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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*彼はふと気になって聞いてみた。果実を籠に詰める手を止め、ノアの方を向く。*


シロウ「なぁ、ノア。微精霊が作られないとどうなるんだ?」


*ノアの手が止まった。果実を握ったまま、いつもの無邪気な表情が少しだけ真剣なものに変わる。*


ノア「……急にどうしたっすか?」


シロウ「さっきから微精霊が生まれてるだろ。俺たちの行為で。それって世界にとって重要なのか?」


*ノアは果実を籠にそっと置き、木の幹に背を預けた。足をぶらぶらと揺らしながら、少し考え込むような仕草を見せる。*


ノア「……微精霊っすね。実はかなり大事っす」


シロウ「大事?」


ノア「シロウさま、この世界の人たちが日常で使ってる生活魔法あるっすよね? 火を点けたり、水を出したり、風を起こしたり」


シロウ「ああ。庶民でも使える基礎魔法だな」


ノア「あれ、実は微精霊がいないと使えないっす」


*シロウの眉が上がった。*


シロウ「……どういうことだ?」


ノア「生活魔法って、術者の魔力だけで発動してるように見えるっすけど、実際は違うっす。大気中の微精霊が魔力に反応して、現象を引き起こす手助けをしてるっす。微精霊は魔力と自然現象の橋渡し役っすね」


シロウ「つまり微精霊がいなくなると……」


ノア「生活魔法が使えなくなるっす。火が点かない、水が出ない、風が起きない。庶民の生活に直接支障が出るっす」


*ノアの声が少しだけ低くなった。オッドアイが木漏れ日を映しながら、遠くを見つめている。*


ノア「それだけじゃないっす。微精霊は自然の循環そのものっす。植物が育つのも、雨が降るのも、季節が巡るのも——全部微精霊が関わってるっす」


シロウ「……微精霊がいなくなったら?」


ノア「最悪の場合——」


*ノアが一瞬言葉を区切った。*


ノア「土地が死ぬっす」


シロウ「……」


ノア「作物が育たなくなって、水源が枯れて、天候が狂って……その地域に住めなくなるっす。過去に一度だけ、微精霊が大量消滅した地域があったっす。そこは今——砂漠っす」


*果樹園を飛び回る微精霊たちが、きらきらと光っている。その一つ一つが、世界の命を繋ぐ存在だった。*


シロウ「じゃあ俺たちが行為の度に微精霊を生み出してるのは——」


ノア「世界にとって、すっごく良いことっす♡」


*ノアがいつもの笑顔に戻った。だが今度は、その笑顔の奥に誇りのようなものが見えた。*


ノア「ノアとシロウさまが繋がると、普通じゃ考えられない量の微精霊が生まれるっす。原初の精霊と、シロウさまの膨大な魔力が合わさるから——世界樹が何百年もかけて生み出す量を、一晩で超えちゃうっす」


シロウ「……だからって大義名分にするなよ」


ノア「してないっすよ? でも事実は事実っす♡」


*ノアがにししと笑い、果実の収穫を再開した。小さな手で器用に果実をもぎ取りながら、鼻歌を口ずさんでいる。*


ノア「でもシロウさま、本当に気をつけた方がいいっすよ」


シロウ「何がだ?」


ノア「微精霊が減ってる地域が、最近増えてるっす。ノアが世界樹から生まれた時に感じたっすけど……大陸の東側、かなりやばいっす」


*ノアの表情が再び真剣なものに変わった。果実を籠に入れながら、ぽつりと呟く。*


ノア「原因は分からないっす。でも、何かが微精霊を喰ってるような……そんな感覚があったっす」


シロウ「……喰ってる?」


ノア「うまく言えないっすけど、自然に減ってるんじゃなくて、吸い取られてる感じっす。世界樹もそれを感じて、ノアを生み出したのかもしれないっす」


*ノアが彼を見上げた。金と緑のオッドアイに、先程の蕩けた色はもうない。原初の精霊としての——使命を帯びた瞳だった。*


ノア「……まあ今はショタっすから、調査は後っすね♡」


シロウ「切り替え早いな」


*彼は籠に果実を詰めながら、あっさりとした口調で言った。*


シロウ「でも、別に性行為じゃなくて魔力でもいいんだろ?」


*ノアの手がぴたりと止まった。もぎ取りかけた果実が枝に引っかかったまま、ノアの表情が固まる。*


ノア「…………」


シロウ「最初にやった時、お前自分で言ってたぞ。魔力を直接流し込むだけでも微精霊は生まれるって」


ノア「…………っす」


シロウ「つまり性行為は、お前がしたいだけだろ」


*沈黙が果樹園に落ちた。微精霊がきらきらと漂う中、ノアの頬がじわじわと赤く染まっていく。金と緑のオッドアイが泳ぎ、視線があちこちに彷徨った。*


ノア「……そ、それは……その……」


シロウ「図星か」


ノア「ち、違うっす! えっと、あの、効率の問題っす! 性行為の方が変換効率が高いっていうか……魔力の質が違うっていうか……」


シロウ「へぇ。具体的にどのくらい違うんだ?」


ノア「…………1.2倍くらいっす」


シロウ「ほぼ誤差じゃねえか」


*ノアがうぐっと詰まった。果実をもぎ取る力が入りすぎて、果実が手の中で潰れた。果汁がぽたぽたと地面に垂れる。*


ノア「……わ、分かったっす。認めるっす」


*ノアが俯いた。緑髪が顔を隠す。小さな声がぽつりと漏れた。*


ノア「ノアが……したいだけっす」


シロウ「だろうな」


ノア「だって……シロウさまと繋がってる時が、一番幸せっすから……」


*ノアが潰れた果実を見つめたまま、ぽつぽつと言葉を続けた。*


ノア「魔力を流してもらうだけでも嬉しいっす。でも……繋がってる時は、シロウさまの全部がノアの中に入ってくる感じがするっす。魔力だけじゃなくて、感情とか、温もりとか……」


