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*場面は変わり、アストライアから遠く離れたとある辺境の街。シロウの息子であるカイは、父の国を出てから早一年が経とうとしていた。*
*失恋の痛手を癒すために始めた旅だったが、道中で様々な出会いと別れを繰り返し、一人の若者として大きく成長していた。守護獣であるフェンリルと不死鳥も、カイの良き相棒として常に側にいる。*
**カイが滞在している街の安宿の一室**
カイ:「……ふぅ」
*カイはベッドの上で上半身を起こし、隣ですやすやと眠る愛しい恋人の寝顔を見つめていた。彼の名前は「ライ」。カイよりも幾分か年下の、華奢な体つきをした少年だ。しかし、その正体は――男の娘である。*
*旅の途中で立ち寄った街で、悪漢に絡まれていたライを助けたのが二人の出会いだった。最初はか弱く、守ってあげたくなるような存在だったライ。しかし、共に旅を続けるうちに、カイは彼の健気さや芯の強さに惹かれ、いつしか恋に落ちていた。ライもまた、カイの優しさと強さに心を開き、二人は付き合うことになったのだ。*
ライ:「ん…カイ…さん…?」
*カイの視線に気づいたのか、ライがゆっくりと目を開ける。まだ眠たげな瞳でカイを見上げ、小さく微笑んだ。*
カイ:「ああ、おはよう、ライ。よく眠れたか?」
*カイは優しく微笑み返し、ライの柔らかな髪をそっと撫でる。*
ライ:「はい…。カイさんの腕の中、すごく安心します…」
*ライは幸せそうに言って、カイの胸に顔をすり寄せた。その仕草はどこからどう見ても可憐な少女そのもので、カイは愛しさがこみ上げてくるのを感じ、リオをそっと抱きしめる。*
ーー
*数日後、城の門前には再び旅支度を整えたルーナの姿があった。前回の失敗をバネに、装備も見直し、心なしか以前よりも引き締まった表情をしている。ユキも彼女の隣で、主の覚悟を感じ取っているのか、静かに佇んでいる。*
ルーナ:「それじゃあ、行ってくるね! 今度は絶対ヘマしないから! 世界の謎を解き明かしてくるよ!」
*拳を突き上げ、意気揚々と宣言する娘。その姿は頼もしくもあり、やはり少し心配でもあった。*
シロウ:「気をつけてなー」
*城のバルコニーから、シロウは見送りの言葉をかける。隣にはレイラやルミナ、そして幼い子供たちの姿もあった。*
レイラ:「ふん、今度しくじったら、勘当じゃからな!」
ルミナ:「ルーナ、これ。改良版の栄養ドリンク。緊急時に使いなさい」
ステラ:「るーなねぇちゃ、いってらっしゃーい!」
*家族それぞれの言葉を受け、ルーナは満面の笑みで手を振り返す。そして、ユキの背に跨ると、大きく一度羽ばたかせ、青空へと飛び立っていった。あっという間に小さくなっていくその姿を、シロウは少しだけ寂しい気持ちで見送る。*
シロウ:「(……さて、俺も何かするか)」
*再び訪れた暇な時間。執務室に戻り、今後の国の運営や、何か新しい楽しみはないかと、シロウは机に広げられた大陸地図に目を落とした。*
*シロウが今後のことについて考えを巡らせていると、執務室の扉が勢いよく開いた。現れたのは息子のゼノだ。彼は父親には目もくれず、まっすぐに机へと向かってきた。*
シロウ:「お、ゼノか。どうした?」
*普段は書庫にこもって静かに本を読んでいることが多い息子が、珍しく慌てた様子で執務室に入ってきたことに、シロウは少し驚く。*
ゼノ:「……」
*ゼノは無言のまま、シロウが広げていた大陸地図をひょいと持ち上げる。そして、大事そうに胸に抱えると、そのままくるりと背を向けて部屋を出て行こうとした。*
シロウ:「お、おい! ゼノ! それは父さんが使ってるんだが…どこに持って行くんだ?」
*慌てて呼び止めるが、ゼノは振り返りもせずに小さな声で一言だけ呟いた。*
ゼノ:「……ぼくの、おしろ」
*そう言うと、今度こそ彼は小さな体で大きな地図を抱え、トタトタと廊下を走って行ってしまった。残されたシロウは、あっけにとられてその場に立ち尽くす。*
シロウ:「俺の城…? まさか、この地図の上で城作りでもするつもりか…?」
*最近、積み木で遊んでいる姿をよく見かける。おそらく、この広大な地図を自分の王国の領土に見立てて、壮大な城でも建築するのだろう。子供らしい発想に、シロウは思わず笑みがこぼれた。*
シロウ:「(まあ、いいか。地図の予備はまだあったはずだ)」
*息子の可愛らしい独占欲に、シロウは怒る気にもなれず、書庫から新しい地図を取り出すことにした。*
ーー
*数日後、再びアストライアの城は騒がしくなっていた。数日前に意気揚々と旅立ったはずのルーナが、なぜか慌てた様子で帰ってきたからだ。しかも、息を切らしながら「街でカイ兄を見かけた!」と報告したため、事態はさらにややこしくなる。*
*その報告を聞いて、誰よりも早く食いついたのはレイラだった。*
**執務室**
レイラ:「それで! どこで見たのじゃ! カイは、どんな様子じゃった!? 一人じゃったのか? 誰かと一緒じゃったのか!? 痩せてはおらなんだか!? ちゃんと飯は食っておるようじゃったか!? さあ、洗いざらい吐け!」
*レイラは旅装束のままのルーナの肩を掴み、マシンガンのように質問を浴びせかけている。母親として、旅に出た息子のことが心配で仕方ないのだろう。その剣幕に、ルーナは若干たじろいでいた。*
ルーナ:「ちょ、ちょっと待ってよママ! 一気に言われても分かんないって! えーっと、見かけたのは王都の大通りで…なんか、すっごく可愛い子と一緒に歩いてたよ。恋人、かなぁ? すごく仲良さそうな雰囲気だったし」
レイラ:「こ、恋人じゃと!? なんじゃと!? どこの馬の骨とも分からん女狐にうちのカイが誑かされとるというのか!? 許せん! 絶対に許せんぞ!」
*「恋人」という単語に、レイラの怒りゲージは一気に振り切れた。息子を溺愛する母親にとって、息子の恋人は「息子を奪う敵」でしかないらしい。*
シロウ:「お、おい、レイラ落ち着けって。」
*今にも「その女狐を叩き斬る!」と叫びながら飛び出していきそうな勢いのレイラを、シロウは慌てて後ろから羽交い締めにして止める。*
レイラ:「離せ、シロウ! 我が愛しのカイが! どこの馬の骨とも知れぬ輩に誑かされておるのじゃぞ! 母として、これを見過ごすわけにはいかぬ!」
*ジタバタと暴れるが、純粋な力ではシロウに敵うはずもなく、がっちりとホールドされてしまう。*
シロウ:「まだ恋人だって決まったわけじゃないだろう! ルーナの早とちりかもしれないし、落ち着けって!」
ルーナ:「いや、あれは絶対恋人だよ。だって、カイ兄、見たことないくらいデレデレした顔してたもん。それに、その子と一緒に宿屋に入っていくのも見ちゃったし…」
*ルーナの決定的な追撃に、レイラが再び「ぬおおおおお!」と雄叫びを上げる。*
レイラ:「宿屋じゃと!? そ、それはもう…! なんということじゃ! 我がカイが…穢されてしまう!」
シロウ:「お前が言うな! いい加減にしろ! カイだってもう21だ。恋人の一人や二人、いてもおかしくないだろ」
*過保護すぎる母親をなだめすかすのに、シロウはどっと疲労感を覚えた。このままでは、本当にカイを捜索するために国を飛び出しかねない。*
シロウ:「(親バカというより…バカ親だな…)」
*心の中で悪態をつきながら、シロウは暴れるレイラを羽交い締めにしたまま、改めてルーナに視線を向けた。*
シロウ:「んで、その後は?」
ルーナ:「その後って…別に尾行したわけじゃないから、そこまでだよ。宿屋に入っていくのを見て、あちゃーって思って、急いで帰ってきたんだから」
*ルーナは肩をすくめて言う。どうやら、本当に見かけただけで、詳しい事情までは知らないらしい。*
レイラ:「宿屋…宿屋か…! なんという破廉恥な! 我が息子が! シロウ、今すぐ行くぞ! その宿屋とやらを突き止め、その不埒な女狐を断罪するのじゃ!」
