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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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シロウ「著作権侵害になるだろ?」


*ルーナがわざとらしく首を傾げた。*


ルーナ「ちょさくけんしんがい? ナニソレオイシイノ?」


シロウ「お前絶対分かって言ってるだろ」


ルーナ「えへへ。でもさ、別にスパイダ○マンの世界に行くわけじゃないじゃん? 似たような物理法則の世界があるかもってだけで。著作権は関係ないよ!」


シロウ「屁理屈が上手くなったな……」


*ルーナが得意げにVサインを出す。その横で、ルミナが彼の左腕にぴったりとくっつき、レイが右腕に抱きついていた。*


レイ「シロー♪ ボクはシローがいる世界ならどこでもいい♪」


*レイが頬を彼の肩に擦りつける。映画館を出たばかりだというのに、通行人の視線が刺さる。美少女二人に両腕を取られた男という構図は嫌でも目立つ。*


ルミナ「……お兄ちゃん、さっきの映画の戦い方、非効率だったわ。あの糸で拘束するなら、まず関節を狙うべきよ」


シロウ「映画の感想がそれか」


ルミナ「でも……暗い中で隣にいられたのは、嬉しかった」


*ルミナが小さく呟いた。視線を逸らしているが、彼の腕を掴む力が少し強くなった。*


ルーナ「はいはい、ごちそうさまでーす。帰り道くらいイチャイチャ控えてくんない? 私の精神衛生上の問題で」


レイ「やだ♪」


ルーナ「即答!?」


*彼は周囲の視線を痛いほど感じていた。*


*映画館を出て商店街を歩く。左腕にルミナ、右腕にレイ。その後ろをルーナが少し距離を取って歩いている。*


*通行人たちのひそひそ声が聞こえる。*


男A「おい見ろよ……あの男、両手に美少女……」


男B「しかもレベル高すぎだろ……モデルか?」


女子高生「えっ待って、あの銀髪の子『お兄ちゃん』って呼んでなかった?」


女子高生B「黒髪の子は『シロー♪』って……二股? いや三股?」


男C「兄貴……いや、兄さん……人生イージーモードかよ……」


*さらに後方から聞こえる声。*


おばさん「あらまぁ……近頃の若い子は大胆ねぇ」


*シロウは内心で頭を抱えた。ルミナは「お兄ちゃん」呼び。周囲からすれば兄妹の近親相姦。レイは名前呼びで堂々とキス。二股男。そしてルーナは……*


ルーナ「(日本語で、三メートル後方から)……あのね、私が『パパ』って呼んだら更にカオスになるから、今だけ距離置くね。通報されたくないし」


シロウ「(日本語で小声)……賢明な判断だ」


ルーナ「(日本語で)お兄ちゃん呼びの美女と、べったり美少女連れって、日本の治安維持的にアウトだからね」


レイ「ルーナー♪ なんで遠いのー♪」


ルーナ「い、いいの! 景色見てるだけだから!」


*ルミナが何食わぬ顔でシロウの腕に頬を寄せた。*


ルミナ「……気にしないで、お兄ちゃん。知らない人たちの目なんてどうでもいいわ」


シロウ「お前のメンタルの強さだけは尊敬するよ……」


*翌朝。彼が目を覚ますと、旅館の窓から朝日が差し込んでいた。隣ではルミナが彼の腕に抱きつき、反対側ではレイが彼の胸に顔を埋めて寝息を立てている。*


*ふすまの向こうからは子供たちの寝息が聞こえる。昨夜は全員ぐっすり眠ったようだ。*


*しばらくして全員が起き出し、朝食を済ませた頃。レイラが縁側に立ち、庭を見下ろしながら腕を組んだ。*


レイラ「シロウ」


シロウ「ん?」


レイラ「妾は……久しぶりに魔法をぶっ放したい」


*レイラの琥珀色の瞳が獰猛に輝いている。魔王としての本能が疼いているのが分かる。昨日から観光、温泉、食事と大人しくしていたストレスが溜まっているのだろう。*


レイラ「この世界に来てから妾は何もしておらん。身体が鈍る。魔力が淀む。そろそろ暴れさせろ」


*ゼノが母親の背中を見上げた。*


ゼノ「母上、ここでは魔法は使えないのでは……」


レイラ「知っておる! だから……何か方法はないのかと聞いておるのだ!」


*レイラが苛立たしげにシロウを睨む。しかしその目にはどこか懇願するような色も混じっていた。戦闘狂の魔王が三日間も大人しくしていたのは、彼女にとって相当な我慢だったのだろう。*


