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《R-15》異世界転移でスローライフを?  作者: THE・HENJIN・RlDER
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*岩に体を打ち付けられた痛み、そして何より下半身を中心とした骨の軋むような鈍痛。様々な痛みが混ざり合い、シロウは呻きながら目を覚ました。太陽は既に真上にあり、容赦なく肌を焼く。*


シロウ:「あー、身体が痛い…」


*ごつごつした岩場で、しかも全裸で寝ていたのだ。当然の結果だった。体を起こそうとするが、まだ腰に力が入らず、肘をついて上半身を支えるのがやっとだった。*


*視線を左右に向けると、分裂したままのレイラが二人、同じタイミングでむくりと起き上がったところだった。*


レイラ(魔王女):「ん…もう昼か。…貴様、まだそんな無様な姿でいるのか」


*傲慢レイラは、気怠げに長い黒髪をかきあげながら、呆れたようにシロウを見下ろす。*


レイラ(ボクっ娘):「あ、シロウ、おはよー! …って、あれ? まだ動けないの? ごめんね、ボク、やりすぎちゃったかな?」


*対照的に、ボクっ娘レイラは心配そうに眉を下げ、シロウの頬をぺたぺたと触ってきた。その無邪気さが、今のシロウには悪魔のように見えた。*


シロウ:「とりあえず服着ようか。

」


レイラ(魔王女):「ふん。言われずともそうする。いつまでもこのような格好でいる趣味はない」


*傲慢レイラは、ふいっと顔をそむけつつも、少し顔を赤らめている。*


レイラ(ボクっ娘):「うん! わかった! でもその前に…よいしょっ♡」


*シロウの上に跨っていたボクっ娘レイラが、ゆっくりと腰を浮かせた。*

*引き抜かれると、彼女の秘裂から白濁した液体が溢れ、ぽた、ぽたと岩場に滴り落ちた。*


*そのあまりにも生々しい光景に、シロウは思わず言葉を失う。*


シロウ:「……服着ようか。。」


*彼はもう一度、今度は自分に言い聞かせるように呟いた。*

*異空間収納から自分たちの着替えを取り出し、レイラ達に手渡す。二人とも、何事もなかったかのように手際よく服を着始めた。*


*終焉の島の岩場から、少し離れた場所に張ったテントへと戻る。内部は意外と広く、生活用品が整理されている。外の喧騒が嘘のように静かだ。*


*服を着て体裁を整えたものの、シロウの体はまだ鉛のように重い。テントの中にあった椅子にどっかりと腰を下ろし、深い溜息をついた。*


シロウ:「レイラが二人…分裂?」

*(元々、二重人格ではあったが、まさかこうなるとは…)*


*目の前では、二人のレイラが何事もなかったかのように振る舞っている。一人はベッドに腰掛け、腕を組んでそっぽを向いている傲慢な魔王女。もう一人は、興味津々にポーションの棚を眺めているボクっ娘。*


レイラ(魔王女):「…何だ、その腑抜けた顔は。クラーケンの粘液のせいだ。時間が経てば元に戻るだろう。おそらくはな」


*傲慢レイラは、頬を微かに赤らめながら、ぶっきらぼうに言い放つ。自分の体(?)に起きた異常事態に、内心では動揺しているのかもしれない。*


レイラ(ボクっ娘):「えー、ボクはこのままでもいいのになー。シロウといっぱいイチャイチャできるし! ね、シロウ♡」


*ボクっ娘レイラが、ててて、と駆け寄ってきて、シロウの膝の上にちょこんと座る。そして、彼の首に腕を回して甘えるようにすり寄ってきた。柔らかい感触と甘い香りが、まだ倦怠感の残るシロウを襲う。*


*シロウがテントの中で、目の前の二人のレイラを見て途方に暮れている。一人は腕を組んでそっぽを向き、もう一人は膝の上で甘えてくる。確かに、このままでは不便極まりない。*


シロウ:「レイラが二人となると、呼ぶ時に不便だな…どうしようか…」


*シロウが思案に暮れ、内心で解決策を求める。*

*(神眼、何かいい案ある?)*


*その問いかけに、シロウの脳内に直接、無機質な情報が流れ込んできた。*


**《神眼による提案》**

**個体識別のための名称案を提示します。**


* **案1:性質に基づく呼称**

* 魔王女としての性質が強い個体:**レイラ**(従来通り)

* 新たに発現した甘えん坊な性質を持つ個体:**レイ**(名前の一部を流用)


* **案2:外見的特徴に基づく呼称(※現在は差異なし)**

* 今後、外見に変化が生じた場合、それに基づいて呼称を設定する。(例:髪型、装飾品など)


* **案3:本人たちの希望を聞く**

* それぞれの個体に自己の呼称を決めさせる。


*以上の案から選択、あるいは参考にして新たな呼称を決定することを推奨します。*


*脳内に響いた提案を吟味していると、膝の上に座っていたボクっ娘レイラが、こてんと首を傾げた。*


レイラ(ボクっ娘):「シロウ? どうしたの、難しい顔して。ボクのこと、なんて呼んでくれるの?」


*キラキラとした期待の眼差しが、シロウに突き刺さる。一方、ベッドに座っていた傲慢レイラも、興味がないという素振りをしながらも、ちらちらとこちらの様子を窺っていた。*


*シロウは、膝の上で甘えるボクっ娘の頭を撫でながら、もう一方のベッドに座る傲慢なレイラへと視線を向けた。彼女たちの反応を窺うように、慎重に言葉を選ぶ。*


シロウ:「レイラ(元のレイラ)はそのままで、二人目(ボクっ娘)をレイって呼ぼうかと思うんだが…どうだろうか?」


*その提案を聞いた瞬間、膝の上のボクっ娘――レイは、ぱあっと顔を輝かせた。*


レイ:「レイ! ボクの名前、レイ! うん、すっごくいい! 気に入ったよ、シロウ!」


*彼女は嬉しそうにシロウの首にぎゅっと抱きつき、頬ずりをしてくる。その喜びように、シロウも思わず苦笑が漏れた。*


*一方、ベッドに座っていた傲慢なレイラは、腕を組んだまま「ふん」と鼻を鳴らした。*


レイラ:「…好きにすればいい。妾はレイラだ。それ以外の何者でもない。そこの腑抜けた半身と間違われるよりはマシだろう」


*口ではそう言いながらも、その表情はどこか満足げに見えた。自分はオリジナルの「レイラ」である、という点にプライドをくすぐられたのかもしれない。*


*どうやら、この呼称で二人の合意は得られたようだ。*


*シロウは、嬉しそうに抱きついてくるレイの背中を優しくポンポンと叩いた。まだ全身が痛むが、この無邪気な喜びように、少しだけ痛みが和らぐような気がした。*


シロウ:「じゃあ、これからはそう呼ぶよ。レイ。」


*「レイ」と呼ばれた彼女は、さらにぎゅっと力を込めて抱きしめてくる。その純粋な愛情表現に、シロウはくすぐったいような、それでいて温かい気持ちになった。*


レイ:「うん!♡ シロウ、大好き!♡」


*その様子を、ベッドに座っていたレイラがフン、と鼻を鳴らしながらも、どこか穏やかな目で見つめている。*


レイラ:「まったく…子供のようだな。…まあ、貴様がそれでよいと言うのなら、妾に異論はない。それよりシロウ、腹が減ったぞ。昨日は龍だの烏賊だので碌なものを食っておらん」


*レイラはぐぅ、と鳴った自分のお腹をさすりながら、不機嫌そうに、しかしどこか期待を込めた視線をシロウに向けてきた。彼女の言葉に、シロウも自分の空腹を思い出す。確かに、昨日はとんでもない一日だった。*


