第一章:剥ぎ取られた誇りと「奉公」
新體制が始まってからの日々は、息をすることさえ許されないような緊張感の連續だった。私は「新ボスの妻」という、組織の融和と完全勝利を對外的に示すための形骸化した地位を與えられたが、その實態は、あらゆる自由を剥奪された一介の「奉公人」に過ぎなかった。
朝靄が城內の回廊を白く染める頃、私の一日は新ボスの寢所の前で始まる。
重い扉の前に一步退いて跪き、冷たい床に兩手を突いて、頭を深く伏せる。主君が目覺めるのを、ただひたすらに待つ。
「入れ」
低い聲が響き、扉が開く。私は表情の筋肉を一切動かさず、部屋へと滑り込む。男の着替えを手傳うのが最初の奉公だ。重厚な上着の袖を通させ、微細な歪みもないように襟元を正す。私の指先がわずかでも震えれば、それは「前ボスへの未練」と見なされ、卽座に死を意味する。男の肌から傳わる壓倒的な威壓感と、獸のような肉體の熱量。それを至近距離で浴びながら、私はただ、意志を持たない機械になりきって仕え續けた。
正午の饗宴は、精神を最も摩耗させる試練だった。
幹部たちが居竝ぶ大廣閒、新ボスの傍らに控えた私の前に、重々しく料理が運ばれてくる。
「毒見をしろ、美波」
男の命令に、私は靜かに箸を取る。新ボスを狙う舊體制の殘黨の暗殺を警戒するため、かつて前ボスの寵愛を受けた私の命が、そのまま防波堤として使われているのだ。一口、料理を口に含み、喉を通る感覺を確かめる。じわじわと廣がる味覺の裏で、毒の有無を神經質に探る。
「……異常ありません」
靜かに吿げると、ようやく新ボスの食事が始まる。私は休む閒もなく、男の杯に酒を注ぎ、好みの料理を取り分ける。かつての仲閒たちが憐れみと輕蔑の混ざった視線を私に向ける中、新ボスは私の髮を亂暴に掴んで引き寄せ、幹部たちに見せつけるように言い放つ。
「見ろ。前ボスの誇り高かった女が、今や私のために膳を運び、毒を吸っている。これが敗者の行く末だ」
嘲笑が響く中、私はただ伏し目がちに、靜かに一禮を返す。怒りも悲しみも、今の私には贅澤すぎる感情だった。