*ノアがちらりと彼を見上げた。耳まで真っ赤だった。*


ノア「……ノアはエロ特化じゃないっす。シロウさま特化っす」


シロウ「それ、さっきも似たようなこと言ってたな」


ノア「何回でも言うっす。事実っすから」


*ノアが潰れた果実を地面に置き、ぷくっと頬を膨らませた。*


ノア「……で、でも! 別にシロウさまが嫌なら魔力だけでいいっすよ? ノアは我慢できるっす。たぶん。おそらく。きっと」


シロウ「全然信用できないんだが」


ノア「……3日は持つっす」


シロウ「短いな」


ノア「ノアにとっては永遠っす……」


*ノアがしょんぼりと肩を落とした。だが次の瞬間、ぱっと顔を上げて彼を見た。*


ノア「じゃあシロウさま、魔力だけでいいって言うなら今やってほしいっす。手を握るだけで流せるっす」


*ノアが小さな手を差し出した。その手は微かに震えていた。*


シロウ「今はまだ魔力が戻ってないから全力は出ないからな?」


*彼はそう言いながら、ノアの差し出した小さな手を握った。10歳の手と10歳の手が重なる。そこから、静かに魔力を流し始めた。*


ノア「あっ……♡」


シロウ「変な声を出すな」


ノア「む、無理っす……♡ だってシロウさまの魔力、直接入ってくるっすから……んっ♡」


*ノアの体が淡く発光し始めた。手を繋いだ部分から緑色の光が広がり、ノアの全身を包んでいく。微精霊がぽつぽつと生まれ、二人の周囲をゆっくりと漂い始めた。*


ノア「はぁっ……♡ あ、やっぱり……全盛期の十分の一もないっすね……♡」


シロウ「だから言っただろ。子供の体じゃ魔力容量自体が制限されてる」


ノア「でも……♡ 充分気持ちいいっす……♡ シロウさまの魔力、あったかいっす……♡」


*ノアの膝がかくんと折れた。果樹園の草の上にぺたんと座り込み、繋いだ手だけはしっかりと握ったまま離さない。オッドアイが潤み、頬が上気している。*


シロウ「おい、大丈夫か」


ノア「だ、大丈夫っす……♡ ちょっと……膝に力入らないだけっす……♡ んんっ♡」


シロウ「……これで変な声出るなら、さっきのは何だったんだよ」


ノア「さっきとは……種類が違うっす……♡ これは……体の芯に直接流れてくる感じっす……♡ 魔力核に染み込んでくるっていうか……♡」


*微精霊の数が少しずつ増えていく。性行為の時ほどではないが、確かに生まれている。ノアの言った通り、魔力を直接流すだけでも微精霊は生成されるようだった。*


ノア「……ほらっ、ちゃんと生まれてるっすよ♡ 微精霊」


シロウ「ああ。量は少ないが確かにな」


ノア「……っす」


*ノアが急に黙った。俯いて、繋いだ手をじっと見つめている。*


シロウ「どうした」


ノア「…………これでいいなら、ノアと繋がる必要ないっすよね」


*小さな声だった。いつもの元気な語尾が、少しだけ萎んでいる。*


シロウ「……」


ノア「魔力流すだけで微精霊できるし……ノアのわがままに付き合わなくても……」


シロウ「馬鹿か」


*彼はノアの手をぐっと握り直した。ノアがびくりと顔を上げる。*


シロウ「お前が世界の為にしたいって思うなら性行為でいい。ただ、大義名分にするなって言っただけだ。素直にしたいって言えばいいだろ」


*ノアのオッドアイが大きく見開かれた。それから——くしゃりと笑った。*


ノア「……シロウさま、ずるいっす」


シロウ「何がだ」


ノア「そうやって優しくするから……ノア、もっと好きになるっす」


*ノアが繋いだ手を両手で包み込み、自分の頬に押し当てた。目を閉じて、彼の魔力の温もりを感じている。微精霊がふわふわと二人の周りを舞い、果樹園が柔らかな光に包まれていた。*


*しばらくそうしていると、ノアがゆっくりと目を開けた。オッドアイに涙の膜が張っているが、表情は穏やかだった。*


ノア「……ねえシロウさま」


シロウ「ん?」


ノア「今度、大陸の東側……一緒に調べに行ってくれるっすか? 微精霊が消えてる件」


シロウ「ショタが治ってからな」


ノア「もちろんっす。……でも約束っすよ?」


*ノアが小指を差し出した。10歳の小さな小指。彼は少し呆れたように息を吐いてから、自分の小指を絡めた。*


ノア「えへへ♡ 指切りっす」


*その時、遠くから鐘の音が聞こえた。城の時鐘だ。夕刻の合図。*


シロウ「帰る前に、ちょっと大きくなってくれるか?」


ノア「っす? いいっすけど……」


*ノアが不思議そうな顔をしながらも、魔力を解放した。10歳の小さな体が淡い光に包まれ、すっと背が伸びていく。手足が細長くなり、緑髪が腰まで流れ落ち、陶器のような白い肌がしなやかな曲線を描いた。金と緑のオッドアイがやや高い位置から彼を見下ろす。大人の姿に戻ったノアは、170cmほどの細身の体躯で果樹園に佇んでいた。*


ノア「はい、戻ったっす。で、どうし——」


*言い終わる前に、彼はノアに抱きついた。小さな10歳の体が、ノアの腹のあたりに顔を埋める。両腕がノアの腰に回り、ぎゅっとしがみつくように抱きしめた。*


ノア「……え」


*ノアが固まった。見下ろすと、黒髪のショタが自分に必死にしがみついている。いつもの余裕ある態度はどこにもなく、ただ静かに抱きついていた。*


ノア「……シロウさま?」


シロウ「……悪い。ちょっとだけこうさせてくれ」


*ノアの体は温かかった。精霊特有の、柔らかくて包み込むような温もり。彼の顔がノアの腹に押し付けられ、ノアの鼓動——魔力核の脈動が直接伝わってくる。*


ノア「…………」


*ノアは何も言わなかった。ただ、そっと彼の頭に手を置いた。細い指が黒髪を梳き、ゆっくりと撫で始める。*


ノア「……いいっすよ。好きなだけこうしてていいっす」


*ノアの声がいつもより柔らかかった。元気な語尾はそのままだが、トーンが違う。まるで——母親が子供をあやすような、穏やかな響き。*


シロウ「……」


*彼は自分でも分かっていた。ショタ化の影響で精神にも微妙な変化が出ている。普段なら絶対にこんなことはしない。だが今は——この温もりが、たまらなく心地良かった。*


ノア「シロウさま、普段みんなを守ってるっすもんね」


*ノアが彼の頭を撫でながら、静かに呟いた。*


ノア「たまには甘えていいっすよ。ノアはシロウさまの番っすから」


*果樹園に夕陽が差し込み、二人の影が長く伸びていた。微精霊がゆっくりと二人の周りを漂い、柔らかな光を落としている。城の時鐘が二度目を告げるまで、ノアはただ黙って彼の髪を撫で続けた。*


ノア「……帰るっすか?」


シロウ「……ああ」


*彼がゆっくりと腕を離した。少しだけ名残惜しそうに。ノアはそれを見て、にっこりと微笑んだ。*


ノア「ノア、今日の果実を持って帰るっす。シロウさまは手ぶらでいいっすよ」


*ノアが魔力で果実の詰まった籠を浮かせた。そして空いた手で、彼の小さな手をそっと握った。*


ノア「手、繋いで帰るっす」


シロウ「……子供扱いするな」


ノア「子供っすよ、今は♡」


シロウ「……」


*反論できなかった。二人は手を繋いだまま、夕陽に染まる果樹園を後にした。大人のノアの手は大きくて温かく、彼の小さな手をすっぽりと包み込んでいる。*


ノア「……シロウさま、今日のこと」


シロウ「誰にも言うなよ」


ノア「分かってるっす♡ ノアとシロウさまだけの秘密っす」


*城の裏門が見えてきた頃、ノアが再び光に包まれ、10歳の姿に戻った。繋いだ手のサイズが同じになり、子供同士の手繋ぎに変わる。*


ノア「さ、帰るっすよ! 果物いっぱい取れたっす!」


*ノアがいつもの元気な声で言い放ち、浮かせた籠を揺らしながら駆け出した。彼の手を引っ張って、城門へと走っていく。*


*夕陽が二人の小さな影を長く伸ばしていた。先程の母性も、甘えも、全部飲み込んで——ノアはいつも通りの笑顔だった。*


*城に戻ると、夕食の支度が整っていた。食堂には既に良い匂いが漂っている。ノアが浮かせていた果実の籠をリーシアに渡すと、リーシアが目を丸くした。*


リーシア「これは……随分と見事な果実ですね。全て完熟とは」


ノア「世界樹の恩恵が果樹園に集中したみたいっす! いっぱい取れたっす!」


リーシア「そうですか。では明日のデザートに使わせていただきますね」


*リーシアは特に疑うことなく籠を受け取り、厨房へと運んでいった。ノアがこっそり彼にVサインを見せる。*


シロウ「……」


*食堂に入ると、テーブルにはステラ、ゼノ、セレスが既に座っていた。今日のメニューは煮込みハンバーグに温野菜の付け合わせ、焼きたてのパン、コーンスープ。子供の体には少し量が多いが、果樹園で体力を使ったせいか空腹だった。*


