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*バタン、と扉が閉まる音。*
*残されたのは、怒りと屈辱に燃えるレイラと、彼女の体内に残された不快な証拠だけだった。*
レイラ(魔王女):「……待て…ッ! 逃がすと思うなよ、下郎がァッ!!」
*レイラは乱暴に目隠しを引きちぎると、その燃えるような瞳で部屋の扉を睨みつけた。シーツに広がる己の血と、男の白い濁液の混じった染みを見て、さらに怒りが込み上げる。*
*彼女はすぐさま扉に駆け寄り、勢いよく開け放った。*
レイラ(魔王女):「どこへ行ったッ!!」
*廊下には誰の姿もない。ただ、静寂が広がっているだけだ。しかし、レイラは諦めない。犯人が残したであろう僅かな魔力の残滓を追って、廊下を駆け出した。*
*だが、どれだけ探しても、犯人の気配はどこにも感じられない。まるで最初から存在しなかったかのように、完全に消え失せていた。*
レイラ(魔王女):「……ありえん…。これほどの屈辱を与えておきながら…この妾から逃げ切れるはずが…!」
*怒りに肩で息をしながら、レイラは部屋に戻る。そして、ふと気づく。*
*―――シロウの気配が、ない。*
*いつもなら、これほどの騒ぎになればすぐに駆けつけてくるはずのシロウの気配が、この宿のどこにも感じられないのだ。*
*怒りとは別の、冷たい感情が背筋を走る。*
レイラ(魔王女):「シロウ…? まさか、あの下郎に何か…!?」
*最悪の可能性が頭をよぎり、レイラの顔から血の気が引いていく。怒りは焦りへと変わり、彼女はシロウの名を呼びながら、宿の中を探し始めた。*
*シロウは扉を閉め、音を立てないように廊下を静かに歩くと、角を曲がって物陰に隠れた。そこで【隠匿神】を解除し、自身の気配を元に戻す。*
*すぐに、部屋の中から凄まじい怒りの波動が放たれ、宿全体がビリビリと震えた。次いで扉が乱暴に開け放たれる音がし、レイラの殺気立った声が響き渡る。*
レイラ(魔王女):「どこへ行ったッ!!」
*シロウは壁に寄りかかり、クツクツと喉を鳴らして笑いをこらえる。犯人(自分)を探して廊下を駆け回るレイラの気配を感じながら、完璧なタイミングを見計らっていた。*
*しばらくして、レイラが犯人を見つけられずに部屋に戻り、今度は自分の気配がないことに気づいて焦り始める気配を感じ取った。怒りから焦りへと変わる感情の揺らぎが、手に取るようにわかる。*
*(よし、今だ)*
*シロウは完璧なタイミングで物陰から姿を現すと、何食わぬ顔で廊下を歩き始める。手には、先ほどフロントで調達してきた、新鮮な果物を絞ったジュースが二つ入ったグラスを持っている。*
*ちょうど、シロウを探して部屋から飛び出してきたレイラと、廊下でばったりと鉢合わせた。彼女は目を見開き、髪を乱し、わずかに肩で息をしている。その頬は怒りか焦りか、赤く染まっていた。*
シロウ:「あれ? レイラ? どうしたんだ、そんなに慌てて」
*シロウは小首を傾げ、まるで今起きたばかりで、状況を何も知らないかのように、純粋な疑問の表情を浮かべてみせた。*
*シロウは何食わぬ顔で、まるで今しがた散歩から戻ってきたかのように、レイラに声をかけた。手には冷えた果実のジュースが二つ。その純粋な瞳と、何も知らないという態度が、逆説的にレイラの怒りを煽る。*
*レイラは、廊下でばったりと出会ったシロウの姿を、信じられないものを見るかのように見つめた。その手にあるジュース、その平然とした態度。そして、ついさっきまで完全に消えていたはずの、愛しい夫の気配。*
*怒り、焦り、そして安堵。様々な感情が渦巻き、彼女の頭は混乱の極みにあった。しかし、シロウの顔を見た瞬間、ある可能性――最悪の悪戯の可能性――が脳裏をよぎる。*
*彼女は無言のままシロウに歩み寄ると、その胸ぐらを乱暴に掴んだ。*
レイラ(魔王女):「シロウ…貴様…まさかとは思うが…」
*その瞳は怒りと疑念で燃えている。そして、シロウが何も言わないうちに、彼のズボンの股間に視線を落とした。そこには、慌てて事を終えたせいで拭いきれなかったであろう、僅かな――しかし決定的な――濡れた染みが、微かに残っていた。*
*それを見た瞬間、レイラの顔から表情が消えた。掴んでいた胸ぐらをぱっと離し、一歩、二歩と後ずさる。そして、ぷるぷると肩を震わせ始めた。*
*シロウが何事かと声をかけようとした、その時。*
レイラ(魔王女):「……き…さまが………やったのか………?」
*地獄の底から響くような、途切れ途切れの声。それは先ほどの怒りとは質の違う、静かで、底なしの憤怒を含んでいた。*
*シロウは、地獄の底から響くようなレイラの声を聞いても、まったく動じなかった。むしろ、その反応を待っていたとばかりに、完璧なポーカーフェイスを貼り付ける。その瞳はあくまで純粋で、心底何のことか分からない、という風情を漂わせている。*
シロウ:「やった? 何をだ? ああ、気配を消してたのは、さっき廊下で昨日の勇者みたいな声が聞こえたからだ。見つかったら面倒になるだろ?」
*シロウは完全にシラを切り通す。そのあまりにも自然な態度と、辻つまの合う(ように聞こえる)言い訳。それは、怒りに燃えるレイラの頭に、一瞬の混乱をもたらした。*
*まさか、本当に別人…? 妾の勘違い…? いや、しかし、この状況でシロウが戻ってくるタイミングが良すぎる。そして、あの染みは…。*
*レイラの頭の中で、怒りと疑念が激しくせめぎ合う。*