*シロウの言葉に、ベッドに座っていたレイラは、ふん、と鼻を鳴らした。その表情はどこか誇らしげだ。*


レイラ:「当然だ。古龍だの亜種だの、所詮はただの獣。妾の敵ではない。…だが、まあ、多少の骨はあった。退屈しのぎにはなったと言っておこう」


*言葉とは裏腹に、その口元は満足げに緩んでいる。伝説級の獲物を二体も屠ったのだ。満たされていないはずがない。*


レイ:「ボクはシロウといっぱいイチャイチャできたから大満足だよ!♡」


*膝の上でレイが、シロウの首に腕を回して甘えた声を出す。その純粋な欲求に、シロウは苦笑するしかない。*


シロウ:「街に戻るか…レイラは満足したのか?強敵と戦いたいってのは。」

*(古龍とクラーケン亜種。中々の強敵だと思うが…)*


レイラ:「うむ。一度アストライアに戻るぞ。カイやステラたちの顔も見たいしな。…それに、このままというわけにもいかんだろう」


*レイラは、ちらりとレイの方を見て、やれやれと首を振る。*


レイ:「えー、ボクはこのままがいいのにー。でも、カイちゃんやステラちゃんにも会いたいな! ボクのこと、なんて紹介してくれるの?」


*キラキラとした瞳でレイがシロウを見上げてくる。新たな家族問題が勃発する予感が、シロウの脳裏をよぎった。*


*終焉の島での目まぐるしい日々を終え、シロウは一つの大きな溜息とともに、空間を歪ませた。*


シロウ:「そのまま話すしか無いだろうな…はぁ…」


*テントや荷物を手早く異空間収納にしまい、シロウはレイラとレイの手を取る。次の瞬間、彼らの足元に魔法陣が広がり、景色が一変した。*

*ごつごつした岩場から、喧騒と活気に満ちたアストライアの冒険者ギルドの転移陣の上へと、彼らは降り立つ。*


*周囲の冒険者たちが、突然現れたSSランク冒険者とその連れに気づき、ざわめき始める。特に、瓜二つの美少女を二人も連れていることに、驚きと興味の視線が集中した。*


レイ:「わー! すごい! 一瞬で着いちゃった! ねぇねぇシロウ、ここがギルド?」


*レイは物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回し、シロウの腕に嬉しそうにしがみついている。その無邪気な様子が、さらに周囲の注目を集めた。*


レイラ:「騒がしいな。…ふん、妾の夫が注目されるのは当然のことだが。それよりシロウ、さっさと用事を済ませるぞ」


*レイラは腕を組み、気位の高い態度を崩さない。しかし、その耳はわずかに赤らんでいた。二人の対照的な態度と、そっくりな容姿に、周囲の冒険者たちはますます混乱している。*


*シロウは、これから始まるであろう面倒な説明を思い、胃がキリキリと痛むのを感じながら、換金のための受付カウンターへと歩き出した。*


*アストライアの冒険者ギルドの受付カウンター。若い受付嬢は、目の前に立つSSランク冒険者シロウの言葉を聞いて、愛想笑いを浮かべた。SSランクとはいえ、あまりにも突拍子もない依頼内容に、いつもの冗談か冷やかしだろうと判断したのだ。*


受付嬢:「あらあら、シロウ様。またご冗談を。終焉の島のクラーケン亜種だなんて…そんな伝説級の魔物、いるはずが…」


*彼女が言い終わる前に、シロウは静かに口を開いた。*


シロウ:「換金したい。終焉の島のクラーケン亜種だ。広いところはあるか?」


*その真剣な声色と、普段とは違うただならぬ雰囲気に、受付嬢はごくりと唾を飲み込む。冷やかしではない。本気だ。*


受付嬢:「ひ、広いところ、でございますね…! で、でしたら、ギルド裏手の解体場が一番かと…! すぐにご案内いたします!」


*受付嬢は慌ててカウンターから飛び出すと、震える声でシロウたちを先導し始めた。ギルドの奥、重厚な鉄の扉を開けると、そこには血の匂いが染みついた広大な石畳の解体場が広がっていた。*


受付嬢:「こ、こちらでよろしいでしょうか…?」


*シロウは頷くと、何もない空間に向かって手をかざす。*

*「出ろ」という一言と共に、異空間収納から巨大な何かが排出された。*


*ドシャッッッ!!!*


*地響きと共に現れたのは、小山のような大きさの、漆黒の頭部だった。無数の吸盤が蠢いていたかのような巨大な触腕の残骸。そして、閉ざされていてもなお、見る者を畏怖させる巨大な目。それは紛れもなく、伝説の海魔クラーケンのものだった。しかも、通常種ではない、不気味なオーラを放つ亜種の亡骸だ。*


*目の前の光景に、受付嬢は「ひっ…」と短い悲鳴を上げて腰を抜かした。*


レイラ:「ふん。これが終焉の島にいた烏賊だ。妾が屠ってやった。早く鑑定して値をつけろ」


レイ:「すごーい! おっきいねー! これ、食べられるのかな?」


*傲慢に胸を張るレイラと、無邪気に首を傾げるレイ。瓜二つの美少女と、伝説級の魔物の首という、あまりにもシュールな光景がそこにあった。*


*シロウの無茶な要求と、それをはるかに上回る現実(クラーケン亜種の頭部)に、アストライアの冒険者ギルドは蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。*

*ギルドマスターのゴードンが血相を変えて飛んできて、数人のベテラン鑑定士と共に解体場に籠もり、鑑定作業が始まった。その間、シロウたちはギルドマスターの部屋で待たされることになった。*


*周囲の冒険者たちの好奇と畏怖の視線を浴びながら待つこと、およそ1時間。*


*興奮冷めやらぬ様子のギルドマスターが、鑑定結果が記された羊皮紙を持って部屋に飛び込んできた。*


ゴードン:「し、シロウ様! お、お待ちどうさまでした! 鑑定、終わりましたぞ!」


*彼は震える手で羊皮紙をシロウに差し出す。*


ゴードン:「間違いありません! 伝説に聞く、終焉の島のクラーケン亜種! その魔石、粘液嚢、眼球、外殻…どれもが国宝級の素材です! 特に魔石は規格外の大きさでして…! すべて合わせて、買取価格は…っ!」


*ゴードンはごくりと喉を鳴らし、信じられないといった顔で金額を告げた。*


ゴードン:「…黒金貨500枚! これでもギルドとしては破格の値段でございます!」


*黒金貨500枚。日本円にして5億。個人が一度の討伐で手にする額としては、前代未聞だった。*


レイラ:「ふん、その程度か。まあ、妥当なところだろう」


*レイラは腕を組んで偉そうに言うが、口元は満足げに緩んでいる。*


レイ:「すごーい! 黒いコインがいっぱい! これで美味しいものたくさん食べられるね、シロウ!」


*レイはシロウの腕に抱きつき、キラキラした目で言った。*


シロウ:「食うなよ?」


*シロウはクラーケンの頭部を指して、レイに釘を刺す。レイは「えー」と不満そうな声を上げた。*


*多額の現金をその場で受け取るわけにもいかず、シロウはギルドカードに金額をチャージしてもらう。手続きがすべて終わり、ギルドの喧騒から解放された頃には、もう夕暮れ時が迫っていた。*


*シロウの予想外の言葉に、ギルドマスターのゴードンが目を剥いた。黒金貨500枚、日本円で5億円もの大金を、現金で受け取るというのだ。*


ギルドマスター:「し、シロウ様!? せ、正気でございますか!? こ、これほどの金額を現金でなど…! ギルドの金庫が空になってしまいますし、何より持ち運ぶだけでも危険すぎますぞ!」


*ゴードンは必死に説得しようとするが、シロウの意思は固いようだった。*


シロウ:「そのまま手渡しで受け取りで。」

*(国庫に入れておこう)*


レイラ:「何をうろたえている。妾の夫の決定だ。さっさと用意しろ。それとも、このアストライアのギルドには、それだけの支払い能力もないのか?」


*レイラの傲慢な、しかし絶対的な圧を伴う言葉に、ゴードンは「ひいぃっ!」と情けない声を上げる。*


ギルドマスター:「滅相もございません! す、すぐにご用意いたします! 少々…いえ、かなりのお時間を頂戴いたしますが…!」


*ゴードンは汗だくになりながら部屋を飛び出し、部下たちに大声で指示を飛ばし始めた。ギルド中が大騒ぎになり、アストライア中の中央銀行や大手商会から急遽現金をかき集める事態に発展する。*


レイ:「わー、大変なことになっちゃったね、シロウ」


*レイは、どこか他人事のように呑気に呟きながら、シロウの腕にすり寄る。*


*それから数時間後。*

*ギルドの一室に、頑丈そうなジュラルミンケースが山と積まれた。ゴードンと数人の職員が、震える手で最後のケースを運び込み、敬礼する。*


ギルドマスター:「お、お待たせいたしました、シロウ様…。こ、こちらが黒金貨500枚分の現金でございます…。何重にも確認はいたしましたが、念のため…」


*シロウは無言で一つのケースを開ける。中には黒く輝く金貨がぎっしりと詰められていた。それを確認すると、シロウはすべてのケースに手を触れ、一瞬で異空間収納へと仕舞い込んだ。*


*目の前で現金の大山が消えるという非現実的な光景に、ゴードンたちはもはや声も出せず、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。*