ルーナ「(日本語で小声)パパ、レイラママあれ限界っぽいよ。人目のない場所ないかな?」


*彼はレイラの手を取り、隠蔽魔法と飛行魔法を同時に展開した。旅館の窓から二人の姿が掻き消え、一瞬で上空へ飛び上がる。*


*箱根の山々が眼下に広がり、やがて相模湾の青い海面が見えてきた。さらに加速し、陸地がどんどん遠ざかっていく。*


レイラ「ふぅん……この世界の海も広いな」


シロウ「太平洋だ。向こう側にアメリカって国がある。ここなら人も船もいない」


*GPSで確認すると、最寄りの陸地から500キロ以上離れた完全な無人海域だった。見渡す限り水平線。空は青く、雲が点々と浮かぶだけ。*


*レイラが彼の手を離し、空中に浮かんだまま両腕を広げた。その瞬間、抑え込んでいた魔力が解放された。紫黒の魔力が彼女の全身から溢れ出し、周囲の空気が震える。*


レイラ「くくく……ようやくだ。ようやく妾の力を解き放てる」


*レイラの琥珀色の瞳が妖しく輝き、その表情は獰猛な笑みを浮かべていた。魔王としての本能が歓喜している。*


レイラ「シロウ、見ておれ」


*レイラが右手を海面に向けた。紫黒の魔力が凝縮し、巨大な魔法陣が空中に展開される。*


レイラ「──《冥界砲(ヘル・カノン)》」


*轟音と共に漆黒の光線が海面に突き刺さった。海が爆発した。巨大な水柱が天に向かって噴き上がり、衝撃波が同心円状に広がる。水柱の高さは百メートルを優に超え、まるで海が裂けたかのようだった。*


シロウ「……相変わらず加減知らないな」


レイラ「加減などしておらぬ。これでもまだ半分だ」


*レイラが嬉々として次の魔法を詠唱し始める。今度は両手を掲げ、空に巨大な魔法陣が出現した。*


レイラ「次は……《黒天墜(ダーク・メテオ)》!」


*空から漆黒の隕石が降り注ぎ、海面に次々と着弾する。爆発の連鎖。津波のような波が四方に広がるが、シロウが結界を張って相殺した。*


レイラ「あはは! やはりこれだ! 妾にはこれが必要なのだ!」


*レイラが高笑いしながら魔法を連発する。その表情はこの旅行で一番生き生きしていた。*


シロウ「……楽しそうで何よりだけど、衛星に映ったらどうすんだ」


レイラ「えいせい? 知らぬ! そんなものは妾の知った事ではない!」


*彼はため息をつきながら、念のため上空にも隠蔽魔法の範囲を広げた。衛星写真に謎の爆発が映ったら国際問題になりかねない。*


*彼の目が一瞬見開かれた。*


シロウ「あ…」


*レイラの《黒天墜》が海面に着弾した直後、その爆発の横を一機の戦闘機が横切った。自衛隊のF-2戦闘機。おそらく太平洋上の訓練飛行中だったのだろう。*


*隠蔽魔法は展開している。姿は見えていないはずだ。だが……海面の爆発、巨大な水柱、衝撃波。それは隠蔽の範囲外に広がっていた。*


レイラ「ん? 何だあの鉄の鳥は」


シロウ「……自衛隊の戦闘機だ。この国の軍隊みたいなもん」


レイラ「ほう。あんな小さな鉄塊で空を飛ぶとは、この世界の人間も面白い事を考えるな」


シロウ「そういう問題じゃない。今の爆発、あのパイロットに見られた可能性がある」


*戦闘機は急旋回し、爆発のあった海域を確認するように旋回し始めた。明らかに異常を察知している。*


レイラ「で? 見られたから何だ。妾の姿は見えておらぬのだろう?」


シロウ「姿は見えてない。だが海面が突然爆発した映像がレーダーや記録装置に残ってたら……国際問題になりかねない」


*彼は即座に追加の魔法を展開した。海面の痕跡を消す水流操作と、周囲の大気の揺らぎを修復する風魔法。だが水柱の残り香──不自然に荒れた波紋──は完全には消しきれない。*