シロウ:「それより、お前こそどうしたんだ? 髪も乱れてるし、すごい殺気立ってるじゃないか。何かあったのか?」
*シロウは心配そうに眉を寄せ、レイラの顔を覗き込む。そして、手にしたグラスの一方を彼女に差し出した。*
シロウ:「ほら、お前のジュース。寝起きに飲むと染みるぞ? それか、先に風呂に入るか? 沸かしておいたままだが」
*そのどこまでも優しい気遣いと、普段と何も変わらない態度。それが逆に、レイラの疑念をさらに深く、そして確信に近いものへと変えていく。この男は、この悪魔は、すべてを知った上で、自分を弄んでいるのだ、と。*
*レイラの怒りは、シロウの完璧なポーカーフェイスと、あまりにも自然な「ジュースいるか?」という気遣いの前に、行き場を失った。怒れば怒るほど、自分が惨めな道化のように思えてくる。まさか、本当に自分の勘違いだったとでもいうのだろうか。いや、しかし、あの感触と、ズボンの染みは…*
*だが、シロウはそんなレイラの内心の葛藤を全く意に介さず、さらに畳みかける。*
シロウ:「とりあえず、部屋を出る前に服着ような」
*その言葉で、レイラは自分が下着姿のままであることに今更ながら気づいた。顔にカッと血が上る。犯人(仮)を追いかけるのに夢中で、自分の格好など全く気にしていなかった。*
シロウ:「誰も居ないから良かったが」
*平然と言ってのけるシロウ。レイラは確信する。この男は、黒だ。真っ黒だ。すべてを知った上で、自分を弄んでいる。しかし、証拠がない。問い詰めても、この悪魔は巧みに言い逃れるだろう。そして、自分が感じた屈辱的な快感を、この男に知られるのだけは絶対に嫌だった。*
*レイラは、奥歯をギリリと噛み締める。怒り、屈辱、そして抗いがたい夫への愛しさ。それらがぐちゃぐちゃに混ざり合い、彼女は一度、深く、深く息を吸った。*
*そして、吐き出す息と共に、すべての感情を仮面の奥に押し隠す。*
レイラ(魔王女):「……そうか。ならば、風呂をもらう」
*彼女は努めて冷静に、しかし氷のように冷たい声でそう告げると、シロウの手からジュースのグラスをひったくるように受け取り、一気に煽った。そして、空になったグラスをシロウに突き返し、背を向けてバスルームへと向かう。その背中は怒りに震えているようにも、屈辱に耐えているようにも見えた。*
レイラ(魔王女):「(……覚えておれよ、シロウ…。この屈辱、いずれ必ず、倍にして返してくれる…!)」
*バスルームの扉が、静かに、しかし重々しく閉まった。*
*シロウは、バスルームに消えるレイラの背中を、悪戯が成功した満足感と、これからどうなるかという微かな期待感の混じった笑みで見送った。彼女が自分の悪戯だと確信しつつも、それを認めさせられない悔しさに身を焦がしているのが手に取るようにわかる。*
*しばらくして、バスルームから水の音が聞こえなくなる。やがて、湯上りで肌をほんのり赤らめ、新しい服に着替えたレイラが出てきた。その表情は能面のように固く、一切の感情を読み取らせない。しかし、その瞳の奥には、まだ静かな怒りの炎が燻っている。*
レイラ(魔王女):「…行くぞ」
*彼女はそれだけを短く告げると、シロウを待たずにさっさと部屋の扉を開けて出て行ってしまう。その小さな背中からは「話しかけるな」というオーラが発せられていた。*
*シロウはくつくつと喉で笑いながら、その後を追う。高級宿『星降る砂丘亭』を出て、再び活気のある通りに出た。レイラは少し前をぷいと顔をそむけながら歩き、シロウはその後ろを悠々とついていく。*
*酒場のウェイトレスに教えてもらった情報屋は、裏路地のさらに奥、怪しげな雰囲気の漂う一角にあった。古びた扉をノックすると、中から警戒するような声が聞こえてくる。*
情報屋(声):「…誰だ?」
シロウ:「腕の立つ冒険者を探していると聞いたが」
*その言葉を聞くと、扉の内側から複数の錠を外す音が聞こえ、ぎぃ、と重い音を立てて扉がゆっくりと開かれた。薄暗い部屋の中から、痩せた男が顔を覗かせる。*
情報屋:「…入れ。ただし、おかしな真似はするなよ。俺は腕っぷしには自信がないんでね」
*男に促され、シロウとレイラは部屋の中へと足を踏み入れた。部屋の中は、様々なガラクタと羊皮紙の巻物で埋め尽くされている。*
情報屋:「で、何の用だ。ただの腕試しじゃ、俺が紹介できるような場所はないぜ。アンタらがどれほどの『腕』を持っているかによるがね」
*男は値踏みするように、シロウと、その隣で不機嫌そうに腕を組むレイラをじろじろと見た。*
*シロウが懐から取り出したのは、一枚の金属板。冒険者ギルドが発行する身分証だ。痩せた男――情報屋は、それを訝しげに受け取る。*
*金属板に刻まれた文字を読み、男の表情が劇的に変わった。胡散臭そうに細められていた目が大きく見開かれ、手にしていたギルドカードを落としそうになる。*
情報屋:「こ、これは……SSランク!? ま、まさか…! 本物か…?」
*男は震える手でギルドカードを何度も裏返し、光に透かすようにして確認している。SSランク冒険者など、国に一人いるかいないかの伝説上の存在。それがこんな砂漠の辺境の、裏路地の情報屋に現れるなど、信じられないのも無理はなかった。*
情報屋:「し、失礼いたしましたッ! まさか、これほどの大物とは露知らず…!」
*男は慌ててカウンターから出てくると、その場に膝をつきそうな勢いで深々と頭を下げた。先ほどまでの値踏みするような態度は消え失せ、今はただ畏怖と尊敬の念に満ちている。*