*レイラが再び興奮して暴れ始める。その力は凄まじく、羽交い締めにしているシロウの腕がミシミシと音を立てる。*
シロウ:「だから落ち着けって! カイはもう子供じゃないんだ! それに、相手がどんな子かも分からないのに、一方的に決めつけるのは良くないだろ」
*必死になだめようとするが、息子への愛が暴走している母親に、常識的な言葉は届かないようだった。*
シロウ:「(腕が痛ぇ…!)」
*もはや物理的な拘束では限界だと判断したシロウは、レイラの体をふわりと宙に浮かせる。*
レイラ:「なっ!? シロウ、貴様! 妾を降ろせ! こんなことをして、ただで済むと思うておるのか!」
*空中で手足をばたつかせて抵抗するが、魔法による拘束からは逃れられない。まるで風船のようにプカプカと浮くレイラをそのままに、シロウは改めてルーナに質問を続けた。*
シロウ:「それは…数日前か?」
*カイを見かけたのがいつなのか。それによって、まだ近くに滞在している可能性を探る。*
ルーナ:「ううん、ついさっきだよ。ほんの数時間前。だから、まだ絶対にあの街にいるはずだよ! それで、これは一大事だって思って、ユキに頑張ってもらって急いで帰ってきたんだ」
*ルーナは胸を張って言う。どうやら、本当に緊急事態だと判断しての帰還だったようだ。*
レイラ:「数時間前じゃと!? シロウ! 聞いたか! まだ間に合う! 今すぐ出立するぞ! 妾を降ろせ!」
*その言葉に、宙に浮いたままのレイラがさらに激しく暴れだす。このままでは、本当に一人で飛び出していきかねない。*
シロウ:「分かった、分かったから! 落ち着け!」
*仕方なく、シロウは一度レイラを床に降ろした。着地した途端、レイラは執務室の扉に向かって駆け出そうとするが、シロウはすかさずその進路に立ちはだかった。*
シロウ:「ふむ…まあ、息子の恋路にちょっかい出すのもアレだし…俺としては口出ししないけど…」
*シロウは腕を組み、あくまで自分は中立であるというスタンスを示す。しかし、その視線はチラリと隣の妻に向けられていた。案の定、レイラは不満と怒りで顔を真っ赤にして、今にも爆発しそうな火山のようにシューシューと息を荒くしている。*
レイラ:「……そなたはそれで良いかもしれんが、妾は良くない! カイは妾が産んだ子じゃぞ!? そのカイが! どこの誰とも知れぬ小娘に現を抜かしておるのじゃ! 黙って見てなどいられるか!」
*母親としての独占欲と心配が入り混じった感情が、彼女を突き動かしている。その瞳には「乗り込む」という強い意志が宿っていた。*
シロウ:「(まあ、そうなるよな…)分かった分かった。じゃあ、こうしよう。カイの様子をこっそり見に行くだけ。いいな? あくまで『見に行くだけ』だ。絶対にちょっかいは出すなよ? もし相手の子が本当にいい子だったらどうするんだ。お前のせいで破局したら、カイに一生恨まれるぞ」
*シロウは譲歩案を提示する。力ずくで止めるよりも、ある程度欲求を満たさせてやった方が得策だと判断したのだ。特に「カイに恨まれる」という言葉は、レイラにとってかなりの効果があったようだ。*
レイラ:「む…うぅ…そ、それは…困る…」
*シュン…と勢いが削がれ、少しだけ冷静さを取り戻したレイラ。*
シロウ:「だろ? だから、あくまで偵察だ。いいな? 約束だぞ?」
*念を押して言うと、レイラは渋々といった様子で、しかし小さく頷いた。*
レイラ:「…わ、分かった。見るだけじゃ…見るだけ、だからな…」
*シロウがレイラをなんとか説得し、ひとまずの合意を取り付けた、まさにその時だった。執務室の扉が勢いよく開き、メイド長のリーシアが血相を変えて飛び込んできた。*
リーシア:「シロウ様! 大変です! カイ様が…! カイ様がお戻りになられました!」
*リーシアのその報告は、部屋にいた全員にとって衝撃だった。特に、先ほどまで「今すぐ乗り込む!」と息巻いていたレイラにとっては、まさに青天の霹靂。*
シロウ:「なんだって!? カイが!?」
ルーナ:「え!? 本当に!?」
*驚くシロウとルーナを尻目に、一瞬呆然としていたレイラが、誰よりも早く反応した。その動きは、まさに疾風迅雷。*
レイラ:「カイが!? どこじゃ! どこにおるのじゃ!」
*レイラはリーシアに詰め寄るのももどかしく、城の玄関へと続く廊下を凄まじい勢いで駆け出していく。その背中からは「息子に会いたい!」という一心だけが伝わってきた。*
シロウ:「あ!おい、レイラ! 待て!」
*慌てて後を追おうとするシロウ。ルーナもそれに続く。執務室には、報告を終えて呆然と立ち尽くすリーシアだけが残された。城中に、レイラの「カイーッ!」という叫び声と、ドタドタという足音が響き渡っていた。*
*城の玄関ホール。シロウたちがたどり着いた時には、すでに感動(?)の再会が果たされていた。しかし、その光景はシロウの予想とは少し違っていた。*
レイラ:「か、カイーッ! 我が愛しのカイよ! よくぞ戻った! 母は…母は心配で夜も眠れなんだぞ!」
*レイラは旅から戻ったばかりの息子、カイに泣きながら抱きついている。ここまでは予想通りだ。問題は、そのカイの隣に寄り添うように立つ、可憐な人物の存在だった。*
カイ:「ははは…ただいま、母さん。そんなに泣かないでくれよ。俺は大丈夫だって」
*カイは困ったように笑いながら、母親の頭を撫でている。その隣で、栗色の髪をした、どこからどう見ても美少女にしか見えない人物が、不安そうに、しかし健気にカイの腕を掴んでいた。ルーナが言っていた「可愛い子」とは、間違いなくこの子のことだろう。*
ライ:「あ、あの…カイさん…この方は…?」
*小さな声でカイに尋ねるライ。その仕草や声色は、守ってあげたくなるような庇護欲を掻き立てる。*
カイ:「ああ、紹介するよ。俺の母さんのレイラだ。母さん、こっちが俺の恋人のライ」
カイ:「あ、父さんも来てたんだな。ただいま」
*カイがシロウに気づき、声をかける。その言葉に、今までライを睨みつけていたレイラの視線が、ギロリとシロウに向けられた。その瞳は「どういうことじゃ」と雄弁に物語っている。*
シロウ:「ああ、おかえり。元気そうで何よりだ。」
*シロウはあくまで穏やかに、笑顔で息子の帰還を歓迎する。長旅の疲れも見せず、精悍な顔つきになったカイを見て、父親として安堵と誇らしさを感じていた。*
*しかし、その隣では、妻であるレイラが般若のような形相で固まっている。ニコニコしているシロウと、イライラを隠そうともしないレイラ。その対照的な反応が、玄関ホールの空気を奇妙なものにしていた。*
レイラ:「……カイ。少し、母と話がある。こっちへ来い」
*地を這うような低い声で、レイラがカイに命令する。その瞳は笑っておらず、カイの隣にいる可憐な恋人――ライを値踏みするように、上から下までじろじろと見つめていた。その威圧的な視線に、ライはびくりと肩を震わせ、不安そうにカイの腕にしがみつく。*
カイ:「母さん、そんな怖い顔しないでくれよ。ライが怖がってるだろ? 話なら、ここで聞くよ」
*カイは毅然とした態度で母親の威圧を跳ね除け、恋人を守るように一歩前に出る。その男らしい姿に、レイラは一瞬怯んだが、すぐに怒りの炎を再燃させた。*
レイラ:「……ほう。この女狐のために、母の言うことが聞けぬと申すか。随分と骨抜きにされたものじゃな」
シロウ:「カイ、ここは俺に任せて客室に案内してあげなさいな。」
*シロウは再びレイラを背後からがっちりと羽交い締めにし、その自由を奪う。息子と、その初めて見る恋人の前でこれ以上醜態を晒させるわけにはいかない。*
レイラ:「ぬっ!? またか、シロウ! 離せ! 妾はまだ話が…!」
カイ:「…分かった。ありがとう、父さん。ライ、行こう。疲れただろ?」
