002 違和感 その2
「えっ……?」
カイは思わず困惑の声を顕わにした。
斬ったはずの魔物兎が、その思いとは裏腹に、体を分かつ事なくそのまま数mほど飛ばされて木に、耳を付くような音を残して衝突し、小さな断末魔を上げて息絶えた。
その瞬間、ここにある全ての視線がカイに集まる。
そしてそのカイ自身も何が起きたか良くわかっていない。
斬ろうとした筈なのに斬れなかった―――その事実だけがカイの頭の中を反復する。
そもそも剣で斬れないなんて話を聞いたことが無い。
この国の平均的な筋力を持った農民に真剣を持たせても、ある程度は扱える。
極論、どれだけ才能の無い人が無秩序に振り回したとしても多少は斬れるものなのだ。
しかしカイが討伐した魔物兎の死体をどれだけ調べても打撲痕しか見つからない。
暫しの静寂が班全体を包み込み、それは更にカイの不安を煽り立てる。
そこで口を開いたのは試験官だった。
「取り敢えず試験の続きをするぞ」
都合上、試験を進めなくてはならないため、淡々と喋っている様にも見えるが、僅かな仕草から試験官も少しながら動揺している様に見受けられる。
カイの心中は試験どころでは無かったのだが、その意に介さず試験は続いた。
◇◇
結局、何度試しても一切斬れず、その日は試験官の一言で解散となった。
「それでは結果は明日午前10時、【中央広場】で合格発表となる。時間に遅れないように」
―――帰り道
昼頃まで快晴だった空を厚い雲が覆い、所々で雨が降り始めている。
そんな中をカイは、傘もささずに、雨に打たれながら家路についた。
いつもは明るく、口数の多いヘスも黙ってカイの後を歩くしかなかった。
何度も話しかけようとしたのだが、カイが放つ強い負のオーラが、他人との会話を拒んだ。
結局、一言も喋らないまま家に到着した。
玄関の扉を開けると、そこでラートとテノアが2人の帰宅を待っていた。
「おかえり。カイ、ヘスどうだった?」
「手応えはあったのか?」
その問いにヘスは足を止めたが、カイは全く気付く様子も無く2人の間を無言で通り抜けて、奥にある階段を覚束無い足取りで登り、廊下の突き当たりにある自分の部屋に入った。
その異様な光景にラートとテノアは言葉を発する事が出来ず、ただ見ているだけになってしまった。
「ヘス……カイはどうしたんだ?何かあったのか?」
こうしてヘスはここまでの経緯を事細かに話した。
「そうか……そういう事が……」
「ねぇあなた……どうしましょう?」
「うーん」
ラートは暫く考え込んだが、結局何も良い考えが浮かばず、取り敢えずカイの部屋に行く事にした。
「カイ、入るぞ……」
扉を開けると、明かりも付けないまま、真っ暗の部屋の中で1人、顔を伏せて座っていた。
カイはラートの存在に気付き、顔を上げてその方を向く。
その顔は何か悪霊の類いに取り憑かれたように酷く、何の覇気も感じられなかった。
「大丈夫だから……明日までには何とかするから……」
「そうか……」
一瞬で部屋を出たラートは不甲斐無さを感じていた。親として息子を助けることも出来ないのか、と。
しかし何も出来ない今、カイが自力で立ち直る事を信じるしか無かった。
翌日の朝は冷たい風が吹き、季節外れの寒さとなっていた。
だが【中央広場】は打って変わって受験生の熱気が溢れて、何処か暖かくも感じた。
1人を除いては……
「おい、アイツ見ろよ」
「あー、あいつか……俺らの世代では1番の剣の腕らしいけど試験では何もモンスターを討伐出来なかったって噂だぜ?」
「まじかよ、何で剣の腕は良いのにモンスターが狩れないんだ?」
「理由は分からないが、モンスターを斬れなかったらしい。しかも剣で傷1つ付けられなかったって噂だ。そこで付いたあだ名が『玩具剣士』。まるで玩具の剣でも振り回してる様に見えたからそう名付けられたらしい」
このような話が、まだ立ち直りきれていないカイの心を抉るようにしてその噂は一気に国中を駆け巡った。
カイは昨日に増して塞ぎ込んでしまった。それでも一応は、と言う事で発表にはやって来ていた。
しかしカイ自身、何も期待はしていない。寧ろ来ていなかった方が噂を聞かずに済んだのかも知れない。
そんなネガティブな思考が頭の中を埋め尽くす。
その様子を遠くから見ていたティナはゆっくりとカイに近づき声を掛ける。
ただ、掛けた言葉は、励ましでも慰めでもなく、ただただ残念そうにこう言った。
「楽しみにしてたのに」
ティナは吐き捨てる様にしてカイの心に言葉を置いて、踵を返して元居た場所に戻った。
その言葉は更にカイの心を押し潰す。
もうカイの心は崩壊寸前だった。そんな中、無慈悲にも合格発表が開始された。
「今から合格者を発表しますので此方にお集まり下さいー!」
その声で、散らばっていた人が1箇所に集まる。
だがカイは動かない。
カイの番号はヘスが見に行っている。
数分してヘスがカイのもとへ帰ってきた。
「俺の番号はあったよ……」
「そう、か……良かった、な……」
今にも消え入りそうな声で祝福の言葉を送る。
「カイの番号は……無かったよ……」
ヘスがそう伝えると、カイは何も言わずに立ち上がり家へと帰っていった。
その背中には、以前ヘスが憧れた兄の面影は無かった。
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