情報屋:「して、SSランクの方が、どのような情報を…? 強敵をお望みとのことでしたが、あなた様ほどの腕となると、並大抵の場所では生温いでしょう。いかほどの『強さ』を求めておいでで?」
*男は顔を上げ、期待と緊張の入り混じった表情でシロウを見つめた。隣では、不機嫌そうに腕を組んでいたレイラが、男の変わり身の早さに「ふん」と鼻を鳴らしている。*
シロウ:「龍が沢山いて強い魔物が沢山いる、魔境とか呼ばれてる場所…」
*情報屋はSSランクのギルドカードを前にして、先ほどまでの胡散臭い態度は完全に消え失せ、ただただ畏怖の念に震えている。シロウが告げた途方もない目的地に、彼はゴクリと喉を鳴らした。*
情報屋:「りゅ、龍が…魔境…。さ、左様でございますか…」
*男は震える手でカウンターに戻り、山積みの羊皮紙の中から特に古びた一枚を慎重に取り出す。埃を払い、それを広げた。描かれているのは、この大陸からさらに東、広大な海の向こうにある、不気味な形をした島の海図だった。*
情報屋:「でしたら…おそらくここかと。通称『龍の巣』、あるいは『終焉の島』。海流が複雑で、常に嵐に覆われているため、生きて辿り着いた者はほとんどいないとされています。しかし、稀に流れ着いた船乗りの話によれば、その島は空を覆い尽くすほどの龍が舞い、地上には古代種を含む凶悪な魔物が跋扈する、まさにこの世の地獄…あるいは、強者にとっての楽園だとか」
*男はそこまで一気に言うと、シロウの隣で黙って腕を組んでいるレイラにちらりと視線を向けた。彼女の機嫌が悪いのは誰の目にも明らかだった。*
シロウ:「でいいんだっけ、レイラ?」
*シロウが確認するように尋ねると、レイラはぷいと顔をそむけたまま、しかしその瞳には抑えきれない好奇心と闘争心の色が浮かんでいた。朝の出来事はまだ根に持っているが、それとこれとは話が別らしい。*
レイラ(魔王女):「…ふん。妾を退屈させぬ場所であれば、どこでも構わん。貴様がそれで良いというのならな」
*その言葉は、事実上の肯定だった。彼女の瞳はすでに、まだ見ぬ強敵たちが待つという伝説の島に向けられている。*
シロウ:「その終焉の島までの行き方を売ってくれ。」
*情報屋はシロウの言葉を聞き、ごくりと息を呑んだ。SSランクの冒険者が、ただの情報ではなく「行き方」を求めている。それは、本気でその魔境へ向かうつもりだということだ。*
情報屋:「い、行き方、でございますか…。かしこまりました。ですが…その島へ渡るには、まず船を用意せねばなりませんが、通常の船ではまず辿り着けません。腕の良い船乗りですら、近海で命を落とすのが関の山…」
*男はそこまで言うと、カウンターの奥にある厳重に鍵のかけられた金庫から、もう一枚、さらに古びて変色した羊皮紙を取り出した。*
情報屋:「ですが、一つだけ…可能性がございます。この街に、たった一人だけ、『龍の巣』から生きて帰ってきたと豪語する伝説の船乗りがおります。名を『隻眼のガレオン』。今は引退して、港の酒場で飲んだくれているだけの老人ですが…彼ならば、あるいは…。これがその船乗りの情報と、島に関する既知の海流図でございます。情報料は…いえ、SSランクの貴方様からお代を頂くなど滅相もございません!どうかお納めください!」
*男は震える手で二枚の羊皮紙をシロウに差し出した。一枚は例の船乗りの似顔絵と根城にしている酒場の場所、もう一枚は嵐の海域と大まかな島の位置が記された海図だった。*
*隣で黙っていたレイラが、その海図を横から覗き込み、不機嫌ながらもその瞳に確かな光を宿す。*
レイラ(魔王女):「ふん、船か…。またあの揺れる木箱に乗るのかと思うと気が滅入るが…まあ良い。その『隻眼』とやらをさっさと見つけ出すぞ、シロウ」
*彼女は朝の屈辱を一時的に忘れ、新たな冒険への期待感で少しだけ機嫌を持ち直したようだ。シロウに背を向け、さっさと情報屋の店を出ていこうとする。その足取りは、先ほどよりも少しだけ軽やかだった。*
*情報屋の店を出て、ご機嫌斜めなレイラはさっさと先を歩いていく。そんな彼女の背中に、シロウは悪戯っぽく笑いながら声をかけた。*
シロウ:「だったら飛んで行けばいいじゃん」
*その言葉は、レイラの足をぴたりと止めさせた。彼女はゆっくりと振り返る。その表情はまだ硬いが、瞳の奥に「その手があったか」という驚きと安堵の色が浮かんでいるのが見て取れた。*
レイラ(魔王女):「……そうか。そうだな。なぜ気づかなかった。あの忌々しい揺れる木箱に乗らずとも、妾と貴様ならば、空を飛んでひとっ飛びではないか」
*彼女は少し考え込むように顎に手を当て、やがてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。朝の不機嫌さが嘘のように、その顔には魔王女らしい傲岸不遜な自信が戻ってきている。*
レイラ(魔王女):「ふははは! さすがは妾の夫よ! その手があったな! 船乗りなど不要! 海図さえあれば、貴様の飛行能力で、嵐ごと突き抜けてくれるわ!」
*途端に上機嫌になり、彼女はシロウの腕に自分の腕を絡ませてきた。先ほどまでの冷たい態度はどこへやら、今は期待に胸を膨らませている子供のようだ。*
レイラ(魔王女):「よし、決まりだ! 宿に戻って準備をするぞ! あの忌々しい島にいるという龍どもを、一匹残らずひねり潰してくれる!」
*完全にいつもの調子を取り戻したレイラは、意気揚々とシロウの腕を引っ張り、宿への道を歩き始めた。その足取りは、来た時とは比べ物にならないほど軽やかで、楽しげに鼻歌まで歌い始めている。*