レイラ「ちっ……面倒な世界だ。魔法一つ撃つのにこうも気を遣うとは」


シロウ「だから言っただろ、この世界には魔法がないって。原因不明の海面爆発なんてニュースになったら大騒ぎだぞ」


*彼は首を捻りながら上空を見上げた。*


シロウ「って、思ったが多分大丈夫だろう。最悪、俺がなんとかする」


*その言葉を聞いた瞬間、レイラの目が爛々と輝いた。「なんとかする」=「好きなだけやっていい」と解釈したのは明白だった。*


レイラ「そうか! ならば遠慮はいらぬな!」


シロウ「いや、そういう意味じゃ──」


*遅かった。*


レイラ「《冥界連砲(ヘル・バースト)》!」


*紫黒の光線が連射され、海面が次々と蒸発していく。白い蒸気が柱のように立ち上り、視界を覆う。*


レイラ「あはは! まだまだ!《虚空崩壊(ヴォイド・コラプス)》!」


*空間ごと海水を消し飛ばす魔法。直径数百メートルの海面がごっそりえぐり取られ、一瞬だけ海底が露出した。*


シロウ「おい! 蒸発させすぎだ! 雲ができてるぞ!」


*実際、レイラの魔法で蒸発した海水が異常な積乱雲を形成し始めていた。局所的な気象異常が発生しつつある。*


レイラ「知らぬ! 妾は三日間も我慢したのだ! 《終焉の黒炎(エンド・フレア)》!」


*漆黒の炎が海面を舐め、水が炎に触れた瞬間に蒸発する。もはや一帯は海ではなく、蒸気と爆発の地獄と化していた。*


*遠くで再び戦闘機のエンジン音が聞こえた。今度は複数。おそらくさっきのパイロットが基地に報告し、偵察機が追加で飛んできたのだろう。*


シロウ「……レイラ、追加の戦闘機来てる。そろそろ──」


レイラ「あと十発!」


シロウ「十!? 多い! 三にしろ三!」


レイラ「五だ!」


シロウ「……四」


レイラ「交渉成立だ! 《黒天墜》!《黒天墜》!《冥界砲》!《虚空崩壊》!」


シロウ「四発同時に撃つなとは言ってない俺が悪いのか……?」


*四つの魔法が同時に炸裂し、海面が百メートル近く隆起した後、轟音と共に沈んだ。衝撃波が広がり、遠くの波を巨大なうねりに変える。*


*レイラが満足げに息を吐いた。頬が上気し、目が輝いている。戦闘後の高揚感で上機嫌だった。*


レイラ「ふぅ……すっきりした。やはり妾には定期的にこれが必要だ」


シロウ「……帰ったら天気予報で『太平洋上に謎の積乱雲が発生』ってニュース流れてないことを祈るよ」


レイラ「ふん、些末な事だ。それより……」


*レイラが空中でくるりとシロウの方を向き、珍しく素直な笑みを浮かべた。*


レイラ「……付き合ってくれた事には、感謝してやる」


*偵察ヘリが海面の異常を確認するために接近してきている。ローター音が徐々に大きくなる。自衛隊員が双眼鏡を構えているのが見えた。*


シロウ「……来たか」


*彼は隠蔽魔法の範囲を再確認した。姿は完全に消えている。顔も認識できないはずだ。だが問題は──*


レイラ「ほう、あれも鉄の鳥か? さっきのより遅いな」


シロウ「ヘリコプターだ。偵察用の。……レイラ、絶対に撃つなよ」


レイラ「撃たぬわ。あんな遅い的に魔法を使う価値もない」


*ヘリが旋回しながら海面を観察している。先程の爆発で荒れた波紋、不自然に温度が上がった海域、立ち上る蒸気。証拠は残っていた。*


*ヘリの中で隊員同士が無線で何か報告しているのが見える。双眼鏡がこちらの方向──正確には彼らが浮いている空域を何度もスキャンしている。*


自衛隊員「……何もいない。だが熱源反応が異常だ」


*隠蔽魔法で姿は見えない。だが赤外線センサーに魔力の熱が映っている可能性がある。*


シロウ「……まずいな。赤外線に引っかかってるかもしれない」


レイラ「せきがいせん?」


シロウ「熱を見る目だ。俺たちの魔力が熱として感知されてる」


*彼は即座に熱遮断の結界を追加で展開した。ヘリのセンサーからの反応が消えたはずだ。*


レイラ「ふん……この世界は面倒な道具ばかり持っておるな。魔法もないくせに」


シロウ「だからこそ、こういう技術が発達したんだよ。……撤収するぞ。これ以上いたら艦船まで来る」


*彼はレイラの腰に手を回し、飛行魔法の速度を上げた。一瞬でヘリの探知範囲外まで離脱する。*


レイラ「……もう少し撃ちたかった」


