超長編『囚われの檻』――後編:深淵の浴槽
1. 湯煙の牢獄
出產の衝擊から心身が癒える閒もなく、私はさらに歪んだ監禁生活の闇へと引きずり込まれていった。
ある日、手枷の鎖を短く組み替えられた私は、地下室の奧にある、濕氣とカビの臭いが立ち込める大きな浴室へと連行された。そこは、ボスやその配下たちが氣まぐれに使用する、この館の歪んだ社交場のような場所だった。
タイルの床はぬめり、濁った湯氣が天井の配管にぶつかっては冷たい滴となって落ちてくる。
「おい、新米の母親。ボスのためにしっかり働けよ」
背後から私を突き飛ばしたのは、あの太ったおじさんだった。
よろめきながら、私は浴槽の緣へと這い寄る。湯船の中には、すでに巨體を沈めたボスが、三段に割れた顎を搖らしながら待ち構えていた。その視線は、一切の自由を奪われた私の肉體、とりわけ出產を經て形を變えた胸元へと容赦なく注がれている。
「がはは、母親らしい身體になりやがって。どれ、俺のガキを育てた成果を見せてみろ」
ボスの分厚い手が私の髮を掴み、强引に湯船の中へと引きずり込んだ。熱い湯が容赦なく鼻腔に入り、私は激しく咳き込む。しかし、その苦しみすら彼らにとっては極上の娛樂に過ぎなかった。
2. 終わりのない洗禮
ボスは私の抵抗を容易くねじ伏せると、その醜惡な口を私の胸元へと押し當てた。
母親としての本能が、そしてスパイとしての最後のプライドが拒絕の悲鳴を上げるが、萬力のような力で抑え込まれた身體は指一本動かせない。執拗に、そして冷酷に尊嚴を貪り盡くす行爲が、湯煙の中で延々と續けられた。
さらに最惡なのは、その光景を浴室の入り口から眺めていた手下たちをも、ボスが呼び寄せたことだった。
「お前たちも、この本土のネズミに街のルールを敎えてやれ」
ボスの許可を合圖に、太ったおじさんをはじめとする男たちが、濁った目をぎらつかせながら次々と湯船に入ってきた。
逃げ場のない狹い浴槽の中で、湯と血の匂いが混ざり合う。次から次へと繰り返される、街の住人たちによる容赦ない蹂躙。すでに限界を迎えていた私の肉體は、彼らの壓倒的な暴力の前に、文字通り引き裂かれるような激痛に襲われていた。
(ああ……もう、私はどこにもいない……)
感覺が麻痺し、視界が白く濁っていく。
かつて潛入スパイとしてこの島に降り立った「美波」という女性の面影は、この暗い浴室の底で完全に消滅した。殘されたのは、ただ主人の命に從い、街の狂氣を浴びせられ續けるだけの、名前のない肉の器だけだった。
湯面に浮かぶ赤い血の廣がりを遠くに見つめながら、私は二度と目覺めることのない、深い深い絕望の淵へと靜かに意識を沈めていった。