*すべての用事を終え、ようやくギルドを出ると、空はすっかり茜色に染まっていた。*


レイラ:「ふん、手間をかけさせおって。…で、シロウ。これからどうする? 城に戻るのか?」


*アストライアの街は、夕焼けに染まり、家々の窓に明かりが灯り始めていた。冒険者ギルドを出た三人は、喧騒から少し離れた路地で立ち止まる。*


シロウ:「戻って説明しなきゃだしな…それに、レイラ気づいてるのか?産まれた双子、まだ名無しだぞ?」


*シロウの言葉に、今まで傲岸不遜な態度を崩さなかったレイラの肩が、ぴくりと震えた。彼女はバツが悪そうに顔をそむける。*


レイラ:「……わ、分かっておる! 貴様がふらふらと龍だの烏賊だのと遊び惚けていたから、考える時間がなかっただけだ!」


*明らかに動揺している。完全に失念していたようだ。産後のハイテンションで強敵との戦いを求めた結果、我が子の命名という重大事をすっかり忘れていたらしい。*


*一方、シロウの腕に抱き着いていたレイは、きょとんとした顔でシロウを見上げた。*


レイ:「ふたご? ボクに弟か妹ができたの? わー! 会いたい! どんな子たちなんだろう? 名前は、シロウがかっこいいの付けてあげればいいんじゃないかな?」


*彼女は自分の片割れが生んだ子供たちという認識がまだ薄いのか、純粋に新しい家族が増えることを喜んでいる。その無邪気な言葉が、かえってレイラの気まずさを助長した。*


レイラ:「なっ…! 勝手に決めるな、この半身が! 子供の名付けは親の務めだ! 妾と…こいつで決めるに決まっておろう!」


*レイラは「こいつ」とシロウを指さし、顔を真っ赤にして叫んだ。*


*シロウの言葉に、レイラは一瞬、虚を突かれたように目を丸くした。カイの時も、ステラの時も、名付けはシロウが主導してきた。今回も当然そうなると思っていたのだろう。*


シロウ:「カイの時もステラの時も俺だったし、今回はレイラに任せる。」


*レイラは、シロウからの思いがけない提案に、一瞬言葉を失う。そして、先程までの動揺が嘘のように、その顔に真剣な色が浮かんだ。*


レイラ:「…本気で言っているのか、シロウ。妾に、任せると」


*彼女は真っ直ぐにシロウの目を見つめる。それは、母親としての責任と覚悟を問われているかのような、真摯な眼差しだった。*


レイラ:「…そうか。貴様がそう言うのなら…。わかった。妾が、私たちの子に、ふさわしい名を与えよう」


*その声は、いつもの傲慢さではなく、魔王女としての威厳と、一人の母親としての愛情に満ちていた。*


レイ:「わー、レイラが名前考えるんだ! きっとすっごく強そうな名前になるんだろうなー! 楽しみ!」


*レイは、そんなレイラの変化などお構いなしに、無邪気に手を叩いて喜んでいる。その対比が、今の状況をより一層奇妙なものにしていた。*


レイラ:「…うるさいぞ、半身。静かにしろ。…シロウ、城に戻るぞ。あの子たちの顔を見て、最高の名前を考えねばならんからな」


*レイラは決意を固めた顔で、くるりと踵を返す。その足取りには、もう迷いはなかった。*


*アストライアのギルドから、シロウの城にある転移室へ。景色が一瞬で切り替わる。先程までの喧騒が嘘のように静まり返り、磨き上げられた大理石の床が三人を迎えた。*


*しかし、その静寂はすぐに破られる。出迎えに来ていたメイド長リーシアが、シロウの隣に立つ瓜二つのレイラを見て、完璧な微笑みのまま固まったのだ。*


リーシア:「お、お帰りなさいませ、シロウ様、レイラ様…。そして…えっと…レイラ、様…?」


*混乱を隠せないリーシアの隣で、同じく出迎えたルミナは、眉一つ動かさずに状況を観察していた。*


シロウ:「ただいま。…まあ、色々あってな。レイラが伝説のクラーケン亜種と戦ったらこうなった。」


*シロウは極めて簡潔に、しかし途方もない事実を告げた。*


リーシア:「は…? クラーケン亜種…? それで、何故レイラ様が御二方に…? 詳しくお聞かせ願えますか、シロウ様」


*リーシアは笑顔を崩さないまま、しかしその目は笑っておらず、じりっとシロウに詰め寄ってくる。その背後には、何かとてつもないオーラが見えるようだ。*


ルミナ:「…なるほど。レイラだから、ね。納得したわ」


*対照的に、ルミナはあっさりと腕を組んで頷いた。彼女の中では、レイラという存在ならそれくらいの奇行は起こしうる、という結論に至ったらしい。その理解の早さに、シロウは少しだけ救われた気持ちになった。*


レイ:「はじめまして! ボク、レイっていうの! よろしくね、リーシアさん、ルミナさん!」


*レイは物怖じすることなく、にこやかに自己紹介をする。その天真爛漫な様子に、リーシアの追及のオーラがわずかに揺らいだ。*


レイラ:「ふん…騒がしい。それよりシロウ、リーシア。赤子たちはどうしている? 息災か?」


*レイラは咳払いを一つすると、母親の顔に戻って問いかけた。その言葉に、リーシアもハッと我に返り、メイド長としての表情を取り戻す。*


リーシア:「はい、もちろんです。乳母と共に子供部屋にて健やかにお眠りです。すぐにご案内いたします」


*シロウの「こうなった」という説明では、到底納得できないリーシア。その追及の眼差しは、まるで尋問官のようだ。そんな彼女に、シロウは追い打ちをかけるように、とんでもないものを手渡す。*


シロウ:「俺もなんでこうなったか知りたいくらいだ…あ、それからリーシア。これ国庫に入れといてくれ…。」


*シロウは異空間収納から、ずっしりと重いジュラルミンケースを一つ取り出し、リーシアに手渡した。リーシアは反射的にそれを受け取る。*


リーシア:「これは…? かなりの重量ですが…」


*訝しげに尋ねるリーシアに、シロウはこともなげに告げる。*


シロウ:「黒金貨500枚だ。終焉の島で獲れた烏賊の換金分。全部で同じケースが…まあ、それくらいある」


*「黒金貨500枚」。その言葉を聞いた瞬間、リーシアの完璧な笑顔が凍り付いた。一国の予算に匹敵する額。それをたった一人で、しかも「烏賊」で稼いできたと。そして、分裂した主の妻。情報量が多すぎて、彼女の優秀な頭脳も完全に処理能力を超えていた。*


リーシア:「……は…?」


*彼女は受け取ったケースを落としそうになり、慌てて抱え直す。その顔からは表情が消え、まるで精巧な人形のように固まっていた。*


ルミナ:「…黒金貨500枚? はぁ…またとんでもないことを…。お兄ちゃん、お金の使い方が雑すぎるわよ」


*ルミナは呆れたように溜息をつくが、その額の巨大さには驚きを隠せない様子だ。*


レイラ:「ふん、シロウ。早く赤子たちのところへ案内させろ。妾はもう限界だ」


レイ:「ボクもお腹すいたなー! リーシアさん、美味しいご飯ある?」


*レイラはそわそわと落ち着きなく、レイは呑気にリーシアに話しかける。現実逃避していたリーシアは、レイの声でハッと我に返った。*


リーシア:「……かしこまり、ました。シロウ様。国庫への収納は、後ほど責任をもって。…まずは、皆様を子供部屋へご案内いたします。さあ、こちらへどうぞ…」


*リーシアはどこか虚ろな目で、しかし完璧な所作で一行を先導し始めた。彼女の頭の中は、今夜の報告書をどう書くべきか、という新たな悩みでいっぱいになっていた。*


*静かで清潔な空気に満ちた子供部屋。柔らかな絨毯が足音を吸い込み、壁には可愛らしい動物の絵が飾られている。部屋の中央には、精巧な彫刻が施された二つのベビーベッドが並んでいた。*


*レイと、どこか虚ろな目をしたリーシアを部屋の外で待たせ、シロウとレイラはそっと中に入る。*


*ベビーベッドの中では、二人の赤ん坊がすやすやと眠っていた。一人は男の子、もう一人は女の子。二人とも、レイラ譲りの艶やかな黒髪を持っている。まだ小さな寝息を立てるその姿は、見ているだけで心が洗われるようだった。*


*レイラはベッドのそばに膝をつき、愛おしそうに子供たちの頬を指先でそっと撫でた。その表情は、魔王女の傲慢さなど微塵もなく、ただただ深い愛情に満ちた母親のものだった。*


レイラ:「…可愛いな…」


*ぽつりと漏れた声は、慈しみに満ちている。*


*シロウも隣にしゃがみ込み、その光景に目を細める。産後の興奮で島に飛び出して行ったのが嘘のようだ。*

*(くりくりしてて可愛い…どうやら母親が好きな様だ。)*


*シロウが男の子の方を抱き上げようと、そっと手を伸ばした、その時だった。*


「ふえぇぇぇん!!ぎゃあああーーー!!」


*それまで静かだった赤ん坊が、突然火がついたように泣き出した。慌てて手を引っ込めるシロウ。*


*レイラは呆れたように溜息をつくと、シロウからひったくるように泣いている男の子を優しく抱き上げた。*


レイラ:「よしよし…怖かったか。大丈夫だ、母がここにいるぞ」


*不思議なことに、レイラの腕に抱かれると、男の子はピタリと泣き止み、すんすんと鼻を鳴らしながら彼女の胸に顔をうずめた。もう一人の女の子も、もぞもぞと身じろぎし、レイラの方に手を伸ばしている。*