*父親の意図を察したカイは、頷くとライの手を引いてその場を離れようとする。ライは不安そうに何度も後ろを振り返るが、カイに促されて客室へと続く廊下へと歩き出した。*
シロウ:「さてと…レイラさん? 何か息子さんに言いたいことでもありましたかな?」
*息子たちの姿が見えなくなるのを確認してから、シロウはわざとらしく、しかし有無を言わせぬ低い声で妻に問いかける。羽交い締めの腕の力は、少しも緩めていない。*
レイラ:「ぐ…! そ、そうじゃ! あの小娘はなんじゃ! カイは、あんなか弱そうな小娘のどこに惹かれたというのじゃ! もっとこう…妾のように、強く美しい女がおるというのに!」
*まだ納得がいかない様子で、レイラは悔しそうに叫ぶ。その言葉には、恋人への嫉妬だけでなく、母親としてのプライドも含まれているようだった。*
シロウ:「そんな無茶苦茶な…」
*息子を溺愛するあまり、自分のような女を嫁にしろなどという暴論を吐き始めた妻に、シロウは呆れて言葉を失う。*
シロウ:「(魔王妃くらい強いやつ…って誰だよ…規格外にも程があるだろうが)」
*心の中で盛大にツッコミを入れつつ、暴れるレイラを拘束する腕に力を込める。*
シロウ:「いい加減にしろ、レイラ。カイにも選ぶ権利があるんだ。お前がとやかく言うことじゃない。それに、まだどんな子かも分からないだろうが」
レイラ:「分かる! 妾の魔王としての勘が告げておる! あんなひ弱そうな小娘では、カイの隣に立つ資格はないと! カイを守ることなどできはしない!」
シロウ:「守るのは男の役目だろ、普通は…! 逆だ逆!」
*あまりの言い草に、思わず全力で反論してしまう。この母親、息子を何だと思っているのだろうか。*
ルーナ:「まあまあ、パパもママも落ち着いてよ。でもさー、あのライって子、本当に女の子みたいに可愛かったよね。カイ兄、ああいうのがタイプだったんだー。意外」
*羽交い締めにされているレイラと、それを抑えるシロウの周りをうろつきながら、ルーナがのんきな感想を口にする。その言葉が、再びレイラの怒りの導火線に火をつけた。*
レイラ:「可愛いだけでは務まらんのじゃ! 魔王の息子を夫に持つということは、それ相応の覚悟と力が必要なのじゃ! シロウ! こうなったら、妾があの小娘の実力を試す! 離せ!」
シロウ:「(これ、男の娘だって気づいてないやつだな…。俺は神眼が鑑定するから直ぐに分かるが…)」
*神眼は、ライが生物学的に男性であることをハッキリと映し出していた。しかし、その可憐な容姿と仕草は、鑑定能力を持たない者が見れば十人中十人が美少女と判断するだろう。もちろん、息子を盲目的に愛するレイラも例外ではない。*
シロウ:「だから、落ち着けと言っているだろう。それに、実力を試すとか物騒なことを言うな。カイが悲しむぞ」
*シロウは呆れながらも、最後の切り札である「カイが悲しむ」という言葉を使ってレイラを制止する。効果はてきめんで、レイラは「ぐぬぬ…」と悔しそうに唸りながらも、暴れるのをやめた。*
レイラ:「……わ、分かった。実力を試すのは、やめてやる。だが! あの小娘が本当にカイの隣に立つにふさわしいか、この妾の目で見極めてやる! それだけは譲らんぞ!」
*まだ不満そうではあるが、ひとまず武力行使は諦めたらしい。シロウは大きくため息をつき、ようやく羽交い締めを解いた。*
シロウ:「……分かった。ただし、くれぐれも失礼のないようにな。あくまで、カイの恋人として接するんだぞ」
*念には念を入れて釘を刺す。この過保護な母親が、一体どんな方法で「見極める」つもりなのか、シロウには一抹の不安がよぎっていた。*
*レイラとひとまずの約束を取り付けたシロウは、カイたちが向かった客室へと足を向けた。その後ろを、まだ不満そうなレイラと、面白そうにニヤニヤしているルーナがついてくる。長い廊下を歩いていると、向こうから小さな影がトタトタと走ってきた。*
ステラ:「ぱぱー!」
*満面の笑みで駆け寄ってきたのは、娘のステラだった。シロウは優しい笑顔でその小さな体をひょいと抱き上げる。*
シロウ:「お、ステラ。どうしたんだ?」
ステラ:「あのね、おきゃくさま? だれ?」
*どうやら、先ほどの玄関での騒ぎを聞きつけてきたらしい。シロウはステラの頭を優しく撫でながら答える。*
シロウ:「お兄ちゃんのお客さんだよ。さあ、みんなでご挨拶に行こうか」
*ステラを抱っこしたまま、一行は客室の前にたどり着く。軽くノックをすると、中から「はい」というカイの声が聞こえた。*
シロウ:「俺だ。入るぞ」
*扉を開けると、そこには緊張した面持ちでソファに座るカイとライ、そして彼らに興味津々といった様子で紅茶を運んできたメイドたちの姿があった。*
レイラ:「……ふん」
*レイラは腕を組み、不機嫌さを隠そうともせずに部屋に入ると、ライの正面にあるソファにどかりと腰を下ろした。その威圧感に、ライの肩が再びびくりと跳ねる。シロウは苦笑しながら、ステラを抱っこしたままレイラの隣に座った。*
*部屋の空気が張り詰めている。母親のあからさまな敵意を背中に受けながら、先に口を開いたのは、この状況を作った張本人であるカイだった。旅に出てから数年、少年っぽさが抜け、すっかり青年の顔つきになっている。*
カイ:「改めて、ただいま。父さん、母さん。ルーナも。急に帰ってきて驚かせたかな」
*穏やかに、しかしどこか緊張した声でカイが言う。その視線は、隣で縮こまっている恋人へと向けられていた。*
カイ:「こっちに来る途中でルーナを見かけてね。父さんたちが心配してるだろうと思って、一度顔を見せに帰ってきたんだ。…紹介が遅れたけど、こっちがライ。俺の…大切な人だ」
*カイはそう言うと、ライの肩を優しく抱き寄せる。その言葉に、ライはびくりとしながらも、意を決したようにソファから立ち上がり、深々と頭を下げた。*
ライ:「は、はじめまして…! ライ、と申します…。か、カイさんには、いつもお世話になっております…!」
*震えながらも、必死に言葉を紡ぐその姿は健気そのものだ。しかし、その必死の挨拶も、レイラの心には全く響いていないようだった。*
レイラ:「……ふん。丁寧な挨拶なことじゃな。して、そなた。カイのどこに惚れた? 財産か? 地位か? それとも、この妾の子であるという、その血筋か?」
*レイラはソファに座ったまま、足を組み、値踏みするようにライに問い詰める。それは挨拶を交わす態度ではなく、まるで尋問だった。*
シロウ:「取り調べかよ…」
*シロウは呆れたようにレイラを見やった。その腕の中では、ステラが状況を理解できずにきょとんとした顔で父親と母親、そして見慣れない客人を交互に見ている。*
シロウ:「初めまして、ライさん。カイの父のシロウです。よろしくね」
*抱っこしたままのステラも、父親に倣って小さな手を振る。*
ステラ:「よろしくね!」
*その和やかな雰囲気を、レイラの冷たい一言が再び凍てつかせる。*
レイラ:「シロウは黙っておれ。妾はこやつに聞いておるのじゃ。さあ、答えよ、小娘。それとも、答えられぬような、やましい理由でもあるのか?」
*レイラの執拗な追及に、ライの顔から血の気が引いていく。カイが庇うように前に出るが、ライはそれをそっと制した。そして、震える声ながらも、まっすぐにレイラを見つめ返して答えた。*
ライ:「…財産や地位ではありません。俺…いえ、私は…カイさんの、その…優しさと、強さに…惹かれました。何度も、カイさんに助けていただいて…。カイさんがいなければ、今の私はありませんでしたから…」
*それは、心からの言葉だった。その純粋な瞳と、カイを想う真摯な気持ちは、シロウには痛いほど伝わってきた。しかし、息子への愛で曇ったレイラの目には、それがどう映っているのか。*
レイラ:「…ふん。口だけは達者なようじゃな」
シロウ:「で…なんだけど。さっきから娘、娘って言ってるけど…」