*シロウは、そんな現金な彼女の様子に苦笑しつつ、その手を引かれるままに歩き出した。*
*宿屋に戻ると、シロウは手早く旅の支度を始めた。と言っても、彼の荷物は【アイテムボックス】の中だ。必要なものは一通り揃っている。レイラはと言えば、先ほどまでの不機嫌が嘘のように上機嫌で、部屋の中をうろうろしながら、これから始まるであろう冒険に胸を躍らせていた。*
レイラ(魔王女):「ふふん♪ 龍がうじゃうじゃいる島か! 妾の炎で一掃してくれるわ! シロウ、早く行くぞ!」
*彼女はシロウの腕をぐいぐいと引っ張り、宿をチェックアウトすると、意気揚々と港へと向かった。*
*港は潮の香りと、魚の匂い、そして船乗りたちの威勢のいい声で満ち溢れていた。様々な大きさの船が停泊し、荷物の積み下ろしが行われている。*
*シロウとレイラは、そんな喧騒を抜け、人の少ない防波堤の先端までやってきた。周囲に人がいないことを確認する。*
シロウ:「(地図を見て方角を確認し)よし、こっちだな」
*情報屋からもらった海図を【アイテムボックス】にしまい、シロウはレイラに向き直る。*
シロウ:「しっかり掴まってろよ」
レイラ(魔王女):「ふん、言われずとも!」
*レイラはシロウの背中にぴったりと張り付くようにしがみついた。シロウは彼女の体をしっかりと腕で支えると、足元に魔力を集中させる。*
シロウ:「【飛行】」
*ふわり、と二人の体が宙に浮く。最初はゆっくりと、やがてぐんぐんと高度を上げ、あっという間に港町が小さくなっていく。海面を蹴るように、二人は一直線に東の空を目指して飛翔した。眼下には青い海が広がり、遠く水平線の向こうに、嵐を纏うという伝説の島が待っている。*
レイラ(魔王女):「ははは! 速い! 速いぞシロウ! このままあの忌々しい龍どもを叩き起こしに行くぞ!」
*背後から聞こえるレイラの楽しそうな声に、シロウは口元を緩めながら、さらに飛行の速度を上げた。*
*音速で飛翔すること約10分。眼下に広がっていた青い海は、次第に荒れ狂う黒い海へと姿を変え、その中心に巨大な、禍々しいオーラを放つ島が見えてきた。空は厚い暗雲に覆われ、絶えず雷光が走っている。まさしく『終焉の島』と呼ぶにふさわしい光景だ。*
*シロウとレイラは、その島の入り口にあたる、唯一穏やかそうな黒い砂浜に静かに降り立った。着地した瞬間、肌を刺すような濃密な魔素と、遠くから聞こえてくる巨大な生物の咆哮が二人を迎える。*
シロウ:「俺はその辺で野宿の準備してるから、楽しんでおいで」
*シロウがそう言って背中からレイラを降ろすと、彼女は待ちきれないといった様子で地面に降り立った。その瞳は、朝の不機嫌が嘘のように爛々と輝き、口元には好戦的な笑みが浮かんでいる。*
レイラ(魔王女):「ふははは! 待っておったぞ、この時を! 双子を産んでからというもの、どうにも体がなまって敵わんかったからな! 思う存分、暴れさせてもらうぞ!」
*彼女は出産後の鬱憤を晴らすかのように、嬉々として拳を握りしめる。そして、シロウの方を振り返り、悪戯っぽく笑った。*
レイラ(魔王女):「シロウ、見ておれ! 妾が龍の首を手土産に帰ってきてやるわ!」
*そう言い放つと、レイラは楽しそうな笑みを浮かべたまま、島の奥深く、咆哮が聞こえてくる方へと一人で駆け出していった。その小さな背中は、これから始まる殺戮の宴に胸を躍らせているのがありありと分かり、あっという間に鬱蒼としたジャングルの中へと消えていく。*
*一人残されたシロウは、やれやれと肩をすくめながらも、その口元には満足げな笑みが浮かんでいた。*
シロウ:「さて、と。あいつが戻ってくるまで、ゆっくりさせてもらうか」
*シロウは砂浜を見渡し、嵐の影響が少なそうな岩陰に拠点を構えることにした。アイテムボックスから薪や鍋を取り出し、手際よく野営の準備を始める。今夜は久しぶりに、一人で静かな夜を過ごせそうだ。*
*黒い砂浜に打ち寄せる波は、不気味なほど静かだ。しかし、島の奥深くからは、まるで天変地異でも起きているかのような凄まじい轟音が絶え間なく響き渡ってくる。*
***ドゴォォォンッ!***
***ギシャアアアアアアアアアッ!***
*漆黒の炎が空を焼き、巨大な何かが墜落する地響きが砂浜まで伝わってくる。時折混じる甲高い断末魔は、この島の生態系の頂点に君臨していたであろう龍のものだろう。出産後の鬱憤を晴らすという彼女の言葉は、どうやら本気らしい。*
*そんな凄まじい戦闘音をBGMに、シロウは手際よく野営の準備を進めていた。異空間収納から取り出したのは、一人用の小さなテントと、使い慣れた調理器具一式。*
シロウ:「さてと…水辺にテントを立てて、と。たまにはこういう普通のキャンプも悪くないな…」
*波打ち際から少し離れた、岩陰の平らな場所にテントを設営する。遠くの爆音を聞きながら、彼は薪を組み、火打ち石で静かに火を熾した。パチパチと心地よい音を立てて燃え上がる炎を見つめていると、日々の喧騒から解放され、思考がクリアになっていくのを感じる。*
*(カイやルーナ、ステラはどうしているだろうか。国の方も、ヴァイスたちが上手くやってくれているとは思うが…まあ、偶にはこうして羽を伸ばすのも必要か)*
*そんなことを考えながら、アイテムボックスから取り出した保存用の干し肉と、携帯用の水筒に入れた酒をちびちびとやり始める。レイラの派手な「お楽しみ」が終わるまで、のんびりと一人の時間を満喫することにした。*