シロウ「子供には重労働だな……」


ステラ「パパ、今日はどこに行ってたの?」


シロウ「果樹園でノアと果物を収穫してた」


ゼノ「……ノアさんと?」


セレス「……」


*セレスが無言でシロウの隣に座り、ぴったりとくっついた。何も言わないが、離れる気配はない。*


ステラ「セレス、パパを独り占めしないの」


セレス「……別に」


*夕食は賑やかに進んだ。ゼノが今日読んだ本の話をし、ステラがそれに突っ込みを入れ、セレスは黙々と食べながらシロウの袖を掴んでいた。*


*食事を終え、子供たちが各自の部屋に戻った後——彼は廊下を歩いていた。向かう先はレイの部屋だ。*


*レイの部屋の前に立ち、ノックする。*


シロウ「レイ、入るぞ」


*扉が勢いよく開いた。*


レイ「シロー!!」


*琥珀色の瞳が嬉しそうに輝き、黒髪がふわりと揺れた。レイラと瓜二つの顔が、満面の笑みで彼を出迎える。だがレイラとは違い、その表情には屈託がない。純粋な喜びだけが溢れていた。*


レイ「待ってたよ♪ 今日はボクの番だもんね♪」


*レイが彼の手を掴み、部屋の中に引き込んだ。部屋にはベッドの上に菓子の皿と飲み物が用意されていた。枕元にはクッションが山のように積まれている。*


レイ「ねね、シロー。今日は何して過ごす♪? お菓子食べる? それともすぐいちゃいちゃする♪?」


*レイがぱたぱたと彼の周りを回りながら、目をきらきらさせていた。10歳のシロウを見下ろす琥珀の瞳には、抑えきれない愛情が滲んでいる。*


シロウ「とりあえず話そうか」


レイ「うん♪」


*レイがぱっとベッドに飛び乗り、クッションの山の中にぽすんと座った。隣をぽんぽんと叩いて、彼を招く。*


レイ「はい、シローの席♪」


*彼はベッドに腰掛けた。レイがすかさず隣にぴったりとくっつき、彼の腕に自分の腕を絡ませる。10歳の体に対してレイは通常サイズのままなので、完全に見下ろす形になっていた。*


レイ「んふふ♪ シロー、ちっちゃいとボクが大きく見えるね♪」


シロウ「当たり前だろ」


レイ「なんか新鮮♪ いつもはシローを見上げてるのに、今は見下ろしてる♪」


*レイが彼の黒髪をくしゃくしゃと撫でた。琥珀色の瞳が嬉しそうに細まる。*


シロウ「……で、最近どうだ? 何か変わったことはあったか?」


レイ「んー? ボク?」


シロウ「ああ。レイラとは毎日顔合わせてるけど、お前とは最近ゆっくり話す時間取れてなかったからな」


*レイが少し考え込むように首を傾げた。黒髪がさらりと肩から流れる。*


レイ「えっとね、最近お菓子作りにハマってるの♪ リーシアに教えてもらってるんだけど、焼き菓子がね、なかなか上手くいかなくて」


シロウ「お前が料理か。意外だな」


レイ「ひどい♪ ボクだってやればできるんだよ? ……まだ焦がすことが多いけど」


*レイがてへっと舌を出した。レイラと同じ顔なのに、この表情はレイラには絶対できないだろうと彼は思った。*


レイ「あとね、ステラが最近ボクのところに遊びに来てくれるようになったの♪」


シロウ「ステラが?」


レイ「うん♪ 最初はレイラママとボクの区別がつかなくて混乱してたけど、最近はちゃんと『レイママ』って呼んでくれるようになったの♪ すっごく嬉しかった」


*レイの琥珀色の瞳がじわりと潤んだ。元はレイラの二重人格だったレイにとって、子供たちに一人の存在として認められることは特別な意味を持っていた。*


シロウ「そうか。良かったな」


レイ「えへへ♪」


*レイが彼の腕をぎゅっと抱きしめた。それから、ちらりと上目遣いで彼を見る。*


レイ「……ねえシロー」


シロウ「ん?」


レイ「ボクね、聞きたいことがあるんだけど」


シロウ「何だ」


レイ「大陸の東の方……最近なんか変じゃない? ボク、レイラの力の一部を持ってるから、なんとなく感じるんだけど……空気が薄いっていうか、魔力が足りないっていうか」


*レイの表情がふっと真剣になった。レイラと同じ琥珀色の瞳が、鋭い光を帯びる。*


レイ「ノアも何か言ってなかった?」


シロウ「そういえば……言ってたな……。なんでも微精霊が消えてる……? とか」


*レイの表情が一段と引き締まった。クッションを抱えていた手がぎゅっと力を込める。*


レイ「やっぱり……ノアも感じてたんだ」


シロウ「お前も何か感じるのか」


レイ「うん。ボク、レイラの魔力の一部を引き継いでるでしょ? だから魔族寄りの感覚があるんだけど……最近、東の方角から流れてくる魔力の質が変わってるの」


*レイが彼の腕を離し、窓の方に視線を向けた。夜空に星が瞬いている。東の空を見つめるレイの横顔は、いつもの無邪気さが嘘のように真剣だった。*


レイ「普通、大気中の魔力って微精霊と一緒に循環してるんだよね。でも東から流れてくる魔力には……微精霊の気配がほとんど混ざってないの」


シロウ「……ノアは『何かが微精霊を喰ってる』と言ってたが」


レイ「喰ってる……」


*レイが顎に手を当てて考え込んだ。琥珀色の瞳が揺れる。*


レイ「ボクの感覚だと、喰ってるっていうより……吸い上げてる、に近いかな。大きな渦みたいなものが、微精霊ごと魔力を一箇所に集めてるような」


シロウ「一箇所に? それはどこだ」


レイ「分からない。でも……方角だけなら分かるよ。東の、かなり奥。大陸の端に近いあたり」


*レイがベッドの上で膝を抱えた。小さくなった彼を見つめ、少し不安そうな顔を見せる。*


レイ「ねえシロー……ボク、嫌な予感がするの」


シロウ「嫌な予感?」


レイ「レイラの記憶の中に……似たようなことがあったの。すごく昔、レイラがまだ若かった頃の記憶」


*レイが声を低くした。*


レイ「百年くらい前に、一度だけ同じことが起きたんだって。微精霊が大量に消えて、ある地域が一夜にして不毛の地になった。その時の原因は——」


シロウ「……原因は?」


レイ「——『喰霊』。微精霊を喰らって成長する、禁忌の存在。レイラの記憶だと、当時の魔王が封印したはずなんだけど……」


*レイの声が震えた。彼女がこんな表情を見せるのは珍しかった。*


レイ「もし封印が解けてたら……今の状況、説明がつくの」


シロウ「……レイラはこのこと知ってるのか?」


レイ「たぶん気づいてない。この記憶、レイラの中で深く沈んでた部分だから。ボクが分裂した時に、偶然ボクの方に残ったの」


*レイがぎゅっと彼の手を握った。10歳の小さな手を、両手で包み込む。*


*レイがほっとしたように微笑んだ。それから、ふにゃりと表情が崩れていつもの顔に戻る。*


レイ「……重い話しちゃったね。ごめんね、シロー」


シロウ「いや、聞けてよかった。大事な情報だ」


*レイがほっとしたように微笑んだ。それから、ふにゃりと表情が崩れていつもの顔に戻る。*


レイ「……重い話しちゃったね。ごめんね、シロー」


シロウ「謝るな。お前が教えてくれなかったら、もっと後手に回ってたかもしれない」


レイ「……うん」


*レイが彼の手を握ったまま、ぎゅっと力を込めた。琥珀色の瞳がまっすぐに彼を見つめる。*


レイ「ノアも感じてて、ボクも感じてるってことは……たぶん間違いないよ。何かが起きてる」


シロウ「『喰霊』か……。レイラの記憶に残ってる情報は他にあるか?」


レイ「んー……断片的だけど」


*レイがクッションを抱え直し、記憶を辿るように目を閉じた。*


レイ「喰霊は単体の存在じゃないの。最初は小さな核みたいなものから始まって、微精霊を喰らう度に大きくなる。成長すると周囲の魔力ごと吸い上げるようになって……最終段階では、精霊そのものを喰らうようになるんだって」