*シロウは意を決して、核心に触れる言葉を口にした。その瞬間、カイの肩がピクリと動く。カイは父親の言葉の意図を正確に理解し、その視線が「父さん、気づいてたのか…」と物語っていた。言うべきか、隠し通すべきか、彼の心の中で葛藤が渦巻いているのが見て取れる。*
*しかし、シロウの言葉を遮ったのは、またしてもレイラだった。*
レイラ:「当たり前じゃ! 見た目も、声も、仕草も、どこからどう見ても女ではないか! それともなんじゃ、シロウ。そなたの目は節穴か? それとも、この程度の小娘でも良いと、カイを安売りするつもりか!?」
*レイラは全く気づいていない。それどころか、シロウの言葉を「ライを女だと認めていないのか」と曲解し、さらに怒りのボルテージを上げている。*
シロウ:「(ああもう、話がややこしい…!)いや、そうじゃなくてだな…」
*シロウがどう説明したものかと言葉に詰まっていると、今まで黙って俯いていたライが、震える手でカイの服を掴んだ。そして、涙を堪えるように唇を噛みしめ、か細い声で、しかしはっきりと告白した。*
ライ:「…あの…! 申し訳…ありません…。私…その……お、おとこ、なんです…」
*その言葉は、部屋に静寂をもたらした。*
*カイは「ああ、言ってしまったか…」という顔で天を仰ぎ、ルーナは「え、マジで!? うそ!?」と目を丸くしてライを二度見、三度見している。*
*そして、レイラは――。*
レイラ:「……は?」
*完全に思考が停止した、という顔で固まっていた。*
*ライの衝撃的なカミングアウトの後、部屋は水を打ったように静まり返った。それぞれの人物が、それぞれの形で驚きを消化しようとしている。*
*そんな中、興奮を抑えきれない様子で、ルーナが小声でシロウの耳元に囁く。*
ルーナ:「(ねぇパパ、聞いた!? 男の娘だって! BL展開キタコレ! やばい、リアルで拝める日が来るなんて…!)」
*オタクの血が騒ぎ、目をキラキラさせている娘を横目に、シロウは冷静に(内心では驚きつつも)状況を受け止めた。*
*前世の知識としてアニメやゲームではお馴染みの属性だったが、実際に目の当たりにするのは初めてだ。神眼で確認済みだったとはいえ、本人の口から聞くとまた感慨が違う。*
*そして、一番の問題人物であるレイラは、完全にフリーズしていた。口を半開きにし、琥珀色の瞳は焦点を失っている。*
レイラ:「お…とこ…? こやつが…男…? …そ、そんな…馬鹿な……」
*彼女の世界がガラガラと音を立てて崩れていくのが見えた。今まで「息子を誑かす小生意気な女狐」と認識していた相手が、まさかの男性だったのだ。積み上げてきた敵意と怒りが、行き場を失って空回りしている。*
カイ:「…そうだ、母さん。ライは男だ。でも、俺が愛した人だ。性別なんて関係ない」
*カイは毅然と言い放ち、震えるライの肩を強く抱きしめた。*
シロウ:「男だろうが、女だろうが、無性だろうが、魔物じゃ無ければ俺は何も言わん」
*シロウは腕の中のステラをあやすように軽く揺らしながら、きっぱりと言い放つ。息子が選んだ相手だ。性別がどうであろうと、彼が幸せならそれでいい。父親として、その覚悟はとっくにできていた。*
*しかし、レイラはそうはいかない。彼女の常識、価値観、そして母親としてのプライドが、目の前の現実を拒絶している。*
レイラ:「お、おとこ…? カイが、男と…? そ、そのような…そのようなことがあってたまるか! 我が血を分けた息子が! 世継ぎも産めぬ男と番うなど! 認めん! 絶対に認めんぞ!」
*ようやく再起動したレイラの口から飛び出したのは、完全なる拒絶の言葉だった。その剣幕に、ライは完全に怯えきってしまい、カイの後ろに隠れてしまう。*
カイ:「母さん! 言い過ぎだ! ライを傷つけるな!」
*カイが怒りの声を上げるが、レイラの耳には届かない。*
レイラ:「お前は黙っておれ、カイ! 母は、お前のためを思って言っておるのじゃ! シロウ! そなたも何か言え! これがアストライアの魔王家の跡継ぎのすることか!?」
*怒りの矛先がシロウに向けられる。レイラは、シロウも自分と同じように反対してくれるものと信じて疑っていないようだった。*
シロウ:「俺は長男だからと言って王を継がせるという考えは無い。自分で決めたんだろ?だったら、その道を貫け。応援するぞ」
*シロウはきっぱりと言い放ち、息子の選択を全面的に支持する。父親からの力強い言葉に、カイは驚きながらも、嬉しそうに「ありがとう、父さん」と微笑んだ。*
*その言葉を聞いたルーナは、一人だけ違う次元で興奮していた。*
ルーナ:「(貫け…ふ、ふふ…貫いちゃうんだ…BL展開、最高潮じゃないですか…!)」
*日本語でぶつぶつと呟き、一人で顔を赤くしている。*
*しかし、シロウの言葉は、レイラの逆鱗に触れるには十分すぎた。*
レイラ:「応援する、じゃと!? シロウ、そなたは正気か! 跡継ぎの問題だけではない! これは我が魔王家の沽券に関わる問題じゃ! 男と番うなど、前代未聞! 民への示しがつかぬわ!」
*レイラは完全にパニックに陥っている。常識と伝統を重んじる彼女にとって、息子の選択は到底受け入れられるものではなかった。*
シロウ:「民はそんなこと気にしない。それに、俺たちが前例になればいいだけの話だろ。カイ、ライさん。お前たちが幸せなら、父さんはそれでいい。周りの声なんて気にするな」
*シロウはレイラの怒声を一蹴し、改めて息子とその恋人に優しい言葉をかける。その言葉に、ずっと怯えていたライの瞳に、うっすらと涙が浮かんだ。*
シロウ:「同性愛って普通だよな?」
*前世の記憶を持つシロウにとって、同性愛は決して珍しいものではない。隣人、とまでは言わないが、当たり前に存在する一つの愛の形だ。*
ルーナ:「うんうん!」
*隣でルーナも激しく頷いている。彼女にとっても、二次元三次元問わず馴染み深い文化だろう。しかし、このファンタジー世界、特に王族や貴族といった血統を重んじる層にとっては、まだ理解しがたい概念なのかもしれない。*
レイラ:「ふ、普通なわけがあるか! シロウ! そなたまでおかしくなったのか!? 男と男ぞ!? どうやって子を成すというのじゃ!」
*レイラは、シロウとルーナの常識外れな(と彼女は思っている)反応に、もはや怒りを通り越して混乱している。彼女の頭の中は、世継ぎ、血筋、魔王家の存続、といったことでいっぱいなのだろう。*
カイ:「子孫を残すことだけが、全てじゃない。俺は、ライと一緒にいられればそれでいいんだ」
*カイは静かに、しかし力強く反論する。その瞳には、誰に何を言われようとこの愛を貫くという強い決意が宿っていた。*
ライ:「か、カイさん…」
*カイの言葉に、ライは感激したようにその美しい瞳を潤ませる。そして、今までカイの後ろに隠れていたが、意を決して一歩前に出た。*
ライ:「あの…! シロウ様、レイラ様…。確かに、私は男です。カイ様との間に、お子を授かることはできません…。でも…でも、カイ様をお慕いする気持ちは、誰にも負けません! どうか…どうか、お許しください…!」
*ライは再び深々と頭を下げ、床に額がつくほどに平伏した。その健気で必死な姿に、シロウは胸を打たれる。しかし、レイラはまだ納得できないようで、苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んでしまった。*
*万が一にもレイラが手を出す可能性を考え、シロウは誰にも気づかれぬよう、ライに薄い防御結界を付与していた。物理的な攻撃だけでなく、精神的な威圧からも多少は守れるはずだ。*
シロウ:「子供が欲しかったら自分達で養子でも取りなさいな」
*シロウはあくまで現実的な解決策を提示する。養子制度はこの国にも存在するし、血の繋がりだけが家族の形ではないことを、シロウ自身が一番よく知っている。*
*その言葉は、しかし、レイラの怒りにさらに油を注ぐ結果となった。*