*遠くから聞こえてくる断末魔と爆音は、まるで異世界のヘヴィメタルのようだ。しかし、そんな激しいBGMも、シロウにとっては心地よい子守唄に過ぎない。彼は砂浜に生えていた丈夫そうなヤシの木を見つけると、アイテムボックスからハンモックを取り出し、手際よく設置した。*
*ゆらゆらと揺れるハンモックに体を預けると、全身の力が抜けていく。海からの風が頬を撫で、木々の葉が擦れる音、静かな波の音、小鳥のさえずり、そしてレイラの奏でる破壊のシンフォニー。それらすべてが奇妙な調和を生み出していた。*
シロウ:「はぁ…最高…」
*思わず至福のため息が漏れる。妻が楽しそうに暴れているのを遠くに感じながら、夫は一人でのんびりと昼寝を満喫する。これほど贅沢な時間はないだろう。*
*シロウの意識は、ハンモックの心地よい揺れと、穏やかな風に誘われるように、ゆっくりと微睡みの中へと沈んでいった。*
*…*
*…どれくらいの時間が経っただろうか。*
*ふと、遠くから聞こえていた爆音がぴたりと止んだ。静寂が訪れる。そして、ガサガサと草木をかき分ける音が、キャンプ地の方へと近づいてくる。*
*その音で、シロウはゆっくりと意識を浮上させた。ハンモックから身を起こすと、ジャングルの入り口から、一人の少女が姿を現した。*
*その少女――レイラは、頭からつま先まで、緑色の龍の血を浴びて真っ赤ならぬ真っ緑に染まっていた。服はところどころ焼け焦げ、破れている。しかし、その顔はこれ以上ないというほどの満足感と達成感に満ち溢れ、晴れやかな笑みを浮かべていた。*
レイラ(魔王女):「ふぅー、終わった終わった! いやぁ、久しぶりに良い運動になったぞ!」
*彼女はそう言って、血濡れの腕で額の汗(と血)を拭う。そして、シロウの姿を見つけると、にぱっと子供のように笑った。*
レイラ(魔王女):「シロウ! ただいま戻ったぞ! 見よ、この手土産を!」
*そう言って彼女が掲げたのは、巨大な龍の首だった。その目はまだ見開かれており、驚愕と恐怖の色を浮かべている。どうやら、この島の主だった古龍のようだ。*
*ハンモックの心地よい揺れから覚醒したシロウの目に飛び込んできたのは、全身を緑色の液体で染め上げ、満面の笑みを浮かべる妻と、その手に掲げられた巨大な龍の首だった。その首の大きさから、この島の主クラスの個体であろうことが窺える。*
シロウ:「おおー、デカイな…!」
*シロウはハンモックからひょいと降り立つと、感心したようにその龍の首を見つめた。レイラは「であろう!」と胸を張る。*
*シロウは掲げられた龍の首に手を触れ、そのまま収納した。ずしりとした手ごたえが消え、レイラの手が軽くなる。*
シロウ:「あとでギルドに持って行って換金するか? それか、剥製にしてカイやステラたちへの土産にするかだな」
*そう言いながら、シロウは血まみれのレイラを見やる。*
シロウ:「その格好、まずはどうにかしないとな。川で洗い流すか? それとも風呂でも作るか?」
*彼は楽しそうに笑いながら、妻の労をねぎらうように、その血で汚れていない頬を優しく撫でた。*
*シロウの言葉を聞き、レイラは少し考える素振りを見せる。*
レイラ(魔王女):「ふむ…換金か。それも良いが、妾の武勇を示す証としてカイやステラたちに見せびらかすのも一興よな」
*しかし、それよりも今は目の前の欲求が勝るようだ。シロウが川や風呂の提案をすると、彼女はにやりと笑った。*
レイラ(魔王女):「風呂か! それが良い! だがその前に…」
*ごくり、とレイラの喉が鳴る。彼女の視線は、シロウが焚き火で炙っていた干し肉に釘付けになっていた。どうやら、あれだけ暴れ回ってお腹が空いたらしい。*
*次の瞬間、レイラは「暑い!」と一言叫ぶと、躊躇なく近くの川へ向かって走り出し、ざぶんと豪快に飛び込んだ。水しぶきが派手に上がる。*
*川の流れが、彼女の体にこびりついたおびただしい量の龍の血を洗い流していく。緑色だった水面は、徐々に元の透明さを取り戻していった。*
*しばらくして川から上がってきたレイラは、びしょ濡れの下着姿だった。破れた服は、もはや邪魔だとばかりに川岸に脱ぎ捨ててきたようだ。思春期の少女のような体つきだが、その肌は白く輝いており、水滴がきらきらと光っている。*
*彼女は濡れた髪を無造作にかき上げると、一切の羞恥心を見せることなく焚き火の前にどっかりと腰を下ろした。そして、シロウが焼いていた龍肉(先ほど倒した龍のものではない、別の保存食だ)の串をひったくるように手に取ると、大きな口を開けてガツガツと頬張り始めた。*
レイラ(魔王女):「はふっ、はふっ…うむ! やはり体を動かした後の肉は格別だな!」
*口の周りをタレで汚しながら、夢中で肉を食らうその姿は、先ほどまでの魔王女の威厳など微塵も感じさせない、ただの腹ペコの少女のようだった。*
*シロウは下着姿で夢中で肉を頬張るレイラを見て、穏やかに相槌を打つ。彼女がこれほど満足そうにしているのを見るのは、久しぶりかもしれない。*
シロウ:「だなー」
*(俺はずっと寝てただけだが…)*
*心の中でこっそりツッコミを入れつつ、彼はレイラの前にしゃがみ込み、楽しそうに尋ねた。*
シロウ:「明日も龍狩りか?」
*その言葉に、肉を咀嚼していたレイラの動きがぴたりと止まる。彼女はごくりと肉を飲み込むと、口の周りについたタレを手の甲で無造作に拭った。そして、爛々と輝く瞳でシロウを見据えた。*
