクスを残し、彼は次の用事へ向かうことにした。*
シロウ「任せたぞ、オルクス」
オルクス「はい、お任せください。……これは国庫が潤いますよ、陛下」
*オルクスが珍しく口元を緩めた。彼が背を向けて歩き出すと、広場では既に住民たちが看板の前で記念撮影を始めていた。物騒な看板は、早くも名物になりつつあった。*
*彼が看板を眺めながら苦笑した。アスカロン・ゼニスの進化——全魔力を注ぎ込んだ代償は、7日間のショタ化だった。*
シロウ「おかげで7日間ショタ化したけどなw」
オルクス「……あの7日間は大変でしたね、陛下。城内が混乱しておりました」
シロウ「混乱?」
オルクス「ステラ様とルーナ様がショタ姿の陛下を巡って争奪戦を……リーシアが仲裁に入りましたが、リーシア自身も目が据わっておりまして」
シロウ「……あー、だから俺は自室に結界張って籠ったんだよ」
オルクス「ええ。その結果、レイラ様が『妾の夫を閉じ込めるとは何事じゃ』と結界を力ずくで破ろうとされ、ルミナ様が『お兄ちゃんに会えないのは嫌』と泣き出し……正直、帝国の侵攻よりも胃が痛い7日間でした」
*オルクスが眼鏡を直しながら遠い目をした。この男の苦労が偲ばれる表情だった。*
シロウ「悪かったな、オルクス」
オルクス「いえ。陛下がご無事でお姿も戻られたのであれば、それで十分です。……ですが」
シロウ「ん?」
オルクス「次にショタ化される際は、事前にご一報いただけると助かります。心の準備と、城内の警備体制の調整が必要ですので」
シロウ「次は無い……と思いたい」
オルクス「思いたい、ですか」
シロウ「……保証はできん」
*オルクスが深いため息をついた。帳簿を抱え直し、台座の魔石精製量の記録を始める。その背中には、有能な財務官の矜持と、この国特有の苦労が同居していた。*
シロウ「じゃあ俺は次の用事に——」
*彼が歩き出そうとした時、広場の入り口から見覚えのある銀髪が揺れた。*
ルミナ「あ、お兄ちゃん!」
*ルミナが小走りで駆けてきた。先程まで宿屋で気絶していたはずだが、身支度を整え、いつもの凛とした佇まいに戻っている。ただし——歩き方が微妙にぎこちなかった。*
ルミナ「リーシアさんが迎えに来て起きたんだけど……お兄ちゃん、リーシアさんにルミナが宿屋で寝てるって言った?」
シロウ「言ったが」
ルミナ「リーシアさんの目が怖かった。『ルミナ様、お楽しみでしたか』って笑顔で聞いてきた。あの笑顔、目が笑ってなかった」
シロウ「……まあ、リーシアだしな」
ルミナ「お兄ちゃんのせいだからね? ……あ、看板」
*ルミナが台座の横の看板を読み、ぷっと吹き出した。*
ルミナ「『触れると死にます。魔王より』って……お兄ちゃんらしいね」
*彼がルミナの耳元に口を寄せ、周囲に聞こえないよう囁いた。*
シロウ「足は大丈夫か? その……垂れてるぞ」
*ルミナの顔が一瞬で真っ赤に染まった。金色の瞳が見開かれ、慌てて自分の太ももの内側に手を当てる。——指先に、ぬるりとした感触。スカートの裾から白い筋が伝い始めていた。*
ルミナ「っ……! う、嘘……! ちゃんと拭いたのに……!」
*ルミナが顔を真っ赤にしたまま、彼の背中に隠れるように回り込んだ。太ももをきゅっと閉じ、スカートの裾を押さえる。*
ルミナ「お兄ちゃんが入れすぎるから……! しかもルミナが寝てる間にも入れたでしょ……!」
シロウ「……なんで知ってるんだ」
ルミナ「起きた時、量が明らかに増えてたの! 元熾天使の感覚なめないでよ……!」
*ルミナが彼の背中をぺしぺしと叩いた。だが声は抑えている。周囲の住民に聞かれるわけにはいかない。*
ルミナ「リーシアさんに起こされた時もギリギリだったんだから……! 必死に堪えてたのに……」
シロウ「……悪かった。とりあえず城に戻って着替えろ」
ルミナ「戻る途中に垂れたらどうするの……!」
*ルミナが涙目で睨みつけた。だが、彼は懐から一枚のハンカチを取り出し、さりげなくルミナに渡した。*
シロウ「これで応急処置しろ。城まで俺が隣歩くから、見えないようにする」