レイラ:「養子じゃと!? ふざけるな! 我が魔王家の血を引かぬ者を跡継ぎになどできるか! シロウ、そなたはそれで良いのか!? 我らの血が、ここで途絶えても良いと申すのか!」
*レイラの瞳には、もはや怒りだけでなく、悲しみや絶望の色すら浮かんでいる。彼女にとって「血の継続」は、何よりも優先されるべき絶対的な価値観なのだ。その必死な形相に、今まで黙って聞いていたカイも、さすがに表情を曇らせる。*
カイ:「母さん…。俺は、王になるつもりはない。父さんの跡を継ぐのは、俺じゃなくてもいいだろう。ルーナだっているし、ステラやゼノ、セレスもいる」
レイラ:「そうではない! 長男であるそなたが継ぐことに意味があるのじゃ! …それに、それとこれとは話が別じゃ!」
シロウ:「そんなに言ってると駆け落ちとかしちゃうぞ?」
*カイはフラッと旅に出てしまうくらいだ。その決断力は、良くも悪くも父親譲りなのかもしれない。シロウの脅しとも取れる言葉に、カイは何も言わないが、その可能性は否定しなかった。*
*その言葉は、レイラにとって最後の追い打ちとなったようだ。彼女はわなわなと震え、信じられないものを見るような目でシロウを見る。*
レイラ:「か、駆け落ちじゃと…!? そ、そなたは…! 息子が、家を捨てると言っておるのじゃぞ!? それを止めもせず、むしろ焚きつけるとは…! ああ、もう良い! そなたには相談した妾が馬鹿だった!」
*レイラは金切り声を上げると、踵を返して部屋から出て行こうとする。その背中からは、深い絶望と怒りが滲み出ていた。*
*このままでは本当に拗れてしまう。そう判断したシロウは、ため息をつきながらレイラの腕を掴んだ。*
シロウ:「待て待て、レイラ。落ち着け。話はまだ終わってないだろ」
レイラ:「離せ! もうそなたと話すことはない! こうなれば、妾がこの小娘を…!」
*レイラがライの方を鋭く睨みつけた瞬間、ライに掛けていた結界が微かに光る。それに気づいたのはシロウだけだった。レイラは殺気まではいかないものの、強烈な威圧を放っていた。*
カイ:「母さん! ライに手を出すなら、俺が相手になる!」
*カイは即座にライの前に立ち、レイラから庇うように両腕を広げた。息子からの明確な敵意に、レイラは息を呑み、動きを止める。*
シロウ:「こうかはいまひとつのようだ」
ルーナ:「ママのこうげきは むこうかだった!」
*ルーナがどこからともなく取り出したプレートを掲げ、ポ○モン風に実況を始める。その緊迫感のない行動に、カイもライも一瞬だけ毒気を抜かれたような顔をした。*
*しかし、母親から向けられる明確な敵意と、息子からの庇護、そして夫からの静観という状況に、レイラのプライドはズタズタに引き裂かれていた。*
レイラ:「…………」
*レイラはシロウに掴まれた腕を振りほどき、憎々しげにカイと、その背後にいるライを睨みつける。しかし、カイの決意に満ちた瞳を見て、これ以上強硬手段に出ても無駄だと悟ったのだろう。*
レイラ:「……もうよい。勝手にするがよい。ただし、そなたが王位を継がぬのであれば、この城から出て行け。妾は、そなたのような息子を持った覚えはない」
*氷のように冷たい声で言い放ち、レイラは今度こそ本当に部屋を出て行ってしまった。残されたのは、重苦しい沈黙だけだった。*
カイ:「……っ」
*カイは悔しそうに唇を噛み締め、俯いてしまう。さすがに母親からの絶縁宣言は堪えたようだ。*
ライ:「カイ様…私の、せいで…」
*ライが申し訳なさそうにカイの袖を引く。その瞳からは、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちていた。*
シロウ:「……はぁ。やれやれだな」
*シロウは頭をガシガシと掻きながら、途方に暮れたように呟いた。*
シロウ:「大丈夫。あんな風に言ってるけど、そんな事思ってないから」
*シロウは俯くカイの頭をガシガシと、少し乱暴に撫でる。突然のことに驚き顔を上げたカイは、父親の不器用な優しさに、少しだけ救われたような表情を見せた。*
カイ:「父さん…」
シロウ:「あいつはただ、お前のことが心配で仕方ないだけだ。言葉の選び方が下手くそなだけで、本心じゃねえよ。…まあ、しばらくは顔を合わせづらいだろうがな」
*そう言って苦笑する。レイラの性格を考えれば、意地を張ってしばらくは口も利かないかもしれない。*
ルーナ:「そうだよカイ兄! ママはただのツンデレなんだから! それに、ライ君はこんなに可愛いんだから、すぐデレるって! ね、ライ君!」
*ルーナが、泣きじゃくっているライの肩をポンと叩き、親指を立ててウィンクする。その能天気さに、重苦しかった空気が少しだけ和らいだ。*
ライ:「う、ぅ…でも、わ、私のせいで…カイ様がお母様と…ひっく…」
カイ:「ライのせいじゃない。俺が、ちゃんと説明しなかったのが悪いんだ…。ごめん、怖い思いをさせたな」
*カイは優しくライの涙を指で拭い、そっと抱きしめる。その姿は、シロウの目から見ても、とてもお似合いの恋人同士に見えた。*
シロウ:「とりあえず、今日はもう休め。カイも長旅で疲れてるだろ。ライさんも、色々あって疲れたはずだ。部屋は用意させてあるから」
*シロウは二人の背中をポンと叩き、客室へ向かうよう促す。今は、二人きりにしてやるのが一番だろう。*
ーー
*翌日、案の定、城の中は気まずい空気に包まれていた。*
*朝食の席でも、レイラはカイの存在を完全に無視し、一言も口を利こうとしない。カイもまた、母親にどう話しかけていいか分からず、暗い顔で食事を口に運んでいる。*
*そんな重苦しい雰囲気の中、一人だけ異様な輝きを放っている者がいた。*
ルーナ:「(はぁ…リアルなBL…! 昨夜はきっと、カイ兄が傷心のライ君を優しく慰めてあげたに違いない…!『大丈夫だよ、ライ。俺がついている』なんて言って! きゃー!)」
*ルーナは、向かいの席でカイがライの皿に料理を取り分けてやっている様子を見て、一人で悶え、興奮していた。その脳内では、すでに薄い本が一冊完成しているのだろう。*
*シロウはそんな家族の様子に大きなため息をつきながら、黙々とパンをかじった。これは、しばらく時間がかかりそうだ、と。*
シロウ:「(さて、どうしたものか…放っておけばそのうち仲直りするとは思うが…)二人とも今日はどうするんだ?」
*とりあえず、この気まずい空間から二人を逃がしてやるのが先決かと、シロウは口火を切った。*
シロウ:「ルーナは楽しそうだな」
*シロウが呆れたように言うと、ルーナはビクッと肩を震わせ、慌てて真顔を取り繕った。*
ルーナ:「そ、そんなことないですよ! わ、私はただ、兄さんの行く末を案じているだけで…!」
*その目は全く笑っておらず、口元はニヤニヤと緩みっぱなしだ。冒険者稼業を休んででも、このリアルBLの行く末を見届けたいという強い意志を感じる。*
カイ:「…父さん、今日はライと街を案内しようと思う」
*カイが気まずそうに、しかしはっきりとした口調で言った。この城にいても針の筵だろうし、ライも気詰まりだろうという判断だ。*
ライ:「あ、あの…お邪魔でなければ…」
*ライが申し訳なさそうに付け加える。*
シロウ:「ああ、それがいい。アストライアは広いからな。一日じゃ回りきれんだろうが、楽しんでこい」
*シロウは快く送り出すことにした。レイラも、二人が目の前からいなくなれば、少しは頭が冷えるかもしれない。*
*二人が席を立ち、部屋を出て行こうとすると、ルーナが「いってらっしゃーい! 存分にイチャイチャしてきてねー!」と満面の笑みで手を振った。*
*一方、執務室に一人籠ったレイラは、山積みの書類を前にしながらも、全く手につかない様子でぶつぶつと独り言を呟いていた。*
レイラ:「……駆け落ちじゃと? ふん、勝手にするがよい。妾は知らぬ。息子なぞ、もうおらぬわ」
*強がりを言ってみるものの、その声は震えている。*