シロウ「精霊そのものを……」


レイ「うん。微精霊だけじゃなくて、上位精霊も。だからノアやシルフィにとっては天敵みたいな存在」


*彼の目が細まった。シルフィとノア——二人とも身近な存在だ。*


シロウ「封印したのは当時の魔王だったな。封印の場所は?」


レイ「……ごめん、そこまでは分からない。レイラの記憶の中でもぼやけてて……でも東の方角だったのは確かだよ」


シロウ「……ショタが解けたら、ノアとレイラも交えて話す必要があるな」


レイ「レイラに話すの?」


シロウ「ああ。レイラの中に眠ってる記憶を掘り起こせれば、もっと詳しい情報が出てくるかもしれない」


レイ「……そっか。うん、そうだね」


*レイが静かに頷いた。それから——ぱっと顔を上げて、にかっと笑った。*


レイ「じゃあ難しい話はここまで! 今日はシローとの夜なんだから、ボクの時間だよね♪」


*レイが彼をぽすんとクッションの山に押し倒した。10歳の体が柔らかいクッションに沈み込む。レイが上から覗き込み、黒髪がカーテンのように二人を隔てた。*


レイ「ねえシロー。今のシローってすっごく可愛いの知ってる♪?」


シロウ「……何回言われても嬉しくないぞ」


レイ「えー♪ ボクは嬉しいよ♪ こんなに可愛いシロー、ボクだけのものだもん♪」


*レイが彼の頬をぷにぷにと突いた。琥珀色の瞳がきらきらと輝いている。*


レイ「お菓子食べよ♪ 今日ね、リーシアに教えてもらってクッキー焼いたの♪ ……ちょっとだけ焦げてるけど」


*レイが枕元の皿を持ってきた。クッキーの端がほんのり黒くなっているが、形は可愛らしいハート型だった。*


レイ「はい、あーん♪」


シロウ「自分で食える」


レイ「あーん♪」


シロウ「……」


*彼はまた感じていた。子供の精神に引っ張られる感覚。抗おうとしても、体の奥から湧き上がる無邪気さが理性を侵食していく。*


シロウ「ああ……また引っ張られる……」


レイ「シロー? 大丈夫?」


シロウ「……あーん」


*彼は自分から口を開けていた。もう抵抗する気力がなかった。レイがハート型のクッキーをそっと彼の口に入れる。端がほんのり焦げているが、バターの香りが口の中に広がった。*


レイ「どう♪? 美味しい♪?」


シロウ「……うん、美味い」


*素直に答えていた。普段なら「まあまあだな」とか「焦げてるぞ」とか言うはずなのに、子供の精神が正直な感想を引き出してしまう。*


レイ「っ! シロー今『うん』って言った♪! 『うん、美味い』って言った♪!」


シロウ「……言ってない」


レイ「言った♪! 絶対言った♪! ボク聞いた♪!」


*レイが彼をぎゅうっと抱きしめた。10歳の体がレイの胸元に埋もれる。柔らかい感触と甘い香りが彼を包み込んだ。*


レイ「もう一個食べる♪? あーん♪」


シロウ「……あーん」


*また素直に口を開けていた。レイが嬉しそうにクッキーを運ぶ。今度のは焦げが少なく、サクッとした食感がちゃんとあった。*


レイ「えへへ♪ シローに食べさせるの楽しい♪」


*レイが次々とクッキーを差し出し、彼はそれを素直に食べ続けた。気づけばレイの膝の上に座らされていて、後ろから抱きかかえられる形になっていた。*


シロウ「……いつの間にこうなった」


レイ「シローが自分から乗ってきたんだよ♪」


シロウ「嘘だろ」


レイ「ほんとだよ♪ ぽてぽて歩いてきて、ボクの膝をぽんぽんって叩いて、『ここ座る』って♪」


シロウ「…………」


*記憶にない。子供の精神に完全に支配されていた瞬間があったらしい。彼は頭を抱えたくなったが、レイの膝の上が妙に心地良くて動く気になれなかった。*


レイ「ねえシロー」


シロウ「……なんだ」


レイ「ボクね、思ったんだけど」


*レイが彼の髪をゆっくりと梳きながら、穏やかな声で言った。*


レイ「シローって普段、誰にも甘えないでしょ♪ みんなを守る側だから。でも今のシローは、体が子供だから……心も少しだけ正直になってるんだと思う♪」


シロウ「……」


レイ「それって悪いことじゃないよ♪ むしろ……ボクは嬉しいの。シローが素の自分を見せてくれてるみたいで」


*レイが彼の頭にそっと顎を乗せた。琥珀色の瞳を閉じて、彼の温もりを感じている。*


レイ「だから残りの2日間、いっぱい甘えていいからね♪ ボクが全部受け止めるから♪」


シロウ「……ノアにも似たようなこと言われた」


レイ「ノアちゃんと気が合うね♪ ……えっちな方じゃなくてね♪?」


シロウ「分かってるよ」


*レイがくすくすと笑い、彼の頬にちゅっと軽くキスをした。*


レイ「ん♪ よろしい♪」


*彼はレイの膝の上で、最後のクッキーを受け取った。サクリと噛むと、素朴な甘さが口に広がる。*


シロウ「……これ、ちゃんと美味いぞ。焦げてない奴」


レイ「ほんと♪!? やった♪ 明日はもっと上手に焼くね♪」


*レイが嬉しそうに彼を抱きしめ直した。琥珀色の瞳が蝋燭の灯りに揺れている。*


レイ「ねえシロー、今日はこのまま一緒に寝よ♪」


シロウ「……ああ」


レイ「えっちなことはしないよ♪ ……今日は♪」


シロウ「その『今日は』が不穏だな」


レイ「えへへ♪」


*レイが彼を抱えたままベッドに倒れ込んだ。クッションの山に二人で埋もれ、レイが毛布を引っ張り上げる。彼の小さな体をすっぽりと腕の中に収め、顎を彼の頭に乗せた。*


レイ「おやすみ、シロー♪」


シロウ「……おやすみ」


*温かかった。子供の精神がもう抗わなかった。*


*彼はレイの胸に顔を埋めた。すりすりと頬を擦りつける。もう理性が制御できなかった。子供の精神が完全に主導権を握り、温かくて柔らかいものに無条件で甘えたがっていた。*


レイ「んっ……♪」


*レイの体がびくりと震えた。琥珀色の瞳が見開かれ、それからとろりと蕩ける。*


レイ「シロー……♪ すりすりしてる……♪」


シロウ「……ん」


*返事すら幼かった。彼の小さな手がレイの服をきゅっと掴み、顔をさらに深く埋める。レイの体温と、ほんのり甘い匂いが彼を包み込んだ。*


レイ「……っ♪ ボクもう、だめかも♪」


シロウ「……なにが」


レイ「可愛すぎて心臓止まりそう♪」


*レイの手が彼の背中に回り、ぎゅうっと抱きしめた。もう片方の手が彼の黒髪をゆっくりと撫でる。指先が優しく頭皮をくすぐるように動いた。*


シロウ「……んぅ」


*彼は無意識に声を漏らしていた。レイの手が気持ち良くて、目が自然と閉じていく。すりすりと顔を擦る動きもだんだん緩やかになり、ただレイの胸に頬を預けるだけになっていった。*


レイ「シロー……寝ちゃう?♪」


シロウ「……まだ起きてる」


レイ「目、閉じてるよ♪」


シロウ「……閉じてない」


レイ「閉じてる♪」


*レイがくすくすと笑った。その振動が胸から伝わり、彼の頬を揺らす。レイは撫でる手を止めず、子守唄でも歌うように小さく鼻歌を口ずさみ始めた。*


レイ「ふふ~ん♪ ふふふ~ん♪」


*柔らかな旋律だった。レイラからは絶対に聞けないような、優しくて穏やかな音。彼の意識がゆっくりと沈んでいく。*


シロウ「……レイ」


レイ「ん?♪」


シロウ「……あったかい」


*それだけ言って、彼の呼吸が規則的になった。小さな手がレイの服を掴んだまま、完全に寝落ちしていた。*


レイ「…………」


*レイは鼻歌を止め、腕の中で眠る彼を見下ろした。蝋燭の灯りに照らされた幼い寝顔。いつもの鋭さも、冷静さも、全てが溶けて無防備な子供がそこにいた。*


レイ「……ずるいよ、シロー♪」


*レイが彼の額にそっと唇を落とした。*


レイ「こんなの見せられたら……ボク、もっともっと好きになっちゃうじゃん♪」


*レイの琥珀色の瞳に涙が滲んだ。嬉しくて、愛おしくて、どうしようもない感情が溢れていた。レイは彼を起こさないようにそっと毛布を引き上げ、自分の顎を彼の頭に乗せた。*