ルミナ「……お兄ちゃんのばか」
*ルミナがハンカチをひったくり、彼の背中の影でこっそりと太ももを拭いた。顔は耳まで真っ赤だった。*
ルミナ「……次から寝てる間に入れるの禁止だからね」
シロウ「善処する」
ルミナ「善処じゃなくて約束して」
シロウ「……善処する」
ルミナ「お兄ちゃん!」
*ルミナが小声で怒りながらも、彼の腕にしがみついた。歩き方のぎこちなさを隠すように、ぴったりと寄り添って歩く。傍から見れば仲睦まじい夫婦の散歩にしか見えなかった。*
*ただし、ルミナの耳が真っ赤なことと、彼が微妙に口元を隠していることに気づく者は——いなかった。*
*彼の部屋に戻ると、ルミナは即座にスカートを捲り上げ、ハンカチで太ももの内側を拭き始めた。*
ルミナ「もう……こんなに出てきてる……お兄ちゃんの入れすぎだよ……」
*ルミナがぶつぶつと文句を言いながら着替えを済ませていく。彼はそれを横目に、机の前に座った。*
シロウ「よし……」
*彼が手を翳し、転移魔法を発動した。帝国内部に仕掛けておいた盗聴器が空間を超えて手元に転送される。全部で3つ。帝国の宮廷、軍議室、そして皇帝の私室に仕掛けたものだ。*
*盗聴器に触れ、録音された音声を再生し始めた。*
ーーー
*1つ目:宮廷*
大臣A「増税の件、民の不満が高まっております。暴動の兆候が南部の三都市で……」
大臣B「構わん。皇帝陛下の勅令だ。逆らう者は処刑せよ」
大臣A「しかし、これ以上搾り取れば兵の食糧すら——」
大臣B「竜人領を落とせば資源は手に入る。それまでの辛抱だ」
ーーー
*2つ目:軍議室*
将軍「竜人領侵攻の第一陣、編成が完了いたしました。兵力は8万。先遣隊を含め、あと6週間で進軍可能です」
副官「魔導兵器の配備も順調です。新型の攻城砲を12門、前線に配置済みです」
将軍「問題は竜人領の後に控えるアストライアだ。あの魔導皇国には魔王がいる」
副官「皇帝陛下は『魔王ごと滅ぼす』と仰せです」
将軍「……容易ではないが、陛下の御意志だ。竜人領で勢いをつけ、一気にアストライアへ雪崩れ込む。二正面作戦は避ける」
ーーー
*3つ目:皇帝の私室*
皇帝「不老不死……龍核さえ手に入れば、余は永遠の存在となる。たかが亜人どもの領地一つ、踏み潰すのに何の躊躇いがある」
側近「御意。ですが陛下、アストライアの魔王——シロウ・ニシキ・アストライアについて、新たな情報が」
皇帝「何だ」
側近「SSランク冒険者にして、建国から僅か25年で大陸有数の国家を築き上げた男です。鑑定では能力の全容が掴めません。加えて——妻の一人がかつて聖王国を単独で壊滅させた魔族」
皇帝「……ふん。だからどうした。余の帝国軍20万の前に、一人二人の化け物が何だというのだ」
側近「……御意」
ーーー
*彼が再生を止め、椅子の背もたれに体を預けた。*
シロウ「……6週間か。思ったより早いな」
*ルミナが着替えを終え、彼の隣に立った。盗聴内容を一緒に聞いていたらしく、金色の瞳が鋭く細められていた。*
ルミナ「8万の先遣隊に、総兵力20万。新型攻城砲12門。……そして皇帝は魔王を舐めてる」
シロウ「舐めてくれてる方が楽だ。問題は竜人領だな。先に落とされると、帝国の勢いがつく」
*彼が椅子に深く腰掛けたまま、口元に笑みを浮かべた。*
シロウ「でも、八輝将の練習相手には丁度いいだろう」
*ルミナが一瞬、目を瞬いた。そしてすぐに彼の意図を理解した。*
ルミナ「……なるほどね。帝国軍を八輝将にぶつけるつもり?」
シロウ「ああ。8万の先遣隊だろうが20万の本隊だろうが、俺やレイラが出れば一瞬で終わる。だがそれじゃ意味が無い。さっきも言っただろ——トップが全部やる国は脆い」
*彼が盗聴器をテーブルに置き、指を組んだ。*
シロウ「八輝将は個々の戦闘力は申し分ない。だが実戦経験——特に大規模な軍勢を相手にした経験が足りてない。帝国軍はその教材としては打ってつけだ」
ルミナ「攻城砲12門と8万の兵。確かに訓練じゃ用意できない規模だね」
