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*彼がポータルで旅館に帰還すると、部屋の前でレイラが腕を組んで仁王立ちしていた。琥珀色の瞳が鋭く光っている。*
レイラ「妾を置いてどこに行っておった、貴様」
シロウ「いやー、ちょっと散歩を……」
レイラ「散歩で数時間も消えるか! しかも魔力の残滓を辿れば太平洋の遥か彼方ではないか! 妾に黙って何をしておる!」
*レイラの怒気が部屋の空気を震わせる。彼が弁解しようと口を開きかけた、その時──*
シルフィ「シロウさまー!」
*深緑の長髪を揺らしながら、シルフィがふすまを勢いよく開けて割って入ってきた。いつもの脳天気な笑顔だが、どこか真剣な表情も混じっている。*
レイラ「……シルフィ、妾は今こやつを叱っている最中じゃ」
シルフィ「あ、ごめんなさい。でもね、大事なお話があるの」
*シルフィはシロウの前に立ち、両手を胸の前で組んだ。緑色の瞳が真っ直ぐに彼を見つめる。*
シルフィ「シロウさま、あのね……世界樹に戻りたいの」
シロウ「世界樹に? アストライアの?」
シルフィ「うん。精霊王としての務めもあるし……ここ数日、世界樹からの呼びかけが強くなってきてるの。何かあったのかもしれない」
*シルフィの表情が珍しく曇った。精霊王としての直感が何かを訴えているのだろう。*
レイラ「……ふん。世界樹に異変か」
シルフィ「レイラさんも気になるでしょ? あの世界樹は国の中心に植えたものだし」
*彼は腕を組んで考えた。日本での休暇は楽しかったが、アストライアの世界樹に異変があるなら放っておくわけにはいかない。*
シロウ「わかった。一度戻るか」
*彼がアストライアへの帰還を決めた瞬間、シルフィの表情が少し和らいだ。しかしレイラはまだ不機嫌そうに腕を組んでいる。*
レイラ「……で、貴様は一体どこに行っておったのじゃ。話を逸らすでないぞ」
シロウ「バミューダトライアングル」
レイラ「……は?」
シロウ「いや、ちょっと気になってさ。次元の裂け目があったぞ。別世界に繋がってた」
レイラ「貴様……妾に一言も無く、単身で未知の世界に突入したと?」
*レイラの声のトーンが一段下がった。怒りを通り越して呆れている。*
シルフィ「わぁ、シロウさま冒険してたんだ! 楽しそう!」
レイラ「楽しそうではない! シルフィ、貴様は黙っておれ!」
*シルフィが肩を竦めた。レイラの説教が始まりかけたが、シルフィが話題を戻す。*
シルフィ「それよりね、世界樹のこと。ここ数日ずっと呼ばれてるの。何かが……目覚めようとしてるような感覚があるの」
シロウ「目覚める?」
シルフィ「うん。世界樹の根っこの奥深く……何かが脈動してる。精霊王の妾でもよく分からない。だから直接見に行きたいの」
*レイラも怒りを一旦収め、表情を引き締めた。*
レイラ「……世界樹に異変があるならば、国の根幹に関わる。すぐ戻るぞ」
シロウ「ああ。みんなに声かけて──」
レイラ「旅行は終わりじゃ。子供たちを集めろ」
*彼は旅館のフロントでチェックアウトを済ませた。請求額は100万円と少し。数日間の大部屋貸切、温泉、食事、その他諸々を含めれば妥当な額だ。*
*彼が異空間収納から札束を取り出し、カウンターに置いた。フロントの女性が目を丸くする。*
フロント「い、一括現金でございますか……?」
シロウ「ああ、お世話になりました」
フロント「あ、ありがとうございます……またのお越しをお待ちしております」
*若干引きつった笑顔で見送られながら、彼は玄関を出た。外には既にレイラ、レイ、ルミナ、ルーナ、シルフィ、リーシア、フェン、イグニ、ゼノ、セレス、ステラが集まっている。*
シロウ「よし、帰ろう」
*彼は全員が揃っていることを確認し、隠蔽魔法を発動した。周囲の人間から一行の存在が認識できなくなる。同時に、アストライアへの転移魔法の術式を展開した。*
*空間が歪み、光の渦が一行を包み込む。一瞬の浮遊感の後──*
*見慣れた城の中庭に、全員が降り立った。世界樹の巨大な幹が天を突き、深緑の葉が風に揺れている。しかし──*