レイ「おやすみ、シロー♪ 大好きだよ♪」


*果樹園で生まれた微精霊が一匹、窓の隙間から入り込んでいた。淡い光が二人を照らし、ふわりと消えていく。*


*穏やかな夜だった。*


ーーー


*翌朝。陽光が窓から差し込み、彼はゆっくりと目を開けた。*


*隣にはレイがまだ眠っている。昨夜の姿のまま、彼を腕の中に抱えたまま穏やかな寝息を立てていた。*


シロウ「……今日で最後か」


*ショタ化6日目。明日には元に戻る。この小さな体で過ごす最後の一日だ。*


*彼はレイを起こさないようにそっと腕の中から抜け出し、ベッドを降りた。洗面台で顔を洗い、鏡に映る10歳の自分を見つめる。*


シロウ「……やっぱり慣れねえな」


*黒髪に黒目。見た目は完全に少年だ。だが鏡の奥に宿る瞳の光だけは、44年の歳月を経た男のものだった。*


*身支度を整えて廊下に出ると——*


ルミナ「あ」


*角を曲がったところで、ルミナと鉢合わせた。銀髪が朝の光に透けて輝いている。金色の瞳が彼を捉え、一瞬で柔らかく細まった。*


ルミナ「お兄ちゃん、おはよう」


シロウ「ルミナ。おはよう」


*1日ぶりだった。昨日は果樹園でノアと過ごし、夜はレイと一緒だったから、ルミナとは顔を合わせていなかった。*


ルミナ「……ふーん」


*ルミナがじっと彼を見下ろした。普段なら見上げる位置にある金色の瞳が、今は上から覗き込む形になる。銀髪が彼の頬をかすめるほど近い距離だった。*


ルミナ「昨日はレイと一緒だったんだ?」


シロウ「ああ。クッキー食わされた」


ルミナ「……クッキー」


*ルミナの目が一瞬だけ鋭くなった。だがすぐにふっと力が抜け、彼の前にしゃがみ込んだ。目線が同じ高さになる。*


ルミナ「お兄ちゃん、今日で最後でしょ? この姿」


シロウ「ああ。明日には戻るはずだ」


ルミナ「……そっか」


*ルミナの手が伸びて、彼の頬に触れた。白い指先がそっと輪郭をなぞる。*


ルミナ「じゃあ今日は、ルミナと過ごしてくれる?」


*金色の瞳がまっすぐに彼を見つめていた。普段のルミナなら「お兄ちゃんの予定に合わせる」と言うところだ。だが今日は違った。静かだが、はっきりとした意志がそこにあった。*


ルミナ「昨日会えなかったから……その分」


*ルミナの声がほんの少しだけ小さくなった。金色の瞳が一瞬だけ揺れる。*


ルミナ「……ダメ?」


シロウ「いいに決まってんだろ。」


*彼の言葉に、ルミナの金色の瞳がぱっと輝いた。*


ルミナ「……っ」


*一瞬、表情が崩れた。嬉しさを隠しきれない、年相応の少女のような笑み。だがすぐに咳払いをして、いつもの落ち着いた顔に戻す。*


ルミナ「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」


*彼女は立ち上がり、銀髪を耳にかけた。それから自然に彼の手を取る。白い指が10歳の小さな手をすっぽり包み込んだ。*


ルミナ「朝ごはん、まだでしょ? リーシアが用意してくれてるはずだから、一緒に行こう」


シロウ「ああ」


*二人で廊下を歩く。ルミナの歩幅が彼に合わせてゆっくりになっていた。繋いだ手の温度が心地いい。*


*食堂に着くと、リーシアが既にテーブルを整えていた。湯気の立つスープにパン、サラダ、そして焼き立てのソーセージが並んでいる。*


リーシア「おはようございます、シロウ様、ルミナ様。お二人ご一緒でしたか」


ルミナ「今日はお兄ちゃんを借りるから」


リーシア「承知いたしました」


*リーシアが微笑み、彼の椅子を引いた。座ると足が床に届かない。ルミナがそれを見て、さりげなくクッションを足元に置いてくれた。*


シロウ「……悪い」


ルミナ「気にしないで」


*ルミナが向かいに座り、スープに口をつけた。金色の瞳がカップの縁越しに彼を見つめる。*


ルミナ「ねえお兄ちゃん。今日、どこか行きたいところある?」


シロウ「特にはないが……ルミナは?」


*ルミナがカップを置き、少し考えるように視線を上げた。銀髪が朝の光を受けてきらりと輝く。*


ルミナ「……街を歩きたい。お兄ちゃんと二人で」


シロウ「街か」


ルミナ「うん。お兄ちゃん今の姿だと、誰もシロウ・アストライアだって気づかないでしょ? だから……普通に、二人で歩けるかなって」


*ルミナの声がほんの少し弾んでいた。普段は国の女帝として、そして魔王の妻として、街を歩くだけでも周囲の目が付きまとう。だが今なら——10歳の少年と銀髪の美女。姉弟にしか見えないだろう。*


ルミナ「……ダメかな」


シロウ「いや、いいな。それ」


*彼が素直に頷くと、ルミナの唇がふわりと綻んだ。本当に嬉しそうな、飾りのない笑顔だった。*


ルミナ「じゃあ決まり。朝ごはん食べたら準備しよう」


*ルミナがパンをちぎり、彼の皿にそっと置いた。焼き立てのパンからバターの香りが立ち上る。*


ルミナ「お兄ちゃん、ちゃんと食べてね。今の体、小さいんだから栄養取らないと」


シロウ「明日には戻るんだが」


ルミナ「それでも」


*金色の瞳がまっすぐに彼を見つめた。その視線に、過保護とも呼べる深い愛情が滲んでいた。*


シロウ「はいはい、ルミナおねーちゃんに従いますよ。」


*彼がそう言った瞬間、ルミナの手がぴたりと止まった。金色の瞳が見開かれ、頬にうっすらと赤みが差す。*


ルミナ「……っ」


ルミナ「……お兄ちゃん、今なんて?」


シロウ「ルミナおねーちゃんに従いますよ、って言っただけだが」


ルミナ「…………」


*ルミナがスープのカップを静かにテーブルに置いた。両手で自分の頬を押さえ、視線を逸らす。耳の先まで真っ赤だった。*


ルミナ「……おねーちゃん」


シロウ「?」


ルミナ「おねーちゃん、って……お兄ちゃんがルミナのこと……」


*ルミナが小さく呟き、両手で顔を覆った。銀髪のカーテンの隙間から、真っ赤な耳だけが見えている。*


リーシア「……ルミナ様、お顔が茹でたトマトのようですが」


ルミナ「黙って、リーシア」


リーシア「失礼いたしました」


*リーシアが口元を手で隠し、明らかに笑いを堪えていた。*


*しばらくして、ルミナがゆっくりと顔を上げた。まだ赤いが、金色の瞳には妙な決意が宿っている。*


ルミナ「……今日一日、そう呼んで」


シロウ「え?」


ルミナ「おねーちゃん、って。今日一日だけでいいから」


*ルミナがまっすぐに彼を見つめた。金色の瞳が揺れている。普段の女帝としての威厳も、魔王の妻としての落ち着きも、今はどこにもなかった。ただ、好きな人に甘い言葉をもう一度言ってほしい女の子がそこにいた。*