レイラ:「それにしても、あの小僧…ライとか言ったか。男の癖に、なよなよとしおって…! どこが、カイの目に留まったというのじゃ…」
*机をドンと叩き、悔しそうに唸る。*
レイラ:「そもそも、シロウが悪い! あやつが甘やかすから、カイがあのような道に…! いや、そもそも妾の育て方が悪かったのか…? うぅむ…」
*怒りの矛先はシロウやライに向かったり、自分自身に向かったりと、完全に混乱状態に陥っている。愛する息子が、自分の理解できない道に進もうとしている。その事実が、母親としての自信とプライドを根底から揺さぶっていた。*
レイラ:「……だが、あのまま家を出て行かれては…それだけは…! ああ、もう! どうすれば良いのじゃ!」
*レイラは頭を抱え、深く深いため息をついた。*
*シロウはレイラの件で頭を悩ませ、自室で妻であるルミナと、レイラの片割れであるレイに意見を求めることにした。レイはちょうどおやつの時間だとケーキを頬張っており、ルミナは新しい発明品の設計図を眺めていた。*
シロウ:「で、カイが連れてきた恋人が男だったんだけど、どう思う?」
*シロウは椅子にどかっと座り、単刀直入に尋ねた。回りくどい言い方は性に合わない。*
*その言葉に、まず反応したのはレイだった。*
レイ:「へぇー! カイも隅に置けないね! 男の子かー。で、可愛いの?」
*もぐもぐとケーキを咀嚼しながら、興味津々といった様子で目を輝かせている。さすがレイラとは正反対の性格だ。偏見というものがまるでない。*
*一方、ルミナは設計図から顔を上げ、少し考えるそぶりを見せた後、冷静に口を開いた。*
ルミナ:「別に、本人がいいならいいんじゃないですか? 血統がどうとか、世継ぎがどうとか言うなら、試験管ベビーでも作れば解決しますし。技術的には可能です」
*天才発明家である彼女らしい、極めて合理的で、ある意味ぶっ飛んだ回答だった。レイラが聞いたら卒倒しそうな意見だ。*
シロウ:「外見は普通の美少女」
*レイの「可愛いの?」という問いに、シロウはライの見た目を正直に伝える。実際、男だと言われなければ誰もが美少女だと信じて疑わないだろう。*
レイ:「へぇー、いいじゃんいいじゃん! 美少女! 今度会わせてよ!」
*レイはケーキの最後の一口を飲み込むと、全く悪びれる様子もなく言った。彼女にとっては、レイラの悩みなどどこ吹く風だ。*
シロウ:「し、試験管?」
*一方、シロウはルミナの突拍子もない提案に、思わず聞き返してしまう。錬金術や魔法が発達しているとはいえ、その発想はなかった。最近の発明への没頭ぶりが、彼女の思考を常人からさらにかけ離れたものにしているのかもしれない。*
ルミナ:「うん。試験管内でカイの精子と卵子(ドナーが必要ですが)を受精させ、代理母の子宮に着床させる技術です。血統を繋ぎたいなら、それが最も確実で合理的よ。まあ、倫理的な問題はクリアする必要があるけど…」
*ルミナは淡々と、まるで今日の天気の話でもするかのように説明する。その蒼い瞳は真剣そのもので、冗談を言っている様子は一切ない。*
シロウ:「(……レイラが聞いたら、ショックで三日くらい寝込みそうだな…)」
*シロウは内心でため息をつく。妻たちに相談してみたものの、レイラを説得できるような材料は一つも見つからなかった。むしろ、火に油を注ぎかねない意見ばかりだ。*
シロウ:「試験管は…一旦保留で」
*シロウはげんなりした顔でルミナの提案を却下する。もしそんな話がレイラの耳に入ったら、それこそ魔王家、いや、アストライアの存続を揺るがす大論争に発展しかねない。*
ルミナ:「そう? 一番手っ取り早いと思ったんだけど。まあ、お兄ちゃんがそう言うなら」
*ルミナはあっさりと引き下がり、再び設計図に視線を落とした。彼女にとって、それは数ある選択肢の一つに過ぎないのだろう。*
レイ:「まあまあ、シロウ。レイラはただ、びっくりしちゃっただけだって。カイのこと、世界で一番愛してるんだからさ。そのうち折れるよ」
*レイは空になった皿をテーブルに置き、けらけらと笑う。*
シロウ:「だといいんだがな…。あいつ、一度意地を張ると長いからな…」
*過去の幾多の喧嘩を思い出し、シロウは遠い目をする。可愛い妻ではあるが、その頑固さは天下一品だ。*
レイ:「大丈夫、大丈夫! それよりさ、そのライ君? に会わせてよ。美少女なんだろ? ボク、可愛い子大好きなんだよねー」
*レイは期待に満ちた目でシロウを見つめる。彼女の頭の中は、もうレイラの悩みよりも、未知の美少年への興味でいっぱいらしかった。*
シロウ:「レイには負けるだろうけど…」
*ボソッと呟いたシロウの言葉は、しかし、地獄耳のレイにはしっかりと届いていた。*
レイ:「なによー! ボクに負けるってどういうこと!? もしかして、ボクより可愛いってこと? それは聞き捨てならないなー! シロウ、今夜は寝かせないからね!」
*レイはぷんすかと頬を膨らませ、シロウの腕に絡みついてくる。その豊満な胸が腕に押し付けられ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。*
シロウ:「いや、そういう意味じゃ…まあいいか」
*面倒くさくなったシロウは、訂正するのをやめた。*
シロウ:「わかったわかった。じゃあ、今度紹介してやるから。今はカイと街を回ってるはずだ」
*そう言うと、レイは「やったー!」と無邪気に喜んだ。*
ルミナ:「…お兄ちゃん。レイラのこと、そんなに心配しなくても大丈夫だと思う。あの子、カイくんのことになると周りが見えなくなるけど、根はただの親バカだから」
*いつの間にか設計図から顔を上げていたルミナが、呆れたように、しかしどこか優しい目で言う。*
ルミナ:「それに、もしカイくんが本当に城を出ていくなんてことになったら、泣いて止めるのはレイラの方よ。絶対」
*その言葉には妙な説得力があった。確かに、レイラがカイを手放すとは到底思えない。結局は、どうやって自分の感情と折り合いをつけるか、という彼女自身の問題なのだろう。*
シロウ:「俺もそう思う」
*ルミナの的確な分析に、シロウも頷く。結局のところ、レイラはカイが可愛くて仕方がないのだ。その愛情表現が、少しばかり、いや、かなり不器用で過剰なだけで。*
*コンコン*
*不意に部屋の扉がノックされ、リーシアが静かに入ってきた。*
リーシア:「旦那様、失礼いたします。カイ様とライ様が、街からお戻りになりました」
シロウ:「おう、そうか。もうそんな時間か」
*窓の外を見ると、太陽はすでに西に傾き始めている。初デート(?)は楽しめただろうか。*
レイ:「あ、帰ってきたんだ! ねえシロウ、今から会いに行っていい!?」
*レイが早速食いついてくる。その目は好奇心でキラキラと輝いていた。*
シロウ:「まあ、いいけどな。…くれぐれも、あんまりからかうなよ」
*釘を刺しておくが、あまり効果は期待できそうにない。シロウは小さくため息をつき、椅子から立ち上がった。自分も顔を出しておくかと、レイと共に客室へ向かうことにした。*
*客室の扉を開けると、そこにはカイに必死にしがみついているライの姿があった。その足はガクガクと震え、まるで生まれたての子鹿のようだ。*
カイ:「大丈夫か、ライ? もう終わったからな」
*カイは優しく背中をさすっているが、ライはよほど怖かったのか、カイの胸に顔を埋めたままふるふると首を横に振っている。*
ライ:「む、むりですぅ…おばけ…おばけが…追いかけてきて…うわーん…!」
*どうやら、アストライアの新名所(?)である絶叫ホラーハウスに行ってきたらしい。しかも、コースは間違いなく「鬼」だろう。あれは大人でもトラウマになるレベルの恐怖体験ができると評判だ。*
レイ:「あははは! なにこれ、面白いことになってるじゃん!」
*シロウの隣で、レイが腹を抱えて大爆笑している。*