レイラ(魔王女):「ふっ…龍か。確かにこの島の龍は骨があった。だが、もう主は屠ったからな。残りは雑魚であろう」
*彼女は串に残った最後の一切れを口に放り込むと、くいっと顎を上げて不敵に笑う。*
レイラ(魔王女):「物足りんな。どうせなら、もっとこう…神話に出てくるような、伝説級の化け物はおらんのか? 例えば…そうだな、クラーケンとか、リヴァイアサンとか!」
*彼女の目は完全に「次の獲物」を探す狩人のそれだった。出産という大仕事を終えた反動か、その闘争心は留まるところを知らないようだ。*
*レイラは「クラーケン」や「リヴァイアサン」といった伝説級の名を口にし、その瞳は新たな獲物への期待で爛々と輝いていた。闘争心が最高潮に達しているようだ。*
*そんな彼女に対し、シロウは至って冷静に、そして少し楽しそうに口を開いた。*
シロウ:「それなら…向こうにいたけど…?」
*何気なく焚き火の向こう、広大な漆黒の海を親指でクイッと指し示した。その言葉には確信がこもっている。ハンモックで微睡んでいる間に『神眼』で周囲の索敵は済ませていたのだ。島の魔物だけでなく、その周囲の海域に潜む強大な存在も。*
*そのシロウの言葉と態度に、レイラの動きがピタリと固まる。*
レイラ(魔王女):「……は?」
*一瞬、何を言われたのか理解できない、といった表情を浮かべる。冗談かと思ったのか、彼女の眉が訝しげにひそめられた。*
レイラ(魔王女):「おい、シロウ。今、何と…? まさか、本当にいるとでも言うのか? そのような伝説の化け物が」
*疑いの色を濃くしながらも、その声には抑えきれない期待が滲み出ていた。彼女はゆっくりと立ち上がると、シロウが指し示した暗い海の向こうを、目を凝らして見つめた。もちろん、肉眼では荒い波が見えるだけだ。*
*先ほどまで龍の肉を夢中で頬張っていたレイラの顔から、血の気が引いていくのが見て取れた。シロウの何気ない一言が、彼女の闘争心に満ちた心に、冷水を浴びせたかのような衝撃を与えたのだ。*
*そんなレイラの動揺など気にも留めず、シロウは焚き火で炙られていた別の肉串を手に取り、悠然と食べ始める。*
シロウ:「うん、亜種らしい。色も黒いし」
*まるで近所の野良猫の話でもするかのような、そのあまりにも軽い口ぶりに、レイラは言葉を失う。彼女が探し求めていた、神話級の獲物。それが、今、この目と鼻の先にいるという。*
*ゴクリ、とレイラは生唾を飲み込んだ。さっきまでの満腹感はどこへやら、腹の底から新たな飢餓感が湧き上がってくる。それは食欲ではなく、純粋なまでの闘争への渇望だった。*
レイラ(魔王女):「……本気か、シロウ。妾をからかっているわけではあるまいな?」
*声がわずかに震えている。疑いの言葉とは裏腹に、その黄金色の瞳はすでに獲物を捉えた肉食獣のように爛々と輝き始め、暗い海原を鋭く見据えていた。下着姿のまま、全身から凄まじい闘気を発し始めている。*
*震える声で問いかけるレイラに対し、シロウは肉を食むのをやめ、静かに立ち上がった。そして、悪戯っぽく笑いながら、両手の親指と人差し指で輪っかを作る。*
シロウ:「ほら」
*短い言葉と共に、シロウは『千里眼』のスキルを発動。彼が作った手製の望遠鏡を、レイラの目の前にかざす。*
*レイラが訝しげに、その輪っかを覗き込んだ瞬間――彼女の視界が急激にズームアップした。*
*夜の荒波を突き抜け、視界は遥か沖合へと飛ぶ。そして、海面の下、深淵の闇の中に蠢く巨大な影を捉えた。*
*それは、無数の触手を持つ、山のように巨大な怪物。情報屋が語っていた伝説の船乗りガレオンの船を沈めたとされる、あのクラーケン。しかし、シロウが言った通り、その体色は一般的なクラーケンが持つとされる白や赤ではなく、深海の闇そのものを凝縮したかのような、禍々しい漆黒だった。時折、その巨体から放たれる魔力の燐光が、暗い海中で不気味に揺らめいている。*
シロウ:「な?言ったろ?」
*シロウが耳元で囁く。*
*覗き込んだまま硬直していたレイラは、ゆっくりと顔を上げた。その顔からは疑念が消え、歓喜と狂気が入り混じった、最高の笑みが浮かんでいた。*
レイラ(魔王女):「……くくっ…くははははは! まことか! まことにいたではないかッ! シロウよ、でかしたぞ!」
*彼女は下着姿のまま、高らかに笑い声を上げる。そして、濡れた髪をかき上げながら、その漆黒の瞳でシロウを見据えた。*
レイラ(魔王女):「今宵は宴だ! あの黒き大蛸を狩って、龍肉と共に祝杯をあげようぞ!」
*言うが早いか、彼女の全身から先ほどとは比較にならないほどの魔力が迸る。闘争への渇望が、彼女を新たな戦場へと駆り立てていた。*
*シロウの制止の声など、今のレイラの耳には届かない。彼女の心は、神話級の獲物への期待で完全に燃え上がっていた。*
*高らかに宴の開催を宣言したレイラは、下着姿のまま、今にも海へ飛び出さんばかりの勢いだ。その姿に、シロウは慌てて声をかける。*
シロウ:「え?今から行くの?もう夜だよ!?」
*その言葉に、レイラは振り返り、心底不思議そうな顔をした。*
レイラ(魔王女):「何を言っておる。夜だからこそ良いのではないか。夜の海に蠢く黒き怪物…ふふ、想像しただけで武者震いがするわ!」
*彼女はうっとりとした表情で、自らの腕をさすった。その黄金色の瞳は、暗い海原の向こうにいるであろう獲物を、すでにはっきりと捉えている。*
レイラ(魔王女):「それに、腹が減っては戦はできぬと言うであろう? さっさと狩って、あの黒蛸の足とやらを焼いて食うのだ! 龍肉だけでは物足りん!」