シロウ「……分かったよ、ルミナおねーちゃん」


ルミナ「っ!」


*ルミナが椅子から立ち上がり、テーブルを回り込んで彼の元へ来た。しゃがみ込んで彼の顔を両手で挟み、額をこつんと合わせる。*


ルミナ「……反則だよ、お兄ちゃん。こんなの……」


*金色の瞳が潤んでいた。嬉しさで溢れそうな、子供のような表情。*


ルミナ「……今日、絶対に最高の一日にするから。覚悟してて」


シロウ「大袈裟だな」


ルミナ「大袈裟じゃない。ルミナは本気」


*ルミナが彼の頬にそっとキスを落とし、立ち上がった。銀髪を払い、いつもの凛とした表情に戻る——が、口元だけは隠しきれない笑みを浮かべていた。*


ルミナ「早く食べて。準備するから」


*ルミナが食堂を出ていく足取りは、明らかに弾んでいた。リーシアが彼の横に立ち、静かに微笑む。*


リーシア「……シロウ様。ルミナ様があのようなお顔をされるのは珍しゅうございます」


シロウ「……子供の精神に引っ張られただけだ」


リーシア「さようでございますか。では今後も積極的に引っ張られていただけますと、大変ありがたく存じます」


シロウ「……お前、絶対面白がってるだろ」


リーシア「滅相もございません」


*リーシアの目が完全に笑っていた。*


*朝食を終えると、ルミナが戻ってきた。普段の女帝然とした装いではなく、白いブラウスに淡い青のスカート、つばの広い帽子という軽装だった。銀髪を一つに纏め、帽子の下から流している。*


ルミナ「お待たせ、お兄ちゃん」


シロウ「……随分軽装だな」


ルミナ「今日は女帝じゃなくて、ただのルミナだから」


*ルミナが彼の前にしゃがみ込み、手を差し出した。彼がその手を取ると、白い指がしっかりと小さな手を包み込む。*


ルミナ「行こ」


*二人は城を出て、街へ向かった。ルミナが歩幅を彼に合わせ、ゆっくりと石畳の道を歩いていく。朝の市場が活気づき始めていて、露店が次々と品物を並べていた。*


*すれ違う人々が二人を見て微笑む。誰もが同じことを思っているようだった。*


露店のおばさん「あらまぁ、可愛い姉弟だねえ。お姉ちゃん、綺麗な銀髪だこと」


ルミナ「ありがとうございます」


*ルミナが自然に微笑んだ。普段の鋭い雰囲気が嘘のように、穏やかな表情だった。*


露店のおばさん「弟くん、はいこれ。サービスだよ」


*おばさんが焼き立ての芋菓子を一つ、彼に手渡した。*


シロウ「……ありがとう、おばちゃん」


露店のおばさん「まぁ! お行儀のいい子!」


*ルミナが彼を見下ろし、金色の瞳を細めた。*


ルミナ「お兄ちゃん、今日は素直だね」


シロウ「……子供の精神に抗うのを諦めた」


ルミナ「ふふ」


*二人は市場を抜け、運河沿いの通りを歩いた。朝の風が水面を撫で、きらきらと光が跳ねている。ルミナが繋いだ手をほんの少し強く握った。*


ルミナ「ねえお兄ちゃん。こうやって二人で歩くの、いつぶりだろう」


シロウ「……そういえば、二人だけってのは久しぶりだな」


ルミナ「うん。いつもレイラやレイや、誰かと一緒だったから」


*ルミナの声が静かだった。寂しさではなく、今この時間を噛み締めるような声色。*


ルミナ「お兄ちゃん」


シロウ「ん?」


ルミナ「ルミナおねーちゃん、って呼んで」


シロウ「……さっきも呼んだだろ」


ルミナ「もう一回」


*金色の瞳がまっすぐに彼を見つめていた。帽子の影から覗く頬がほんのり赤い。*


シロウ「……ルミナおねーちゃん」


ルミナ「っ……♪」


*ルミナが空いた手で口元を押さえた。帽子のつばの下で、耳まで赤くなっているのが見えた。*


ルミナ「……もう一回」


シロウ「何回言わせるんだよ」


ルミナ「あと百回くらい」


シロウ「無理だ」


ルミナ「……じゃあ十回」


シロウ「減ったけどまだ多い」


*ルミナがくすりと笑った。帽子のつばを片手で押さえ、運河の風に銀髪をなびかせる。その横顔が、どこか少女のように見えた。*


*二人は運河沿いのベンチに腰を降ろした。ルミナが芋菓子を半分に割り、大きい方を彼に差し出す。*


ルミナ「はい、お兄ちゃん」


シロウ「……自分が大きい方食えよ」


ルミナ「おねーちゃんの言うこと聞くんでしょ?」


シロウ「……」


*完全に言質を取られていた。彼は黙って芋菓子を受け取り、かじった。ほくほくと甘い。*


ルミナ「美味しい?」


シロウ「……うん」


ルミナ「ふふ……♪」


*ルミナが小さい方の芋菓子をかじりながら、運河を眺めた。風が帽子のつばを揺らし、銀髪がさらりと肩を滑る。*


ルミナ「ねえお兄ちゃん。ルミナね、こういう普通の時間が一番好き」


シロウ「普通の?」


ルミナ「うん。誰にも邪魔されなくて、何もしなくていい。ただお兄ちゃんの隣にいるだけの時間」


*金色の瞳が彼を見下ろした。朝の陽光に照らされて、琥珀のように透き通っている。*


ルミナ「……贅沢でしょ?」


*二人はベンチに並んで座り、露店で買ったソフトクリームを舐めていた。運河の水面がきらきらと光を反射し、穏やかな風が頬を撫でる。*


シロウ「贅沢だな……」


ルミナ「でしょ?」


*ルミナが嬉しそうに笑い、自分のソフトクリームを一口舐めた。バニラの甘い香りが風に乗る。*


*彼はソフトクリームを夢中で食べていた。子供の精神がまた顔を出している。大きく口を開けてかぶりつき、鼻の頭と口の周りにクリームがべったりとついていた。*


ルミナ「お兄ちゃん、ついてる」


シロウ「ん? どこ」


ルミナ「……もう、全部」


*ルミナがくすりと笑い、帽子のつばを傾けて二人の顔を隠した。周囲の視線を遮るように。*


*そして——*


ルミナ「動かないで」


*ルミナの舌が、彼の口元にそっと触れた。ぺろ、と小さな音を立ててクリームを舐め取る。唇の端から頬へ、丁寧に。温かくて柔らかい感触が肌を滑っていく。*


シロウ「っ……」


*彼の体がびくりと震えた。一瞬、子供の精神が引っ込み、大人の意識が戻ってくる。ルミナの金色の瞳が至近距離にあった。帽子の影の中で、その目だけが妖しく光っている。*