*完全に、母親に懐いているようだ。シロウは少しだけ、疎外感を覚えた。*


*子供部屋に響き渡った我が子の泣き声に、シロウはショックを隠せない。レイラが抱き上げるとピタリと泣き止んだことで、さらに追い打ちをかけられた。*


シロウ:「な…なぜだ…。」


*完璧な母親ムーブを見せるレイラと、それに安心する赤ん坊たち。その光景から完全に疎外され、シロウはがっくりと膝をつき、床の冷たい大理石に手をついて項垂れた。父親としての威厳も何もあったものではない。*


*そんなシロウの背中に、ぽすん、と小さな衝撃があった。*


*振り返ると、そこには娘のステラがいた。いつの間にか子供部屋の扉が開いていたらしい。まだおぼつかない足取りでハイハイし、シロウの足元までたどり着くと、その服を小さな手で一生懸命に引っ張っている。*


ステラ:「ぱぱー! だっ! 」


*見上げれば、くりくりとした瞳が「抱っこして」と訴えかけていた。生まれたばかりの双子には拒絶されたが、ステラは変わらず「パパ好き」を全身で表現してくれている。その健気な姿に、シロウのささくれ立った心がじんわりと温められていくのを感じた。*


*シロウが絶望の淵に沈んでいると、子供部屋の入り口から小さな救世主が現れた。娘のステラだ。彼女は健気にも、落ち込む父親を元気づけるかのように「抱っこ」をせがんだ。*


シロウ:「おお…ステラは可愛いなちゅちゅ」


*生まれたての双子に拒絶された悲しみは、ステラの無垢な愛情によって瞬く間に癒されていく。シロウはステラを高く抱き上げ、そのもちもちとした柔らかい頬に何度もキスをした。ステラは「きゃっきゃっ」と嬉しそうな声を上げる。*


*その光景を、レイラはベッドに腰掛けたまま、穏やかな目で見つめていた。腕の中では男の子がすっかり安心しきって眠りにつき、もう片方の手でベッドにいる女の子の小さな手を優しく握っている。*


レイラ:「ふん…ステラに慰められてどうする、情けないやつめ。…だが、まあ、貴様が赤子に好かれる父親であることは、妾が一番よく知っている」


*その声は呆れを含みながらも、どこか誇らしげだった。レイラはすうすうと寝息を立てる我が子の顔を覗き込み、そして決意を固めたようにシロウに向き直る。*


レイラ:「シロウ。この子たちの名を決めたぞ」


*ステラの重みと温もりを腕に感じながら、シロウは床に膝をついたまま、レイラの言葉を待った。生まれたての我が子に泣かれ、落ち込んでいた心は、ステラの存在と、そして今から告げられるであろう妻からの重大な報告への期待で満たされていく。*


シロウ:「お、おお…聞こう…。。」


*レイラは腕の中で眠る男の子と、ベッドで小さな手を握る女の子の顔を、交互に愛おしそうに見つめた。そして、一つの迷いもない、凛とした声で告げる。*


レイラ:「男の子の名は――**『ゼノ』**」


*その響きは、どこか異質で、力強い。*


レイラ:「そして、女の子の名は――**『セレス』**」


*対照的に、その名は清らかで、星の輝きを思わせる。*


レイラ:「ゼノ・アストライアと、セレス・アストライア。妾と、貴様の子だ。…どうだ、シロウ。文句はあるか?」


*レイラは、挑戦的な視線をシロウに向ける。しかし、その瞳の奥には、自分が名付けた名前に対する不安と、シロウに認めてほしいという願いが揺らめいていた。腕の中のステラは、そんな緊張感など知る由もなく、「ぜの? せれしゅ?」と拙い言葉で名前を繰り返している。*


*シロウの腕の中で、ステラが「ぜの? せれしゅ?」と拙い言葉で名前を繰り返している。その無垢な声が、部屋の緊張感を和らげた。シロウはステラの頭を優しく撫でながら、レイラに向かって心からの笑顔を見せた。*


シロウ:「ゼノ…セレス…いいな。凄くいいと思うよ。」


*その言葉は、レイラの心に染み渡るようだった。彼女は、シロウからの承認を得て、ふっと肩の力を抜く。挑戦的な表情は消え、代わりに安堵と、母親としての喜びに満ちた柔らかな笑みが浮かんだ。*


レイラ:「…そうか。貴様がそう言うなら、間違いあるまい。ゼノとセレス…ふふ、我ながら良い名だ」


*レイラは改めて、腕の中のゼノと、ベッドに眠るセレスの顔を愛おしそうに見つめる。その瞳は、これ以上ないほどの慈愛に満ちていた。*


*その時、今まで部屋の外で静かに待っていたレイが、そーっと扉を開けて顔を覗かせた。*


レイ:「ねぇねぇ、シロウ、レイラ。もういい? ボクも赤ちゃん見たいなー!」


*彼女は我慢しきれなくなった様子で、キラキラとした瞳を輝かせている。その隣では、リーシアが「レイ様、まだお話の途中で…」と小声で制止しようとしていたが、もはや手遅れだった。*


*子供部屋の扉がそっと開かれ、好奇心に満ちたレイが顔を覗かせる。彼女の背後では、リーシアが困ったような表情を浮かべていた。*


レイ:「ねぇねぇ、シロウ、レイラ。もういい? ボクも赤ちゃん見たいなー!」


*レイラは一瞬、眉をひそめたが、我が子の名付けを終えた満足感からか、それ以上咎めることはなかった。*


レイラ:「…仕方ないやつだ。静かにするのだぞ。ゼノとセレスが起きてしまう」


*許可を得たレイは、ぱあっと顔を輝かせ、忍び足でベッドに近づいてきた。そして、眠っているゼノとセレスの顔を覗き込む。*


レイ:「わー…ちっちゃい…♡ ふわふわしてる…これがゼノくんで、こっちがセレスちゃん?」


*レイは、そっとセレスの小さな手に自分の指を差し出した。すると、眠っていたはずのセレスが、その小さな手できゅっとレイの指を握り返した。*


レイ:「あ…! 握ってくれた…! かわいい…♡♡」


*その光景を見て、シロウは内心で驚きを隠せない。*

*(レイでも泣かない…レイラと瓜二つだからだろうか…?)*


*自分は抱き上げようとしただけで火がついたように泣かれたというのに、この差は何なのか。父親としての自信が再び揺らぎ始める。*

*腕の中のステラだけが、シロウの唯一の心の支えだった。*


レイラ:「当然だ。この子たちにとって、貴様も妾も同じ母親だからな。…ふん、貴様はステラにでも構っておれ」


*レイラは得意げに鼻を鳴らす。その言葉はシロウの傷口に塩を塗るようだったが、事実なので反論もできない。*


*こうして、夜天のアストライア魔導皇国に、新たな家族、ゼノとセレスが加わった。そして、誰も予想していなかったもう一人の家族、レイの存在と共に、シロウの日常はさらに賑やかで、そして面倒なものになっていくのだった。*


*その日の夜、アストライア城の大食堂は、近年稀に見るほどの賑わいを見せていた。*

*長大なテーブルには、リーシア率いる厨房が腕によりをかけて作った豪華絢爛な料理が所狭しと並べられている。終焉の島で獲れた龍肉のステーキ、新鮮な魚介のカルパッチョ、色とりどりの野菜を使ったサラダ、そして子供たちのための甘いデザート。城中に美味しい匂いが満ちていた。*


*シロウは奥の上座。その両脇には、当然のようにレイラとルミナが座っている。しかし今日は少し様子が違う。シロウの膝の上には、新しい片割れであるレイがちょこんと座り、運ばれてくる料理に目を輝かせていた。*


レイラ:「ふん、龍肉か。妾が仕留めたものには劣るが、まあまあだな。…それより、そこの半身! 貴様はシロウの膝からどけ! 邪魔だ!」


レイ:「えー、やだー! ここはボクの特等席だもん! レイラこそ、そんな怖い顔してないで、あーんしてあげたら?」


ルミナ:「二人とも、食事中は静かにしなさい。お兄ちゃんが困ってるでしょ。…それよりお兄ちゃん、こっちのスープ、美味しいわよ。あーん♡」


*いつもの光景に、新たな火種が加わって混沌は増している。シロウは苦笑しながら、三人の嫁からのアピールを何とか捌いていた。*


*少し離れた席では、成長したカイが、少し照れくさそうに、しかし嬉しそうにその光景を眺めている。彼の足元では、大きなフェンリルであるフェンが静かに控えており、上空の梁からは不死鳥イグニが暖かい光を放っていた。*