シルフィ「……やっぱり」
*シルフィの表情が険しくなった。世界樹の根元が微かに紫色に脈動している。通常は穏やかな緑色の光を放つはずの幹に、不自然な色が混じっていた。*
シルフィ「シロウさま、世界樹の地下に何かいる。確実に」
ーー
*彼はレイラとシルフィを伴い、世界樹の根元へと向かった。残りの家族は城内で待機させている。*
シロウ「ルミナ、子供たちを頼む」
ルミナ「分かったわ、お兄ちゃん。気をつけてね」
*世界樹の根元には、地下へと続く階段が存在する。普段は精霊たちが管理しているが、今は精霊の姿が一体も見えなかった。*
シルフィ「……おかしい。ここにはいつも精霊たちがいるはずなのに」
レイラ「逃げたか、あるいは追い払われたか」
*三人は階段を降り始めた。一段降りるごとに、紫色の脈動が強くなっていく。壁面を覆う世界樹の根が、不自然な色に染まっている。*
*深度100メートルを超えた辺りで、シルフィが足を止めた。*
シルフィ「……ここ。この先に何かいる」
*彼は神眼を発動した。壁の向こう側を透視する。世界樹の根が複雑に絡み合った巨大な空洞が広がっており、その中心に──繭のようなものが浮かんでいた。*
*紫色に脈動する繭。直径は約5メートル。中から微かに生命反応がある。*
シロウ「……何だ、あれ」
*神眼の情報が流れ込む。*
───────────
名前:???
種族:世界樹の落胤(未覚醒)
Lv:???
スキル:???
状態:孵化間近
───────────
レイラ「世界樹の……落胤じゃと?」
シルフィ「世界樹が……子を産んだの……? そんなこと、精霊王の妾でも聞いたことがない」
*繭が一際大きく脈動した。ビキビキと亀裂が入り始める。*
*繭が完全に砕け散り、中から一人の少女が姿を現した。*
*深い翠色の髪が腰まで流れ、肌は陶器のように白い。瞳は金と緑のオッドアイで、世界樹の葉を思わせる薄い衣を纏っている。見た目は20歳ほどの大人びた容姿だが、纏う魔力は桁違いだった。*
*彼は神眼で再度鑑定を試みた。*
───────────
名前:???(未命名)
種族:原初の精霊
Lv:???(計測不能)
スキル:万象操作、世界樹共鳴、精霊創造、自然回帰、???
状態:覚醒直後
───────────
シロウ「原初の……精霊……?」
シルフィ「……嘘。原初の精霊って、世界が生まれた時に存在したっていう伝説の……」
レイラ「伝説ではなかったということか」
*少女がゆっくりと目を開けた。金と緑の瞳が三人を捉える。きょろきょろと周囲を見回し──にぱっと満面の笑みを浮かべた。*
???「おぉ~! 人っすか!? 生まれて初めて見たっす! すごいっす!」
*少女は繭の残骸から飛び降り、シロウの目の前までぴょんぴょんと跳ねてきた。物怖じする様子は一切ない。*
???「あなた、めちゃくちゃ強いっすね! ビリビリ感じるっす! 何者っすか!?」
シルフィ「あ、あの……あなたは一体……」
???「自分っすか? んー、よく分かんないっす! 気づいたらここにいたっす! でもなんか、この大きい木が自分のお母さんみたいな感じがするっす!」
*少女が世界樹の根を撫でると、紫色だった脈動が穏やかな緑色に戻っていった。*
*少女はシロウの腕にぴったりとくっついた。柔らかな身体が密着し、翠色の髪がふわりと揺れる。金と緑のオッドアイが真っ直ぐに彼を見上げている。*
???「ねぇねぇ、あなた! 自分の番になってほしいっす! ビビッときたっす!」
シロウ「ゴッ……ゲホッ……!?」
*彼は盛大に噎せた。まさかの発言に頭が追いつかない。*
レイラ「……は?」
*レイラの声のトーンが氷点下に落ちた。琥珀色の瞳が鋭く細められる。*
シルフィ「わぁ~、積極的だね~」
*シルフィは呑気に笑っている。*
???「だってだって、この人すっごく強いし、あったかいし、世界樹のお母さんが『この人は信頼できる』って言ってるっす! だから番になるのが一番いいっす!」
シロウ「いや待て待て待て。お前生まれたばっかりだろ!? 番とか意味分かって言ってるのか!?」