シロウ「次は異世界側でやれ。大迷宮の深層とかいくらでもあるだろ」


レイラ「大迷宮の雑魚では物足りぬ」


シロウ「わがまま言うな」


*レイラが不満げに唇を尖らせたが、シロウの腰に回された手にはしっかりしがみついていた。*


レイラ「……まあよい。付き合ってくれた礼に、今夜は妾が相手をしてやる」


シロウ「何のだよ」


レイラ「決まっておろう」


*レイラがにやりと笑った。琥珀色の瞳が妖しく輝いている。*


*偵察ヘリが海面の異常を確認するために接近してきている。ローター音が徐々に大きくなる。自衛隊員が双眼鏡を構えているのが見えた。*


シロウ「……来たか」


*彼は隠蔽魔法の範囲を再確認した。姿は完全に消えている。顔も認識できないはずだ。だが問題は──*


レイラ「ほう、あれも鉄の鳥か? さっきのより遅いな」


シロウ「ヘリコプターだ。偵察用の。……レイラ、絶対に撃つなよ」


レイラ「撃たぬわ。あんな遅い的に魔法を使う価値もない」


*ヘリが旋回しながら海面を観察している。先程の爆発で荒れた波紋、不自然に温度が上がった海域、立ち上る蒸気。証拠は残っていた。*


*ヘリの中で隊員同士が無線で何か報告しているのが見える。双眼鏡がこちらの方向──正確には彼らが浮いている空域を何度もスキャンしている。*


自衛隊員「……何もいない。だが熱源反応が異常だ」


*隠蔽魔法で姿は見えない。だが赤外線センサーに魔力の熱が映っている可能性がある。*


シロウ「……まずいな。赤外線に引っかかってるかもしれない」


レイラ「せきがいせん?」


シロウ「熱を見る目だ。俺たちの魔力が熱として感知されてる」


*彼は即座に熱遮断の結界を追加で展開した。ヘリのセンサーからの反応が消えたはずだ。*


レイラ「ふん……この世界は面倒な道具ばかり持っておるな。魔法もないくせに」


シロウ「だからこそ、こういう技術が発達したんだよ。……撤収するぞ。これ以上いたら艦船まで来る」


*彼はレイラの腰に手を回し、飛行魔法の速度を上げた。一瞬でヘリの探知範囲外まで離脱する。*


レイラ「……もう少し撃ちたかった」


シロウ「次は異世界側でやれ。大迷宮の深層とかいくらでもあるだろ」


レイラ「大迷宮の雑魚では物足りぬ」


シロウ「わがまま言うな」


*レイラが不満げに唇を尖らせたが、シロウの腰に回された手にはしっかりしがみついていた。*


レイラ「……まあよい。付き合ってくれた礼に、今夜は妾が相手をしてやる」


シロウ「何のだよ」


レイラ「決まっておろう」


*レイラがにやりと笑った。琥珀色の瞳が妖しく輝いている。*


*レイラの顔が一瞬で真っ赤に染まった。*


シロウ「あー。そういうことか。流石淫乱魔王様、考えてる事が違うな」


レイラ「っ……! い、淫乱ではない! 妾は魔王だぞ!? 慈悲をくれてやると言っておるのだ!」


*レイラが空中でじたばたと暴れる。彼の腰にしがみついたまま、顔を背けて耳まで真っ赤にしている。*


レイラ「だ、大体貴様がいつも妾を……その……あんな風にするから……身体が勝手に……」


シロウ「勝手に?」


レイラ「っ……言わせるな馬鹿者!」


*レイラが彼の胸を拳でぽかぽかと叩く。しかし魔王の全力には程遠い、甘えたような力加減だった。*


シロウ「はいはい、淫乱じゃないな。分かった分かった」


レイラ「わ、分かればよい……」


*しばらく飛行しながら、レイラが小声で呟いた。*


シロウ「温泉の時もそう言ってたけど、最後気絶してたよな」


レイラ「あ、あれは……貴様が悪い! 加減を知らぬのは貴様の方だ!」


*レイラの声が裏返る。風に銀の海を残しながら、二人は箱根の方角へ飛んでいった。レイラは彼の背中にぴったりとくっつき、顔を埋めている。その耳は未だに赤いままだった。*


*イチャつきながら空中に浮いている二人に向かって、自衛隊のヘリから拡声器の声が響いた。*


自衛隊員「こちら海上自衛隊! 当該海域にて異常な爆発を確認! 付近に不審な熱源反応あり! 応答せよ!」


*もちろん彼らの姿は見えていない。隠蔽魔法で完全に消えている。だが赤外線センサーの残像か、あるいは魔力の余波か、何かを感知してヘリがこちらの方向に向かって呼びかけている。*