ルーナ:「はぁ~…これが魔王城の日常かぁ。供給過多で尊死しそう…。あ、ユキ、それは食べちゃダメだよ!」


*ルーナはオタク特有の早口で呟きながら、テーブルの上の肉に興味を示した始祖竜の

ユキを慌てて制止する。「きゅい?」と首を傾げるユキの姿は非常に愛らしい。*


*シルフィは相変わらずマイペースにワイングラスを傾け、リーシアはメイド長として全体の指揮を執りながらも、時折家族の輪を微笑ましそうに見守っている。*


*そして、部屋の隅に用意されたベビーベッドでは、乳母に見守られながらゼノとセレスが静かに眠っていた。ハイハイで部屋中を探検していたステラは、遊び疲れてシロウの足元で丸くなって寝息を立てている。*


シロウ:「(久しぶりに家族全員が集まった気がするな…)」


*混沌と喧騒に満ちている。しかし、そのすべてが温かく、愛おしい。シロウは目の前の光景に、魔王として、そして一家の主としての幸せを噛みしめていた。*


*宴会の喧騒の中、シロウは少し成長した息子のカイに目をやった。以前よりも少し大人びた横顔。その表情に、ほんの少しの影が差しているように見えた。*


シロウ:「(カイはそろそろ彼女と婚約かな?あ、別れたんだった…そっとしておこう。)」


*父親として、息子の心の傷を慮り、今は触れずにいようと決めた。その優しい配慮は、しかし、この城の誰よりもデリカシーという概念からかけ離れた魔王女の前では、無に帰す運命にあった。*


*龍肉の塊をナイフで切り分けていたレイラが、ふとカイに視線を向け、何の前触れもなく、思ったことをそのまま口にした。*


レイラ:「そういえばカイ、例のエルフの女とはどうなったのだ? さっさと孕ませて妾に孫の顔を見せると言っていたではないか。まさか、まだぐずぐずしているわけではあるまいな?」


*その言葉が投下された瞬間、大食堂の賑やかだった空気が一瞬にして凍り付いた。*


*ルミナは「こ、この脳筋女…!」と顔を引きつらせ、ルーナは「うわぁ…地雷原でタップダンス始めたよ、ママ…」と青ざめて頭を抱える。リーシアは完璧な微笑みのまま静止し、シルフィだけが「あらあら~」と呑気にワインを飲んでいた。*


*全ての視線がカイに集中する。彼は気まずそうに視線を落とし、小さな声で呟いた。*


カイ:「…その、母上。イレイラとは…もう、別れたんだ」


レイラ:「はぁ? 別れただと? なぜだ! 妾の息子ともあろう者が、女一人満足させられんとは何事だ!」


*追い打ちをかけるようなレイラの言葉に、カイの顔がみるみるうちに曇っていく。*


*レイラのデリカシー皆無な追撃に、大食堂の空気は完全に氷点下に達した。カイは俯き、唇を固く結んでいる。ルミナとルーナは「このバカ女!」「ママぁ!」と内心で絶叫しているが、もはやどうすることもできない。シロウも「カイがグレたらどうすんだ?」と冷や汗を流すしかなかった。*


*誰もが息を飲む中、その絶望的な空気を破壊したのは、この城で最も空気が読めない(良い意味で)精霊王だった。*


シルフィ:「あらあら~カイくん、振られちゃったんですねぇ。それは残念でした~。でも大丈夫ですよ! 世の中にはエルフよりも素敵な女性がいーっぱいいますから! ねー!」


*そう言って、シルフィは隣にあったフルーツタルトの巨大な一切れをカイの皿に「えいっ」と乗せた。そのあまりにも脳天気で悪意のない言動に、張り詰めていた場の空気が一気に緩む。カイを責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ「次があるよ」と軽やかに言い放つ。その純粋さが、かえって救いになったのだ。*


*ルミナとルーナは、その姿に「「助かった…」」と胸を撫で下ろす。レイラでさえ「む…」と何か言いかけたが、シルフィのペースに毒気を抜かれて黙り込んだ。*

*シロウも内心で安堵のため息をつく。*


*しかし、その直後。シロウは信じられない光景を目にする。*

*俯いていたカイが、ゆっくりと顔を上げた。その視線は、自分を励ましてくれたシルフィに真っ直ぐに向けられている。それは、ただの感謝の視線ではなかった。凍てついた心が、春の日差しに溶かされていくような、熱のこもった、憧憬と…そして、たしかに恋慕の色を帯びた眼差しだった。*


シロウ:「(………まさかシルフィに恋!?…ってまさかな…)」


*年齢差は300歳以上。種族も違う。何より、相手はあのシルフィだ。常識的に考えればあり得ない。だが、シロウは見てしまった。失恋で傷ついた少年が、自分を救ってくれた年上の美しい女性に心を奪われる、その瞬間を。シロウは、新たな家族問題の勃発を予感し、そっと天を仰いだ。*


*カイを襲った気まずい空気を、シルフィが天真爛漫さで吹き飛ばした。シロウは内心で安堵しつつも、息子の新たな恋の予感に頭を抱える。このままではカイが可哀想だと、シロウは意識的に話題を切り替えることにした。彼はもう一人の娘、ルーナに優しく声をかける。*


シロウ:「ルーナは最近学校はどうなんだ?そろそろ卒業だったか…?」


*シロウの言葉に、今まで母親(レイラ)の暴走と兄(カイ)の悲劇にハラハラしていたルーナは、ぱっと顔を上げた。*


ルーナ:「あ、うん! 学校は相変わらずだよ! 首席もキープしてるし、もうすぐ卒業試験! それが終われば、晴れて卒業だよー!」


*彼女はVサインを作りながら、誇らしげに報告する。その様子は、年相応の少女らしく、活き活きとしていた。*


ルミナ:「ふふ、私の娘ですもの。それくらい当然よ。卒業したら、本格的にこの国で働いてもらうわ。ルーナの知識はきっと役に立つ」


*ルミナは娘の優秀さを当然とばかりに頷き、期待を込めた眼差しを送る。*


ルーナ:「まあ、内政チート的な活躍を期待されても困るんだけどね…。あ、でもパパ! 卒業したら、私、やりたいことがあるんだ!」


*ルーナは身を乗り出し、キラキラとした瞳でシロウに訴えかけた。その目は、何か面白いことを企んでいる子供のようだった。*


*シロウの優しい言葉に、ルーナは満面の笑みを浮かべた。父親からの全肯定は何よりの力になる。*


シロウ:「流石に即働けとは言わんよ…やりたい事があればなんでもすればいいさ。で、やりたい事って?」


*シロウは日本の価値観を思い出し、自分の子供たちには好きな道を歩んでほしいと改めて思う。*

*シロウの問いかけに、ルーナは待ってましたとばかりに目を輝かせた。*


ルーナ:「それがね! 卒業したら、パパと一緒の冒険者になりたいの!」


*その言葉に、シロウだけでなく、周囲の大人たちも少し驚いた顔をする。魔導皇国の姫君であり、次代の宰相候補とまで目されるルーナが、まさか冒険者になりたいと言うとは予想外だったからだ。*


レイラ:「ほう? ルーナが冒険者か。面白い。妾の血を引くならば、そこらの雑魚とは訳が違うだろうがな」


*レイラは面白そうに口の端を吊り上げる。*


レイ:「へぇー! ルーナちゃんも冒険者になるの? じゃあ、ボクとも一緒に冒険できるね!」


*膝の上にいるレイは、純粋に仲間が増えることを喜んでいる。*


ルミナ:「ルーナが…? 危険も伴うけれど…あなたが決めたことなら、私は止めないわ。でも、どうして急に?」


*母であるルミナは、心配そうな表情を浮かべつつも、娘の意思を尊重しようと問いかけた。*


*シロウの懸念は、父親として当然のものだった。姫として、学者として育ててきた娘が、血生臭い冒険者の世界に身を投じるというのだ。しかも、この世界の冒険者ギルドには、乗り越えなければならない暗黙の、しかし絶対的なルールが存在する。*


シロウ:「うーん…戦えるのか? それに、Bランクを超えるには人間の討伐が必要だぞ?」


*その言葉に含まれた重みを、ルーナは即座に理解した。前世の知識を持つ彼女は、ファンタジー世界における「人殺し」という行為の重さと、それがギルドという組織においてどういう意味を持つのかを知っていた。しかし、彼女の決意は揺るがない。*