シロウ:「お前ら…まさか、ホラーハウスの鬼コースにでも行ったのか?」
*呆れながら尋ねると、カイは気まずそうに頷いた。*
カイ:「街の人が、新しい名所だって言うから…。ライは嫌がったんだけど、俺が大丈夫だって無理やり…」
*申し訳なさそうに言うカイに、ライは「カイさまのせいじゃ、ないですぅ…」と涙声でか細く反論していた。*
シロウ:「あーあ…そりゃあ…こうなるわ…」
*シロウが作った絶叫ホラーハウスの「鬼」コースは、最新の幻影魔法と音響効果、さらには物理的に追いかけてくる(もちろん安全は確保されている)アンデッド役のゴーレムまで配置した、まさに悪夢の具現化だ。生半可な覚悟で入れば、屈強な冒険者でも泣いて逃げ出す仕様になっている。*
*そんな場所に、見るからに気の弱そうなライを連れて行くとは、カイも少し無神経だったかもしれない。*
レイ:「へぇ、そんなに怖いの? ボクも今度行ってみようかなー!」
*レイは全く懲りる様子もなく、むしろ興味津々といった顔だ。*
カイ:「父さん、レイさん…。すまない、ライがこんな状態で…」
シロウ:「いや、いい。まあ、カイ。お前も少しは考えろ。…で、ライさん、大丈夫か? もう何も出てこないぞ」
*シロウが声をかけると、ライはビクッと体を震わせ、おそるおそるカイの胸から顔を上げた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったその顔は、庇護欲をそそるには十分すぎるほどだった。*
ライ:「し、シロウ、さま…? う、うぅ…も、もう、お城から一歩も出たくないですぅ…」
*そして、再びカイの胸に顔をうずめてしくしくと泣き始めてしまった。よほどトラウマになったらしい。*
シロウ:「(昔の臆病なレイラみたいになってる…)………」
*シロウは、カイにしがみついて泣きじゃくるライの姿に、かつての人格だった頃の臆病なレイラを重ねていた。些細なことで怯え、すぐにシロウの後ろに隠れていたあの頃の姿とそっくりだ。*
*その懐かしさと、目の前の光景の滑稽さに、思わず口元が緩む。*
レイ:「あははは! 可愛いー! ねえ君、名前はなんて言うの? ボクはレイ! シロウの奥さんだよ!」
*レイは全く空気を読まず、泣いているライの顔を覗き込み、自己紹介を始めた。*
*突然現れた、レイラと瓜二つの美女に、ライはびくりと体をこわばらせる。そして、レイラの顔と、レイの顔を交互に見比べ、混乱したように目をぱちくりさせた。*
ライ:「え…あ…? お、奥さん…? レイラ様が、二人…?」
*涙は引っ込んだものの、今度は別の理由でパニックに陥りそうになっている。*
カイ:「ち、違うんだライ。こっちはレイさん。母さんの…ええと、双子の姉妹みたいな…」
*カイも説明に窮している。この複雑な関係を初対面の相手に理解させるのは、なかなか骨が折れるだろう。*
シロウ:「まあ、そういうことだ。ややこしくて悪いな。…ほら、ライ君。水でも飲んで落ち着け」
*シロウは近くにあった水差しから水を汲み、ライに手渡した。ライはおずおずとそれを受け取り、こくこくと喉を鳴らして飲み干した。*
*レイは泣き止んだライの顔を覗き込み、しげしげと観察している。*
レイ:「へー、カイ好みだねー。うん、確かに可愛い。女の子みたい! 肌もすべすべだし、手も小さいし!」
*そう言って、ライの手を取って自分の手と比べたり、頬をぷにぷにと突いたりしている。その遠慮のないスキンシップに、ライは戸惑いながらも、害意がないことは察したのか、されるがままになっていた。*
シロウ:「(俺にとってはレイの方が可愛いと思うが…)」
*シロウが心の中でそう思っていると、レイはふと動きを止め、ライの耳元で何かを囁いた。ライは一瞬きょとんとした後、顔を真っ赤にして俯いてしまう。*
カイ:「レイさん! ライに変なこと吹き込まないでください!」
*カイが慌ててレイを引き剥がす。どうやら、何か余計なことを言ったらしい。*
レイ:「えー、いいじゃん別にー。ちょっと女の子の嗜みについて教えてあげただけだよ?」
*レイは悪びれもせず、にひひと笑っている。その様子を見て、シロウはまた一つため息をついた。*
シロウ:「まあ、元気になったならそれでいい。ライ君、もう大丈夫そうだな」
ライ:「は、はい…! お見苦しいところを、お見せしました…」
*ライはまだ少し顔を赤らめながらも、しっかりとシロウに向き直り、改めてお辞儀をした。*
シロウ:「(レイって、コミュ力高いなぁ…)」
*ホラーハウスの恐怖から一転、レイに懐柔されかけているライを見て、シロウは素直に感心する。自分には到底真似できないコミュニケーション能力だ。*
レイ:「ねえねえライ君! 今度、城下町のドレスショップに行こうよ! 絶対ライ君に似合う可愛いドレスがあるって! ボクが見立ててあげる!」
*レイはすっかりライが気に入った様子で、目を輝かせながらショッピングに誘っている。その勢いに、ライは少し気圧されながらも、満更でもないといった表情を浮かべていた。*
ライ:「え、えっと…でも、私は男なので…ドレスなんて…」
レイ:「なーに言ってんの! 可愛いんだからいいの! ね、シロウもそう思うでしょ?」
*話を振られ、シロウは「まあ、似合うとは思うが」と曖昧に答えておく。*
カイ:「レイさん、あんまりライを困らせないでください。ライはそういうのが得意じゃないんです」
*カイが少しむっとしたように割って入る。自分の恋人がおもちゃにされているようで、面白くないのかもしれない。*
レイ:「えー、カイはケチだなぁ。いいじゃん、二人でデートばっかりじゃなくて、ボクとも遊んでよー」
*レイは唇を尖らせてカイに甘えてみせる。そのあざと可愛い仕草に、カイも強くは出られないようだ。*
シロウ:「はいはい、レイは俺と一緒なー」
*シロウはこれ以上ライを振り回させないように、ひょいとレイの体を確保する。*
レイ:「えー、なによシロウ! ボクはライ君と女子会(?)の約束を!」
シロウ:「女子会はまた今度な。お前は少し落ち着け」
*腕の中でじたばたと抵抗するレイの頭を軽く撫でて宥める。なんだかんだで、レイはシロウに甘い。*
レイ:「むー…。じゃあ、シロウがボクの代わりにドレス選んでくれる?」
シロウ:「俺のセンスでいいならな」
レイ:「絶対ヤダ」
*即答だった。*
*そんな二人のやり取りを、カイとライは微笑ましそうに見ていた。さっきまでの重苦しい雰囲気は、レイのおかげですっかり霧散している。*
ライ:「あ、あの…レイ様。また、お話してください」
*ライがおずおずと、しかし嬉しそうに言うと、レイはぱあっと顔を輝かせた。*
レイ:「もちろん! 約束だからね!」
*こうして、カイの恋人お披露目会(第二幕)は、思わぬ形で幕を閉じた。レイラの件という大きな問題は残っているが、ひとまずは一件落着といったところだろうか。*
シロウ:「さて、そろそろ寝るか…」
*皆がそれぞれの部屋へと戻っていく中、最後に残ったシロウがレイと共に席を立とうとした瞬間、ぐいっと肩を掴まれた。*
*振り返ると、そこには不満げに頬を膨らませたレイが立っていた。その目は、明らかに何かを訴えている。*
レイ:「シロウ、さっきの『レイには負けるだろうけど』ってやつ、どういう意味かちゃんと説明してもらおうか?」
*やはり、聞き逃してはいなかったらしい。ライの前では流されたが、二人きりになった今、問い詰めるつもりのようだ。その瞳は、冗談では済まさないと物語っている。*
レイ:「ボクより可愛いって言ったよね? ねえ、言ったよね? ボク、ちゃんと聞いてたんだからね!」
シロウ:「ぎ、逆だから! レイより可愛いんじゃなくて、レイの方が可愛いって意味!」
*シロウが必死に弁明すると、レイは数秒間じっとシロウの目を見つめた後、ふっと口元を緩めた。*
レイ:「ふーん…? まあ、シロウがそう言うなら、信じてあげなくもないけど?」