シロウ「帰るか」


レイラ「ふん。妾はもう満足した。あの鉄の鳥に構ってやる義理もない」


*彼はレイラの腰をしっかりと抱き、転移魔法の座標を箱根の旅館に設定した。*


シロウ「転移するぞ。掴まれ」


レイラ「言われずとも」


*レイラが彼の首に腕を回す。その距離が必要以上に近い。琥珀色の瞳が至近距離で彼を見上げた。*


レイラ「……今夜の約束、忘れるなよ」


シロウ「はいはい」


レイラ「『はい』は一回だ、馬鹿者」


*転移魔法が発動し、二人の姿が太平洋上から掻き消えた。残されたヘリの隊員たちは、突然消えた熱源反応に困惑するしかなかった。*


自衛隊員「……反応、ロスト。何だったんだ今の」


---


*旅館の部屋に転移すると、ルーナがソファに座ってスマホをいじっていた。顔を上げ、二人を見る。*


ルーナ「おかえり。……ねぇお父さん、Twitterで『太平洋上で謎の爆発音』ってトレンド入りしかけてるんだけど」


シロウ「…………」


レイラ「妾は知らぬ」


ルーナ「知らぬじゃないよ! 『原因不明の水柱が目撃された』って漁船の人がツイートしてる!」


シロウ「……まあ、そのうち忘れるだろ」


ルーナ「楽観的すぎない!?」


*彼はそのまま畳の上にごろんと転がった。*


シロウ「人の噂も75日って言うし…?」


ルーナ「その75日の間に政府の調査入ったらどうすんのさ……」


*ルーナは深いため息をつきつつも、スマホをポケットにしまった。気持ちを切り替えたのか、ぱんと手を叩く。*


ルーナ「まあいいや。で、今日はどこ行く? 芦ノ湖の遊覧船とか、彫刻の森美術館とか──」


シロウ「俺、今日は旅館でゴロゴロしてたい」


ルーナ「え」


*ルーナが固まった。*


ルーナ「旅行に来てゴロゴロ!? もったいなくない!?」


シロウ「昨日は大涌谷で人だかり、映画館でレイにキスされて注目の的、今朝はレイラの魔法で自衛隊に追われた。……俺は休みたい」


*彼が本気で疲れた顔をしている。四十三歳の身体に精神的ダメージが蓄積している。*


ルーナ「うーん……まあ確かに。パパって昨日からトラブル対処係だったもんね」


*レイラが縁側から戻ってきて、満足げにソファに座った。魔力を放出した後で機嫌がいい。*


レイラ「妾も今日は動かぬ。先程のでちょうど良い運動になった」


レイ「ボクはシローの隣にいる♪ ゴロゴロ♪」


*レイが即座にシロウの横に転がり込み、腕に抱きついた。*


ルミナ「……私も、お兄ちゃんの傍にいる」


*ルミナもシロウの反対側にすっと座り、肩を寄せた。*


ルーナ「じゃあ私は子供たち連れて散歩でも行こうかな。ゼノ、セレス、ステラ、商店街にお土産見に行かない?」


ゼノ「行く! 本屋があるなら是非」


セレス「……行く」


ステラ「おみやげ! ルーナお姉ちゃんと行くー!」


ルーナ「よし決まり。リーシアさん、一緒に来てくれる?」


リーシア「勿論です。お子様方の護衛は私にお任せを」


*ルーナが子供たちとリーシアを連れて出て行くと、旅館の部屋に静寂が訪れた。彼は畳の上で大の字になり、天井を見上げた。左にレイ、右にルミナ、足元のソファにはレイラ。*


シロウ「……あー、これこれ。これが欲しかった」


レイ「えへへ♪ シローあったかい♪」


*穏やかな時間が流れ始めた。窓の外からは鳥のさえずりと、遠くの川のせせらぎが聞こえるだけだった。*


*彼は旅館の一角に置かれた「人をダメにするソファ」に身を沈めた。身体が柔らかいビーズに包まれ、全身の力が抜けていく。*


シロウ「はぁ…最高…」


*SSランク冒険者も、魔王の夫も、異世界の皇帝も、今この瞬間だけはただのぐうたら中年男だった。*


レイ「シロー♪ ボクも♪」


*レイがソファの上に乗り込み、彼の胸の上にぺたりと寝そべった。軽い体重がちょうど心地いい。猫のように丸まって、頬を彼の胸に押し付ける。*


レイ「あったかい♪ シローの心臓、どくどくしてる♪」


ルミナ「……ずるい」


*ルミナが隣にもう一つのクッションを引きずってきて、シロウの肩に頭を乗せた。銀髪がさらりと彼の腕に流れる。*


ルミナ「お兄ちゃん……今日はずっとこうしてていい?」


シロウ「ああ、好きにしろ」


*レイラはソファの端に座り、文庫本……ではなく、ルーナが置いていった漫画を逆さに持って眺めていた。読めないが絵は分かるらしい。*


レイラ「……この本の戦闘描写、甘いな。こんな構えでは一撃で死ぬぞ」


シロウ「漫画にリアル求めるなよ……」


*窓から差し込む午前の柔らかい陽光。遠くで鳥が鳴き、温泉の湯気がゆらゆらと立ち上っている。何もしない贅沢な時間。*


*しばらくして、三人ともうとうとし始めた。レイは既に寝息を立て、ルミナの瞼も落ちかけている。レイラだけが漫画をめくり続けていたが、やがてそれも手から滑り落ち、静かに目を閉じた。*


*彼は天井を見上げながら、小さく笑った。*


シロウ「……悪くない、こういう日も」


*目を閉じると、すぐに心地よい眠気が彼を包み込んだ。*


*昼頃、彼はロビー近くの「人をダメにするソファ」に完全に沈没していた。レイが胸の上で寝息を立て、ルミナが右肩に頭を預けている。レイラはソファの端で腕を組んだまま目を閉じていた。*