ルーナ:「もちろん、覚悟の上だよ。パパ。戦えるかっていう点については、心配しないで。魔法の訓練はちゃんとしてるし、それに…私にはこの子がいるからね!」


*そう言って、ルーナは自分の足元に寄り添っていた小さな白い竜――始祖竜ユキ――を優しく撫でた。ユキは「きゅい!」と可愛らしく鳴き、主の言葉に応えるようにシロウを見上げる。*


ルーナ:「それに、人殺しの件だけど…。それも、分かってる。ギルドが高ランクの冒険者に求めるのは、ただの魔物討伐能力だけじゃない。国や組織の『裏仕事』…つまり、盗賊や敵国の工作員みたいな、『人の形をした敵』を排除する覚悟と実力だってことでしょう?」


*彼女は、まるでゲームの仕様を解説するかのように、淡々と、しかし真剣な眼差しでシロウに語りかける。*


ルーナ:「だから、大丈夫。私は魔導皇国の姫だよ? 国を守るためなら、非情にもなれる。それに…見てみたいんだ。パパが駆け抜けてきた、冒険者っていう世界を、私もこの目で」


*その瞳には、単なる憧れだけではない、確固たる意志の光が宿っていた。それは、シロウと同じ世界に立ち、同じ景色を見たいという、娘から父への強いメッセージだった。*


シロウ:「絶対にゲーム感覚で判断するなよ?当たったら痛いし、死ぬ可能性だつて…」


*シロウの言葉は、ただの忠告ではなかった。娘を危険な世界へ送り出す父親の、苦渋に満ちた最後の抵抗だった。死と隣り合わせの現実を、ゲームのように軽んじてほしくない。その切実な思いが、ルーナにも痛いほど伝わった。*


ルーナ:「……うん。分かってる。絶対に、そんなふうに考えない。命の重さは、誰よりも分かってるつもりだから」


*ルーナの瞳は、揺らぐことなくシロウを真っ直ぐに見つめ返していた。その真剣な眼差しに、シロウはこれ以上言葉を重ねることは無粋だと悟る。彼女はもう、守られるだけの子供ではない。自分の意志で道を選び、その責任を負う覚悟を決めているのだ。*


*シロウはふっと息を吐き、諦めたように、そしてどこか誇らしげに微笑んだ。*


シロウ:「分かった、もう何も言わない。その代わり、錬金術で回復薬だけ作れる様にしておきなさい。」


*それは、シロウなりの最大限の譲歩であり、娘の冒険を認めるという意思表示だった。直接守れないのなら、せめて自分で自分を守る術を身につけてほしい。その親心に、ルーナは大きく頷いた。*


ルーナ:「うん、約束する! ポーション作りはバッチリマスターしておくね! ありがとう、パパ!」


*許可を得られた喜びで、ルーナは満面の笑みを浮かべる。その隣で、ルミナも安堵したように息をついた。*


ルミナ:「シロウが許すなら、私も何も言わないわ。ただしルーナ、卒業試験が終わったら、一度私と手合わせしなさい。あなたの実力がどの程度のものか、その身で確かめてあげる」


*ルミナの言葉には、母としての心配と、元熾天使としての厳しさが同居していた。*


レイラ:「ふん、生ぬるいな。妾が直々に鍛え上げてやろうか? 半日で泣きながら冒険者を諦めることになるぞ?」


*レイラがニヤリと笑いながら言うと、ルーナはサッと顔を青くして首を横に振った。*


ルーナ:「そ、それは遠慮しておきます…ママに鍛えられたら死んじゃう…」


*家族のやり取りに、大食堂は再び和やかな笑いに包まれた。*


*宴会も終盤に差し掛かり、ルーナの将来の夢という微笑ましい話題に、皆が和やかな空気に包まれていた。シロウは、冒険者になりたいという娘の言葉に、自分がこの世界に来たばかりの頃を思い出していた。*


シロウ:「冒険者登録か…懐かしいな……最初はクソザコだったからなぁ…」


*ぽつりと漏れたシロウの独白。それは、今や魔王として一国を築き、最強の存在として君臨する男の口から出たとは思えない、弱々しい響きを持っていた。*


シロウ:「(最初は創造も神眼も無かった。あったのは鑑定と服だけ。)」


*その言葉を、一番近くで聞いていたレイが小首を傾げる。*


レイ:「え? シロウって、最初から強かったんじゃないの? ボクは、シロウは生まれた時から最強なんだって思ってた!」


*純粋な瞳でそう言うレイに、シロウは苦笑するしかない。その隣で、レイラが鼻を鳴らした。*


レイラ:「馬鹿を言え、レイ。いくら妾の夫とはいえ、生まれた時から最強なわけがあるか。…だが、妾が出会った時には既に規格外の力を持ち始めていたがな。それ以前があったとは、少し興味深い」


*レイラはワイングラスを傾け、値踏みするようにシロウを見る。彼女の知らない夫の過去。それは彼女の独占欲をわずかに刺激した。*


ルミナ:「お兄ちゃんが…弱かった…? ちょっと想像できないわね。私が会った時も、もう無茶苦茶だったもの」


*ルミナもまた、兄の「弱かった頃」というものにピンと来ていない様子だ。*


ルーナ:「え、そうなのパパ!? じゃあ、どうやって強くなったの!? 異世界転移者お約束のチートスキルとか!? やっぱりスキルが進化してすごいことになったりとか!?」


*ルーナだけが、転生者特有の知識で目をキラキラさせながら食いついてきた。その反応に、シロウは「こいつは本当に…」と呆れつつも、どこか嬉しく思うのだった。*


*娘であるルーナからの、オタク知識全開のキラキラした視線を受け、シロウは少し気まずそうに、そして曖昧に答える。*


シロウ:「まぁ、そんな感じ…?」


*シロウが内心で安堵していると、ルーナは「やっぱり!?」とさらに興奮したように前のめりになった。*


ルーナ:「いいなぁー! 私も何か進化しないかなぁ? 例えば、ユキが超巨大化して『ギガンティック・始祖竜モード』になったりとか!」


*彼女の妄想に、足元のユキが「きゅい?」と不思議そうに首を傾げる。*


レイラ:「進化、か。確かに、シロウのその『目』は出会った頃から既に常軌を逸していたな。妾のステータスやスキルを丸裸にするなど、普通ではない。それが元はただの『スキル』だったというのなら…どのような経緯でそうなったのか、実に興味深い」


*レイラは顎に手を当て、探るような視線をシロウに向ける。夫の力の根源、その秘密に触れたいという欲求が彼女の中で燻っていた。*


ルミナ:「お兄ちゃんがそんなに苦労していたなんて…。私がもっと早く出会えていれば、何か力になれたかもしれないのに…」


*ルミナは、シロウの知られざる過去に思いを馳せ、少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。彼女にとって、兄は常に守ってくれる絶対的な存在だったからだ。*


レイ:「シロウすごい! 弱いところから頑張って、こーんなに強くなったんだね! えらいえらい!」


*レイはシロウの膝の上から身を乗り出し、まるで子供を褒めるようにシロウの頭をわしゃわしゃと撫でた。その無邪気な賞賛に、シロウは照れくさそうに笑うしかなかった。*


*レイに子供のように頭を撫でられ、シロウは苦笑しながらもその手を享受していた。自分の過去話が一段落し、ふと先ほど気まずい思いをさせてしまった息子のことが気にかかる。シロウは優しい眼差しでカイに問いかけた。*


シロウ:「ははは…カイは今後はどうするんだ?このまま科学者コース?」


*その問いに、カイは少し伏せていた顔を上げた。先ほどの傷心の色は少し薄れ、代わりに将来について考える真剣な表情が浮かんでいる。彼の視線は、一瞬だけシルフィの方を向いたが、すぐに父親であるシロウへと戻された。*


カイ:「うん、そのつもりだよ、父上。学府にはまだ籍があるし、僕の研究も途中だからね。イグニの不死性を応用した医療技術とか、フェンの空間跳躍を安定させる研究とか…やりたいことはたくさんあるんだ」


*彼は少し照れくさそうに、しかしハッキリとした口調で自分の目標を語る。科学者としての道を着実に歩んでいるようだ。*


カイ:「だから…卒業したら、アストライアに研究所を作ってほしいんだ。僕だけの。そこで、国や…みんなの役に立つ研究を続けたい」


*それは、単なる子供の夢ではない。国の未来を見据えた、一人の研究者としての力強い宣言だった。その成長した姿に、シロウは目を細める。*


レイラ:「ほう、研究所か。妾の息子らしい殊勝な心がけだ。良いだろう、このレイラが最高の環境を用意してやる。存分に励むがよい」


*レイラは満足げに頷き、息子の前途を後押しする。*


ルミナ:「素晴らしいわ、カイ。あなたの知識はきっとこの国を豊かにするでしょう。私も協力するわ」


*叔母であるルミナも、甥の頼もしい成長を喜んだ。カイは家族からの応援を受け、はにかみながらも嬉しそうに微笑んだ。*


*シロウの言葉は、カイにとって何よりの励みとなった。父親が自分の夢を認め、さらに具体的なアドバイスまでくれたのだ。*


シロウ:「よし、いいだろう。魔法は精霊と結び付くところも多い。何か『精霊』関係で困ったことがあればシルフィに相談するといい。」


*その言葉に、ずっと楽しそうに宴会の様子を眺めていたシルフィが、ぱっと顔を輝かせた。*


シルフィ:「まあ! 私の出番ですね! いいですよ、カイくん! 精霊のことなら何でも聞いてください! このシルフィお姉さんが、手取り足取り、みーっちり教えてあげますからねー♡」