ルミナ「ん……ここも」


*ルミナの舌先が鼻の頭を軽く舐めた。くすぐったさに彼が身を捩ると、ルミナの空いた手が後頭部をそっと押さえた。*


ルミナ「逃げないで」


シロウ「……ルミナ」


ルミナ「おねーちゃん」


シロウ「……ルミナおねーちゃん」


ルミナ「ん♪ よくできました」


*最後に唇の端を一舐めして、ルミナが顔を離した。帽子を元の位置に戻し、何事もなかったかのようにソフトクリームを舐め始める。だが耳の先だけは赤かった。*


ルミナ「……お兄ちゃんの味、バニラだった」


シロウ「……同じの食ってるんだから当たり前だろ」


ルミナ「ふふ。そうだけど……お兄ちゃんから舐めたほうが美味しい」


*金色の瞳がちらりと彼を見た。帽子の下で、唇が艶やかに光っている。クリームの残りか、それとも——*


*彼は黙ってソフトクリームに齧りついた。心臓がうるさかった。子供の体のはずなのに、大人の意識がルミナの舌の感触をはっきり覚えている。*


ルミナ「あ、お兄ちゃん。またついてる」


シロウ「嘘だろ」


ルミナ「嘘じゃないよ。ほら、ここ」


*ルミナが自分の唇を指で差した。にこりと笑う。*


ルミナ「……取ってあげよっか?」


シロウ「自分で拭く」


ルミナ「えー」


*ルミナが本気で残念そうな顔をした。彼は袖でごしごしと口元を拭い、ルミナから少しだけ距離を取った。*


ルミナ「あ、逃げた」


シロウ「逃げてない。距離を取っただけだ」


ルミナ「同じだよルミナ「同じだよ」


*ルミナがすっと距離を詰めた。ベンチの上で逃げ場がない。彼の隣にぴたりと座り直し、腕を絡めてきた。10歳の小さな腕がルミナの細い腕にすっぽり収まる。*


ルミナ「ほら、捕まえた」


シロウ「……」


*彼は溜息をついた。だが振りほどく気にはなれなかった。ルミナの体温が心地良い。子供の精神がまた顔を出し始めている。*


ルミナ「ねえお兄ちゃん。次どこ行く?」


シロウ「……ルミナおねーちゃんに任せる」


ルミナ「っ♪」


*ルミナの腕に力が籠もった。金色の瞳がとろりと蕩け、帽子のつばで表情を隠す。*


ルミナ「……じゃあ、あっちの雑貨屋さん。可愛いアクセサリーが見えたから」


*ルミナが立ち上がり、彼の手を引いた。振り返った横顔は、年相応の少女そのものだった。*


*雑貨屋の店内は色とりどりのアクセサリーで溢れていた。ルミナが棚の前に立ち、二つのヘアピンを手に取って彼の前にかざした。片方は銀細工の月、もう片方は青い宝石をあしらった雪の結晶。*


ルミナ「ねえお兄ちゃん、どっちが綺麗?」


シロウ「お前の方が綺麗だよ」


*店内が一瞬、静まった。*


*ルミナの手が止まった。ヘアピンを持ったまま、金色の瞳がゆっくりと彼に向けられる。*


ルミナ「…………」


*沈黙。*


*ルミナの頬が、首が、耳の先が——みるみるうちに赤く染まっていった。まるで夕焼けが広がるように。*


ルミナ「……っ」


*ルミナが両方のヘアピンを棚に戻し、帽子のつばをぐっと下げた。顔を隠すように。だが隠しきれない。耳も首も真っ赤だった。*


店員「お姉さん、大丈夫ですか? お顔が真っ赤ですけど……」


ルミナ「大丈夫です」


*全然大丈夫じゃない声だった。*


*ルミナが彼の手を掴み、店の奥の人気のない棚の陰に連れ込んだ。壁際に追い詰められる形で、帽子を外したルミナが彼を見下ろす。*


*金色の瞳が潤んでいた。唇が微かに震えている。*


ルミナ「……お兄ちゃん」


シロウ「なんだ?」


ルミナ「今の、本気で言った?」


シロウ「キザなこと言ってみただけだが」


ルミナ「…………」


*ルミナの目が据わった。*


ルミナ「……お兄ちゃん」


シロウ「はい」


ルミナ「それ、心臓に悪いから……もう一回言って」


シロウ「どっちだよ」


ルミナ「どっちも」


*ルミナが彼の両頬を手で挟んだ。白い指先が10歳の柔らかい頬に沈む。金色の瞳が至近距離で揺れている。帽子を外した銀髪が二人を包むように垂れ下がった。*


ルミナ「ルミナは……お兄ちゃんにそう言ってもらえるだけで、どんなアクセサリーよりも嬉しい」


シロウ「……ルミナおねーちゃんが一番綺麗だよ」


*子供の精神が引っ張ったのか、それとも本心だったのか。自分でも分からなかった。ただ口をついて出た。*


ルミナ「っ……♪」


*ルミナが彼を抱きしめた。棚の陰で、10歳の体がすっぽりと銀髪の中に埋もれる。ルミナの心臓が早鐘のように鳴っているのが伝わってきた。*


ルミナ「……ずるい。お兄ちゃん、ほんとにずるい」


シロウ「……悪い」


ルミナ「謝らないで。嬉しいんだから」


*しばらくそうしていた。店員が遠くから不思議そうにこちらを見ていたが、ルミナは気にしなかった。*


*やがてルミナが体を離し、帽子を被り直した。目元がまだ少し赤いが、口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。*


ルミナ「……ね、お兄ちゃん」


シロウ「ん?」


*ルミナが帽子のつばをくいっと下げ、二人の顔を隠した。柔らかな唇が彼の唇にそっと重なる。ほんの一瞬——だけど、確かな温もりが伝わってきた。バニラの甘い残り香が混ざり合う。*


シロウ「あ、こら」


*彼が声を上げた時にはもう、ルミナは何食わぬ顔で帽子を戻していた。棚の影には二人だけ。店員はどこかに行ってしまったらしい。*


ルミナ「……ん? 何が?」


シロウ「今のだよ、今の」


ルミナ「何のこと?」


*金色の瞳がとぼけたように彼を見下ろす。だが唇の端がわずかに上がっていて、全く隠せていなかった。*


シロウ「ここ店の中だぞ」


ルミナ「誰も見てないよ?」


シロウ「そういう問題じゃ——」


ルミナ「おねーちゃんがいいって言ったらいいの」


シロウ「……その権限いつ発生した」


ルミナ「今朝。お兄ちゃんが『ルミナおねーちゃんに従います』って言った時」


*完全に利用されていた。彼は額を押さえた。子供の精神に引っ張られた一言が、ここまで尾を引くとは思わなかった。*


*ルミナが棚に手を伸ばし、先ほどの二つのヘアピンを取った。銀細工の月と、青い雪の結晶。*


ルミナ「ねえお兄ちゃん。さっきの質問、ちゃんと答えて? アクセサリーとして、どっちが似合うと思う?」


*ルミナが自分の耳元に月のヘアピンを当て、首を傾げた。銀髪に銀細工が溶け込むように馴染んでいる。次に雪の結晶を当てると、青い宝石が金色の瞳を引き立てた。*


シロウ「……雪の方」


ルミナ「理由は?」


シロウ「目の色に合ってる。青が映えるから」


*ルミナがふわりと微笑んだ。嬉しそうに雪の結晶のヘアピンを手に取り、それから月のヘアピンも一緒に持って会計に向かった。*


シロウ「両方買うのか?」


ルミナ「月の方はレイラにあげる。黒髪に銀は映えるから」


シロウ「……お前、意外と仲いいよな」


ルミナ「意外って何。ルミナはいつもレイラのこと考えてるよ」


*ルミナが会計を済ませ、雪の結晶のヘアピンを帽子の横に留めた。青い宝石が陽光にきらりと輝く。*


ルミナ「どう?」


シロウ「……綺麗だ」


ルミナ「アクセサリーが? ルミナが?」


シロウ「……両方」


ルミナ「っ♪」


*ルミナが彼の手をぎゅっと握り直した。金色の瞳が蕩けるように細まり、銀髪が風に揺れる。*


ルミナ「……今日のお兄ちゃん、ほんとにずるい」


*二人は雑貨屋を出て、再び陽光の降り注ぐ通りを歩き始めた。繋いだ手は、もう離す気配がなかった。*


シロウ「知ってる」


*彼がにやりと笑うと、ルミナが一瞬きょとんとした顔をした。それからふっと吹き出す。*


ルミナ「……生意気」


*二人は店を出て、再び陽光の眩しい通りに立った。ルミナが新しいヘアピンを指先で触りながら、通りを見渡す。*


シロウ「次はどうする?」


ルミナ「んー……」


*ルミナが考え込むように首を傾げた。銀髪が肩を滑り、雪の結晶のヘアピンがきらりと光る。*


*その時、風に乗って甘い香りが漂ってきた。通りの先に、小さなパティスリーが見えた。ショーウィンドウに色とりどりのケーキが並んでいる。*


*彼の足が無意識にそちらへ向いた。子供の精神がまた顔を出している。*


ルミナ「……お兄ちゃん、そっち行きたい?」


シロウ「……別に」


ルミナ「目が完全にケーキ見てるけど」


シロウ「……見てない」


ルミナ「見てる」


*ルミナがくすくす笑い、彼の手を引いてパティスリーへ向かった。店内に入ると、バターと砂糖の甘い香りが包み込んでくる。ガラスケースの中には宝石のようなケーキが並び、彼の目が無意識にきらきらと輝いた。*