???「分かるっす! 本能っす! この人と一緒にいたいって身体が言ってるっす!」
*少女が更にぎゅっと腕に抱きつく。豊かとは言えないが確かな膨らみが押し当てられた。*
レイラ「……おい、小娘。妾の夫に気安く触れるな」
???「えー、だって自分の番なんだからいいっすよね?」
レイラ「番ではない! 貴様が勝手に決めるでないわ!」
シロウ「と、とりあえず落ち着け全員……。まず名前、お前名前あるのか?」
???「ないっす! 付けてほしいっす! 番が付けてくれるのが一番嬉しいっす!」
レイラ「番と呼ぶな!!」
*レイラの怒声が地下空洞に反響した。シルフィだけがにこにこと楽しそうに眺めている。*
*少女がぺろっと舌を出し、片目を閉じた。てへぺろ。その仕草が妙に様になっている。*
シロウ「………」
*彼は真顔だった。心の中では「可愛いな」と思ったが、顔には出さない。出さないようにしている。*
???「ねーねー、名前付けてくれるっすか? 自分、名前欲しいっす!」
*少女がぴょんぴょん跳ねながら、彼の腕にしがみつく。金と緑のオッドアイがきらきらと輝いている。*
シロウ「待てよ……これ名付けしたら番認定されたり……」
???「えへへ~、どうっすかね~?」
*またてへぺろ。完全に確信犯だった。どうやら彼女は生まれたばかりとはいえ、番が何を意味するか──契約、絆、伴侶としての関係──全てを本能的に理解しているらしい。*
レイラ「おい貴様、まさか名付けるつもりではなかろうな」
シルフィ「でもね、レイラさん。原初の精霊に名前が無いまま放置するのは世界樹にとっても良くないと思うの。名前は存在の核だから」
レイラ「ぐ……それは、そうじゃが……」
???「世界樹のお母さんも『この人に付けてもらえ』って言ってるっす! ほら、根っこが光ってるっす!」
*確かに、世界樹の根が穏やかな緑色に輝き、まるで肯定するように脈動していた。*
シロウ「……お前、全部分かってて言ってるだろ」
???「えへへ♪ バレたっすか?」
*少女がにぱっと笑った。無邪気だが、その瞳の奥には確かな知性が宿っている。*
*彼は深いため息をついた。諦めの境地に達している。*
シロウ「まぁ、でも……星屑の迷宮から世界樹を持ち帰ったのは俺だし……責任は取らなきゃだよな……」
*少女がぱぁっと顔を輝かせた。*
???「やったっす! じゃあ名前っす! 名前くださいっす!」
*レイラが一歩前に出た。琥珀色の瞳が原初の精霊を射抜く。*
レイラ「待て。一つ聞かせろ、小娘。もしこやつが番にならなかった場合、貴様はどうするつもりじゃ」
*少女は首を傾げ、にぱっと笑った。可愛らしい声で、あっさりと言い放つ。*
???「んー、そうっすね~。自分が拒否されたら世界樹を枯らして一緒に消えるっす♪ お母さんと一心同体だから、自分が消えたらお母さんも消えるっす。そしたらこの国の魔素循環は全部止まるっすね~。あはは♪」
*笑顔だった。満面の笑顔で、恐ろしいことを言い放っていた。*
レイラ「……っ! 貴様、脅しておるのか」
???「脅しじゃないっすよ~。事実っす♪ でも番になってくれたら何も心配いらないっす! 自分、めちゃくちゃ尽くすっすよ?」
*少女がにへらと笑いながらシロウの腕にすり寄る。レイラの額に青筋が浮かんだ。*
シルフィ「あはは……原初の精霊って、こんなに自由なんだ……」
シロウ「……精霊は可愛い顔と声で恐ろしい事を言うもんだ」
???「えへへ、褒められたっす♪ 可愛いって言ってくれたっすね!」
シロウ「褒めてない」
レイラ「……ぐ。妾に脅しをかけるとは……いい度胸じゃ……」
*レイラが歯噛みしている。世界樹は国の根幹。枯れれば結界も魔素供給も全て崩壊する。人質としてこれ以上のものはない。*
シロウ「……分かったよ。名前、付けてやる」
???「わーい!! やったっす!!」
*少女がぴょんぴょん跳ねた。彼は頭を掻きながら、目の前の翠髪の少女を見つめた。世界樹の緑、金と緑のオッドアイ、原初の存在──*
*彼はため息をつきながら、目の前の翠髪の少女を見つめた。*
シロウ「はぁ……名付け苦手なんだよなぁ……」