*どうやら納得はしてくれたらしい。シロウはホッと胸をなでおろす。しかし、レイはにやりと悪戯っぽく笑うと、シロウの耳元で囁いた。*
レイ:「でも、『今夜は寝かさない』は撤回しないからね♡ ボクの方が可愛いってこと、体でよーっく教えてあげる♡♡」
*妖艶な笑みを浮かべ、レイはシロウの首に腕を回し、甘えるように体を寄せてくる。その柔らかい感触と吐息に、シロウは観念したように苦笑いを浮かべるしかなかった。*
*結局、その夜、レイの言葉通りシロウが寝室で眠りにつくことはなかった。レイからの「お仕置き」という名の甘い愛情表現を、朝まで一身に受けることになったのだった。*
ーー
シロウ:「体がダルい…もう少し寝るか…」
*昨夜の激しい情事を思い出し、シロウは重い体をベッドに沈めようとした。明け方まで続いたレイの甘いお仕置きは、さすがのシロウの体力をもってしても、骨身にこたえるものがあった。*
レイ:「だーめ♡ もう朝だよ、シロウ♡」
*しかし、その試みは隣で眠っていたはずのレイによって阻まれる。シロウが目覚めた気配を察したのか、レイはむくりと体を起こし、シロウの上にのしかかってきた。寝起きだというのに、その肌はつややかに輝いている。*
レイ:「ボクの方が可愛いってこと、まだわかってないみたいだね? それとも、もう一回教えてほしいのかな♡♡?」
*小悪魔のように微笑み、レイはシロウの唇に自分の唇を重ねる。昨夜の続きを始めんばかりのその行動に、シロウは慌ててその体を押しとどめた。*
シロウ:「わかった、わかったから! もう十分わかった! お前が一番可愛いよ!」
レイ:「ふふっ♡ やっと素直になったね♡ じゃあ、朝ごはん食べに行こ! ボク、お腹すいちゃった!」
*満足げに笑うと、レイはあっさりとシロウの上から降り、ベッドサイドに用意されていたガウンを羽織る。その機嫌の良さとは裏腹に、シロウの体は鉛のように重かった。*
シロウ:「いや、ホントに…無理…眠い…」
*必死に眠気を訴えるシロウに、レイはくすくすと笑いながら、ちゅっと頬にキスをする。*
レイ:「しょうがないなー、シロウは。じゃあ、ボクがシロウの分までたくさん食べてきてあげるね!」
*そう言うと、レイは上機嫌で鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。その背中を見送りながら、シロウは再びベッドに倒れ込む。筋肉の悲鳴と心地よい疲労感、そしてレイの甘い香りに包まれながら、今度こそ深い眠りへと落ちていった。*
*シロウが昼過ぎにようやく重い瞼を開けると、視界に飛び込んできたのは、腕を組んで自分を冷ややかに見下ろす妻の姿だった。甘い香りが残るレイの部屋に、レイラがいる。その事実に、シロウの眠気は一瞬で吹き飛んだ。*
シロウ:「レイ…、いや、レイラか…どうしたんだ?」
*寝ぼけ眼をこすりながら体を起こすと、レイラはフンと鼻を鳴らした。その琥珀色の瞳には、呆れと、ほんの少しの嫉妬と、そして隠しきれない心配の色が浮かんでいる。*
レイラ:「どうしたんだ、ではないわ、戯け者。昼過ぎまでレイの部屋で惰眠を貪っておると聞いて、叩き起こしに来てやったのじゃ。…まったく、だらしない顔をしおって」
*そう言いながらも、レイラはベッドサイドに置かれていた水差しからグラスに水を注ぎ、無言でシロウに差し出した。そのツンデレな優しさが、いかにもレイラらしい。*
レイラ:「…それで? カイの件、そなたはどうするつもりじゃ。妾は、まだ到底納得しておらんぞ」
*どうやら、本題はそちらのようだ。レイにぐっすり眠っているところを起こされ、朝食の席でシロウがいないことを知ったのだろう。そして、カイの件でシロウと話をするために、こうして待ち構えていたに違いない。*
シロウ:「何がそんなに納得できないんだ? 子孫を残せないことか? それとも相手が生物的に♂だからか?」
*シロウが核心を突くと、レイラは一瞬言葉に詰まり、視線を泳がせた。その反応から、彼女自身も自分の感情を整理しきれていないことが見て取れる。*
レイラ:「…両方じゃ。いや、それだけではない。そもそも…そもそも、男同士で番うなど、普通ではないじゃろう!」
*結局、答えはそこに行き着くらしい。彼女の常識、彼女が生きてきた世界の当たり前から、カイの選択は大きく逸脱している。それが許せないのだ。*
レイラ:「民への示しもつかぬ! 魔王家の長男が男を妃に迎えたなどと知れ渡ってみよ! 物笑いの種になるだけじゃ!」
シロウ:「別に妃に迎えるとは言ってないだろ。ただの恋人だ」
レイラ:「今はそうかもしれぬ! だが、いずれそうなるやもしれんじゃろうが! そなたはそれで良いと申すのか!?」
*レイラは感情的にまくし立てる。その瞳は不安に揺れていた。魔王家という立場、母親という立場、そして何より、カイを愛する一人の女性としての感情が、彼女の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っているようだった。*
シロウ:「俺が思うに、カイは王の素質はある。だが、王にはならんと思うぞ?」
*シロウはレイラの目をまっすぐ見て言った。自分自身がそうであるように、カイもまた、一つの場所に縛られることを良しとしない自由な魂を持っていることを、父親として感じていた。*
レイラ:「……ならぬ、と? なぜそう言い切れる。そなたの子じゃぞ? いつ、そなたのように突拍子もないことを言い出すか…」
*レイラは不満げに反論するが、その声色には先程までの激しさはなく、どこか弱々しい。シロウの言葉が、彼女の不安な心に少しだけ響いたのかもしれない。*
シロウ:「俺の子だからこそ、わかるんだよ。あいつは王の器じゃない。もっと自由に、自分のやりたいことを見つけて生きていく奴だ。今回の旅だって、その一環だろう」
*そう、シルフィにフラれた傷心旅行という側面はあったにせよ、カイは自分の世界を広げるために旅に出た。そして、ライという大切な存在を見つけてきたのだ。*
レイラ:「自由…に…」
*レイラが呆然とシロウの言葉を繰り返す。彼女にとって、王族とは国と民に尽くす不自由な存在だ。自由という言葉は、あまりにも遠く、そして少しだけ、羨望の色を持って響いた。*
シロウ:「そうだ。だから、世継ぎの心配はするだけ無駄だ。あいつが王にならねえなら、男の恋人がいたって何の問題もないだろ?」
*シロウは畳みかけるように言った。レイラの最大の懸念事項である「世継ぎ」という前提を崩すことで、彼女の凝り固まった思考を解きほぐそうと試みる。*
シロウ:「そうだよ、もう少し考えてみろよ」
*言い放ったシロウは、まだ何か言いたげなレイラを残し、再びバタンとベッドに倒れ込んでしまった。レイとの激闘と、レイラとの口論で、精神的にも肉体的にも限界だったらしい。すぐに穏やかな寝息が聞こえ始める。*
レイラ:「お、おい、シロウ! まだ話は…! …寝おった…」
*話の途中で再び眠りに落ちた夫の姿に、レイラは開いた口が塞がらない。怒鳴りつけようかと思ったが、そのあまりにも安らかな寝顔を見ていると、毒気を抜かれてしまった。*
レイラ:「……自由、か」
*一人残された部屋で、レイラはシロウの言葉を反芻する。*
*王にならぬのなら、世継ぎの心配もいらぬ。*
*男の恋人がいても、問題はない。*
*理屈では、わかる。わかってしまう。だが、感情が、母親としての本能が、それをすんなりと受け入れることを拒否している。*
レイラ:「……だが、あやつが、カイが…妾の知らぬところで、遠くへ行ってしまうのは…」
*ぽつりと呟いた言葉は、誰に聞かせるでもなく、静かな部屋に溶けて消えた。レイラは深くため息をつくと、眠るシロウの額にかかった髪をそっと払い、静かに部屋を後にした。*
*その背中は、来た時よりも少しだけ小さく見えた。*