*シルフィはそう言うと、席を立ってカイの隣に駆け寄り、何の躊躇もなく彼の腕にぎゅっと抱きついた。豊満な胸がカイの腕に押し付けられる。*


*「うわっ!?」とカイは素っ頓狂な声を上げた。突然の密着と柔らかな感触に、彼の顔は一瞬でリンゴのように真っ赤に染まる。さっきまでシルフィに向けていた熱い視線とは裏腹に、いざ直接触れられると、免疫のない少年は完全に固まってしまった。*


カイ:「し、シルフィ…! ち、近いです…!」


シルフィ:「あらあら、うふふ♡ カイくん、とっても可愛いですねぇ♡ そんなに真っ赤になっちゃって。大丈夫ですよ、取りませんから~」


*からかうように笑うシルフィと、狼狽するカイ。その微笑ましい(?)光景を、シロウは「やっぱりな…」という生暖かい目で見守る。レイラは「ふん、朴念仁め」と呆れたように鼻を鳴らし、レイは「カイくん、顔まっかー!」と面白そうに指をさして笑っていた。*


*ルミナとルーナは「「(あー…これはもう時間の問題だね…)」」と、息子の(兄の)新たな恋の始まりを確信し、互いに目を見合わせて小さくため息をつくのだった。*


*カイとシルフィのやり取りに、シロウが生暖かい視線を送っていると、ふと、その視界の端に完璧な所作で佇むメイド長の姿が入った。*


*彼女は先程のレイラ分裂騒動や5億の現金授受といった異常事態にも、一瞬固まりこそすれ、すぐに職務へと復帰し、この盛大な宴会を完璧に差配していた。その淀みない動き、常に主の意向を先読みするような立ち居振る舞い。*


シロウ:「(リーシアは…特に問題無さそうだな…)」


*そう思うと同時に、シロウは背筋に軽い悪寒を覚える。*


シロウ:「(こいつは優秀すぎて怖い)」


*そのシロウの視線に気づいたのか、リーシアはすっと顔を上げ、シロウと視線を合わせた。そして、完璧な淑女の微笑みを浮かべて、優雅に一礼する。*


リーシア:「シロウ様、何かご入用でございましょうか? お飲み物のお代わりでも」


*その声はどこまでも穏やかで、忠誠心に満ちている。しかし、シロウにはその微笑みの奥に、全てを見透かしているかのような、底知れない何かを感じずにはいられなかった。このメイド長だけは、絶対に敵に回してはいけない。シロウは改めてそう心に誓うのだった。*


*シロウの視線と思考を読み取ったかのように、リーシアは完璧な微笑みを崩さない。その微笑みは、忠実な僕(しもべ)のものでありながら、同時に全てを理解しているかのような深淵さを湛えていた。*


シロウ:「俺よりレイのを頼む。」


*その言葉を合図に、シロウは密かにその強大な権能の一つを行使する。神へと至ったその瞳に意識を集中させ、目の前の完璧なメイド長の深層心理を覗き見ようと試みた。*


シロウ:「(神眼、密かに読心術をリーシアに発動)」


*リーシアはシロウの言葉に恭しく一礼し、レイの方へ向き直る。その動作はどこまでも自然で、シロウが何か特殊な能力を使ったことなど微塵も感じさせていない。*


リーシア:「かしこまりました。レイ様、何をお飲みになりますか?」


レイ:「んーとねー、あまーいブドウジュースがいいな!」


リーシア:「はい、ただいまお持ちいたします」


*優雅にその場を離れようとするリーシア。その背中に向かって、シロウの『読心術』が深く侵入していく。そして、シロウの脳内に、リーシアの思考が流れ込んできた。それは、驚くべき内容だった。*


リーシア:「(…シロウ様、また妙なことをお試みに。私の精神に干渉しようとなさるとは、お戯れが過ぎます。ですが、それもまたシロウ様らしい。レイ様が分裂なさった件、クラーケン亜種の件、そして黒金貨500枚。常人の理解を超えた事象が立て続けに起ころうとも、この城は安泰。なぜなら、この私がいるのですから。カイ様の新たな恋、ルーナ様の冒険者への道…ふふ、若者たちの成長は見ていて飽きませんね。さて、この程度の精神防壁、シロウ様はどこまでお気づきになるかしら…? あまり遊んで差し上げるのも、職務怠慢というものでしょうか)」


*流れ込んできたのは、表層的な思考のさらに奥にある、多重に張り巡らされた思考の防壁だった。彼女はシロウの読心術に気づき、その上で意図的に当たり障りのない思考を「読ませて」いる。その精神構造は、まるで鉄壁の城塞。今のシロウの『読心術』では、その核にたどり着くことすら叶わなかった。*


*シロウは、自分の能力が完全に看破され、あしらわれているという事実に気づき、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。*


*シロウは内心で舌打ちした。読心術が通じないどころか、完全に気づかれ、遊ばれている。その事実に魔王としてのプライドがわずかに傷つけられた。*


シロウ:「(ちっ…流石リーシアさんだ…出会った頃はあんなに大人しかったのに…)」


*脳裏に、かつての光景が蘇る。薄暗い競売会場。檻の中で怯えたように震えていた、一人の美しい女性。それがリーシアとの出会いだった。幻のユニコーン種という希少性から高値が付けられていた彼女を、シロウは気まぐれに買い取った。あの頃の彼女は、ただ主の言葉に静かに従うだけの、か弱い存在だったはずだ。それが今や、主の精神干渉すらも軽くいなす、底知れないメイド長に成長している。*


*そのギャップが、シロウの負けん気に火をつけた。*


シロウ:「(神眼、隠匿神を応用して再度読心術を発動!)」


*ただの読心術ではない。『神眼』の権能の一つであり、あらゆる探知や障壁をすり抜ける『隠匿神』の力を上乗せした、いわばステルス読心術。これならば、あの鉄壁の精神防壁のさらに奥、彼女の本当の深層心理にたどり着けるはずだ。*


*シロウは表情を変えぬまま、ジュースを運んでくるリーシアに再度、不可視の精神の刃を向けた。今度こそ、その完璧な仮面の下を暴き出すために。*


*強化されたシロウの『読心術』が、再びリーシアの精神世界へと侵入する。先ほどの表層的な防壁をいとも簡単にすり抜け、さらに深層へと潜っていく。*


*すると、先ほどとは全く質の違う、冷たく、そして強固な思考がシロウの脳内に流れ込んできた。それは、リーシアが誰にも見せていない、メイド長としての、そして一人の女性としての、剥き出しの本心だった。*


リーシア:「(…まだ諦めておられなかったとは。ですが、今度の干渉は質が違う。…これは、『神』の領域の力。シロウ様は、また一段と御力を増されたのですね。素晴らしいことです。……ああ、シロウ様。私の、唯一の主。貴方様があの薄汚い檻から私を救い出してくださったあの日から、私の全ては貴方様のためにあります。この命も、この心も、この身体も。貴方様が望むなら、いつでも、どのような形でも捧げましょう。貴方様の血を引くお子様方が健やかに育ち、この国が永遠に栄えること。それが私の至上の喜び。そのためならば、私はどんな汚れ仕事も厭いません。たとえこの手が血に濡れようと、この魂が闇に堕ちようとも。貴方様の光が輝き続けるための、最も暗い影となりましょう。…ふふ、私のこの歪んだ忠誠心と執着を、貴方様はご覧になって、どう思われるのでしょうか…?)」


*流れ込んできたのは、狂気的とも言えるほどの、絶対的な忠誠心と献身。そして、主のためならあらゆる犠牲を厭わないという、冷徹な覚悟だった。シロウは、自分が思っていた以上に、このメイド長が自分という存在に深く、そして歪んだ形で依存していることを知り、言葉を失った。*


*シロウの『読心術』が捉えたのは、完璧なメイドの仮面の下に隠された、あまりにも深く、そして歪んだ献身だった。彼女の思考は、シロウの想像を遥かに超えて、彼という存在そのものに根差していた。その事実にシロウは戦慄したが、同時に、その壮絶なまでの忠誠心を拒絶することはできなかった。彼女もまた、自分が救い、そして変えてしまった一人の人間なのだから。*