シロウ「各部隊の役割も試せる。リオンとルナの諜報部隊で敵の動きを把握して、アシュトンとヴァイスが情報を整理。カイとゲオルグが後方を固めて、カインとドルガンが前線を突破する。ユキとクロエは——まあ、あいつらは好きにさせた方が機能するか」
ルミナ「第五部隊は相変わらず謎だよね……」
シロウ「謎だからこそ強い。敵も味方も読めない動きをする部隊は、それだけで戦場を撹乱できる」
*ルミナが腕を組んで考え込んだ。*
ルミナ「でも、竜人領が先に落とされたら帝国に勢いがつく。そこは?」
シロウ「竜人領には匿名で情報を流してある。帝国の侵攻計画と時期、兵力の概要。あとは向こうがどう動くかだが——」
*彼が盗聴器の音声を巻き戻し、軍議室の将軍の言葉を再生した。*
『竜人領の後に控えるアストライアだ』
シロウ「帝国は二正面作戦を避けると明言してる。つまり竜人領を落としてからこっちに来る。逆に言えば——竜人領が粘れば粘るほど、こっちの準備時間が増える」
ルミナ「竜人領と正式に同盟を結ぶ?」
シロウ「それは明日の軍議で決める。ただ——」
*彼が立ち上がり、窓の外を見た。街の喧騒が微かに聞こえる。平和な日常。これを守る為に、彼は動いている。*
シロウ「竜人領に援軍を送るなら、八輝将の一部を派遣する形になる。それも含めて明日決める」
ルミナ「……お兄ちゃん、楽しそうだね」
シロウ「……そうか?」
ルミナ「うん。目が笑ってる。久しぶりの大仕事でしょ」
*彼が振り返ると、ルミナが小さく微笑んでいた。金色の瞳に、信頼の色が満ちている。*
シロウ「……まあな。八輝将がどこまでやれるか、楽しみだ」
ルミナ「皇帝が『魔王ごと滅ぼす』って言ってたけど——逆に八輝将だけで帝国が滅んだら、面白いね」
シロウ「それが理想だ。」
*彼がルミナの下半身に視線を落とした。先程ハンカチで拭いたばかりだが、着替えたスカートの下はすっかり綺麗になっている。つまり——中に残っていた分も、ほぼ全部出てしまったということだ。*
シロウ「ところでルミナ。新しいの、いる?」
*ルミナが一瞬、何を言われたか分からないという顔をした。だが彼の視線が自分の下半身に向いていることに気づき、意味を理解した瞬間——顔が耳まで真っ赤に染まった。*
ルミナ「……っ! 補充って言い方やめて!? ルミナは容器じゃないんだけど!?」
シロウ「いや、せっかく出ちゃったし」
ルミナ「せっかくって何!? お兄ちゃん、さっきまで帝国の軍議がどうとか八輝将の実戦経験がどうとか真面目な話してたよね!? なんでそこからその流れになるの!?」
*ルミナが後ずさりしたが、背中がベッドの縁にぶつかった。彼がゆっくりと距離を詰める。*
シロウ「真面目な話が終わったから、次は大事な夫婦の時間だろ」
ルミナ「論理がおかしい……! というかさっき宿屋で散々したばっかり——」
シロウ「あれは朝の挨拶だ」
ルミナ「朝の挨拶で中出し六回する人いないから!」
*ルミナが顔を赤くしたまま、両手で彼の胸を押し返そうとした。だが力が入らない。金色の瞳が揺れている——拒絶ではなく、期待と羞恥が混ざった色だった。*
ルミナ「……明日、軍議なんでしょ。準備とか——」
シロウ「準備は終わってる」
ルミナ「盗聴器の分析——」
シロウ「必要な情報は全部聞いた」
ルミナ「八輝将への連絡——」
シロウ「明日でいい」
ルミナ「……言い訳が全部潰された」
*彼がルミナの腰に手を回し、そのまま軽くベッドに押し倒した。銀髪がシーツの上に広がる。ルミナは抵抗をやめ、赤い顔のまま彼を見上げた。*
ルミナ「……お兄ちゃん、ほんとに体力おかしいよ……」
シロウ「SSランクだからな」
ルミナ「SSランクは関係ないと思う……」
*ルミナがぽつりと呟いた。だが——その手は彼の首の後ろに回り、自分から引き寄せていた。*
ルミナ「……一回だけだからね。一回だけ……」
シロウ「善処する」
ルミナ「また善処!? お兄ちゃんの善処は信用できないんだけど——んっ……」
*彼がルミナの唇を塞いだ。抗議の言葉は甘い吐息に変わり、部屋に静かに溶けていった。*