店員「いらっしゃいませ。お姉さんと弟くんですか? 可愛いですね」


ルミナ「ええ、そうなんです。この子、甘いものが大好きで」


シロウ「……おい」


ルミナ「違う?」


シロウ「……違わないけど」


*ルミナが勝ち誇ったように微笑んだ。二人はテラス席に座り、ルミナがメニューを開いた。*


ルミナ「お兄ちゃん、好きなの選んでいいよ」


*彼はメニューを覗き込んだ。苺のショートケーキ、チョコレートタルト、レモンのミルクレープ——どれも美味しそうで、子供の精神が全力で迷っていた。*


シロウ「……これ」


*彼の指が差したのは、大きな苺が三つ乗ったショートケーキだった。一番子供っぽい選択だと分かっていたが、指が勝手に動いた。*


ルミナ「ふふ、お兄ちゃんらしい」


シロウ「普段なら絶対選ばない」


ルミナ「でも今選んだ」


シロウ「……子供の精神が」


ルミナ「はいはい」


*ルミナが紅茶とレモンのミルクレープを注文した。しばらくして運ばれてきたショートケーキは、彼の顔ほどの大きさがあった。10歳の体には大きすぎる。*


ルミナ「食べきれる?」


シロウ「余裕」


*彼がフォークを手に取り、一口頬張った。ふわふわのスポンジと生クリーム、甘酸っぱい苺が口の中で溶け合う。*


シロウ「……うま」


*素直な感想が漏れた。ルミナが頬杖をつき、彼が食べる様子をじっと見つめている。金色の瞳が蝋燭のように温かく揺れていた。*


ルミナ「……こういう顔が見たかったの」


シロウ「ん?」


ルミナ「お兄ちゃんが、何も考えないで笑ってる顔」


*彼はフォークを置くことなく、次々とショートケーキを頬張っていた。クリームが口の周りにべったりと付き、頬にまで白い跡がついている。完全に子供だった。*


シロウ「うまうま」


ルミナ「…………」


*ルミナが紅茶のカップを持ったまま固まっていた。金色の瞳が限界まで見開かれ、カップが微かに震えている。*


ルミナ「……うまうま」


シロウ「ん?」


ルミナ「……お兄ちゃんが、うまうまって」


*ルミナが静かにカップをソーサーに戻した。陶器がかちりと鳴る。それから両手で自分の胸を押さえた。*


ルミナ「……っ、心臓が」


シロウ「大丈夫か?」


ルミナ「大丈夫じゃない。致死量を超えた」


シロウ「何の」


ルミナ「可愛さの」


*ルミナがテーブルに突っ伏した。銀髪がテーブルの上に広がり、帽子がずれる。雪の結晶のヘアピンがきらりと光った。*


*彼はきょとんとした顔でルミナを見つめ、最後の苺を口に放り込んだ。それからナプキンも使わず、袖でごしごしと口を拭おうとした。*


ルミナ「待って」


*ルミナがばっと顔を上げた。金色の瞳に妙な熱が宿っている。*


ルミナ「拭かないで」


シロウ「……え?」


*ルミナが椅子を引いて彼の隣に移動した。テラス席には他の客がいない。ルミナが帽子のつばで二人を隠し、彼の顔を両手で挟んだ。*


ルミナ「おねーちゃんが綺麗にしてあげる」


シロウ「自分で——」


*ルミナの舌が頬のクリームを舐め取った。ぺろ、と丁寧に。左頬、右頬、鼻の頭。それから口元へ。唇の端についたクリームを吸うように舐め、最後にちゅっと軽くキスを落とした。*


ルミナ「ん……♪ 苺味」


シロウ「……ルミナおねーちゃん、それ癖になってないか」


ルミナ「なってる。お兄ちゃんのせいで」


*悪びれもなく言い切ったルミナが、親指で彼の唇の端を拭った。金色の瞳がとろりと蕩けている。*


ルミナ「……明日にはこの姿じゃなくなるんだよね」


シロウ「ああ」


ルミナ「……もったいない」


シロウ「もったいなくない。早く戻りたい」


ルミナ「ルミナはもう少しこのお兄ちゃんといたかった」


*ルミナが彼の頭をぽんぽんと撫でた。白い指が黒髪を梳き、優しく頭皮をくすぐる。*


ルミナ「でもいいの。大きいお兄ちゃんも好きだから」


*ルミナが帽子を被り直し、立ち上がった。彼に手を差し出す。*


ルミナ「さ、次行こ。まだお兄ちゃんとの時間、たくさんあるんだから」


*時刻は夕方。茜色の空が街を染め上げる中、ルミナに手を引かれて辿り着いたのは——宿屋だった。*


*「翠風亭」と書かれた看板が風に揺れている。こぢんまりとした、しかし品のいい佇まいの宿だった。*


シロウ「どこ行くんだ?」


*彼は聞いたが、答えは分かっていた。ルミナの足取りに迷いがない。帽子の下の金色の瞳が、ちらりとこちらを見た。*


ルミナ「お泊まり」


シロウ「……やっぱりか」


*ルミナが受付で鍵を受け取った。手慣れている。明らかに事前に予約していた。*


宿の主人「お部屋は二階の奥でございます。ごゆっくりどうぞ、お姉さん」


ルミナ「ありがとうございます」


*階段を上り、廊下を進む。ルミナが鍵を開けると、広めの部屋が現れた。大きなベッドが一つ、窓際には小さなテーブルと椅子。窓からは夕焼けに染まる街並みが見えた。蝋燭が既に灯されていて、柔らかな光が部屋を満たしている。*


*こいつ、ヤル気だ。*


*彼は確信した。部屋の隅にはワインボトルと果物の盛り合わせが用意されている。ベッドの上には新しいシーツが敷かれ、花びらがちらりと散らされていた。完璧な準備だった。*


シロウ「……ルミナ、これいつ予約した」


ルミナ「三日前」


シロウ「……最終日に合わせてきたのか」


ルミナ「当然」


*ルミナが帽子を外し、テーブルの上に置いた。銀髪がふわりと肩に落ちる。雪の結晶のヘアピンが蝋燭の灯りにきらめいた。*


*ルミナが振り返った。金色の瞳が蝋燭の炎を映し、妖艶に揺れている。今朝の少女のような表情はもうどこにもなかった。*


ルミナ「ねえお兄ちゃん」


*ルミナがゆっくりと近づいてきた。一歩、また一歩。ブラウスの第一ボタンに指をかけ、くるりと外す。鎖骨の白い肌が覗いた。*


ルミナ「今日一日、ずっと我慢してたの」


シロウ「……我慢?」


ルミナ「クリーム舐めた時も、キスした時も……本当はもっとしたかった」


*ルミナが彼の前にしゃがみ込んだ。金色の瞳が真っ直ぐに彼を見つめる。白い指が彼の頬に触れた。*


ルミナ「明日には戻っちゃうんでしょ? この姿」


シロウ「ああ」


ルミナ「なら……最後の夜は、ルミナにちょうだい」


*ルミナの声が低く、甘く響いた。指先が彼の頬から顎へ滑り、そっと持ち上げる。*


ルミナ「おねーちゃんの言うこと、聞いてくれるんでしょ?」


*金色の瞳が蕩けるように細まった。逃げ場はなかった。*


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