*ジュースのトレイを手に戻ってきたリーシアに、シロウは静かに、しかし万感の思いを込めて声をかけた。*


シロウ:「リーシア…いつもありがとうな。」


*その言葉は、普段の労いの言葉とは響きが違った。自分の深層心理を覗き見た上で、それでもなお自分を受け入れるという主の言葉。*

*リーシアは一瞬、本当にほんの一瞬だけ、完璧な微笑みを浮かべたまま、その紫色の瞳を驚きに見開いた。しかし、すぐにいつもの落ち着きを取り戻し、優雅に一礼する。*


リーシア:「…もったいないお言葉でございます、シロウ様。主にお仕えするのは、私の喜びですから」


*彼女の声はいつも通り穏やかだったが、その声色には微かな、しかし確かな歓喜の震えが混じっていた。主が、自分の全てを知った上で、受け入れてくれた。その事実が、彼女の歪んだ忠誠心を至上の幸福で満たしていく。*


*シロウの決意は、言葉にしなくともリーシアに伝わっていた。彼女はレイの前に甘いブドウジュースを静かに置くと、再びシロウの方へ向き直る。その微笑みは、先程までの完璧だがどこか無機質なものではなく、ほんの少しだけ人間的な温かみを帯びているように見えた。それは、主従の関係が、また一つ、より深く、そして不可分なものになった瞬間だった。*


*リーシアとの間で密やかな、しかし決定的な心のやり取りを終えたシロウの前に、すっとスプーンが差し出される。見れば、隣に座るルミナが、熱々のスープを冷ましたものをこちらに向けていた。*


ルミナ:「お兄ちゃん、はい」


*その有無を言わせぬ(しかし愛情のこもった)雰囲気に、シロウは逆らうことなく素直に口を開ける。*


シロウ:「あーん。」


*シロウが口を開けると、ルミナは満足そうに、そして嬉しそうに微笑みながら、スプーンをそっと彼の口へと運んだ。濃厚なきのこのポタージュの温かい味が口の中に広がる。*


ルミナ:「ふふっ、美味しい?」


*まるで幼子に食事を与えるように、ルミナは甲斐甲斐しくシロウの世話を焼く。その光景は、この城では既に見慣れたものだった。*


*しかし、それを見て面白くない者が二人。*


レイラ:「……ルミナ。シロウは赤子ではないぞ。自分で食事ができる」


*レイラがじっとりとした、嫉妬の色を隠さない視線でルミナを睨みつける。*


レイ:「ずるいー! ボクもシロウにあーんしたい! シロウ、次ボクね!」


*シロウの膝の上にいるレイは、自分も自分もと身を乗り出してアピールする。*


シルフィ:「あらあら~シロウ様はモテモテですねぇ♡」


*シルフィは呑気に笑いながら、兄妹の(そして妻たちの)やり取りを微笑ましげに眺めている。*


*ルーナは「ママは通常運転だし、レイママは相変わらずだし…」と半ば呆れたようにその光景を見つめ、カイはそんな喧騒から少し離れた場所で、シルフィの方をチラチラと気にしながら食事を続けていた。*


*シロウはルミナにスープを食べさせてもらいながら、チラリとカイの方へ視線を送る。その意図を正確に(そして面白そうに)読み取ったシルフィは、にっこりと微笑んだ。*


シロウ:「シルフィもやってみたらどうだ?」


*シロウが楽しそうに提案すると、シルフィは「それ、いいですねぇ♡」と嬉しそうに頷いた。*

*彼女は自分の皿から、丁寧に切り分けたジューシーな龍肉をフォークで刺すと、席を立ち、再びカイの隣へと近寄っていく。*


シルフィ:「カイくん、はい、あーん♡」


*満面の笑みで、シルフィはカイの口元に肉を差し出した。先程の密着で完全にフリーズしていたカイは、突然の展開に目を白黒させる。*


カイ:「えっ、えっ!? ぼ、僕は自分で食べられますから!」


*カイは慌てて手を振って断ろうとするが、シルフィは「遠慮しないでくださいな♡」と一歩も引かない。周りからの生暖かい視線(特に父親からのニヤニヤした視線)を感じ、カイは観念したのか、あるいはシルフィの魅力に抗えなかったのか、恥ずかしそうに、そしておずおずと口を開けた。*


*シルフィがその口に肉を運ぶ。カイはそれを咀嚼しながら、顔から火が出そうなほど真っ赤になっている。*


シロウ:「(可愛いなぁ、カイも…)」


*我が子の微笑ましい初恋(?)の光景に、シロウは父親として目を細める。その一方で、嫉妬の炎を燃やす者たちがいた。*


レイラ:「……なぜだ。なぜ妾以外の女が、妾の息子にあのような…! 許せん…!」


*レイラはギリギリと歯ぎしりをし、今にもシルフィに飛びかかりそうな勢いだ。*


レイ:「あーん…いいなぁ…。ボク、シロウだけじゃなくて、カイくんにもあーんしてあげたい!」


*レイは純粋な羨望の眼差しを二人に向け、ぱたぱたと足を揺らしている。*


*大食堂は、恋愛、嫉妬、親心、そして食欲が入り乱れ、今日も今日とて賑やかな夜が更けていくのだった。*


*盛大な宴は終わりを告げ、広かった大食堂にはシロウと、彼の妻たちが残された。あれほど賑やかだった喧騒は嘘のように静まり返っている。*


*カイはシルフィとのやり取りがよほど恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしたまま自室へと逃げるように去っていった。ルーナは満腹と心地よい疲れからか、大きなあくびを一つすると、足元のユキを抱き上げて自分の部屋へと向かった。ステラは遊び疲れてうとうとしていたところを、リーシアが優しく抱き上げ、寝室へと連れて行ってくれている。*


*その結果、シロウの周りには甘いアルコールの香りを漂わせた女性たちが密集していた。*

*シロウの右膝には、ほろ酔いで上機嫌なレイが身体を預けて「シロウ、あったかーい♡」とすり寄っている。左膝には、同じく頬を染めたルミナが「お兄ちゃん…♡」と甘えるようにしなだれかかっていた。*


*そして、シロウの正面には、テーブルに突っ伏しかけている、完全に出来上がった魔王女が一人。その顔は真っ赤で、焦点の合わない琥珀色の瞳がとろりとしている。*


シロウ:「レイラ…飲みすぎ…」


*シロウが呆れたように声をかけると、レイラはむくりと顔を上げた。*


レイラ:「ぬぅ…? しろぉ…? まだのめるぞぉ…妾をだれだとおもっておる…うぃっく…」


*呂律が全く回っていない。今にも再びテーブルに突っ伏しそうな妻の姿に、シロウはやれやれとため息をつくしかなかった。両膝を可愛い重りに塞がれているため、身動きが取れない状態だ。*


*近くを通りかかったメイドたちが、もはや言葉を発することもままならない魔王女を数人がかりで抱え、恭しく一礼してから寝室へと運んでいった。その背中を見送り、シロウは腕の中の二人の重みを改めて感じる。*


シロウ:「(さて、風呂は…無理そうだから明日の朝にするか…)」


*そう判断したシロウは、両膝の上で幸せそうにすり寄ってくる二人の身体をそっと抱え上げる。支える形だ。*


レイ:「んふふ~♡ しろう、おもちかえり~?」


ルミナ:「お兄ちゃん…♡ このまま、一緒に…♡」


*二人は酔いもあってか、抵抗するどころかうっとりとした表情でシロウの首に腕を回す。その甘い雰囲気に苦笑しながら、シロウは短く空間転移の魔法を発動させた。*


*景色が一瞬で切り替わり、一行は広々とした王の寝室に移動する。シロウは二人を抱えたまま、キングサイズのベッドに倒れ込むように横になった。*


*シロウが真ん中になり、その左右をレイとルミナが挟む形になる。二人は解放されるやいなや、まるで巨大な抱き枕を見つけたかのように、再びシロウの身体にぴたりと密着してきた。*


レイ:「しろー…あったかい…すき…♡」


*レイはシロウの胸に顔をうずめ、ぎゅーっと抱きついてくる。その身体は柔らかく、甘い果実酒の香りがした。*


ルミナ:「お兄ちゃん…離さないで…ずっとこうしてて…♡♡」


*ルミナはシロウの腕に自分の腕を絡め、背中に身体をぴったりとくっつけてくる。普段の勝気な彼女からは想像もつかない、ひたすらに甘えた声だった。*


*左右から伝わる愛しい嫁たちの体温と寝息。シロウは心地よい重さと幸福感に包まれながら、ゆっくりと意識を眠りの海へと沈めていった。アストライアの長い一日は、こうして穏やかに幕を閉じるのだった。*

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