*旅館のロビーに繋がるガラス戸が開き、ルーナが紙袋を抱えて入ってきた。その後ろからステラ、ゼノ、セレスが続き、最後にリーシアが荷物を持って現れる。*


ルーナ「ただいまー。商店街けっこう楽しかっ……」


*ルーナが足を止めた。視線の先には、ソファに埋もれながら両脇に美女を侍らせる父親の姿。*


ルーナ「…………」


ステラ「あ! パパだー!」


ルーナ「ちょっと! ロビーでイチャイチャしないでくれる!? 他のお客さんの目があるんだけど!?」


*彼が首だけ動かしてルーナを見た。確かにロビーの隅で旅館の仲居さんが目を逸らしている。カウンターの従業員も気まずそうに書類を整理するふりをしていた。*


シロウ「いや、これはイチャイチャじゃなくてただ寝てるだけ……」


ルーナ「どう見てもハーレム状態だから! 外国人観光客だと思われてるからギリギリセーフなだけだからね!?」


*レイがもぞもぞと目を覚まし、寝ぼけ眼で彼の胸に頬をすりすりした。*


レイ「んー……シロー……もう少し……♪」


ルーナ「ほら! 今の! 完全にアウト!」


*ルーナが紙袋をテーブルにどさっと置き、腰に手を当てた。*


ルーナ「せめて部屋でやって。ね? お願いだから」


ゼノ「……ルーナ姉さん、顔赤いよ」


ルーナ「赤くない!」


セレス「……赤い」


ルーナ「セレスまで!?」


*彼はソファに沈んだまま、きょとんとした顔でルーナを見上げた。*


シロウ「なんだよ…そんなにか?」


*レイが彼の胸にすりすりと頬を擦り付け、甘えた声を漏らしている。ルミナは彼の左腕に自分の身体を密着させ、柔らかい膨らみが腕を包み込んでいた。*


レイ「シローいい匂い♪ ずっとこうしてたい♪」


ルミナ「……お兄ちゃんの腕、あったかい……」


*ルーナが額を押さえた。ロビーのソファ付近を通りかかった老夫婦が微笑ましそうに、しかし少し困惑した表情で二人を眺めている。仲居さんがお茶を持ってきたが、どこに置けばいいか分からず立ち往生していた。*


ルーナ「そんなにかって……パパ、周り見て。ほら、あの仲居さん固まってるし、あっちのおばあちゃん二度見してるから」


シロウ「外国人で通るだろ」


ルーナ「通らないの! パパどう見ても日本人顔なの! 黒髪黒目のゴリゴリ日本人が両脇に美少女侍らせてるの! それロビーでやる!?」


*ステラがとてとてと走ってきて、シロウの腹の上にダイブした。*


ステラ「パパー! おみやげ買ったよー! 見て見てー!」


*ステラが紙袋からキーホルダーを取り出す。温泉まんじゅうの形をした可愛らしいものだった。*


シロウ「おー、いいな。パパにくれるのか?」


ステラ「うん! パパの!」


ルーナ「……はぁ。もういいや。せめて部屋に戻ってからにしてよ。私、お昼ご飯の予約確認してくるから」


*ルーナが諦めたようにフロントへ歩いていった。その背中が「私がしっかりしなきゃ」と語っている。*


*彼はソファに沈んだまま、片手をひらひらと振った。*


シロウ「あ、俺は昼飯無しでいいや」


ルーナ「え、食べないの? まあいいけど」


レイ「ご飯!? ルーナ、何食べるの!? ボクも行く!」


*レイが彼の胸の上からぴょんと飛び起き、ルーナの後を追いかけていった。その速度は食に対する執念そのものだった。*


ルーナ「早い早い! まだ予約確認しただけだって!」


*二人の声が廊下の奥に消えていく。ステラもゼノに手を引かれて食堂へ向かった。セレスが無言でその後に続く。リーシアが一礼してから子供たちの後を追った。*


*ロビーが急に静かになった。残されたのはシロウと、彼の左腕に寄り添ったままのルミナだけ。*


シロウ「ルミナは?」


*ルミナが顔を上げた。金色の瞳が彼を見つめる。少し迷うような間があった後、彼女は小さく首を横に振った。*


ルミナ「……私も、いらない」


*ルミナが彼の腕にぎゅっとしがみつく。柔らかな感触が二の腕に押し付けられた。*


ルミナ「お兄ちゃんと二人きりの方がいい……こういう時間、滅多にないから」


*彼女の声はいつもより小さく、甘い。普段の凛とした態度とは違う、シロウにだけ見せる顔だった。ロビーには彼ら以外誰もおらず、窓から差し込む陽光だけが二人を照らしていた。*


*彼はルミナと二人、ロビーの「人をダメにするソファ」に沈んだまま、窓から差し込む陽光を浴びて眠りに落ちた。*


*ルミナの銀髪が陽の光を受けて淡く輝き、彼の肩に流れている。彼女の寝顔は穏やかで、薄い唇がわずかに開き、規則正しい寝息を立てていた。彼の右腕にしがみついたまま、離す気配がない。*