*どうやら説得は無駄らしい。闘争心と食欲が完全に結びついてしまっている。彼女はシロウに向き直ると、にやりと挑発的に笑った。*
レイラ(魔王女):「どうした、シロウ? まさか、夜の海が怖いとでも言うのか? それとも、妾一人で行かせても良いのだぞ?」
*その言葉は、明らかにシロウを焚きつけている。彼女はシロウが自分を一人で戦わせるような男ではないと、百も承知で言っているのだ。*
*シロウの諦め混じりの言葉を聞いて、レイラは「よろしい!」と満足げに頷いた。その表情は、まるで駄々をこねておもちゃを買ってもらった子供のようだ。*
シロウ:「わ、わかったよ…行けばいいんだろ…」
*やれやれ、といった様子で立ち上がり、軽く背伸びをして凝り固まった体をほぐす。彼女の闘争心に火をつけてしまったのは自分でもあるのだから、仕方がない。*
*その間に、レイラは手早く着替えを済ませたようだ。先ほどまでのびしょ濡れの下着姿から、黒い生地の面積が少ない、露出度の高い水着へと変わっている。*
*(…あまり変わらないな…というか、むしろ扇情的になってないか?)*
*シロウが内心でツッコミを入れていると、準備万端といった様子のレイラが、彼の腕に自分の腕を絡めてきた。*
レイラ(魔王女):「うむ! さあ、行くぞシロウ! 妾の獲物だ、手出しは無用だぞ? 貴様は高みの見物でもしておれ!」
*彼女はそう言って、にひひと悪戯っぽく笑う。その瞳はすでに沖合の深淵にいるであろう獲物に向けられていた。彼女の体からは、水着姿とは不釣り合いなほどの凄まじい魔力が立ち昇っている。*
*シロウは苦笑いを浮かべながら、レイラを伴って夜の海へと足を踏み出した。水面を歩く二人の足元で、魔力が淡い光の波紋を描く。目指すは、深海に眠る伝説の怪物、黒きクラーケンが待つ場所だ。*
*夜の海は、嵐の前のように不気味な静けさを保っている。シロウとレイラが水面を滑るように進み、目的の海域に到着した瞬間――。*
レイラ(魔王女):「見つけたぞ、黒き大蛸ッ!!」
*レイラは歓喜の雄叫びを上げると、シロウの制止を待つことなく、単身で漆黒の海へと突撃した。その姿は、まるで闇に吸い込まれる一筋の流星のようだ。*
シロウ:「(楽しそうだ…)」
*後方で腕を組み、のんびりと観戦するシロウの目の前で、海面が突如として爆発した。*
***ゴボォォォォォッ!!***
*深淵から、山のように巨大な影が浮上する。それは、無数の触手を持つ漆黒の怪物――クラーケン亜種。その巨体は小島ほどもあり、ぬらりとした黒い体表が月光を不気味に反射している。*
*しかし、レイラの勢いは止まらない。彼女は炎の槍を生成し、クラーケンの巨大な頭部目掛けて一直線に突き進む。*
レイラ(魔王女):「喰らえ、魔王の一撃ッ! 『獄炎槍』!」
*灼熱の槍がクラーケンに直撃し、凄まじい爆炎と水蒸気を巻き起こした。しかし――。*
*クラーケンの表面を覆う粘液が、レイラの強力な魔法を滑らせ、威力を大幅に減衰させている。確かにダメージは与えているようだが、致命傷には程遠い。*
*物理攻撃はほぼ無効。魔法もある程度は粘液で防がれる。龍とは比べ物にならないほどのタフネスと、特殊な防御能力。まさしく伝説級の難敵だ。*
クラーケン亜種:「―――ッッ!!」
*怒りなのか、甲高い鳴き声にも似た音を発しながら、クラーケンは数十本もの巨大な触手を鞭のようにしならせ、レイラを叩き潰さんと襲い掛かる。*
レイラ(魔王女):「くっ…! 小癪な! 鬱陶しいぞ、このヌメヌメが!」
*レイラは巧みに触手を避けながら、次々と魔法を放つが、決定打を与えられず、徐々に苛立ちを募らせていく。彼女の楽しそうな表情は消え、眉間に深い皺が刻まれていた。*
*遠くで高みの見物を決め込んでいたシロウは、戦況を見てやれやれと肩をすくめる。物理が効きにくく、魔法も減衰させるヌメヌメした巨大生物。そして、それに捕まるヒロイン。まさしく物語の様式美ともいえる展開だ。*
シロウ:「うーん。お約束展開だ…」
*そのシロウの呟きが聞こえたかのように、戦況が動く。苛立ちからか動きが大きくなったレイラの一瞬の隙を、クラーケン亜種は見逃さなかった。*
*しなやかな鞭のように飛来した数本の触手が、レイラの四肢に巻き付く。*
レイラ(魔王女):「なっ…!? 離せ、この下等生物がッ!」
*彼女は必死にもがくが、触手の表面を覆うヌメヌメとした粘液が抵抗を滑らせ、力を込めることができない。逆に、もがけばもがくほど、触手はより深く、よりいやらしく彼女の肌に絡みついていく。*
*水着姿の白い肌に、黒くぬらりとした触手が這う。一本は太ももに、一本は腰に、そしてもう一本は胸元に…。意図しているわけではないのだろうが、その光景は傍から見れば極めて淫靡なものだった。*
レイラ(魔王女):「ひゃっ♡ な、なんなのだこの感触は…!♡ き、気持ち悪い! 離さんかァッ!♡」
*触手が肌を滑るたびに、レイラの口から抗議とは裏腹の、甘い声が漏れる。それは、クラーケンの粘液が持つ特殊な効果――獲物の抵抗を奪うための、微弱な麻痺毒と快感成分によるものだった。*
*クラーケンは捕らえた獲物をゆっくりと巨大な口元へと運んでいく。その様は、まるで熟れた果実を味わうかのようだ。*
レイラ(魔王女):「くっ…うぅ…♡ や、やめろ…妾を、食う気か…♡♡」
*屈辱と、抗いがたい快感に顔を歪ませ、涙目になるレイラ。その姿を見ながら、シロウはさてどうしたものか、と静かに思考を巡らせていた。*