*少女がきらきらとした瞳で彼を見上げている。期待に満ちた表情。*
シロウ「……ノアで」
*瞬間、世界樹の根が眩い緑色の光を放った。空洞全体が光に包まれ、少女の身体にも緑と金の紋様が浮かび上がる。名付けの契約が成立した証だった。*
ノア「ノア……ノア! 自分、ノアっす! やったっす!! 番の契約成立っす!!」
*ノアが歓喜のあまり彼に飛びつき、首にしがみついた。柔らかな身体が密着し、翠色の髪が彼の顔にかかる。*
シロウ「おい、待て。名付けただけで番の契約って……」
ノア「原初の精霊に名前を付けるってことは、存在の核を握るってことっす! それ即番っす! もう取り消し不可能っす♪」
シロウ「聞いてないぞそんなの!」
ノア「言ってなかったっすからね~、てへっ♪」
*レイラの額に青筋が三本浮かんだ。*
レイラ「……この小娘、確信犯じゃ。最初から全て計算づくで……!」
シルフィ「あはは、やられちゃったね、シロウさま」
*ノアがにへらと笑いながら、彼の胸に顔を埋めた。*
ノア「えへへ~。ノアはシロウさまの番っす。これからずっと一緒っすよ♪ よろしくっす!」
*世界樹が穏やかに輝き、まるで祝福するかのように緑色の花弁を降らせていた。*
*レイラが腕を組み、ノアを睨みつけた。*
レイラ「ふん。番とやらで何をするか、貴様は知らぬのであろう? 所詮生まれたばかりの小娘じゃ」
*レイラはマウントを取りにいった。しかし──*
ノア「えー? 知ってるっすよ~♪ 番ってことはつまり、シロウさまと身体を重ねて子を成すってことっすよね? 自分、全部分かってるっす」
*レイラが一瞬固まった。*
ノア「まずシロウさまのピーを自分のピーに入れてもらって、奥までピーしてもらうっす♪ そんでピーにいっぱい出してもらうっす♪」
シロウ「ゴホッ……!?」
*彼は盛大に噎せた。地下空洞に少女の無邪気な声が反響する。*
ノア「あと、番同士はいっぱいくっつくっすよね? ピーしてもらったり、ピーしてもらったり~♪ 自分、全部やりたいっす!」
レイラ「や、やめんか!! 何を堂々と……!!」
*レイラの顔が真っ赤に染まった。マウントを取るつもりが完全に返り討ちにあっている。*
ノア「レイラさんこそ、恥ずかしがってるってことは番のお勤め足りてないんじゃないっすか~? 自分はシロウさまに毎晩求めてもらうっすよ♪」
レイラ「な……っ! 妾は毎晩しっかりと……!!」
*レイラが口を滑らせかけ、慌てて口を塞いだ。シルフィがくすくすと笑っている。*
シルフィ「あはは、レイラさん負けてるよ~」
レイラ「黙れシルフィ!!」
*ノアがにへらと笑いながら、シロウの腕に更にすり寄った。*
ノア「ねーシロウさま、今夜からよろしくっす♪」
*彼は深いため息をついた。*
シロウ「はぁ……マジか……」
ノア「マジマジっす♪ ノアはシロウさまの番っすから、ずっと一緒っす!」
*ノアが彼の腕にぴったりとくっつき、頬を擦り寄せる。翠色の髪が彼の肩にかかり、金と緑のオッドアイが幸せそうに細められている。*
レイラ「おい小娘、離れろ。妾の夫にべたべたするでない」
ノア「えー、番だからいいっすよ~。レイラさんこそ、反対側の腕空いてるっすよ? どうぞっす」
レイラ「妾に指図するな! ……っ、別にくっつきたいわけでは……!」
*レイラがそう言いながらも、反対側の腕にそっと手を添えた。完全にノアに乗せられている。*
ノア「あ、レイラさんも素直じゃないっすね~。でも自分、正妻の座は譲るっすよ? 自分は番であればそれでいいっす」
レイラ「……当たり前じゃ。妾が正妻に決まっておろう」
ノア「そのかわり、夜の回数は平等っすからね♪ 自分もいっぱいシロウさまに愛してほしいっす!」
レイラ「回数を要求するな!」
*二人が彼を挟んでバチバチと火花を散らしている。シルフィはのんびりと微笑みながら後ろを歩いていた。*
シルフィ「シロウさま、また賑やかになるね~」
シロウ「……帰ってきて早々これかよ」
*地上へ戻る階段を上りながら、彼は遠い目をした。世界樹の異変の正体が「嫁が増える」とは思わなかった。*