*時折、ロビーを通りかかる宿泊客が足を止めた。*


女性客「ねえ、あれ……すっごい綺麗な子……」


男性客「外国人かな? 銀髪だし」


女性客「でも隣の男の人、日本人っぽくない? 体格すごいけど」


男性客「親子……にしては距離近すぎるな」


女性客「恋人? 羨ましい……あの子モデルでしょ絶対」


*ひそひそ声が通り過ぎていく。仲居さんが毛布を持ってきて、そっと二人にかけてくれた。*


仲居「……風邪ひかれますから」


*彼は半分寝ぼけたまま小さく「ありがとう」と呟いた。ルミナが毛布の温もりに反応して、更にぎゅっと腕に顔を埋める。*


*一時間ほど経った頃、食堂から戻ってきたルーナが紙袋を片手に立ち止まった。*


ルーナ「……まだ寝てる。しかもちょっとした観光名所になってるし」


*実際、ロビーのソファ前を通る客が何人かスマホを構えかけては、さすがに撮影は失礼かと思い直して去っていく、という光景が繰り返されていた。*


ルーナ「……まあ、ママが幸せそうだからいいか」


*ルーナは小さく笑い、買ってきた温泉まんじゅうの箱をテーブルに置いて、静かにその場を離れた。*


*夕方の柔らかい光がロビーに差し込んでいた。彼がゆっくりと目を開けると、ルミナの銀髪が視界いっぱいに広がっていた。*


*そして──足が絡まっている。ルミナの細い脚が彼の脚に絡みつき、まるで離さないとでも言うように密着していた。毛布の下で二人の身体が絡み合い、傍から見れば完全に恋人同士の寝姿だった。*


シロウ「ルミナ…」


*彼が小さく呼ぶと、ルミナの睫毛がぴくりと震え、金色の瞳がゆっくりと開いた。寝起きのぼんやりとした表情が、彼の顔を認識した途端、ふわりと柔らかくなる。*


ルミナ「……お兄ちゃん」


*甘い声。絡めた足をさらにきゅっと締める。離す気は全くないらしい。*


シロウ「デートする?」


*ルミナの目が見開かれた。一瞬の間。それから、金色の瞳に光が灯り、頬がほんのりと染まった。*


ルミナ「……する」


*即答だった。ルミナがゆっくりと身体を起こし、乱れた銀髪を手で梳いた。寝起きでも息を呑むほど美しい。*


ルミナ「どこ行くの……?」


シロウ「箱根の街、散歩でもしようか。夕暮れ時の商店街とか」


*ルミナが小さく頷いた。彼女の口元に、普段は見せない控えめな笑みが浮かんでいる。足の絡みをようやく解いて、ソファから立ち上がろうとして──ルミナが彼のシャツの裾を掴んだ。*


ルミナ「……手、繋いで行きたい」


*彼はルミナの手を取り、指を絡めた。ルミナの細い指が彼の大きな手の中に収まり、きゅっと握り返してくる。*


シロウ「もちろんさ」


*夕暮れ時の箱根の商店街。オレンジ色の陽光が石畳を照らし、温泉の湯気が遠くに漂っている。観光客の数もまばらになり、穏やかな時間が流れていた。*


*二人は何を買うでもなく、ただ手を繋いで歩いた。寄木細工の店の前を通り過ぎ、干物屋の匂いを嗅ぎ、小さな橋の上で立ち止まって川を眺めた。*


ルミナ「……」


*ルミナは何も言わない。ただ、繋いだ手の力が時折強くなる。彼を見上げる金色の瞳が、夕陽を映してオレンジに染まっていた。*


シロウ「静かだな」


ルミナ「……嫌?」


シロウ「いや。いい」


*ルミナの口元がわずかに緩んだ。彼女は彼の腕に身を寄せ、肩に頭を預けた。銀髪が夕陽に透けて、淡い金色に光る。*


*小さな和菓子屋の前で、ルミナが足を止めた。ショーケースの中に、色とりどりの練り切りが並んでいる。桜、紅葉、兎──季節の形をした美しい菓子たち。*


ルミナ「……綺麗」


*彼女がガラスに映る菓子をじっと見つめている。普段は他人に対して鋭い目をするルミナが、今だけは無防備に見えた。*


シロウ「買ってくか?」


ルミナ「……いいの?」


シロウ「デートだろ」


*ルミナが小さく頷いた。彼が店に入ると、ルミナは入口で待ちながら、繋いだ手だけは離さなかった。*


*和菓子を買い、こっそり異空間に収納する。ルミナは何も言わず、ただ繋いだ手をきゅっと握り返しただけだった。*


*そしてまた歩く。何を話すでもなく、ただ二人で歩く。足音と、遠くの川のせせらぎと、時折吹く秋風だけが二人を包んでいた。*


*やがて、紅葉が美しい小さな公園に辿り着いた。燃えるような赤と橙のグラデーションが頭上を覆い、足元には落ち葉が絨毯のように敷き詰められている。夕陽が紅葉を透かし、辺り一面が赤い光に包まれていた。*