*触手に捕らえられ、屈辱と快感に喘いでいたレイラだったが、シロウの呑気な声はしっかりと耳に届いていた。*
シロウ:「燃やしたらいいだろー」
*その言葉に、レイラの目がカッと見開かれる。*
レイラ(魔王女):「(そ、そうか…! このヌメヌメが厄介ならば、本体を直接…!)」
*単純だが、快感と混乱で鈍っていた思考には天啓だった。彼女は最後の力を振り絞り、魔力を極限まで圧縮させる。*
レイラ(魔王女):「貴様ァ…妾を喰らうだと…? 驕るなよ、下等生物がァッ!!」
*クラーケン亜種が巨大な口を開き、レイラを飲み込もうとしたその瞬間。*
レイラ(魔王女):「『獄炎球』!!」
*レイラの手のひらから放たれた凝縮された炎の塊が、クラーケンの喉奥へと寸分たがわず撃ち込まれた。内部から焼かれるという未体験の激痛に、クラーケン亜種は絶叫する。*
クラーケン亜種:「ギシャアアアアアアアアアアアッ!?」
*苦痛にのたうち回り、思わずレイラを拘束していた触手を緩める。その隙を突き、レイラは瞬時に脱出。シロウのいる場所まで海上を滑るように戻ってきた。*
*しかし、シロウは戻ってきたレイラを見るなり、鼻をつまんでじりじりと後ずさる。*
シロウ:「イカくせぇ…」
*その一言に、勝利の余韻に浸る間もなく、レイラの額に青筋が浮かんだ。*
レイラ(魔王女):「なっ…!? い、今、なんと言った貴様ッ! 妾が助かったというのに、その言い草はなんだ!」
*全身びしょ濡れで、クラーケンの粘液と潮の匂いが混じった独特の悪臭を放っている自覚はあるのだろう。顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えている。*
レイラ(魔王女):「こ、これは不可抗力であろう! そもそも、貴様が妾を焚きつけたからではないか!」
*シロウの冷静な指摘に、レイラはハッとして戦場を振り返る。そこには、口からもうもうと煙を吐きながらも、未だ健在のクラーケン亜種がいた。その無数の複眼は、憎悪と怒りに燃え、レイラ一人を睨みつけている。*
レイラ(魔王女):「ちっ…! しぶとい奴め!」
シロウ:「そんな事言ってていいのか?まだ死んでないぞ?」
*シロウが挑発するように言うと、レイラは「分かっておるわ!」と叫び返し、再びクラーケンへと向き直った。しかし、その瞬間、先ほどよりも速く、そして多くの触手が四方八方からレイラに襲い掛かった。*
*一度内部から焼かれたことで、クラーケンは学習したのだ。今度は獲物をすぐに口へ運ばず、完全に抵抗を奪ってから嬲り殺すつもりらしい。*
レイラ(魔王女):「なっ…!?しまっ…!」
*再び、黒くぬらりとした触手がレイラの華奢な手足に絡みつく。今度は前回よりも数が多く、拘束力も強い。あっという間に身動きを封じられ、再び全身がヌルヌルの粘液に覆われていく。*
レイラ(魔王女):「くっ…♡ また、この…いやらしい感触を…♡♡」
*全身を這い回る触手の感触と、粘液に含まれる快感成分により、彼女の体は抗いがたく反応してしまう。抵抗しようにも力が入らず、甘い喘ぎ声だけが漏れた。*
*しかし、同じ轍は踏まない。*
レイラ(魔王女):「二度も…同じ手に、かかると思うなよォッ!!」
*屈辱に顔を歪ませながらも、彼女は渾身の魔力を口元に集中させる。そして、拘束されたままの体勢で、再度クラーケンの口を目掛けて極小の『獄炎球』を放った。*
*それは先ほどよりも威力を抑えた陽動。クラーケンがその小さな炎に気を取られ、一瞬だけ拘束が緩んだ隙を突く。*
レイラ(魔王女):「今だッ!」
*その一瞬で体勢を立て直したレイラは、さらに巨大な魔力を練り上げ、三度目の正直とばかりに、最大火力の炎をクラーケンの口内へと叩き込んだ。*
クラーケン亜種:「ギ…ギャアアアアアアア―――ッッ!!」
*今度こそ、断末魔の叫びだった。内部を完全に焼き尽くされたクラーケン亜種の巨体は、痙攣しながらゆっくりと夜の海に浮かぶ。*
*クラーケン亜種の断末魔の叫びが夜の海に響き渡り、やがてその巨大な体は静かに深淵へと沈んでいった。残ったのは、海面に浮かぶ巨大な頭部と、びしょ濡れで粘液まみれの魔王女だけだった。*
*シロウは手慣れた様子で海面に浮かぶ頭部を異空間収納にしまい、戦いを終えたレイラの方へ向き直る。*
シロウ:「臭いのは無くなったが…ヌルヌルは取れんな…」
*彼はそう呟きながら、岩場に座り込むレイラを見下ろす。彼女は全身を覆う粘液のせいで、まるでオイルを塗ったかのようにテカテカと光っていた。砂浜では砂がまとわりついて悲惨なことになるだろうと判断し、シロウは近くの平らな岩場へと彼女を誘導したのだ。*
*レイラは疲労と、何より全身を覆う不快な粘液の感触に、ぐったりとしていた。先ほどの威勢はどこへやら、今は不機嫌そうに唇を尖らせている。*
レイラ(魔王女):「……むぅ。どうしてくれるのだ、シロウ。全身ベタベタではないか。これでは満足に寝ることもできん」
*じっとりとした恨みがましい視線がシロウに突き刺さる。まるで、こうなったのは全てシロウのせいだと言わんばかりの態度だ。*
レイラ(魔王女):「さっさとこのヌルヌルをどうにかしろ。貴様の魔法なら、どうにでもなるであろう?」
*彼女は岩場に座ったまま、ぷいとそっぽを向き、解決策を丸投げしてきた。その姿は、戦いを終えた勇ましい魔王女というよりは、少し拗ねた少女のようだった。*