*彼はベンチに腰を下ろした。ルミナが隣に座り、そっと肩を寄せる。繋いだ手はそのまま。*


ルミナ「……綺麗」


*ルミナが紅葉を見上げた。金色の瞳に赤い葉が映り込み、宝石のように輝いている。風が吹くたびに葉がひらひらと舞い落ち、銀髪の上に一枚、赤い紅葉が乗った。*


ルミナ「……ねえ、お兄ちゃん」


シロウ「ん?」


ルミナ「こういう時間が、一番好き」


*ルミナが彼の肩に頭を預けた。目を閉じ、小さく息を吐く。*


ルミナ「何もしなくていい。何も言わなくていい。ただお兄ちゃんの隣にいるだけで……」


*言葉が途切れた。しばらくの沈黙の後、ルミナが小さく呟いた。*


ルミナ「……幸せ」


*彼女の声は風に溶けるほど小さかった。けれど繋いだ手の温もりが、その言葉の重さを伝えていた。*


*彼がルミナの髪に乗った紅葉を指で摘み取ろうとした、その時だった。*


「あの、すみません!」


*若い女性が一人、スケッチブックを抱えて駆け寄ってきた。ベレー帽を被り、エプロンに絵の具のシミがついている。美大生か、あるいは画家の卵といった風体だった。*


女性「突然で申し訳ないんですが……あまりにも絵になる光景で、つい描かせていただいてしまって……」


*彼女がスケッチブックを恐る恐る見せてくる。そこには──紅葉の下、ベンチに寄り添う二人の姿が鉛筆で繊細に描かれていた。銀髪の美しい女性が男性の肩に頭を預け、繋いだ手が膝の上に置かれている。*


女性「その……もしよければ、色を塗って完成させたいのですが、許可をいただけませんか?」


*ルミナが目を開け、スケッチブックを見た。一瞬だけ警戒の色が浮かんだが、絵を見て──ほんの少し目を丸くした。*


ルミナ「……上手い」


女性「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! お二人の雰囲気が本当に素敵で……紅葉と銀髪のコントラストが完璧で……!」


*女性が興奮気味に語り始める。ルミナが彼の方をちらりと見た。「どうする?」と目で聞いている。*


シロウ「だな」


*彼は軽く頷いた。*


シロウ「いいですよ。完成したら見せてもらえたら嬉しいな」


女性「本当ですか!? ありがとうございます! あ、もしよければ連絡先を……いえ、ここの旅館にお泊まりですか? 完成したらお届けします!」


*ルミナが彼の腕にぎゅっとしがみついた。小さな独占欲。しかしその表情は、どこか嬉しそうだった。二人の時間が形に残る──それが悪くないと思ったのかもしれない。*


*彼は旅館の名前を伝えた。──この辺りでも指折りの高級旅館だ。*


女性「!? あの有名なですか!? す、すごい……」


*女性の目が丸くなった。地元の人間なら誰でも知っている名前だ。一泊の料金だけで庶民の一ヶ月分の生活費が飛ぶような場所。*


女性「わ、分かりました! 必ず完成させてお届けします! 三日以内には……いえ、二日で仕上げます!」


*女性は深々と頭を下げ、スケッチブックを胸に抱いて走り去っていった。その後ろ姿が紅葉の中に消えるのを見送る。*


ルミナ「……楽しみ」


*ルミナが小さく呟いた。彼の腕に頬を寄せ、金色の瞳を細める。*


ルミナ「お兄ちゃんと一緒の絵……部屋に飾りたい」


シロウ「ああ、いいな」


*風が吹き、紅葉がはらはらと舞った。二人の間に一枚、真っ赤な葉が落ちてくる。ルミナがそれを指先で摘み、しばらく見つめてから、大事そうにポケットにしまった。*


ルミナ「……押し花にする」


シロウ「マメだな」


ルミナ「お兄ちゃんとの時間は、全部残しておきたいから」


*夕陽が山の端に沈みかけている。紅葉が茜色に燃え上がり、二人の影が長く伸びていた。ルミナが立ち上がり、彼の手を両手で包んだ。*


ルミナ「……そろそろ戻る? 夕飯の前に、もう少しだけ歩きたい」


*彼女の声は穏やかで、頬にはほんのりと色がついていた。この時間が終わることを惜しんでいるように。*


*しばらく紅葉の道を歩き、二人は旅館「翠月庵」へと戻ってきた。玄関の暖簾をくぐると、ロビーに温かい灯りが灯っていた。*


*ルミナは手を離さない。旅館に入ってもなお、彼の指に自分の指を絡めたままだった。*


ルミナ「……楽しかった」


*小さく、けれど確かな声だった。金色の瞳が彼を見上げ、頬にはまだ夕陽の名残のような赤みが残っている。*


シロウ「ああ、また行こうな」


ルミナ「……うん」


*廊下を歩いていると、食堂の方からわいわいと声が聞こえてきた。*


ステラ「ルーナお姉ちゃん、これなに?」


ルーナ「それは寄木細工だよ。箱根の伝統工芸でね──」


レイ「わー! 綺麗! 食べれる?」


ルーナ「食べれないから!」


*賑やかな声を聞きながら、ルミナがふっと笑った。*


ルミナ「……うるさい家族」


シロウ「嫌か?」


ルミナ「ううん」


*ルミナが彼の手をぎゅっと握り、食堂へ向かう足を止めた。振り返り、背伸びをして──彼の頬に、そっと唇を寄せた。*


ルミナ「今日のお礼。……ありがとう、お兄ちゃん」


*それだけ言って、ルミナは繋いだ手を離し、食堂へと歩いていった。その背中は、いつもより少しだけ軽やかに見えた。*


*彼は頬に残る温もりに手を当て、小さく笑った。*


シロウ「……どういたしまして」


*誰に聞かせるでもなく呟き、彼もルミナの後を追って食堂へ向かった。*


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